Friday, January 29, 2010

申告書上で「FIN 48不確実ポジション」開示 – IRS本性現す?

2010年1月26日にいきなり何の前触れもなくIRSが発表した「Notice 2010-9 Uncertain Tax Position」は驚きと共に「やっぱりIRSも知りたかったんじゃん・・・」という当然かな、という気持ちが入り混じったものだった。

*FIN 48と不確実な税務申告ポジション

申告書に盛り込まれている費用その他の税務ポジションのうち、税法上は申告書への計上が認められているが、IRS等の税務当局が必ずしも合意しないかもしれない不確実なポジションを会計上開示するFIN 48に関しては過去のポスティングでかなり詳細に触れてきた。詳しくは2007年7月からのシリーズ「グレーな申告ポジションの会計処理」を参照して欲しい。SEC企業以外にも2009年度から強制適用となるため、慌ててFIN48の文書化をしている最中っていう日本企業も多いことだろう。

また、FIN 48を含む会計上の税務費用計算(いわゆるTax ProvisionとかTax Accrualと呼ばれる作業)の基となるワークペーパーはIRSは「税務調査でも見ない」っていう紳士協定のようなスタンスを公にしていた。また、会計事務所が作成するTax Provisionのワークペーパーに対して秘匿特権が認められるかどうかも法定で争われている。こちらは2007年8月の「Textronケース・・・」を参照して欲しい。

*Notice 2010-9

潜在的に税務調査のロードマップとなるFIN 48に係るワークペーパーを敢えて「税務調査でも見ません」という従来の姿勢は、本来IRSとしては喉から手が出る程欲しい情報であろうだけにさすがアメリカの税務当局は「懐が深いな・・・」と思わせるものがあった。

しかし、そのようなナイーブな感慨をいきなり打ち崩したのがNotice 2010-9だ。Noticeによると、ナンとIRSはFIN 48と同じ基準で納税者が自ら特定した不確実な税務ポジションを開示するための特別なForm (様式)のデザインに既に着手しているとのことだ。IRSの本性現る、って感じだ。

従来のIRSのスタンス等に関しては以前2007年8月に「IRS税務調査に与える影響」で触れているのでぜひそちらにも目を通して欲しい。

*申告ポジションとの関係

以前のポスティングで何回か触れている通り、申告書で取ることができるポジションに求められる法的な確証度は約40%(Substantial Authority)と結構低い。従来はこの確証度を守っている限り、例えFIN 48に引っかかるポジションがあったとしても、申告書上何もする必要がなかった。

法的確証度が40%に満たないポジションは申告書に法的に盛り込めない(または十分な開示を伴って申告書に反映させる)こと、またFIN 48は50%超の確証度が分かれ道となることから、簡単に言ってしまうと、確証度が40%はあるが50%はないというようなポジションが今回IRSが求めている開示の対象となる。

FIN 48は法的分析に基づく「Recognition」の判断に加えて、「Measurement」の判断を伴う。税法的に考えるとRecognition規定の部分だけにフォーカスしそうなものだが、Noticeによると、潜在的にIRSに否認される可能性のある最高金額を開示する必要あるようで、この金額の判定も納税者にも大きなプレッシャーを与えることとなるだろう。ぱっと読んだだけなのでよく分からないが、この開示基準はFIN 48のMeasurementの開示基準よりもっと厳しいようにも思える。

なお、開示の対象となるのは資産が少なくとも$100,000超ある法人となる。

*開示の内容

開示の内容は「不確実な税務ポジションの簡潔な説明」と「潜在的に調整の対象となる可能性がある最高金額」で構成される。

何が簡潔な説明に当たるかに関しては「IRSがポジションの性格を正確に把握できる程度のもの」ということで、具体的には税法セクション番号、影響を受ける年度、ポジションが所得・費用・クレジット・資産売却損益のいずれに関係するものか、永久差異か一時的差異か、有形無形の資産評価に係るものか、資産の税務上簿価に関係するものか、を記載しなくてはならないとしている。

*ペナルティー

開示義務が規定されるということは、開示不履行に対するペナルティーも規定されることが予想される。Noticeではペナルティーを条文で法制化するよう議会に働きかけるのもオプションとして考えられるとしている。

*法的なチャレンジ

IRSが規定するポリシーとかNoticeとかはそれそのものは法律ではない。あくまでも税法は「Internal Revenue Code」であり、IRSとは言え法律そのものを逸脱する権利行使は憲法上認められない。

税法で40%の確証度があれば申告していいと規定されているにも係らず一方で50%の確証度がないものを開示させるというのは法律違反ではないか、というような訴訟が起こる可能性もあるが、納税者の勝ち目はかなり低いものと思われる。

*今までの紳士協定との関連

Noticeで面白いのは不確実な税務ポジションの開示Formを開発している一方で、これ以外の部分では現状通り税務調査でワークペーパーの開示をリクエストしたりしない、と格好よく宣言していることだ。どのような不確実な税務ポジションがあるのか開示させて知ってしまった以上、ワークペーパーをも見る必要は相当低くなるであろうことから、このコメントには何となく釈然としないものがある。

*開示の目的

これらの開示を通じてIRSはより効率がよく、かつ迅速な税務調査が可能となるとしている。ある意味、納税者が毎年、申告書を作成する過程で自ら税務調査を実行してその結果を報告するに近いシステムとなることから、もちろんIRSによる税務調査は「効率よく迅速」となるだろう。Form M-3で会計上の利益との差異を裸同然に公開して、さらに不確実な税務ポジションを自ら白日の下にさらすとなると、申告書上に反映させるポジションの選択にはかなりの冷却効果となるだろう。

IRSは緊急に様式を最終化させるという。その理由は「IRSにとっても納税者にとっても重要な問題だから」というチョッと分かり難いものだ。そのため、何かコメントがあれば3月29日までに出すように、と締め括っている。現時点で開示が求められている訳ではないが、2010年の申告書提出時には8900番台の新しいFormの添付が義務付けられている可能性が高い。それにしても次から次にFormができて そのうち全てのForm が5桁にならないように、と願ってしまう。

Wednesday, January 13, 2010

IRS Notice「春の新作コレクション」

米国では当たり前のように使用されている税金関係の用語でも、日本にいると馴染みがないチョッとしたものというのは以外に多い。僕も大学を出て日本で最初に就職した時に先輩が「アメリカでは申告書をTax Returnっていうんだけど、税金を払うのにReturnっていうのは不思議だよね」と言っていた。その時、「申告書=Return」っていうこと自体を知っていた者は(僕自身を含めて)周りには誰もいなかった。でも米国で少しでも仕事をしていれば、Returnという用語の本来の意味を考えるまでもなく、Returnといえば申告書、申告書といえばReturnと自然に覚えてしまう。

同じようにIRSから質問、追徴、税務調査その他に関して送付されてくる通知レターは「Notice」と呼ばれ、それ以外の用語で表現されることはない。これも米国で暮らしていると当たり前のことだが、日本ではそれほど定着している表現ではないだろう。

*大量のNoticeとそのデザイン

IRSはナント年間2億枚に上るNoticeを発行すると言われている。米国の人口が3億人だから驚異的な数字に見えるが、Noticeを受け取る納税者は複数のやり取りがあることが多いこと、法人その他パススルーを含む自然人以外の事業主体、Trust、Estate等が多く存在すること、米国人以外の非居住者等にもNoticeは発行されること、等を考えるとそれ位になるのかもしれない。

さらにNoticeはIRSばかりでなく州等の地方の税務当局からも発行されることを考えると、実に多くのNoticeが毎年発行されていることになる。

IRSはここ何年も納税者とのコミュニケーションの質を上げ、どちらかと言うと「Friendly(?)」な存在になろうと努力してきた。その一環でIRSには「Taxpayer Communications Taskgroup」(直訳すると「納税者渉外対策本部」とでもなる?)という部門があり、Noticeの文言、デザインを更新する作業に取り掛かっている。

*既存のNoticeの問題点

内容としては無数にあるNoticeだが、デザインがNoticeにより異なるため統一感がない。紙の質、フォント等、いかにも省庁から送付されてくる感じの無味無臭なレターで、それだけに威圧感がある。文言はできるだけ「普通の人」にも分かるようにという努力の跡は見て取れるが、それでも税法に馴染みのない者には余りに「法的文書」っぽく見えるだろう。

デザインがNoticeによりまちまちであるため、信憑性を疑いたくなるケースもある。中には、異なるデザインのNoticeをIRSから受け取ると、「フィッシング」等の目的で送られてくる「偽Notice」と信じて、IRSに「通報」してくるという笑い話もあるくらいである。

*デザイン維新プログラム

このような問題を改善するため、IRSは全Noticeのデザインを維新すると発表している。目的はNoticeのデザインを共通のものとして、フォントを工夫して読みやすくし、使用される文言をできるだけ「普通の英語」にし、Noticeの全体構成を統一し、納税者側の理解を高めるというものだ。

維新プログラムの第一弾として、最も一般的なNoticeいくつかの新デザイン「コレクション」が発表された。

デザイン的はまあいい感じだが、文言は今まで通り分かり難い?という反応が多いようだ。なぜ文言が分かり難いかと言うと、表現が「あいまい」だという指摘が多い。しかし、これは敢えてそのような文言が使われている可能性が高い。その理由は文言を余りに「具体的」にしてしまうと個々の納税者の異なる局面で使用ができなくなる確率が高まるからのようである。すなわち、一つのタイプのNoticeをできるだけ多くの納税者に共用して使い回すには、どうしても内容を一般的(=あいまい)にせざるを得ないということのようだ。

英語の読解力も含めてレベルがまちまちの不特定多数の納税者を相手にしているIRS側にもいろいろと苦労もあるだろう。少しでも分かりやすいNoticeで「税務問題の早期解決」という目標は立派である。しかし、Noticeのデザインとか文言よりも、Noticeの内容そのもの、またNoticeにこちらから返答をした際のIRS側の技術的な理解度、を向上させない限り本当の「税務問題の早期解決」には至らないことが多いだろうな~、と感じてしまった今日この頃でした。

Saturday, January 2, 2010

グリーンカード放棄と米国の税金「追加Update」(6)

今回も長期グリーンカード放棄時に適用されるMark-to-Market課税の詳細を続けたい。前回のオタク分野に続き、今回も「退職金等の繰延報酬の取り扱い」というかなり複雑怪奇な分野に触れる。ただ、今回の取り扱いは、前回のLike-Kind ExchangeとかGRAの取り扱いに比べると日本人の長期グリーンカード放棄に適用される局面が存在する可能性は高い。

退職金、繰延報酬のクロスボーダー取引に係る取り扱いはグリーンカード放棄に至る以前の段階で既に「超」複雑であり、その全容を触れるとそれだけで一冊の本が書けるだろう。したがって、ここで触れている内容はかなり簡素化された一部の情報であり、実際の取り扱いは「必ず」専門家に(費用を払って?)相談する必要がある。これは全ての税務検討事項に当てはまることであるが、退職金とクロスボーダーの組み合わせはかなり難易度が高いので特に強調しておく。

*退職金と繰延報酬

退職金制度は日本でも一般的であるため分かりやすいと思うが、繰延報酬(Deferred Compensation)というのは米国に比べると日本では浸透度が低く、チョッと分かり難いかもしれない。

繰延報酬とはその名の通り、従業員(通常はオフィサーとかの高給取り)が役務を提供して月給とかの通常のサイクルで給与をもらう代わりに(というか通常の給与に加えてという方が正確かも)、報酬の一部を将来の何らかの時点で受け取るアレンジを意味する。目的はもちろん、課税を繰り延べるためだが、ここが難しい。

従業員としては単に「今年の報酬は3年後に支払います」という雇用者の口約束だけでは「本当にもらえるかな」という点で不安が残る。会社が倒産して原資がなくなってしまえば、いくらバランスシートに負債が認識されていてもタダの債権者になってしまう可能性があるからだ。

それではということで、原資を確保した形での繰延が好ましいことになるが、将来の支給が原資に裏づけされた形で確約されてしまうと、報酬を今受け取ることができないにも係らず、口約束以上の「財産」を受け取ったとして約束時点で現金も受け取っていないのに課税されてしまうこともある。報酬の受け取り自体が繰り延べられているのに、課税が繰り延べされないとしたら最低だ(従業員にとっては)。

したがって、繰延報酬プランを策定する際には、可能な限り「原資を確保」しながら、リスクは残して、実際に受け取るまでは課税されないようにするというのが基本的な考え方となる。

401(k)を含む米国税務上の適格プランであれば、原資を他の債権者の手の及ばないトラストに拠出する等の方法で確実に確保した形で、従業員への課税は実際の受け取りまで課税を繰り述べることができる。さらに原資を拠出する段階で雇用者としては損金算入が認められる。適格プランはこの点でとても優れている。しかし、適格とするにはいろんな条件を満たさなければならないし、報酬の受け取りを退職まで待たない場合にはそもそも退職金プランとはならない。

このように通常の米国内の取り扱いだけでも複雑な繰延報酬なだけに、長期グリーンカード放棄の際の規定は輪をかけて分かり難い。その部分を次のポスティングで触れたい。

謹賀新年2010

瞬く間に2009年も終わりを告げて2010年になってしまった。Y2Kで大騒ぎしてから10年というのは信じ難い。2010年は景気回復を含むいい年になって欲しい。個人的には米国税務サービスを通じて、一つでも多くの日本企業がアメリカまたはグローバルで成功する際の一助となり続けたい。

*2009年を振り返って

日本企業に国際税務サービスを提供する者として、2009年の一番のニュースは何と言っても日本の国際課税システムが米国型の「全世界課税」から外国子会社からの配当非課税を規定した「Territorial」システムに移行したことだろう。この制度変更により日本企業のグローバルタックスプラニングの機会、効果は従来と比較にならない域に達っしたと言える。しかし、その恩典を最大限に利用しようとしない日本企業が未だにかなりある点は不思議だ。

企業カルチャーとして税務プラニングのような「邪道」なことはしないと明言してしまうところもあるが、グローバルレベルでの競争を真剣に考えるのであれば、この分野である程度のプラニングもしないという選択はもはやあり得ない。GDPが中国に抜かれて第三位となるかもしれない2010年こそ、何とか日本企業のタックスプラニング元年として欲しい。

米国子会社からの配当は一定条件を満たせば0%源泉税という恩典もある。更に2009年末に発表された日本の税法改正では、タックスヘイブン税制に抵触する低税率国の定義が25%から20%に引き下げられている。これら諸々の新たな税法を諸外国の税法とうまく組み合わせることにより、効率のよいグローバルタックス管理が可能となるはずだ。税務効率がよく、かつ事業目的にも合致しているグローバルサプライチェーンの構築、資本借入率の見直し等、直ぐに検討できる項目が沢山ある。

米国税務的には、年の瀬にAll CashのD再編やSec.304の財務省規則が発表されたりした。この二つはぜひ近々に特集してみたい分野だ。

*2010年はどんな年?

ブッシュ政権初期に導入された大規模減税の多くの規定が時限措置であったが、その多くが2010年をもって失効する。どの規定が延命するか見ものであるが、政権・議会が民主党主導になっていること、財政が極めて苦しいこと、などからブッシュ減税で規定されている低税率を含む多くの規定が2010年をもって廃止されるだろう。

また、通常のIRAをロスIRAに変換する際、従来は所得制限が規定されていたが2010年は、1998年にロスIRAが創設されて以来初めて所得制限なしでロスIRAへの変換が認められる。このことから2010年には高所得者・資産家の間でロスIRAへの関心が高まるだろう。

オバマ政権の目指す医療保険改革の行方、特にそれに盛り込まれる税収確保の規定も注目度が高い。

以前から何回もポスティングしている「Carried Interest」をキャピタルゲインではなく、通常の報酬所得として課税しようという改正も実現するかもしれない。ただ、Carried Interestの問題が大きく取り上げられていた当時と比べると、Private Equity Fundの活動自体が下火になっているだけに今更って感じがしなくもない。

マイナーなところでは、非居住者の個人が申告書として使用する1040NRの5ページ目の質問が大きく改訂されており、この新様式での初の申告シーズンとなる。従来の様式では租税条約の恩典を開示する質問が「ECI」か「Non-ECI」かで分けられていたりと不必要に複雑だった気もする。この質問にどれだけの人がきちんと回答していたか興味深い。例えば、米国源泉の報酬を租税条約14条で非課税としていれば、ECIに係る金額となるが、本来は全世界所得で課税されるはずの米国外源泉の給与をTie-Breakerで非課税としていれば、そちらは「Non-ECI」となる。

というように税務オタクっぽい話題は益々尽きることはなさそうだ。今年もできるだけ多くのポスティングを心掛けるので、引き続きご愛読頂きたい。