米国財務省は2007年7月26日に行われた「Treasury Conference on Business Taxation and Global Competitiveness」にて「Business Taxation and Global Competitiveness Background Paper」と呼ばれる資料を公表した。当資料はその名の通り、米国の事業課税ポリシーが米国企業のグローバル競争力にどう影響しているかという点を検討する内容となっている。
当資料によると、米国の法人税法上の標準税率は39%(連邦35%と州合算)となり、OECD19ヶ国のうち税率としては2番目に高い。ちなみに一番高税率は40%の日本である。OECDの平均は31%、G7平均は36%とされている。国際的には法人税率を下げるのがトレンドとなっており、米国の高税率はグローバル競争力を弱める一因となり兼ねないと警鐘を鳴らしている。しかし、他国が単純に低い標準税率を規定する一方で、米国では標準税率は比較的高く設定してあるものの、R&D税額控除、製造業控除、等の特定の減税措置が沢山あり、複雑ではあるが、最終的に企業が認識する実効税率は減税措置後の低いものとなることが多いとしている。また、パススルー課税の占める割合が大きいこと、税法の企業活動の意思決定に与える影響が大きいこと、等が他の特徴として挙げられている。
税率の高さと特定の減税措置との金額的な関係を示す興味深い数値として、もし特定減税措置を廃止すれば、連邦法人税率を一律27%にまで下げることができるという試算が示されている。現在の税率が連邦35%であることを考えるとこの差は大きい。企業としてはかなり魅力的であろう。実際にConferenceに参加した米国企業の経営者たちは「一般の法人税率を下げてもらえるのであれば、喜んで特定減税の撤廃に賛成する」とコメントしている。
特定の減税措置の適用には企業側で多くの時間・コストを費やすことから、この願いは一般的に当然であろう。R&D税額控除にしても、製造業控除にしても、IRSによる税務調査の際には「Tier 1」項目(すなわち必ず精査するべき項目)と位置づけられていることから、その適用には莫大なコストを掛けて資料を整えておく必要がある。資料を整えていても、IRSによる調整が入ることも珍しくなく、それを見込んで多めに控除を計上したり(もちろん合法的に主張が可能な範囲で)と無駄な作業が申告プロセスのあちこちに内臓されている点は否めない。税法の簡素化が叫ばれて久しいが、現実には税法は特定の産業、取引きに対する減税、増税が盛り込まれることにより、年々一層複雑になっているのは間違いない。しかも、その複雑な税法に基づき経済活動の多く(企業形態、取引形態、資金調達形態その他)が決定されていることを考えると、現在の税法の根幹を変更するのは不可能に近い。
Conferenceでの発表を受けてブッシュ大統領は「税法がネックとなり米国企業がグローバル競争で不利な立場におかれているようであれば法人税率カットも吝かではない」としながらも「代替歳入がなくてはならない」と発言でしている。その上で「法人税率をカットする代わりに(R&D税額控除、製造業控除、等の)特定の減税措置を撤廃するのは政治的に困難であろう」とも指摘している。そもそも特定の減税措置が設けられているということは、そのような措置を強力に後押しする政治力を持つ業界、その他のグループが存在するからだということである。
一方で標準税率は高いとしても現実には誰もそんな税率で法人税を支払っていないのだから、税率が高いという議論自体がおかしいとする批判もある。民主党の上院議員であるByron Dorgan氏は「税法上の標準税率が高いかどうかという議論そのものが的外れで、大企業のほとんどが税法上の税率よりずっと低い実効税率にてタックス費用を計上している現状を鑑みれば、税法が原因でグローバル競争力を失っているという話し自体がおかしい」としている。すなわち「既に実際には相当低い税率が適用されている」ということだ。「GDP比較で見ると、先進国29国の中で米国の税負担は26番目(すなわちかなり軽い)」であり、「法人税のGDPに占める割合は1965年には4%だったものが、今日では1.9%に過ぎない」として米国企業の法人税負担が高いというのは事実の歪曲であると指摘している。これはLLCを代表とするパススルー事業主体の台頭も一因であろう。
さらにDorgan氏は「Fortune 500企業の実効税率をチェックしてみると税法上の標準税率でタックス費用を認識していているような企業はほとんどない」とし、2001年ベースではFortune 500の代表275社の実効税率はナント21.4%、それが2003年には更に17.2%にまで低下していると指摘している。さらに会計検査院(GAO)の統計によると米国企業の63%に上る企業が法人税を全く支払っていないとされる。そのような統計を基にDorgan氏は「米国企業が不当に高い税率に基づいて課税されているかどうかを論じるのは筋違いであり、むしろどのように最低限フェアな税金を負担してもらうかにフォーカスして議論するべき」としている。
ブッシュ大統領は上の発言を行う冒頭で、ブッシュ政権下で実施されてきた減税政策により経済成長が促され、雇用が創出されたと手前味噌を並べている。発言によると2003年の減税以来、830万人の雇用が創出され、2001年以降米国経済は$1兆3千億拡大したそうだ。
しかし、Dorgan氏はこれらの点に関しても「ブッシュ大統領の分析は全体像を掴んでいない」と手厳しい。Dorgan氏によると「クリントン前政権下では実に2,270万人の雇用が創出されたが、ブッシュ政権下では実際には560万人しか創出されていない」ばかりか、「製造業に係る雇用は300万人減少し、貧困層で暮らす者の数は540万人増えた」としている。さらに「インフレ調整後の世帯当りの実質所得は2001年より$1,273減少している」そうだ。
確かにFortune 500の決算書を見ると実効税率は低い。昨年のFortune 500のトップを飾った「Wal-Mart」は33.5%だったし、Tech企業代表の「Google」に至っては23%だ。これらの実効税率はGAAP(SFAS 109、APB 23、最近ではFIN 48等)の考え方で算定されているもので、必ずしも申告課税に基づく金額ではないが、低税率のトレンドは明らかである。これを見る限り、Dorgan氏の指摘は正しい。ただし、このような低い実効税率の実現のために企業側では多くのコスト(内部リソース、会計事務所、法律事務所)を費やしており、特定の減税措置を廃止して標準税率を下げることにより企業のリソースをより生産的な活動に再配賦できるであろうこともまた疑いの余地がない。特定の減税措置の廃止が困難だとすると会計事務所ではこれからも忙しい日々が続くことになる。