Monday, July 30, 2012

スコティッシュパワー判例から学ぶ過少資本税制対策(1)

IRSは近年、過少資本の取り締まりにかなり注力している。米国の法人税率が世界一となる中、過少資本は無形資産の海外移転と並んで米国財務省が神経を尖らせている分野となる。逆に、多国籍企業が力を入れている分野と言い換えることもできる。米国における過小資本税制は後述するように判断基準が機械的でなく、また財務省規則も最終化できなかったという混沌とした歴史を持つ。

*タックスプラニングと過少資本税制

世界各国はもちろん各々異なる税率を規定していることから、多国籍企業はトータルで同額儲けるのであれば、その所得のできるだけ多くの比率を低税率国で実現したいと願うのは言うまでもない。

米国が高税率を規定しているため、米国多国籍企業は本国の課税所得を合法的に圧縮しようと長年努めてきている。その成果は米国多国籍企業歴代の決算書を紐解いていくと簡単に見て取ることができる。すなわち40%近い法定税率(州税を含む)で、かつ未だに全世界課税システムを持つ米国を頂点とする企業群のものとは思えない低い実効税率で決算書上の実効税率が終焉しているのに驚かされるだろう。

米国外からの米国投資ストラクチャーも、多くの国(日本以外全て?)の多国籍企業は基本的に米国ではビジネスで儲けた上、課税所得は何とかして圧縮するということを念頭に構築されている。日本企業に関して言うと、未だにこの点に関して工夫されているケースは少ない。製薬等の一部の限られた業界で若干先進的な動きが見られるが、一般的には、日本で海外子会社からの配当が非課税という恵まれた環境にあるにも係らず、グローバル・タックス・プラニングの世界では他国に大きく遅れを取っているのが現状だ。

*米国投資と借入金

ビジネスで儲けた後、米国の課税ベースを最低限とする、すなわち侵食する方法はいくつもあるが、代表的なストラクチャーに価値のある無形資産をできるだけ米国外におくことで、余計な利益が米国に還流してこないようにすると同時に多くの所得が低税率国に落ちるようにするというクラシックな手法がある。米国大手企業はハイテク、製薬ばかりでなく価値のある無形資産を持っているところでは既にやり尽くしている観のあるプラニングだ。

最近、新聞などでGoogle、GE、Appleが実践しているプラニング手法が取り上げられてお茶の間の購読者の注意を引いたかもしれないが、同様のプラニングはもう何十年も「全ての」米国多国籍企業が実践していると言っても過言ではなく、その意味で今更会社名を挙げられた企業も若干当惑気味であったであろう。Appleに至っては低税率国に眠る所得に対して敢えて多めの繰延税金負債(配当したとしたら米国で支払うことになるであろう税負債)を認識することで本当の実力よりも「高い」実効税率を演出しているという内容の報道を見たことがある。この辺りはイメージ戦略的な部分だと思われるが、確かにOccupy Wall Street系の若者の中にはApple製品をこよなく愛している者が少なくないと推測されることから、実効税率を巡る企業イメージは我々が思うよりも事業戦略として重要なのかもしれない。それにしても実力より高い実効税率を表示するなんてタックスプラニングでも余裕が感じられ羨ましい。

米国政府もこの無形資産の海外への移管に関する問題はもちろん承知していて、Excess ProfitsのSubpart F化その他の対抗策が検討されている。最終的には机上の空論でしかないと非難の多い(?)Arm's-Length基準を撤廃する位の勢いで移転価格税制を大改革しない限り問題の解決はないとまで言われており、米国財務省にとっての鬼門と言える。

無形資産と並ぶもうひとつ代業的なプラニングとして、米国オペレーションをできる限り借入金でファイナンスし、支払利息で課税所得を圧縮するという手段がある。米国多国籍企業が(大手会計事務所の国際税務部門が?)徹底的に研究してきた手法だ。もともと外国企業が米国に投資する際に実行し易いプラニングだが、驚いたことに(というか、当然予想されるように、と言うべきか)このプラニングを最もアグレッシブに利用しているのは「元」米国企業で現在では外国企業に変身してしまった「Inverted」法人だという調査結果が出ている。米国企業から外国企業に変身して、米国外所得の課税を大幅に低減した上、さらに米国事業から発生する所得ベースも圧縮してしまうという双方からのアプローチはただ「さすが」と言うしかない。

ここで当たり前のポイントだが、利息を高税率国に支払っては元も子もない。貸し手は低税率国にある関連会社となる。

この点、世界1~2位の税率を米国と争う立場にある日本という国に究極の親会社がある日本の多国籍企業は若干プラニング上のオプションが少ない。すなわち、日本から米国に貸付して、米国から利息を吸い取ったところで、日本で利子所得が課税されるので米国への節税効果を帳消し(場合によっては源泉税分持ち出し)なんてことになりかねないからだ。

そこで元々は日本で資金を借り入れ、低税率国の関連会社に日本から資本注入して、さらに低税率国から米国へのファイナンスしたり、さらにそのファイナンスをハイブリッドにしたりすることができれば、一つのファイナンスから二重、三重の税ベネフィットを得ることが可能となる。

実際のストラクチャー構築時には租税条約(特にLOB条項)、日本でのCFC課税等、慎重な検討が必要だ。また米国サイドで支払利息の損金算入に問題がないかどうかの検討も当然必要となる。この点に関しては大きく分けるとアーニングス・ストリッピング規定と過小資本税制の二つの検討が主となる。アーニングス・ストリッピングに関しては2007年11月の「Earnings Stripping Ruleの今後」というポスティングで触れているで詳しくはそちらを参照して欲しい。

今回のポスティングのテーマは過少資本税制となる。前置きが長くなったが次回のポスティングから実際に最近言い渡されたScottishPowerケースの判例を交えて米国の過小資本税制に関して書いてみようと思う。

Sunday, July 8, 2012

オバマケアは税法だった?(2)

前回のポスティングでは、6月28日に米国最高裁判所がオバマ政権のシグニチャー的な法律である「オバマケア」は合憲であるという歴史的な判決を下した点に関してその背景に触れた。今回は判決内容そのものに話しを移したい。

*今回の判決

前回のポスティングでも触れた通り、オバマケアの「国民全員に医療保険加入するよう」義務付けた部分(でないとペナルティーが課せられる)は「税法」と位置づけられ、したがって連邦政府の権限内であるという理由で合憲の判断が下された。また、勝敗を分けたのは浮動票で常にキャスティングボートを握るKennedyではなく、保守派守護神その人である主席判事のRobertsだった点も驚きだった。

なぜ保守派守護神のRobertsは裏切った(?)のか。これはRobertsの卓越したバランス感覚と知性の結果としか言いようがない。法律に携わる者にとって、最高の名誉・栄誉は最高裁判事となることだろう。一流法律事務所のトップパートナーになれば何倍もの報酬を得ることができるかもしれないが最高裁判事という名誉はお金では計れない。国中でトップのトップの弁護士から無期限の任期で選ばれる9人。その中でも主席判事は法曹界の頂点だ。Robertsももちろん超優秀な経歴をバックに主席判事として君臨しているが(ハーバードロースクールではLaw ReviewのManaging Editor!)、今回の彼の判断はRobertsを名判事として歴史にその名を残させることになるだろうというコメントが多い。来年以降のLaw Schoolの憲法論(Con Law…、Law Schoolに通った方ならその響きだけで胃が痛くなるのでは)の教科書では、古いJohn Marshalの判決などと並んで紙面を飾ることになるだろう。

もしもオバマケアが違憲とされたなら、米国経済は大きく混乱しただろう。また最高裁判所のクレディビリティーにも少なからず影響しただろう。そこでRobertsはプラグマティックな観点から法律そのものは合憲としておきながら、一方でイデオロギー的な観点からは連邦政府の権限を限定するという離れ業で難所を切り抜けることに成功した。

合憲とした判断の根拠は冒頭でも触れた通り、国民が医療保険に加入しない場合に課せられるペナルティー部分をタックスと位置づけたことによる。立法の段階ではオバマ政権はこれはタックスではないと主張して法制化した経緯があるだけにチョッと皮肉っぽくて面白い判断といえる。

また、このタックスという位置づけには更なるオチがある。今回の法律が合憲か違憲かという判断をそもそも最高裁判所で検討する権限があるのかないのかを決定する上で、これがタックスだとしたら、税徴収のための法律を無効とする訴訟を起こしてはいけないと規定する「Anti-Injunction」法に抵触していたはずだ。もしそうだとすると、事のメリットに係りなく、今回の訴訟はそもそも裁判所で争うことすらできないという理由でその場で却下されるべきとなる。この点に関してRobertsの判決は「議会がペナルティーという命名をしているので、タックスではなくAnti-Injunction規定には抵触しない」としている。その上で事のメリットを論じる段となって「これは実質タックスである」と豹変しているのだ。名判決とは不思議なものだ。

一方でイデオロギー的な部分だが、判決の中で連邦政府が通商条項を盾に立法を行う権限にリミットを設けている点、また州に対してMedicareカバレッジを拡大しない場合にはFundingを打ち切るというような権限はSpending条項下では認められないとしている点に見られる。Liberal派は通商条項に基づく権限限定に関しては反対意見を出しているし、一方の保守派は今後の判決にこの部分の判例を最大限利用するとしている。保守派は「連邦の権限を限定的なものとし、州政府と権限を分けるという米国憲法のストラクチャーを遵守して初めて個人の自由が保障される」としている。

つまり、判決内容をまとめると、タックスに基づく法律は連邦政府が税金を徴収できる権限がある以上、合憲となる一方で、通商条項、Spending条項に基づく連邦政府の権限は限定される、となる。今回の訴訟の争点であった国民が医療保険に加入しない場合にはペナルティーが課せられるという部分がもしも通商条項に基づくものであったなら、連邦政府にはそのような規定を制定する権利はないとされている。言い換えれば、連邦政府に「個人に民間企業(医療保険会社)と取引を強制する権利などない」ということだ。

またSpending条項に関しては連邦政府の希望する方向に州政府が行動した場合に、ご褒美としてFundingを与えることは合憲だが、希望の方向に州政府が行動しない場合にFundingをストップするという懲罰を与える権限はないとし、Medicare拡大に関してのペナルティー規定部分は違憲とされ、この部分のオバマケアは無効となった。面白いことにこちらの判断はRobertsを含む保守派判事5人だけでなく、民主党指名の二人BreyerとKagenも賛同している。Bush v. Gore判決以来のパーティーラインからの決別とも取れる最高裁判所の新しい姿を示しているようにも見える。

今回の判決の本当の勝利者は誰かという点は判決後に多くの議論を呼んだ。多くの連邦法は通商条項、Spending条項に基づいて可決される傾向にあることから、この観点から連邦政府は手詰まりとなることになる。大きな政府を嫌う保守派の狙う方向である。タックスに基づく立法は議会に権限はあるにしても、ポリティクス的には不評なものとなることから実質乱発するのは難しい。今回の判決がマスターピースと言われる所以はこの判決の見た目(民主党勝利)と実体(共和党勝利)が混在する点と言える。

もちろん、保守派にしてみれば違憲判決で大勝利を収めそこなったことに関してはやり切れない思いは残るだろう。なんと言っても浮動票のKennedyは違憲判断だったのだから。まさかRobertsお前が…という思いはあるだろう。でもそこは法治国家。最高裁判所の判決は皆尊重し、Move-Onしていくしかないし、していくだろう。この辺りは以前に書いたインドのボーダフォンケースにおけるインドの状況とは対照的だ。

今回の判決を、実は将来の連邦政府の権限を今までにないレベルまで限定するように仕組まれた一種のDecoyと捉えて納得する向きもある。一方でそんな複雑な意図はなく、これほど議会で討議されて可決された大型シグニチャー法を最高裁判所がパーティーラインの5-4で葬ってしまうことは社会からの信用、裁判所の独立性からも好ましくないという現実主義に基づくものだ、という意見もある。いずれにしても奥深い、複雑な判決であることは間違いない。

これでオバマケアの法律としての地位が揺ぎ無いものとなり、2014年から米国医療保険のあり方が大きく変わる。日本的に考えると世界一の経済大国に、そもそも医療保険がない国民が沢山居ること自体信じられないし、それを実現しようとしている法律になぜここまで多くの者が反対しているかも理解し難いかもしれない。保険に入ろうが入るまいがそんなことは連邦政府に決められたくない、というのがアメリカ風個人自由主義なのかも。New Hampshire州の自動車プレートには「Live Free or Die」とあるが、自己責任のない自由はなく、自由とは時に厳しいものなんだろう。いろいろと考えさせられる判決だった。

オバマケアは税法だった?(1)

去る6月28日に米国最高裁判所はオバマ政権のシグニチャー法と言えるAffordable Care Act(俗にオバマ政権によるヘルスケア法であることから「オバマケア」として知られている法律)は合憲であるという歴史的な判決を下した。オバマケアの中でも「連邦政府にはそんな権限ない」と訴えられていた「国民全員に医療保険加入するよう」義務付けた部分(でないとペナルティーが課せられる)はナント連邦政府には「税法」を制定する権利があるという意外な理由で憲法の下で与えられた連邦政府の権限内であるという判決となった。

オバマケアの行方に関しては国民全員に医療保険加入させる部分ばかりでなく、法律全体が違憲とされ全ての条項が無効となるShow-Downを予想する前評判が多かっただけに、オバマ政権にとってはさよなら逆転満塁ホームラン級のご褒美となり、逆に保守陣営にとっては信じられない逆転負けとなった、かのように見えた。しかし実際には事はそんなに簡単ではないのが今回の判決が「Intriguing」(日本語でいい表現がみつかりませんでした)なところだ。

今回の判決はその発表数ヶ月前から大きな注目を集めており、最高裁判所が休暇に入る最終日となる6月28日は朝早くから判決結果をいち早く報道しようというメディアの熱気ムンムンであった。しかも最高裁主席判事のRobertsが、一瞬、国民全員に医療保険加入を求める部分は違憲とも取れる論調でスピーチを始めたため、多くのメディアはフライングで「オバマケア違憲判決!」という速報を流してしまった。ホワイトハウスでこの速報を見たオバマ大統領は絶句していたと言う。

僕もたまたまミーティングからの帰りでNYのタイムススクエアの事務所に戻ったところだったが、42NDの交差点にある大きなフラッシュ電光掲示板には「違憲」というニュースが煌々と流れていた。予想していたとは言えやはり衝撃は大きく「ええ~やっぱり。アメリカどうなるんだろう…」と唖然とした。EY社内でも最初のBreaking Newsは「一部違憲!」という形で全社員にメールが流れたので、多くの者が「保険業界その他、これからどう対応するんだろう・・」的な反応を示したであろう。

ところが、保守系のオーディエンスおよび4人の保守系の最高裁判事が唖然とする中、Robertsは「医療保険に加入しない者に課されるペナルティーは税金の性格を持っており、連邦政府は税金を課す権限を持つことから、法律は合憲である」と読み進めたのであった。メディアでは当初のニュースの修正作業に追われ、ホワイトハウスも一転祝勝ムードに早変わりしたそうだ。

*キャスティングボートはナント主席Roberts本人

この判決のとても興味深い点は、大方の予想を裏切って、勝敗を分けたのは浮動票で常にキャスティングボートを握るKennedyではなく、保守派守護神その人である主席のRobertsであった点だ。Liberal派4人プラスRobertsによる主判決という異例のアライアンスとなった。日本に居るとその感動は理解し難いかもしれないが、Robertsのこの判断は歴史に残るマスターピースとなると言われている。

*二つのイデオロギーと最高裁判所の構成

アメリカの政治は二大政党に基づくものだ。もちろん、独立党の動きはたまにあるし、保守派の中でもより憲法に忠実で個人の権限を最重要視するLibertarianのような思想は二大政党政治の枠外と取り扱われてもおかしくない。しかし現実には保守の共和党とLiberalの民主党の二つのイデオロギーの戦いが続いている。民主党のクリントン、共和党のロムニーは各々の政党の考え方は基本的に踏襲しながらも中道路線を行くタイプなのに対し、ブッシュ(ジュニア)というかその裏のチェイニーとかはかなり右よりの保守となる。

なにが保守で、何がそうでないのか、という点は分かり難い部分もあるが、代表的な部分で行くと、銃規制反対、中絶反対、キリスト教に近い価値観、小さな政府で低税率、というところが保守の価値観だろうか。すなわちこれの反対がLiberalとなる。もちろん、国民一人一人は「政府は小さい方がいいけど、銃は反対」とか「銃は自分の身を守るために絶対自由に持ちたいけど、政府はできるだけのことをして国民の生活を守って欲しい」とか、全ての価値観に関して一方の政党と完全に共感しているとは限らない。また小さい政府と言っても、必ずしも全て個人任せという感覚(Libertarianはこれに近い)よりも、「連邦」政府の権限は限定しておいて、後は国民により近い存在である州政府に任せるという感覚が強いような気がする。

この辺りの詳しい話しは米国憲法論になるので全て網羅できないが、米国の法律を扱う上の基本中の基本は「連邦議会・政府は限定的権限」のみを持つという点だ。すなわち、州がDefaultであり、連邦憲法で明確に規定してある事柄のみ連邦議会・政府は管轄してよいことになる。憲法に規定されていないことを連邦議会が法制化した場合、それは違憲となり無効となる。この判断をするのは裁判所の役割だ。国全体で管理せざるを得ない国防、移民等の分野はもちろん連邦に委ねられているのだが、連邦議会は他にも多くの法律を通している。連邦議会が法律を制定する上で一番便利な憲法条項に「通商条項(Commerce Clause)」というのがある。これは州間で行われる通商に関しての法律は連邦議会で法律を制定してもよろしいというもので、Due Process条項と並んで広範な法律を制定できる拠り所となっている。例えば、州の法人税計算は、自州の者だけ有利に扱ってはいけないとか、配賦計算をしないといけないとか、また 物販に係る勧誘行為のみを州内で行う者に州は課税できないとか、諸々の法律を連邦議会は通商条項下で制定することができる。しかし、言い方次第で間接的にはほぼどんな法律でも州間の通商に関係するように結び付けることができるため、通商条項は連邦議会にとって便利な条項となる。銃規制とかまでも通商条項に基づいて行おうとしたりすることになる。

連邦議会の権限が大きくなればなるほど連邦は「大きな政府」となる。これは保守派の嫌うところであり、連邦政府の権限拡大は個人の自由を制限すると受け取られる。そこで機会があれば通常条項の利用にも歯止めを掛けたいと願う。また、Roe v. Wadeで示された連邦による中絶容認(一定の期間まで)判決は、保守派から見ると本来、連邦議会・政府の出る幕でない分野に連邦が首を突っ込んでいるという見方となる。今でも大統領選挙で大きな議論となるのは、候補者がRoe v. Wade判決をどう思うかという点だ。CBSニュースのKatie Couricとのインタビューで重要な最高裁判所の判例を挙げることができなくて恥をかいた(読んでる新聞の名前を一つも挙げられなかったのもショッキングだったが)あのサラ・ペーリンでもRoe v. Wadeは知っていた。

連邦の法律が違憲かどうかは独立した司法権を持つ裁判所(究極的には最高裁判所)が下すのだが、最高裁判事を指名するのは欠員が発生した時点の大統領(議会の承認は必要)となる。したがって指名が必要となった時の大統領が共和党なのか、民主党なのかで指名される判事の持つイデオロギーは極端に異なる。現状の最高裁判所は共和党大統領に指名された保守派が5人(Roberts、Scalia、Thomas、Alito、Kennedy)と民主党大統領に指名されたLiberal派が4人(Ginsburg、Breyer、Sotomayer、Kagan)となる。ただしKennedyはレーガン大統領に指名された割にはバリバリの保守という感じではなく、彼の下す判断には強いイデオロギーは感じられない。一方、Scaliaなんかはイデオロギーの塊のような人だ。この陣容から分かる通り、今の最高裁判所は保守派有利であり、それだけに、大きな政府の象徴で個人の権限を侵すとも取れるオバマケアの違憲判決には保守派が大きく期待するところであった。判事の構成からも前評判は「おそらく違憲だろう・・・」というものであった。5人の保守派判事が民主党政権のシグニチャー法を一刀両断(!)という世紀末的なシナリオがまさに現実になろうとしていたのだ。

このように、米国の国としての方向、価値観を決める上で最高裁判事の構成は極めて重要だ。また最高裁判所ばかりでなく米国全土の裁判所にどのようなイデオロギーを持つ裁判官がいるかで国民の生活は大きな影響を受ける。大統領選挙とか州議員の選挙に比べて一般的に興味が低いと言える裁判官の信任投票は実はとても大切なプロセスだ。どのような裁判官を法廷に送り込むかという点にフォーカスして活動している団体もあるらしい。この辺りはJohn Grishamの小説「The Appeal」に生々しく描かれているので興味があれば読んでみると面白いだろう。長くなってきたので今回の判決そのものに関しては次回のポスティングで触れたい。

Tuesday, May 29, 2012

Facebook, Inc.上場と創業者利益

Facebook株式のNASDAQ上場は世紀の大型上場として上場前後に大きな注目を集めていた。上場後に株価が38ドルの上場価格から下落したことでインベストメントバンク、経営陣、またシステム障害を起こして上場初日の売買処理に支障をきたしたNASDAQに対する批判的な報道が相次いでいるが、何か目に見える物を製造したりしているような事業でないだけにその事業価値の評価は難しいだろう。

ちなみに僕が所属するErnst & Young(EY)はFacebookの監査人だが、今回のポスティングの内容は全て公にされているデータに基づくものである点一応お断りしておく。上場前には社内メールで「(監査人独立性の観点から)株式を買ったりしないように!」と当たり前の注意が入っていた。チョッと宣伝させてもらうとEYはハイテク、SMN系の産業には滅法強い。Google、Apple、インテルという大御所を監査クライアントに持つばかりでなく、Facebookを含むSMN系のクライアントの多くもEYの監査クライアントだ。余りに強いのでSMNという新しいビジネスに適用される会計処理法を決めているのはEYだというような揶揄が確かFortune(もしからしたらForbus?)に載ったりしているのを目にしたことがある。

*上場とストックオプション

今回のFacebook株式上場はその規模で他を圧倒する。会社の時価総額は1,000億ドル(80円換算(以下同じ)で8兆円!)を超えると評価され、上場でFacebookは160億ドル(1兆3千万円)を調達した。

その規模故に税務面でのインパクトもかなり派手だ。上場前にSECに提出されている文書を見ると創業者であるMark Zuckerbergは1億2千万株におよぶストックオプション(全て権利確定済み)を行使するとされる。オプション行使のタイミングは明確ではないが、オプション行使権が失効するのが2015年となっていることから、上場時に行使される可能性は高い。

オプション行使価格(一株を取得するのに必要となる支払額)はナントたったの「6セント(0.06ドル)」だそうだ。仮に上場価格(38ドル)で行使したとすると、オプション所得は46億ドル(3,600億円)となる。

ここでストックオプションに対する米国税務上の取り扱いに簡単に触れておくと、オプションはISOと呼ばれる適格オプションと、そうでないもの、すなわち非適格(NonqualifiedのStock OptionなのでNQSOと略される)オプションに区別される。ISOは日本の適格オプションがそうであるようにいろいろな条件が付くが、今回のFacebookのような巨額のオプションがISOになるはずもなく、Zuckerbergが付与されているのは当然NQSOとなる。

NQSOは行使時と株式売却日各々で課税関係が生じる。まず、行使時点ではスプレッド、すなわち上の例で言う46億ドル、が給与所得扱いとなる。給与なので雇用者側では同額が損金算入される。その後、オプションを行使して取得した株式を売却すると、行使時点の時価(今回の例だと46億ドル、行使価格が低すぎるのでほぼ時価=スプレッドとなるため)を簿価としてキャピタルゲイン・ロスを認識することとなる。

これらのことから、株価が上場価格前後で推移している時点でオプションを行使すると仮定すると、Zuckerbergは46億ドルの給与所得を認識し、それに対する連邦所得税として16億ドルを支払うことが予想される。おそらく1人の個人納税者からの徴収額としては全米新記録ではないだろうか。Zuckerbergがシリコンバレーのあるカリフォルニア州の居住者であると仮定すると(以外に本人はネバダのHome Officeにしかいなかったりして?)カリフォルニア州所得税だけでも4億ドルに上る。更に給与扱いなので社会保障税FICAの対象となる。公的年金部分は基本給だけで課税標準の上限に達しているだろうから、老齢年金のMedicare部分だけとしても更に1億ドルだ。さすがにFacebook創業者ともなるとスケールが大きい。

基本給と言えば、とてもModest(?)で「僅か」150万ドルだそうだ。しかも本当の給与は50万ドルとオプション所得に比べるとかなり庶民的で、残りのほとんどは社有ジェットの個人使用分(友人と一緒に飛んだりしている部分)、個人のファイナンシャルプラニング費用を会社が支払っている金額、等のみなし給与が占める。会社負担のZuckerbergの身辺セキュリティー(護身)費用は会社のベネフィットのために提供されているということで個人のみなし所得とは取り扱われていないと言われている。同じ身辺セキュリティー費用でも、アマゾンのJeffrey Bezosが全てみなし給与として取り扱っているのと異なり興味深い。ちなみにBozosはほとんど給与を受け取っておらず、開示されている年収のほぼ全てがセキュリティー費用のみなし給与だと聞いたことがある。

更に面白いことに2013年からのZuckerbergの年棒はナンと1ドルだそうだ(プラス実際にはジェット使用、その他のフリンジベネフィットで給与扱いとなる分)。46億ドルのオプション所得があれば1ドルの給料でも喜んで働きたくなるだろう。

*源泉徴収義務

46億ドルは税務上、給与所得と位置づけられることから、通常の給与同様に(金額は大分違うけど)源泉徴収の対象となる。NQSOから発生する給与所得に対する源泉徴収は実際に現金で会社が給与を支給する訳ではないので、天引きの対象となるキャッシュがないというメカニカル的な問題が発生する。

通常であればオプションを行使する者から現金を拠出させるか、または会社が一時立替をすることもある。今回のケースでは上場が絡んでいるので変な立替はSECのルールに抵触したりする可能性もあり、どのように源泉税をファイナンスするかかなり興味深い。もしかしたら、上場をアレンジしたインベストメント・バンクがオプション行使にも関与していて何らかのファイナンスを付けるのかもしれない。

*株式売却のタイミング

オプションを行使しただけではZuckerbergの手元に現金は残らないのでその後、株価のタイミングを見て市場に放出されるだろう。放出のタイミングは株価への影響もあるのでインベストメント・バンクのアドバイスがかなりの影響力を持つはずだ。一時は$50なんていう話もあったが、現時点では上場価格の$38に戻るかどうかというレベルなので、キャピタルゲインを狙うのはもう少し先の話となりそうだ。いずれにしても、2012年以降には個人所得税率アップの可能性もあり、現時点で給与扱い部分の金額はロックしておき、将来的な株価アップ分はキャピタルゲイン税率(こちらも現時点では15%だが2012年以降は20%となる可能性も)を狙っていくことになるだろう。

株価が冴えないので、ショートポジションを取っておくなんてことはInsiderなので法的に認められないはずだが、まさかデリバティブを利用して・・・、なんてことはあるのかも。

*雇用者側への影響

上述の通り、給与所得に相当する46億ドルは雇用者であるFacebook, Inc.にとっては損金算入費用となる。SEC提出文書によると、創業間もない企業としては大きな利益を上げていると言えるFacebookだが、さすがに創業者一族がオプションを行使した場合にはそれに匹敵する課税所得はなく、結果としてNOLに基づく法人税の還付が発生すると予想される。還付額は5億ドルに上る可能性があると開示されている。

とてつもない金額の所得、費用となることから早速「オプション行使に基づく給与所得の損金算入には上限が設けられるべき」とか「巨額のオプションを持つ場合には、株式時価との差額の一部をMark-to-Marketで即刻課税してはどうか」というような「Zuckerbergタックス」案を提唱する者が現れている。金持ちとか権力者をターゲットにする法案の話しが庶民に受けるのは古代ローマ時代から変わりがないようだ。

それにしても2004年に文字通り学生寮の一室から始まったスタートアップがこのような化け方をするとはアメリカンドリームも未だ健在と言えるかもしれない。

次回はFacebookシリーズ第2弾で上場利益を享受する前に米国タックスから逃れるために市民権を返上してしまった方の話に触れたい。

Sunday, April 22, 2012

米国非居住者銀行口座ついに開示へ

米国「非居住者(=Nonresident)」が米国に銀行口座を開設してそこから受け取る利子所得に対して、銀行側には長らく米国で何の報告義務もなかった。これは米国「居住者(=Resident)」が米国の銀行口座から利子所得を受け取る場合には、Form 1099でIRSにその金額が報告されるのと対照的だった。これはウッカリそのような仕組みになっていたのではなく、非居住者がアングラマネーを米国に持って来易いように敢えて報告義務を規定していなかったといってもいい。この背景は2009年8月のポスティング「スイス銀行の匿名口座と米国の二枚舌」で触れているので参照して欲しい。

しかし、2012年4月17日(2011年の個人所得税申告期限!)に財務省規則が最終化され、「ついに」この聖域にもメスが入ることとなった。

*非居住者の米国銀行預金

アメリカはここ何年もCapital Importerという立場にあるが、税法上も外国人が簡単に米国にお金を持ってこれるような援護射撃が規定されている。例えば、非居住者が米国居住者にお金を貸して利息を受け取ると(非居住者による米国事業に関連する利息ではないという前提で)、租税条約の恩典対象とならない限り利息の支払いには30%の源泉税が課せられるというのが原則だ。しかし、この原則には例外があり、非居住者は大半の利息を実際には源泉税ゼロで受け取ることができる。

まず、非居住者が米国の銀行に預金をして受け取る利子所得は米国内国法で非課税と規定されている。すなわち租税条約の有無に係らず米国で課税されず、当然、源泉税はゼロとなる。また、銀行以外の米国居住者が非居住者から借入を受けて、その借入に対して支払う利子に関しては多くの局面で「Portfolio Interest」という位置づけとなり、こちらも内国法で源泉税ゼロとなる。Portfolio Interestなどと言うととても難しい条件を満たさなくてはいけないのでは、と思われがちだが、実際には債権・債務者間の簡単なペーパーワークに基づき、元本・利子に譲渡制限を掛けることでRegistered Formとなり、Portfolio Interestの条件を満たすことができる。日本企業的にこのPortfolio Interestに馴染みがないのは、親子会社間ローンのように貸し手が10%以上の株主(トータル議決権ベース)の場合には適用が受けられないからだろう。また、貸し手が銀行の場合にも適用がない。

上述の通り、非居住者が米国の銀行に預金しても利子所得は米国では課税されないため、米国からみると確かに利子の金額をIRSに報告しても余り意味はない。一方で、外国の税務当局からしてみると、自国の居住者が米国の銀行に預金をしても、その実態が分からないことから、脱税の温床となっているのではという懸念があり不満が燻っていた。米国居住者がスイス銀行の匿名口座に預金をしてもIRSが実態が分からないとしてIRSが文句を言って法的措置を取ったりしている状況の裏返しだ。米国が影のタックスヘイブンと揶揄される一因である。

*非居住者に支払う利子の報告義務

IRSは財務省規則を最終化すると同時にRev. Proc. 2012-24を発表して2013年から米国の金融機関が非居住者に支払う利息をForm 1042Sで報告する義務を規定した。

財務省規則によると報告の対象となるのは、米国が租税条約その他で情報交換協定を持つ91カ国の居住者に支払われる年間合計$10以上の利息となる。日本も当然この91カ国のひとつだ。

報告対象となる国が規定されていることから、金融機関は口座開設者の居住国を把握する必要がある。この点に関してはForm W-8BENに記載される口座開設者の外国住所の情報を基としていいとされており、別手段で情報を収集しなくてはいけないという負荷はない。ちなみにW-8BENとは口座保有者が口座開設時に「自分は米国非居住者です」と金融機関に告知する様式で、口座開設時には「居住者です」という告知となるW-9かW-8BENのいずれかを提出する必要がある。居住者->非居住者、非居住者->居住者のように居住身分が変わる際にもどちらか適切な様式を提出して金融機関に告知する必要がある。

*報告義務の背景

今回の報告義務の最終化は過去何10年にも及ぶ開示に対する賛否両論の議論に終止符を打つことになるが、このタイミングで非居住者への支払利息の報告が法律化されたのは米国が急に他国の税務当局の徴収努力に同情を示した訳ではない。

米国はFATCA法とか、スイス銀行に対する法的措置、とかを通じてオフショアに隠されている米国市民・居住者の情報収集に躍起になっている。一方で米国自身が他国に対して同じ情報を提供できずに実質タックスヘイブン化している状況では、今後の情報収集が思うように行かない。という訳で、例によって自己都合を背景にこのような結果になったと言える。FATCA法に至っては、外国の金融機関に米国市民・居住者の口座情報の報告を求めるという世界中で大きな負荷を課しているだけに、米国本人が他国からのアングラマネー流出を恐れて情報収集ナシという状況はさすがに不整合にも程があると判断したのだろう。

さらに米国「非居住者」口座には相当数の米国「居住者」が非居住者になりすまして開設しているものがあると言われている。この問題に関しては2000年前半から源泉税徴収に係る規定の強化で臨んできたが、今回の報告義務も合わせてこちらの取り締まりもしたいという側面もある。

理由はともあれ、隣国のメキシコのように、米国に眠る自国アングラマネーの存在を長らく探索してきた外国税務当局にとってはグッドニュースとなる。

Sunday, April 15, 2012

ネットジェットはコマーシャル・ジェット?

アメリカでは都市間の移動の主たる手段がジェット機となる。国土が広大なので多くの都市間で他に実効性のある交通手段があり得ないのに加えて、新幹線のような高速鉄道が少ないことからチョットした距離の移動も直ぐにジェットでということになる。普通はコマーシャルジェット、すなわち航空会社が飛ばしている飛行機を予約して移動ということになるが、空港でのセキュリティーライン、遅れ、いまいちのサービス、狭い席とかいろいろと不便が付きまとう。そこで富裕層はプライベージェットを利用することも多い。

プライベートジェットと言っても会社が保有している(または契約している)ものをオフィサーのような従業員が社用で使うものと、本当に個人で所有しているのを好きに使うもの、でチョット意味合いが違う。会社が保有しているものを使用する場合には、個人使用部分があるとみなし給与となってしまう。また、Private Equity Fundに買収されるような局面では無駄な費用として会社所有のジェットがなくなってしまうようなケースもある。PE Fundのパートナー自身がプライベートジェットで飛び回っているのに、買収対象となるPortfolio Companyにはそのようなパークを認めないという話しに矛盾がないか、という問いに対してPE Fundパートナーは会社のジェットを使用しているのと、自分で個人的に買ったジェットに乗っているのでは本質的に性格が異なる、という回答をしているのを聞いたことがある。確かに、税引後のネット所得で自家用ジェットを購入している人たちは本当にリッチな方たちだ。

*NetJets(ネットジェット)

米国にネットジェットという会社がある。この会社はプライベートジェットの「部分的所有(Fractional Ownership)」という仕組みを確立させた先駆者的な会社で、現在ではあのWarren Buffet氏のBerkshire Hathawayの子会社である。Warren Buffetが、ネットジェットを数年利用してとても気に入ったので会社を買収してしまった、という豪快ないきさつは良く知られている。自分で価値の分かるものに投資するというWarren Buffet投資コンセプトのいい例だろう。

このネットジェット、自分で一機プライベートジェットを買ってしまうよりもコストメリットがあるのと、メンテナンスその他煩雑な手続き一切をネットジェット側で面倒を見てくれるのでとても人気があるようだ。利用する側はジェット機の全体を100としてその何%を所有するかにより相当のコストを支払う。最低%は全体の1/16で、購入した%に準じて年間に利用することができる飛行時間が設定されている。ちなみに16%だと年間飛行時間50時間だそうだ。ロサンゼルスとニューヨークの往復に換算すると約5往復だ。最低%の購入には約$400,000(3千万強)必要とされる(プラス月極めの費用が発生)。またネットジェットで部分持分を買ったオーナーが飛行時間を「ばら売り」することもあり、25時間の飛行時間が約$130,000と言われている(もちろん機体の種類等でかなりのバリエーションがありそうだが)。

もしネットジェットを持っていたら何に使うだろうか?といったしょうもない空想にふけるのは意外と楽しい。ロサンゼルスとニューヨークの往復にコマーシャルジェットを利用する代わりに使うかもしれないけど、ネットジェット持ってる位だったらもうそんなにいつも行き来して仕事する必要もないかも(それでもやってそうな感じが怖いが)。もっと気の利いた使い方としては、金曜日の仕事が終わった後、ニューヨーク郊外の小さめの空港からいきなりミラノにでも飛び立ち、土曜日の朝到着した後(プライベートジェットなので睡眠はバッチリ取れているという想定)、Duomoの近くの奥まった路地のPizzeria/Ristoranteで美味しいイタリアンなんて味わえる展開になったら最高だ。タコのサラダ(ポテトが入っているやつ)とシンプルなパスタまたはニョッキでも食べて、レモン風味のジェラートのデザートみたいな簡単なランチがいい。その後プラプラ散歩して北上し、Turay辺りのまたしても奥まった路地でカフェに立ち寄って一休した後、時間があれば一気に中央駅からユーロスターのテスタロッサじゃなくて「Frecciarossa号」の豪華なFirst Classで週末のうちにフィレンツェ位までは足が伸ばせるかもしれない(僕は別にToreitaliaのエージェントでも何でもないがあの電車は格好いい、特にPremier、First、Executiveクラスの内装。性能とかはよく分からないけど東海道新幹線にもあれ位の雰囲気のを走らせて欲しい)。で日曜日の遅くに向こうを出て、また月曜日からニューヨークで仕事。でもそんな身分だったら月曜日に慌てて帰ってこなくてもいいかも。夢は広がり過ぎるが、それでもどことなく現実に戻ってくるところが何とも言えない。

*ネットジェットとタックス

そんなネットジェットがIRSとタックスでもめていた。米国でコマーシャルジェットを飛ばしている航空会社は乗客チケットに7.5%という外形課税形式の税金、いわゆる「チケットタックス」を支払っている。一方でプライベートジェットのオーナーに同様のタックスはないのだが、IRSはネットジェットがオーナーから受け取るFeeは実質コマーシャルジェットのチケット代に当り、同様のタックスを支払うべきという考え方で追徴を突きつけていた。

ネットジェットのオーナーはプライベートジェットの部分的な持分を買い取った上で、ネットジェットとサービス契約を締結し、飛行機のメンテナンス、パイロットの雇用、その他ジェットを保有する際に必要となる手続き一切の面倒をネットジェットにみてもらう。そのサービスに対しては月極めのサービス費用をネットジェットに支払う。さらに実際にジェットを使用する時間に応じてOccupied Hourly Feeというのが課せられる。過去の判例に、このOccupied Hourly Feeにはチケットタックスが課せられるというのがあるようだが、IRSはそれだけではなくネットジェットが受け取る全ての月極め費用もチケットタックスの対象となると主張し、3億5千万ドル(80円換算で280億円)の追徴を決めていた。ネットジェット側は月極めの費用はチケットタックスからは除外されるべきだとして法廷での争いが繰り広げられていた。

それがこの2月14日に議会からネットジェットへのバレンタインデーギフトとして「Federal Aviation Administration Modernization and Reform Act」が可決され、ネットジェットのようなプライベートジェットの部分持分に基づく飛行はチケットタックスの対象にはならないという修正というか確認がなされた。この条文の立法により、実質ネットジェットのポジションが指示されたことになる。ネットジェットを含むプライベートジェットのオーナーはその代わりに(かなり格安の)燃料タックスの上乗せを支払うという規定となった。チケットタックスは飛行の価値に7.5%だったのが、燃料タックスの上乗せ金額は飛行で使う燃料ギャロン当り14.1セントとなる。

*ロビー活動

ジェット部分所有に適用されるチケットタックスというかなりニッチな話であるにも係らず、メディアでこの話しが大きく取り上げられたのは、この立法に漕ぎ着けるためにネットジェットが$250万ドルを費やしてロビイストを動員して議会を動かしたという点だ。

Warren Buffet氏は「金持ちがミドルクラスと比べて相応の税金を支払っていないのはおかしい」というコメントでミドルクラスから尊敬されている存在なだけに、その彼が間接的に持っている子会社がロビー活動にこれだけの金額を使って自己に都合のいい法律を制定させてしまったとは見損なった、という揶揄する論調がメディアには多かった。実際には単なるオーナーであるWarren Buffetが今回のロビー活動をどれだけ知っていたかもよくわからないし、金持ちが相当の税金を支払っていない法律がおかしいというのが彼のコメントの趣旨であって、いち株式会社であり、多数のジェットオーナーを抱えるネットジェットとしては合法的に支払うべき税金またはチケットタックス以上のものを支払う義務はないし、これでWarren Buffet氏の志が低くなった訳でも何でもない。

ただ、以前に触れたGEによるActive Finance Exceptionのケースも同様だが、パワーと資金があれば議会を動かして便利な法律を制定してもらうことができるのは確かなようだ。

Saturday, April 14, 2012

ボーダフォン・ケースと法律の予見可能性(2)

前回のポスティングでインドにおけるボーダフォンの税務問題を話し始めたが、今回はその続きだ。

*ボーダフォン・ケースの概要

ボーダフォンのケースではいくつかの事業主体が登場する。舞台はタックスのケースに相応しくオランダとケイマンだ。判例その他を読んでも全容が掴み難い部分があるが、簡単にReconstructしてみると次のようになる。Vodafone International Holdings BVという英国Vodafoneのオランダ子会社がハッチソン・ワンポアグループのケイマン法人であるHutchson Telecommunications International Ltd.からCGP Investments Holdings Ltd.の支配権持分を有する株式を110億米ドルで買収したというのが問題の取引となる。このCGPもケイマンの法人であり、多国籍企業の組織上、いかにオランダとかケイマンの法人が多用されているかという点がこのケースをチラッと見ただけでもよく分かる。ボーダフォンはこの買収を通じてCGPが保有するHutchson Essar Ltd.の支配権持分をボーダフォンが入手したことになるが、このEssarという法人はインドで携帯電話事業を展開しているところである。したがって、基本的な絵図としてはオランダ法人とケイマン法人というインドから見たら外国法人同士でケイマン子会社株式の買収があり、その買収の対象となったケイマン企業がその傘下にインドで携帯電話事業を行っている子会社を持っていたというものだ。

インド税務当局はこの買収の対象となったケイマン法人の価値はインドの事業資産に基づくものであるとして、インドで課税対象取引となると認定した。さらに、納税義務を負う者としては、110億ドルの買収対価を支払った側に「Tax Deduct at Source」すなわち源泉徴収義務があったとして、ボーダフォンに追徴をしようとした。キャピタルゲインを認識したのは売り手側であるが、追徴のターゲットとなったのはボーダフォン側であった。ここの部分はおそらく売り手であるハッチソンに課税はしたいけれど、取引に関与している法人がケイマンだったり、究極の親会社が香港だったりとインドで取立てを執行する管轄権が及ばないからこのような形になっていると考えるしかないだろう。ボーダフォン側は取引を実行したのはオランダ法人で取引の対象そのものはケイマン法人だが、インドの携帯事業がインドにあるのでインドに大きな資産を持っているため、徴収が可能と見られたのだろう。

これがかなりのストレッチされた課税であることは、同じパターンを米国とか日本に当てはめてみると分かる。例えば、日本企業が香港法人からその香港法人のケイマン子会社を買収したとする。更にそのケイマン法人がアメリカで事業展開する別子会社を持っていたとする。インド税務当局の理論をそのままこの仮の取引パターンに当てはめると、米国IRSが日本企業に対して、ケイマン子会社を下に辿っていくと米国の事業に行き着くので、香港法人がケイマン子会社を売却して得たキャピタルゲインは米国で課税対象だと言ってきて、さらに買収代金を支払った際に米国の税金を源泉するべきだったと主張して日本企業を課税する、というようなことになる。そもそも自国の法人の株式でも(不動産持分法人とか特定の例外は別として)外国企業同士の買収でキャピタルゲインが出ても課税しないのが一般的である中、外国法人同士の外国法人株式の売買に関して、自国の資産にその価値をトレースして課税してしまうという、今回のインド税務当局の課税はかなりレアな考え方と言える。

*最高裁判所の判決とインド税務当局の対応

この追徴課税に対してボーダフォンは法廷で争い、前回のポスティングで書いた通り、最高裁判所はインドに課税権はないと判断している。

ところが最高裁判所の判決を受けて、インド税務当局および財務省はボーダフォン同様の取引を課税扱いできるような法律の修正をナンと「1962年まで過去訴求して」修正する案を公表した。最高裁判所の判断に真っ向から対抗するばかりでなく、1962年まで遡ると言う過激な案に外資系企業はかなりビックリだろう。せっかく最高裁判所の判断で事が明確になったと思った矢先だ。インド財務省は「技術的には1962年まで遡ることができるが、過去6年を超えては課税関係のオープンするつもりはない」と「公平感(?)」を宣伝しているが、ボーダフォンケースは6年の視野に入るため、不公平感は当然全く払拭されない。

法律の改正は過去訴求しないとうのが大概のケースでの前提となるが、今回のインド財務省の対応はもともと国際課税ルールに照らし合わせてみてもかなり無理がある課税権を主張し、最高裁判所で敗訴し、それを受けて50年も過去訴求して法改正を試みようとしている、と言うもので、そうなるともう何を信じていいか分からない(=予見可能性の低い)状態に近い。

インフラ分野その他で今後ますます海外からの投資が盛んになりそうなインドでこのような法案が提出されてしまうと、投資しようと思っていた海外企業にもかなりの冷却効果があるだろう。現に各国の多国籍企業は今後のインド投資プランの再検討に入っていると言われているし、先進国の財務省からも落胆的なコメントが出されている。せっかくBloombergのGlobal Pollなんかでトップ3位の魅力的な投資先にランクされていたりするにも係らず、ビジネスのやり易さに関しては世銀のレポートでナント134位というとてつもなく低いランキングとなっているのも税法を含む法的その他の環境が難しいからだろう。あのエンロンもかつてインドの発電所建設で相当苦労したという話もあるし。

今後、法改正が提案通りに可決されるのかどうか分からないが、税務システムは予見可能性が高くないと結局はその国が一番の損をすることになるだろう。またFIN 48とかの税務を巡る会計処理もある程度の予見可能性がないと最終的な分析結果が出ず実質機能しないことになる。各国いろいろな個別事情があるとは言え、法律の適用には透明性の確保が望まれる。

ボーダフォン・ケースと法律の予見可能性

ボーダフォンと言えば英国を拠点とする巨大な携帯電話会社で世界中で携帯ビジネスを展開している。日本でもその名はよく知られているし、本拠地ヨーロッパでは街のあちこちにWindとかのいい感じの名前の横にボーダフォンの名前を掲げた店舗が目に付く。一方で米国ではボーダフォン・ブランドは余り知られていない。ボーダフォンはVerizonの大株主ではあるが、VerizonはVerizonブランドで携帯ビジネスをしているので一般の人にボーダフォンの名前は浸透していない。多分その辺のゲームおたくの中学生に聞いても名前を知らないだろう。以前にAT&T買収合戦を演じて一時名が売れたが、この買収劇、最終的にはCingularグループに軍配が上がっている。

そう言えばその昔Cingularの携帯使ってた時しょっちゅう途中で携帯が切れたが、AT&Tが今でもしょっちゅう切れるのはその流れかも。今ではiPhoneでもキャリアーが選べるようになってVerizonネットワークが利用できるので安心だが、AT&Tしか選択がない時代は辛かった。iPhoneとは別にVerizonが使えるBlackberryを持ち歩いて大切な電話はそちらでコールインするという本末転倒な状況だったからだ。AT&Tは地域によってはいいのかもしれないけど、マンハッタンの真ん中で全然ダメだったり、ロサンゼルスのFwy 405走っている最中に何回もドロップされたり、肝心の飛行場で通じなかったり、と個人的に使うことが多い局面で頼りにならなかった。

JFK空港のアメリカン航空のターミナルに昔、大きなビルボードがあり「幻の大陸、アトランティスが今日存在したならば、AT&Tが(携帯ネットワークで)カバーしていただろう(原文はもちろん英語)」と宣伝されていた。ところが、そのまん前でAT&Tを使うと携帯の入りが悪く困ったことがある。アトランティス大陸はいいから、それよりもマンハッタン、JFK、ロサンゼルスのフリーウェイとか基本的なところをまずは押さえて欲しかった。

*法律の予見可能性

インドの税制が外国からの投資に関して仮にUnfriendlyであるとしてもそれを最初から知っていて外国企業がインドに投資しているのであればそれはビジネス判断であり、予想通りに課税されてAfter-Taxの所得が圧縮されていても「想定の範囲内」であれば誰もが納得できるだろう。もちろん、外国企業にとって不利な税制が規定されていれば、限られたキャピタルで高い投資効率を求める多国籍企業がどの国に投資するかという意思決定をする上でその国にとって不利となるのは言うまでもない。

しかし、長期的に更にたちが悪いのは、どのように課税されるかという予測が困難なケース、すなわち法的な取り扱いに関して予見可能性が低いケースだと言える。これは法治国家として致命的な欠点であり、外国企業からの投資意欲を低減させる大きな一因となり得る。

日本の税法も外国から見てると、その適用に関して予見可能性が高いとは言えないケースもあり、長期的な日本の発展を考える上でこの点は改善が望まれると個人的には感じている。例えばのケースだけど、米国のLLCとかLPとかを日本の税法上どのように取り扱うかという点に関していくらなんでもそろそろ日本全国で分かりやすい尺度を明確にして欲しい。LLCは1990年代前半から頻繁に利用されるようになった事業主体だから、その存在が広く認知されてから既に20年の月日が経っている。当初はそのハイブリッド的な性格が分かり難かったというのも理解できるし、税金を取る立場に立つと、LLCを法人とした方が有利なケースもあるし(LLCの損失を取り込ませたくないようなケース)、パススルーとした方が有利なケースもある(LLCの所得を合算したいケース)という点も理解できる。ただ、法律としては単純にどのようなケースにパススルーになるのかという明確な指針が望まれるところだ。

一定の取引を実行したら、どの国でどのように課税されるのかというのを前もってある程度の確証度で予見できる状態、これを税法の予見可能性と位置づけてみるが、今回はそんな予見可能性という点を改めて考えさせられる契機となったインドのボーダフォンケースに触れてみたい。

*ボーダフォンとインド最高裁判所判決

外国企業から見たインド税制の混乱はボーダフォンを巡る取り扱いが3月後半にインドの最高裁判所にてボーダフォン勝利の結果に終わったところから始まる。この判決は多国籍企業がかなり注目していたもので、判決が下されるであろうと予定されていた日は、大手会計事務所、法律事務所の国際税務部門では朝から判決結果を待っているという臨戦状態であった。かつてOJ.Simpsonの刑事訴訟の評決が言い渡される日、オフィスのほぼ全員がキッチン(カンティーン)のTVスクリーンの前に集合していたのを思い起こさせた。

ボーダフォンケースの争点は、ボーダフォンが香港のハッチソン・ワンポアから112億米ドルでインドの携帯会社を取得した取引のインドでの課税関係だ。僕が香港に住んでいた20年程昔でもハッチソン・ワンポアと言えばスワイアグループとかジャーディンとかと並ぶ香港を代表する複合企業のひとつだった。香港の大企業は個人の大富豪が支配権を掌握しているケースが多く、ハッチソン・ワンポアもその例に漏れず、リー・カーシンという大金持ちが大株主兼会長であった。法人税15%程度でオフショアとかキャピタルゲインとか多くの所得が更に非課税という香港なので、儲かりだすと手元に残る財産も半端ではないことが多いな、と実感させてくれる一人だ。彼らが傘下に持っていたワトソンとかPark’N’Shopとかは、香港に住んでいれば毎日でも利用するような店なのでハッチソングループは我々にとってもかなり身近な存在だ。そんなハッチソンが投資していた先のひとつがインドで携帯ビジネスを展開しているHutchison Essarで、ハッチソンがその支配持分をボーダフォンに売却したのが事の始まりだ。

インドの税務当局はこの取引をインドでの課税対象であるとして、ボーダフォンに20億米ドル(80円換算で実に1兆6千万円!)の課税をしようとしていた。これを不服としてボーダフォンは5年越しの法的な戦いをしてきたが、このほどインド最高裁判所はインドの税法上、このようなオフショアディールを通じて外国の企業間で発生しているキャピタルゲインはインドに課税権はないという判断を示し納税者のポジションを指示したのだ。これはボーダフォンの主張そのものだ。またボーダフォンは仮に取引が課税対象だとしても、キャピタルゲインを認識したのは売り手であるハッチソン側なので、課税するのならハッチソンにしてくれ、という旨の代替ディフェンスも合わせて主張していた。

次回はもう少しこのケースの内容、そしてその後のインド税務当局のかなり過激な対応に触れたい。

Sunday, March 11, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(5)

前回まで4回に亘り、米国の税法立案に大きな影響力を持つ下院のWays and Means委員会(W&M委員会)が提唱した米国テリトリアル課税(外国子会社からの配当非課税)法案に関して触れてきた。今回はその最終回として、テリトリアル課税に移行するとなった場合に米国財務省がどのように米国からの所得ベース流出を食い止めようとしているか、という点に関して簡単にまとめてみたい。

*テリトリアル化と課税ベース

税制が「全世界ベース」に基づくものである間は、例え一旦所得が米国から外国子会社に「移転」されたとしても、それが配当で戻っていた時に課税できるという意味では長期的には一時的な課税ベースの浸食であると考えることができる。しかし、この考えは実は現実味がない。

過去のポスティングで機会がある毎に触れている通り、米国多国籍企業は様々な手法で合法的に低税率外国子会社に所得を移し、その埋蔵金は巨額になるが、それらを単純に米国で課税される配当として米国に戻すということは考えられない。また、外国子会社の中には米国同様に高税率で課税された所得を持っているケースもあるが(E&Pの算定を利用して人工的に実効税率が高く見えているケースを含む)、外国からの配当は多くのケースでそのようなHigh Tax Poolを原資として実行されるため、米国に配当が戻ってきたとしても間接税額控除の恩典で実際に米国財務省に税収が多く入ることは少ない。となると、テリトリアル化した際に想定される米国の課税ベース侵食問題は基本的に現状でも全く同じレベルでの検討事項となることが分かる。

更に、全世界課税だろうがテリトリアルだろうが、移転価格税制の考え方は同じはずで、その意味で全世界ベースの課税システムを維持している現状でも、米国から海外子会社への所得流出は同様に網が掛けられているはずだ。

したがってテリトリアル化の税法案に課税ベースの浸食対応策強化が盛り込まれているのは、テリトリアル化でより課税ベースの移転に気を付けなくてはいけないという側面もなくはないかもしれないが、どちらかと言うと現状でも課税ベースが浸食され、その対応策が効果的でないので、それをいずれにしても見直しておくという意味の方が大きいように思う。

*過少資本税制

課税ベースの浸食のクラシック的な手法はグループ会社に利子を支払って高税率国の課税所得を圧縮するという考え方だ。配当は税引後の所得を原資とする一方で利子は損金処理できるので算数的には借り入れは大きければ大きい程投資に対するリターンは良くなるし(MM理論)、利子を受ける側の税率が低ければグループ内でお金をどう位置づけるかを工夫するだけで、グローバルベースの実効税率を下げることができる。米国多国籍企業はこの手のプラニングは徹底的に実行している。日本企業も、米国企業ほど腐心する必要はないにしても、日本がテリトリアル課税となっている今日、グローバルレベルでの競争力を考えるともう少しこの点を考えてもいいはずだ。

米国税務における過少資本への対抗策は細かいものを含めるといくつかあるが、メジャーなものは「アーニングス・ストリッピング規定」と「過少資本税制(Debt/Equity Classification規定)」の二つとなる。

アーニングス・ストリッピング規定に関しては以前に何回か特集しているので(2007年11月30日「Earnings Stripping Ruleの今後」参照)詳細はここでは触れないが、キャッシュベースのEBITDAから機械的に利子の支払可能額を推定し、超過額は利子という性格を維持したまま、将来に繰り延べるという規定だ。日本でも同様の規定導入が予定されている。

一方の過少資本税制はその昔、財務省が規則暫定案を公開したが、散々酷評されたあげくに撤回されてしまったという曰く付きのもので、今でも明確な指針がなく、多くの(時として整合性のない)判例を分析して検討する納税者泣かせ(タックス専門家泣かせ?)の規定だ。他の国では機械的なSafe HarborのDebt/Equity Ratioがあったりするが米国には規定されていない。考えてみると、その方が自然で、過少資本税制は個々の事実関係により答えが大きく異なる分野の代表的なものだ。Debt/Equity Ratioも場合によっては100対1でも経済合理性があることもあれば、3対1でも怪しいこともあり、これを十把一絡げに扱うことはかなり恣意的な判断になる。最終的には第三者から同じ条件で借りることができたのか、という点が一番大きな検討事項で、この経済分析を文書化しておくこと以外に効果的な対応策はないだろう。その意味で移転価格門問題に類似しており、法的な分析というよりも経済的なアプローチで解決せざるを得ない問題だ。

そんな前提の中、今回のテリトリアル化提案には過少資本に対する具体的な対応策が規定されている。それによると過少資本税制は米国法人が他の国に関連会社を持っている際に適用とされる。これはもっともな話しで、どんなにDebt/Equity Raitoが高くても非関連者から借り入れているのであれば、信用力に準じた借り入れになることから過少資本税制取り締まりの対象とする必要はない。また、課税ベース侵食の手法としての借り入れは低税率国に設立されている関連者(Group Finance Company)からの借り入れを利用することから、米国外に関連者が存在する場合に問題となる。

提案では、グループのグローバルベースでのDebt/Equity Ratioを算定し、米国内グループの同Ratioがグローバルベースのものより高い場合に潜在的に過少資本税制の適用があるとされる。すなわち米国のLeverageがグループ平均より高いケースに問題があるというアプローチとなる。

次に課税所得に調整を加えた調整課税所得(おそらくアーニングス・ストリッピング税制のようにキャッシュベースのEBITDAのようなもの)の一定%を超える金額のネット支払利息(支払利息マイナス利子所得)を損金不算入とするものだ。面白いのはここで損金不算入とされた金額は、アーニングス・ストリッピング規定同様に利子として将来に繰り越すことができるとされる点だ。通常の過少資本税制は借入過多の部分は資本とみなすため、利子として引けない部分は配当に再区分されることから将来的に損金算入できる道は残されない。この点に関して今回の提案は異なり、実質セーフハーバーが1.5からグループ全世界Ratioにすり代わった新型アーニングス・ストリッピング規定の様相を呈している。

そもそも米国税法の抜本的改正案を論じる者の中には、借入と資本に対して税務上異なる取り扱いを規定していること自体が諸悪の根源であるとして、二つの取り扱いに整合性を持たせるべきという提案もある。整合性を持たせるということは支払利息を配当のように損金不算入とするか、または配当を利子同様に損金算入するか、のいずれかだろう。ベルギーのように「みなし利子控除」を認めるというのも一案だろう。

*外国子会社への所得移転

支払利息の損金算入と並んでフォーカスとなるのが価値のある無形資産を米国外に置いて米国の課税ベースをミニマイズさせるというものだ。この点に関係して提案では3つの代替案が規定されている。

まず第一の案は、オバマ政権が以前から提案しているものと同じで、米国から移転された無形資産を基に低税率国で多くの所得(Excess Profit)を得ている場合にはそれをSubpart F所得と認定して米国でも課税してしまおうというものだ。従来からの移転価格規定でも外国に無形資産を移転する際に受け取るべき対価は将来の収益性を反映させたものでなくてはならないといういわゆる「Commensurate with Income」規定があるが、それを更に過激にした感じの内容だ。

2つ目の代替案もかなり刺激的だ。この代替案の適用は無形資産からの所得に限定されておらず、他の所得も対象となる点で他の二つの案と異なる。すなわち、実効税率が10%以下のケースで、その所得がCFCの所在国を源泉としない場合、そのCFCの総所得(=Gross Receipt)をSubpart F所得として米国で課税するというものだ。

3つ目の代替案はパテントボックスに通じるものがある規定だが、全世界の無形資産からの所得を15%という恩典低税率で課税してしまおうというものだ。

テリトリアル化自体の実現がここ数年のスパンで考えるとどれ程現実的なものか分からないので、ここで触れた課税ベース侵食対策も今後どのように実現していくのかは未知だ。もしかすると、テリトリアル化は先送りされるにも係らず、課税ベース侵食対策のみ先行して法制化なんていうシナリオもあり得るかもしれない。実質、一旦逃げた所得が課税所得として米国に戻ってこない実態を考えると、テリトリアル化の有無とは関係なく、課税ベース侵食対策は必要というのが財務省の考え方であったとしても何の不思議もない。

Monday, March 5, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(4)

前回のポスティングでは外国子会社からの配当非課税案の規則の詳細に触れた。ようやく米国もテリトリアル化か、とトンネルの先に光が見えてきたように思わせながらも、制度変更時点で強制的に外国に眠る剰余金をみなし配当扱いするという恐ろしい移行措置が規定されている点にも触れた。

余談だが、夜にラスベガスにフリーウェイ(FWY)で向かって、やっとベガスの光が見えるあの瞬間、まさしくトンネルの先にようやく光が見えたとう状況を具体的に体感できる。ロサンゼルスからFWY15で向かっていくとフラットな感じでベガスの光が見えてくるので角度的にいまいちだが、逆にZion方面というかユタ方面からFWY15を南下していき闇の中に突然浮かび上がるベガスの光の海は、上から見下ろす感じでかなりきれいだ。特に冬の空気が透明な夜は絶景だ。またFWYではないがルート160でDeath Valley方面からベガスに近づいてくる時に見えてくる夜景も、FWY15の南下よりチョッと落ちるが、それでもきれいだ。香港のVictoria Peak、59th St BridgeのQueens側から臨むマンハッタンEast Sideも、NJ側リンカーントンネルの裏から見るマンハッタンのWest Sideも夜景としてはきれいだが、ベガスのあののっぺりとした光が急に暗闇に浮かんでくる姿は「自然と人工」の対比という意味でもインパクトがある景色だ。

で、移行措置だが、W&M委員会によると他の方法も検討したが、消去法で今回の案が残ったということだ。例えば、そのまま移行措置を取らずに、改正前に溜まった外国子会社の所得は従来通り課税、改正後の所得には非課税措置というようなことも理論的には考えられるが、どの配当が改正前からのもので、どの部分が改正後とレコードキーピングが大変で実務的ではない。米国には日本のように過去の所得も全て非課税にするという発想はないようだ。その理由はおそらく、最初のポスティングでも触れた通り、米国のテリトリアル課税は基本的に「Revenue Neutral」すなわち、税収が減ってはいけない規定となるからだろう。すなわち、将来の外国子会社からの配当にフルに課税できないことで予想される税収減をどこかで補わなくてはいけないという事情がある。

一説によると今回の移行措置は議会で求められる今後10年間の財政均衡を念頭に計算されていることから、それ以降の影響(配当非課税で税収減)を加味するとそもそもRevenue Neutralではないという話しもある。

また、10/50法人の米国株主がE&Pの金額を正確に把握できるのかどうかという問題もあるし、場合によっては10/50法人の株主が株式を取得する前に累積したE&Pが課税所得になってしまう可能性もあり、みなし配当金額の定義に関してもう少し突っ込んで規定するように求める声もある。

また、移行措置はあくまでも「みなし配当」として外国の所得を課税するので、実際に資金が米国に還流する必要はない。この点に関してはどうせ課税するのであれば、実際に米国に資金が戻り、米国経済に投資が行なわれるような規定にして欲しいというコメントも出ているようだ。

次回はテリトリル化シリーズの最終回として、外国からの配当非課税とするに当り国外への所得流出に網を掛ける規定案が発表されているがその点に関して触れてみたい。

Wednesday, February 29, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(3)

前々回から米国国際課税システムの抜本的変更である「テリトリアル化」のWays and Means Committee(W&M委員会)法案に関して書いてきているが、今回はどのような条件で外国からの配当が非課税となるのか、という規定そのものを少し掘り下げてみたい。なお、ここで書いている改正案はあくまでも現時点では「案」に過ぎない点再度強調しておく。

*配当の95%非課税

特定の外国子会社から受け取る配当金は米国案でも日本同様に95%非課税となる。米国版のテリトリアル規定を策定するに当たり、米国財務省は各国の規定を分析しているだろうから、その意味でここの部分が日本と同じとなっているのは興味深い。

なぜ100%非課税にしないかというと、配当を支払う外国子会社の株式に投資しているということはその投資のためのコストが米国親会社側で発生しているだろう、という前提に基づく。すなわち、株式に投資しているコスト(主に金利)を損金不算入とはしない代わりに、その見合いで5%部分は課税扱いさせろ、という考え方となる。この点に関しては注意が必要で、実はオバマ政権は数年前から全く逆の方向を向いた改正案を提案し続けている。オバマ政権のここ何年かの提案は、外国子会社からの配当を非課税とするどころか、その逆で配当しないのであれば、外国子会社株式を保有しているために発生しているコストを否認しようとするというものだ。W&M委員会の外国配当非課税案が「ホトトギス鳴くまで待とう」的なアプローチなのに対し、オバマ政権の案は「殺してしまへホトトギス」のように感じられてしまう(?)。オバマ政権は国際税制に関しては短気な信長だ。

またオバマ政権は実は先週、W&M委員会とは別に、独自の抜本的税法改正案を公表している。その改正案には外国子会社からの配当非課税は規定されておらず(したがってテリトリアル化は想定されていない)、前提はそのまま全世界課税ベースのものだった。この点で今回のポスティングのテーマであるW&M委員会の税法改正案とは全く異なる方向である点面白い、というか国の方向としてチョッと支離滅裂な感じだ。こんな基本的な方向性一つも下院の重鎮W&M委員会とコンセンサスが取れていない点ひとつ取って見ても、米国税法の抜本的改正はまだまだ時間が掛かりそうなことが分かる。ちなみにオバマ政権による改正案はどちらかというと「コンセプト」的なものに留まっており、詳細は議会の決定に委ねるという方向であった。W&M委員会の出した改正案は法律の文言ドラフトまで入っている具体的な案であることから、この点でも対照的だ。

米国でこの手の抜本的税法改正が最後に実行されたのは1986年のレーガン政権によるものだが、その際も実際には1982年頃から改正の話が出てきて、その後4年程掛けてようやく法制化に漕ぎ着けたという経緯がある。つまり、大きな改正を達成するにはどうしても数年という長い歳月を要するものだ。しかも1986年と言うと、今の米国がおかれている状況とは大きく異なり、米国が世界唯一の経済派遣大国として君臨していた時代だ。一方、今日の税法改正は巨額の財政赤字を減らすという大条件がある中での策定となるため、場合によっては1986年よりも時間が掛かってもおかしくない。

また、2012年は米国大統領選挙の年となるため、2013年に新政権(または新内閣)が誕生するとする。となると、実務的に改正に着手できるは早くても2013年後半、したがってこの意味でもテリトリアル化を含む改正が法制化されるとしても2014年以降にとなるだろう。米国の下に付いている外国子会社を日本の下とかにつけ直すべきかどうかを検討している日本企業としては早くテリトリアル化に決着を付けて欲しいものだが、そうは簡単にいかないようだ。

*対象はCFCまたは10/50法人からの配当

非課税措置は、基本的にCFC(Controlled Foreign Corporation)と呼ばれる特定外国法人が対象となる。また、米国株主の選択により10/50外国法人と呼ばれる特別な法人から受け取る配当も対象とすることができる。

CFCとは米国株主が議決権または株式総価値の50%以上を持っている外国法人を意味する。ただし、ここで言う米国株主とは「全ての米国人(または米国法人)の株主=米国株主」と数える訳ではなく、外国法人の議決権の10%以上を直接、間接的に所有している者のみを指す。現状の法律下でも投資先の外国法人がCFCとなるかどうかは重要な検討事項である。外国法人がCFCとなると、そこで認識される一定の所得(Subpart F所得)が配当されないでも米国株主側で課税されたり、CFCの株式を売却してゲインが出るとCFCの米国税務上の剰余金(E&P)の範囲でみなし配当となったり(間接税額控除が取れるので悪い話でないことが多い)、CFCを非課税清算とか非課税再編してCFCでなくしたりするとE&Pを配当所得として認識させられたり、と様々な課税関係が発生する。

今回の改正案では10%以上の議決権を持つ法人米国株主がCFCから受け取る配当は95%を非課税処理することができる。ただし、例によってこの手の規定に付きものと言える最低保有期間が規定されており、配当日の前後それぞれ1年、つまり合計で2年の間に1年以上外国法人がCFCであり(10/50法人の場合には1年以上10/50法人であり)、また米国株主は1年以上米国株主でなくてはならない。過去ばかりでなく、配当後の1年を見ることができるのが面白い。実務的には配当時点での課税・非課税判断が困難な局面があるような気がしてしまうが。

上でチラッと触れたが、従来から米国株主がCFCの株式を売却して得るゲインはCFCのE&Pの範囲でみなし配当となるが、改正案では、株式売却ゲインに関しても他の適格条件を満たしていれば非課税措置の対象となるとしている。改正案を読む限りE&Pの金額に係らずゲインは非課税措置の対象となるようだ。ここは日本の規定と異なり、米国のシステムがより総合的な「Participation Exemption」の形を目指していることが分かる。

加えて外国法人がCFCではないがいわゆる10/50法人の場合も、米国株主はそこから受け取る配当を非課税という選択を行なうことができる。10/50法人とは議決権または株式総価値の50%以上を米国株主が保有していないためCFCにはならないが、少なくとも1人議決権の10%以上を所有する米国株主が存在する法人を意味する。法人米国株主が上述の保有期間条件を満たす場合に非課税措置を選択することができる。ただし、この選択は注意が必要で、技術的にはこの選択の意味は10/50法人をCFCと取り扱いますということなので、他のCFCに対する規定の全てが10/50法人に適用されることとなる。

10/50法人というコンセプトは現行法下では間接税額控除を取ることができる最低持分が10%であることから重要となるが、そのコンセプトを流用して配当非課税措置の適用選択を認めるというものだ。なお、当然と言えば当然だが、95%非課税の対象となる配当に関して税額控除を取ることはできない。

10/50法人からの配当に関して非課税措置適用の選択をしない場合、すなわち10/50法人をCFC扱いしない場合、従来であれば認められた間接税額控除の計上が認められなくなるとされている。

*恐怖の移行措置

米国のテリトリアル化はタダでは実現しない点は前回のポスティングで簡単に触れた。それがこの「移行措置」だ。法案によるとテリトリアル化が適用される課税年度の期首時点で(正確にはテリトリアル化が適用される課税年度の前年の期末時点で)、それまでに累積されているCFCおよび10/50法人の所得全額(累計E&Pで以前にSubpart Fとして課税済みの金額は除く)の15%に当たる金額をみなし配当所得として米国株主に(各自の持分に準じて)課税するとしている。技術的には15%相当額をSubpart F所得として留保金課税するというものだ。その年に実際に他のSubpart F所得が存在する場合には、15%相当額に本当のSubpart F所得を足してトータルの課税所得を計算するものと思われる。

テリトリアル化の前の状態でみなし配当課税されるということは配当に対する税率は35%となることから実効税率的にはこれは5.25%の配当課税となる。ここで興味深いのは10/50法人の累計E&Pは、10/50法人からの配当を米国株主が非課税とする選択をするかしないかに係らず、この移行措置の対象となる点だ。

なお、このみなし配当はテリトリアル化の前の状態での税法が適用されるので間接税額控除の計上が認められる。ただ以前から何回も触れている通り、米国多国籍企業が海外に貯めている埋蔵金はいわゆる「Low Tax Pool」のものが多い、「High Tax Pool」であればすでに配当して税額控除も取ってしまっているかもしれないし、もともと税率がゼロに近いような国にたくさんお金を貯めてきたのだから税額控除は焼け石に水のようなものとなるケースも多いだろう。

実際に配当を受けていないのに巨額の税負担が発生する可能性を考えてか、移行措置に基づく課税は最長で8年に亘って税金を分割払いすることができる。分割払いを選択する場合にはもちろんだが金利が課せられる。また、8年経つ前に法人清算とかになる場合にはその時点で残高全額の支払いが必要となる。

このように制度移管時点で(正確には1年前に)過去の累積所得に5.25%のトールチャージを支払うこととなるが、その後、実際に米国に配当を行うとどうなるか?一回課税されているので全額非課税となってもおかしくなさそうだが、実際にはそうではなく、通常の配当同様95%のみ非課税となる。ということはもともと5.25%課税済みであることを考えると、さらに5%部分が25%で課税され(改正案がW&M案のまま可決していると仮定して)追加で実質1.25%の課税となる。結果としてトータルでは6.5%の税負担となる。これはいわゆる「PTI(Previously Taxed Income)」規定が撤廃されるため、過去に15%の部分に関して課税されているという点を考慮せずに一律95%非課税規定が適用されるためだ。

と大分長くなったが、次回はこの移行措置が抱える大きな問題点、その他の細かい規定に触れる。また、外国からの配当が非課税となると、一旦国外に逃げた所得は二度と米国で課税できない。これはIRS的に考えると「今後はますます海外への所得移転は許されない」ということになる。この点に関しても追加措置が規定されており、こちらも次回以降とする。

Thursday, January 19, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(2)

前回のポスティングでは2011年後半の大きなニュースとして米国版テリトリアル課税の法案に関して触れ始めた。テリトリアル課税の基本的な考え方、世界のトレンド等の背景を中心にカバーしたが、今回は規定の内容そのものに移りたい。

*法人税率は25%に

今回の米国テリトリアル課税法案は単に米国の国際課税システムを根本的に変えてしまうばかりでなく、複雑かつ高税率で評判の悪い米国法人税システムの抜本的な改正を目指している。その目玉となるのが法人税率の35%から25%への低減だ。ご存知の通り、米国の35%という税率は世界でも突出して高い。日本の更に高い税率がなければ世界一だ。多くの国の法人税率を見渡してみると平均は25%くらいというのがザックリとしたイメージだろう。

にも係らず米国企業の実効税率が低く、20%前半が珍しくない点は過去のポスティングで散々触れている。でもこの実効税率はグローバルの連結ベースなので米国での税コストだけではない。実際に米国企業の実効税率が低い理由の多くは低税率国のかなりソフィスティケートされた利用にある。

米国内の所得だけを対象に実効税率を見るとおそらくもう少し高いはずだ。というのも、会計上の実効税率は税効果会計に基づく繰延税金を加味することから、タイミング差異でIRSに支払う税額を圧縮していても実効税率は下がらない。したがって永久差異が必要となるが、連邦の法人税を下げることができる永久差異はR&Dクレジットとか、製造者控除とかかなり限定的だ。それでもそれらを駆使して、実際に35%の税率でIRSに納税している米国企業は少ない。実際には米国だけをみても27~28%くらいになっているのではないか、と推測される。35%なんかで法人税を支払った日にはタックス・ディレクターの首が飛ぶという嘘のような本当のような話がある。

したがって、35%の税率を下げても、クレジット等の恩典を撤廃すれば、長期的には法人税収の減額は思ったより少ないものと予想される。むしろ、R&Dクレジットとかに関して詳細な文書化を用意して税務調査で戦うような作業が必要なくなる分、税法は簡素化され企業の生産性は上がるだろう。

それでも35%から一気に10%下げるというのはなかなか大胆な減税のような気がする。実際には35%支払っている企業は少ないので、正味では5%位の減税というのが実態かもしれない。さらにもう一つこんな減税が可能な背景には、そもそも法人税を支払っている事業主体が少なく、法人税自体の歳入における重要性が低いという事実もあるだろう。米国内で事業を展開する際には株主レベルで配当が課されるという二重課税を嫌って、また事業体の損失をオーナー側で取り込むことを狙って、パススルーという形態が選択されることが多い。パススルー主体は法人税の対象ではないので、結果として多くの事業所得が個人所得税の対象に生まれ変わっていることになる。

ただし、この点に関しては実は一律にパススルーが有利という訳でもなく、現に今でも株式会社(C Corporation)という形で事業を営んでいる個人経営者がゼロという訳ではない。実は思ったよりも多いようで、その理由は法人税の15%の低税率区分が充実していること、配当まで個人レベルで課税されないこと(内部留保に事業目的が認められる場合)、配当が課税されるとは言え15%と優遇税率になっていること、またMedical Reimbursement Planを利用できるなど従業員ベネフィットに対する優遇税制が充実してること、などだろう。もし法人税を支払っていても15%の区分に収まるようなケースで株式会社形態を敢えて選択しているようなパターンが多いとすると、最高税率が35%だろうが25%だろうが全然関係ないことになる。

また、多くの米国多国籍企業にとって米国の法人税率が高いことは、低税率国に貯めた巨額のキャッシュを米国に持ち返ることができないという意味で一番頭が痛い。ということはテリトリアル課税下で外国子会社からの配当がそもそも非課税となるのであれば、大袈裟に言えば法人税率などどうでもいいかもしれない。どうせアーニングス・ストリッピングを駆使して米国の課税ベースなど浸食されまくっているということを考えると尚更だ。

余談となるが、税率が下がると繰延税金資産も目減りすることになる。例えば連邦法人税に関して$35Mの繰延税金資産を持っていたとすると、税率が25%になると当然資産は$25Mとなり、減税が可決した課税年度に$10Mの追加税コストが会計上発生する。繰延税金資産は早く使ってしまう作戦を考えるのが得策だ。また本末転倒っぽい話ではあるがこれが理由で減税に反対している輩もいるとのこと。世の中みんなをハッピーにすることは不可能のようだ。

*テリトリアル課税

そしていよいよテリトリアル課税の規定だが、基本的なところは日本同様に特定の外国子会社から受け取る配当の95%を非課税にしようというものだ。どのような条件を満たすと95%非課税となるか、に関しては次回のポスティングで触れる。

Friday, January 13, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に? (1)

明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。

という訳で2011年は超多忙の中アッという間に終わってしまった。米国税務の話しに限れば数々の新しい税法が発表され、そういう意味では面白い年ではあったが、一方で日本では震災があったり、神殿で聖なるイメージのギリシャ経済が崩壊してユーロが危機に陥ったりといろいろと考えさせられることも多かった。ドイツの信用力でお金を借りて返せなくなってしまったギリシャとか、準備通貨(Reserve Currency)を印刷できるのをいいことに相変わらず身の丈に合わないライフスタイルを続ける米国とか、せっかく毎年Million Miles乗ってあげているのに破産法の下に入ってしまったアメリカン航空の今後とか、30日以上晴天続きで雪が少ないマンモススキー上のリフト券がRFIDになってクレジットカードのようだったとか、タックス以外のことで書きたいことも沢山あるがきりがないので今年も大人しく(?)米国タックスの話しをしていくことにする。

2011年後半で一番興味深かった出来事と言えばついに米国が「テリトリアル化」に一歩近づいたことだろう。テリトリアル課税という用語は、全世界課税の反対語として使われるもので、海外の子会社等からの配当を非課税とする制度を意味する。米国は中国と並び未だに世界でも残り少ない全世界課税システムを維持している国だ。ここで言う全世界課税とは、外国子会社からの配当を受け手で課税する(または一定の所得は配当を待たずにみなし配当課税する)という意味で、日本が2009年3月まで使っていた制度だ。ここ何年かの間に日本、イギリス等が相次いでテリトリアル化したことからも分かる通り、世界の潮流はテリトリアルだ。

しかし、そこはUnited States of America。9,000とも言われる核弾頭(未使用のまま廃棄準備に入っているものを含む)を自らは保有しながら他国が1つでも同じものを持とうとすると徹底的に制裁を加えるという独自の正義感からか、頑なに全世界課税を守ってきた。とは言え、押し寄せる時代の波には勝てず、どうせ米国もいずれかはテリトリアルになるに決まってるじゃん、と思われていたが、そのタイミング、実行法に関しては憶測の域を出なかった。

そこに昨年の10月26日突然Ways and Means Committeeという米国税法の世界では超権威のある下院歳入委員会が米国版テリトリアル課税の大枠をドラフトとして公表したことで「ついに・・・」と米国テリトリアル化が一気に現実味を帯びてきたのだ。しかも、このドラフト、税法の文言そのものまで盛り込んであるという気合の入っているものだ。

以前のポスティングでも散々触れている通り、米国多国籍企業は米国外に巨額の埋蔵金を溜め込んでいる。そのお金をタダで(=米国の法人税を払わずにという意味)米国に持って返りたくてしょうがない米国企業は「2004年にやったみたいにもう一度だけ外国子会社の配当を非課税とする特殊時限立法を可決して欲しい」とキャンディーをねだる子供のようにロビー活動を繰り返してきた。議会は2004年の経験(濫用されまくった)で懲り懲りなので金輪際そんなことはしない、と突っぱねてきたが、ここに来て突然、一度だけではなく、未来永劫これからは外国子会社からの配当は非課税にしてあげましょう、と夢のような提案がされた。

さぞかし米国企業は大喜びだろうと思われるかもしれないが、実は米国版テリトリアル課税にはいろいろな「おまけ」がついていて、これがなかなかの曲者揃いだ。後で詳しく触れるが、おまけ規定の中で最も迫力があるのはテリトリアル課税となる際の「移行措置」だ。日本が2009年4月にテリトリアル化した際には、適用は基本的にきれいな「カットオフ」だった。すなわち、規定が適用された翌日に海外子会社から配当を受け取ったとすると基本的に非課税となる一方で、規定が施行される前日に配当を受け取ったとすると当然全額課税となることから、テリトリアル課税の施行前後で取り扱いが全く異なった。

一方で米国バージョンはどうかと言うと、ナンと制度移行の際に、外国子会社の所得「全額」を「みなし配当」があったとして課税するという措置が規定されていたのだ。みなし配当なので実際に配当するかどうかは関係ない。みなし配当に適用される税率は特別に低いレートが規定されているが、今まで配当しなければ米国では課税されないよね、ってことで米国外に大事に貯めてきた埋蔵金が一気に課税所得になってしまうということだ。凄まじい規定だと言える。ただ、それもそのはずで米国のテリトリアル課税は基本的に「Revenue Neutral」すなわち、税収が減ってはいけない規定となる。すなわち、将来の外国子会社からの配当にフルに課税できないことで予想される税収減をどこかで補わなくてはいけないという事情がある。税金を受け取るIRS側で税収が減らないということは、イコールそれを支払う納税者側ではトータルでの税負担は変わらないということだ。となると全体の税負担的には「ゼロサムゲーム」となることから納税者の中には勝者と敗者が出てくることとなる。

次回からのポスティングではこの米国テリトリアル課税案の全容を紐解いて行きたい。