Saturday, August 18, 2007

FIN 48(7) IRS税務調査に与える影響

FIN 48の規定内容が発表された直後から、FIN 48の検討結果、ワークペーパー、開示情報をIRSがどのように利用するかという点に企業側では大きな懸念を抱いている。これは当然である。FIN 48は、全ての税務ポジションを税務調査されたと仮定して予想される結果を「企業自ら」が50%超基準で決算書に反映させるという従来のタックス費用計上に係る常識を覆す前代未聞の会計原則だからだ。

企業側からすると、適用に係る膨大なコスト、開示のIRSに対する影響、の2点からFASBは一体なぜこのような酷い原則を制定したのか、という気持ちがあって当然であろう。ここ数年のFASBの方向性を見ていると全てを時価評価したがる傾向にあるように見える。企業買収の際に頻繁に利用される「Earn-out」に対する取り扱いをFASBが変更した際も、今回のFIN 48も、コンセプト的には分かりやすくかつ決算書の信頼性を高め得るものであることは分かるが、実際の数量化に困難があるという大きな難点がある。

税務調査のもう一方の当事者であるIRSはFIN 48をどのように見ているのだろうか。

*IRSの対応: 「税務調査マニュアル」の公表

IRSは企業側の懸念に対応し、FIN 48関連の取り扱いに対する「税務調査マニュアル」を作成・公表している。このようなマニュアルを即座に作成・開示する姿勢は、税法執行の透明性、税務リスクの予見可能性、を高めるという意味で十分評価に値する。この税務調査マニュアルに基づいてIRSのスタンスをまとめると次のようになる。

*FIN 48は税務調査のロードマップか?

FIN 48が問題となる以前からIRSには「会計上のタックス費用を算定するためのワークペーパーは税務調査の資料請求には含めない」という基本姿勢がある。会計上のタックス費用を算定するためのワークペーパーは「Tax Accrual Workpapers (TAW)」と呼ばれるため、このポリシーは「TAW Restraint」として知られている。一方で、申告書を作成する際に作成されるワークペーパーは「Tax Reconciliation Workpapers (TRW)」と呼ばれTAWとは区別されている。TRWは税務調査の際にほぼ確実に資料請求の対象となる。TRWは決算書と申告書の数字の差異に係るものであり、資料請求されて当然であろう。

FIN 48に係るワークペーパーは上述のTAWの一部を構成するため、通常の状況では資料請求の対象とはならない。しかし、資料請求の対象とならないのはあくまでもTAW、すなわちワークペーパーであり、決算書そのものはIRSが必ず目を通す。結果としてFIN 48負債および関連開示情報は全てIRSの手に渡る。すなわち、TAWに記載される詳細な検討は通常IRSの手に渡ることはないが、決算書上に開示してある項目、またはそれらの項目を糸口として怪しいと推定されるポジションに関してIRSは何の制限もなく税務調査を断行することができる。IRSの税務調査マニュアルで言うところの「Revenue Agents should not be reluctant to pursue matters mentioned in FIN 48 disclosures…」である。

決算書上の表示だけを見ても、具体的に申告書上のどのポジションが開示の対象となっているのか分かり難いケースもあるのは確かである。したがって、FIN 48負債の開示がIRSにどの程度の参考情報を提供するこになるかは個々のケースによりまちまちとなる。

例えば、多国籍企業の決算書上には複数の国に係るFIN 48負債が計上されることになることから、開示されている金額、項目が果たして米国のタックス費用なのかどうかもそれだけでは分からない。しかし、そもそも今まではFIN 48負債の開示そのものがなかったことを考えると、現実にはかなり価値のあるロードマップを提供することとなることは間違いがない。FIN 48はFASBとIRSがグルになって作成したのではないか、と勘ぐられる所以である(実際にはIRSが影響力を行使したような形跡はない)。

また、時効が成立したとしてFIN 48負債が「戻し入れ」されるようなケースでは、特定の課税年度に関しては時効が成立しているものの、同様の申告ポジションがその後の年度に存在するようなケースも多いであろう。となると、特定の申告ポジションに関して過去にグレーであるとしてFIN 48負債が計上されていたという情報がIRSに知れると、その年に関しては時効が成立していたとしても、他年度の税務調査時にやはりロードマップ情報を提供することになる。

*税務調査の終了とその効果程度

2007年8月4日の「グレーなポジションのその後の運命」で触れた通り、税務調査およびその後の不服申請、訴訟等でポジションに対してIRS等と合意をみた場合には、合意した金額に基づく税効果が決算書上も認められる。

税務調査が終了した場合に、調査年度の「どの」申告ポジションに関してIRSと合意をみたと判断するかの検討が必要となる。税務調査は必ずしも「全て」の申告ポジションを精査するものではないからだ。

この点に関しては、税務調査が終了し、IRSのポリシーに照らし合わせて再調査(Re-Opening)の可能性が低いと判断される場合には、その年度の「全ての」申告ポジションに関してIRSと合意をみたものと取り扱ってもよいとされる。一方、調査対象となっていない課税年度に関しては、例えその年でグレー扱いされている申告ポジションと同様のポジションを含む年度のIRS税務調査が終了したからといって、実際に税務調査の対象となっていない年度に関してはどのポジションもIRSと合意に達したと取り扱うことはできない。もちろん調査内容・結論次第では他年度の申告ポジションのRecognitionまたはMeasurementを見直す必要が生じる可能性はある。

*企業側メンタリティーへの影響

FIN 48の適用は企業側のタックス費用に係るリスク管理手法に影響を及ぼす。課税年度に関して時効が成立すれば、過去に計上されているその年度に係るFIN 48負債を「戻し入れる」ことができるが、FIN 48負債を戻し入れるということは、すなわち「タックス費用を減らす」(=Tax Benefitを認識する)ということである。結果として「Earnings」が増える。このことから企業側としては安易に時効の延長に応じることをやめ、時効の成立を以前よりも厳密に管理する傾向が出てくるであろう。

また、グレーな申告ポジションに係る最終的な取り扱いを確定させるために、税務調査の過程で、特定の申告ポジションに対する「Closing Agreement」を従来よりも頻繁に、場合によっては他の項目の調査が終了する前に、締結したいと望む企業も出てくるであろう。しかし、Closing Agreementは通常の税務調査終了以上の強い効果を持つことから、IRSは簡単にはClosing Agreementにはサインしない。

税務調査が通常数年遅れのサイクルで追いついてくることを考えると、FIN 48負債を計上した決算期が税務調査の対象となってくるのは早くて2008年後半からとなる。それまではFIN 48が税務調査にどの程度の影響を与えるかを実際に体験することができない。しかし、IRSにとってかなり「おいしい」情報源が増えたということだけはどう見ても間違いがない。