Monday, May 28, 2007

三角合併(5)・「債務超過」企業の合併

合併と持分継続

合併が米国で適格再編となるには「持分継続」条件を満たさなくてはいけない点に関しては以前のポスティング(2007年5月20日)で解説した。

合併を通じて買収される企業が「債務超過」の状態にある場合、持分継続の条件を満たすことができるかどうかの判断が難しい。債務超過の状態にあるということは、そもそも株主には分配資産がなく、経済的に株主が「所有者」であるとは言えないと考えられるからだ。買収される企業の株主がそもそも企業の所有者でないということは、すなわち持分がないということであり、ない持分は継続されようがない、というのが問題点である。

*債務超過とは

ここでの「債務超過」とは、法人が持つ「資産の時価」と「負債」の差がマイナスとなる状況を言う。資産はオフバランスシートのもの(例、Goodwill)も含む。負債に関してはその認定が難しい場合もあるが、IRSは負債を広義に解釈すると明言していることから、理論的にはオフバランスシートを含む全ての負債を考慮する必要がある。確定債務でない場合には負債の金額決定が難しいこともある。IRSは負債の「Value(価値)」を基に負債の額を決定すること、と規定しているが価値が分からないケースもあるであろう。いずれにしても単にバランスシート上のネット資産がプラス、マイナスだから、または税務簿価ベースでプラス、マイナスだからという以上の分析が求められることは明らかである。

*債務超過と企業再編一般

債務超過にある企業の買収が、仮に適格再編の他の要件を満たしているとしても、再編のタイプにもよるが、税法が意図するところの適格再編となるのかどうかは必ずしも常にひとつの見解がある訳ではない。

企業再編の中でも、80%以上の持分がある子会社の清算という手法に関しては、税法上に「清算配当」がなくてはいけないという旨の記述があるため、債務超過の子会社には非課税の適格清算規定の適用はできないと一般に理解されている。もっとも、そんな状態にある子会社から清算益が発生する訳がなく、子会社に対する投資額が損失となるケースがほとんどであろう。その場合には「課税」取引となる方が損失を認識できる可能性があり、どちらかというと好ましい(子会社と連結納税をしている場合には必ずしも損失が取れないケースがあり、また連結納税規定に基づき投資簿価がマイナスになっている場合(Excess Loss Account)には所得認識の可能性もある)。

清算以外の企業再編に関しても一般には債務超過の企業を対象とする場合には、適格再編の適用は適切ではないとする意見が大勢であり、IRSもその理解でいる。再編後の持分が債権者に移転されるということから、取引の実態は再編というよりも売却に近いということであろう。なお、破産法の適用を受けている企業に関しては特別な規定がある。

*タイプA再編(合併)と債務超過

ところが、タイプA再編、すなわち合併による再編に関しては、債務超過の場合でも適格とする判例がある。これは「債権者=持分を持つ株主同様」であることから、債権者に合併対価の株式が発行されていればそれも持分継続を検討する際に考慮しよう、ということ、そして「債務超過にある企業の株主が債権者でもある場合には、実質株主に持分がある」といういずれかの考え方に基づいている。

日本企業の米国企業再編ではグループ内の赤字子会社を合併という手法で整理することもあるが、その際には判例に基づき適格再編とすることがある。ただし、上述の通り、非適格、すなわち非課税となったとしても損失を認識する可能性が高いため、かならずしも適格が好ましい訳ではないが、各資産の評価に基づく損失の計算等手続き的に面倒となり、そのために非課税取引として処理しているような側面もあるのではないかと思う。

債務超過の企業の合併が適格と取り扱われている判例が存在すること自体、企業再編を巡る税務上の取り扱い上不必要な混乱を招いているとして、IRSは2005年に「ネットでプラスの価値がない企業」を対象とする再編は適格としない、という旨の規則「案」を発表している。現状では「案」ということで法的な拘束力は持たず、上述の判例を利用して適格であるとする主張は現時点では未だ有効である(納税者の主張としてはあり得るということで必ずしもIRSが合意するということではない)。

*三角合併

本題の三角合併に関しては通常の合併と異なる基準(特にReverse三角合併に関しては)がある。次のポスティングにて詳しく触れる。

*非課税とならない場合の処理

上述の赤字会社の合併でも触れたように、「適格ではない=不利」とは限らない。損失が出るようなケースでは課税取引、すなわち「非適格」となる方が好ましい場合もある。合併が非適格となると、買収の対象となる企業レベルでの課税、買収の対象となる企業の株主レベルでの課税の二つを検討する必要がある。

課税取引となると、基本的に合併は資産譲渡の一手法であることから、買収の対象となる企業は合併により、個々の資産を時価で合併の存続法人に譲渡したものと取り扱われる。売却の対象とされる資産は有形のものはもちろん、簿価が認識されていないGoodwill等も(あれば)含まれる。各々の資産に係る売却損益が課税対象となる。みなし譲渡の対価は合併対価と買収される企業の負債(存続法人に引き継がれる)の合計となる(この合計が理論的に買収される企業の資産の時価合計となるはず)。

また、資産を全て譲渡した後で、買収される企業は清算され、旧株主に清算配当を行うものと取り扱われる。株主は株式の税務上の簿価とみなし清算配当として受け取る合併対価の差額を(通常は)キャピタルゲインまたはロスとして課税処理することとなる。

*今後の展望

上述の通り、IRSは債務超過企業の再編に係る取り扱いを取り巻く不必要な混乱を解消するため、2005年に「ネットでプラスの価値がない企業」を対象とする再編は適格としない、という旨の規則「案」を発表している。規則案は納税者、専門家その他からのフィードバックを基に必要であれば改訂され、その後最終規則として発効されるであろう。現時点では「ネットでプラスの価値がない企業」でも判例を基に合併を適格再編とする道は残されているが、規則案が最終となる時点でこの道は閉ざされることとなる。

Friday, May 25, 2007

証券会社による株式等の「取得コスト」報告案

* 米国でのキャピタルゲイン課税

米国で個人が認識するキャピタルゲイン・ロスは、総合課税の一環で各自が確定申告書に報告して申告納税する義務がある。他の所得が最高で35%(連邦)の累進税率の対象となるのとは対照的に、キャピタルゲインはその状況により5%、15%、28%等の「優遇」税率で課税される。株式・債券を少なくとも一年間を「超えて」保有した後で売却する場合に発生する「Long-Term Capital Gain」に対しては15%が最高税率となるため、大半のケースでキャピタルゲインに対する税率は15%ということになる。Day-Traderのように短期(一年以下)で売買を行う取引から発生するキャピタルゲインは「Short-Term Capital Gain」と呼ばれ、Long-Term Capital Gainに対する15%等の優遇税制が適用されず、各納税者の限界税率に準じて課税される(連邦で最高35%)。

年間の売却損益を通算してロスとなる場合にはキャピタルロスが発生するが、その場合には年間$3,000を上限に他の所得(給与、金利、配当その他)との相殺が認められる。キャピタルロスが$3,000を超えるケースでは、未使用金額は翌年に繰り越される。繰越の限度期限はなく、未来永劫繰り越すことができる。3年間の繰り戻しが認められる法人と異なり、個人はキャピタルロスを繰り戻しすることができない。

キャピタルゲインは上述の連邦税に加えて、居住州でも課税される。州税はもともと連邦税と比べて税率が低いためか、キャピタルゲインに対して特に優遇税率が規定されていないのが通常である。

* IRSに対する証券会社からの報告

キャピタルゲイン・ロスに係る申告を取り締まる目的で米国の証券会社は一年が終了した時点で、各納税者が一年間にどれ程の株式・債券を売却したかという報告をForm 1099-Bという様式にてIRSに行う。これは給与、利子、配当等の所得が雇用者、銀行、証券会社からIRSに報告されるのと同様である。もちろん報告のコピーは納税者本人にも送付されてくる。米国市民、居住者、または非居住者でも米国で確定申告所得がある者、全員に総合課税ベースで申告義務が課せられる米国では、一年間にどれだけの所得が発生したかという事実を各自が把握する必要があり、そのためにもこの報告は貴重であると言えるが、報告の一義的な目的はIRSに対して「私は今年この納税者にいくらの所得を支払いました」という情報を提供し、申告漏れを監視することにある。

ここで注意が必要なのは、証券会社がIRSに行うキャピタルゲイン・ロスの報告対象と規定されているのが「売却金額」(Gross Proceeds)であるということだ。給与、利子、配当であれば、課税所得として確定申告書に報告される金額もIRSに報告される金額も同額となるので特に大きな問題はない。

一方、キャピタルゲインに関しては「売却金額=課税所得」ではない。売却金額から取得コストを差し引いた「ネットゲイン」が課税所得となる。したがって、納税者は証券会社から報告される売却金額に自ら「取得コスト」をマッチさせる作業が必要となる。証券会社によっては売却取引に取得取引をマッチさせた計算表を作成してくれるところもあるが、これはあくまでも「参考資料」として投資家である納税者のみに提供されるものであり、IRSにはコピーは送られない。IRSに送付されるのはあくまでも「売却金額」のみである。また証券会社によっては、マッチした情報を出してくれないようなところもあるようで、その際は納税者が自己の記録から情報をマッチして申告書(Schedule D)に記載する必要がある。

さらに、上述の通り、キャピタルゲインに対する税率は株式・債券等の投資資産の「保有期間」により異なるが、取得日等の情報も納税者が自ら申告書上で報告する必要がある。

* 以外に多いキャピタルゲイン未報告に係るIRSからの追徴レター

投資家であれば、株式・債券の売却があれば課税関係が発生するという点は理解しているであろうと思われるかもしれないが、実はそうでもないケースが結構多い。IRSから受け取る追徴レター(Noticeという)の中で以外に多いのがキャピタルゲインの申告漏れに基づくものだ。特に売却金額が再投資されているようなケースでは、投資家の手元に現金が戻ってくることがないため、申告の必要性を感じていないケースが多い。

Noticeを受け取る大概は次のようなパターンである。申告書を出して1~2年すると、IRSからNoticeが届く。Noticeの内容を見ると驚いたことに$10,000単位で(日本風に言うと何百万円という単位で)納税漏れがあり、金利、ペナルティーを加えて至急支払うようにというものである。このようなNoticeを受け取るとかなり焦るものであるが、その内容を見ると証券会社から報告されているキャピタルゲイン取引が申告書に反映されていないという理由が記されている。IRSにはグロスの「売却金額」のみが報告されている点に関しては上述の通りであるが、確定申告書に取得コスト等の情報を明記したキャピタルゲインの申告、すなわちSchedule Dがない場合、IRSは「売却金額=全額ネットのキャピタルゲイン」とみなして追徴の計算をしてくる。これは実態とは大きく異なることが多い。

例えば、過去に$10,000で株式を取得したが、当年に$9,000で売却したというようなケースでは、実際には$1,000のキャピタルロスが計上できたはずであるが、申告書に報告がない場合にはIRSは$9,000(証券会社から報告があった売却金額)をキャピタルゲインと扱って追徴をしてくる。また、もっと最悪なのは、Day-Trader的に売買を繰り返すようなケースである。元手となる資金を仮に$5,000として、これを基に売買を繰り返す。各取引で損益がほとんど出ないようなケースでも、単に売買を100回繰り返すと各取引の売却金額合計はナント$500,000である。証券会社からIRSに行く報告にはこの$500,000が記載されるため、IRSによる追徴は法外な金額となる。最初から確定申告書に報告をしていれば避けられるNoticeである。

そのまま追徴を支払っては本来の税額以上のものを支払うこととなる。したがって、このようなNoticeを受け取った場合には「修正申告」をして追徴の一部、全額を取り消してもらうことになる。修正結果がIRSのシステムに反映されるまでには時間を要するため、度重なる「Reminder」をIRSから受け取りイヤな思いをするという苦い経験となることが多い。

* 取得コスト・保有期間も証券会社が報告するべきという法案

なぜ証券会社は売却金額のみを報告するのかと疑問に思う方がいるかもしれないが、それは単純に法的に報告が義務付けられているのが売却金額のみだからである。顧客サービスの見地からも、リスク管理の見地からも義務もないものをわざわざIRSに報告するような証券会社はない。

このような不便な状況を一気に解決させる可能性を持つ法案がこの春頃から議会で検討されている。2月に下院で「取得コスト、保有期間」も報告対象にするべきという法案が提出されたが、その後上院でも同様の法案が議論され指示を受けている。ただ、立法の趣旨を見てみると、納税者の不便を解消しようということではなく、キャピタルゲインに係る不当な申告に網を掛けるためということのようである。おそらく実態よりも高い取得コストを報告するような例をターゲットしているのであろう。大統領候補のオバマ上院議員も「キャピタルゲインに対する税金の未払いを是正する目的でこの法案には賛成」というコメントを出している。

このようにあらゆる課税所得がIRSに自動的に報告されるようになると最終的にはIRSのウェブサイトにアクセスして内容を確認し、家族状況等の一定の追加情報を入力するだけで申告が終了してしまうような日も近いのかもしれない。

なお、Mutual Fundを通して投資している場合にはFundの中で既にキャピタルゲインが算定されており、確定申告書で報告するべきキャピタルゲインが「Capital Gain Distribution」として1099-DIVに報告される。したがって、個々に取得コストをマッチするのは1099-Bが発行される売買に関してである。ただし、Mutual Fundに関してもFundそのものを売却した場合には1099-Bが発行されるので、通常の株式・債券の売却同様に所得コストの算定(Mutual Fundの場合必ずしも容易ではない)という作業が必要となる。

Tuesday, May 22, 2007

米国オペレーションの損益通算

米国オペレーションの損益通算

三角合併および合併等の企業再編に対する税務上の取り扱いに関して引き続きドラフトしている矢先に、IRSが日本企業にとって興味深い個別通達(Letter Ruling)を発表したので急遽そちらに関して触れておくこととした。今回のLetter Rulingは、外国企業の米国課税所得を算定する際の事業主体間における「損益の通算」に係るものである。Letter Rulingは毎日のように発行され、日本企業の米国オペレーションにとって関連深いもの、そうでもないもの玉石混淆な状態であるが(内容がいい悪いということではなく、日本企業として参考になるかならないかという意味において)、その中で2007年5月23日付けで発表された「Letter Ruling 200720010」はかなり興味深いもののひとつである。

* Letter Rulingとは?

Letter Rulingは実際に行われる取引に関して、前もってIRSに税務上の取り扱いの確認を取るというシステムであり、実存の納税者が関連する事実関係をIRSに全て開示した上でIRSが取り扱いを文書で発行する。Rulingの原本は当然、Rulingを申請した納税者当人のみに秘匿扱いで発行されるが、内容に汎用価値があると判断された場合には、一部修正されたうえで一般公開される。この一般公開されているのがLetter Rulingである。一般公開に当たっては納税者を特定することができる情報(氏名、国名等)は削除され、「Country X」等の表現に置き換えられる(「Generic」となる)。もちろん課税関係に影響のある範囲の事実関係が失われることはない。例えば、法人の設立が米国なのか外国なのかという事実は課税関係に重要な影響を持つことからきちんと明記されたままである。

Letter Rulingそのものの法源としての効力は一義的には申請した納税者のみに適用され、法廷でLetter Rulingの内容を他の納税者が判例として使用することは認められない。しかし、実務上はLetter Rulingの対象とされている取引が、自分たちが行う取引内容と同一な場合、または近似している場合には、IRSがその取引をどのように見ているのかを判断する貴重な情報となる。現に、税務調査でIRSから更正を受けそうになった際に、納税者側に有利なLetter Rulingを見つけて事態を切り抜けたケースは数知れない。ただし、過去の判例が基本的に絶対である裁判所での判断(「Stare Decisis」)と異なり、Letter Rulingは発行時点でのIRSのスタンスを表示しているに過ぎない。したがって過去のLetter Rulingが現在でも有効なスタンスであるのかどうかの確認をしておくというプロセスは、他の法的なリサーチの場合と同様に「Must」である。

* Letter Ruling 200720010

このLetter Rulingに登場する納税者は、外国企業(米国以外の国に設立された法人)であり、米国では「現地法人(子会社)」と「支店」の双方の形態を通じて事業を行っている。上述の通り、納税者を特定できる情報は削除してあるので、どこの国の納税者かは分からないが、日本企業にもピッタリくる内容でもある。

Letter Rulingによると、この外国企業は銀行であり、米国の支店を通じて銀行業を行っている。同時に、米国で買収した100%子会社となる現地法人があり、支店と同時に現地法人を通じても米国でインベストメントバンク事業を行っている。米国の税務に係っている者であれば、この時点で「これは税務上、不利なグループ形態だな」と気づく。現地法人、支店共に米国で事業を行っているにも係らず、課税所得を算定する際に二つの事業主体間で損益の通算が認めらないからである。

案の定、Letter Rulingを読み進んでいくと、現地法人は買収後、損失を計上し、未使用の繰越欠損金(「Net Operating Loss-NOL」)がたまっていく一方で、支店は順調に利益を計上して米国で税金を支払っている現状が事実関係として説明されている。これはキャッシュ・フローに悪影響があるばかりでなく、決算書上(会計上)の実効税率にも最悪の影響を与える。例えば、支店の利益を200として、これに35%相当の70の税金を支払っているとしよう。現地法人の損失を100とする。現地法人の持つNOLは将来の課税所得を圧縮する効果があるので、本来であれば税率を掛けた35の資産価値(繰延税金資産)がある。ところが現状で損失を計上している現地法人が繰延税金資産をそのままバランスシート上認識することは困難であり、評価性の引き当てを計上させられるであろう。となると100の損失に対して税効果はゼロとなる。支店と現地法人の米国事業を会計上合算すると、100の利益に対して70の税金、実に実効税率は70%となる。この例で用いた金額はLetter Rulingとは関係がなく、また実際には親会社の設立国における外国税額控除、ブランチ・プロフィット・タックスその他の影響を考えなくてはいけないが、大きな方向として、損益を通算できないグループ形態下で事業を展開することの不利益は明白である。

* 損益通算できる形態への企業再編

Letter Rulingでは、上述のような不利な現状を受けて、納税者が課税所得を算定する際に「損益通算」を可能とするような企業再編を提案し、それに対して、狙った通りの課税関係を達成することができるかどうかが焦点となっている。損益通算を可能とする再編はいくつか考えられるが、この外国企業が選択した方法は、現地法人を税務上の取り扱い上「支店化」してしまうというものである。支店化する方法として、単純に現地法人を州の会社法に基づき実際に清算してしまうという方法も考えられるであろう(会社法が連邦法ではなく州法で管理されている点に関しては「三角合併」に係るポスティングを参照して頂きたい)。

しかし、実際の清算は、米国法人の資産・負債を外国企業に移管する必要があること、また、現地法人で営んできた事業に係る訴訟その他の負債に関して、外国企業本体の資産がリスクに曝されることなどから得策とは言えない。そこで、この納税者は現状では米国の「株式会社(Corporation)」である現地法人をLLCに形態変更することとしている。株式会社をLLC、またはパートナーシップに形態変更する際には州法上の「合併」という手法が用いられるのが一般的である。すなわち、外国企業が合併の受け皿として新設するLLCに株式会社を合併させる。外国企業が持っていた現地法人に対する株式は取り消され、合併対価としてLLCに対する「メンバーシップ」持分を受け取る。株式会社の持っていた資産、負債、契約関係その他一切合切が法的に自動的にLLCに移管されることとなる。

合併というと株式会社同士のような同一の形態同士のものを想像される方が多いかもしれないが、株式会社とLLCの間で実行される「異種間合併(Inter-Species Merger)」は一般的によくみられる。異種間合併に関しては別のポスティングで後日もう少し詳しく解説する予定である。

株式会社と異なり、LLCは、米国税務上の取り扱いを「パススルー課税」とするか、または「法人課税」とするか、いずれかを任意に選択することができる。これは「Check-the-Box Rule」に基づくものであり、極めて柔軟な規定であり、納税者の弾力的な事業主体選択に大きく貢献している。

Letter Rulingでは、現地法人の事業を受け継いだLLCは「パススルー課税」を選択している。これは「法人課税」を選択しては、今までの現地法人の税務上の取り扱いと差異がないことから当然である。ちなみに、LLCその他の事業主体がCheck-the-Box Ruleに基づき法人課税を選択する例はかなり限られているのではないかと思う。実際に統計を見たことはないがゼロに近いのではないだろうか。

いずれにしてもLetter Rulingの中のLLCが「パススルー課税」を選択したことにより、このLLCは税務上、外国企業の「支店」となる。パススルー課税の対象となる事業主体に少なくとも2人のパートナー、メンバーが存在する場合には、税務上の取り扱いはパートナーシップとなるが、今回のようにメンバーが単独である場合(Single Member LLC - SMLLC)は支店扱いとなる(メンバーが個人の場合には自営業扱い)。このLetter RulingにおけるLLCの利用は、実際に現地法人を清算して支店化するという手続きを取った場合のデメリットをうまく回避している。すなわち、実際に資産を外国企業に移管していないこと、税法以外の目的ではLLCはメンバー有限責任の法人扱いであることから、訴訟等の負債リスクを米国の法人単位で封じ込めていること、である。

LLCが税務上は支店扱いとなるため、税務上は現地法人が清算され、資産が親会社である外国企業に清算配当された取り扱いを受ける。80%以上の持分を持つ親会社に対する清算配当は通常、「非課税」となり、配当される資産の税務上の簿価は親会社により引き継がれる。ただし、これは米国内取引に限る話であり、親会社が外国企業の場合には、例え80%以上の持分条件を満たす場合でも清算配当の対象となる資産に含み益がある場合には課税されるという例外規定がある。更に、この例外規定に対する更なる例外(すなわち外国企業が親会社となる場合でも、非課税措置の適用が認められる)が、財務省規則に規定されている。その一つに「清算配当を受け取る外国企業が、その後10年間に亘り、配当された事業資産を米国での事業に継続して供し続ける場合には非課税の取り扱いを認める」というものがある。この点に関しては申告書に宣誓書を添付する等のペーパーワークが規定されており、Rulingの外国企業はこの特例を利用して非課税で現地法人を支店化するとしており、IRSはその取り扱いを認めている。

* NOLの移管

この取り扱いで将来的に発生する(旧)支店と(旧)現地法人(今ではLLCで税務上は支店扱い)の損益が自由に通算できることになる。再編後は双方の事業共に同一納税者である外国法人に帰属するためである。更に有利なことに、上の80%親会社に対する清算に関しては、他の適格再編に対する取り扱い同様に、NOLを含む税務上の属性が親会社に移管されるという恩典がある。Letter Rulingのケースでも、旧現地法人が認識したNOLが親会社に移管され、再編後に認識される所得(旧支店からの所得を含む)と相殺が可能となるとされている。このLetter Rulingを申請した納税者にとって、NOLの使用に係る確認が取れた意義は大きいであろう。

* 損益通算一般

今回のLetter Rulingでも分かる通り、グループ形態を構築する上で、課税所得の通算を可能にしておくということが実効税率を下げる上で極めて重要である。グループ内の事業主体の課税所得の通算の手段としては、今回のLetter Rulingでも見られるように、LLC等を利用したパススルー課税が効果的である。また、米国内の事業主体だけであれば連結納税も基本的に同様の効果を持つ。この辺りの話しは極めて長くなるので、別の機会に解説する。

Sunday, May 20, 2007

三角合併(4) 合併一般と適格再編

合併が「適格」再編となる条件

前回までの三角合併に係るポスティングで、企業再編としての合併の一般的なメリット、三角合併のメリット、ForwardとReverse三角合併の差異、企業再編の米国税務上の取り扱い一般に関して触れた。今回は合併の米国税務上の取り扱いに関してもう少し詳しく解説したい。

前回触れた通り、税法(Internal Revenue Code)上の規定を文字通り読むと、州法に基づく合併は自動的にタイプAの「適格」再編となるかのように見える(米国外の法律に基づく合併に関しては別のポスティングで触れる)。米国における合併では、多くのケースで買収企業の株式以外の資産(現金、社債など)が対価として利用されることから、合併を全て適格としたのでは実質買収と変わらないケースも適格となり道理にかなわない。

例えば、A社がT社の事業全てを現金で買収しようとする場合、もちろん事業資産、負債、契約関係を個々に買収・取得し、ネットの時価を現金決済するという方法もある。この場合には、T社はGoodwillを含む全ての資産に係る売却益を認識し税金を支払うこととなる。その後、T社を清算するとすると(T社の株主が80%の持分を有する法人ではないとして)、T社の株主はT社株式の税務上の簿価と清算配当として受け取る現金との差額をキャピタルゲインとして認識することとなるだろう。

このような現金譲渡と全く同じ結果を手続き的に格段に容易に得る手段として合併がある。すなわち、T社はA社に合併され、T社の株主は合併対価としてT社のネット価値に応じた現金を受け取るとうい手法である。繰り返しとなるが、合併の対価はA社の株式である必要はなく、現金、社債、優先株、その他どのような資産でも、合併合意書にそう規定される限り問題ない。このような現金を対価とする合併を適格としてTax-Freeの取り扱いを適用するのはもちろんおかしい。実質、前述の現金による取引と何の違いもないからである。現金を受け取ってしまった以上、T社の株主に将来課税できる機会はない(繰延が不可能)。したがって、例え合併という手法を用いていたとしてもこのようなケースでは前述の現金による資産譲渡に対する取り扱いと同様に課税の取り扱いを受ける。

タイプA再編と持分継続

それでは、どのような合併であればタイプAとして適格の取り扱いを受けることができるのであろうか。ここで重要となる要件が前回のポスティングで触れた3つの適格要件のうちのひとつ「持分継続」である。どのようなケースで持分継続の要件が満たされるかという検討は主に判例を通じて進化してきたといってよい。1930年頃からの話である。連邦政府に課税権が認められるようになった憲法改正が1913年であることを考えると比較的早くからこの手の論争が繰り広げられてきたこととなり、この辺りに米国における企業買収を取り巻く環境の歴史の長さ、奥深さを見ることができる。

持分継続と一言でいっても、合併の対価がいろいろあり、その組み合わせも無数であることから、その判断は個々のケースを実質的に検討して行う必要がある。大きな企業買収案件では、普通株式、異なる権利が付与された複数の優先株式、社債、劣後債、現金等が複雑に使用されることが一般的でありることから、この検討は一筋縄ではいかない。またそれだけに納税者側とIRSで意見が合わないことも十分に想定される。税務上の「適格再編(Tax-Free Reorganization)」の基本的な概念は「買収される企業のオーナーが再編後の事業にオーナーの一人として継続して関与するが、その形態にのみに調整・変更がある再編」というものであり、この概念を個別の取引各々の事実関係に適用する必要がある。

持分継続の検討は「買収される側の企業の株主」が、再編後も株主(Equity Owner)として残っているかどうかという点に集中される。すなわち、買収する側の株主の動向は関係ない。買収される企業の株主が企業再編後の事業に対してどのような持分を有しているかというのが検討のポイントである。検討は大別して、「どのような対価が継続した持分となるか(対価の種類の問題)」と「質的に継続が認められる対価の場合、他の対価との比率でどれ位受け取れば十分か(対価の量の問題)」に関して行われる。

合併、すなわちタイプA再編に適格となるための対価の「種類」は「買収する企業(またはその親会社)の何らかの株式」でさえあればいい。株式は議決権があってもなくてもよく、かつ普通株でも優先株でも構わない。このタイプAに係る規定は、対価の種類および量が厳しく規定される株式交換のタイプB(基本的に100%議決権付き普通株式の必要あり)、株式による資産取得のタイプC(80%は議決権付き普通株式の必要あり)と比べて極めて柔軟性が高い。対価が議決権なしの優先株式でもいいとなると、かなり弾力的な再編を行うことができる。ただし、三角合併(2007年5月1日のポスティングを参照)に関しては弾力性が失われるので注意が必要である。

さらに、対価の「量」に関する規定も驚くほど甘い。持分継続の考え方が判例に基づくことから、機械的な%テスト(Bright-Line Test)が規定されているわけではなく、個々のケースの事実関係により%は異なることとなるが、対価に占める株式の割合が25%しかないようなケース、または38%しかないようなケースでも持分継続が認められ、結果として合併がタイプA再編として適格となっている例がある。

38%で持分継続が認められた判例は「連邦最高裁判所」によるものであり、先例拘束力の原則(Stare Decisis)に基づき法律が決定される米国では、この判例はIRSおよび納税者に法的強制力を持つ。ただし、判例は「事実関係が十分に類似している」場合にのみ強制力を持つため、その適用には恣意的な部分が残る。IRSが歴史的に事前通達を発行する際に50%の持分継続を要件としていたため、38%という立派な判例があるにも係らず50%を下回るケースでは要件を満たしていると宣言するのは何となく腰が引けていたのが実情である。

しかし、この点に関しては2005年9月16日以降に効力を持つ「財務省暫定規則」に極めて興味深い規定がある。合併契約に基いて合併対価として発行される株式の時価評価をいつの時点で行うべきかという規定に係る「取引例」の説明の中で、合併対価の40%が「株式」60%が「現金」である取引に関して、比率に係る深い説明もなく「持分継続」を満たすと明言されている。このことから現時点では、タイプA再編に関しては40%にて持分継続の要件を満たすとIRSも認めていると考えていい。

買収される企業が「債務超過」またはそれに近い状態にある場合には特別な検討を要する。また、株式以外の対価(例、債券、現金などでBootと呼ばれる)が併用される場合には再編自体は適格となる場合も、買収される側の企業の株主に課税されることもある。Bootが使用された場合で、一部の株主が課税された場合にも買収対象となる企業の資産の税務簿価が上がらないというデメリットがあり、代替の再編案が検討される場合もある。これらの点は極めて複雑であるが、徐々に今後のポスティングで触れていきたい。

Thursday, May 17, 2007

日米社会保障協定(9)

日米社会保障協定に係るシリーズが長くなってしまったが当ポスティングにて現時点では最後としたい。

今回のポスティングでは、協定の「一時派遣規定」に基づき、FICAが免除されてはずだったにも係らず、雇用者側の手違い等でFICAが源泉されてしまったケースにおけるFICAの還付申請に関してまとめておく。FICAの還付手続きは、Fビザ、Jビザで米国に滞在している者が(ビザの目的に照らし合わせて合法的に)給与を受け取る場合によく見受けられる処理である。Fビザ、Jビザ所有者は一定の条件を満たすことによりFICA源泉から免除されるが、雇用者側で誤ってFICAを源泉してしまうようなケースは比較的よく起こる。ちなみに会計事務所でもFビザで雇用したトレイニーの給与から長期間FICAを源泉していたという笑えないジョークのような話が現実にある。トレイニーに係るケースも、日米社会保障協定に基づき免除されるべきFICAを源泉してしまったケースも、FICAの還付申請手続きは同様である。

還付申請の方法は大別して次の2つである。

1.雇用者による「Form 941(Payroll Return)」の修正

FICAはもともと雇用者が源泉して納付することから、還付に関しても雇用者側でForm 941の修正バージョンである「Form 941C」を提出しFICAをIRSから取り戻すという手続きが望ましい。IRSから還付を受けた上で、対象となる従業員に誤って源泉してしまったFICAを返却するという手順である。この方法を取ることにより、個人各自が還付申請をする必要がない、また雇用者負担分のFICA(FICAマッチ)に関しても還付を受けることができるというメリットがある。Form 941Cは四半期毎に定期的に提出されるForm 941を次に提出する際に添付するという形で提出を行うのがよいだろう。Form 941Cを単独で提出してしまいIRS側の処理がうまくいかなかったケースがあるからだ。

Form 941Cの提出方法はもう一つある。雇用者の名前でForm 843を作成し、それにForm 941Cを添付するというものだ。いずれの方法でも最終的な効果は同一である。

2.各従業員が「Form 843」を提出して還付申請

雇用者による還付申請が望ましいにも係らず、何らかの理由で雇用者が還付申請を行わない場合には、従業員各々がForm 843を提出してFICAの還付申請を行うことが認められる。その際にはForm 843上のLine 5にて事情説明を行うが、その際に、「過大源泉したFICAを従業員に補填していない(the employer has not reimbursed any of the erroneously withheld FICA to the employee )」、また「雇用者として別途FICAの還付を申請していない(the employer has not filed a refund claim for any of the erroneously withheld FICA)」という旨のStatementを雇用者から入手し、添付する必要がある。これは同じFICAに関して二重に還付申請が行われることを防ぐためである。また、適用証明書のコピーを添付するのも還付処理手順の迅速化に役立つ。

各従業員がForm 843を提出する方法で還付されるのはあくまでも従業員の給与から源泉されたFICAのみであり、雇用者によるFICAマッチはこの方法では還付を受けることはできない。その意味でも前述の「雇用者によるForm 941の修正」の方が望ましい方法であると言える。

Wednesday, May 16, 2007

日米社会保障協定(8)

日米社会保障協定が発効した当時は「私はこういう状況ですが、将来いくら米国の公的年金がもらえるでしょうか?」といった質問が多く来て結構な盛り上がりを見せていた。

1.将来の受給額を算定しても余り意味がない?

将来年金をいくら受け取ることができるか知りたいというのは当然なリクエストでる。しかし、退職が目の前に迫っているようなケースを除いては、その試算には余り意味がないかもしれない。米国の公的年金制度も日本の制度同様に曲がり角に達していると言え、今後も同様な算定法が適用され続けるという保証はない。

2002年に発足したブッシュ政権は公的年金の一部を自己リスク負担に基づく「個人投資勘定」に移行させたいという政策を強く希望していた。2004年に大統領に再選された際には、そのような措置が将来的に現実的なものとなる可能性もあるかのように思われたが、その後イラク戦争の泥沼化で政治的な基盤が弱体化し今日では個人投資勘定の設立が語られることは少なくなっている。ただし、これも将来どのような形で再燃するかは誰にも分からない。

個人投資勘定の設立如何に係らず、受給額の算定方式そのものに大きな変更が加えられないという保証なない。年金資産が将来の支給負担に耐えうるかどうかという点も不透明だ。米国の公的年金制度も日本の制度同様に基本的に「世代間扶養」に基づく。したがって、FICAからの収入と給付額のバランスが崩れる場合には、受給額算定方式を変更せざるを得ないような状況となる可能性が高い。それでも「どうしても金額が知りたい」という場合には米国に居た期間にFICAの対象となった給与の金額が分かれば、最寄の会計事務所等で試算してもらえるはずである(費用が掛かるかも知れないが)。

2.日本の社会保険事務所でできる受給申請

協定発効前は、申請者が日本に在住する場合には、在日アメリカ大使館や領事館で申請を行う必要があった。せっかく、受給権が確定していても、米国領事館等に出向いて英語で申請を行なうとなると何となく「腰が引けていた」方も多いのではないか。協定発効後はそのような面倒な手続が必要なくなり、米国の老齢年金の受給申請を日本の最寄の社会保険事務所で受け付けてくれる。その後、社会保険事務所から日本の「加入期間証明書」がマニラに送付される。なぜマニラかと言うと、アジア地域の米国社会保障制度管轄がマニラにあるからである。その後、マニラから本人宛に書類が届きサインをして返送すれば手続き完了だそうだ。マニラから送付されてくる書類は「サイン等簡単な手続きのみ」をして返送できるものと予定されており、困難な手続とはならない見込みである。もちろん従来通り、在日アメリカ大使館や領事館で申請を行うことも可能である。

3.受給申請時に米国のSocial Security Number (SSN)を忘れてしまっている場合は?

この質問はとてもよく受ける。SSN など二度と使わないだろうと信じていた方も多いはずで無理もない。SSNは、氏名、生年月日、母親の旧姓等の基本的情報を日本の社会保険事務所に提供すれば、米国サイドを通じて確認が可能である。ただし、受給権(早くて62歳)が発生する前に忘れてしまったSSNを確認したい場合には、日本の社会保険事務所を経由しての調査を行なうことはできず(社会保険事務所はあくまでも受給手続きを援助するという立場にあるため)、そのようなケースでは従来の手続通り、在日アメリカ大使館や領事館で調査してもらうしかない。ただ、受給権が確定していない段階ではそもそもSSNが必要である局面も少ないように思える。

4.過去に米国で40 Quartersのクレジットがあり、協定を利用しないでも米国の老齢年金の受給権を持つような場合でも日本の社会保険事務所で申請を行なうことはできるか?

上述の通り、協定発効前は、日本に在住する方は、在日アメリカ大使館や領事館で申請を行っていた。協定発効後は、例え「40 Quarters」に達している申請者に関しても社会保険事務所での受給申請が可能となる。ただし、社会保険事務所から申請した場合は、「40 Quarters」以上ある方に関しては本来不要であるにも関わらず、「40 Quarters」未満の方と同様の事務処理となるため、在日アメリカ大使館や領事館から申請するよりも、手続きに時間が掛かることがありそうだ。このため、受給を急いでいるようなケースには余り推奨できない。

5.受給と日本企業の対応

協定の交渉が報道され始めた当初、多くの日本企業が米国から受け取る年金を「何とか会社に取り戻せないものか」と考えていた。これは、ネット保障を原則とする日本企業の給与体系下では、FICAを実質雇用者が全額負担していたことになることから当然の発想であったと思われる。

しかし、協定の発効されてしばらくの月日が経つが、多くの日本企業の最終的なスタンスは「米国からの年金は個人にそのまま渡すが、その代わりに受給手続きに係わるサポートは会社としては提供しない」というものであるようだ。

このようなスタンスに行き着いた理由はいくつか考えられるが、まず、年金を個人から取り戻すことに係わる実務的な煩雑さが大きいと思われる。老齢年金は個人に受給権があるので、年金そのものを雇用者として受け取ることができない点はもちろんである。したがって、従業員からそれを返金してもらうという手続きは私的な雇用契約に基づいて行なわれる必要があり、これは技術的には不可能ではないかもしれない。しかし、受給額が本人の申請のタイミングにより異なる、毎年金額には物価スライド調整が適用される、受給するのは本人ばかりでなく、配偶者または元配偶者を含む可能性もある、受給は生涯続くため会社を退職した後に元従業員相手に手続きを続けていかなくてはいけない、既存の雇用・退職契約内容に修正を加えなくてはいけない等、問題が山積みとなることは想像に難くない。また、生涯雇用制度が必ずしも常に適用される訳ではない今日の現状を考えると、過去の駐在者が別の会社に雇われているようなケースも想定され、一雇用者では対応しきれないという現状も考慮しなくてはいけない。

また、過去に負担したFICAはすでに費用処理されてしまったいわゆる「Sunk Cost」であることを考えると、老齢年金の回収に会社として余計な人的または金銭的なコストを掛けるよりも、今後の負担を最小限にしておくというのが合理的な判断であるようにも感じられる。特に対象となるのが従業員全員ではなく、過去にたまたま米国駐在していた一部の従業員(上述の通り2005年またはそれ以降に派遣される駐在員に関しては受給権が発生しない)のみを対象とすることから雇用者としての係わりは最小限としておきたいという判断もある。現実には、 役員OB等、社内の重鎮の方から何らかの対応を迫られるようなケースでは社内としても何らかの対応をすることとなる可能性も残るが、年金受け取りを個人に帰属させる場合、そもそも受給自体が「たなぼた」的な性格であることを考えると、受給手続きに係わるサポートは会社としては提供しない、というポリシーには合理性があるように思われる。

6.米国公的年金受給に対する米国での課税

グリーンカードを持っていない日本の居住者が米国の老齢年金を受け取る場合、租税条約に基づき米国では課税されない。ただし、米国の社会保障庁に対して、1)米国の非居住者であること、2)日本に住んでおり日米租税条約の規定の恩典を受けることができること、を告知する必要がある。この手の告知は通常はW-8BENという様式で行うこととなるが、公的年金の受給に関しては受給申請時に告知に該当する様式(SSA-21)が含まれるために別途W-8BENを提出する必要はない。

日米社会保障協定(7)

今回のポスティングも日米社会保障協定に基づく米国公的年金受給権に関しての解説を続ける。

1.受給対象者

米国における老齢年金およびそれに準じる公的年金の種類は多くあり、ここで全てを解説することはできないが、日本人の元米国駐在員に最も関連があると思われるのは次の二つである。

A) 本人の加入期間に基づく老齢年金

B) 配偶者の加入期間に基づく老齢年金

2.本人の加入期間に基づく老齢年金

米国で老齢年金の受給を開始することができる最小年齢は現段階では62歳となる。具体的には「月初で62歳になっている」月から受給が可能である。

この月初で62歳になっているという点に関して「人はいつ年を取るか?」という面白い判例がある。米国の法律原文では「62歳になる」という部分は「Attain 62 years old」と表現されおり、直訳すると「62歳に達する」となる。普段の常識(少なくとも日本の)では人は誕生日に年を取るものと考えられている。例えば、2月2日が誕生日の方は2月1日時点ではまだ前の歳でいると感じているはずだ。しかし、その昔、米国では人はいつ年を取るのかという解釈を巡って裁判が起こされたことがあった。訴えた原告側の主張は「誕生日は次の1年が開始される日である」として、誕生日の前日の終わりには年齢がひとつ上がると考えるのが正しい、というものだあった。驚いたことに裁判所は原告の主張を認め、人は誕生日の前日に年齢を1年重ねるという判断が下されました。この流れを酌んで米国の老齢年金受給権を決定する目的では「誕生日の前日」に年を取るという考え方が適用される。すなわち、月初で62歳になっているということは、月の2日の誕生日に62歳になる者を含むということになる。

62歳になると社会保障庁から連絡があるのかというとそうではない。あくまでも貰う立場にある者が「受給申請」を行って初めて受給が開始される。受給権が確立されているにも係らず申請を行なわないとその期間の年金受給権を失うことになる点、注意が必要である。65歳(将来は67歳に引き上げ)になってからの受給申請の場合には最高6ヶ月過去に遡及した受給が可能となることもあるが、受給を決意した場合には遅延なく申請を行なう必要がある。

3.米国における一般的な老齢年金受給額

受給額は、情報さえ揃っていればそれ程複雑な算定をすることなく簡単なエクセルでもあれば試算は可能である。米国で35年以上高給(といっても現在の価値で$90,000から$100,000が目安)をもらっていれば月当たりの受給額は$2,000弱程度となる。当金額は正式な退職年齢(Full Retirement Age)とされる65歳(将来は徐々に67歳まで引き上げ)に始めて受給を開始する場合の金額である。65歳になって受給を受け始める場合に受け取ることができる金額を「Primary Insurance Amount (PIA)」といい、PIAは老齢年金受給額の算定の軸となる重要な金額である。

65歳以前に受給を開始する場合には「繰上給付」に対する減額措置が適用される。減額は「65歳となるまでの月数 X 5/9%」で計算される。したがって、受給の最低年齢である62歳から受給を受ける場合には36ヶ月繰り上げて受給を開始することとなり、20%の減額となる。減額調整された月当たりの受給額は生涯適用されるため、受給開始のタイミングは個々の事情に合わせて検討される必要がある。

逆に65歳を超えて受給を開始する場合には「繰延給付」に対する増額措置が適用される。増額は「65歳を超える月数X 0.5%」だが、70歳になるとそれ以上の増額はない。繰上給付に対する減額措置同様に、増額された月当たりの受給額は生涯有効となる。

給与等の勤務所得を受け取る年に関しては受給額が減額される場合もある。ただし、65歳を超えると他からいくら勤務所得があっても減額の対象とはならない。また、企業年金、利子・配当等の投資所得等の所得はいくら受け取っていても年齢に係らず受給額に影響はない。

上述のPIAおよび該当する調整に基づく月当たりの受給額は一旦申請が行われると変更はないが、実際に受け取る金額は毎年の物価スライド調整の対象となる。

4.協定に基づく老齢年金受給額

協定に基づく受給額の算定も情報さえ揃っていればエクセルでもあれば試算が可能だ。ステップがいくつかあるので具体的な算定法に係わる説明はここでは省くが、簡単に言うと、まず、「米国駐在期間に受け取っていた給与水準で、仮にもし一生涯米国にて給与を受け取っていたとしたら一体いくらの老齢年金がもらえたであろうか?」という仮の計算を行なう。駐在期間の給与は高水準であることが多く、年収(グロス額)で今日のドル価値で$90,000を越えているケースがほとんどだると思われる。ということは上述の米国一般のケースに当てはめると月当たり$2,000近い受給が可能であっただろうということになる。

しかし、実際には生涯米国で勤務していた訳ではなく、この金額をそのまま受け取ることはできない。すなわち、当金額を駐在期間相当に按分する計算が必要となる。具体的な按分は駐在期間ではなく上述の「Quarterクレジット」に基づいて行なわれる。米国では年金算定の基準として生涯勤務年数35年という数値が用いられる。年間4 Quartersのクレジットで換算すると、35年間に溜めることができる最高クレジット数は140となる。駐在が5年間で、毎年それ相当の給与をもらっていたとするとQuarterクレジットは20記録されている。このようなケースでは「20/140(約15%)」という按分率で先の$2,000を減額する。結果算定される金額は約$300となる。また同額は上述のPIAベースとなるため、65歳から受給を受ける場合の金額ということになる。すなわち、65歳以前から受給を受ける場合には上述の繰上給付に係わる減額措置が適用される。例えば、62歳から受給を受けるとすると20%減額となり月当たりの受給額は約$240前後となる。

5.配偶者の加入期間に基づく老齢年金

自分自身では全く米国にて勤務した経験がないようなケースでも配偶者が受給権を得ると、配偶者のPIAの50%を受給することが可能となる。配偶者規定の適用には男女の区別はないが、ここでは話しを分かり易くするために駐在員(男性)に米国勤務経験があり、妻(女性)には米国勤務経験はないものとする。

配偶者規定の適用には、まず駐在員本人が受給権を確立していることが前提となる。ここでいう受給権とは単に62歳になっているということばかりでなく、受給の申請を終えていることを意味する。したがって、62歳になってはいるが65歳まで受給を待っているようなケースでは受給権が確立されているとは取り扱われない。

また、奥様自身が62歳となって始めて配偶者としての受給権が確立する。配偶者としての受給には、受給申請時点で少なくとも1年の婚姻実績が必要とされる。また、奥様が独自の申請をするまでは、たと駐在員本人が受給を開始していたとしても、配偶者規定に基づく受給権は確定しない。奥様が65歳になる前に受給を開始する場合、その時点の駐在員の年齢には関係なく奥様の受給額には繰上給付に対する減額措置が適用されるのが一般的である。

奥様に米国勤務経験があり、自分で溜めたQuarterクレジットに基づく受給額の方が大きくなる場合には、もちろん、自己の算定に基づく金額を受け取ることができる。

日米社会保障協定(6)

前回までのポスティングでは日米社会保障協定の一つの側面である「二重課税の排除」に関して解説してきた。今回は協定のもう一つの側面である公的年金受給権の確定に関して簡単に触れてみたい。我々はタックスの専門であり、社会保障システムとの係りははどちらかと言うとFICAの支払いという側面に関与することが多い。したがって、前回までの二重課税の排除に関してはかなりの紙面を割いて解説したが、受給権に係る取り扱いはIRSの手を離れた若干異質の分野となることからどちらかというと概要を解説するに留める。

1.受給権確立のための加入期間の通算

上述の通り、日米社会保障協定は大別して二つの目的を持っている。第一の目的は、両国にて同時に公的年金等に対する保険料を支払うという「二重払い」の解決、第二の目的は年金受給資格を判断する際に両国の加入期間を通算することを認める「保険期間の通算」である。

2.米国の公的年金受給権確定と「10年間勤務」のウソ

米国では「老齢年金」の受給権を得るためにはFICAを「40四半期相当」支払う必要がある。協定が発効する以前は、米国に数年派遣される駐在員の場合、FICAを支払う期間が短く、結果としてFICAを「掛け捨て」しているケースが多く見られた。

よく「米国での公的年金受給権を確保するには40四半期相当のFICAを支払う必要があるため、米国で10年まるまる勤務する必要がある」というコメントを耳にするがこれは厳密には正確ではない。混乱の原因は 「老齢年金」の受給権を得るためにはFICAを「40四半期相当(Quarters)」支払う必要があるいう際の「Quarters」という用語である。ここで言う「四半期(Quarter)」とは現在では、期間のことではなく、FICAが課される給与の金額を意味する。2007年の計算目的では「Quarter」は$1,000と規定されており(毎年物価スライド)、一年間まるまる勤務しなくでも、極端に言えば1月に$4,000の給与を受け取ればその時点で「4 Quarters」のクレジットが与えられる。ただし、一年に4 Quartersを超える数のクレジットは与えられない。したがって、8年間強の駐在でも暦年8年の前後に給与を受け取っている場合には40 Quartersの支払いがクレジットされていることも可能である。駐在員の給与レベルを鑑みれば、赴任時、帰任時に一年のうち僅かな期間しか米国に駐在していないような年に関しても実は4 Quartersのクレジットが記録されているケースが多いはずだ。もちろん、その年にW-2が発行されていて所得が米国の社会保障庁に記録されていることが条件である。

3.協定下での期間通算

上述の通り、掛け捨ての問題を解消する目的で、協定では両国での加入期間の通算が規定されている。例えば、米国で6年間FICAを支払った駐在員は、協定が発行する以前には何の給付も受けることができなかったが、日本で少なくとも4年間の社会保険に加入していた実績があれば(通常はある)、協定の規定に基づいて、日本における加入期間である4年を、米国の加入期間である6年に加えて考慮することにより、米国での受給権を獲得することができる。もちろん、受給額は実際に10年間米国にてFICAを支払った場合よりも少なくなるが、受給権が発生する点で協定前の状況とは大きく異なる。

なお、米国にて受給権を獲得するために日本の加入期間を通算するには、米国にて少なくとも「6 Quarters」実際にFICAを支払った実績が必要である。

4.2005年に初めて米国に駐在した場合の受給権は?

上述の通り、協定に基づいて受給権を獲得するためには米国で最低「6 Quarters」のクレジットを持っている必要がある。2005年に初めて米国に赴任した駐在員は2005年に関しては10月1日以前に(10月1日以降はFICAの支払いはない)既に4 Quartersのクレジットを得ていると思われるが、年間に記録されるクレジット数が最高4であることから、協定に基づく受給権確立最低ラインである6 Quartersに至らず、将来の受給権の発生がない。一方、2004年の後半に赴任された駐在員の場合、ほとんどのケースで2004年に最低でも2 Quartersのクレジットを得ているものと思われ、受給権が確立する。赴任のタイミングが若干ずれるだけで取り扱いが異なる点興味深い。

5.協定が効力を持つ以前に米国にて社会保障税を納めた駐在員に対する影響は?

協定では、加入期間通算を行う際に「過去の支払い期間」をも含むことができる点が明確に規定している。したがって、そのようなケースでも日本での加入期間を合算することにより、米国で給付権を獲得することができる。ただし、上述の通り、米国にて少なくとも「6 Quarters」のクレジットが記録されている必要があります。この規定から、過去に1年を超えて米国に駐在経験がある方にはほとんどのケースで米国公的年金の受給権が突然発生することとなる。

日米社会保障協定(5)

1.日本企業への影響「コスト減」

先のポスティングでは日米の社会保険料、社会保障税の二重払いが不要となるメカニズムを解説してきた。上述の通り、米国のFICAは6.2%(2007年の課税上限額は$97,500で、上限額は物価スライドする)の「老齢・遺族・障害保険」および1.45%(課税上減額なし)の「高齢医療保険」にて構成されている。また、同額を雇用者側が追加で負担する必要があるため(前述のFICAマッチ)、実際には倍の金額が駐在コストの一部として負担されていることになります。

日本企業の駐在員の多くがネット保障に基づいて給与を受け取っている関係から、FICAの支払いがなくなることにより、グロス支給額が低くなり、その結果、全ての税金が低くなることになるという相乗効果がある。全ての税金が低くなると更にグロス支給額が低くなり、また税金が下がるという「雪だるま」効果が見込まれ、実際のコスト削減に与える影響は「ネット$100,000の給与を受け取る駐在員に関しては約$20,000近く」とかなり大きくなる。もちろん各自に適用されるコスト削減額は、州税率その他により異なる。いずれにしても、実際の給与処理を行う段階でより正確なグロスアップを行なうことがコスト減効果を最大限とする「鍵」となる点は間違いない。

2.日本企業への影響「何かデメリットは?」

ひとつだけ協定が発効となる後のデメリットとして、日本で支払う厚生年金社会保険料が、米国での所得税確定申告時に「外国税額控除」または「所得控除」として認められなくなるという点が挙げられる。この点に関しては税法(Internal Revenue Codeまたは財務省規則)を読んでも明確に触れられていないため、不思議に思う方もいるかもしれないが、実際には社会保障協定を締結することを法的に承認している連邦法(Enabling Clause)にその旨が規定されている。

2005年までは、日本の社会保険料を個別控除または米国外出張の日数に基づいて外国税額控除していた日本企業がほとんどであるが、10月1日以降に支払われる厚生年金保険料に関してはこの取り扱いは認められない。ただし、グリーンカード所有者が日本で勤務しているという状況で、もともと米国でFICAを支払う立場にないようなケースでは、米国所得税の算定をする上で(Sec.911で非課税扱いされる金額に対応する部分を調整した上で)日本の厚生年金社会保険料を控除し続けることができるのではないかと考える。

日米社会保障協定(4)

一時派遣規定とスペシャル・ケース

前回までのポスティングで「一時派遣規定」の一般的な適用をカバーしたが、今回は「スペシャル・ケーース」、すなわちチョッと変わった事実関係に対する一時派遣規定の適用に関して触れる。実はこの辺りの質問は極めて多い。

1.第三国経由で米国に駐在する場合は?

日本から直接、米国に派遣されるケースばかりでなく、第三国から「横滑り」で米国に派遣される場合でも、米国派遣がその時点から5年を超えないと見込まれる場合には一時派遣規定が適用される。

2.一旦帰任したが再度米国駐在する場合は?

一時派遣規定の適用は派遣期間が5年を超えないと見込まれる際に適用が可能だが、一回5年近い派遣を終えて帰任した後に再度米国赴任を命じられるようなケースも想定される。規定上は帰任後少なくとも6ヶ月してからの再派遣であれば、新たな派遣として追加5年間の例外規定適用を認められる。また、特別な理由がある場合には6ヶ月以内の再赴任に対しても弾力的な対応も可能という社会保険超の非公式なコメントもあるので、ケース・バイ・ケースで社会保険事務所、保険庁に相談するべきである。

3.米国にて転職した場合は?

もともと駐在員として派遣されてきた者が米国内で転職する場合には、例え転職が5年以内に行われる場合でも、「派遣」という状態ではなくなり、一時派遣規定の適用は転職後には認められない。その場合は、通常のルールに基づき、米国にてFICAを支払うこととなる。

4.グリーンカード保持者または米国市民権を有する者に対する取り扱いは?

協定下の取り扱いは国籍、永住権有無に関係なく「派遣時の見込み」に基づいて決定される。したがって、グリーンカード保持者または米国市民権保持者であっても日本の親会社に雇われ、米国への派遣が5年以内と見込まれる場合には一時派遣規定が適用される。対象者の国籍は問われない。一方で、米国に駐在して当初の派遣予定期間内にグリーンカードの申請をするようなケースの対応に苦慮している企業も多いようだ。グリーンカードの申請を米国現地法人がサポートする場合には該当者を期間限定なく雇用し続けるという意思表示となることから「5年を越えない派遣」という当初の見込みが変更されたこととなる。その場合、適用証明書に記載される派遣期間内は一時派遣規定をそのまま適用し続けることができる(派遣時の見込みに基づく決定となるためーこの点に関しては前回のポスティングを参照)、その後は無期限で米国滞在が見込まれると取り扱われるため、基本的に延長申請には事実関係、意思表示に不整合が生じ、不適切だと思われる。

5.米国の派遣先が100%子会社でない場合でも一時派遣規定の適用は可能か?

一時派遣の趣旨はあくまでも日本の雇用者が「派遣」を行うということであり、受け皿となる事業主体の形態は問われない。例えば、資本関係の全くない米国の事業主体にトレーニング目的で従業員を派遣するようなケースでも、他の要件を満たしている限り一時派遣の取り扱いが適用される。したがって、派遣先が日本親会社の駐在員事務所、支店、子会社以外の事業主体でも一時派遣規定を適用することに問題はない。

日米社会保障協定(3)

1.協定発効時(2005年10月1日)現在の米国駐在員の取り扱い

協定が効力を持ち始める時点で既に米国に派遣されている駐在員に関しては、協定の発効日である「2005年10月1日から派遣期間が5年を超えない」と見込まれる場合に一時派遣規定の適用が認められる。過去の滞在期間は一切考慮されまない点は実務上の対応を容易にしているといえる。

2.派遣期間に係る「見込み違い」の取り扱い

一時派遣規定の適用があるかないか、はあくまでも派遣期間に係る「派遣時の見込み」に基づく。すなわち判断基準は「派遣時」の「見込み」であり、その後の予定変更は基本的に協定上の取り扱いに影響を与えないと考えていい。この考え方に基づく見込み違いに対する取り扱いは次の通りとなる。

[途中で予定変更があり派遣が5年を超えてしまう場合] これは現実にはかなり「あり得る」シナリオだと思われる。一時派遣規定の適用には、あくまで派遣が開始する時点でその期間が5年を超えないと見込まれていれば問題なく、したがって、そのようなケースでは、派遣時点で交付された適用証明書に記載されている期間に関しては、日本で社会保険に加入し続けることとなり、米国ではFICAの支払いはできない。派遣が5年を超える段階で「期間延長(後述)」を申請することとなる。期間延長が認められる場合にはその期間内は継続して一時派遣規定の適用が可能となるが、延長が認められないようなケースまたは延長期間をも超えて派遣が継続するようなケースでは、その後は通常の規定に戻り(つまり、一時派遣規定の適用がなくなり)、米国にてFICAの支払い、日本の厚生年金保険は加入取りやめということとなる。

[5年超と見込んでいたが、途中で予定変更があり5年以内で駐在が終了する場合] どちらかというと余り起こらないシナリオであるが、 一時派遣規定の適用は、あくまで駐在が開始する時点でその期間が5年を超えないと見込まれている場合に限って適用が可能となる。したがって、駐在が5年を超えると見込まれていた場合には、結果として駐在が5年を超えなかったとしても一時派遣規定を利用することはできず、派遣期間中を通じて日本の厚生年金保険には非加入、米国にてFICAを支払うこととなる。

3.一時派遣規定の延長申請

派遣時の見込みが5年であったにも係らず、予定が変わり派遣期間が延長される場合には「延長申請」を行う必要がある。上述の通り、一時派遣規定はあくまでも「派遣時の見込み」に基づいてその適用が決定されるため、元々の適用証明書に記載される派遣期間内に延期が見込まれるようになったとしても、その時点で一時派遣規定の適用を慌ててストップする必要はない。派遣期間が延期となる場合、元々の派遣予定期間(最長5年)が終了する前に延長申請を日本の社会保険事務所にて行なう必要がある。派遣期間がトータルで5年を超える延長に関しては米国の社会保障庁の審査が行なわれ、米国側のOKを得る必要がある。

延長申請を行なうには、「プロジェクトが長期化している」など、延長が派遣時には予想されなかった理由による必要がある。延長は最長4年(最初の5年を合わせて9年が最長)で、日本の社会保険事務所は当期間内の延長申請は基本的に一旦「受け付け」をするということである。その後の米国社会保障庁による審査で最終的に延長が認められるかどうかの決定が下されるが、1年までの延長申請には比較的柔軟な対応が取られるようである。逆に言うと、1年を超える延長に対してはより慎重な検討が加えられるということとなる。

実際にまだ日米社会保障協定の発効から5年経過していないので、延長の実績はないため、延長がどのような場合に認められるかどうかはあくまでも推測の域を出ない。したがって、現時点では社会保険庁の方の非公式コメント、米国社会保障局の他の国との協定に基づく延長許可例を基に判断するに留まる。比較的多く受ける質問のひとつに「延長の理由は必ず仕事に直結したものでなくてはいけないのか?」というものがある。延長申請の審査はケース・バイ・ケースなので一概にはコメントできないが、場合によっては「子供の学校事情」等の家族関係の事象も申請理由として認められることもあるようである。もちろん、延長理由は「派遣時」には見込まれなかったというのが大前提である。

また「延長は1年毎に申請する必要があるか?」という質問もよく受ける。延長申請時の延長期間については(最長通算の派遣期間が9年を超えない限り)特段制限はない。日本の社会保険事務所での受付時には、通算で9年を超えない限りは延長申請自体は受理される予定である。ただし、あまりに長期に亘る延長申請を一気に行うと米国社会保障庁の承認手続きがより慎重となることも予想される。

日米社会保障協定(2)

1.保険料二重払い問題の解決

米国では給与に対して6.2%(2007年の課税上限額は$97,500で、上限額は物価スライドする)の「老齢・遺族・障害保険」および1.45%(課税上減額なし)の「高齢医療保険」(ここではこれらを合わせて「FICA」と呼ぶ)が課せられる。日米社会保障協定が発効する以前は、日本人駐在員が米国にて勤務する間に受け取る給与も全てFICAの対象となっていた。また、FICAは従業員に課税されるばかりでなく、雇用者も従業員負担額と同額を拠出する義務を負っている(金額をマッチさせることからFICAマッチと呼ばれる)。

一方で、日本人駐在員は日本でもそのまま厚生年金社会保険料を支払い続けるケースがほとんどであり、派遣企業にとっては保険料の両国での二重払いによる派遣コスト増が頭の痛い問題となっていた。 この保険料の二重払いの解決が社会保障協定のひとつの目的であり、協定発効後は協定の規定に基づいて、どちらか一方の国で社会保険料またはFICAを支払うこととなる。

ちなみにこの「FICA」という用語であるが、 米国で仕事をしていると社会保障税をFICA(ファイカと発音する)と表現することは日常当たり前のことであるが、意外にその語源を知っている人は少い。
FICAは「Federal Insurance Contribution Act」という社会保障税の給与控除を規定した連邦法名の略で、今では給与天引きされる社会保障税を意味する一般用語となっている。

2.どちらの国で保険料を支払うか?

協定に規定される基本的なルールは「Territorial Rule」と言い「勤務している国でのみ社会保険に加入する」という簡単なものとなる。ただし、駐在員・派遣員の場合は多くのケースで例外規定である「一時派遣規定」の対象となることが多い、というかほとんどである。

上述の通り、協定の基本ルールは「勤務国のみで社会保険に加入すること」というものである。しかし、駐在員のように一方の国の雇用者から「派遣」されるケースで、かつ派遣時点で派遣期間が5年を超えないと予想される場合には、これを「一時派遣」と呼び「派遣元の国のみで保険料を支払えばよい」という「Detached Worker Rule(一時派遣規定)」が適用される。駐在員は日本の親会社から「派遣」されてくるため、駐在期間が5年を超えないと予想されるケースでは、当例外規定が適用され、日本でのみ社会保険料を支払い、米国ではFICAを支払わない、ということになる。

協定の規定に基づくと、「日米両国」で保険料を支払うことはなくなるが、「どちらか一方の国」では保険料を支払う義務が残る。これは言い換えれば、両国で支払いを続けるというオプションがなくなるということである。またその際に、どちらの国に保険料を支払うか、という選択は協定の規定に基づいて決定される必要があり、雇用者や本人が自由に選択できるというものではない(この点は重要であるが必ずしもよく理解されていないことが多い)。例えば、派遣時点で米国駐在が5年を「超える」という見込みのケースでは、上述の一時派遣規定の適用はなく、勤務地である米国のみでFICAを支払う必要がある。その場合、日本では厚生年金保険の加入者ではなくなり、保険料の支払いは停止される。このようなケースでは、日本では加入者でなくなるという手続きが必要であるが、米国では特別な手続きは必要ない(普通にFICAが源泉される)。

一方で、上述の一時派遣規定に基づき、駐在が5年「を超えない」見込みである場合には、日本で厚生年金保険に加入し続け(すなわち、厚生年金保険料を支払い続ける)、米国でのFICA源泉はできない。この場合、米国の雇用者に「FICA源泉は必要ない」ということを告知する必要があり、その目的で使用されるのが「適用証明書」と呼ばれる様式である。この証明書はその名の通り、駐在員に対して日本の厚生年金保険が適用されていますよ、ということを証明するもので、最寄の社会保険事務所で取得できる極簡単なものである(証明書に米国事業主体の住所が日本語で記載されているので面食らった方も多いのではないかと思う)。

頻繁に受ける質問のひとつに「駐在が5年を超える見込みなので協定上は米国でのみFICAを支払うことになるが、日本の厚生年金保険料も任意に支払い続けけることはできるか?」というものがある。協定の規定はあくまでも「どちらか一方の国のみ」の社会保険に加入というのが原則である。したがって、協定の規定に照らし合わせて、米国で加入となる場合には同時に日本の厚生年金保険に加入し続けるという選択はないものと思われる。国民年金には任意加入という制度があるため、もちろん任意に利用することができるが、厚生年金保険には任意加入という考え方はない。

3.簡単に取得できる適用証明書

日本は従来から英国、ドイツ、韓国と米国同様の協定を締結しており、既にこれらの国の保険料支払い免除を受けるため、「適用証明書」を取得した経験がある日本の親会社は少なくないはずである。米国に係る適用証明書も全く同様の手続きに基づいて申請・取得される。申請に必要となる情報は「日本の雇用者の事業所記号、駐在員氏名、生年月日、日本の年金番号、米国の事業所名、派遣予定期間」等、極めて基本的な情報である。これらの情報を指定の交付申請用紙に記入して、最寄の社会保険事務所に提出することにより申請は完了する。申請は雇用者である日本の親会社により行われ、派遣時点では情報がない米国のSocial Security Numberを申請書に記す必要はない。

上述の通り、適用証明書の交付申請用紙には見込み「派遣期間」を記載する必要がある。最終的に発行される適用証明書には、申請用紙に記載された見込み「派遣期間」が記載される。注意が必要なのは、申請時に記載される派遣期間が5年より短い場合には、当然、適用証明書にも5年より短い派遣期間が記載されることとなる。万一、実際の駐在がこの期間を超えるようなケースでは、例え5年以内であっても延長申請が必要となる。「合計」派遣期間(一回の派遣に関して)が5年以内の延長申請であれば、米国社会保障庁の審査を経る必要がなく、さほど時間を要さずに延長後の新たな適用証明書が発行されるはずである。あくまでも見込みであるため、期間の特定は難しいケースもあるかと思われるが、帰任の日が具体的に定まっていないが、5年は超えないというようなケースでは、最高限度期間である5年を基に申請を行なうのが実務的な対応だと思われる。

4.適用証明書の保管

日本企業の米国駐在員という局面では、適用証明書の主たる目的は米国事業主体の給与課等に証明書を提示することにより、米国FICAの源泉徴収をしていないことに係る法的な根拠を持つということである。したがって、証明書は米国の事業主体にて管理・保管しておく。駐在員という立場で米国勤務する場合には、証明書をIRSに提出したり、確定申告書に添付する必要は一切ない。

たまに「米国から帰任となるので日本に持って帰る」とか「日本の社会保険事務所に返却する」という取り扱いを耳にすることがあるが、そのような必要はなく、というよりもそのような取り扱いは間違いであり、帰任後も米国の事業主体が保管しておくべきである。駐在員が帰任した後に、IRSの給与税関係の調査が入り、証明書の提示が必要となるような事態も想定されるからである。

日米社会保障協定(1)

三角合併等、企業再編に関する新たなポスティングをドラフトしている間に、立て続けに「日米社会保障協定(Totalization Agreement)」の適用に係る質問を受ける機会があった。日米社会保障協定は2005年10月に発効しており、発効前後にはかなりの質問を受けていたが、ここ1年程は特に大きな混乱もなく一段落しているかのようであった。ここにきて複数を質問を受けて感じたのは、企業側では必ずしも日米社会保障協定の適用に関して理解し尽している訳ではないということであった。そこで、企業再編に係るポスティングの合間ではあるが、日米社会保障協定に関していくつかコメントを記載しておく(当ポスティングは筆者が以前に発行したニュースレターを加筆修正したものである)。

まず、社会保障協定は大きく二つの目的を持っている。第一の目的は、両国にて同時に公的年金等に対する保険料(社会保障税)を支払うという「二重払い」の解決、第二の目的は年金受給資格を判断する際に両国の加入期間を通算することを認める「加入期間の通算」である。

社会保障協定というコンセプトは、国境を超えた人的交流が古くから盛んなヨーロッパでは比較的古くから発達したが、米国では、米国外で勤務する米国人に対する社会保障税の二重払いの問題を解決させるために1970年代後半から主としてヨーロッパの各国と締結が始まっている。米国とアジアの協定としては韓国とのものが最初であったが、2005年に日本との協定締結に至った。

多くの駐在員が出向している米国との協定の締結は、日本の経済界が長らく待ち望んでいたものでしたが、2004年2月19日にワシントン国務省において、日本の駐米大使と米国社会保障庁長官との間で協定の最終的な署名が行われ、ようやく現実のものとなった。

日米間の協定は日本にとってはドイツ、英国、韓国に続く第4の協定となる。英国との協定には加入期間の通算が規定されておらず、その意味で今回の米国との協定はドイツ、韓国と締結されたものに準じるが、公的年金制度ばかりでなく、医療保険制度をも対象とする点では、日本が締結した社会保障協定としては最も対象範囲が広いものであるといえる。米国と日本は世界でも群を抜く年金大国の二つであり、日米間でこのような協定が締結された意義は極めて大きい。

日米社会保障協定の適用に係る検討事項はいろいろあるが、ここでは主に日本企業が米国に駐在員を派遣する、また将来日本において米国から老齢年金を受け取るという局面に関して「実務的」な角度から検討を加えてみたい。米国から日本に駐在員が派遣される場合にも、協定の基本的な適用は同様だが、その場合にはまず米国にて社会保障税の対象となり続けることができるかどうか等の追加事項を検討する必要がある。

Thursday, May 3, 2007

三角合併(3)税務上の取り扱い

米国における合併、三角合併の法的な取り扱い、その効用については前回二つのポスティングで触れたが、今回は本題の米国での三角合併の税務上の取り扱いに関して触れる。

日本でも同様であるが、米国での企業再編は「適格」と「非適格」に大別される。実際には「Tax-Free(非課税)」と「Non-Tax-Free(課税)」に大別されると表現した方が正確であるが、日本で適格ということばが定着しているのでここでは敢えて適格、非適格という表現を使うものとする。 また、米国で「Tax-Free」再編といわれる場合も、正確には「Tax-Free(非課税)」ではなく「Tax-Deferral(課税繰り延べ)」という効果を持つに過ぎない。永遠に税金を払わないタックス・プラニングなど現実には多くは存在しない。

言うまでもない話しであるが「非適格=非合法」ということでは全くなく、また「非適格=不利」ということでも必ずしもない。適格であれば単に課税繰り延べという(通常は有利な)取り扱いを受けることができ、一方非適格となる場合には課税繰り述べはなく、通常のルールに基づいて課税関係が決定されるということであり、どちらも立派な企業再編である。企業再編の対象となる法人の持つ資産または法人の株式に「含み損」があるような場合には、課税繰り延べにはメリットがなく、むしろ課税関係を生じさせる取引として再編を実行する方が有利な場合もある。また、適格となる企業再編では、買収される企業の資産の税務簿価はそのまま引き継がれるが、非適格となる場合には時価に「ステップ・アップ」し、その後の減価償却費用が大きくなることもある。

そのようなケースでは、敢えて不利な適格再編の道を選ぶ必要な全くなく、税法上の適格条件を自ら満たさずに、非適格再編とする(一般に適格条件を「Bust」すると言う)。日本でもこの点は同様であるはずだが、現実には損失を認識できるようなケースで「非適格」再編とする(すなわち損失を認識してしまう)ようなアプローチは税務当局の心証を悪くするということで、非適格であるものをわざわざ前以て税務当局に相談して適格かのように取り扱ってもらい、損失を認識しないでおくというような米国では考えられない話しを聞いたことがある。法律として適格、非適格の要件が規定されている以上、規定の濫用に当るような特別なケースを除き、課税所得となるケースでも、損失となるケースでも、適格、非適格の取り扱いは尊重されないとおかしい。

一方で、「Tax-Free」として課税をぜひとも繰り述べたいという状況であれば、企業再編が適格となるように念入りに再編プランを構築する必要がある。例えば、GoogleがYouTubeを16億5千万ドルで買収したが、この買収は株式交換という形(下で触れられているタイプB)で実行されている。YouTube買収の際に行われた投資家向けウェブキャストでオーディエンスから「なぜ現金取引ではなく株式交換なのか?」という質問が出たが、これに対してGoogleの法務担当弁護士は「株式交換はTax-Freeだから」と回答している。YouTubeのオーナーからしてみれば再編を適格とするのは当然であろう。16億5千万ドル(2000億円弱)と評価される対価を受け取り、これに課税されるとなると、もともとのYouTubeに対する投資簿価にもよるが、巨額のキャピタルゲイン課税となり、納税額が300億円にもなり兼ねない。また、買収するGoogleからしてみても、YouTubeオーナーの再編に係る税コストが増加するということは、買収コストがかさむということであり(Googleの資産規模をもってしてはたいしたことはないとは言え)、やはり適格再編とする必要があったであろう。

米国の税法上、企業再編が「適格」となるには、税法に規定される企業再編のタイプAからGまでのいずれかのパターンである必要がある。合併等の「統合」系の企業再編はタイプA、B、C、Dのいずれかに納まる必要がある。各タイプの詳細はいずれまた後日のポスティングで触れたいと思うが、基本的には、Aは州法(または最近では米国外の会社法に基づくものも認められることがあるようになった)に基づく合併、Bは株式交換、Cは株式・資産交換、Dは同一人物(個人・法人)の支配下にあるグループの再編、という内容である。企業再編は必ずしもひとつのタイプにのみ帰属するとは限らず、例えばタイプAでもあり、かつタイプDでもある、というケースも珍しくない。

税法上(すなわちInternal Revenue Code上)の適格企業再編タイプはかなりザックリと規定されているが、この上に財務省規則、判例等が積み上げられ、詳細が規定されている。例えば、タイプAとして適格となる企業再編は「州法上の合併」である。これだけを見ると、州の会社法に基づく合併は全て適格となりそうなものであるが実はそうではない。企業再編の中でも「適格」と取り扱われるものは「単なる組織変更」と言えるケースのみであり、買収される企業の株主が現金を受け取り、再編後の事業に参加しないようなケースは、組織変更ではなく譲渡という性格となり、課税繰り延べは認められない。
そこで、企業再編が適格となるためには、必ずしも税法上にそう記載されていないとしても、基本的にこれだけは満たす必要があるという「前提条件」のようなものがいくつかある。多くは判例により法体系ができあがったものである。1)持分の継続性、2)事業の継続性、3)事業目的、の3つである。ここで厄介なのは(というよりも面白いのは)、この前提条件の適用が各タイプ毎に微妙に異なることがあるという点である。特に注目するべきは、持分の継続性に関して、タイプA再編、すなわち合併に対する適用が他のタイプへの適用と比べてかなり「甘い」という点である。この点に関して次回のポスティングでもう少し詳しく見ていきたい。

Tuesday, May 1, 2007

三角合併(2)他手法との比較

米国における合併の基本は前回のポスティングで触れたが、合併の中でも三角合併という手法に関して簡単に触れておく。米国でも日本語の「三角」と全く同じで三角合併は「Triangular Merger」として知られている。三角合併のメカニズムは日本でも今では広く理解されていることと思うが、通常の二社間の合併とは異なり、3社が関与して行われる合併のことである。具体的には買収する側の企業、その子会社、そして買収される企業の3社である。米国における通常の三角合併では、買収する企業の子会社は合併のために新設される特別目的法人の形態を取る。

二社間の通常の合併では、買収する企業が直接存続法人となるため、消滅法人が持っていた債務の弁済に存続法人となる買収側企業の資産がリスクに曝されるという大きなデメリットがある。消滅法人の債務に関してはDue Diligence等を通じて精査をするにはするが、予期せぬ環境問題、訴訟等に基づく簿外の債務が買収後に顕在化する可能性は否定できない。三角合併では、企業統治をきちんと行っている限り、基本的には子会社レベルでリスクを封じ込めることができるというメリットがある。

三角合併は更に「Forward」と「Reverse」に大別される。Forwardは直訳すると「前方向に」という意味であるが、Forward三角合併は「通常」の三角合併のことである。Forward三角合併においては、買収する側の企業が合併のために新規子会社を設立する。新規子会社である必要はないが、大抵の場合は合併目的で設立される特別目的法人である。この子会社は買収企業(子会社からみた親会社に当たる)が自己株式を現物出資する形で設立されることから、子会社には親会社の株式以外に資産は持たない。買収される企業はこの子会社を存続会社として合併されるのであるが、通常の合併と異なり、消滅法人の株主は存続法人である子会社の株式を受け取らず、代わりに親会社の株式を受け取る。三角合併後の組織図は、買収が株式交換にて行われたケースに極めて近い。唯一の違いは、株式交換では買収される側の法人がそのまま買収側の法人の子会社として存続しているのに対し、Forward三角合併では買収側の法人が設立した新規子会社が存続し、もともとの買収される側の法人は合併により消滅しているという点である。

最終結果が株式交換または通常の合併と類似しているにも係らず、三角合併という手法が好まれることがあるには理由がいくつかある。まず、三角合併という手順を踏むことにより、買収される側の法人を必ず100%子会社とできる点が挙げられる。すなわち、買収される側の株主に、仮に買収を望まない少数株主が存在したとしても「合併」という手法を用いることにより、強制的に買収する側の親会社の株式と交換させることができる。株式交換では、州法、手順にもよるが、個々の株主との買収交渉となるため、必ずしも少数株主全員から株式を取得することができるとは限らない。少数株主の存在は、買収する側にとってみると、買収後の戦略決定・実施に当たり、少数株主に不利益をもたらすという訴えを起こされるリスクを常に抱えることとなることから好まれない。これは少数株主が存在する場合には、経営者は少数株主に対しても受託者義務を負うこととなるため、企業として取るアクションが少数株主に不利益をもたらすことがないよう配慮する必要があるからである。これはもちろん悪いことではないが、実務的には弾力的な経営を困難にするような側面もあり、買収する側としては避けたいパターンであるのは間違いないであろう。株式交換という手法を用いる場合にも、州法で「Plan of Exchange」という手法が規定されている場合には、買収に反対する少数株主に対しても株式交換を強制する手段がある場合がある。

また、実務的に多くの株主と個々に株式売買契約を締結することは難しい。この点に関しては「アメリカで三角合併が多用される訳」でUpdateしたのでそちらを参照のこと。

次に、この点も州法によるが、一般的には三角合併実施の手順には買収する側の企業(親会社)の株主の同意を必要としない。すなわち、合併の当事者はあくまでも特別に設立された子会社となることから、その株主である親会社が株主として合併を承認すればいい。親会社が株主という立場で承認を行うケースでは、親会社の取締役が決議をすれば十分であり、その上更に親会社の株主に同意を得る必要はないというのが原則である。ただし、NASDAQ、NYSE等に上場している場合には特別な規定が適用されることもあるので具体的には個々の案件別に証券法専門の弁護士と確認する必要がある。

もうひとつの三角合併である「Reverse」三角合併であるが、Reverseというのは直訳すると「逆向き」ということであり、Reverse三角合併は文字通り、合併の方向が逆となる。すなわち、Foward(通常の)三角合併では、買収用に特別に設立された買収側企業の子会社が存続法人として合併が行われるが、Reverse三角合併ではなんと、特別に設立された子会社が「消滅法人」として買収される側の法人に合併されるという形を取る。具体的なメカニズムは多少複雑であるが、合併合意書に基づき、合併と同時に買収する側の親会社が持っていた特別目的子会社の株式は、買収される企業の株式に転換される。これは、買収される企業が存続し、特別目的子会社は消滅することから当然である。また、買収される企業の株主が持つ株式は、同じく合併合意書に基づき、買収する側の親会社の株式に転換される。この親会社の株式は、特別目的子会社が設立された際に、親会社から子会社に現物出資された株式そのものである。Reverse三角合併の結果達成される組織図は、株式交換により達成される組織図と「同一(Forwardのケースでは類似)」である。すなわち、買収される企業は消滅せずにそのまま買収側の親会社の子会社に落ち着いている。また、買収される企業の株主は、買収される企業の株式の代わりに買収側の親会社の株式を受け取っている。

買収する側の、しかも買収目的で特別に設立した子会社が、合併に伴ってすぐに消滅してしまうReverse三角合併は一見、奇妙な手法と移るかもしれない。しかし実際にはかなりよく見受けられる手法である。まず、Reverse三角合併という手法をとることにより、Forward三角合併のケース同様、買収される側の少数株主を一掃できる。また、買収側の親会社の株主の承認が必要ないという点もForward三角合併と同様である。

Reverse三角合併がForward三角合併よりも好まれるケースを見ると、買収される企業に価値ある契約関係、権利関係等が存在することが多い。本来、合併では、消滅法人の資産、負債に加えて契約関係等の権利関係も法的に(自動的に)存続法人に継承されるのだが、現実には契約上の規定として、当事者の変更(消滅法人から存続法人に契約当事者が変更される)には相手方の承諾が必要であるするケースが多い。契約を結ぶ者にとっては、契約相手が同規模の企業だと思い安心して契約を結んだら、いつの間にか相手が大企業に買収されて、契約の履行に関して不利な状況に追い込まれるというようなケースも想定される。したがって、例え合併を通じてであっても、むやみやたらに相手が変わるリスクを取る必要はなく、このような規定は当然盛り込まれるべき条項である。

また、買収される側が価値の高いライセンスを持っているようなケースもある。合併では法的には権利関係は存続法人が継承するが、ライセンスの条件に合併等によりライセンシーの法人格等に変更がある場合には、ライセンス契約そのものの見直し、ロイヤリティーレートの見直し、等の条項が含まれていることも多い。このようなケースではReverse三角合併という手法を用いることにより、契約主体、ライセンシーの身分の同一性を保つことができ、上のような見直し条項に抵触するリスクをかなり下げることができる。

また、結局は破綻したダイムラーとクライスラーのもともとの合併も、二つの巨大企業を再編する手法のステップのひとつとして米国サイドではReverse三角合併を伴っていたはずだ。ダイムラーとクライスラーの合併は、その規模もさることながら、米国とドイツという異なる国の企業同士の再編であったことから、大手日本企業としても参考になる部分も多い。この合併の手法、税務上の取り扱いに関してはまた別のポスティングで改めて触れてみたいと思う。