Sunday, April 22, 2012

米国非居住者銀行口座ついに開示へ

米国「非居住者(=Nonresident)」が米国に銀行口座を開設してそこから受け取る利子所得に対して、銀行側には長らく米国で何の報告義務もなかった。これは米国「居住者(=Resident)」が米国の銀行口座から利子所得を受け取る場合には、Form 1099でIRSにその金額が報告されるのと対照的だった。これはウッカリそのような仕組みになっていたのではなく、非居住者がアングラマネーを米国に持って来易いように敢えて報告義務を規定していなかったといってもいい。この背景は2009年8月のポスティング「スイス銀行の匿名口座と米国の二枚舌」で触れているので参照して欲しい。

しかし、2012年4月17日(2011年の個人所得税申告期限!)に財務省規則が最終化され、「ついに」この聖域にもメスが入ることとなった。

*非居住者の米国銀行預金

アメリカはここ何年もCapital Importerという立場にあるが、税法上も外国人が簡単に米国にお金を持ってこれるような援護射撃が規定されている。例えば、非居住者が米国居住者にお金を貸して利息を受け取ると(非居住者による米国事業に関連する利息ではないという前提で)、租税条約の恩典対象とならない限り利息の支払いには30%の源泉税が課せられるというのが原則だ。しかし、この原則には例外があり、非居住者は大半の利息を実際には源泉税ゼロで受け取ることができる。

まず、非居住者が米国の銀行に預金をして受け取る利子所得は米国内国法で非課税と規定されている。すなわち租税条約の有無に係らず米国で課税されず、当然、源泉税はゼロとなる。また、銀行以外の米国居住者が非居住者から借入を受けて、その借入に対して支払う利子に関しては多くの局面で「Portfolio Interest」という位置づけとなり、こちらも内国法で源泉税ゼロとなる。Portfolio Interestなどと言うととても難しい条件を満たさなくてはいけないのでは、と思われがちだが、実際には債権・債務者間の簡単なペーパーワークに基づき、元本・利子に譲渡制限を掛けることでRegistered Formとなり、Portfolio Interestの条件を満たすことができる。日本企業的にこのPortfolio Interestに馴染みがないのは、親子会社間ローンのように貸し手が10%以上の株主(トータル議決権ベース)の場合には適用が受けられないからだろう。また、貸し手が銀行の場合にも適用がない。

上述の通り、非居住者が米国の銀行に預金しても利子所得は米国では課税されないため、米国からみると確かに利子の金額をIRSに報告しても余り意味はない。一方で、外国の税務当局からしてみると、自国の居住者が米国の銀行に預金をしても、その実態が分からないことから、脱税の温床となっているのではという懸念があり不満が燻っていた。米国居住者がスイス銀行の匿名口座に預金をしてもIRSが実態が分からないとしてIRSが文句を言って法的措置を取ったりしている状況の裏返しだ。米国が影のタックスヘイブンと揶揄される一因である。

*非居住者に支払う利子の報告義務

IRSは財務省規則を最終化すると同時にRev. Proc. 2012-24を発表して2013年から米国の金融機関が非居住者に支払う利息をForm 1042Sで報告する義務を規定した。

財務省規則によると報告の対象となるのは、米国が租税条約その他で情報交換協定を持つ91カ国の居住者に支払われる年間合計$10以上の利息となる。日本も当然この91カ国のひとつだ。

報告対象となる国が規定されていることから、金融機関は口座開設者の居住国を把握する必要がある。この点に関してはForm W-8BENに記載される口座開設者の外国住所の情報を基としていいとされており、別手段で情報を収集しなくてはいけないという負荷はない。ちなみにW-8BENとは口座保有者が口座開設時に「自分は米国非居住者です」と金融機関に告知する様式で、口座開設時には「居住者です」という告知となるW-9かW-8BENのいずれかを提出する必要がある。居住者->非居住者、非居住者->居住者のように居住身分が変わる際にもどちらか適切な様式を提出して金融機関に告知する必要がある。

*報告義務の背景

今回の報告義務の最終化は過去何10年にも及ぶ開示に対する賛否両論の議論に終止符を打つことになるが、このタイミングで非居住者への支払利息の報告が法律化されたのは米国が急に他国の税務当局の徴収努力に同情を示した訳ではない。

米国はFATCA法とか、スイス銀行に対する法的措置、とかを通じてオフショアに隠されている米国市民・居住者の情報収集に躍起になっている。一方で米国自身が他国に対して同じ情報を提供できずに実質タックスヘイブン化している状況では、今後の情報収集が思うように行かない。という訳で、例によって自己都合を背景にこのような結果になったと言える。FATCA法に至っては、外国の金融機関に米国市民・居住者の口座情報の報告を求めるという世界中で大きな負荷を課しているだけに、米国本人が他国からのアングラマネー流出を恐れて情報収集ナシという状況はさすがに不整合にも程があると判断したのだろう。

さらに米国「非居住者」口座には相当数の米国「居住者」が非居住者になりすまして開設しているものがあると言われている。この問題に関しては2000年前半から源泉税徴収に係る規定の強化で臨んできたが、今回の報告義務も合わせてこちらの取り締まりもしたいという側面もある。

理由はともあれ、隣国のメキシコのように、米国に眠る自国アングラマネーの存在を長らく探索してきた外国税務当局にとってはグッドニュースとなる。

Sunday, April 15, 2012

ネットジェットはコマーシャル・ジェット?

アメリカでは都市間の移動の主たる手段がジェット機となる。国土が広大なので多くの都市間で他に実効性のある交通手段があり得ないのに加えて、新幹線のような高速鉄道が少ないことからチョットした距離の移動も直ぐにジェットでということになる。普通はコマーシャルジェット、すなわち航空会社が飛ばしている飛行機を予約して移動ということになるが、空港でのセキュリティーライン、遅れ、いまいちのサービス、狭い席とかいろいろと不便が付きまとう。そこで富裕層はプライベージェットを利用することも多い。

プライベートジェットと言っても会社が保有している(または契約している)ものをオフィサーのような従業員が社用で使うものと、本当に個人で所有しているのを好きに使うもの、でチョット意味合いが違う。会社が保有しているものを使用する場合には、個人使用部分があるとみなし給与となってしまう。また、Private Equity Fundに買収されるような局面では無駄な費用として会社所有のジェットがなくなってしまうようなケースもある。PE Fundのパートナー自身がプライベートジェットで飛び回っているのに、買収対象となるPortfolio Companyにはそのようなパークを認めないという話しに矛盾がないか、という問いに対してPE Fundパートナーは会社のジェットを使用しているのと、自分で個人的に買ったジェットに乗っているのでは本質的に性格が異なる、という回答をしているのを聞いたことがある。確かに、税引後のネット所得で自家用ジェットを購入している人たちは本当にリッチな方たちだ。

*NetJets(ネットジェット)

米国にネットジェットという会社がある。この会社はプライベートジェットの「部分的所有(Fractional Ownership)」という仕組みを確立させた先駆者的な会社で、現在ではあのWarren Buffet氏のBerkshire Hathawayの子会社である。Warren Buffetが、ネットジェットを数年利用してとても気に入ったので会社を買収してしまった、という豪快ないきさつは良く知られている。自分で価値の分かるものに投資するというWarren Buffet投資コンセプトのいい例だろう。

このネットジェット、自分で一機プライベートジェットを買ってしまうよりもコストメリットがあるのと、メンテナンスその他煩雑な手続き一切をネットジェット側で面倒を見てくれるのでとても人気があるようだ。利用する側はジェット機の全体を100としてその何%を所有するかにより相当のコストを支払う。最低%は全体の1/16で、購入した%に準じて年間に利用することができる飛行時間が設定されている。ちなみに16%だと年間飛行時間50時間だそうだ。ロサンゼルスとニューヨークの往復に換算すると約5往復だ。最低%の購入には約$400,000(3千万強)必要とされる(プラス月極めの費用が発生)。またネットジェットで部分持分を買ったオーナーが飛行時間を「ばら売り」することもあり、25時間の飛行時間が約$130,000と言われている(もちろん機体の種類等でかなりのバリエーションがありそうだが)。

もしネットジェットを持っていたら何に使うだろうか?といったしょうもない空想にふけるのは意外と楽しい。ロサンゼルスとニューヨークの往復にコマーシャルジェットを利用する代わりに使うかもしれないけど、ネットジェット持ってる位だったらもうそんなにいつも行き来して仕事する必要もないかも(それでもやってそうな感じが怖いが)。もっと気の利いた使い方としては、金曜日の仕事が終わった後、ニューヨーク郊外の小さめの空港からいきなりミラノにでも飛び立ち、土曜日の朝到着した後(プライベートジェットなので睡眠はバッチリ取れているという想定)、Duomoの近くの奥まった路地のPizzeria/Ristoranteで美味しいイタリアンなんて味わえる展開になったら最高だ。タコのサラダ(ポテトが入っているやつ)とシンプルなパスタまたはニョッキでも食べて、レモン風味のジェラートのデザートみたいな簡単なランチがいい。その後プラプラ散歩して北上し、Turay辺りのまたしても奥まった路地でカフェに立ち寄って一休した後、時間があれば一気に中央駅からユーロスターのテスタロッサじゃなくて「Frecciarossa号」の豪華なFirst Classで週末のうちにフィレンツェ位までは足が伸ばせるかもしれない(僕は別にToreitaliaのエージェントでも何でもないがあの電車は格好いい、特にPremier、First、Executiveクラスの内装。性能とかはよく分からないけど東海道新幹線にもあれ位の雰囲気のを走らせて欲しい)。で日曜日の遅くに向こうを出て、また月曜日からニューヨークで仕事。でもそんな身分だったら月曜日に慌てて帰ってこなくてもいいかも。夢は広がり過ぎるが、それでもどことなく現実に戻ってくるところが何とも言えない。

*ネットジェットとタックス

そんなネットジェットがIRSとタックスでもめていた。米国でコマーシャルジェットを飛ばしている航空会社は乗客チケットに7.5%という外形課税形式の税金、いわゆる「チケットタックス」を支払っている。一方でプライベートジェットのオーナーに同様のタックスはないのだが、IRSはネットジェットがオーナーから受け取るFeeは実質コマーシャルジェットのチケット代に当り、同様のタックスを支払うべきという考え方で追徴を突きつけていた。

ネットジェットのオーナーはプライベートジェットの部分的な持分を買い取った上で、ネットジェットとサービス契約を締結し、飛行機のメンテナンス、パイロットの雇用、その他ジェットを保有する際に必要となる手続き一切の面倒をネットジェットにみてもらう。そのサービスに対しては月極めのサービス費用をネットジェットに支払う。さらに実際にジェットを使用する時間に応じてOccupied Hourly Feeというのが課せられる。過去の判例に、このOccupied Hourly Feeにはチケットタックスが課せられるというのがあるようだが、IRSはそれだけではなくネットジェットが受け取る全ての月極め費用もチケットタックスの対象となると主張し、3億5千万ドル(80円換算で280億円)の追徴を決めていた。ネットジェット側は月極めの費用はチケットタックスからは除外されるべきだとして法廷での争いが繰り広げられていた。

それがこの2月14日に議会からネットジェットへのバレンタインデーギフトとして「Federal Aviation Administration Modernization and Reform Act」が可決され、ネットジェットのようなプライベートジェットの部分持分に基づく飛行はチケットタックスの対象にはならないという修正というか確認がなされた。この条文の立法により、実質ネットジェットのポジションが指示されたことになる。ネットジェットを含むプライベートジェットのオーナーはその代わりに(かなり格安の)燃料タックスの上乗せを支払うという規定となった。チケットタックスは飛行の価値に7.5%だったのが、燃料タックスの上乗せ金額は飛行で使う燃料ギャロン当り14.1セントとなる。

*ロビー活動

ジェット部分所有に適用されるチケットタックスというかなりニッチな話であるにも係らず、メディアでこの話しが大きく取り上げられたのは、この立法に漕ぎ着けるためにネットジェットが$250万ドルを費やしてロビイストを動員して議会を動かしたという点だ。

Warren Buffet氏は「金持ちがミドルクラスと比べて相応の税金を支払っていないのはおかしい」というコメントでミドルクラスから尊敬されている存在なだけに、その彼が間接的に持っている子会社がロビー活動にこれだけの金額を使って自己に都合のいい法律を制定させてしまったとは見損なった、という揶揄する論調がメディアには多かった。実際には単なるオーナーであるWarren Buffetが今回のロビー活動をどれだけ知っていたかもよくわからないし、金持ちが相当の税金を支払っていない法律がおかしいというのが彼のコメントの趣旨であって、いち株式会社であり、多数のジェットオーナーを抱えるネットジェットとしては合法的に支払うべき税金またはチケットタックス以上のものを支払う義務はないし、これでWarren Buffet氏の志が低くなった訳でも何でもない。

ただ、以前に触れたGEによるActive Finance Exceptionのケースも同様だが、パワーと資金があれば議会を動かして便利な法律を制定してもらうことができるのは確かなようだ。

Saturday, April 14, 2012

ボーダフォン・ケースと法律の予見可能性(2)

前回のポスティングでインドにおけるボーダフォンの税務問題を話し始めたが、今回はその続きだ。

*ボーダフォン・ケースの概要

ボーダフォンのケースではいくつかの事業主体が登場する。舞台はタックスのケースに相応しくオランダとケイマンだ。判例その他を読んでも全容が掴み難い部分があるが、簡単にReconstructしてみると次のようになる。Vodafone International Holdings BVという英国Vodafoneのオランダ子会社がハッチソン・ワンポアグループのケイマン法人であるHutchson Telecommunications International Ltd.からCGP Investments Holdings Ltd.の支配権持分を有する株式を110億米ドルで買収したというのが問題の取引となる。このCGPもケイマンの法人であり、多国籍企業の組織上、いかにオランダとかケイマンの法人が多用されているかという点がこのケースをチラッと見ただけでもよく分かる。ボーダフォンはこの買収を通じてCGPが保有するHutchson Essar Ltd.の支配権持分をボーダフォンが入手したことになるが、このEssarという法人はインドで携帯電話事業を展開しているところである。したがって、基本的な絵図としてはオランダ法人とケイマン法人というインドから見たら外国法人同士でケイマン子会社株式の買収があり、その買収の対象となったケイマン企業がその傘下にインドで携帯電話事業を行っている子会社を持っていたというものだ。

インド税務当局はこの買収の対象となったケイマン法人の価値はインドの事業資産に基づくものであるとして、インドで課税対象取引となると認定した。さらに、納税義務を負う者としては、110億ドルの買収対価を支払った側に「Tax Deduct at Source」すなわち源泉徴収義務があったとして、ボーダフォンに追徴をしようとした。キャピタルゲインを認識したのは売り手側であるが、追徴のターゲットとなったのはボーダフォン側であった。ここの部分はおそらく売り手であるハッチソンに課税はしたいけれど、取引に関与している法人がケイマンだったり、究極の親会社が香港だったりとインドで取立てを執行する管轄権が及ばないからこのような形になっていると考えるしかないだろう。ボーダフォン側は取引を実行したのはオランダ法人で取引の対象そのものはケイマン法人だが、インドの携帯事業がインドにあるのでインドに大きな資産を持っているため、徴収が可能と見られたのだろう。

これがかなりのストレッチされた課税であることは、同じパターンを米国とか日本に当てはめてみると分かる。例えば、日本企業が香港法人からその香港法人のケイマン子会社を買収したとする。更にそのケイマン法人がアメリカで事業展開する別子会社を持っていたとする。インド税務当局の理論をそのままこの仮の取引パターンに当てはめると、米国IRSが日本企業に対して、ケイマン子会社を下に辿っていくと米国の事業に行き着くので、香港法人がケイマン子会社を売却して得たキャピタルゲインは米国で課税対象だと言ってきて、さらに買収代金を支払った際に米国の税金を源泉するべきだったと主張して日本企業を課税する、というようなことになる。そもそも自国の法人の株式でも(不動産持分法人とか特定の例外は別として)外国企業同士の買収でキャピタルゲインが出ても課税しないのが一般的である中、外国法人同士の外国法人株式の売買に関して、自国の資産にその価値をトレースして課税してしまうという、今回のインド税務当局の課税はかなりレアな考え方と言える。

*最高裁判所の判決とインド税務当局の対応

この追徴課税に対してボーダフォンは法廷で争い、前回のポスティングで書いた通り、最高裁判所はインドに課税権はないと判断している。

ところが最高裁判所の判決を受けて、インド税務当局および財務省はボーダフォン同様の取引を課税扱いできるような法律の修正をナンと「1962年まで過去訴求して」修正する案を公表した。最高裁判所の判断に真っ向から対抗するばかりでなく、1962年まで遡ると言う過激な案に外資系企業はかなりビックリだろう。せっかく最高裁判所の判断で事が明確になったと思った矢先だ。インド財務省は「技術的には1962年まで遡ることができるが、過去6年を超えては課税関係のオープンするつもりはない」と「公平感(?)」を宣伝しているが、ボーダフォンケースは6年の視野に入るため、不公平感は当然全く払拭されない。

法律の改正は過去訴求しないとうのが大概のケースでの前提となるが、今回のインド財務省の対応はもともと国際課税ルールに照らし合わせてみてもかなり無理がある課税権を主張し、最高裁判所で敗訴し、それを受けて50年も過去訴求して法改正を試みようとしている、と言うもので、そうなるともう何を信じていいか分からない(=予見可能性の低い)状態に近い。

インフラ分野その他で今後ますます海外からの投資が盛んになりそうなインドでこのような法案が提出されてしまうと、投資しようと思っていた海外企業にもかなりの冷却効果があるだろう。現に各国の多国籍企業は今後のインド投資プランの再検討に入っていると言われているし、先進国の財務省からも落胆的なコメントが出されている。せっかくBloombergのGlobal Pollなんかでトップ3位の魅力的な投資先にランクされていたりするにも係らず、ビジネスのやり易さに関しては世銀のレポートでナント134位というとてつもなく低いランキングとなっているのも税法を含む法的その他の環境が難しいからだろう。あのエンロンもかつてインドの発電所建設で相当苦労したという話もあるし。

今後、法改正が提案通りに可決されるのかどうか分からないが、税務システムは予見可能性が高くないと結局はその国が一番の損をすることになるだろう。またFIN 48とかの税務を巡る会計処理もある程度の予見可能性がないと最終的な分析結果が出ず実質機能しないことになる。各国いろいろな個別事情があるとは言え、法律の適用には透明性の確保が望まれる。

ボーダフォン・ケースと法律の予見可能性

ボーダフォンと言えば英国を拠点とする巨大な携帯電話会社で世界中で携帯ビジネスを展開している。日本でもその名はよく知られているし、本拠地ヨーロッパでは街のあちこちにWindとかのいい感じの名前の横にボーダフォンの名前を掲げた店舗が目に付く。一方で米国ではボーダフォン・ブランドは余り知られていない。ボーダフォンはVerizonの大株主ではあるが、VerizonはVerizonブランドで携帯ビジネスをしているので一般の人にボーダフォンの名前は浸透していない。多分その辺のゲームおたくの中学生に聞いても名前を知らないだろう。以前にAT&T買収合戦を演じて一時名が売れたが、この買収劇、最終的にはCingularグループに軍配が上がっている。

そう言えばその昔Cingularの携帯使ってた時しょっちゅう途中で携帯が切れたが、AT&Tが今でもしょっちゅう切れるのはその流れかも。今ではiPhoneでもキャリアーが選べるようになってVerizonネットワークが利用できるので安心だが、AT&Tしか選択がない時代は辛かった。iPhoneとは別にVerizonが使えるBlackberryを持ち歩いて大切な電話はそちらでコールインするという本末転倒な状況だったからだ。AT&Tは地域によってはいいのかもしれないけど、マンハッタンの真ん中で全然ダメだったり、ロサンゼルスのFwy 405走っている最中に何回もドロップされたり、肝心の飛行場で通じなかったり、と個人的に使うことが多い局面で頼りにならなかった。

JFK空港のアメリカン航空のターミナルに昔、大きなビルボードがあり「幻の大陸、アトランティスが今日存在したならば、AT&Tが(携帯ネットワークで)カバーしていただろう(原文はもちろん英語)」と宣伝されていた。ところが、そのまん前でAT&Tを使うと携帯の入りが悪く困ったことがある。アトランティス大陸はいいから、それよりもマンハッタン、JFK、ロサンゼルスのフリーウェイとか基本的なところをまずは押さえて欲しかった。

*法律の予見可能性

インドの税制が外国からの投資に関して仮にUnfriendlyであるとしてもそれを最初から知っていて外国企業がインドに投資しているのであればそれはビジネス判断であり、予想通りに課税されてAfter-Taxの所得が圧縮されていても「想定の範囲内」であれば誰もが納得できるだろう。もちろん、外国企業にとって不利な税制が規定されていれば、限られたキャピタルで高い投資効率を求める多国籍企業がどの国に投資するかという意思決定をする上でその国にとって不利となるのは言うまでもない。

しかし、長期的に更にたちが悪いのは、どのように課税されるかという予測が困難なケース、すなわち法的な取り扱いに関して予見可能性が低いケースだと言える。これは法治国家として致命的な欠点であり、外国企業からの投資意欲を低減させる大きな一因となり得る。

日本の税法も外国から見てると、その適用に関して予見可能性が高いとは言えないケースもあり、長期的な日本の発展を考える上でこの点は改善が望まれると個人的には感じている。例えばのケースだけど、米国のLLCとかLPとかを日本の税法上どのように取り扱うかという点に関していくらなんでもそろそろ日本全国で分かりやすい尺度を明確にして欲しい。LLCは1990年代前半から頻繁に利用されるようになった事業主体だから、その存在が広く認知されてから既に20年の月日が経っている。当初はそのハイブリッド的な性格が分かり難かったというのも理解できるし、税金を取る立場に立つと、LLCを法人とした方が有利なケースもあるし(LLCの損失を取り込ませたくないようなケース)、パススルーとした方が有利なケースもある(LLCの所得を合算したいケース)という点も理解できる。ただ、法律としては単純にどのようなケースにパススルーになるのかという明確な指針が望まれるところだ。

一定の取引を実行したら、どの国でどのように課税されるのかというのを前もってある程度の確証度で予見できる状態、これを税法の予見可能性と位置づけてみるが、今回はそんな予見可能性という点を改めて考えさせられる契機となったインドのボーダフォンケースに触れてみたい。

*ボーダフォンとインド最高裁判所判決

外国企業から見たインド税制の混乱はボーダフォンを巡る取り扱いが3月後半にインドの最高裁判所にてボーダフォン勝利の結果に終わったところから始まる。この判決は多国籍企業がかなり注目していたもので、判決が下されるであろうと予定されていた日は、大手会計事務所、法律事務所の国際税務部門では朝から判決結果を待っているという臨戦状態であった。かつてOJ.Simpsonの刑事訴訟の評決が言い渡される日、オフィスのほぼ全員がキッチン(カンティーン)のTVスクリーンの前に集合していたのを思い起こさせた。

ボーダフォンケースの争点は、ボーダフォンが香港のハッチソン・ワンポアから112億米ドルでインドの携帯会社を取得した取引のインドでの課税関係だ。僕が香港に住んでいた20年程昔でもハッチソン・ワンポアと言えばスワイアグループとかジャーディンとかと並ぶ香港を代表する複合企業のひとつだった。香港の大企業は個人の大富豪が支配権を掌握しているケースが多く、ハッチソン・ワンポアもその例に漏れず、リー・カーシンという大金持ちが大株主兼会長であった。法人税15%程度でオフショアとかキャピタルゲインとか多くの所得が更に非課税という香港なので、儲かりだすと手元に残る財産も半端ではないことが多いな、と実感させてくれる一人だ。彼らが傘下に持っていたワトソンとかPark’N’Shopとかは、香港に住んでいれば毎日でも利用するような店なのでハッチソングループは我々にとってもかなり身近な存在だ。そんなハッチソンが投資していた先のひとつがインドで携帯ビジネスを展開しているHutchison Essarで、ハッチソンがその支配持分をボーダフォンに売却したのが事の始まりだ。

インドの税務当局はこの取引をインドでの課税対象であるとして、ボーダフォンに20億米ドル(80円換算で実に1兆6千万円!)の課税をしようとしていた。これを不服としてボーダフォンは5年越しの法的な戦いをしてきたが、このほどインド最高裁判所はインドの税法上、このようなオフショアディールを通じて外国の企業間で発生しているキャピタルゲインはインドに課税権はないという判断を示し納税者のポジションを指示したのだ。これはボーダフォンの主張そのものだ。またボーダフォンは仮に取引が課税対象だとしても、キャピタルゲインを認識したのは売り手であるハッチソン側なので、課税するのならハッチソンにしてくれ、という旨の代替ディフェンスも合わせて主張していた。

次回はもう少しこのケースの内容、そしてその後のインド税務当局のかなり過激な対応に触れたい。