Friday, August 24, 2007

拡大する州の課税権: FIN 48負債にも影響

*New Jersey州からの手紙

最近、何軒か相次いで「New Jersey州からこんな変な手紙がきたのですが・・・」という内容の質問を日本企業から受けた。手紙を見るとそれは典型的な「Nexus Questionnaire」であった。Nexusという用語がタックスの世界で使用される場合、それは簡単に言うと「州が企業に対して課税権を行使し得る州内活動」を意味する。すなわち、この手紙はNew Jersey州内での活動内容を企業側に詳細に回答させ、New Jersey州が課税権を行使するに足る活動をしているかどうかを州側で見極めるために送付されてきているものだ。

*Nexus Quesionnaire

このようなNexus Questionnaire自体は特に目新しいものではない。例えば、自社製品をどこかの州の貸倉庫に置いていたりすると、その州の税務当局が倉庫を回り、どんな企業の在庫が保管されているかをチェックしたりする。在庫を州内に持っていると州が課税権を行使できる確率が高いため、倉庫に保管してある在庫の持ち主を特定し、その州に法人税の申告書が提出されていないようであれば、手紙が発行される。また、従業員に給与を支払うと州の所得税、雇用保険等を源泉徴収して州に納めることになる。従業員が州内にいるとやはりその州が課税権を行使できる可能性が高いため、雇用者が法人税を支払っているかどうかがチェックされる。法人税の申告書が提出されていないようであれば、やはり手紙が発行される。

*一見何の関係もない州からの質問

しかし、今回New Jersey州から手紙を受け取った企業はNew Jersey州には物理的には何も有していない。すなわち、商品もおいていなければ、事務所等の施設もなく、また従業員もいない。しかし、企業担当者から話を良く聞くと驚愕の共通点が見出された。ナント、New Jeresy州との「唯一の接点」は、New Jersey州にある第三者企業からのロイヤリティーを受け取っているということであった。しかも、手紙を受け取った企業の中には日本企業の米国現地法人の他に、日本にある日本法人が含まれていた点も驚きであった。

*州の課税権

米国連邦憲法の規定(「Commerce Clause」「Due Process Clause」)により、州による企業への課税権は制限されている。敢えて簡単に言ってしまうと、まず、その州と何らかの関係、すなわちNexusがないと州は企業に課税権を行使することができない。また、課税権が行使できる場合でも、企業全体の所得のうちその州に関連する金額のみに課税することができる。この後者の制限は通常、売上、人件費、資産に基づく配賦%を全社の所得に乗じた金額に課税することで達成される。ちなみに、最近は州内の製造業等を優遇する目的で配賦率を算定する際に「売上」のみに重点を置く州が増える傾向にある。

一方前者の制限、すなわちNexusであるが、何をもってNexusを構成してしまうかの判断は基本的に「各州の法律」に基づいて行われる。もし州の法律が本来の趣旨を逸脱している、すなわち、その州との関係が最低限レベルを下回るにも係らず課税権を行使できるように規定されている場合には、企業側で「憲法違反」として訴訟を起こすことができ、実際にそのような訴訟は多い。

今回日本企業が受け取ったNew Jersey州からの手紙に関して争点となるのは「物理的に何も州内に持たない企業が単に州内の第三者とライセンス契約を結び、ロイヤリティーを受け取っているという事実だけをもってNexusが存在するのか」という点である。すなわち「Physical Presence」がなくても「Economic Presence」があれば州は課税権を規定することができるのかという問題である。

*何もないのに課税される?

この点に関してはNew Jersey州の最高裁判所による「Nexusを認定することができる」という判断がある。2005年の「Lanco Inc.」という判例である。また、それに先立つ1993年にはSouth Carolina州裁判所が「Geoffley Inc.」という有名な判例で同様の判断をしている。

New Jersey州のLanco Inc.ケースに関してはその後、判決を不服として企業側が「連邦」の最高裁判所に上告申請されていた。しかし、このたび最高裁判所が上告を認めないという決定を下したため、これ以上の判断が示される可能性はなくなり、New Jersey州におけるLanco Inc.ケースの判例としての法的パワーが現時点では確定的なものとなった。

米国の裁判システムの基本であるが、連邦のケースでは第一審裁判所の後、法律の適用に関して不服がある場合には必ず控訴審での再審が認められる。しかし、その上の最高裁判所に対する上告は「Certiorari」と呼ばれる特別な手順を踏み、最高裁判所の裁量で上告を受け付けるかどうかが判断される。上告を受け付けない場合にその理由を述べる必要はない。多くのCertiorariのうち実際に上告が認められるのは僅かである。州の最高裁判所の判決に関しても連邦法の絡みであれば、やはり連邦最高裁判所に上告を申請することができるが、上告が認められるかどうかは最高裁判所の裁量に委ねられる点に変わりはない。

最高裁判所は「Justice」と呼ばれる9人の裁判官で構成されるが、ここ数年、裁判官の構成が保守化したことにより、「裁判所による実体立法(Legislation from the Bench)」となるような判例を下すのを避ける傾向にある。したがって、実体立法に足を突っ込みかねないケースの一つとしてLanco Inc.ケースの上告は敬遠されたのではないかと見る向きもある。すなわち、憲法上のCommerce Clauseの精神にのっとり、New Jersey州のようなアプローチが相応しくないのであれば、連邦議会が州の課税権を限定する法律を審理するべきだという考え方である。現実に、物販に係る州の課税権は一部連邦法により限定されているという実例がある。

今回の最高裁判所の判断、すなわち上告を認めない判断により今後も、州が望むのであれば「物理的に何も州内に持たない企業が単に州内の第三者とライセンス契約を結び、ロイヤリティーを受け取っているという事実だけをもってNexusが存在する」と規定することができることとなる。このような考え方を採択している州はNew Jersey州の他にもいくつかある(例、Florida, Hawaii, Texas-他にもあるのでこれで全てではない)。 今後、同様の法律に関して別のケースで連邦最高裁判所が上告を受け付けて違憲判断を下すか、または連邦議会が何らかの救済法を制定するか、等の進展がない限り、この状態は続く。

*日本にある日本法人への影響

上述の通り、今回New Jersey州から手紙を受け取った企業の中には日本のみで事業を行う日本法人が含まれる。ということは日本法人が米国に何の物理的施設を有していないにも係らず、New Jersey州に申告書を提出するという一見考え難い手続きが必要となる。

その場合の税額の算定であるが、日本法人全体の所得を配賦比率でNew Jersey州に按分することになるのではないかと思われる。その際、按分比率の「分子」となる唯一の金額は売上比率におけるロイヤリティー収入となる。したがって算定される税額そのものはかなり低いはずだ。ちなみに、連邦法人税目的では、単なるロイヤリティーの受け取りは外国法人にとっては事業所得(ECI)には至らないケースがほとんどであることから、源泉税を取られて課税関係は終了する。日米租税条約ではロイヤリティーに対して0%の源泉税が規定されていることから、W‐8BEN等のペーパーワークがきちんと行われていれば連邦税はゼロとなる。

Lanco Inc.を含むこの分野の判例は米国企業を対象とするものである。通常の通商条項(Inter-State Commerce)と外国通商(Foreign Commerce)では若干取り扱いが異なるケースもあり、Lanco Inc.ケースをそのまま日本法人のような外国企業に適用するべきかどうかという検討課題は残るであろう。しかし、その判断は連邦議会、最高裁判所等が問題を取り上げて初めて明確になることから、現時点でのNew Jersey州のスタンスはLanco Inc.の考え方はそのまま外国企業にも適用されるというものであると考えていいだろう。

*FIN 48への影響

FIN 48の分析をする際に、州に対する未申告が大きな問題となる点は以前の2007年8月4日の「グレーな申告ポジションの例」で触れたが、ライセンス契約の相手が存在する州に関してはより一層慎重な検討が必要となる。