Tuesday, November 2, 2010

グーグルとタックスヘブン(Reprise 1)

前回と前々回のポスティングで、グーグルのタックスヘイブン利用による節税について書いた。2回に亘るポスティングであの話題は終わりにするつもりだったのだが、「あの」清く正しいグーグルがこんなプラニングをしているとは・・・、という驚きの反響が多く、また、技術面からもう少し「ダブル・アイリッシュ」を突っ込んで知りたいという声もあり、再度「Reprise」で特集してみることにした。

*米国企業としては「ごく普通」のプラニング

前々回のポスティングで「重要なポイント」として記した点であるが、今回のグーグルのプラニングの内容を理解する上で、絶対に忘れてはならないので再度しつこく繰り返しておきたいのが、ここでグーグルがやっていることは知的所有権を有する米国多国籍企業は皆古くからやっていることで、米国で国際税務に関与している者にとっては特に珍しいことはない、ということだ。逆にこれがニュースとして注目されていることが不思議なくらいの「普通」レベルのプラニングに過ぎない。

またもうひとつの「Take Away Point」は、米国多国籍企業の決算書上の実効税率が低いのは、米国の税率が低いからではないという当たり前だが見落としがちな点だ。米国企業の実効税率の低さは米国本国を含む世界各国の法律を研究し尽くしてプラニングをきちんとしているその成果に過ぎない。この点は「日本の税率が高いので・・・」と嘆きがちな日本企業にも大きな参考となるはずだ。

*ダブル・アイリッシュ再び

前回のポスティングでダブル・アイリッシュの概要はだいたい触れているが、米国税務の観点からもう少し突っ込んで考えてみたい。ちなみに、このプラニングは「Check-the-Box」規定が存在しない日本の企業にはそのままの形での適用は困難であろう。バミューダ事業主体の受け取るロイヤリティーが日本でタックスヘイブン税制に基づき合算課税されることになるとすると、41%の課税なので元も子もなくなる訳だ。

まず、全世界課税の国を本拠地とする米国多国籍企業がグローバル・タックスプラニングを策定する際に「鍵」となる税法上の規定は「移転価格税制」と「海外子会社の所得を配当がない時点で合算しようとする反繰延規定(Anti-Deferral)」であろう。これらの二つの規定の網をくぐり、というか逆にオフェンシブに利用して、取引や事業主体グループを構築していくのがプラニングの基本となる。ダブル・アイリッシュもこの二つの規定をうまく使い、米国での課税を半永久的に繰り延べ、低税率国のみでの課税で終焉させている。

ダブル・アイリッシュ下では多額の所得が米国外のしかもバミューダという無税国に落とされている。この点に関して上の二つのポイント「移転価格」と「Anti-Deferral規定」を当てはめてみると面白い。

*ダブル・アイリッシュと移転価格

まず、移転価格の見地から考えると、バミューダの法人(ダブル・アイリッシュ下ではバミューダ居住法人と取り扱われるアイルランド法人)に多くの利益を残すにはバミューダ法人がそれ相当の機能・リスクを持っていないとそこに多くの利益を残すことはできないはずだ。ではバミューダのビーチ沿いに大きなR&Dセンターを建設してシリコンバレーからプログラマーを転勤させるか?

その必要はない。ここで便利なのが「知的所有権」とか「知的財産」と呼ばれる形のない資産、すなわち「無形資産」だ(ここではそのような無形資産を十把一絡げに「IP(Intellectual Property)」と呼んでおく)。有形の資産と異なり、無形のものは比較的自由にどこにでも置くことができる特徴がある。もしグーグルのサーチやオンライン広告に係るIPをバミューダに置くことができれば、グーグルの収益を支えているのはまさしくそのようなIPであることから、移転価格上もバミューダに多くの利益を残すことが妥当だということになる。

それでは実際にIPの開発をバミューダでするのかというとそんな必要は全くない。開発は従来通りカリフォルニア州のフリーウェイ101と85と237が三角形に交差する辺りのMountain Viewでやっていても全然問題がない。ただ、単にカリフォルニアで開発されたIPを外国に移転しようとすると、どのように取引形態を選択したとしても、基本的に税法上はそのIPを使用・利用して外国で達成された売り上げに準じるそれ相当の金額をロイヤリティーという形で米国に還元する必要があることになってしまう。

そのような多額のロイヤリティーを米国に支払ったのでは、世界第二位の高税率に晒されてしまうことからプラニングにならない。そこで頻繁に利用されるのが「コスト・シェアリング」という手法だ。コストシェアリングは複雑なアレンジであり、それだけで一冊の本になりそうな話題だが、簡単に言ってしまうと、米国と外国での各々の予想売上げの比率に基づいて開発のコストをシェアするというものだ。実際には三国以上でシェアするケースもあり得るがここではバミューダに米国外の権利を持たせるという意味で「米国・外国」という図式で話を進めたい。

しつこいが開発のコストさえ負担すれば、開発はどこで行われていても問題ない。すなわち、全てカリフォルニア州で開発されているIPでも、そのIPを利用する将来の売上げが米国・外国で仮に30・70の比率と予想されるとすると、そのコストの70%をバミューダ法人が負担すればよい。70%をバミューダで負担というと立派な実態がありそうだが、詰まるところ全て関連会社内でのことだ。

コスト・シェアリングを利用すると、IPに対する税務上の経済的所有権がスプリットされ、IPの米国での使用に係る部分は米国事業主体が持つこととなり、外国での使用に係る部分は外国の関連会社が持つこととなる。コスト・シェアリングを利用しないと、どうしても誰か一人(=どこか一社)がIPに対する所有権を独占することとなり、世界中の使用者からロイヤリティーを吸い上げる必要が出てくる。また、IPを持っている者には手厚い利益が帰属するはずであることから、多額のロイヤリティーが一国に集まることとなる。

一方、コスト・シェアリングを利用すると、米国と外国の間でのロイヤリティーの流れが不必要となる。

さらに、コスト・シェアリングは既に米国で開発されてしまった既存IPを無理なく外国に移転させるという技を併せ持つ。コスト・シェアリングは通常、何らかのIPが既に開発された後で実行されるケースがほとんどだ。例えばグーグルのケースでも元々のIPはラリーベージとかセルゲイ(サーゲイ?)ブリンがガレージで開発していた時代に遡るはずだ。その時点では外国に売上げなどないかもしれないし、そもそもそんな高度なタックス・プラニングを考えているガレージ会社はないだろう。

ビジネスが成功し、会社が大きくなり、外国での収入が増えて、IPの価値も自然と高まり、IPOになったり、大きな会計事務所の国際税務部門と付き合い始めたり、実効税率を気にするようになったり、というタイミングで初めてコスト・シェアリングが検討されるはずだ。その時点では米国開発のIPにかなり価値が生まれてしまっている。

そんなタイミングでコスト・シェアリングを実行する場合、既存のIPは米国の事業主体が持っていることをきちんと認識する必要がある。将来の開発にそれらの既存IPを利用する際には、外国の関連者がその使用料をロイヤリティーという形で米国に支払うこととなる。いわゆる「Buy-In」と呼ばれる支払いである。ただし、実はこのBuy-In、新たなIPを開発していく過程で既存のIPの価値は加速度的に下がるという法則を利用してかなり低めに設定できる傾向にある。例えばいくらWindows 95が売れたからと言っても、XPとかWindows 7が出た後では95の価値は低いと考えれば分かり易いだろう。でもXPとかにも95とかのテクノロジーは利用されているはずだ(僕はテクノロジー専門ではないのでこの部分は全くのGuessですが・・・)。

このことから、コスト・シェアリングを通じて米国には大した金額を支払うことなく、既存のIPを利用して将来のIPを開発し、新たに開発されるIPの経済的な持分は外国での使用部分に関して外国に存在させることが可能ということになる。

このような手法を利用してIT企業、製薬企業は多くのIPをアイルランドとかバミューダ等の外国に置くことに成功している。グーグルのプラニングでもバミューダに価値のあるIPを存在させることが重要であり、その目的は上のような手法で達成されると推測される。

それでは、このように無税率国や低税率国にIPを存在させた後、「Anti-Deferral規定」がある中どのように米国での課税をうまく繰り延べているのだろうか。この点に関しては次回触れてみたい。