Monday, December 6, 2010

ブッシュ減税+AMTパッチやっと延長の方向に

2010年の8月31日から「失効間近のブッシュ減税」というシリーズで2001年と2003年の大型減税が一気に2010年末で失効する点、またこの延長を巡って民主党と共和党でせめぎ合いが続いている点について触れた。

ブッシュ減税は全所得層に恩典をもたらしたが、所得税の最高税率が39.6%から35%、キャピタルゲインと配当が15%の特別税率、また遺産税を撤廃したり、と基本的に高所得者層に対する恩典が目立った。共和党の支持ベースを考えればこれは当然のことだ。減税の内容とその失効の影響に関しては上の「失効間近のブッシュ減税」を参照して欲しい。

2010年の失効に際して、オバマ政権は年収25万ドル(夫婦合算申告ベース)までの納税者に対する減税は延長するが、これより所得が上の高所得者層の税率は2001年時点の最高39.6%に戻すというポリシーを公にしていた。これも民主党の支持ベースを考えれば当然のポリシーだろう。

中間選挙で共和党が勝ち、民主党のポリシー通りの延長は可能性薄と見られていた。実際にここ数日、下院が25万ドルまでの納税者に対する減税を延長する法案を可決したが、上院を通過する見込みはなく、このままだと全ての減税が失効してしまうという最悪の事態を招くことにもなり兼ねない状況であった。

今夜、一部報道によるとオバマ政権は、一般家庭への減税を延長するためには高所得者層の減税をも期間限定で延長する以外に方法はないと判断したようで、全ての減税を2年間の期間限定で延長という方向で共和党、議会と調整に入るようだ。また、2010年のみ撤廃という異例の取り扱いが話題の遺産税に関しては、税率35%、控除枠$5 Millionで復活というのが有力恒久案だ。

さらに毎年納税者を冷や冷やさせるAMTの免税枠の増額延長(AMTパッチ)も今回のオバマ提案に基づき2年間(2010年と2011年)延長されるようだ。AMTパッチの毎年のドタバタに関しては2007年12月14日の「混迷極める米国議会のAMT対策」を参照して欲しい。これで日本人派遣員の年末グロスアップも多額のAMTを回避する形でできる方向で日本企業もハッピーだろう。

AMTパッチの件と減税の延長は注目度が高かったので取り急ぎ。

Tuesday, November 2, 2010

グーグルとタックスヘブン(Reprise 1)

前回と前々回のポスティングで、グーグルのタックスヘイブン利用による節税について書いた。2回に亘るポスティングであの話題は終わりにするつもりだったのだが、「あの」清く正しいグーグルがこんなプラニングをしているとは・・・、という驚きの反響が多く、また、技術面からもう少し「ダブル・アイリッシュ」を突っ込んで知りたいという声もあり、再度「Reprise」で特集してみることにした。

*米国企業としては「ごく普通」のプラニング

前々回のポスティングで「重要なポイント」として記した点であるが、今回のグーグルのプラニングの内容を理解する上で、絶対に忘れてはならないので再度しつこく繰り返しておきたいのが、ここでグーグルがやっていることは知的所有権を有する米国多国籍企業は皆古くからやっていることで、米国で国際税務に関与している者にとっては特に珍しいことはない、ということだ。逆にこれがニュースとして注目されていることが不思議なくらいの「普通」レベルのプラニングに過ぎない。

またもうひとつの「Take Away Point」は、米国多国籍企業の決算書上の実効税率が低いのは、米国の税率が低いからではないという当たり前だが見落としがちな点だ。米国企業の実効税率の低さは米国本国を含む世界各国の法律を研究し尽くしてプラニングをきちんとしているその成果に過ぎない。この点は「日本の税率が高いので・・・」と嘆きがちな日本企業にも大きな参考となるはずだ。

*ダブル・アイリッシュ再び

前回のポスティングでダブル・アイリッシュの概要はだいたい触れているが、米国税務の観点からもう少し突っ込んで考えてみたい。ちなみに、このプラニングは「Check-the-Box」規定が存在しない日本の企業にはそのままの形での適用は困難であろう。バミューダ事業主体の受け取るロイヤリティーが日本でタックスヘイブン税制に基づき合算課税されることになるとすると、41%の課税なので元も子もなくなる訳だ。

まず、全世界課税の国を本拠地とする米国多国籍企業がグローバル・タックスプラニングを策定する際に「鍵」となる税法上の規定は「移転価格税制」と「海外子会社の所得を配当がない時点で合算しようとする反繰延規定(Anti-Deferral)」であろう。これらの二つの規定の網をくぐり、というか逆にオフェンシブに利用して、取引や事業主体グループを構築していくのがプラニングの基本となる。ダブル・アイリッシュもこの二つの規定をうまく使い、米国での課税を半永久的に繰り延べ、低税率国のみでの課税で終焉させている。

ダブル・アイリッシュ下では多額の所得が米国外のしかもバミューダという無税国に落とされている。この点に関して上の二つのポイント「移転価格」と「Anti-Deferral規定」を当てはめてみると面白い。

*ダブル・アイリッシュと移転価格

まず、移転価格の見地から考えると、バミューダの法人(ダブル・アイリッシュ下ではバミューダ居住法人と取り扱われるアイルランド法人)に多くの利益を残すにはバミューダ法人がそれ相当の機能・リスクを持っていないとそこに多くの利益を残すことはできないはずだ。ではバミューダのビーチ沿いに大きなR&Dセンターを建設してシリコンバレーからプログラマーを転勤させるか?

その必要はない。ここで便利なのが「知的所有権」とか「知的財産」と呼ばれる形のない資産、すなわち「無形資産」だ(ここではそのような無形資産を十把一絡げに「IP(Intellectual Property)」と呼んでおく)。有形の資産と異なり、無形のものは比較的自由にどこにでも置くことができる特徴がある。もしグーグルのサーチやオンライン広告に係るIPをバミューダに置くことができれば、グーグルの収益を支えているのはまさしくそのようなIPであることから、移転価格上もバミューダに多くの利益を残すことが妥当だということになる。

それでは実際にIPの開発をバミューダでするのかというとそんな必要は全くない。開発は従来通りカリフォルニア州のフリーウェイ101と85と237が三角形に交差する辺りのMountain Viewでやっていても全然問題がない。ただ、単にカリフォルニアで開発されたIPを外国に移転しようとすると、どのように取引形態を選択したとしても、基本的に税法上はそのIPを使用・利用して外国で達成された売り上げに準じるそれ相当の金額をロイヤリティーという形で米国に還元する必要があることになってしまう。

そのような多額のロイヤリティーを米国に支払ったのでは、世界第二位の高税率に晒されてしまうことからプラニングにならない。そこで頻繁に利用されるのが「コスト・シェアリング」という手法だ。コストシェアリングは複雑なアレンジであり、それだけで一冊の本になりそうな話題だが、簡単に言ってしまうと、米国と外国での各々の予想売上げの比率に基づいて開発のコストをシェアするというものだ。実際には三国以上でシェアするケースもあり得るがここではバミューダに米国外の権利を持たせるという意味で「米国・外国」という図式で話を進めたい。

しつこいが開発のコストさえ負担すれば、開発はどこで行われていても問題ない。すなわち、全てカリフォルニア州で開発されているIPでも、そのIPを利用する将来の売上げが米国・外国で仮に30・70の比率と予想されるとすると、そのコストの70%をバミューダ法人が負担すればよい。70%をバミューダで負担というと立派な実態がありそうだが、詰まるところ全て関連会社内でのことだ。

コスト・シェアリングを利用すると、IPに対する税務上の経済的所有権がスプリットされ、IPの米国での使用に係る部分は米国事業主体が持つこととなり、外国での使用に係る部分は外国の関連会社が持つこととなる。コスト・シェアリングを利用しないと、どうしても誰か一人(=どこか一社)がIPに対する所有権を独占することとなり、世界中の使用者からロイヤリティーを吸い上げる必要が出てくる。また、IPを持っている者には手厚い利益が帰属するはずであることから、多額のロイヤリティーが一国に集まることとなる。

一方、コスト・シェアリングを利用すると、米国と外国の間でのロイヤリティーの流れが不必要となる。

さらに、コスト・シェアリングは既に米国で開発されてしまった既存IPを無理なく外国に移転させるという技を併せ持つ。コスト・シェアリングは通常、何らかのIPが既に開発された後で実行されるケースがほとんどだ。例えばグーグルのケースでも元々のIPはラリーベージとかセルゲイ(サーゲイ?)ブリンがガレージで開発していた時代に遡るはずだ。その時点では外国に売上げなどないかもしれないし、そもそもそんな高度なタックス・プラニングを考えているガレージ会社はないだろう。

ビジネスが成功し、会社が大きくなり、外国での収入が増えて、IPの価値も自然と高まり、IPOになったり、大きな会計事務所の国際税務部門と付き合い始めたり、実効税率を気にするようになったり、というタイミングで初めてコスト・シェアリングが検討されるはずだ。その時点では米国開発のIPにかなり価値が生まれてしまっている。

そんなタイミングでコスト・シェアリングを実行する場合、既存のIPは米国の事業主体が持っていることをきちんと認識する必要がある。将来の開発にそれらの既存IPを利用する際には、外国の関連者がその使用料をロイヤリティーという形で米国に支払うこととなる。いわゆる「Buy-In」と呼ばれる支払いである。ただし、実はこのBuy-In、新たなIPを開発していく過程で既存のIPの価値は加速度的に下がるという法則を利用してかなり低めに設定できる傾向にある。例えばいくらWindows 95が売れたからと言っても、XPとかWindows 7が出た後では95の価値は低いと考えれば分かり易いだろう。でもXPとかにも95とかのテクノロジーは利用されているはずだ(僕はテクノロジー専門ではないのでこの部分は全くのGuessですが・・・)。

このことから、コスト・シェアリングを通じて米国には大した金額を支払うことなく、既存のIPを利用して将来のIPを開発し、新たに開発されるIPの経済的な持分は外国での使用部分に関して外国に存在させることが可能ということになる。

このような手法を利用してIT企業、製薬企業は多くのIPをアイルランドとかバミューダ等の外国に置くことに成功している。グーグルのプラニングでもバミューダに価値のあるIPを存在させることが重要であり、その目的は上のような手法で達成されると推測される。

それでは、このように無税率国や低税率国にIPを存在させた後、「Anti-Deferral規定」がある中どのように米国での課税をうまく繰り延べているのだろうか。この点に関しては次回触れてみたい。

Sunday, October 24, 2010

グーグルとタックスヘイブン(2)

前回のポスティングで、先日のビジネスウィークに報道されていたグーグルのタックスヘイブン利用による節税について書き始めたが、今回はその続きで記事にて紹介されていた具体的手法について触れる。

*ダブルアイリッシュ

グーグルの欧米、アフリカ、中近東のオンライン広告収入はまずアイルランドにある子会社で認識される。ちなみに米国外でグーグルが稼ぐオンライン広告収入125億ドル(80円レートでピッタリ1兆円)の実に9割近くがアイルランド子会社の売上となる。この手の所得に課せられるアイルランド法人税の税率は12.5%ということだから、これだけでも相当な節税になるはずだが、この12.5%の税率でも不満足と考えてか、アイルランドから所得はロイヤリティーという形でアーニングス・ストリッピングされて最終目的地のバミューダへと向かう。この結果アイルランドの利益率は僅か1%となる。

アイルランドからバミューダに直接ロイヤリティーを支払うとアイルランドで多額の源泉税を支払うこととなることから、ロイヤリティーは一旦、アイルランドからオランダのペーパーカンパニーに移される。オランダはEUの国なのでバミューダ相手のケースと異なりアイルランドで源泉税が発生しない。そして更にオランダの気前のいい税法に基づき、そのほとんどの所得がロイヤリティーとしてバミューダに流れる。バミューダはタックスヘイブンで課税はない。オランダもバミューダもプラニングには欠かせない国だ。

実はこのバミューダの会社、法的にはアイルランド法人(バミューダで経営管理される)となる。アイルランドからオランダ経由でまたアイルランド法人に戻ることから「ダブル・アイリッシュ」と呼ばれるストラクチャーだ。オランダが間に挟まれていることから「ダッチ・サンド」とも言われる。

グーグルのもともとのテクノロジーはカリフォルニアで開発されているはずで、アイルランドとかバミューダでその果実の恩典を受けるためには、まず使用権をアイルランド法人に与える必要がある。おそらくコストシェアリングを通じて経済的なテクノロジーの所有権を米国とアイルランドに分けているのだろう。コストシェアリング開始時に既に相当のテクノロジーが米国に存在しているはずだが、その「旧」テクノロジーは「Buy In」としてかなり低いロイヤリティーを設定して米国外にライセンス供与するのが普通だ。もちろん移転価格税制の対象となるが、SECファイリングによるとグーグルの移転価格設定はIRSから問題なしという判断をもらっているとされる。

また言うまでもないが、これらの手法は当然合法的であり、不必要な税金は支払わないという株主に対する受託者義務をきちんと履行しているというのが米国的な考え方だ。

バミューダの受け取るロイヤリティーはSubpart F規定(日本のタックスヘイブン税制に類似)で米国で課税されるのでは?と疑問に思われた方は米国タックス中級テスト合格だ。ビジネスウィークの記事には書いてないがおそらくCheck-the-Box規定を利用して米国目的ではロイヤリティー授受があたかも一法人内で発生しているかのように取り扱われているのだろう。オバマ政権はこのSubpart F逃れに網を掛けようと2009年に大胆な税法改正案を提案しているが、その後その改正案は聞かれなくなり、2010年の改正案からは漏れてしまっている。この点に関しては2009年5月30日の「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(2)」以降のシリーズを参照。

*実効税率2.4%

上述のような手法を駆使した結果、グーグルの米国外における実効税率はナント僅か2.4%(!!)というから驚きだ。

日本では法人税率の引き下げが話題だ。もちろん日本企業にとって本国日本の税率は低いにこしたことはない。しかし、グーグルの例でも分かる通り、米国多国籍企業の決算書上の実効税率が低いのは、米国の税率が低いからではない。世界各国の法律を研究し尽くしてプラニングをきちんとしているからだ。

日本企業も「日本の税率が高い・・・」と嘆くばかりでなく、プラニングを策定・実行することでかなりの実効税率低減が可能なことを認識する必要がある。

グーグルとタックスヘイブン(1)

先日のビジネスウィークの記事でグーグルの巨額の利益がタックスヘイブン認識されることで大きな節税になっているという報道があった。かなり興味深い記事だったので読まれた方も多いのではないかと思う。

*日本企業のタックス・カルチャー

このような記事を見るたびに、日本の多国籍企業と他国(米国だけではない)の企業が持つタックス・カルチャーの違いの大きさを再認識させられる。タックスは合法的に支払うものであることは間違いないが、加速度を増すグローバル競争の中、日本の多国籍企業が合理的なグローバル・タックス・プラニングを講じていないが故に競争力を低下させていることは間違いない。

日本企業同士で競争していた時代には特に問題は浮き彫りになっていなかった。みんなタックス・プラニングなどしてなかったので同じ土俵で戦っているように見えてたからだ。欧米企業とは別の道を行っていても特に大きな被害はないように感じられていただろう。

しかし資本が一瞬にしてグローバルに動く今日では状況が大きく異なる。日本企業が好むと好まざるに係らず、全世界のオペレーションの生み出す「After-Tax」の金額は世界の投資家から見るとその企業の競争力のひとつの大きな指標となる。

上場企業にとってタックス・プラニングの欠如は買収リスクをも意味するかもしれない。株価が「After-Tax」の収益に連動していると仮定して、「うちが買収してまともなタックスプラニングをすればもっと収益が上がる会社だな・・・」と踏んだファンドとか他国の会社があると、プレミアムを乗せて株式を買収しても元が取れることになる。この辺りのことは日本全体で今一度、若干冷めた目で見直す時が来ているはずだ。

日本は2009年から「外国子会社の配当非課税」という素晴らしいシステムに移行している。全世界課税という日本より本来よっぽど不利な条件で競争させられている米国多国籍企業の実効税率がこれだけ低いのだから、日本企業としてももう少し頑張って欲しい。

*グーグルの裏技

ビジネスウィークに報道されているグーグルによる節税の手法はアイルランド、オランダ、バミューダとプラニングにはお馴染みのメンバー国が活躍している。ちなみにかなり重要なポイントなので敢えて付け加えておくと、ここでグーグルがやっていることは米国多国籍企業にとっては特に珍しいことではない。言わば、米国多国籍企業としては「普通」レベルのプラニングをしているに過ぎない。マイクロソフトも同じようなことをしていることは周知の事実だし、フェイスブックも同じようなステラクチャーを準備中と言われている。

具体的な手法については次回のポスティングで続ける。

Thursday, October 21, 2010

進化するLLC(Series LLC)(2)

前回(と言ってもしばらく前となってしまったが)デラウェア州で、誕生している最先端を行く事業主体形態とでも言うべき「Series LLC(シリーズLLC)」について書き始めた。

一つの親LLCを設立した上でその中にミニLLC(SeriesとかCellと呼ばれる)を作るようなイメージで、そのミニLLCがあたかも独立法人かのように有限責任や独自の権利関係を持つことがるのが特徴だ。複数のLLCを設立するよりもコストメリットがあるということで普及している形態だ。ただし、新しい形態の事業主体が常にそうであるように、有限責任等の有効性に関して裁判所の見解が出ていない。したがって、理論上は有限責任だが、その意味で多少の不確実性は残っていると言える。

*Series LLCの税務上位置づけ

以前からのポスティングで再三触れている点だが、米国では事業主体は州の会社法の規定に基づいて設立される一方で、それを連邦税法上、どう取り扱うかという点は連邦税法で別途規定されている。Check-the-Box規定がそのいい例だ。

今回、公表された暫定財務省規則によると、連邦税法上、シリーズLLCのミニLLC各々は州法上、個別の事業主体とみなす、とされる。州の会社法上、個別の事業主体となるということが必ずしもイコール連邦税法上も個別の事業主体という訳ではないが、暫定規則の方向性から税務上も個別の事業主体と取り扱われると考えるのが自然だろう。

となると、個々のミニLLCに関してパススルーの取り扱いまたは事業体課税(=法人税対象)の取り扱いの選択が認められることとなる。Series LLCを組成する際、個々のミニLLCは親LLCまたは親LLCの子ミニLLCに所有されることもあれば、親LLCのメンバーが直接ミニLLCを所有することもあり得る。親LLCが100%ミニLLCを持つ場合にはミニLLCは税務上はDisregarded Entity(支店)扱いとなる。一方、複数のメンバーがミニLLCを直接保有するようなケースでは、ミニLLCは親LLCとは別のパートナーシップ扱いとなることになる。

州税上の取り扱いがどのように規定されていくかも興味深い。カリフォルニア州では税務当局(FTB)がそのウェブサイト上で「Series LLCのミニLLCは各々個別のLLCとして取り扱い」と早々と公表している。その理論で行くと、ミニLLCのうちカリフォルニア州で事業を行なっているところだけがLLC Feeの対象となるように見える。

*拡大するSeries LLC

デラウェアで「誕生」したSeries LLCであるが、現在では他州の会社法にも規定が始まり、現時点で10に近い州でSeries LLCの設立が可能となっている。その好評さから考えて、全ての州法にSeries LLCが規定される日もそう遠くはないように思える。

なお、州の会社法上、ミニLLCは各々有限責任を認められている点は上述の通りだが、連邦税の支払い義務に関しては連帯責任を負うのではないかという見方もある。

Sunday, September 19, 2010

進化するLLC(Series LLC)

デラウェア州はCutting Edgeの会社法を整備することで知られている。特に上場企業の取締役に課せられる「受託者義務(Fiduciary Duty)」の考え方、企業買収の際の会社側の取るべき方向、等に関しては豊富な判例があり(例えばレブロンDutyとか、近年であればLock-upがチョッとし難くなったオムニケアとか)、デラウェア会社法は世界をリードしている。一般的には会社側にとって柔軟な規定が多く、米国の上場企業の半分以上がデラウェア州で設立されている。

たまに日本企業が米国に進出してくる際に、デラウェア州に現地法人を設立すると州税が節約できるのでは、という質問を受けることがあるが、州税は設立州がどこかに係らず、事業を行なう場所で支払う必要があるので、州税を理由としてデラウェア州を設立州として選択しても効果はない。デラウェア州の魅力は何と言っても先進的な会社法にある。

そんなデラウェア州で、また最先端を行く事業主体形態が誕生して進化している。「普通の」LLCが進化した「Series LLC(シリーズLLC)」という事業形態だ。

今ではすっかりお馴染みのLLCだが、LLC自体はデラウェア州で誕生したものではなく、1977年にワイオミング州で成立したLLC法がその起源となる。その後80年代後半に、IRSが一定の要件を整えたLLCをパススルーと認める通達を出し、1990年代に入って急激に普及した。さらに1997年には「Check-the-Box」ルールで、LLCのパススルー扱いが容易かつ確実に達成できるに至り、LLCの事業主体としての地位は確立された。

LLCを事業主体として選択する大きな理由は、「税務上のパススルー扱い」と「出資者の有限責任」の双方を兼ね備えている点にある。有限責任に関しては出資者がLLCの経営に関与しても問題なく(この点でLPよりいい)、また出資者側の資産差し押さえの際にはCharging Orderのコンセプトが適用されるケースがあり(いわゆる「Outside Liability」に係るプロテクションの話し)、ある意味で株式会社よりも資産保全が充実しているとも言える。企業統治法も弾力的だ。

したがって上場予定のない米国内の事業主体としてはベストな選択だ。上場をすると基本的にはパススルーの扱いは認められない(この点に関しては2007年6月8日の「ブラックストーンはパートナーシップとして上場」を参照)。ただし、日本企業が日本から「直接」保有する現地法人を株式会社の代わりにLLCという形態で設立するのは必ずしもメリットがあるとは限らず、租税条約の影響を含めた詳細な検討が必要だ。

LLC自体画期的な事業主体だったのだが、上述の通り、ここに来てデラウェアLLC法下で「Series LLC」という事業形態が誕生・普及している。この形態は、一つのLLCの中にSeries(またはCell)と呼ばれる「ミニLLC」が組成できるというものだ。

「なんだ支店じゃん」と思われる方も居ると思うが、このミニLLC、実は一つのLLCの中に組成されながらも個々のメンバー構成を持つことができたり、独立した権利関係をを持ったり、そして極め付けにミニLLC間で負債の弁償責任がない(= ひとつのミニLLCで発生した負債は同じミニLLCの資産をもってのみ弁償される)というかなり好都合な特徴がある。すなわち、実質個々のミニLLCが別々のLLCのような効果を持つ。

実際には一つの親LLCに中に組成されているため、複数のLLCを組成するのと比べてコストが低いというメリットもある。

このSeries LLCの税務上の取り扱いに関してこの程IRSが暫定財務省規則を発表した。次回はSeries LLCと税務の関係に関して触れてみたい。

Wednesday, September 1, 2010

D型再編とBoot

前回久々にハードコアなSub Cの話し(F型再編と事業継続要件)をしたついでに、もうひとつSub Cの話しをしたい。今回はD型再編で使用される現金対価(=Boot)が配当となるかどうかの判断をする際のE&Pの考え方に係るものだ。

*D型再編

D型再編というのはA型やC型同様に資産取得型(B 型のような株式取得型ではなく)だが、基本的にグループ内の再編に適用されるということ、場合によってはIRS側がD型再編を認定したがることがあること、持分継続の考え方がA型やC型と異なるため、株式以外のBoot(例、現金)を対価として使用し易いこと、などの点で特殊な非課税再編だ。

持分継続に関してはA型でもかなり弾力的だが(株式対価が40%あれば安全)、D型は更に凄くて「All Cash D」と言って、再編の対価が全て現金でもD型再編となり得ることがある。

*非課税再編とBoot

非課税再編の際に現金等のBootが利用されると、株主側でその現金をどのように取り扱うかという検討事項が発生する。まず、非課税再編で受け取るBootの基本的な考え方だが、Bootを受け取っても株式売却益(再編で手放すこととなる株式の含み益)の範囲でのみで株主は課税される。すなわち、非課税再編となる限り、どれだけ現金を受け取っても、株式売却益の範囲でのみで課税される。Bootの受け取りをキャピタルゲイン的に考えればこの点は納得がいく。

一方でBootの受け取りが実態として配当に近いケースもある。この点に関してはSec.356(a)(2)があるので、実質的に配当同様の効果を持つ場合には配当として処理される。どのようなケースが配当に当たるかに関しては株主の持分低下がどれほどのものかをお馴染みSec.302の考え方で図る。その図り方は最高裁判所のケースである「クラーク」の判例で明確にされている。

D型再編はグループ内再編であるからBootの受け取りは配当となることが多い。再編がらみのBootが通常の配当と比べて有利なのは、配当扱いされる金額は、上のキャピタルゲイン見合いのケース同様にあくまでも再編で手放す株式の「含み益」を上限としてのみ配当となるという点だ。これは一般に「Boot within Gain」と呼ばれる規定で、All Cash Dなどを利用して非課税で株主に現金を渡すプラニングに大いに利用されている。濫用が目立つことから、配当見合いとなる場合にはBoot全額を配当所得とするべき、という税法改正案が議会で審理されている(この点に関しては2009年11月11日のポスティング「All Cash D再編とオバマ国際課税改定」を参照)。

*誰のE&Pを見るか

米国では会社法上配当であっても、税務上は配当を支払う法人のE&P(税務上の剰余金のような考え方)の範囲のみで配当となる。

D型再編でBootを受け取り、手放した株式に含み益があり、したがってその範囲で配当となる場合に、再編のどの法人のE&Pを基に配当金額を決定するべきかという検討事項が発生する。一般的な取引であるにも係らず、この点は長らく専門家の議論の集中するところだ。IRSは再編のターゲット(消滅す方の法人)と存続法人の「双方」のE&Pを基に考えるべきというポジションを取っている。今回、公表されたCCA(Chief Counsel Advice)201032035でもIRSはこのポジションだ。

一方、専門家の間にはなぜ存続法人のE&Pまでも加算しなくてはいけないのかを疑問視する向きも多い。

*法律改正間近?

現時点では今回のCCAの決定、過去の同様のIRSのポジションは単なるIRS側の主張であり、その気になれば法的にチャレンジも可能であるが、上述の「Boot within Gain」の撤廃が法律化される暁には、双方のE&Pを取り込むべきというIRSの主張がそのまま法制化される可能性が高い。

ちなみに通常はE&Pは累計とCurrentのどちらかがあれば配当だが、確か、再編のSec.356目的では累計のE&Pのみを見ると理解している。

Tuesday, August 31, 2010

F型再編と事業継続要件

今日は久々にハードコアなSub Cの話しとなる。Sub Cとはもちろん税法のSubchapter Cのことで、法人と株主の間で起こる様々な取引に対する課税を規定している部分だ。パススルーを規定するSub Kと並びその複雑さと面白さで多くのタックス専門家を魅了し続けている(と同時に納税者を困らせ続けている、とも言える)。

個人的にもまだまだ勉強しないといけない分野で、特に国際税務とSub Cの架け橋とでも言うべきSec.367に関しては更に深入りして理解しないといけないと痛感することが多い。

ちなみに大学のクラスとかで「Corporate Tax」とかいうクラスを受講すると、その内容のほとんどはSub Cのことで、大概Corporate Tax Iが配当を規定した301から清算規定くらいまでを網羅し、Corporate Tax IIで非課税再編、スピンオフとなる。Corporate Taxという名前から、これを受講すると会計事務所で最初の何年か必ず担当させられる(=こき使われる?)法人税の申告書(Form 1120)の作成に役立つと思っている若い人をたまに見かけるが、1120の作成はどちらかというと通常のタックス(何が所得で、何が費用)の世界に近い。Sub Cはあくまでも株主との関係における課税関係がフォーカスとなる。

*F型再編

最近の個別通達でひとつ面白いものがあった。PLR201033016がそれだが、ここではいくつかのステップを踏むグループ内再編をF型再編として非課税扱いを認めている。

非課税再編に関しては今までにも多くのポスティングで触れているので、ここでまた再編そのものの説明はしないが、米国の非課税再編はA~Gまである。これは税法で非課税再編を規定する条項のアルファベットをとったもので、A~Dまでは買収型(ただしDは非課税スピンオフのワン・ステップにも利用される)、Eは資本取引に係るもの(Recap)、Fは変身型、Gは倒産型となる。

今回のテーマであるF型再編は、他の法人を買収・結合したり、法人を分離したりする取引をカバーする他の多くの再編と異なり、一企業が何らかの変身をするようなケースに適用される。例えば、カリフォルニア法人だった企業が、上場を前にデラウェア法人に変わりたい、というようなケースが代表的だ。この場合、カリフォルニア法人がそのままの法人格でデラウェアに登記しなおすことは通常せず、新規にデラウェア法人を設立し(Merger Co)、そこにカリフォルニア法人を合併させ、カリフォルニア法人の持っているもの全てを法的にデラウェア法人に移管し、カリフォルニア法人が消滅することで目的を達成することになる。

厳密に言うとカリフォルニア法人からデラウェア法人に資産が移管されているので、非課税とならないとカリフォルニア法人で資産売却益に課税される。さらに株主は含み益に対してキャピタルゲイン課税され最悪のダブルタックスとなる。

ここで有効なのがF型再編規定だ。上のケースのように実質何も変わってないけど、法人の身分的な部分を変更するために行なわれた取引であれば非課税再編として課税が見送られる。

合併を規定するA型再編、資産取得を規定するC型再編、グループ内再編のD型と大きく変わらないような気がするかもしれないが、F型には更なる有利点がある。

F型再編は基本的に一人で変身するような局面が想定されているため、他の再編で常に大きな検討事項となる「持分継続」とか「事業継続」という要件を満たす必要がない。最も、登記州を変更するだけであれば持分も事業も普通に継続するのが当然だが、事実関係次第ではこの点が生きてくることがある。

*PLR201033016

この個別通達では持株会社であるPが沢山の子会社を持っているが、その中にP-S1-S2-S3-S4という5社のチェーン(100%の持分で縦に繋がっているグループ会社)がある。PからS3 までは株式会社であるが、S4はLLCだ。S4は支店扱い(Disregarded Entity)を選択していたが、近年Check-the-Boxで「法人扱い」を選択している。

S4が行なっている事業の拡大、資金調達のためにS4は第三者と合弁に踏み切ることとなる。第三者の資本をパススルーとして受けるのが条件だが、S4が既にCheck-the-Boxに基づき法人の選択をしているため5年間はパススルー扱いの選択ができないという問題が発生する。S4が新規設立のLLCに事業を出資する案も検討されたが、資産の出資は実務的ではないと判断された(名義変更等がやっっかい)。

そこで、S3 が新規法人のHoldcoを設立し、HoldcoはInvestcoという100%子会社LLC(税務上はDisregardで支店扱い)を設立する。さらにこのIvestcoは100%子会社LLCであるOptco(同じく税務上はDisregardで支店扱い)を設立する。その後、S4はOptcoに合併される。その後で、合弁相手の第三者にはHoldcoがIvestcoの持分50%を売却し、結果としてパススルーであるInvestcoにPグループはS3 、Holdco経由で50%、第三者も同じく50%の持分を持つこととなる。

沢山の主体が関与しているので関係を整理すると、S4のOptcoへの合併は会社法上はOptcoそのものへの合併でHoldcoの株式を対価とするため三角合併となる(間にIvestcoがあるので親ではなくお爺さん(=Holdco)の株式を利用)。一方、税務上はIvestcoとOptcoが支店扱い(合併時点では)となるため、S4の合併は直接Holdcoとの合併されたものと扱われる。

この再編はA型(合併)、C型(資産買収)、D型(グループ内資産買収)に適格となる可能性もあるが、そのためには合併後にHoldcoが何%の持分を持っているとか、Ivestcoの経営にどれだけ参加しているか、という点の分析をして事業継続要件が満たされているという点の確認をしないといけない(今回のケースでは50%譲渡なので要件が満たされる可能性あり)。

ただ、この通達ではそれらの確認はせず、再編をF型で適格としている。すなわち、S4が単にHoldcoに「変身」しただけという理論だが、その後のInvestcoの売却はF型再編の要件には影響がないとしている。これはF型再編が単独再編であり、事業継続要件のテストを必要としないことを意味していると取れる。このことから、大きな持分を譲渡する合弁契約ではF型再編の利用が鍵となるケースもあり得るだろう。

失効間近のブッシュ減税(3)

前回はブッシュ減税失効の遺産税に対する影響に関して触れたが今回のポスティングでは個人所得税への影響を考えてみたい。

*個人所得税率アップ

前回までのポスティングで触れているように、このまま議会が何もしないと2011年1月1日から、累進の最高税率が35%から39.6%にあがる。またほとんどのキャピタルゲインに対する税率が15%から20%に戻り、15%で課税されている配当は通常所得として最高39.6%で課税されることとなる。

オバマ政権としては2001年および2003年のブッシュ減税のうち、年収20万ドル(夫婦合算の場合は25万ドル)までの納税者に対しては減税を延長するという方針を打ち出している。しかし、ブッシュ減税の最大の受益者は富裕層であったと見られることから、富裕層に対する減税延長がない場合には共和党サイドから強い反発を食らう可能性が高い。

タダでさえ景気が不安定で消費が滞っている中で、増税を決行すると景気が更に悪化するという見方もある。この点に関してはいろんな経済学者が諸説唱えているので実際のところはよく分からないが、短期的な景気のことを考えると増税はマイナスだろう。

また、増税反対の話しが出る際に必ず言及されるのが「Small Business」だ。「富裕層が損するから」という理由は政治的に受けが悪いのは明らかなので、代わりに「Small Business」のオーナーが打撃を被るという理由がよく引き合いに出される。ビジネスはスモールでも(上場企業みたいに規模は大きくなくても)、個人レベルでは相当儲けている人たちは多いだろうから、確かに税率アップはSmall Businessへの悪影響もあるだろう。この点に関しても異論があり、そもそも夫婦合算で25万ドルまでであれば増税はないのだから、オーナーレベルではそれ以上儲けている「Small」ビジネスだけに影響があることになる。すなわち、潤っているSmall Businessのみに影響するのだから仕方がないではないか、という意見だ。しかし、儲かっているビジネスこそ雇用を生み出す原動力となるのだから、そこに増税はないだろう、という声もある。

また、米国で事業を展開する日本企業にとって、個人所得税率のアップは米国派遣員のグロスアップ後の人件費を押し上げることとなり頭が痛い。特に現時点では円高が著しいことから、日本円建支給の報酬(留守宅とかボーナス)のドル換算額が膨らむ傾向にあり、円高が来年まで続くとダブルパンチでグロスアップ後の人件費が嵩む。

*用意周到な納税者達

納税者側も「減税を何とか延長して欲しい・・・」と法律改正を願ってはいるものの、単に議会頼みの状態で手をこまねいている訳ではない。特に富裕層には2011年の増税の後に2013年のMedicareタックス増税が控えているだけにかなり真剣にプラニングモードとなっている。

2011年の税率が高いのであれば、2010年に所得を認識してしまおうという動きが加速している。例えば、ウォール街の金融機関では通常1月に支給される業績連動の期末ボーナスを今年に限っては12月に支給しようと検討しているところが多いと聞く。金融業界というかファンド業界では更に「Carried Interest」が通常所得として課税される影響も検討する必要もある。

また、配当を2010年に支払うという企業も多いだろう。何と言っても配当は12月31日に受け取れば15%の課税で済むものが、2011年1月1日からは最高で39.6%となる可能性があるからだ。配当政策の見直しは単なる配当の増額、前倒しに限らず、自社株の買い戻し、スピンオフその他の検討も視野に入る可能性がある。

また含む益を持つキャピタル資産の売却にも拍車が掛かる。現に裕福な投資家が保有するS法人を今年中に急に売却したいと提案され、買収のデューデリに入っている案件もある。年内のクロージングがMustということでその理由を尋ねたら、ブッシュ減税の失効にあった。

個人レベルで考えると、タイミングに関してコントロールの効く「個別控除(=Itemized Deduction)」、例えば慈善団体への寄付金を2010年ではなく2011年に繰り延べるというのも一つの策だと言われている。個別控除の税額に与えるインパクトは個人の限界税率で算定できるからだ。ただし、個別控除に対しては高所得者に対する控除額のフェイズ・アウトが2011年に高くなる点、またAMTが今後どのように推移していくか、等、税率アップ以外のデメリットを加味して検討していく必要がある。

*久しぶりに逆転する法人税率と個人所得税率

2011年の増税が現実のものとなる場合にもうひとつ興味深い現象として、法人税率(=35%)を個人所得税率(=39.6%)が久しぶりに上回るという点がある。一概には言えないが、場合によってはS法人とかLLC等パススルーで事業展開していた個人が事業主体のC法人への変更を希望するようなケースが出てくるかもしれない。

2010年も残すところ僅か4ヶ月、しかも11月には中間選挙があり、ブッシュ減税失効の行方は今後、注目度が高い。

失効間近のブッシュ減税(2)

前回のポスティングではブッシュ政権が2001年~2003年に実行した大型減税が2010年末で全て失効する点に触れた。今回は中でもその効果というか影響が最も異常な形で現れているの遺産税に関して触れてみたい。

*米国遺産税

米国の遺産税とは相続税のようなものだが、相続を受け取る者に課税する相続税と異なり、死亡した者の資産に直接、資産課税という形で課税するものだ。したがって、相続を受け取る者は「After-Tax」で相続資産を受け取ることになる。

2001年のブッシュ減税では、それまで55%だった遺産税率を徐々に低下させて(同時に非課税枠は徐々に増額させて)、最終的に2010年には遺産税が「完全撤廃」されると規定されている。したがって2010年は遺産税が「ゼロ%」の年だ。

問題はブッシュ減税が2010年末で失効するため、2011年1月1日にはブッシュ減税がなかった状態に後戻りする。となると2011年の遺産税はナント55%(免税枠は100万ドル)となる。

2010年12月31日に死亡すると遺産税がないのに、翌日の2011年1月1日に死亡すると55%の遺産税が掛かることになる。こんな短期間の間にこれだけの差が発生するような設計を持った法律はどう考えてもおかしいし、死のタイミングに係る問題なだけに場合によっては気まずい状況を生み出す。

重病の親族を持つ場合、2009年段階ではタックスのことを考えている者でも「何とか2010年まで生きていて欲しい」と願うことができた。実際に2009年の大晦日に命尽きそうになった方が何とか翌日朝まで頑張って遺産税ゼロを達成したケースが報じられている。逆に2010年に関してはタックスのことだけを考えていたら「2010年に亡くなって下さい」となってしまう。

納税者から見てベストなオプションは2010年以降ももちろんゼロ%がそのまま延長、恒久化されることであるが、民主党政権下でそれは難しい。それで次のオプションとして、遺産税が復活するのは仕方がないとしても、税率はせめて55%ではなく35%程度に、更に免税枠も100万ドルではなく350万ドル程度にして欲しい、という現実的なアプローチが打診されている。また、2010年だけゼロ%というのは異常なので、2009年の税率を2010年にも適用させるという遡及規定も有望視されていたが、年も後半に差し掛かっている現時点で2010年1月1日に戻る遡及規定は困難だろう。

公のデータによると、通常であれば遺産税を支払っていたはずだが2010年のゼロ%の恩典を受けた方は夏時点で25,000名に上るそうだ。有名人としては俳優のデニス・ホッパー、ヤンキーズのオーナーであるスタインブレナーが含まれる。

ちなみに遺産税がゼロ%なのはありがたいが、相続資産の受け手側での税務簿価は2010年は時価へのステップアップに制限が加えられる。通常は遺産相続された資産の受け手側での税務簿価は基本的に全て時価にステップアップするため、含み益を持つ資産が多額にある場合、この点に関してデメリットとなるケースもある。

それにしても、尊厳死を認めるオレゴン、ワシントン、モンタナ州に遺産税絡みで注目が集まるかもしれないとかいうニュースを読んだりすると、人生最後の選択をタックス・プラニングを基にしてしまうというのは何だか、という気持ちになる。日頃、日本企業にはタックス・プラニングにもっと真剣になって欲しいな、と思っているこの僕であるが。

という訳で次回は切り口を変えてブッシュ減税失効の個人所得税に対する影響について触れてみたい。

失効間近のブッシュ減税(1)

*2001年・2003年ブッシュ減税

ブッシュ元大統領が政権を取ってまだ勢いがあった2001年および2003年に実行した二つの減税は歴史に残る大型減税であった。アフガンとかイラクとかで嵩む戦費にも係らず、あれだけの大型減税を実行できた当時の影響力、手腕はみごとだったと言える。

減税の柱は「個人所得税率の低減」、特に累進の最高税率が39.6%から35%に引き下げられたインパクトは富裕層には大きかっただろう。また投資所得に対しても手厚い。ほとんどのキャピタルゲインに対する税率が20%から15%に引き下げられたばかりでなく、従来は通常所得として課税されていた(すなわち最高39.6%だった)配当課税もキャピタルゲイン同様に15%とされた。

また、当時55%(免税枠100万ドル)だった遺産税に関しては税率を毎年低減させていき(と同時に免税枠を毎年増額させていき)、2010年には完全撤廃という随分と大胆な改革で臨んだ。当時、遺産税を専門にプラクティスしている友人に「2010年以降どうすんの?」と質問した記憶がある。

*時限爆弾だったブッシュ減税

これだけの減税を実行するともちろんそれなりの歳入減となる。財政のバランスを考えて(というか不均衡になるには違いはないが、不均衡の額を圧縮して見せるため)、この減税にはひとつの大きな「キャッチ」があった。それは2001年および2003年に実行された減税の全ては「2010年末をもって失効」するというSunset条項が盛り込まれていた点だ。

2010年なんて凄い未来、と皆考えていたが「光陰矢の如し・・・」で今はもう2010年だ。Y2Kから10年たってしまったことになる。イラク戦争のここまでの泥沼化、オバマ政権の誕生、CDOとCDSとかを起因とする前代未聞の金融危機、の全てが起こる前の段階では、どうせ2010年までには減税は恒久化、または最悪でも延長されるでしょ、というのが一般的な(というか楽観的な)見方であった。

しかし2010年の夏が終わろうとしている現時点でも延長すらされていない。今年は中間選挙の年に当たり、政治的に考えて11月の選挙前に延長の議論に終止符が打たれる可能性は低いとの見方もある。

米国の悲惨な財政状況を考えると全ての減税を延長するのは難しい気がするが、経済の先が見えない状況で国民のオバマ政権への失望感も出始めていることから、今後の展開は全く予想不可能だ。

次の2回のポスティングではこのブッシュ減税失効の影響を考えてみたい。

Friday, August 27, 2010

財源の道具化する米国国際課税ルール改正

8月10日に電光石火のごとく法律化された「Education Jobs and Medicaid Assistance Act(以下「州財政救済法」)には以前から「Extender Bill」とか「Closing Tax Loopholes・・」とかいろいろな名前で提出されていた法案に盛り込まれていた国際課税ルール改正の多くが盛り込まれた。

この法律は連邦政府と並んで財政難に苦しむ州に対する連邦の援助を目的としているもので、高齢者に対する医療保険制度であるMedicaid、教育関連費用に州が充当する財源として260億ドルを手当てするものだ。夏期休暇の真っ只中にアッという間に法律化されるという異常事態から、選挙を控えての政策的な法律の色彩が濃いと言われている。それにしても、長年確立されてきた税法に基づいて全世界のオペレーションをプラニング・構築してきた米国多国籍企業にとっては頭の痛い税法改正となる。

財政難は州ばかりでなく連邦政府も同じだが、連邦にはドルを印刷するという州にはまねのできない芸当がある。その意味で州の財政難はより深刻であり、州税の課税権の強化等、日本企業の米国オペレーションにもいろいろな形で影響を与えている。

今回の州財政救済法下で州に提供する資金の調達先として法律に盛り込まれているのがナント国際税制強化に基づく税収増だ。以前から法案として提出されていた項目ばかりで、過去のポスティングでも詳細に触れてきたもので構成されている。お金が必要だったと言う背に腹は変えられない事情は理解できるにしても、今回の税法改正は「米国として国際課税をどのようなルールで今後取りまとめていくのか」という議論がないままに、課税強化をしたという印象が拭えず、今後ますます税法が取り留めのない方向に進むような気がする。

*州財政救済法に盛り込まれた国際課税強化

今回の財源確保の手段として盛り込まれている規定のほとんどは間接外国税額控除を計上する際の制限を厳しくすることで米国の法人税を増額させるものだ。下の列挙してあるのが主たる国際税務規定だが、その内容に関しては過去のポスティングで触れているのでここではそのリンクを表示しておく。なお、以前にポスティングしている段階では、これらはあくまでも「法案」であったが、今回は下の項目は全て法律化されている点でことの重大性に差がある。

*税金と所得のSplitting

税額控除の対象となる外国法人税の支払者と課税所得を認識する者の整合性の確保(2009年8月9日のポスティング参照)を目的とした規定だ。これはもともと税金の基となる所得を認識していないのに法的に負担したと取り扱われる外国税金を税額控除させるのを防ぐ目的で制定されたものだ。

一番分かり易い例は以前にも触れている「Guardian Industries Corp」に見られるパターンのように外国の法律では親会社がグループの税金を法的に負担しているような例だ。これだけであればGuardianの舞台であるルクセンブルグの連結グループとかかなり限定された局面にだけに適用されることなる。

しかし今回の法改正がターゲットする「Splitting(不整合)」はもっと広義であり、他の一般的に利用されている形態にも当てはまる可能性がある。例えば米国の下に外国のReverse Hybridなんかを持っていると、Reverse Hybridの事業活動に対する現地の税金は米国事業主体が支払う(外国目的ではパススルーなので)が、所得の認識は米国ではない(米国目的ではCorpなので)。こんなケースも不整合だ。

*Covered Asset Acquisition

次に外国企業買収時に米国目的のみステップアップされた資産に基づくHigh Tax Poolの使用制限が盛り込まれてしまった。これに関しては以前にかなり触れているので(2010年6月26日以降のポスティング参照)、これ以上書くこともないが、急に登場してきてアッと言う間に法律になってしまった規定だ。外国企業買収時のプラニングを根底から変えるインパクトを持つ。

一点、Sec.338(g)またはCTBとかで簿価をステップアップさせても外国税額控除をHigh Taxとすることは難しくなったが、簿価のステップアップは他の目的では生きているので、例えば買収した外国法人のE&Pそのものを圧縮する効果はそのまま残る。

*ホップスコッチ規定・Sec.304

後は、ホップスコッチ規定(2010年7月12日ポスティング)、とSec. 304を利用したE&P減額(2010年7月12日のポスティング)の制限がしっかりと法律化された。どちらも以前に解説したものだ()。ホップスコッチに関してはMissing Personsの話しを覚えていてくれていれば幸いだ。

*唯一の吉報: 5472等報告漏れと申告書の時効

今回の法律改正の中で唯一のグッドニュースと言えば、Form 5472とかForm 5471等のクロスボーダー系の取引開示を行なった場合に、申告書の全てに対して時効が成立しないと規定されたHIRE法(2010年4月6日のポスティング)の規定をなかったものにしている点だろう。この法律の修正により、Form 5472、Form 5471に漏れがあった場合にはその項目のみ関して時効が成立しないというポジションが明確となり、HIRE法以前からもやもやしていた部分がすっきりしたと言える。

Monday, July 12, 2010

ムキになっているIRSの「保証料は米国源泉」という主張と日本企業

保証料の源泉地がどこかという問題に関してIRSは長い期間苦労に苦労を重ねて戦ってきた。

日本企業の米国子会社が米国に金融機関から借入をする場合、多くのケースで日本親会社が保証を差し入れる。米国子会社側に十分な与信枠がないケースもあるし、与信枠があっても親会社の保証を入れることでより有利な条件での借入が可能になることが多い。

保証というのは当然価値のある行為であることから、第三者に無償で保証を差し入れることはない。にも係らず子会社から保証に対して何の対価も受け取らないと、保証をしている国で移転価格問題とされることがある。無償で子会社に価値を提供しているからだ。一方で、保証料を支払うとなると今度はその保証料に対する源泉税の取り扱いが気になる。

*IRSの主張

IRSには古くから保証料の源泉地は「利息同様」に借り手の居住地を基に決定するべきという持論がある。この持論に基づくと、日本親会社が米国子会社に対して保証を差し入れている、すなわち米国子会社が日本親会社に保証料を支払っているという局面では、保証料は米国源泉所得となる。となると米国で30%源泉税の対象となる。

僕も実際に90年代中盤のIRS税務調査でそのような主張を展開された経験がある。しかも、利息同様に源泉地を決定するべきと言っておきながら、当時のIRSの内部アドバイスによると実際には利息ではないので利息に適用される租税条約上の低減税率は認められないというのだった。

これは「旧」日米租税条約の時代の話だ。何とか保証料を事業所得と位置づけてPE規定で逃げようとしたりいろいろと試みたが最後は不服審査(Appeal)で手を打つしかなかった。

*「新」日米租税条約

2004年に日米租税条約が新しくなった際に、保証料の米国税務上の取り扱いに対する不確実性は取り除かれた。21条の「その他所得」規定に基づき、配当、利子、ロイヤリティー、給与等、租税条約の各条項で具体的に規定されている所得以外の所得(=その他所得)は、PE課税されない限り、その所得の受け手側のみで課税されることになったからだ。さらに丁寧に議定書で、保証料は受け手のみで課税と駄目押しまでしてくれていた。

*Containerケースと税法改正案

保証料は利息同様のコンセプトで源泉地を決定するべきというIRSの長期に亘る主張に対して、保証料は利息ではなくサービス提供に近いので保証料の源泉地はサービス提供している「保証している側の居住地」で決定するべきという意見も多かった。この点に関して法定で争われているケースがいくつかあるが、つい最近2010年2月にTax Courtで争われた「Container Corpケース」で裁判所は「保証料はサービス提供に準じる」として「源泉地は保証している側の居住地」にありとするのが妥当と判断した。このケースはメキシコ法人の米国子会社に対する保証に係る保証料に関しての争いであった。

これに業を煮やしたIRSはそれならば「条文法律変更」という文字通りの法的手段に出る。都合の悪い判例が出るようなら条文で引導を渡そうということだ。逆に言えばそんな簡単なことであれば税法なり財務省規則でさっさと規定してしまえば良かったような気がするが、今までは明確な規定がなく、多くの判例等を基に争われてきた。ようやくContainerケースの負けでムキになったIRSはClosing Tax Loopholes Actの中に改定案を盛り込んでいる。

IRSがなぜこの点に拘るかというと、源泉税を課すチャンスがなく、米国企業が保証料を外国に支払うと、保証料が法人税の計算上は費用化されることからEarnings Strippingの温床となるのではという懸念があるからだ。もちろん「世界一」の税率を誇る日本の親会社に保証料を支払うとグループ全体では余計な税金を支払うだけなのでEarnings Strippingとはならないが、カナダ企業とか日本企業グループでもヨーロッパとかアジアの子会社を利用した保証をすればEarnings Stripping効果を持つ。

という訳で法律改定案によると「貸付に係る保証料の源泉地は保証を受ける借り手の居住地で決まる」と明確に規定されることとなる。

*後法優先と日本企業への影響

普通に考えると租税条約というのは二国間で合意したものであるから内国法より優先するような気がするが、そうは簡単にいかないのが米国だ。憲法上「連邦法」と「租税条約」は同位にあるため、基本的には後にできた方が優先する(後法優先)。過去にも租税条約の恩典を後からできた米国内国法がOverrideしてしまったケースが存在する。

となると日米租税条約の議定書の効果も消滅してしまうのか、と思われる向きもあるかもしれない。しかし、個人的にはそれはないと思う。今回の法改正はあくまでの「保証料は米国源泉(米国子会社が日本から保証を受けているという場合)」としているだけで「源泉税の対象」と規定している訳ではない。

となると日米租税条約の21条の「その他所得規定」で「米国源泉だけど米国での課税(=源泉税)はなし」という規定がそのまま生きてくる。そもそも議定書の駄目押し確認も保証料は「米国源泉」という前提で読まなくては意味がない。米国源泉でなければそもそも米国に課税権がなく、租税条約とか議定書の登場を待つまでもなく米国では源泉税の対象とならないからだ。ということは今更、米国の内国法で「保証料は米国源泉!」と言われたとしても「で?」ということで終わるはずだ。そのロジックで行くと何も変わらない。

*それでも若干残る改定案の影響

上述の通り、もし改定案が最終的に法律となるとしても、日米間で保証料を受け取る場合には現行の取り扱いのままで良いものと思われる。一方、もし他国の子会社等を利用して保証を米国子会社に差し入れる場合にはその国と米国の租税条約を検討する必要がる。また日本企業でも恩典制限条項(LOB)が満たせてないケースで租税条約が利用できなかったりすると影響が出てくることもある。

なお、税法変更があったとしても過去の保証料の源泉地の決定には影響を持たないとされる。すなわち過去の保証料に関しては従来通り判例等に基づく判断をしていくことになる。

Closing Tax Loopholes Actに関して何回かポスティングを続けたが、次回はブッシュ政権の置き土産であり冗談にもならない混乱を引き起こしている「Bush減税の顛末- 2010減税失効の恐怖」に触れてみたい。

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(6)

ここ何回か続けているClosing Tax Loopholes Actの規定内容は基本的に米国企業(日本企業の米国子会社を当然含む)が米国外に投資しているという局面(米国からみた「Outbound」)に影響が大きいものが多い。そんな中でいくつか外国から米国に投資しているという局面(米国からみた「Inbound」)に関連するものがあるので簡単に紹介しておきたい。

*80・20ルール

米国法人が非居住者、外国法人に支払う配当、利息は30%の源泉税の対象となる(もちろん、源泉税は租税条約の利用で多くのケースで税率が低減されたり源泉税がまるまる免除される)。

この源泉税の対象とならないケースに、配当、利息の支払主が米国法人とは言えほとんどの所得を米国外で得ているというものがある。これはそんな状態であれば、そもそも配当とか利息の源泉地が米国であるとは言い難く米国での課税権行使には適切な状況ではない、という考え方に基づく政策だ。

これが一般に80・20ルールと言われるもので、米国法人の総所得の少なくとも80%が米国外の事業活動に基づく外国源泉所得の場合に源泉税の免除がある。その算定には3年間ルールとかいろいろとあるが、このルールを撤廃してしまおうという規定が改定案に盛り込まれている。実際に日本企業で80・20ルールを利用しているところはとても少ないと思われることから改定の影響はないに等しいだろう。

*米国外法人を利用したSec.304

関連会社間で株式の売買をする際に必ず適用有無を検討することになる規定にSec.304がある。このSec.304、前回のポスティングで触れたSec.956と同時に以前は見過ごされがちであったが、今ではすっかり定着してみな真っ先に考えるような規定に「成長(?)」した感がある。

Sec.304取引には様々なパターンがあるが、典型的で分かり易いのは親会社Pが二つの子会社の一つAを他の子会社Bに現金で売却するようなケースだろう。これは会社法上は関連会社間の株式売却だがSec.304でみなし配当となる。正確には、PはAの株式をBに現物出資し(Sec.351)、その対価でB株式を受け取り、Bが即座にB株式をPから現金で買い戻したかのように取り扱われる。Bによる償還はPがBの100%親会社であることからSec.301の分配(=Distribution)扱いとなる。

分配は米国税務上はE&Pの範囲でのみ配当となる。このSec. 304下でのE&P使用順序の決定がまたややこしく、まず株式を買った買収法人(上の例でいくとB)のE&Pを使ったものとし、分配額がそれを上回る場合には次にターゲット(上の例でいくとA)のE&Pを使ってものとされる。ただし、Bが外国法人の場合にはこの目的で使用されたと取り扱われるE&PはBが米国法人の子会社(CFC)だった期間の金額に限定される。
別のSec. 304取引に次のようなものがある。日本親会社(J)が米国に100%子会社(US Co)を持っているとする。更にUS Coが米国外に100%子会社(CFC)を持っているとする。典型的なサンドイッチ構成だ。そんなパターンで、もしJがUS Co株式をCFCに売却するとこれはSec.304取引となる。会社法上はCFCは株式取得のための現金をJに支払い、US Coを100%子会社化することになり、US CoはCFCの子会社となる。

しかし米国税務上はSec.304に基づき、CFCからJへの配当となる。その際に使用されるE&Pだが、上述のE&P使用順序規定に基づきまずは株式を取得したCFCのE&Pが使用されたかのように取り扱われる。ここで問題となるのは前回のポスティングのHopscotchにも似ているが、E&Pが使用されたと取り扱われるにも係らず、みなし配当はCFCからJに行なわれることとなり米国をバイパスしてしまっているので、外国法人であるCFCのE&Pを米国で課税するチャンスがないままに無くしてしまう点である。米国としてはCFCのE&Pを課税しないままに外国に逃がしてしまうのは許せない。Sec.367(b)とかSec.1248とか全てそれらを取り締まるためのものだ。

CFCがUS Coを持っているという再編後の状況はまさしく前回のポスティングで触れた「Sec.956取引」の形態であり、米国でその理論で課税ができるように見える。しかし、肝心のE&PがCFCから流出してしまっているのでSec.956を持ってしてもその部分は課税ができない。

そこで今回の改正案では上の例のようにCFCが株式の買い手、外国企業が売り手という局面でSec.304が適用される場合、E&Pの使用を決定する際にはCFCのE&Pは無視して、いきなりUS CoのE&Pを見ることとされる。

何となく改正案を読んで「そんな手があったか・・・」と漸くプラニングに目覚めるようなテクニックだ。日本企業以外の米国Inboundではこんなことをみんな当然のように利用して最適な税務ポジションを構築していたのだろう。日本企業も負けてられない(?)。

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(5)

*Hopscotch

米国での外国税額控除プラニングとして「Hopscotch」というものがある。Hopscotchはコンクリートの路上とか学校の校庭にチョークで四角の絵を描いてそこに番号を書き込む。そこに石を投げ、石が入っている四角を飛び越えて番号順に跳んでいく遊びだ。日本でも昔、アスファルトの道路に絵をチョークで書いてケンケンして遊んだりしたが、あの石蹴り遊びのアメリカバージョンと思えばいい。

僕的にはHopscotchと言われるとやはりどうしても「Missing Persons」という80年代のハードロックバンドがやってた「Mental Hopscotch」という曲を思い出してしまう。結構流行ったバンドなので知っている人も多いと思うが、「Nobody Walks in L.A.」「Tears」「Window」とかの名曲を送り出し、同時にバンドの技量というかテクニカル面もしっかりしていた。基本的には新らしめの(当時は)音を持った感じの西海岸ポップ・ハードロックなんだけど、Windowって曲なんかは(大変古くて申し訳ないけど)六本木のナバーナとかでも掛かるダンサブルな曲でもあった。

そんなMissing Personsが最初に出した12インチシングル(今ではこんな言葉分かる人居ない?)は4曲構成で、ヒット曲のWordを筆頭に、Boys、Destination Unknown、そして「B面」の2曲目を締めていたのがこのMental Hopscotchだった。途中のフィードバック・ビブラートきんきんのギター(彼は後にAndy Talyerの後任としてDuran Duranのギタリストになる)やリフをきざむキーボードも良かったけど、やはり決まっていたのはTerry Bozzioのツインバス使いまくりのドラムだろう。当時、実は僕は大介さんっていうドラムがとてもうまいお兄さんとバンドをやっていて彼がツインバスを売り物にしていて(Cozy Powellの影響が大きかったと記憶してます)、たまたまボーカルがFemaleで、キーボーディスが参加したばかり、かつMissing Personsのギターが僕のスタイルにピッタリ、という出来すぎた状況でMental Scotchのフルコピーを新宿ロフトで演奏したのが昨日のことのようだ。

実はこのMissing Personsを90年代の中盤にL.A.近辺のライブハウスで「復活版」っぽい感じで見るチャンスがあった。その時のOpeningがMental Hopscotchだったので感動した。Terry Bozzioの元奥さんだったDale Bozzioはそのままボーカルやってたが(まあ彼女ナシではMissing Personsと名乗ることはできないだろうけど)、ドラマーは別人だった。しかもこの差し替えドラマーさん、シングルバスドラなのにツインバスと同じスピードでバスドラを蹴ってたのは感心だった。ちなみのこのチョッと裏びれた感じのライブハウスでMissing Personsの前座を務めたのはワンヒット・ワンダー「Flock of Seagull」だった。アンコール前の最後の曲はもちろん「I Ran (So Far Away)」。エコーの聞いたギターが印象的で、昔、家庭教師のバイトをしていた時に生徒さんのお家に行く途中の車で散々聞いた名曲だ。という訳でBuy One Get One Freeみたいないいコンサートだった。

で、そのHopscotchがアメリカ多国籍企業のタックス・プラニングにどう関係してくるのか、というところだが、ここからはMissing Personsの演奏同様に若干テクニカルになる。

日本のタックスヘイブン税制に類似する米国のSubpart F規定の基本的な趣旨は、米国企業が外国子会社で得る所得は本来は米国に配当されるまでは米国で課税されない、っていう大原則が悪用されるのを取り締まるため、一定の所得は米国に配当されようとされまいと外国子会社が所得として認識した時点で米国で課税するというものだ。例えば香港子会社が認識する投資所得などは、別に無理して低税率の香港で認識させなくてもいいのではという理由で配当の有無に係らず米国で課税される(細かい例外規定等はある)。

一方で米国企業は外国で得た所得はそのまま外国に留保しておき、かつSubpart Fにも抵触しないようにして米国では課税されないように知恵を絞る。または米国に配当として資金を還流させる場合には少なくとも米国の税金がなくなるように(うまくいけばCross-Creditで他の米国勢金も圧縮してしまうように)High Tax Poolから配当を受けるように腐心する点は前回までのポスティングでしつこく触れた通りだ。

*Sec.956

しかし、もし米国で資金が必要であるにも係らず、Low Tax Poolにしか配当原資がなければどうするか? そんなケースには配当ではなく外国子会社が米国親会社に貸付をするばいいのではないか、と考えるのが普通の流れだろう。実際、米国企業もそう考えた。配当ではないので課税されないばかりか、米国が支払利息を計上して、低税率国でそれを受け取ることができるのであれば、これは典型的なEarnings Strippingとなって一石二鳥だ。

ところが実際にはそんな調子よくは行かない。Subpart Fの一部に「門番」的に規定されているSec.956により、海外子会社にE&Pがある場合に、それを投資、貸付、保証という形で米国に持ち帰ると全て「みなし配当」となる。技術的に言うとこれらの資金移動は「Investment in the U.S. property」と位置づけられ、配当同様に課税される。実際には各四半期のInvestment in the U.S. propertyを算定したりと結構面倒な規定だが「配当課税回避行為に対する措置」としての趣旨は誰にでも理解できる。

米国企業が直接保有しているTier 1の外国子会社からSec.956の借入等がある場合の処理は直接配当されたのと同様なので分かり易い。一方で、Tier 2の孫会社からSec.956に抵触する借入があったとすると通常はそのような流れの配当はあり得ないので更なるルールが必要となる。具体的には、このような局面ではあたかも孫会社が「直接」米国親会社に配当したかのように税務処理をするように規定されている。すなわち、Tier 1である直接子会社を飛び越えて(=Hopscotchして)米国に配当されたかのように取り扱われる。実際に配当されている訳でないので当然と言えば当然な取り扱いだろう。

しかし、何事も自分達の有利な取り扱いに摩り替えてしまうのが米国多国籍企業、というか企業にアドバイスしている弁護士、会計事務所の国際税務部門だ。そんな彼らがSec.956のHopscotch規定があれば、実際に配当するよりもHigh Tax Poolで間接税額控除を計上できるという可能性に着眼しないはずがない。

*Sec. 956とHopscotch規定を敢えて利用

つまり、Tier 1の外国子会社のTax PoolがTier 2のTax Poolよりも低い場合、Tier 2の孫会社が実際に米国親会社に配当を行なうと、どうしてもTier 1子会社を通ってしまうことで、より低い(=より不利な)税務ポジションとなってしまう。一方、これを本当の配当ではなく、Tier 2孫会社が直接米国親会社に貸付その他のSec.956取引を行なうと、Tier 1を経由したことにならないため、High Tax Poolのまま外国税額控除を算定することができるというものだ。Tier 1としてケイマンとかバミューダとかの持株会社が入っているようなケースではこの差は特に大きい。

そんなプラニングに網を掛ける目的でClosing Tax Loopholes Actでは次のような規定が盛り込まれている。すなわち、Sec. 956に基づくみなし配当であっても、実際にUpper Tierの子会社等を経由して米国に配当されたかのように外国税額控除を計算する。一方で従来通り、Tier 2から直接配当とみなされたらどのような外国税額控除となったかも計算させられ、どちらか「低い」方の外国税額控除を取ることとされている。なお、あたかもUpper Tier経由で配当されたとしたら、という仮定のシナリオ上、源泉税等の存在は無視するとしている。

このHopscotchストーリー、規定する方、それを有利に解釈する方、それをまた取り締まる方、全ての登場人物の方々の努力に敬意を払わらずを得ないとしかいいようがない。

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(4)

前回までのポスティングでは国際課税の改正草案「Closing Tax Loopholes Act」に関して、中でも辛口の規定が提案されている外国税額控除の濫用への対抗策を中心に触れた。草案発表当時は今にも法律化される、という勢いであったがここに来て法案の行方は定かでなくなってきている感がある。いずれにしても何らかの法律化が実現すると思われるので、前回まで特集している外国企業を買収した際の米国税務目的でのステップアップ、その結果達成される「人工的なHigh Tax Pool」の話しを続ける。ステップアップを達成する代表的な手法としてSec.338に触れたが、今回は法案で「Covered Asset Acquisition」として規制の対象となりそうな他の二つの取引に関して触れる。

*Check-the-Boxを利用したステップアップ

1990年代後半に財務省が「Check-the-Box」と言う実に納税者フレンドリーで弾力性に富む規定を発表した際、この規定がどれだけ多くの国際税務プラニングに寄与するか予想していただろうか?Subpart F規定の適用回避にCheck-the-Box規定が大きな役割を果たしている点は2009年5月30日の「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(2)」でかなりしつこく触れた。

そして今回、ステップアップを達成する一手段としてもまたこのCheck-the-Box規定が登場する。仕組みは極めて単純で、外国の企業を米国企業が買収する際に、会社法上および外国の税務上は株式買収をしておき、買収と同時に買収先の外国企業がCheck-the-Box選択をして米国税務目的では支店同様の取り扱い(Disregarded Entity)にするというものだ。

取得した外国事業が支店扱いとなると米国企業が直接、外国の事業資産および負債を取得した形となり、取得価格は当然、各資産に配賦されステップアップが実現する。

ただし、Check-the-Boxの選択は外国の全てに事業主体形態に対して認められているものではないことから、この手法を利用するためには買収先の外国企業が財務省規則の「Per Se Corporation」リスト(=選択の余地無く米国税務目的で「Corporation」と取り扱われる事業形態リストで、日本では「株式会社」がこれに当たる)に列挙されていないという条件が必要だ。実際には外国の事業形態の多くがPer Seリスト外となるので当プラニング適用の機会は多い。

*パートナーシップ持分取得とSec.754選択

Sec.338およびCheck-the-Boxの利用は、外国で法人形態を取る事業主体の買収に係るものであったが、もうひとつステップアップを実現する取引形態にパートナーシップ持分取得がある。単にパートナーシップの持分を取得しただけでは、株式会社の株式を取得した局面同様に、パートナーシップ持分の簿価が時価となるだけで、パートナーシップが持つ各資産の税務簿価は従来のままとなる。このような不都合を解消する目的で頻繁に利用されるのがSec.754選択だ。この選択をするとパートナーシップ持分を買収をしたパートナーの買収持分に相当するパートナーシップ資産の税務簿価が時価に置き換わる効果を持つ。結果としてGoodwill等の簿価がステップアップして上述の他のケースと同様の効果を達成できる。

こんなところでステップアップと外国税額控除の話しは一旦打ち切る。次回のポスティングでは同「Closing Tax Loopholes Act」に盛り込まれている他の規定の話しを続けたい。

Saturday, June 26, 2010

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(3)

近々に何らかの形で法律化されると噂される草案「Closing Tax Loopholes Act」が多くの国際課税プラニングに重大な影響を与えるものである点はここ2回のポスティングで触れた。この法案にはいくつかのフォーカスがあるが、その中のひとつに「外国税額控除」を利用した多くのプラニングに網を掛けるというものがある。外国税額控除は本来、全世界課税システムを採択している米国で、海外との二重課税を緩和するという目的で導入されているが、実際には多くのテクニックをもって二重課税の緩和以上の効果を持つことが多い。

そのようなテクニックのひとつである外国企業買収時の資産ステップアップに関してポスティングを続けたい。今回はClosing Tax Loopholes Actの中に規定されている「Covered Asset Acquisitions」に関して触れる。なお、この規定はオバマの予算案にはなかったのではないかと思われ、その意味で「思わぬ」制限が浮上してきたこととなる。全体に外国税額控除に対する改定案は辛口な仕上がりとなっている。

*Covered Asset Acquisitions

前回のポスティングで触れた「米国目的のみで買収先の企業資産の税務簿価をステップアップさせる」という手法の具体的な達成法はいくつか存在するが、それらを法案では「Covered Asset Acquisitions」と規定して、規定される取引からステップアップが起こる場合には、それに見合う外国税額控除のメリットを認めないとしている。次の3つの取引がCovered Asset Acquisitionsに当たる。

*Sec.338選択

Covered Asse Acquisitionの一つめはおなじみSec.338選択だ。オバマ政権の予算案に係る「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(11)」でかなり詳しく触れているが、Sec.338選択は簡単に言ってしまうと会社法的には株式買収という形態を取る取引(Reverse Subsidiary Mergerを含む)で一定の条件を満たすと「税務上」はあたかも新規設立の子会社が買収先企業の資産を買収したかのように取り扱うという選択だ。

企業買収の多くは株式取得という形で行なわれる。株式を買収したと取り扱われると株式の簿価は買収価格となるが、買収先企業の持つ資産の税務上の簿価は従来のままとなる。例え会計上はPush-Downの処理をして資産の簿価を時価に引き直していたとしても税務上の取り扱いは変わらない。となると買収先企業の資産簿価を超える買収コストを費用化できない。そこで一定の条件が整っている場合にはSec.338選択をして税務上だけは資産を買収したかのように取り扱い、資産簿価をステップアップさせ減価償却またはGoodwillのような無形資産からのAmortizationでコスト回収する。最初から資産取得すればいいのだが実際に個々の資産、契約関係の名義を変更するのは手間も掛かり、また場合によっては取引相手の同意を得る必要があることもあり、実務上はかなり面倒であることから会社法上は株式取得というのは手続きが容易であるというメリットがある。

国内取引の局面では普通のSec.338選択を行なうと、ステップアップは実現されるものの、売り手側でGoodwillを含む全ての資産のみなし売却益に対して課税されるため意味がない。複数年掛けて費用化を実現するためにアップフロントで税金を支払うというのは単純に損をするだけだからだ。また株主側でのキャピタルゲイン課税と法人側の資産売却課税が二重課税となるのも致命的だ。

買収対象の企業に繰越欠損金があるようなケースでは検討の対象になることもあるが、米国内の買収で利用されるSec.338は通常(h)(10)と呼ばれる特別な選択ができる局面に限定されることが多い。(h)(10)に関しては以前のポスティングで何回か触れているが、買収対象法人がS法人または連結納税グループの要件を満たしているグループの子会社の場合に利用が認められている。この二つの局面では仮に会社法上も資産買収という形を取ったとしても、株主側(S法人の場合は個人株主、連結納税グループの場合は親会社)と法人側で二重課税がないため、Sec.338条も二重課税が発生しないようにできており、株主側の投資税務簿価と法人の持つ資産の税務簿価に差異がないとすると、基本的に売り手側で追加の税務コストなしでステップアップを実現できる。

一方で今回のCovered Asset Acquisitionsの対象となるのは外国税額控除の話しなので、買収される企業は外国法人となる。外国法人の場合には通常のSec.338選択(=(h)(10)と区別をつける意味で(g)選択と呼ばれることが多い)をして売り手側でゲインがでたとしてもそれらの資産が米国事業に供されていない限り、米国での課税はない。Sec.338は米国税務目的だけの「Fiction」なので現地国の課税関係には一切影響がない。すなわち、Sec.338を利用してアップフロントの課税関係なしに、米国目的で資産の簿価をステップアップすることができる。

また、外国企業の買収局面でのSec.338は、買収された企業の過去のE&PとかTax Poolを消滅させるという効果も併せ持つ。ちなみに売り手が米国法人の場合には売り手側にも影響があある。Sec.338で実現されたと取り扱われるE&Pの外国税額控除への影響、またSec.1248に基づく「みなし配当」額の算定基となるE&Pの金額は、通常は買収日で締めるのではなく、買収先企業の年度末まで待って決定されるが、Sec.338選択をすると買収日で全てが締まる。これは買収後に買い手が配当を行なうような場合、E&Pが減額されてSec.1248の金額が低くなり売り手側の取り扱いが不利になるような不慮の事態を避けることができるというメリットがある。最もSec.338がない場合には、買収契約上、年度末までは配当をしないというような規定を盛り込んでこのような懸念を担保することが多い。

Sec.338選択で随分と誌面を使ってしまったので他の二つのCovered Asset Acquisitionsに関しては次回のポスティングで触れる。

Friday, May 28, 2010

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(2)

前回のポスティングでは近々に何らかの形で法律化されると噂される草案「Closing Tax Loopholes Act」の内容が実に手強いものである点に触れた。中でも外国税額控除の濫用に対する辛口の対抗策が盛り沢山となっており、今回のポスティングでは外国税額控除に関して触れてみたい。

*High Tax Poolのプラニングに果たす役割

High Tax Poolが国際課税プラニングにおいて果たす重要な役割に関してはオバマ政権の2010年予算案に関して触れた2009年7月辺りの「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(7)」シリーズでかなり詳しく触れている。そこで紹介しているテクニックのひとつに、外国企業買収時に米国目的のみ資産の税務簿価をステップアップさせて米国から見た外国での実効税率を上げるというものがある。以前のポスティングでそのメカニズムは詳解しているが、簡単におさらいすると次の通りだ。

米国企業が外国子会社から配当を受け取る際には、配当が課税される代わりに外国子会社が外国で支払った法人税を間接税額控除として計上することができる。2009年3月までの日本の取り扱いと同様だ。米国の税率(連邦)が35%だから、そのより低い税率で課税されている原資から配当を受け取ると税額控除を取ったとしても米国で法人税の追加払いが生じる。

したがって実効税率が低い配当原資(Low Tax Pool)からの配当は不利であり、同じお金を米国に持ち帰る際に敢えてLow Tax Poolから配当を受けるというケースは少ない。米国に海外からお金を還流させる際にはHigh Tax Poolから配当を受けるようにして、米国で追加の税金払いがないようにするのが通常だ。さらにHigh Tax Poolからの配当で米国の税率35%を超える税率の外国税金を控除対象とし、35%を超える部分はLow Tax Poolからの他の配当、または低い(またはゼロの)源泉税で米国が受け取っているロイヤリティー収入等のPassive所得に対する米国税負担をも減らしてしまうCross Creditを検討することも多い。

*High Tax Poolの人工的創出

このことから、いかに海外の配当原資をHigh Tax Poolとするかというのがひとつの重要課題となる。日本のようにそもそも法人税率が41%で世界一というような国に米国法人の子会社がある場合には放っておいても自然にHigh Tax Poolの配当原資が溜まる。しかし「実際には外国でそんなに高い税率で課税されている訳ではないが、米国の外国税額控除目的ではHigh Tax Poolのように見える」というような局面が演出できれば米国企業にとっては更に都合がいい。そんな調子いいことできるの?、と思われるかもしれないが、実は米国企業が外国企業を買収する際にはむしろこのプラニングが実行されないケースの方が珍しいと言っても過言ではない。それほど当たり前で日常茶飯事に行われているプラニングだ。

このようなプラニングが比較的容易に実行できるその秘密は外国の所得の算定方法の米国・外国間での差異にある。外国で支払う税金は(当たり前だが)外国の法律下で算定される所得に基づく。一方で配当を受け取り、間接外国税額控除を算定する際に、その配当に関して外国でいくら税金を支払ったとみなすかという実効税率の算定は米国の法律で算定される所得に基づくことになる。

例えば外国の税率が20%として課税所得が100(外国の算定法で)あったとする。20の税金を支払うことになり、この20という金額は米国の取り扱い上も「外国で20の税金を支払いました」という点で変わりはない。一方で所得の金額は米国風に算定をしてみたら仮に50になったとする。そうすると外国の税率は20%であるにも係らず、米国から見るとあたかも40%の実効税率だったかのように見える。

このようなTax Poolから8の配当を受け取ったとすると、実際には10の税引前所得を原資とし、そこから20%の2の外国税金が引かれネットで8を米国で受け取っているというのが本来の姿だ。源泉税はないものと仮定し、もしこのような算定となると米国では10の配当益が認識され(キャッシュで受け取るのは8だが外国税金のグロスアップで10となる)、税率35%に基づき3.5の法人税が課せられる。ここから2の外国税金を控除してIRSには1.5の支払いをすることとなるだろう。

ところが米国目的ではあたかも40%のPoolから配当されていることとなると、8の配当は、13.3の税引前所得を原資とし、その40%の5.3の外国税金が引かれ8が税引後という姿となる。この状態で米国の法人税を算定すると、まず13.3の配当益が認識され(キャッシュで受け取るのは上と同様8だが外国税金のグロスアップで13.3となる)4.7の法人税が課せられる。しかしここから5.3の外国税金が控除されるのでIRSへの支払いはナンとゼロとなる。そればかりでなく、米国35%の税金である4.7を超える部分の外国税金0.6は他の外国源泉所得に対する米国税金をも減らす効果を持つ。

ポイントは「同じ8の配当」を受け取っても、米国目的のためだけに算定される「見た目」の実効税率を上げることにより、配当額に対して経済的に負担している金額より大きな外国税金で米国の税負担を圧縮することができるというマジックが可能になる点だ。

*Covered Asset Acquisitions

それではどのようにして外国での実際の課税所得は100なのに、米国目的では50になり得るのか?そのテクニックは上で触れている通り、基本的に買収した企業の資産(Goodwillを含む)の税務簿価を米国目的のみでステップアップさせるというカラクリに基づく。資産の簿価が高くなればそれだけ減価償却・Amortizationの費用が大きくなり課税所得が低くなる。

Closing Tax Loopholes Actではこれらの手法を「Covered Asset Acquisitions」と一括りに認定し、このような過大計上を認めないと規定されている。Covered Asset Acquisitionsに関しては次のポスティングで続ける。

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(1)

わずか一週間程前に草案された「American Jobs and Closing Tax Loopholes Act」(Closing Tax Loopholes Act)の国際課税改正案の中身はかなり強力だ。どうせSubpart F規定(米国版タックスヘイブン規定)のActive Financing業に対する例外とかLook-Throughの延長が中心の単なる「Extender」だろう、と思っていたので、その内容の「充実度」にはビックリだ。

こんな法律ができたら米国多国籍企業には相当な打撃だろう。しかもこの法案、メモリアルウィークエンド明けから1~2週間(6月前半)には可決してしまうのではないか、と言われている。オバマ政権が2010年、2011年の両予算案で提案している国際課税改正案が複数反映されているばかりか、新規の規定もある。多くの規定は米国企業が海外に子会社を持っているという局面に適用されるものだ。しかし局面次第では日本企業にも影響があるものもある。

*Check-the-Boxの使用制限は今のところ「棚上げ」

それにしても不幸中の幸い(?)なのは2010年の予算案でオバマ政権が提唱していた「Check-the-Box」規定の一部使用制限が法案に盛り込まれていない点だろう。この使用制限は不思議なことに2011年のオバマ予算案にも入っていなかった。

米国のように高税率でかつ全世界課税システムを頑なに守っている国の多国籍企業にとって、海外子会社の得る所得に対する本国米国での課税を繰り延べる(Deferral)というのは、外国税額控除の最大限化と並んで国際タックスプラニングの基本中の基本だろう。本国課税の繰り延べの一番の敵はCFCルール(日本ではタックスヘイブン税制、米国ではSubpart F規定)だ。

IRSにとって過度のDeferralに対する最強の武器であるはずのSubpart F規定を実質「骨抜き」にしてしまったのがCheck-the-Box規定だ。そのCheck-the-Box規定の使用制限が表舞台から消えたというのは米国多国籍企業にとってはGood Newsだろう。ただ、政府関係者のコメントを総合すると2011年の予算案に入っていないからと言って安心はできないようだ。予算案になくても法案として浮上してくることはあり得るし、現に政権としてもこの分野に関して完全にあきらめている訳ではないようだ。それにしてもCheck-the-Boxを利用したHybrid Branch系のプラニングに関しては「Notice 98-11」から「Notice 98-35」に至る財務省の迷走経験があり、2010年の予算案も迷走に更に輪をかける結果となるかもしれない。Check-the-Boxのこの手の利用法に関しては以前2009 年5月に「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(2)」で詳解しているので参照して欲しい。 

今回の法案だが、Closing Tax Loopholes Actという名称もワザとらしい。「抜け穴を塞ぐ法」となるが、その規定の数々は抜け穴を塞ぐどころか米国企業の国際タックス・プラニングの根底を揺さぶるインパクトを持っている。

*網が掛けられる多くの外国税額控除プラニング

上述の通り、米国のように高税率でかつ全世界課税システムを頑なに守っている国の多国籍企業にとって、外国税額控除の「最大限化」は国際タックスプラニングの基本中の基本のひとつだ。そのための「テクニック」は数多く生み出されているが、今回のClosing Tax Loopholes Actの一つの大きな目的は外国税額控除を人工的に最大限化しているプラニングに網を掛けるものだ。

実際に法案ではHigh Tax Poolの利用を中心とする外国税額控除の濫用に対して「複数」の規定で対抗策が講じられている。どれもかなり痛いところを突くものばかりだ。それらの具体的な規定に関して次回のポスティング以降で触れていく。

Friday, May 14, 2010

グーグルの風力発電投資と「タックス・エクイティー」(2)

前回はタックス・エクイティーに話しに関係してパススルーの課税関係について書き始めたが、今回もそれを続ける。

税務上、法人となると事業主体レベルで所得に課税された後、配当時に再度、個人株主側で課税されることから二重課税の対象となり、(米国内の投資家から見ると)税務上は好ましい事業主体とはいえない。一方、税務上のパススルーは、事業主体側で課税されないばかりか、事業主体の損失を投資家であるパートナー、構成員サイドで取り込むことができ、他の所得と相殺することができるというメリットもある。損失の配賦に関してはSec.704(b)の実質的な経済効果の規定、配賦された後の使用に関してはBasis制限、PAL制限、At-Risk制限といろいろあり複雑ではあるが、基本的なコンセプトとしては損失を投資家で取り込むことができるのがパススルーのひとつの大きなメリットとなる。

さらに重要な点に、パススルー事業主体で認識される所得、費用、税額控除などの項目は「そのままの性格」でパートナー、構成員に配賦することができるとうものがある。

このパススルーの特徴をうまく利用しているのが再生可能エネルギー投資に頻繁に利用されるタックス・エクイティーだ。タックス・エクイティーが利用するパススルーは「FLIP」と呼ばれる。

FLIPパススルー形態とは、実際に再生可能エネルギーの生産を行う事業主と「税額控除を買うこと」を目的に参加する投資家がパートナーシップ、LLCなどのパススルー事業主体を組成して事業を行う形態を言う。パススルー事業主体は投資税額控除に適格となる再生可能エネルギー事業を行っているため、税額控除を計上することができる。この税額控除を「税額控除という形のまま」投資家に配賦し、配賦を受けた投資家は、他の事業から発生する税金とパススルー事業主体から配賦されてくる税額控除を相殺することができる。

パススルー税法下では、必ずしも全ての所得、費用、税額控除を皆に均等に配賦する必要はない。Sec.704(b)の実質経済効果(または代替テスト)その他の規定を満たす限りにおいて、どのような項目をどのように配賦するかは構成員の間で自由に決めることができる。パートナーシップであればパートナーシップ合意書で、LLCであればLLC合意書に規定すればよい。例えば「最初の3年間の減価償却はAさん」「キャピタルロスはBさん」「外国税額控除はCさん」「5年目からの通常所得はDさん」とかどのように決めてもいい。

FLIPパススルー形態では、このパススルー事業主体の特性を利用し、税額控除およびキャッシュ・フローを当初、投資家側に優先的に配賦し、その恩典を受けさせる。パススルーが組成された段階では、多くの持分が投資家に帰属することになるが、投資家が一定の利益率を獲得した段階で、持分はデベロッパーに切り替わる(=Flip)ように合意されている。

またIRSは風力発電にかかわるFLIP形態に関してセーフハーバー規定(一定の条件を満たすことで税務上の取扱いが確定される)を公表している。セーフハーバーの条件を満たす形で合意書を作成しておけば、Sec.704(b)等の極めて複雑な規定条件を満たしていると取り扱われることから税務上の取り扱いの予見可能性が高まる。

*日本企業とタックス・エクイティー

上述の通り、タックス・エクイティーという形態の発達には、事業主自らでは税額控除の恩典が取れない、そしてその恩典を代わりに使用したい儲かっている投資家が存在する、という背景がある。儲かっている日本企業であればタックス・エクイティー投資家になってももちろんいいが、日本企業が税額控除を受けることができるような事業を「自ら」展開し自分達のグループ企業の他の課税所得と連結納税等を利用して相殺していくという方法もある。自分で税額控除の恩典を取れるのであれば外部のタックス・エクイティー投資家に税額控除を売る必要もない。

また、税額控除の恩典を取れない事業主に対して2009年から「助成金」という代替案も設定されている。これは実質、税額控除を利用して税金をマイナスまで減らし還付を受けるのと同じ効果を持つことから税額控除に代わる新たな投資形態となっている。

*タックス・エクイティーは何て訳すべき?

タックス・エクイティーと言う形態は「租税平等」どころか逆に儲かっている投資家が自分の税金を減らすために財力にモノを言わせて税額控除を買ってしまうという仕組みだということが分かってもらえたと思う。ただし、これは悪いことでは一切無く、先行投資が必要となるソーラーや風力発電の事業主に効率よくキャピタルを提供する生命線だ。

では、租税平等という訳がピンとこないとすると代わりに何と訳すべきだろうか?「税額控除を見返りとするパススルーへの投資」ということなのだがピッタリとくる日本語がない。そういえばEquity Financeも「エクイティーファイナンス」というのが一番ピッタリくるのでTax Equityも「タックス・エクイティー」のままが一番かもしれない。カタカナって便利だ。

グーグルの風力発電投資と「タックス・エクイティー」(1)

つい先日、グーグルがノースダコタ州の二つの風力発電装置に3880万ドル(約36億7000万円)の投資をするというニュースが報道されていた。

グーグルはブライトソース・エナジー、アルタロックなどのソーラー、風力、地熱等の再生可能エネルギー関連事業に投資実績があり、かつグリーン事業に今後も力を入れるということは周知の事実であることから今回の風力発電投資に特に驚く部分はない。

しかし、日本語の報道でグーグルの投資形態が「租税平等」(タックス・エクイティー)という形で行われた、と記載されているのを読んで、タックス・エクイティーに関しては若干触れておいた方がいいのかな、と思ってしまった。

*タックス・エクイティー

確かに「タックス」は「租税」と訳すことができるし、エクイティーのひとつの訳は「平等」なので合わせて「租税平等」となっても不思議ではない。でも「租税平等」では「タックス・エクイティー」という用語の意味は伝わらないだろう。実は平等でも何でもないからだ。

タックス・エクイティーとは再生可能エネルギーへの投資形態としては一般的で、用語としては確立された意味を持つ。タックス・エクイティー投資とは簡単に言うと、他に課税所得を持つ投資家がパススルー主体から「税額控除」を買い取る形態を言う。タックスの恩典を受け取るのでタックス・エクイティーという。

なぜこのような投資形態が一般的かというと、実際にソーラーとか風力発電を開発している事業主はまだ儲かってないケースがほとんどだ。となるとそもそも税金を未だ支払っていないことから、税額控除のメリットを享受することはできない。ここでいう税額控除とは投資税額控除が代表的なもので、支払うべき税金から投資額の一定%を差し引いてくれるというようなものだ。

再生可能エネルギーに適用される投資税額控除は税金をゼロにまで下げることはできても、マイナスにして還付を受けることはできない。したがって、せっかく税務上の恩典を規定して再生可能エネルギー投資を促進したいという国の政策があっても、そもそも税金を支払う立場にない(儲かってないので)者にとってはインセンティブとならない。

そこで登場するのがタックス・エクイティー投資家だ。これらの投資家は再生可能エネルギー投資とは別に他に儲かるビジネスを持っていて税金を支払う立場にある。何とか節税をしたいと願っており、税額控除を買うために再生可能エネルギーベンチャーに投資する。ソーラーとか風力発電の事業主から見ると、自分ではどうせ使わない税額控除を売って現金化できれば、その分コスト削減に繋がり「Win/Win」の関係が築ける。

ただし、リーマンショック以降は肝心の投資家自身にも課税所得がなくなってしまい(場合によっては投資家自身が無くなってしまい?)、ソーラーや風力発電の事業主は以前と比べてタックス・エクイティー投資家を見つけるのに苦労しているだろう。というのもタックス・エクイティー投資で有名だったのは他でもないAIG、リーマン、モルスタ、その他大手金融機関という金融危機の主人公達だったからだ。もちろんグーグルであればリーマンショック以降も多額の税金を支払っていることから今でもタックス・エクイティー投資家としての恩典を享受することができる。

税額控除を買い取るなどと言うとチョッと怪しい取引に聞こえるかもしれないが、そんなことは全くなく、ソーラーや風力発電の資金調達法として確立された方法であり、後述するようにIRSもセーフ・ハーバー規定を発表してタックス・エクイティー形態を後押ししている。

実際どのように税額控除を「買い取る」かという点を理解するには米国のパススルー課税のルールを理解する必要がある。

*FLIPパススルー

タックス・エクイティー投資はFLIPと呼ばれるパススルー投資形態で資金調達する手法で行われる。

以前からのポスティングで度々触れているが、米国で事業を展開する際の組織形態は株式会社(Corporation)、パートナーシップ(GP、LP、LLP、LLLP)、Limited Liability Company(LLC)、事業トラストその他と、多岐に亘る。しかし、これらの事業主体の「税務上の取り扱い」は「法人」と「パススルー」の二つのみに大別される。具体的には、株式会社は、基本的に常に法人として取り扱われ(一定の条件を満たす場合には、税務上「S Corporation」と取り扱われる選択をしてパススルー扱いが可能)、他の事業主体は、納税者側で法人とするかパススルーとするかの選択(Check-the-Box規定)が認められている。

つまり、株式会社、GP、LP、LLP、LLLP、LLC等の事業主体は州の会社法上は異なる権利関係その他が規定される別の種類の事業主体であるが、税務上は「法人」「パススルー」の二つのどちらかに属することになる。したがってタックス・エクイティーにはパススルー事業主体を利用するが、それはLPであることもあれば、LLCであることもある。どのようにパススルー事業主体を利用して税額控除の売り買いが行われるのか、という点に関しては次回のポスティングで。

Saturday, May 8, 2010

渡りに船の米国社会保障税免除の「3年延長」(2)

前回、日米社会保障協定の短期滞在規定の延長に関して書き始めたが、今回は具体的な延長申請に関して同じトピックを進める。

*延長申請

バラバラのタイミングで赴任した派遣員の派遣期間が5年満期を迎えるケースと異なり、2010年10月には、2005年10月の協定発効時に米国に滞在していた派遣員が5年満期となるため、延長申請の数が通常より当然多くなる。したがって十分な余裕を見て延長申請する必要があるだろう。早くから延長申請することに対する制限はないことから延長が見込まれた時点で早急に対応する必要がある。10月1日には延長済みの適用証明書を持っている必要があるため、4ヶ月の期間を見るとすると6月には延長申請しておく必要があることになる。

*延長理由

延長申請には当然「延長理由」を記載することとなる。3年までの延長は比較的弾力的に対応とは言え、一応延長理由は「予見不可能」かつ「単に適用証明を延長する目的でない」ものが必要とされる。予見不可能という部分は「当初5年で帰任の見込み」ということで短期滞在としている訳だから、この点は全ての延長申請に共通して織り込まれる条件であろう。一方で適用証明を延長する目的で延長申請する際に「単にそれだけが目的ではないこと」というのは少し分かり難い説明のような気がする。ここの部分は純粋に予見不可能なことが起きて「仕方なく派遣が延長される」というような感じだろうか。

厚生労働省国際年金課はこの点に関して「あるプロジェクトに係っていたところ、終了が予期せず遅延した」または「就学年齢の子供がおり、就学年の終了まで派遣先国に留まりたい」という二つの例を示している。最初の理由例はその理由そのものに「予期せず」という文言が入っているので予見不可能という部分は(少なくとも表面的には)満たしている。プロジェクトが期せずして伸びたので、それを完了させる必要があり、その意味で単に適用証明延長だけが目的ではないということだろう。

二番目の子供の学校終了というのは面白い。これは2007年5月にポスティングした「日米社会保障協定(3)」でも触れているが、この例の意味するところは必ずしも仕事に基づく理由だけが認められることはないということだろう。ただ米国で期せずして生まれた子供であれば話しは別だが、帯同という形で連れて行った子供は5年後に何歳になるっていうのは当然分かっていたはずで、予見不可能の部分ではチョッと釈然としない。多分「子供が(親が?)アメリカの学校をこんなに好きになるとはまさか思わなかった・・」という部分で予見不可能だったということかも。また学校理由であればいつもOKとも限らないらしい。高校は確実だが大学のケースでは分からないとも言われている。大学生であればFビザを取って一人で残しなさいということだろうか。

3年を超える延長、すなわち4年の延長理由の条件は更に厳しい。すなわち「企業、被雇用者またはその家族の重大な困難を避けるため」という結構ものものしい理由が必要となる。厚生労働省国際年金課の示す例も「予定されていた後任者が辞職、障害、死亡」とか「企業が他の企業に買収・再編され、その移行のため」と例示作成時に「尋常ではない雰囲気」を醸し出す苦労が偲ばれるものとなっている。

この理由を見ても分かる通り、3年以内の延長申請であればまず認められると考えられる。となると対応に苦慮していた日本企業にとってはまさに渡りに船だ。3年あれば何とか帰任させる準備ができる、またはもうそれ以上なら米国加入という枠組みを作れる、等の展開が見込まれるからだ。だが実は5年前も同じように考えていた気もする。となると3年後の2013年もアッという間にやってきてまたみんなで「どうしようか?」と考えているのだろうか?

渡りに船の米国社会保障税免除の「3年延長」(1)

米国で従業員として報酬を得る場合には所得税に加えて社会保障税(FICA)が源泉徴収される。日本企業から米国に派遣されてくる従業員も本来は例外ではないのだが、2005年10月に発効した「日米社会保障協定」には「派遣期間が5年以内の見込み」の場合には派遣元となる日本で厚生年金保険に加入し続け、米国FICAからは免除されるという「短期滞在規定」が規定されており、基本的に日本人派遣員はこの規定を適用して米国ではFICAを支払っていないというのが現状だ(この辺りの詳細は2007年5月にポスティングした「日米社会保障協定」シリーズを参照)。

*協定発効時の取り扱い

協定が発効された2005年10月時点では、過去に何年米国に滞在していたとしても、2005年10月から5年以内に帰任する見込みであれば 短期滞在規定が適用できたため、各企業とも基本的に派遣員は全員「5年以内には帰る見込み」であるという主張で適用証明書を取得した。実際には5年以内で帰るかどうか定かではないような派遣員も含まれていたのが実態であると思われるが、取りあえず「5年後のことは5年後に考えよう」という雰囲気であった。

*そしてアッという間に5年が経ち・・

5年後なんていうのはとても先の話であり、その頃には担当も変わっているし、と思っていたらアッと言う間に2010年になってしまった。時は経ってみると早い(「Y2K」問題覚えてますか?もう10年前です!)。2010年に入った当たりから日本企業的にはチョッと落ち着かなくなり、2010年9月末で適用証明書が失効するにも係らず米国に残る派遣員の対応をそろそろ検討しなくてはいけなくなった。

適用証明書が失効するということは短期滞在規定の適用がなくなるということなので、その後も米国で勤務し続けるのであれば当然米国でFICAの支払いが必要となる。この部分は雇用者側の派遣員に対するコストが増えるだけと割り切ればそれで済む話しではある。FICAは公的年金部分が6.2%(課税所得の上限が2010年ベースで$106,800だが物価スライド調整あり)プラス老齢医療保険の1.45%(課税所得上限なし)の計7.65%だが、派遣員のほとんどはグロスアップであること、また本人負担と同額を雇用者が負担(FICA Match)するため、企業側の追加コストは一人当たり$15,000くらいというのがザックリとした数字だろう。

しかし、短期滞在規定の適用がなくなることに対する日本企業の一番の懸念はこの追加コストではなく、そのまま米国に滞在する場合には日本の厚生年金保険システムから脱会しなくてはいけなくなる点にある。「資格喪失」という用語が正式なようで恐ろしい響きだ。これは協定では社会保障税の二重負担を避けるという趣旨で「どちらかの国でしか加入が認められない」ためだ。短期滞在規定の適用がないと基本的なルールである「居住地のみで社会保障システムに加入」という考え方がそのまま適用となる。となると米国のみで加入だ。

個人的には、日本の財政状況(特にそこから発生する日本国債の信用度の問題)、デモグラフィーの推移、とかの理由で日本の公的年金の行方がかなり怪しいことから、将来の公的年金の一部を米国から受け取るようになるのは必ずしも悪いことではないような気がするが、やはり雇用者側の感覚としては会社都合の派遣で日本の厚生年金制度から脱会させる(すなわち将来の給付金が下がる)のはまずいというのが一般的だ。

*5年経ったらどうする?

どうしても5年を超えて滞在する必要がある場合には、いくつかオプションがある。あきらめて米国の社会保障に切り替える(帰任したら日本のシステムに戻る)、延長申請する、協定上は認められないが無理やり両国で支払う、帰任させる(一定期間経ったら再度赴任は可)、等だ。

これらのオプションで一番手っ取り早いのが「延長申請」である。

*派遣期間の見込み違いとFICA免除

短期滞在規定は「派遣時に5年以内で帰任する見込み」の場合に適用される。期せずして米国派遣期間が長くなる場合、協定によると「最長で4年」の延長が可能と規定されている。

協定締結当時は「1年の延長は比較的弾力的に対応」でそれ以上の延長、すなわち「2年~4年の延長はそれなりの理由が必要」というのが日本の社会保険庁の見解(および米国が他国と締結している協定上の通常の取り扱い)だった。

ところがここにきて日本の社会保険庁がより柔軟な姿勢を示しており、先日東京で行われた企業向けの説明会では3年(お役所らしく2~3年という曖昧な表現)までは柔軟に対応するという「重大発表」があった。更に、本来延長は米国社会保障局が最終的に承認する事項となるが、3年までであれば日本側の裁量で決定してもよいという日米間での合意もなされたようだ。

したがって、従来は1年までの延長は認められる可能性が高い、という理解であったものが、3年までは柔軟に認められるということになる。ただし、延長申請は以前同様に「予見できなかった理由」による必要がある。

Saturday, April 17, 2010

オバマ大統領の申告書

米国確定申告書の提出期限(延長申請を含む)である4月15日にオバマ大統領の申告書コピーが公開された。言うまでもないが、個人の確定申告書は「私的」なものであり、たとえ大統領でもこれを公開する法的な義務はない。

しかし、申告書の公開は大統領の活動の透明性を高める一つの手段として、歴代の大統領、副大統領(VP)が30年以上行ってきた習慣で、今更「僕は開示したくない・・・」というような大統領が登場したら「何か悪いことでもしているのでは?」と思われるだろう。最近では更に、実際に大統領に当選してもいない「候補者」の段階で過去の申告書を開示するのが一般的のようだ。

*所得倍増

オバマ大統領の2009年の総所得は$5.6 Million(単純100円換算で5億6千万円)となっている。さすがに米国大統領は報酬が高いと思われるかもしれないが、実はこの内、大統領としての報酬は僅かに$370,000(同3,700万円)に過ぎない。米国大統領の激務、責任、プレッシャーを考えると、また一般企業のCEOと比べても、かなり低いような気がするが、税金から支払われる給与だけに仕方がないのだろう。

一方で大きな収入源となっているのが本の出版だ。実に$5.2 Million(同5億2千万円)稼ぎ出している。この傾向はオバマの名前が世間に知れるようになった2005年以降、一貫した傾向で総所得は2005年は$1.7 Million 2006年は$ 1 Million, 2007年は$4.2 Milliion, 2008年は$2.8 Millionと推移しているが、ほとんどが本の出版からのものとなっている。

本が出ていなかった2004年には給与所得で夫婦合わせて$210,000(同2,100万円)というかなり「普通」の申告書になっている。また、申告書にGift Tax申告書が添付されているが、二人の娘への贈与に生涯クレジットを利用して財産を贈与しているということだろう。

*大統領のビジネスは出版業?

オバマ大統領の出版からの所得の取り扱いで興味深いのは、全額がSch. Cで報告されていることだ。Sch.Cと言えば自営業者が自分のビジネス収入を報告する様式だ。版権からの「ロイヤリティー」であれば通常はSch. Eでの報告が普通だろう。僕は出版業界の専門ではないが、この取り扱いは、版権自体は出版社が持っていて、オバマ大統領に対する支払いは売上に準じて実質的にはロイヤリティー同様に行われているものの、版権を持っていないので事業所得扱いされているのではないか、と推測した。音楽業界でアーティストがロイヤリティーを受け取っても税務上はロイヤリティーでないのに似ている。

Sch. Cで報告されていることから、出版からの所得は「Self-Employment Tax」(日本の国民年金にチョッと似ている社会保障税)の対象となっている。公的年金部分は大統領報酬で既に課税上限に達しているので追加支払いはないが、Medicare部分は課税上限がないために約$140,000(同1,400万円)の追加税金となっている(この半額は所得税計算目的で控除できるが)。本当のロイヤリティーであればこの税金は支払わないで済んだだろう。

また、出版関連所得の約30%に当たる$1.6 Million(同1億6千万円)は外国源泉、すなわち米国外での出版からの所得であるようだ。税額控除の計算上も通常のロイヤリティーに適用される「Passive」バスケットではなく、自営業の取り扱いと整合性がある「General Limitations」バスケットに区分けされている。

*大統領報酬はW-2所得

大統領としての報酬は一般の給与同様にW-2 扱いで、所得税と同時にFICAとMedicareが源泉されている。興味深かったのは支払い主が「DFAS」になっていることだ。過去の大統領のケースからそうだったんだろうけど(少なくともDFASができた1990年代以降は)今まで特に気に留めたことがなかった。

このDFASというのは「Defense Finance and Accounting Service」の略で給与処理を含む米国軍隊の財務・会計を一手に管理するお化けのように大きな政府機関だ。米国政府には他にも政府職員の給与処理する機関が3つあるはずだが、大統領の報酬はDFAS管轄というのはやはり大統領が軍の「Commander in Chief」だからだろうか? 大統領の給与処理としてはチョッと不思議な気もした。

*ホワイトハウスの住居は課税ベネフィット?

申告書上に記載されている住所は「Pennsylvania Ave」のホワイトハウスのものだが、実際に居住者申告書を提出しているのはシカゴのあるイリノイ州だ。ホワイトハウスに住んでいることから、少なくとも居住部分に対応する部分の家賃相当分がみなし給与となりそうなものだが、そのようにはなっていないようだ。

短期出張以外のケースは一般に雇用者が提供する自宅は課税所得だが、特殊なケースでは非課税となる。仕事場と同じ場所にあり、かつそこに住むことが雇用の条件、であれば住宅費用は非課税とすることができるというのがザックリとした例外の条件だ。ホワイトハウスに関してはまさにピッタリとくる。仕事場(Oval Office)と同じ場所にあり、大統領となればそこに住むことが義務付けられる。

*寄付金控除

オバマ大統領は米国の適格団体複数に約$330,000(同3,300万円)の寄付をしている。大統領としての報酬額がそのまま寄付に回されているような計算となる。寄付と言えば、ノーベル賞受賞からの賞金もそのまま寄付に回している。この部分の取り扱いは特殊で、申告書に添付されているレターによると、賞金を受け取る前に寄付先を指定して、自らの手を通さずに直接寄付に回している。この手法を取ることで一旦所得として認識して控除を取るという流れではなく、最初から所得の認識をしないという取り扱いが可能だ。

ネットすれば同じと思われるかもしれないが、寄付金控除を取るSch. Aでの個別控除は所得が大きくなると費用計上額に制限が加えられる。更に、賞金を所得としないことで総所得が低くなり、他の控除に対する減額(Phase-out)も低くすることができる。

なおVPのBiden氏も同様に申告書を公開しているが、こちらは副大統領の報酬約$290,000に加えて、企業年金と公的年金、総収入は合わせて$330,000となっている。オバマ大統領と並び、投資所得で設けたりしていない点 、ブッシュ大統領・チェイニー副大統領と比べ庶民感覚に近く好感が持てる(?)内容となっている。

Tuesday, April 6, 2010

Form 5472と申告書の時効

米国企業の法人税申告書(Form 1120)は本体の申告書に加えて沢山のサポーティングFormとかStatementが添付されており、厚さが3センチくらいになることも珍しくない。そんな分厚い申告書を隅々まで理解するのは人間業ではないので、IRSがe-File(電子タックス)を奨励しているのは当然だ。

そんな日本企業の米国現地法人の法人税申告書に必ずと言っていいくらい添付されている様式にForm 5472というものがある。これは基本的に移転価格を取り締まる目的でデザインされた様式で、米国外の株主に所有される米国法人が関連会社との取引内容、特に米国外の事業主体との取引内容、を詳細に開示するためのものだ。お金の流れ、有形資産の流れ、はもとより、保証行為等をも開示する必要がある。日本企業で関連会社間取引の全くない米国現地法人というのは珍しく結果としてほぼ全ての申告書に添付されている様式となる。

Form 5472の姉妹様式とでも言えるForm 5471は米国法人が海外に子会社を持つ場合に、その海外子会社の財務状況、E&P、法人税支払い、等の状況を毎年報告するためのもので、様式の番号は一つ違いだがその内容はかなり異なる。一般にForm 5471の方が作成に時間が掛かり面倒な様式だ。海外法人の収益を米国のE&P基準に置き換えたりと本当に正確に毎年計算できているところがどれ位あるのかチョッと疑問が残ったりもする。日本企業の米国現地法人でも、その下に外国子会社を持っている場合にはこちらのForm 5471も添付が必要となる。ちなみに日本企業が米国の下に外国子会社を持っているという形態は一般的には税務上効率が悪い形態となりつつあるので、早めに分離策を検討するべきケースが多い。

*Form 5472報告漏れ

Form 5472で開示するべき取引を開示していない場合には項目ごとに$10,000のペナルティーが課せられることになっている。日本企業の米国現地法人に係る税務調査では必ずチェックが入る項目と言える。実際に$10,000のペナルティーの対象とされたケースは個人的には思ったより少ないというのが実感だが、未開示を指摘されてペナルティーが課されることはある。

IRSの内部資料によるとForm 5472で金額を「過大」に報告していたケース(Over-Reporting)でIRSがペナルティーを課そうとしたというケースもあるようなのでやたらめったら報告すればいいというのでないことも分かる。

Form 5472での開示し忘れでもうひとつ厄介なのが、時効の未成立という問題だ。通常、連邦法人税追徴の時効は申告書を出してから3年となるが、Form 5472で報告するべき取引が開示されていないと時効が成立しないと規定されている。また、Form 5472を後から提出しているようなケースでは、例え本体のForm 1120を期限内に提出していたとしても、Form 5472の提出タイミングから3年経たないと時効が成立しない。

*何に対する時効か

Form 5472で開示漏れがあった場合に時効の成立がないと規定されているが、どの追徴に係る時効が対象となるのかに関して若干の不確実性があった。一般的な見方はForm 5472に記載されるべき取引に関してのみ時効の成立がない、または遅れるというもので、Form 1120そのものを期限内に提出している限り、申告書全体の時効が成立しない訳ではないというものだ。

例えば、後からIRSが減価償却の過大計上を見つけたとする。しかし、Form 1120提出から3年以上が経過しており一般的には時効が成立しているとする。もし同時にForm 5472の不備が発見され、親会社との取引が開示されていなかったとするとどうなるか?

減価償却がForm 5472で開示されるべき取引(例えば仕入れ)と関係のない項目である限り、IRSは減価償却の修正を基とする追徴は行えない(「Barred」すなわち時効が成立しているので)というのが一般的な解釈だった。このポジションは2000年に作成されているIRSのChief Counsel Advice「200024051」等でIRSにより内部確認されている。

この問題に関しては法律の文言そのものが拡大解釈可能で申告書全体の時効が成立しないとも取れたため、またIRSが過去には実際にそう主張した事例もあったため、実際には若干の不透明感が残っていた。

*HIRE法で時効の不成立拡大

2010年3月18日に成立した雇用対策法である「Hiring Incentive to Restore Employment Act」、俗に言う「HIRE法」(米国の法律は相変わらずネーミングがうまい)で、この時効の考え方が拡大された。HIRE法下ではForm 5472を含む多くのクロスボーダー系の報告がきちんと行われていないと、未報告の取引ばかりでなく、その年の申告書そのものの時効が成立しない。

この新しい規定は2010年3月18日以降に提出される申告書、または3月18日時点で(従来の考え方で)時効が成立していない申告書に適用される。

多くの関連会社間取引を持つことが多い日本企業の米国現地法人にとってはこれはかなり頭の痛い問題となる。実際にIRSが古い年度の税務調査を実行するかどうかという問題もさることながら、FIN 48(ASC 740-10-25と言うべきか・・・)の一番のディフェンスが「時効が成立しているので・・・」というものであることを考えると、本当に時効が成立しているかどうかの判断が今後難しくなるという動きはタダでさえ負担の多いTax Provision作業に更なる負担を強いることとなりかねない。

Friday, March 26, 2010

恐怖の外国銀行口座報告(FBAR)ペナルティー

恐怖の外国銀行口座報告(FBAR)ペナルティー

米国に派遣されている日本人駐在員の方であれば、毎年確定申告に必要な情報と並んで「米国外の銀行口座」の存在・年間最高残高を報告するための情報収集をした経験があるだろう。結構面倒な作業であり、かつ2年前からは各口座の年間最高残高を金額幅ではなく、ドル額で報告しなくてはいけなくなり、より頭の痛い報告義務となっている。

この報告義務、実は税法ではなく「Bank Secrecy Act」という何か名前だけ聞いただけでチョッと怖い感じの別の法律で規定されるものだ。報告義務を管轄しているのもIRSではなく、FinCEN(Financial Crime Enforcement Network)と呼ばれるホワイトカラー犯罪を取り締まる、どちらかと言うとCIAとかFBIっぽいところだ。

*マネーランドリングからテロ資金対策まで

Bank Secrecy Actおよび米国外銀行口座開示義務は30年以上も前から存在する。しかし、余り注目されることのなかった開示義務が息を吹き返したのは2001年の同時テロの辺りからだ。

もともとマネー・ランドリングを取り締まる目的で規定されている米国外銀行口座開示義務であるが、テロ資金が多くのケースでアングラマネーを原資としているという懸念から、対テロの観点からオフショア口座の状況を把握したいという緊急のニーズが出てきたからだ。

当時、財務省が報告義務の実態について議会に報告するように命じられて調査したところ、ナンと過去30年で未報告のペナルティーが課されたのは「たったの」2件であったことが分かる。すなわち、報告義務は法律上規定されているものの実質何の施行もされていなかったことになる。

2001年に法律化された「USA Patriot Act」で報告義務が強化されると同時にFinCENの力も拡大された。その後、2004年の「American Job Creation Act」で未報告に対するペナルティー規定が大幅に強化された。

米国外の口座開示そのものに関して特に税金は発生する訳ではないが、未報告に対しては$10,000の罰金、意図的な隠蔽に関しては$100,000または「銀行口座の最高残高50%」どちらか低い額の罰金が規定されている。

*スイス銀行問題

このFBARが近年さらに注目を集めているのは米国市民の金持ちがスイス銀行のような匿名口座に資金をプールしている例が後を絶たないからだ。

米国財務省はスイス銀行に法的措置を取り、スイスの内国法で規定されている「銀行秘匿義務」を無視して、匿名口座を利用している米国市民名のリストを提出させてしまった。スイス銀行に対するこの高圧的なアプローチだが、実は米国が自分のことは棚に上げて一方的に他人に厳しく当たっているという側面がある。この点に関しては2009年8月25日にポスティングした「スイス銀行匿名口座と米国の二枚舌」を参照して欲しい。

匿名口座を利用して資金を隠して脱税している人が「僕はスイスに銀行口座を持っています」という米国外口座の開示報告をしている訳がない。したがって、今回のスイス銀行との法的措置でスイスに隠し口座を持っていると身元がばれた米国市民は、匿名口座に眠るお金の出所となる所得、また口座の資金から発生する投資所得に課税追徴されるばかりでなく、口座未報告のペナルティーも課せられることとなる。

この程もカリフォルニアの裁判所で米国での事業所得約1億円をスイス銀行の匿名口座に隠していたビジネスマンに対するペナルティーが言い渡された。このケースでは2003年から2008年まで香港法人の名前で開設されていたスイス銀行口座が利用されていた。

香港法人は株主・取締役共に「名義人」(信託契約を利用し、実際のオーナーの名前は公にならない)で設立することができるため、例えスイス銀行口座のオーナーが明らかになってもそれだけでは本当の持ち主を特定することができない。

今回のケースではIRSに対する租税回避ペナルティーと並んで、銀行口座報告違反で2003年から2008年までの最高残高に対して50%のペナルティーを支払うことになった。これらのペナルティーを支払うという条件で6ヶ月の自宅謹慎、3年の執行猶予の判決が言い渡されている。

銀行口座の開示を怠るだけで潜在的に残高の半分がなくなってしまうとなると、これはかなり恐ろしい規定だ。

Thursday, March 25, 2010

IBM追徴課税に見る日米税法の違い(2)

前回のポスティングでは米IBMがグループ間で子会社株式を売却した際に検討されるであろう米国税法上の検討事項に関して触れた。今回も引き続き、IBMが追徴課税を受けている取引を米国税法の観点から見ていきたい。

*日本IBMによる株式買い戻し

問題とされている取引の次のステップはAPH社が取得した日本IBMの株式を一部数回に分けて日本IBM社そのものに売却したというものだ。日本IBMは100%親会社であるAPH社から自社株式を買い戻していたことになる。この売却から譲渡損が発生し、それをAPH社と連結納税をしている日本IBMとの連結納税で使ってしまったというものだ。米国税法下では考えられない取り扱いと言える。

日本の税法では100%子会社の株式をその子会社そのものに買い戻しさせる取引が税法上も償還(=株式譲渡)と取り扱われるからこそこのような手法が可能だ。また、グループ関連会社間での取引から発生する譲渡損、しかも連結グループ間の取引から発生している譲渡損の認識が日本で認められるからこそ今回のようなプラニングが可能であったであろう。

*株式償還と米国税法

一方、これが米国であったらどうだったか。まず、会社法上「償還」という形式を取って自己株式の買取を行っても、税法上それが償還すなわち譲渡と取り扱われるとは限らない。

100%子会社が親会社からいくら株式を償還しても、株数が変わるだけで100%親会社は100%親会社であり続ける。ということは何万株償還しても親会社の子会社に対する権利関係には全く影響がないことになる。このようなケースでは例え会社法上の取り扱いが償還であっても税法上は分配(すなわちE&Pの範囲で配当)となる。

償還が税務上も償還として認められ、譲渡損益を計算することができるのは、償還により株主の持分比率に「意味のある低下」が認められる場合に限定される。この点を規定するSec.302にはいくつかのパターンが定められており、Safe-Harbor規定として機械的に一定の持分%の低下が見られる場合には意味のある持分低下が認められるし、最高裁判所の判例で有名な「Davis」ケースの考え方に基づきSafe-Harborテストに満たない減少でも意味のある低下を達成することは可能であろう。もうひとつDavisケースで面白いのは持分に意味のある低下があれば、いわゆる事業目的の有無に関係なく償還の取り扱いが認められるというものだ。

この意味のある持分低下の判断にはAttributionに基づくみなし所有を考えなくてはいけない。結果としてグループ会社間の償還を「税務上」も償還扱いするのは極めて難しい。ましては今回のIBMケースのように100%子会社による償還は例外なく分配・配当扱いとなる。となると損失の計上はあり得ない。

*関連者間取引からの譲渡損

また、仮に譲渡損が発生したとしても米国では関連会社間の譲渡損の認識は認められない。この規定の基は二つある。まず連結グループ内であれば内部取引として譲渡損益の双方が繰延され、最終的にグループ外に譲渡対象の資産が流出した段階で損益が認識される。

また連結納税をしていない関連会社グループ間の譲渡損は認識できずに繰り延べされる。おそらく税務に係っている者なら(シニアの人くらいなら?)誰でも知っているSec.267だ。法人以外の関連者間の譲渡損は否認されその後も認識されることがないのに対し、関連法人間の譲渡損は一旦否認されるものの、その後関連会社の外部に資産が譲渡された段階で損を認識することができるという繰り延べ規定となる。ここでいう関連法人とは直接・間接に50%超の関係にある者を意味する。連結納税規定下の繰り延べが譲渡損と益の双方に対して適用されるのに対して、Sec.267の繰り延べは譲渡損にしか適用されない。すなわち譲渡益は関連法人間の取引から発生していても、連結納税をしていない限り認識させられることとなる。

このように100%子会社の株式償還で損を認識するということ自体が米国ではあり得ないばかりか、例え損が認められたとしても関連会社間の譲渡から発生している限り損失の認識は繰り延べられる。これら全てが法的に認められている日本の税法と対象的で、米国的に考えるとかなり面白い取引形態だ。

Monday, March 22, 2010

IBM追徴課税に見る日米税法の違い(1)

税金に関するニュースというのは、商売柄そのネタがどこの国のものであってももちろん気になるものだ。一昨日の報道の一面を飾った日本IBMの「4000億円の申告漏れ、300億円以上の追徴」というニュースもそのひとつだ。

金額が大きいこともひとつだが、日本IBMの取引手法を見ていて、日米の税法の違いというものを再認識させられた点でも興味深かった。また、米国ではIRS側の守秘義務が徹底されているため、裁判にならない時点で税務調査の結果が新聞で報道されることはまずない。もちろん上場企業であれば大きな追徴を株主に対して開示することはあるが、IRSがリークというようなことは通常あり得ないだろう。

*IBM節税手法

報道の内容に基づくと、損失はグループ内での株式譲渡から発生し、その損失を連結納税を通じて他の所得と相殺したというものだった。米国の税法下では考え難い手法であるが、日本の税法を文字通り適用すると合法的であったのだろう。IBMグループの行うことであるから税法を十分に検討した上での取引であったはずだ。

報道された取引内容を「米国式」に捉えなおすとどうなるかという点を考えてみた。日本と米国の税法の比較題材としては結構面白い。なお、実際の取引の取り扱いがどうだったかという点とは必ずしも関係ない点予めお断りしておく。

*米国親会社からグループ子会社株式取得

今回問題とされている取引の第一ステップは、日本IBMの親会社に当たるAPH社よる日本IBMの株式取得だ。具体的には、米IBMは自分の子会社であった日本IBMの全株式を現金2兆円でAPH社に売却したとされる。しかもこの2兆円は売り手である米IBMが資金提供したということだ。

資金提供の部分は取りあえず置いておくとして、米国税法下では子会社をグループ内の会社に売却して現金を受け取るとSec.304で「みなし分配」となり、E&Pの範囲で配当となる。今回、米IBMは自分が持っていた日本IBMの株式を別の子会社であるAPHに売却し、結果として日本IBMはAPHの子会社、米IBMの孫会社となっている。

Sec.304下でのみなしの取り扱いをもう少し正確に言うと、米IBMは日本IBM株式をAPH社に現物出資し(Sec.351)、その対価でAPH社株式を受け取り、APH社が即座に自己株式を米IBMから現金で買い戻したかのように取り扱われる。APH社による償還は米IBMがAPH社の100%親会社であることからSec.301の分配扱いとなる。したがってE&Pの範囲で通常は配当扱いだ。

米IBMは米国法人なので、米IBM側での取り扱いは米国税法に基づく。もしSec.304が適用されていると、日本側では2兆円で株式を取得した取り扱いとなっているにも係らず、米IBMサイドの米国税法上取り扱いは「2兆円の分配金」を受け取ったことになる。株式売却と取り扱われないので、米IBMとしては日本IBMに対する税務上の投資簿価をコスト計上することもできず、かつキャピタルゲインとならないためキャピタルロスと相殺することもできず一見不利な取り扱いを受けているように思われるかもしれない。

しかし米国で配当扱いされるということは間接税額控除が適用できる。日本のような高税率国からの配当は「High Tax Pool」からの配当となり(Tax Poolの考え方は「時代に逆行-アメリカの国際課税ルール(7)」を参照)、米国側で配当所得に対して課される米国法人税はゼロとなっている可能性が高い。それどころか、日本のTax Poolが高いことから、同じバスケット内に他の外国源泉所得がある場合で外国税額控除が足りてないようなケースでは、他の米国法人税までも圧縮していても不思議はないだろう。

結果として、米IBMが日本IBMという子会社株式をもうひとつの子会社であるAPH社に売却するという単純な取引を行っているにも係らず、米国では税額控除を利用して税金は発生せず(少なくとも連邦法人税は)、日本では取得コスト(当時の時価相当と思われる)2兆円が日本IBMの簿価になっている。米IBMの日本IBM株式に対する税務簿価がいくらだったか分からないが、2兆円よりは低かったと推測するのが普通だろう。となると税務コストゼロで日本IBM株式の簿価を日本目的で2兆円にステップアップさせたこととなる。

もし全ての当事者が米国法人であったなら、APH社が持つ日本IBMの株式の税務上の簿価はSec.304の考え方から米IBMの簿価を引き継いだであろうことから、この部分ひとつを見ても日米の取り扱いの差異を利用して、もちろん合法的に、税務的には効率の良い取引と成り得たことが分かる。

Hybrid InstrumentやRepoに代表されるように、同一取引の二国間の取り扱いの差異を利用するというのは国際税務プラニングの大基本だと言え、多国籍企業であれば何らかの形で関与したことことがあるだろう。

もうひとつ、このステップで面白いのはAPH社が株式を取得する際に必要とした2兆円という資金が株式の売り手である米IBMから供給されたと報道されている点だ。資金供給と株式売却の期間的な差異その他の情報を知らないので何とも言えないが、米国税法には「Circular Flow of Cash」という考え方があり、お金が「行って帰ってきた」場合にはそのキャッシュフローは無視するという取り扱いを受けることがある。今回のケースで米国サイドで実際にどのような取り扱いを受けたか知らないが、Circular Flowが問題となるようだと、2兆円の資金の動きは無視され、結果として単に日本IBMの株式をAPH社に現物出資したとだけ取り扱われる可能性もある。いずれにしても米国での法人税は発生しない。

次回のポスティングでは日本における日本IBM株式の買い戻しの取り扱いに見る日米税法の差異に関して続ける。

Thursday, March 11, 2010

進化するパススルーと連邦税法

米国でLLCという事業主体が一般的になってから20年弱の歳月が経つ。その間、LLCを日本では法人と取り扱うのか、それともパススルーと取り扱うのか、というかなり基本的な問題が長期間不明確であったりと、新たな事業主体形態の利用が発達していく過程ではつきものと言える不確実性が存在していた。

LLC本国となる米国では全州でLLCが認知されてから相当な時間が経過し、多くの事業がLLC形態で営まれていることから、連邦税法上の取り扱いも十分に確立されているのだろう、と思うのが普通である。ところが現実には税法のかなりの部分で未だにパススルーと言えばGPかLPという従来からの原始的な区分に基づく規定が残っているためにLLCへの適用が不明確なことがある。

*Sub KとLLC

例えば、LLC、GP、LPその他のパススルー事業主体(S法人を除く)に適用される税法のSub K自体も元々はGPとLPを想定して策定されていることから、LLCへの適用に関しては何となくしっくりとこない部分もある。例えばLLCの一つのメリットは全メンバーが有限責任となる点にあることから、Sec.704(b)上、損失の配賦をサポートする一手法である「Deficit Restoration条項」の利用は矛盾がある。Deficit Restoration条項とは、パートナーシップ解散の際に704(b)の規定(Sub Kでいうところの「Book」)に基づいて記録されたキャピタル勘定がマイナスとなっているパートナーは、そのマイナス分を追加出資する義務があるというものだ。この規定をLLC合意書に盛り込んでしまうとせっかくの有限責任が潜在的に無限責任に変わってしまう可能性がある。有限責任のLLCメンバーのつもりで投資していたら知らない間にGP同様になってしまっていた、というようなことがあれば冗談では済まされない。

また、Sub Kでいうところの「ノンリコース負債」はどのメンバーも個人的に弁済の義務を負わないものと規定されていることから、事業主体レベルではリコースと考えられる負債もLLCのメンバーにとっては全てノンリコースとなる(個人的な保証を差し入れているケース、またはメンバー自身がレンダーのケースは除く)。ノンリコース負債でサポートされる損失の配賦にはノンリコース控除(Nonrecourse Deduction)だの、ミニマム・ゲイン・チャージバックだのの面倒な計算をする必要があるが、事業主体の全ての負債がノンリコースとなるとこの計算もとても複雑になるように思う。

*Passive Loss規定とLLCメンバー

そんな法律の未整備ぶりを露呈したのがここ数ヶ月の間にIRSが立て続けに裁判所で負けたケースだ。

総合課税を基本とする米国税法下では一年間の間に発生する所得・費用・ゲイン・損失を相殺してネットの課税所得を算定する。ところが一定の損失、費用は所得との相殺に制限が設けられている。そのような制限のひとつに「Passive Activity Loss(PAL)」規定がある。PALというと何となく友好的な響きだが、実はかなりの牙を持つ規定で油断できない。特に不動産投資をしている個人にとってはせっかくの(?)損失がPAL規定により他の所得と相殺ができずに悔しい思いをすることが多い嫌な存在だ。

PAL規定下では、納税者(主に個人または同属会社に適用)が自らがかなりの関与をしない活動(Passive Activity)から発生する損失は、他のPassive Activityから発生する所得とのみ相殺が認められる。使えない損失は無期限に繰り越しの対象となるが、将来においてネットでPassive Activityから所得が発生するか、またはPassive Activity自体を課税取引で売却するまで使用できないことになる。

PAL規定の適用に際しては、どのような活動内容が「自らがかなりの関与をしている」と取り扱われるかどうかが鍵となる。パートナーシップに投資をするパートナーにとってみると、その投資がPassiveとなるのかどうかでパートナーシップから配賦される損失の取り扱いが異なる。歴史的にパートナーシップの経営参加が限定されているリミテッド・パートナーに対しては、ジェネラル・パートナーと比べて、パートナーシップの活動に関して「かなりの関与」が認められ難く、その判断にはジェネラル・パートナーに対するものとは異なる、より厳しいテストが適用される。

ここで問題となるのはLLCのメンバーがLLCの活動に関して「かなりの関与」をしているかどうかの判断を行う際に、ジェネラル・パートナーに対するテストを適用するのか、ミリテッド・パートナーに対するものを適用するのか、という点だ。納税者としては「かなりの関与」をより認めてもらい易い(すなわちPAL規定に抵触しない可能性が高い)ジェネラル・パートナーに対するテストを適用して欲しいと願うだろうし、IRSとしてはPAL規定に抵触し易いリミテッド・パートナーに対するテストの適用を押すことになる。

この点を争点とした判例が最近相次いでいるが、IRSがことごとく負けている。連敗という厳しい結果を受けて新しいルール作りに着手するという発表が行われた。チョッと遅い気もするが、LLC、LLP、LLLPと派生していくパススルー事業主体の発達に税法が完全に追いつくころにはまた新たな別のパススルー形態が生まれているかもしれない。

Thursday, February 25, 2010

IRSに自爆テロ(2)

前回に続きIRSへの自爆テロに関してポスティングする。

*「従業員」対「フリーランサー」

そして文書は80年代のソフトウェア・エンジニア時代に突入する。先ほどの税金グループではフォーカスが非課税主体であったのに対し、この頃になるとフォーカスは「従業員」と「独立契約者(フリーランサーというと分かり易いかも)」の区分に移る。

ちなみに米国税務上、他人に役務提供する者は「従業員」と「フリーランサー」に区分され、従業員となると「給与」から所得税と社会保障税(日本の厚生年金保険料のようなもの)が源泉徴収され、源泉徴収票にあたるW-2が発行される。一方、フリーランサーに対するサービス報酬は通常、源泉徴収の対象にはならず、満額支払いが行われ、支払いはW-2 ではなくForm 1099で報告される。もちろんフリーランサーが非課税ということではなく、自分で所得税、および国民年金保険に当たるSEタックス(従業員の社会保障税と同額でプラス雇用者負担分を自ら負担)を算定し自ら納税する必要がある。一旦は満額もらえて、その後、いろんな「必要」経費を差し引くことができるフリーランサーとしての取り扱いが一般的に好まれる。

このことからIRSの税務調査ではフリーランサーと取り扱っているいる者を実は従業員ではないか、と突っ込まれることが多い。この区分問題はこれからIRSがますます力を入れる分野らしいのでForm 1099を乱発している事業主は注意が必要だ。

ジョセフ・スタックの文書に戻る。この辺りに来ると内容がますます飛びまくっていて分かり難いが、かなり意訳でまとめると次のような感じだと思う。まず、従業員とフリーランサーの区分に関してはグレーなケースも多い。納税者側から見た予見可能性を高めるため、議会はIRSに対して「過去に遡って追徴しないように」、とか「通達を出して勝手な解釈を公表しないように」等の制限を課した。

この制限が俗に言う「Sec.530救済措置」だ。しかし、一定の条件を満たすソフトウェア・エンジニアに関してはこの救済措置の適用がない、という例外が規定されていた。これがジョセフ・スタックが文書にフルにコピーして引用している「Sec.1706」だ。ちなみにこのSec.1706は税法のCodifyされたセクション番号ではなく、P.L.99-514として立法された際のセクション番号だ。

なぜこの例外規定にジョセフ・スタックが「切れた」かは推測の域を出ないが、自分の会社で雇うソフトウェア・プログラマーを、他の職種の者と比べてフリーランサーとして取り扱い難い点が問題であった点は想像に難くない。こんな馬鹿げた例外は許せないとして、ジョセフ・スタックはロサンゼルスで抗議活動を展開したようだが効果はなく、IRSはSec.1706 を利用して通達を発表し、フリーランサーの区分をしている雇用者に過去のタックスの請求したりしたようだ。

上述の推測の続きとなるが、ジョセフ・スタックは自ら経営するカリフォルニアのソフトウェア会社でフリーランサーを雇っていたが、後からIRSにより従業員に区分し直すように指摘を受け、過去の税金を支払うような更正を受けたのではないか。このIRSの指摘はSec.530救済措置があればできなかったものであり、その意味でSec.1706の例外規定が命取りになった、というような展開のように見える。

*財形取り崩し

離婚、ハイテクバブル崩壊、9・11同時テロ、と悪夢は続く。9・11以降の厳しい空港セキュリティーでクライアントとの接点が少なくなり(?)カリフォルニアでの事業は暗礁に乗り上げる。そこで新天地目指してテキサス州オースティンに移住するも、低賃金で苦戦。一文無しになったジョセフ・スタックには更なる税務問題が発生する。

資金難からIRA(企業年金がない個人が退職金を貯めるための財形口座)資金を取り崩すことになる。他に所得がなかったので申告書を提出しなかったということだが、退職の歳になる前にIRAからお金を引き出せば所得税に加えて10%のペナルティーまで掛かるのは結構知られた法律であり、IRAを管理している金融機関は引き出しの事実を1099でIRSに報告するので、申告書を提出していないのはチョッと不注意のような気もする。

いずれにしてもIRSからは追徴Noticeが来るが、それがタイムリーに届かなかったので不服審査請求する機会を逸したとされる。しかもジョセフ・スタックが言及している不服審査請求は通常の「Appeal」(IRS内部の不服審査機関に対して行い、日本企業もよく利用する)ではなく、裁判所に訴えようとしたが時効が成立していてダメだったというものだ。裁判に行くにはそれなりの費用が掛かるし、内容的に勝ち目があったのか疑問が残る。

*税務調査

その後、再婚しいろいろな支出がかさんでいく。ビジネスに必要な支出に加えて、ピアノ(?)の購入費用、W-2とか1099で報告されていない収入があったり、と混乱している状況が分かる。公認会計士は「信用できないので二度と利用しない」と決めていたが、そんなことも言ってられない状況になり、気を取り直してテキサスの公認会計士に申告書作成サービスを依頼する。しかし、奥さんに未報告の所得があることが税務調査で明らかになりまたしても万事休す。このテキサスの公認会計士は奥さんに所得があることを知っていながら申告書に載せなかったと、会計士にも不満たらたらだ。ちなみにこの会計士はビル・ロスという本名で言及されていたため、慌てて「昨年10月にサービス契約を打ち切っていて最近は話していない」とプレスリリースを出していた。

*最悪のシナリオに

そして自由のために自らの命を捧げて抗議したい、というような最悪なシナリオとなる。これ以上がまんできない、という文言もある。そして「Well, Mr. Big Brother IRS man, let’s try something different; take my pound of flesh and sleep well」と締められている。この締めくくりの部分は日本語にはなり難いが「Pound of flesh」というのはシェークスピアのベニスの商人で使われている用語で「取り立てが死ぬほど厳しい借金」という意味。「Flesh」は文字通り、ジョセフ・スタック自身の肉体を言及することにもなるので「掛け言葉」的になかなかうまい。「さて、お上IRSの親方さん、今日はいつもと違いアプローチでいこう。俺の肉体で返せない借金を返済してやる。これでゆっくり寝れるだろう?」とでもなるか?

言うまでもないが、事件当日IRSのビルで勤務していた方はジョセフ・スタックのケースには全然関与していないだろう。被害者の子供の一人が「うちの父が税法を作っている訳ではない」と言っていたが本当にその通りで、筋違いにも程がある。

もちろん僕達もIRSの対応にはヘキヘキとすることはある。テキサス州オースティンのIRSというと納税者番号(ITIN)の取得に関してとてつもなくトンチンカンな対応をしてくれたりしてガックリくることも多い。しかし、まさか飛行機で突っ込むとは。

*バンドマン

蛇足だが、ジョセフ・スタックは数年前までバンド活動をしていたそうで、バンドメンバーがCNNに出演していた。小型機の激突ではなく、ビートルズの「Taxman」(今シリーズはハリスン作が多いね)のようなプロテストソングではだめだったのだろうか?

IRSに自爆テロ(1)

先週18日、NYからLAに移動する飛行機の中でインターネットのニュースを見ていたら自家用小型飛行機がテキサス州オースティンのIRSビルに突っ込んだというニュースが飛び込んできた。事故現場は連邦政府の省庁が隣接している地域のようで、IRSビルの隣りはFBIのビルだと報道されていた。

もしかして自爆テロでFBIのビルに突っ込もうとして間違えてIRSに突っ込んでしまったのかな、とも思ったが、小型機は結構あぶないし、以前もマンハッタンのアパートに突っ込んだりしていたのでまた事故なのかな、とも思っていた。

*IRSを目掛けて自爆

ところがその後直ぐに報道は変わった方向に行く。ナンと小型機を操縦していたジョセフ・スタックは小型機を激突させる前に自宅に放火までしていたばかりでなく、インターネットにIRSへの不満を綴った文書をポストしていたことが判明したのだ。ということはIRSに激突したのは意図的だったということになる。

政府の対応に不満を持つ者が政府に対して暴力で対抗するという図式で、日本で1年チョット前に起こった元厚生労働省事務次官の殺傷事件を思い出した。それにしても、たかが(?)税金問題がなぜ自爆テロにまでエスカレートしてしまったのだろうか?税金に携わる者として、どのような税法が基でこのようなことになってしまったのか若干突っ込んで調べてみた。

*インターネット文書の内容

ジョセフ・スタックが残した文書はオリジナルサイトからは既に削除されていた。「事の性格がデリケートなので削除しました・・・」みたいな注意書きに代わっていた。しかし、その割りには「原文が見たければこちらのサイトにあります」というリンクがあり結果としては簡単にアクセスすることができた。

そのサイトは物議を醸し出す文書の原文をいつもアップしている「スモーキング・ガン」というサイトで、先日もマイケル・ジャクソンの検死結果の報告書を原文コピーでアップしていた。

7ページにギッシリと書き込まれた文書は読み応えがあった。と言うよりもストーリーが余りにあちこちに飛び過ぎてて読みづらかった。

文書はまず米国の自由と正義は妄想に過ぎないといった感じで始まり、政治家、GM役員、その他一部のエリートをボロクソに扱き下ろしている。GMは政府による救済対象となったことから取り上げられているようだ。

法システムに正義など存在せず、税法は複雑極まりなく、結果として誰も理解できない域に達している一方で、その税法に準拠できない者には容赦ないとしている。税法が誰も理解できない域に達しているという部分は確かに一理ある。申告書には「この申告は正真正銘正しいものです」という嘘をつけば偽証罪に問われる署名をする義務があるが、税法が難しすぎて誰も理解できないのに、誰が本当にそんな署名ができるのか、署名をしなければ申告書が出せないのでこれは一種の脅迫だ、と言った感じのある意味理解できないこともない文句が続いている。ここまでは余りに漠然としていてなぜ小型機を激突させる程のことだったのかはその後に続いている。この先は文に脈絡が欠け読みづらかった。

*非課税主体

事の発端は80年代前半に税法を研究するグループに参加した時期に遡る。ずいぶんとオタクな感じのグループだがアメリカには連邦税は憲法違反であるというような意見を持つ「反タックスグループ」がかなりある。確かに連邦所得税は憲法ができた当時は存在せず、憲法修正第16条が1913年に批准されるまでは連邦政府による所得課税はかなりの制限下にあった。税法を読むと今でもたまに「1913年以降の・・・」というような文言に出会うのはこのためだ。ケネディー政権が1962年にSubpart F規定(日本のタックスヘイブン税制に似ている)を導入したために、国際税務に係る条項に「1962年以降の・・・」という文言が出てくるようなものだ。

ジョゼフ・スタックが参加した税法研究グループはチョッと変わっている。単に連邦所得税を否定するのではなく、非課税主体の取り扱いにフォーカスしていた。その証拠に一切税金を払わないというような行動には出ていないようだ。あくまでも税法に基づく取り扱いを追求していたらしい。

非課税主体だが、教会、慈善財団その他の適格非営利団体は投資所得等の一部の所得を除き所得税・法人税から免除されている。ジョセフ・スタックは腐敗・堕落したカトリック教会のようなところが信じられない富を蓄積できるのは非課税主体として取り扱われるからだ、として上術の政治家、GM役員と並んで宗教法人にも敵意を隠していない。全然関係ないが、僕が大学の頃、田園調布の豪邸で高校生に英語を教える家庭教師のバイトをしていたことがある。そこのおうちはお寺だったのを思い出したりした。凄いお金持ちだな~と思ったものだ。家庭教師が終わると田園調布の丘を下り、多摩堤をドライブして遠回りして自宅に帰ったのが昨日のことのようだ。

どうもジョゼフ・スタックが参加していたグループはタックス弁護士の力を借りて(その世界ではトップの弁護士がついていたとのこと・・・)非課税主体の定義を徹底的に研究して、自分達も非課税になるというようなことをしていたようだ。目的は非課税主体に付与されている恩典の不合理性を暴くという正義感溢れるものであったようだが、ジョゼフ・スタックは直ぐに法律は「金持ち権力者」と「そうでない者」に対して別の解釈がされるものであることを知ったとされる。結果として40,000ドルおよび10年間の歳月を無駄にし、退職のための貯蓄もパーになってしまったそうだ。この時期に米国には自由も正義も何もないという感触を強めていったのが分かる。一般市民は目をつぶって生きている、と。まるでビートルズの「Think for Yourself」(ハリスン作)の歌詞のように、と僕は個人的に連想してしまった。(続く)

Tuesday, February 2, 2010

オバマ政権「2011年予算案」に含まれる税法改正

1月末の「State of the Union」演説に続き、オバマ政権は2月1日に2011年予算案を発表した。予算案の発表時には、財務省による歳入案の一般説明書(一般に「Green Book」と呼ばれる)も発表され、今後1年の税法改正の行方等を読み取ることができる。

言うまでもなく、予算案にしてもGreen Bookにしてもこれらはオバマ政権の期待する案であり、まだ法律ではない。マサチューセッツ州の上院補欠選で敗れた結果、民主党の上院での優位性が揺らぐ中、今後の法審理の方向性は必ずしも明確ではない。

*「Check-the-Box」規定の見直しが消えた?

予算案を見て、まず「アレ」っと思うのが、2009年に発表された2010年度国際税務の改正案の目玉商品で、世間をあれだけ騒がせ、気の早い米国企業は既に対応策を実行に移すかという勢いであった「Check-the-Box」規定の見直し案が今回の改正から消えている点だ。2009年にオバマ政権により提案された2010年国際税務改正に関してはかなり詳しく「時代に逆行・アメリカの国際課税ルール」シリーズで取り上げているのでまだご覧になってない場合にはぜひそちらも参照して欲しい。

Check-the-Box規定以外の国際財務改正案はそのまま生き延びているようだが、若干後退しているものもあり、オバマ政権の議会に対する指導力の減速がそのまま反映されているようで興味深い。

*海外子会社に所得が留保される場合の米国側での損金制限

米国多国籍企業はできるだけ多くの所得を低税率国に認識させ、それらの所得は米国に還流させることなく、現地または地域持株会社等を通じて再投資に向けるという基本的なタックス・プラニングを皆、忠実に実行している(日本企業もそろそろ・・・?)。

米国に資金を還流させて課税したい米国政府は、外国に所得を留保している場合には、米国親会社サイドで発生している費用のうち、子会社の投資・管理に配賦されるべきと取り扱われる金額の外国留保相当分に関して損金算入させない(将来米国に還流されるまで損金算入を繰り延べる)という案を2009年に打ち出していた。

外国の子会社の所得の全てを配当で米国に戻す企業はなかなかないであろうことから、米国親会社側では費用の一部が損金算入されずに税コストが高くなることになる。このいわゆる「Anti-Deferral」規定の対象は、昨年の段階では子会社の投資・管理に係るあらゆる費用とされていた。それが今回の2011年予算案では「支払利息」だけに限定されることとなった。以前のポスティングで触れたが、主たる懸念はもともとから支払利息であったことから、金額的なインパクトは低いかもしれないが、規定としての後退感が残る。

*無形資産の海外流出

価値のある知的財産のような無形資産は低税率国に持たせる、というのは国際タックス・プラニングの「いろは」であり、米国多国籍企業は徹底的にこれを利用している。一旦米国企業が所有した無形資産を海外の子会社に移転する場合には、Sec.367等の規定で既に網が掛けられているが、今回の予算案にはこの点に対する縛りをより強化する規定が盛り込まれている。

まず、Sec.367規定の対象となる無形資産に「Goodwill」、「Going Concern」、「Workforce」といった無形資産が含まれていることを確認するというようなコメントがGreen Bookにある。確認というからには現状の法律でもそうかのように読めるがこの点はIRS以外の者は必ずしもそう信じているとは限らないであろう。

また、外国子会社に無形資産を移転し、その結果、低税率国の外国子会社で「過大な利益」が認識されているという認定を受けると、その利益がSubpart F所得となり、留保金課税の対象となるというような案が盛り込まれている。過大な利益を認識しているかどうかの判別法が現時点では今ひとつよく分からないが、Sec.367で課税し、更にそれでも取りっぱぐれていると思われる部分をタックスヘイブン課税しようということだ。無形資産の低税率国への移転に神経を尖らせていることだけはよく分かる。

*法審理の行方は?

支持率低下、マサチューセッツ補欠選での思わぬ敗戦、と求心力が落ちているオバナ政権であるが、議会としても米国外に所得や仕事を持っていかれているのは好ましくはないことから、今後どのような妥協案が成立するかとても見ものだ。

Friday, January 29, 2010

申告書上で「FIN 48不確実ポジション」開示 – IRS本性現す?

2010年1月26日にいきなり何の前触れもなくIRSが発表した「Notice 2010-9 Uncertain Tax Position」は驚きと共に「やっぱりIRSも知りたかったんじゃん・・・」という当然かな、という気持ちが入り混じったものだった。

*FIN 48と不確実な税務申告ポジション

申告書に盛り込まれている費用その他の税務ポジションのうち、税法上は申告書への計上が認められているが、IRS等の税務当局が必ずしも合意しないかもしれない不確実なポジションを会計上開示するFIN 48に関しては過去のポスティングでかなり詳細に触れてきた。詳しくは2007年7月からのシリーズ「グレーな申告ポジションの会計処理」を参照して欲しい。SEC企業以外にも2009年度から強制適用となるため、慌ててFIN48の文書化をしている最中っていう日本企業も多いことだろう。

また、FIN 48を含む会計上の税務費用計算(いわゆるTax ProvisionとかTax Accrualと呼ばれる作業)の基となるワークペーパーはIRSは「税務調査でも見ない」っていう紳士協定のようなスタンスを公にしていた。また、会計事務所が作成するTax Provisionのワークペーパーに対して秘匿特権が認められるかどうかも法定で争われている。こちらは2007年8月の「Textronケース・・・」を参照して欲しい。

*Notice 2010-9

潜在的に税務調査のロードマップとなるFIN 48に係るワークペーパーを敢えて「税務調査でも見ません」という従来の姿勢は、本来IRSとしては喉から手が出る程欲しい情報であろうだけにさすがアメリカの税務当局は「懐が深いな・・・」と思わせるものがあった。

しかし、そのようなナイーブな感慨をいきなり打ち崩したのがNotice 2010-9だ。Noticeによると、ナンとIRSはFIN 48と同じ基準で納税者が自ら特定した不確実な税務ポジションを開示するための特別なForm (様式)のデザインに既に着手しているとのことだ。IRSの本性現る、って感じだ。

従来のIRSのスタンス等に関しては以前2007年8月に「IRS税務調査に与える影響」で触れているのでぜひそちらにも目を通して欲しい。

*申告ポジションとの関係

以前のポスティングで何回か触れている通り、申告書で取ることができるポジションに求められる法的な確証度は約40%(Substantial Authority)と結構低い。従来はこの確証度を守っている限り、例えFIN 48に引っかかるポジションがあったとしても、申告書上何もする必要がなかった。

法的確証度が40%に満たないポジションは申告書に法的に盛り込めない(または十分な開示を伴って申告書に反映させる)こと、またFIN 48は50%超の確証度が分かれ道となることから、簡単に言ってしまうと、確証度が40%はあるが50%はないというようなポジションが今回IRSが求めている開示の対象となる。

FIN 48は法的分析に基づく「Recognition」の判断に加えて、「Measurement」の判断を伴う。税法的に考えるとRecognition規定の部分だけにフォーカスしそうなものだが、Noticeによると、潜在的にIRSに否認される可能性のある最高金額を開示する必要あるようで、この金額の判定も納税者にも大きなプレッシャーを与えることとなるだろう。ぱっと読んだだけなのでよく分からないが、この開示基準はFIN 48のMeasurementの開示基準よりもっと厳しいようにも思える。

なお、開示の対象となるのは資産が少なくとも$100,000超ある法人となる。

*開示の内容

開示の内容は「不確実な税務ポジションの簡潔な説明」と「潜在的に調整の対象となる可能性がある最高金額」で構成される。

何が簡潔な説明に当たるかに関しては「IRSがポジションの性格を正確に把握できる程度のもの」ということで、具体的には税法セクション番号、影響を受ける年度、ポジションが所得・費用・クレジット・資産売却損益のいずれに関係するものか、永久差異か一時的差異か、有形無形の資産評価に係るものか、資産の税務上簿価に関係するものか、を記載しなくてはならないとしている。

*ペナルティー

開示義務が規定されるということは、開示不履行に対するペナルティーも規定されることが予想される。Noticeではペナルティーを条文で法制化するよう議会に働きかけるのもオプションとして考えられるとしている。

*法的なチャレンジ

IRSが規定するポリシーとかNoticeとかはそれそのものは法律ではない。あくまでも税法は「Internal Revenue Code」であり、IRSとは言え法律そのものを逸脱する権利行使は憲法上認められない。

税法で40%の確証度があれば申告していいと規定されているにも係らず一方で50%の確証度がないものを開示させるというのは法律違反ではないか、というような訴訟が起こる可能性もあるが、納税者の勝ち目はかなり低いものと思われる。

*今までの紳士協定との関連

Noticeで面白いのは不確実な税務ポジションの開示Formを開発している一方で、これ以外の部分では現状通り税務調査でワークペーパーの開示をリクエストしたりしない、と格好よく宣言していることだ。どのような不確実な税務ポジションがあるのか開示させて知ってしまった以上、ワークペーパーをも見る必要は相当低くなるであろうことから、このコメントには何となく釈然としないものがある。

*開示の目的

これらの開示を通じてIRSはより効率がよく、かつ迅速な税務調査が可能となるとしている。ある意味、納税者が毎年、申告書を作成する過程で自ら税務調査を実行してその結果を報告するに近いシステムとなることから、もちろんIRSによる税務調査は「効率よく迅速」となるだろう。Form M-3で会計上の利益との差異を裸同然に公開して、さらに不確実な税務ポジションを自ら白日の下にさらすとなると、申告書上に反映させるポジションの選択にはかなりの冷却効果となるだろう。

IRSは緊急に様式を最終化させるという。その理由は「IRSにとっても納税者にとっても重要な問題だから」というチョッと分かり難いものだ。そのため、何かコメントがあれば3月29日までに出すように、と締め括っている。現時点で開示が求められている訳ではないが、2010年の申告書提出時には8900番台の新しいFormの添付が義務付けられている可能性が高い。それにしても次から次にFormができて そのうち全てのForm が5桁にならないように、と願ってしまう。

Wednesday, January 13, 2010

IRS Notice「春の新作コレクション」

米国では当たり前のように使用されている税金関係の用語でも、日本にいると馴染みがないチョッとしたものというのは以外に多い。僕も大学を出て日本で最初に就職した時に先輩が「アメリカでは申告書をTax Returnっていうんだけど、税金を払うのにReturnっていうのは不思議だよね」と言っていた。その時、「申告書=Return」っていうこと自体を知っていた者は(僕自身を含めて)周りには誰もいなかった。でも米国で少しでも仕事をしていれば、Returnという用語の本来の意味を考えるまでもなく、Returnといえば申告書、申告書といえばReturnと自然に覚えてしまう。

同じようにIRSから質問、追徴、税務調査その他に関して送付されてくる通知レターは「Notice」と呼ばれ、それ以外の用語で表現されることはない。これも米国で暮らしていると当たり前のことだが、日本ではそれほど定着している表現ではないだろう。

*大量のNoticeとそのデザイン

IRSはナント年間2億枚に上るNoticeを発行すると言われている。米国の人口が3億人だから驚異的な数字に見えるが、Noticeを受け取る納税者は複数のやり取りがあることが多いこと、法人その他パススルーを含む自然人以外の事業主体、Trust、Estate等が多く存在すること、米国人以外の非居住者等にもNoticeは発行されること、等を考えるとそれ位になるのかもしれない。

さらにNoticeはIRSばかりでなく州等の地方の税務当局からも発行されることを考えると、実に多くのNoticeが毎年発行されていることになる。

IRSはここ何年も納税者とのコミュニケーションの質を上げ、どちらかと言うと「Friendly(?)」な存在になろうと努力してきた。その一環でIRSには「Taxpayer Communications Taskgroup」(直訳すると「納税者渉外対策本部」とでもなる?)という部門があり、Noticeの文言、デザインを更新する作業に取り掛かっている。

*既存のNoticeの問題点

内容としては無数にあるNoticeだが、デザインがNoticeにより異なるため統一感がない。紙の質、フォント等、いかにも省庁から送付されてくる感じの無味無臭なレターで、それだけに威圧感がある。文言はできるだけ「普通の人」にも分かるようにという努力の跡は見て取れるが、それでも税法に馴染みのない者には余りに「法的文書」っぽく見えるだろう。

デザインがNoticeによりまちまちであるため、信憑性を疑いたくなるケースもある。中には、異なるデザインのNoticeをIRSから受け取ると、「フィッシング」等の目的で送られてくる「偽Notice」と信じて、IRSに「通報」してくるという笑い話もあるくらいである。

*デザイン維新プログラム

このような問題を改善するため、IRSは全Noticeのデザインを維新すると発表している。目的はNoticeのデザインを共通のものとして、フォントを工夫して読みやすくし、使用される文言をできるだけ「普通の英語」にし、Noticeの全体構成を統一し、納税者側の理解を高めるというものだ。

維新プログラムの第一弾として、最も一般的なNoticeいくつかの新デザイン「コレクション」が発表された。

デザイン的はまあいい感じだが、文言は今まで通り分かり難い?という反応が多いようだ。なぜ文言が分かり難いかと言うと、表現が「あいまい」だという指摘が多い。しかし、これは敢えてそのような文言が使われている可能性が高い。その理由は文言を余りに「具体的」にしてしまうと個々の納税者の異なる局面で使用ができなくなる確率が高まるからのようである。すなわち、一つのタイプのNoticeをできるだけ多くの納税者に共用して使い回すには、どうしても内容を一般的(=あいまい)にせざるを得ないということのようだ。

英語の読解力も含めてレベルがまちまちの不特定多数の納税者を相手にしているIRS側にもいろいろと苦労もあるだろう。少しでも分かりやすいNoticeで「税務問題の早期解決」という目標は立派である。しかし、Noticeのデザインとか文言よりも、Noticeの内容そのもの、またNoticeにこちらから返答をした際のIRS側の技術的な理解度、を向上させない限り本当の「税務問題の早期解決」には至らないことが多いだろうな~、と感じてしまった今日この頃でした。

Saturday, January 2, 2010

グリーンカード放棄と米国の税金「追加Update」(6)

今回も長期グリーンカード放棄時に適用されるMark-to-Market課税の詳細を続けたい。前回のオタク分野に続き、今回も「退職金等の繰延報酬の取り扱い」というかなり複雑怪奇な分野に触れる。ただ、今回の取り扱いは、前回のLike-Kind ExchangeとかGRAの取り扱いに比べると日本人の長期グリーンカード放棄に適用される局面が存在する可能性は高い。

退職金、繰延報酬のクロスボーダー取引に係る取り扱いはグリーンカード放棄に至る以前の段階で既に「超」複雑であり、その全容を触れるとそれだけで一冊の本が書けるだろう。したがって、ここで触れている内容はかなり簡素化された一部の情報であり、実際の取り扱いは「必ず」専門家に(費用を払って?)相談する必要がある。これは全ての税務検討事項に当てはまることであるが、退職金とクロスボーダーの組み合わせはかなり難易度が高いので特に強調しておく。

*退職金と繰延報酬

退職金制度は日本でも一般的であるため分かりやすいと思うが、繰延報酬(Deferred Compensation)というのは米国に比べると日本では浸透度が低く、チョッと分かり難いかもしれない。

繰延報酬とはその名の通り、従業員(通常はオフィサーとかの高給取り)が役務を提供して月給とかの通常のサイクルで給与をもらう代わりに(というか通常の給与に加えてという方が正確かも)、報酬の一部を将来の何らかの時点で受け取るアレンジを意味する。目的はもちろん、課税を繰り延べるためだが、ここが難しい。

従業員としては単に「今年の報酬は3年後に支払います」という雇用者の口約束だけでは「本当にもらえるかな」という点で不安が残る。会社が倒産して原資がなくなってしまえば、いくらバランスシートに負債が認識されていてもタダの債権者になってしまう可能性があるからだ。

それではということで、原資を確保した形での繰延が好ましいことになるが、将来の支給が原資に裏づけされた形で確約されてしまうと、報酬を今受け取ることができないにも係らず、口約束以上の「財産」を受け取ったとして約束時点で現金も受け取っていないのに課税されてしまうこともある。報酬の受け取り自体が繰り延べられているのに、課税が繰り延べされないとしたら最低だ(従業員にとっては)。

したがって、繰延報酬プランを策定する際には、可能な限り「原資を確保」しながら、リスクは残して、実際に受け取るまでは課税されないようにするというのが基本的な考え方となる。

401(k)を含む米国税務上の適格プランであれば、原資を他の債権者の手の及ばないトラストに拠出する等の方法で確実に確保した形で、従業員への課税は実際の受け取りまで課税を繰り述べることができる。さらに原資を拠出する段階で雇用者としては損金算入が認められる。適格プランはこの点でとても優れている。しかし、適格とするにはいろんな条件を満たさなければならないし、報酬の受け取りを退職まで待たない場合にはそもそも退職金プランとはならない。

このように通常の米国内の取り扱いだけでも複雑な繰延報酬なだけに、長期グリーンカード放棄の際の規定は輪をかけて分かり難い。その部分を次のポスティングで触れたい。

謹賀新年2010

瞬く間に2009年も終わりを告げて2010年になってしまった。Y2Kで大騒ぎしてから10年というのは信じ難い。2010年は景気回復を含むいい年になって欲しい。個人的には米国税務サービスを通じて、一つでも多くの日本企業がアメリカまたはグローバルで成功する際の一助となり続けたい。

*2009年を振り返って

日本企業に国際税務サービスを提供する者として、2009年の一番のニュースは何と言っても日本の国際課税システムが米国型の「全世界課税」から外国子会社からの配当非課税を規定した「Territorial」システムに移行したことだろう。この制度変更により日本企業のグローバルタックスプラニングの機会、効果は従来と比較にならない域に達っしたと言える。しかし、その恩典を最大限に利用しようとしない日本企業が未だにかなりある点は不思議だ。

企業カルチャーとして税務プラニングのような「邪道」なことはしないと明言してしまうところもあるが、グローバルレベルでの競争を真剣に考えるのであれば、この分野である程度のプラニングもしないという選択はもはやあり得ない。GDPが中国に抜かれて第三位となるかもしれない2010年こそ、何とか日本企業のタックスプラニング元年として欲しい。

米国子会社からの配当は一定条件を満たせば0%源泉税という恩典もある。更に2009年末に発表された日本の税法改正では、タックスヘイブン税制に抵触する低税率国の定義が25%から20%に引き下げられている。これら諸々の新たな税法を諸外国の税法とうまく組み合わせることにより、効率のよいグローバルタックス管理が可能となるはずだ。税務効率がよく、かつ事業目的にも合致しているグローバルサプライチェーンの構築、資本借入率の見直し等、直ぐに検討できる項目が沢山ある。

米国税務的には、年の瀬にAll CashのD再編やSec.304の財務省規則が発表されたりした。この二つはぜひ近々に特集してみたい分野だ。

*2010年はどんな年?

ブッシュ政権初期に導入された大規模減税の多くの規定が時限措置であったが、その多くが2010年をもって失効する。どの規定が延命するか見ものであるが、政権・議会が民主党主導になっていること、財政が極めて苦しいこと、などからブッシュ減税で規定されている低税率を含む多くの規定が2010年をもって廃止されるだろう。

また、通常のIRAをロスIRAに変換する際、従来は所得制限が規定されていたが2010年は、1998年にロスIRAが創設されて以来初めて所得制限なしでロスIRAへの変換が認められる。このことから2010年には高所得者・資産家の間でロスIRAへの関心が高まるだろう。

オバマ政権の目指す医療保険改革の行方、特にそれに盛り込まれる税収確保の規定も注目度が高い。

以前から何回もポスティングしている「Carried Interest」をキャピタルゲインではなく、通常の報酬所得として課税しようという改正も実現するかもしれない。ただ、Carried Interestの問題が大きく取り上げられていた当時と比べると、Private Equity Fundの活動自体が下火になっているだけに今更って感じがしなくもない。

マイナーなところでは、非居住者の個人が申告書として使用する1040NRの5ページ目の質問が大きく改訂されており、この新様式での初の申告シーズンとなる。従来の様式では租税条約の恩典を開示する質問が「ECI」か「Non-ECI」かで分けられていたりと不必要に複雑だった気もする。この質問にどれだけの人がきちんと回答していたか興味深い。例えば、米国源泉の報酬を租税条約14条で非課税としていれば、ECIに係る金額となるが、本来は全世界所得で課税されるはずの米国外源泉の給与をTie-Breakerで非課税としていれば、そちらは「Non-ECI」となる。

というように税務オタクっぽい話題は益々尽きることはなさそうだ。今年もできるだけ多くのポスティングを心掛けるので、引き続きご愛読頂きたい。