Friday, August 31, 2007

TextronケースにみるタックスワークペーパーのIRSへの提出義務

昨日、米国地方裁判所は「Textron」というケースの判決にて、税務調査の一環でIRSが発行した「Tax Accrual Workpaper (TAW)」に対する「文書提出命令」に納税者は従う必要はないとの判断を下した。2007年8月18日のポスティング「FIN 48(7) IRS税務調査に与える影響」にてIRSはTAWの資料請求を「自粛」しているポリシー(TAW Restraint)に関して触れたが、今回の判決を見ると、事実関係次第ではIRSが自粛を解いてTAWの提出を要求したとしても、TAWの提出を法的に拒否することができる局面があり得ることが分かる。判決の対象となる課税年度は1998年~2001年ということなのでFIN 48導入以前のものであるが、FIN 48ワークペーパーを含むTAWの提出に対する考え方としてFIN 48導入後にも参考になる部分が多い。

*Textronケースの事実関係

判決に関係が深い事実関係を簡単にまとめると次の通りだ。Textronの社内タックス部門には6人の弁護士と複数のCPAが勤務している。Textronのタックスに係る検討は社内タックス部門に加えて、法律事務所、会計事務所のアドバイスに基づいて行われている。1998年~2001年に対するIRS税務調査の過程で、IRSは実に500を超える資料請求(IDR)を発行し、Textronはひとつの例外を除きその全てに対応している。そのひとつの例外は「TAW」の提出を求めるものであった。

TextronのTAWには、税法がグレーでIRSと合意を得られないかもしれないポジションの説明、それらのポジションを訴訟に持ち込んだ場合にTextronが勝つ可能性、訴訟で負ける場合に備えて適正な水準の引当金の計算、が含まれている。一方で、各取引きの事実関係を裏付ける契約書等はTAWには含まれていない。

上述の通り、TAWは資料請求の対象にしないというのがIRSのポリシーであるが、Textronケースにおいては対象となる取引きが「SILO」と呼ばれるタックス・シェルターであったことからTAWの提出を求めていたものである。

*IRSによる文書提出命令

IDRで請求した資料の提出がない場合、IRSは税法に規定される「文書提出命令(Summons)」を発行することが認められる。文書提出命令を発行しても資料の提出がない場合には、IRSは連邦裁判所に提出の強制を申し立てることができる。その場合、裁判所に強制される資料を提出しないということは裁判所侮辱に当たり、企業側から見ると基本的に提出を余儀なくされる。

IRSによる裁判所への申し立てが認められるためにはいくつかの条件が揃わなければならない。すなわち、文書提出命令が適切な目的のために発行されている、またその目的を達するのに適切な内容である、他の資料から分かるような内容ではない、適切な手続きに基づいて発行されている、といった条件である。更に、仮にこのような条件を全て満たしている文書提出命令であっても、対象となる資料が「秘匿特権(Privilege)」により守られている場合には、企業側は提出を拒むことができる。

*文書提出命令の正当性

IRSによる文書提出命令が適切な目的で発行されているその他の条件に関しては、IRSが表面的にその基準を満たしている場合(Prima Facie Case)には、その反証義務が企業側に移る。今回のケースではTextronはその反証義務を果たしているとはいえず、文書提出命令そのものの正当性には問題はないとされている。

*秘匿特権(Privilege)

秘匿特権として最も一般的なものは「弁護士と依頼者の間のやり取り」に付与される「Attorney Client Privilege」であろう。しかし、Privilegeには他にもいくつか種類がある。Textronのケースでは「Attorney Client Privilege」の他にも、「Tax Practitioner Client Privilege」、「The Work Product Privilege」の全てが有効であると認められている。その上で面白いのは、「Attorney Client Privilege」および「Tax Practioner Client Privilege」に関してはTAWを外部監査手順の一環で監査人(E&Y)に見せていることをもって、秘匿特権を企業自ら「権利放棄(Waive)」しているとされている点だ。したがって、最終的に決め手となったのは「The Work Product Privilege」であった。

*The Work Product Privilege

この秘匿特権は訴訟の準備または訴訟を予測して弁護士が作成する資料に適用される。Attorney Client Privilegeは弁護士と依頼者の間の率直なやり取りを促進するのを目的としているが、The Work Product Privilegeは弁護士が訴訟相手の介入を心配せずに訴訟に係る戦略立案ができるようにするという目的を持つ。せっかく訴訟に係る戦略立案を行ってもその内容が審理準備段階の情報開示(Discovery)等のプロセスで相手側に知れては不公平だということだ。

また、The Work Product Privilegeは、Attorney Client Privilegeと異なり、一旦Privilegeの存在が認められたとしても、相手側にその資料を入手する「かなり強い必要性」が認められる場合には、Privilegeの効果がなくなる「条件付」Privilegeである。

したがって、The Work Product Privilegeの適用有無の決定にはまず、このTAWが訴訟を予測して作成されたものかどうかを検討する必要がある。この点に関してTextronはもちろん「訴訟の可能性を予測して作成した」と主張し、IRSは「単なる通常業務の一環で作成されているものだ」と真っ向から対立した。

「訴訟を予測していた」かどうかの判断基準はひとつではないが、Textronケースにおいて裁判所は、資料は「訴訟の可能性を理由に作成されたていたか」という点にフォーカスして検討を行う「Because of」基準を適用した。TAWでは訴訟の際の勝ち目が数量化されている点、訴訟で負けるケースに備えて引当金を計算している点、を挙げて間違いなく訴訟の可能性があるからこそ作成されている、すなわち訴訟を予測して作成されたものであると判断された。また、過去にTextronは3回もIRSとの争いを実際に法廷に持ち込んでいるという「実績」があり、訴訟を予測していたという主張が単なる空論でないことを裏付けている。

*The Work Product Privilegeはなぜ「権利放棄」されてないか?

次に他の二つの秘匿特権が権利放棄されたと取り扱われているのにThe Work Product Privilegeはなぜ権利放棄されていないかという点も重要だ。上でも触れたがAttorney Client PrivilegeもTax Practitioner Client Privilegeも基本的にその目的は弁護士と依頼者の間のやり取りが外部に漏れないことを保障し、適切なアドバイスを提供できる環境を整えるというものだ。その意味で、相手が誰であれ第三者に内容を開示するというのは目的と不整合であり、権利放棄に繋がる。

一方、The Work Product Privilegeは弁護士が訴訟相手の介入を心配せずに訴訟に係る戦略立案ができるようにするという目的を持つことから、「訴訟の相手」に知れる可能性がある開示のみが目的と不整合となり、他の開示は権利放棄に繋がるものではない。したがって、監査人に対する開示はThe Work Product Privilegeの権利放棄にはならないことになる。

上述の通り、The Work Product Privilegeが一旦認められる場合でも、IRS側で入手の「強い必要性」を証明できれば資料提出が求められる。この点に関しても、IRSはTextronの弁護士がどう考えているかということ意外の事実関係はいくらでも他のIDRを通じて入手できる立場にあることから、TAWの入手に強い必要性があるとは認められないとされた。

*Textronケースの影響

Textronケースでは、「訴訟を予測して作成された」というどちらかというと狭い範疇の資料に対して法的なプロテクションが認められたに過ぎない。また、例え自社のタックス部門に弁護士を揃えていても、TAWを監査人に見せることによりAttorney Client Privilegeは放棄されてしまうことも明確に指摘されている。したがって「通常の局面」ではTAWの提出命令を法的なディフェンスで拒むという戦略を取るのは困難ではないかと思われるかもしれない。ただし、そもそも通常の局面ではIRSはTAWを資料請求しないというポリシーがあることから、TAWが請求されること自体がかなり特異な状況であると言える。そのような特異な状況に置かれる申告ポジションが存在する場合、訴訟を視野に入れた企業側の対応は必ずしも珍しいことではないと思われ、その意味でTextronケースは十分な適用可能性を持つ判例となる。

*IRSの反応

IRSは判決後の記者会見では、IRS敗訴の知らせに聴衆が勢いづいている雰囲気を察し「皆さん落ち着いて下さい」と全体を制した後、「The Work Poduct PrivilegeをTAWには適用されるとした判決はおかしい」としう持論を展開し続けた上で「今回の判決の影響は長くは続かないだろう」と占った。控訴するかどうかは明確ではないが、控訴する場合には「TAWにThe Work Product Privilegeを認める際に、過去の判例等が提示されていない点を突いていく」ことも明らかにした。また、今回の判決によりIRSの提出命令に係るポリシーに変更があることはないとしている。

敗訴してもポリシーを変えないというのは「(基本的に)判例が拘束力を持つ」の米国においてルール違反ではないかと思われるかもしれない。実はIRSは地方裁判所、Tax Court、控訴裁、等の判例に従う必要がない。もちろん訴訟を持ち込んだ本人に対しては判決は有効であり、「Res Judicata」の原則も適用される。また最高裁判所のケースはIRSにももちろん拘束力を持つ。

しかし、同様の事実関係を持つ「他の納税者」に対してはIRSは敗訴となったその同じ主張を取り続けることができる。控訴裁の判決に関しては控訴裁の管轄地域(Circuit)内では一応判例としての効果を認めるが、米国全体としては判決に束縛されない。IRSは敗訴した判決の中で重要性が高いと思われるものに関して「Action on Decisions」という文書にて判決に同意するかどうかを公開している。

したがって、Textronケースの判決が出た後もIRSはポリシーの変更をする必要はない。ただし、同様の状況にある納税者がTextronと同じ地方裁判所で同じ問題点を争う場合には、「判例主義(Stare Decisis)」に基づき、今回と同様の判決が下されるはずである。

Sunday, August 26, 2007

パートナーシップ合併とSec.704(c)資産

つい先日、パートナーシップ「合併時」の「704(c)資産」の取り扱いに係る財務省規則案が発表された。パススルー、企業再編「おたく」の僕にとってはかなり興味深い分野であるため、早速その内容をポスティングすることとした。なお、ここでいうパートナシップは税務上パートナーシップと取り扱われるLLC(すなわちほとんど全てのLLC)を含む。今回はいつもよりも税法のSec番号が多く登場する点予めご了承頂きたい。

*704(c)資産

Sec.704(c)はかなり複雑な規定であるが、概要は次の通りだ。まず、Sec.704(c)資産とは「パートナーがパートナーシップに現物出資する際に含み益(または損)を持つ資産」である。通常、パートナーがパートナーシップに出資を行う時点では例え含み益を持つ資産を出資したとしてもパートナーは課税されない。その代わりにパートナーシップは資産の「税務上の簿価」をパートナーから引き継ぐ。結果として資産は含み益を持ったままパートナーシップの手に渡ることになる。将来的にパートナーシップが含み益を認識した時点で、出資時点の含み益が他のパートナーに配賦されるのを防ぐためにSec.704(c)が規定されている。すなわち、含み益が実現された時点で、含み益相当のゲインは出資パートナーに優先配賦されなくてはいけない。また、パートナーシップが資産を売却しない場合も、減価償却の特別な配賦を通じて、徐々に出資時点の含み益を出資パートナーに認識させるようなメカニズムも規定されている。

*704(c)資産の分配・代替資産の分配

パートナーシップが資産を売却する代わりに7年以内に他のパートナーに資産を分配した場合には、出資パートナーは出資時点の含み益(分配時点で残っている金額)を認識する必要がある。これをSec.704(c)(1)(B)ゲインという。これは「他に売却するとSec.704(c)ゲインを認識させられるから、それでは他のパートナーに分配してしまおう」というスキームに網を掛ける目的で規定されるものだ。

また、さらにSec.704(c)(1)(B)規定を迂回する目的で、出資パートナーがパートナーシップから「他の」含み益を持つ資産を受け取るようなケースが見受けられたことから、Sec.737という規定が設けられた。すなわち、もともと含み益を持つ資産をパートナーシップに現物出資したパートナーが7年以内に含み益を持つ他の資産の分配を受けた場合には、出資時点の含み益(分配時点で残っている金額)と新たに分配を受けた資産の含み益のいずれか低い方の金額を所得として認識する必要がある。これをSec.737ゲインという。

元来Sec.737は、含み益を持つ資産を出資したパートナーが既にパートナーシップから脱退してしまっているとSec.704(c)(1)(B)では課税できないというような事態に網を掛ける目的で制定されたはずなのだが、出資パートナーに対する通常分配(清算分配でないもの)にも適用されるため、その効果は単にSec.704(c)(1)(B)を補完するという目的を逸脱していると言える。

*パートナーシップ合併時の取り扱い

今回の規則案によると、パートナーシップが他のパートナーシップに合併という手法で全資産・負債を移管し、消滅パートナーシップのパートナーが存続パートナーシップの持分を受け取る場合には、その時点で合併による資産移管を理由にSec.704(c)(1)(B)またはSec.737に基づく含み益の認識はないとされる。しかし、合併後にSec.704(c)資産が分配される、または消滅パートナーシップの旧パートナーが合併後に存続パートナーシップから資産の分配を受ける場合にはSec.704(c)(1)(B)またはSec.737ゲインの認識を検討する必要がある。

Sec. 704(c)(1)(B)もSec. 737も「7年」以内の分配が問題とされるが、もともとの出資時点での含み益に関しては、出資時点から7年を数えればよく、パートナーシップの合併により新たな7年が始まる訳ではない。一方、合併時の含み益、すなわち消滅パートナーシップが持つ資産の時価が合併時点で税務簿価より高い場合の差額、に関しては新たにSec.704(c)に抵触する含み益となることから、その部分に関しては合併から7年以内の分配が問題とされる。

合併時に認識される含み益に関しては、単独のパートナーが存続パートナーシップに資産を出資した発生した訳ではなく、消滅パートナーシップによる資産移管により発生していることから、消滅パートナーシップのパートナー各々に含み益の一部が帰属することになる。したがって、合併により発生した含み益に関して、将来的に消滅パートナーシップの旧パートナーに資産が分配されSec.704(c)(1)(B)ゲインが認識される場合には、分配を受けるパートナー以外の消滅パートナーシップのパートナー達に帰属する含み益のみが課税所得として認識される。

*2度目の合併

パートナーシップが2度目の合併を経験する場合には、上述のルールがそのまま適用される。すなわち、最初の合併時に発生した含み益に関しては最初の合併から7年間Sec.704(c)(1)(B)およびSec.737の規制を受ける。そして、2度目の合併時に発生した含み益に関しては2度目の合併から7年間Sec.704(c)(1)(B)およびSec.737の規制を受けることになる。

*同一持分を維持するパートナーシップ合併

合併時に含み益を持つ資産がある場合に、合併により新たなSec.704(c)資産が発生するという上の規定は、合併前後でパートナーシップに対するパートナーの持分が同一である場合には適用されない。ここでいう「同一持分」とは、キャピタル(Sec.704(b)に基づ決定されるもの)、所得・損失等の配賦比率、パートナーシップ負債の配賦比率、が合併前後で同じ場合を意味する。つまり合併による存続パートナーシップも消滅パートナーシップと全く同様のパートナーで構成されており、各々の持分が完成に同じというケースだ。そのような合併は単なる形態変更であることから新たなSec.704(c)資産は発生しないと規定されるのは当然であろう。

また、正確には同一持分を受け取らない場合でも、キャピタル、所得・損失等の配賦比率、負債の配賦比率が合併前後で少なくとも97%同じパートナーに属している場合には、同一の持分を受け取っているもの同様に取り扱われる。

*Sec.704(c)処理法

合併前に存在する出資時の含み益に関する704(c)の処理(Ceiling Rule、Curative Allocation、Remedial Allocation等)に関しては合併前に選択された方法を継承してもよいし、合併時点で新たな処理法を選択してもよいとされる。合併時に新たに発生した含み益に関しては、合併後に適切な704(c)処理法を選択する必要がある。

Friday, August 24, 2007

拡大する州の課税権: FIN 48負債にも影響

*New Jersey州からの手紙

最近、何軒か相次いで「New Jersey州からこんな変な手紙がきたのですが・・・」という内容の質問を日本企業から受けた。手紙を見るとそれは典型的な「Nexus Questionnaire」であった。Nexusという用語がタックスの世界で使用される場合、それは簡単に言うと「州が企業に対して課税権を行使し得る州内活動」を意味する。すなわち、この手紙はNew Jersey州内での活動内容を企業側に詳細に回答させ、New Jersey州が課税権を行使するに足る活動をしているかどうかを州側で見極めるために送付されてきているものだ。

*Nexus Quesionnaire

このようなNexus Questionnaire自体は特に目新しいものではない。例えば、自社製品をどこかの州の貸倉庫に置いていたりすると、その州の税務当局が倉庫を回り、どんな企業の在庫が保管されているかをチェックしたりする。在庫を州内に持っていると州が課税権を行使できる確率が高いため、倉庫に保管してある在庫の持ち主を特定し、その州に法人税の申告書が提出されていないようであれば、手紙が発行される。また、従業員に給与を支払うと州の所得税、雇用保険等を源泉徴収して州に納めることになる。従業員が州内にいるとやはりその州が課税権を行使できる可能性が高いため、雇用者が法人税を支払っているかどうかがチェックされる。法人税の申告書が提出されていないようであれば、やはり手紙が発行される。

*一見何の関係もない州からの質問

しかし、今回New Jersey州から手紙を受け取った企業はNew Jersey州には物理的には何も有していない。すなわち、商品もおいていなければ、事務所等の施設もなく、また従業員もいない。しかし、企業担当者から話を良く聞くと驚愕の共通点が見出された。ナント、New Jeresy州との「唯一の接点」は、New Jersey州にある第三者企業からのロイヤリティーを受け取っているということであった。しかも、手紙を受け取った企業の中には日本企業の米国現地法人の他に、日本にある日本法人が含まれていた点も驚きであった。

*州の課税権

米国連邦憲法の規定(「Commerce Clause」「Due Process Clause」)により、州による企業への課税権は制限されている。敢えて簡単に言ってしまうと、まず、その州と何らかの関係、すなわちNexusがないと州は企業に課税権を行使することができない。また、課税権が行使できる場合でも、企業全体の所得のうちその州に関連する金額のみに課税することができる。この後者の制限は通常、売上、人件費、資産に基づく配賦%を全社の所得に乗じた金額に課税することで達成される。ちなみに、最近は州内の製造業等を優遇する目的で配賦率を算定する際に「売上」のみに重点を置く州が増える傾向にある。

一方前者の制限、すなわちNexusであるが、何をもってNexusを構成してしまうかの判断は基本的に「各州の法律」に基づいて行われる。もし州の法律が本来の趣旨を逸脱している、すなわち、その州との関係が最低限レベルを下回るにも係らず課税権を行使できるように規定されている場合には、企業側で「憲法違反」として訴訟を起こすことができ、実際にそのような訴訟は多い。

今回日本企業が受け取ったNew Jersey州からの手紙に関して争点となるのは「物理的に何も州内に持たない企業が単に州内の第三者とライセンス契約を結び、ロイヤリティーを受け取っているという事実だけをもってNexusが存在するのか」という点である。すなわち「Physical Presence」がなくても「Economic Presence」があれば州は課税権を規定することができるのかという問題である。

*何もないのに課税される?

この点に関してはNew Jersey州の最高裁判所による「Nexusを認定することができる」という判断がある。2005年の「Lanco Inc.」という判例である。また、それに先立つ1993年にはSouth Carolina州裁判所が「Geoffley Inc.」という有名な判例で同様の判断をしている。

New Jersey州のLanco Inc.ケースに関してはその後、判決を不服として企業側が「連邦」の最高裁判所に上告申請されていた。しかし、このたび最高裁判所が上告を認めないという決定を下したため、これ以上の判断が示される可能性はなくなり、New Jersey州におけるLanco Inc.ケースの判例としての法的パワーが現時点では確定的なものとなった。

米国の裁判システムの基本であるが、連邦のケースでは第一審裁判所の後、法律の適用に関して不服がある場合には必ず控訴審での再審が認められる。しかし、その上の最高裁判所に対する上告は「Certiorari」と呼ばれる特別な手順を踏み、最高裁判所の裁量で上告を受け付けるかどうかが判断される。上告を受け付けない場合にその理由を述べる必要はない。多くのCertiorariのうち実際に上告が認められるのは僅かである。州の最高裁判所の判決に関しても連邦法の絡みであれば、やはり連邦最高裁判所に上告を申請することができるが、上告が認められるかどうかは最高裁判所の裁量に委ねられる点に変わりはない。

最高裁判所は「Justice」と呼ばれる9人の裁判官で構成されるが、ここ数年、裁判官の構成が保守化したことにより、「裁判所による実体立法(Legislation from the Bench)」となるような判例を下すのを避ける傾向にある。したがって、実体立法に足を突っ込みかねないケースの一つとしてLanco Inc.ケースの上告は敬遠されたのではないかと見る向きもある。すなわち、憲法上のCommerce Clauseの精神にのっとり、New Jersey州のようなアプローチが相応しくないのであれば、連邦議会が州の課税権を限定する法律を審理するべきだという考え方である。現実に、物販に係る州の課税権は一部連邦法により限定されているという実例がある。

今回の最高裁判所の判断、すなわち上告を認めない判断により今後も、州が望むのであれば「物理的に何も州内に持たない企業が単に州内の第三者とライセンス契約を結び、ロイヤリティーを受け取っているという事実だけをもってNexusが存在する」と規定することができることとなる。このような考え方を採択している州はNew Jersey州の他にもいくつかある(例、Florida, Hawaii, Texas-他にもあるのでこれで全てではない)。 今後、同様の法律に関して別のケースで連邦最高裁判所が上告を受け付けて違憲判断を下すか、または連邦議会が何らかの救済法を制定するか、等の進展がない限り、この状態は続く。

*日本にある日本法人への影響

上述の通り、今回New Jersey州から手紙を受け取った企業の中には日本のみで事業を行う日本法人が含まれる。ということは日本法人が米国に何の物理的施設を有していないにも係らず、New Jersey州に申告書を提出するという一見考え難い手続きが必要となる。

その場合の税額の算定であるが、日本法人全体の所得を配賦比率でNew Jersey州に按分することになるのではないかと思われる。その際、按分比率の「分子」となる唯一の金額は売上比率におけるロイヤリティー収入となる。したがって算定される税額そのものはかなり低いはずだ。ちなみに、連邦法人税目的では、単なるロイヤリティーの受け取りは外国法人にとっては事業所得(ECI)には至らないケースがほとんどであることから、源泉税を取られて課税関係は終了する。日米租税条約ではロイヤリティーに対して0%の源泉税が規定されていることから、W‐8BEN等のペーパーワークがきちんと行われていれば連邦税はゼロとなる。

Lanco Inc.を含むこの分野の判例は米国企業を対象とするものである。通常の通商条項(Inter-State Commerce)と外国通商(Foreign Commerce)では若干取り扱いが異なるケースもあり、Lanco Inc.ケースをそのまま日本法人のような外国企業に適用するべきかどうかという検討課題は残るであろう。しかし、その判断は連邦議会、最高裁判所等が問題を取り上げて初めて明確になることから、現時点でのNew Jersey州のスタンスはLanco Inc.の考え方はそのまま外国企業にも適用されるというものであると考えていいだろう。

*FIN 48への影響

FIN 48の分析をする際に、州に対する未申告が大きな問題となる点は以前の2007年8月4日の「グレーな申告ポジションの例」で触れたが、ライセンス契約の相手が存在する州に関してはより一層慎重な検討が必要となる。

Saturday, August 18, 2007

FIN 48(7) IRS税務調査に与える影響

FIN 48の規定内容が発表された直後から、FIN 48の検討結果、ワークペーパー、開示情報をIRSがどのように利用するかという点に企業側では大きな懸念を抱いている。これは当然である。FIN 48は、全ての税務ポジションを税務調査されたと仮定して予想される結果を「企業自ら」が50%超基準で決算書に反映させるという従来のタックス費用計上に係る常識を覆す前代未聞の会計原則だからだ。

企業側からすると、適用に係る膨大なコスト、開示のIRSに対する影響、の2点からFASBは一体なぜこのような酷い原則を制定したのか、という気持ちがあって当然であろう。ここ数年のFASBの方向性を見ていると全てを時価評価したがる傾向にあるように見える。企業買収の際に頻繁に利用される「Earn-out」に対する取り扱いをFASBが変更した際も、今回のFIN 48も、コンセプト的には分かりやすくかつ決算書の信頼性を高め得るものであることは分かるが、実際の数量化に困難があるという大きな難点がある。

税務調査のもう一方の当事者であるIRSはFIN 48をどのように見ているのだろうか。

*IRSの対応: 「税務調査マニュアル」の公表

IRSは企業側の懸念に対応し、FIN 48関連の取り扱いに対する「税務調査マニュアル」を作成・公表している。このようなマニュアルを即座に作成・開示する姿勢は、税法執行の透明性、税務リスクの予見可能性、を高めるという意味で十分評価に値する。この税務調査マニュアルに基づいてIRSのスタンスをまとめると次のようになる。

*FIN 48は税務調査のロードマップか?

FIN 48が問題となる以前からIRSには「会計上のタックス費用を算定するためのワークペーパーは税務調査の資料請求には含めない」という基本姿勢がある。会計上のタックス費用を算定するためのワークペーパーは「Tax Accrual Workpapers (TAW)」と呼ばれるため、このポリシーは「TAW Restraint」として知られている。一方で、申告書を作成する際に作成されるワークペーパーは「Tax Reconciliation Workpapers (TRW)」と呼ばれTAWとは区別されている。TRWは税務調査の際にほぼ確実に資料請求の対象となる。TRWは決算書と申告書の数字の差異に係るものであり、資料請求されて当然であろう。

FIN 48に係るワークペーパーは上述のTAWの一部を構成するため、通常の状況では資料請求の対象とはならない。しかし、資料請求の対象とならないのはあくまでもTAW、すなわちワークペーパーであり、決算書そのものはIRSが必ず目を通す。結果としてFIN 48負債および関連開示情報は全てIRSの手に渡る。すなわち、TAWに記載される詳細な検討は通常IRSの手に渡ることはないが、決算書上に開示してある項目、またはそれらの項目を糸口として怪しいと推定されるポジションに関してIRSは何の制限もなく税務調査を断行することができる。IRSの税務調査マニュアルで言うところの「Revenue Agents should not be reluctant to pursue matters mentioned in FIN 48 disclosures…」である。

決算書上の表示だけを見ても、具体的に申告書上のどのポジションが開示の対象となっているのか分かり難いケースもあるのは確かである。したがって、FIN 48負債の開示がIRSにどの程度の参考情報を提供するこになるかは個々のケースによりまちまちとなる。

例えば、多国籍企業の決算書上には複数の国に係るFIN 48負債が計上されることになることから、開示されている金額、項目が果たして米国のタックス費用なのかどうかもそれだけでは分からない。しかし、そもそも今まではFIN 48負債の開示そのものがなかったことを考えると、現実にはかなり価値のあるロードマップを提供することとなることは間違いがない。FIN 48はFASBとIRSがグルになって作成したのではないか、と勘ぐられる所以である(実際にはIRSが影響力を行使したような形跡はない)。

また、時効が成立したとしてFIN 48負債が「戻し入れ」されるようなケースでは、特定の課税年度に関しては時効が成立しているものの、同様の申告ポジションがその後の年度に存在するようなケースも多いであろう。となると、特定の申告ポジションに関して過去にグレーであるとしてFIN 48負債が計上されていたという情報がIRSに知れると、その年に関しては時効が成立していたとしても、他年度の税務調査時にやはりロードマップ情報を提供することになる。

*税務調査の終了とその効果程度

2007年8月4日の「グレーなポジションのその後の運命」で触れた通り、税務調査およびその後の不服申請、訴訟等でポジションに対してIRS等と合意をみた場合には、合意した金額に基づく税効果が決算書上も認められる。

税務調査が終了した場合に、調査年度の「どの」申告ポジションに関してIRSと合意をみたと判断するかの検討が必要となる。税務調査は必ずしも「全て」の申告ポジションを精査するものではないからだ。

この点に関しては、税務調査が終了し、IRSのポリシーに照らし合わせて再調査(Re-Opening)の可能性が低いと判断される場合には、その年度の「全ての」申告ポジションに関してIRSと合意をみたものと取り扱ってもよいとされる。一方、調査対象となっていない課税年度に関しては、例えその年でグレー扱いされている申告ポジションと同様のポジションを含む年度のIRS税務調査が終了したからといって、実際に税務調査の対象となっていない年度に関してはどのポジションもIRSと合意に達したと取り扱うことはできない。もちろん調査内容・結論次第では他年度の申告ポジションのRecognitionまたはMeasurementを見直す必要が生じる可能性はある。

*企業側メンタリティーへの影響

FIN 48の適用は企業側のタックス費用に係るリスク管理手法に影響を及ぼす。課税年度に関して時効が成立すれば、過去に計上されているその年度に係るFIN 48負債を「戻し入れる」ことができるが、FIN 48負債を戻し入れるということは、すなわち「タックス費用を減らす」(=Tax Benefitを認識する)ということである。結果として「Earnings」が増える。このことから企業側としては安易に時効の延長に応じることをやめ、時効の成立を以前よりも厳密に管理する傾向が出てくるであろう。

また、グレーな申告ポジションに係る最終的な取り扱いを確定させるために、税務調査の過程で、特定の申告ポジションに対する「Closing Agreement」を従来よりも頻繁に、場合によっては他の項目の調査が終了する前に、締結したいと望む企業も出てくるであろう。しかし、Closing Agreementは通常の税務調査終了以上の強い効果を持つことから、IRSは簡単にはClosing Agreementにはサインしない。

税務調査が通常数年遅れのサイクルで追いついてくることを考えると、FIN 48負債を計上した決算期が税務調査の対象となってくるのは早くて2008年後半からとなる。それまではFIN 48が税務調査にどの程度の影響を与えるかを実際に体験することができない。しかし、IRSにとってかなり「おいしい」情報源が増えたということだけはどう見ても間違いがない。

Thursday, August 16, 2007

アンフェアな「Fariness in International Tax」法案

7月末に米国下院で「Farm Bill」という名の農業関係の法案が可決された。今後、上院にて審理、最終的にはブッシュ大統領の署名を経た後に法律となるので現段階ではどのような形で最終化されるかは未知である。通常であれば、タックスを専門としている我々が敢えてFarm Billに言及する理由などないのだが、今回の法案にはとんでもない税法改正案が盛り込まれている。法案のタイトルには全く関係がないところで増税が規定されているという点で、2007年7月6日にポスティングした「Energy Bill法案にはグリーンカード放棄に対する課税強化案が盛り込まれていた」という点に似ている。

*「Fairness in International Tax」という歳入法案

Farm Billの内容そのものは私の専門外の分野であるが、この法案は農業関係に従事する者に様々なインセンティブを規定しているため、歳出が発生するらしい。となるとどこからか歳入を探してくる必要がある。そこで目を付けられたのが外国企業の米国子会社が支払う利息、ロイヤリティー等に対する源泉税である。この歳入案はFarm Billに添付される「Fairness in International Tax」という「わざとらしい」名称の法案に規定されている。それにしても米国の法律は「American Job Creation Act」とか米国市民に訴えかけるような名称を持つ法律・法案が多い。

法案の規定が最終化された場合にはSec.894を改訂する形で税法に反映される。内容としては次のようなものである。

外国企業のControlled Groupメンバーである米国法人が外国のグループ企業に支払う際に納付するべき源泉税は「実際の支払い先に適用される源泉税率」または「Controlled Groupの外国親会社に直接支払われたとしたら適用される源泉税率」のいずれか「高い方」の税率に基づいて算定される。

通常は「Controlled Group」と言えば80%以上(議決権または価値 - 企業再編に適用される80%Controlとは考え方が異なるので注意)の資本関係がある企業グループのことであるが、今回の規定目的では80%以上の代わりに50%超の資本関係を基に「Controlled Group」が決定される。規定の対象となる支払いは米国企業側で損金算入される項目である。したがって、利子、ロイヤリティー等が対象となり、費用化が認められない配当には適用されない。さらに、規定は「もしグループの親会社に支払っていたらどうだったか」と仮定の比較を行うというものであることから、実際に外国の親会社に対して支払う利子、ロイヤリティー等には影響がない。

*どこが「Fairness」か?

米国財務省の一部には、外国企業が租税条約ネットワークを利用して米国のタックス負担を不当に低減しているという懸念が未だにくすぶっている。外国企業グループが米国に貸付を行ったり、ライセンス契約を締結する際に、租税条約の恩典が一番大きい国を選んで取引きを行っているという懸念である。しかし、これをもってアンフェアとするのであれば、基本的なタックスプラニングは全てアンフェアとなり得る。

租税条約の利用は多くの国との条約に盛り込まれている「恩典制限条項(Limitation on Benefits)」で既にかなり厳しく制限されている。2005年から施行されている日米新租税条約の第22条も典型的なLOB条項である。租税条約の規定を満たしているにも係らず条約の恩典を否定するというのはフェアではない。この法案を提出したのはテキサス州の民主党議員Doggett氏であるが、米国の保護主義化を助長するような動きであると言える。このような法律が現実のものになれば、租税条約の締結相手国から「報復」措置を受ける可能性も高く、米国のグローバル競争力に害を及ぼす結果となる可能性が高い。ちなみに外国企業の米国現地法人は510万人の雇用を創出し、年間$3,245億に上るPayroll Taxを納付しているそうだ(数字はNFTCの資料から)。

*日本企業米国子会社への影響は?

幸いなことに、日本企業にとっては日米租税条約に規定される源泉税率が少なくとも他の租税条約と同等かそれ以上に低い(利息は通常10%、ロイヤリティー0%)ことから、例え法案が可決されたとしても被害は少ないであろう。もしグループファイナンス会社が日本外にあり、利息に対して0%の源泉税率が適用されているようなケースでは10%の源泉税率となるという悪影響がある。また、ロイヤリティーに関して言えば、日本企業は未だに無形資産を日本の親会社保有とする(すなわちCost-Sharing等の規定を有効活用していない)ケースが多く、支払いそのものが親会社であるケースが多い。したがって実害は少ないと推測されるが、議会が保護主義的な方向に進むことは望ましいことではない。

Monday, August 13, 2007

米国法人税率は高いか、低いか?

米国財務省は2007年7月26日に行われた「Treasury Conference on Business Taxation and Global Competitiveness」にて「Business Taxation and Global Competitiveness Background Paper」と呼ばれる資料を公表した。当資料はその名の通り、米国の事業課税ポリシーが米国企業のグローバル競争力にどう影響しているかという点を検討する内容となっている。

当資料によると、米国の法人税法上の標準税率は39%(連邦35%と州合算)となり、OECD19ヶ国のうち税率としては2番目に高い。ちなみに一番高税率は40%の日本である。OECDの平均は31%、G7平均は36%とされている。国際的には法人税率を下げるのがトレンドとなっており、米国の高税率はグローバル競争力を弱める一因となり兼ねないと警鐘を鳴らしている。しかし、他国が単純に低い標準税率を規定する一方で、米国では標準税率は比較的高く設定してあるものの、R&D税額控除、製造業控除、等の特定の減税措置が沢山あり、複雑ではあるが、最終的に企業が認識する実効税率は減税措置後の低いものとなることが多いとしている。また、パススルー課税の占める割合が大きいこと、税法の企業活動の意思決定に与える影響が大きいこと、等が他の特徴として挙げられている。

税率の高さと特定の減税措置との金額的な関係を示す興味深い数値として、もし特定減税措置を廃止すれば、連邦法人税率を一律27%にまで下げることができるという試算が示されている。現在の税率が連邦35%であることを考えるとこの差は大きい。企業としてはかなり魅力的であろう。実際にConferenceに参加した米国企業の経営者たちは「一般の法人税率を下げてもらえるのであれば、喜んで特定減税の撤廃に賛成する」とコメントしている。

特定の減税措置の適用には企業側で多くの時間・コストを費やすことから、この願いは一般的に当然であろう。R&D税額控除にしても、製造業控除にしても、IRSによる税務調査の際には「Tier 1」項目(すなわち必ず精査するべき項目)と位置づけられていることから、その適用には莫大なコストを掛けて資料を整えておく必要がある。資料を整えていても、IRSによる調整が入ることも珍しくなく、それを見込んで多めに控除を計上したり(もちろん合法的に主張が可能な範囲で)と無駄な作業が申告プロセスのあちこちに内臓されている点は否めない。税法の簡素化が叫ばれて久しいが、現実には税法は特定の産業、取引きに対する減税、増税が盛り込まれることにより、年々一層複雑になっているのは間違いない。しかも、その複雑な税法に基づき経済活動の多く(企業形態、取引形態、資金調達形態その他)が決定されていることを考えると、現在の税法の根幹を変更するのは不可能に近い。

Conferenceでの発表を受けてブッシュ大統領は「税法がネックとなり米国企業がグローバル競争で不利な立場におかれているようであれば法人税率カットも吝かではない」としながらも「代替歳入がなくてはならない」と発言でしている。その上で「法人税率をカットする代わりに(R&D税額控除、製造業控除、等の)特定の減税措置を撤廃するのは政治的に困難であろう」とも指摘している。そもそも特定の減税措置が設けられているということは、そのような措置を強力に後押しする政治力を持つ業界、その他のグループが存在するからだということである。

一方で標準税率は高いとしても現実には誰もそんな税率で法人税を支払っていないのだから、税率が高いという議論自体がおかしいとする批判もある。民主党の上院議員であるByron Dorgan氏は「税法上の標準税率が高いかどうかという議論そのものが的外れで、大企業のほとんどが税法上の税率よりずっと低い実効税率にてタックス費用を計上している現状を鑑みれば、税法が原因でグローバル競争力を失っているという話し自体がおかしい」としている。すなわち「既に実際には相当低い税率が適用されている」ということだ。「GDP比較で見ると、先進国29国の中で米国の税負担は26番目(すなわちかなり軽い)」であり、「法人税のGDPに占める割合は1965年には4%だったものが、今日では1.9%に過ぎない」として米国企業の法人税負担が高いというのは事実の歪曲であると指摘している。これはLLCを代表とするパススルー事業主体の台頭も一因であろう。

さらにDorgan氏は「Fortune 500企業の実効税率をチェックしてみると税法上の標準税率でタックス費用を認識していているような企業はほとんどない」とし、2001年ベースではFortune 500の代表275社の実効税率はナント21.4%、それが2003年には更に17.2%にまで低下していると指摘している。さらに会計検査院(GAO)の統計によると米国企業の63%に上る企業が法人税を全く支払っていないとされる。そのような統計を基にDorgan氏は「米国企業が不当に高い税率に基づいて課税されているかどうかを論じるのは筋違いであり、むしろどのように最低限フェアな税金を負担してもらうかにフォーカスして議論するべき」としている。

ブッシュ大統領は上の発言を行う冒頭で、ブッシュ政権下で実施されてきた減税政策により経済成長が促され、雇用が創出されたと手前味噌を並べている。発言によると2003年の減税以来、830万人の雇用が創出され、2001年以降米国経済は$1兆3千億拡大したそうだ。

しかし、Dorgan氏はこれらの点に関しても「ブッシュ大統領の分析は全体像を掴んでいない」と手厳しい。Dorgan氏によると「クリントン前政権下では実に2,270万人の雇用が創出されたが、ブッシュ政権下では実際には560万人しか創出されていない」ばかりか、「製造業に係る雇用は300万人減少し、貧困層で暮らす者の数は540万人増えた」としている。さらに「インフレ調整後の世帯当りの実質所得は2001年より$1,273減少している」そうだ。

確かにFortune 500の決算書を見ると実効税率は低い。昨年のFortune 500のトップを飾った「Wal-Mart」は33.5%だったし、Tech企業代表の「Google」に至っては23%だ。これらの実効税率はGAAP(SFAS 109、APB 23、最近ではFIN 48等)の考え方で算定されているもので、必ずしも申告課税に基づく金額ではないが、低税率のトレンドは明らかである。これを見る限り、Dorgan氏の指摘は正しい。ただし、このような低い実効税率の実現のために企業側では多くのコスト(内部リソース、会計事務所、法律事務所)を費やしており、特定の減税措置を廃止して標準税率を下げることにより企業のリソースをより生産的な活動に再配賦できるであろうこともまた疑いの余地がない。特定の減税措置の廃止が困難だとすると会計事務所ではこれからも忙しい日々が続くことになる。

Saturday, August 11, 2007

FIN 48(6) 適用上のその他注意点

FIN 48に関しては2007年7月21日以来、過去5回に亘って基本的な考え方等を解説してきた。今回は規定の適用に際してのその他注意点に触れてみたい。

*FIN 48負債の表示区分

FIN 48下で認識される負債は、一般にその支払いが一年以内に行われる見込みかどうかに基づき「Current」「Noncurrent」に区分される。決算当年度の申告ポジションに対してFIN 48負債を認識するケースでは、決算日ではまだこれから申告書を作成、提出するという状況であり、申告書に支払いが反映されないからこそFIN 48負債を認識することを考えると、直ぐに支払いが起こることはなく、したがって通常は「Noncurrent」となる。FIN 48負債の表示をする際には他の偶発債務等と合算してはならない。また、FIN 48負債を「Deferred Tax Liability」または繰延税金資産に対する「Valuation Allowance」として表示してはならない。

*繰延税金資産に影響を与えるFIN 48負債

FIN 48負債を認識する際に、その相手勘定が「タックス費用」となるのか、それとも「繰延税金資産(Deferred Tax Asset)」となるのか、の決定は申告ポジションのグレーさがタイミング差異だけに係るものかどうかにより決定される。

例えば、資産買収という形態での企業買収に伴い、$15,000,000に上る無形資産を取得したとする。決算書上は「減価償却(Amortization)の対象とはならない」とする(毎年、Impairmentに係る評価は必要である)。一方、税法上の取り扱いは明確でないが、申告は「取得時に全額償却」というポジションに基づいて行われるものとする。この一括償却という申告ポジションに関してFIN 48の検討をしたところ、残念ながら50%超のRecognition基準を満たすことはできなかったとする。さらに、税務調査でIRSが一括償却を認めない場合でも、税務上15年での定額償却が認められることには異論がないものとする。

15年定額償却に基づく年間$1,000,000の費用化に関しては費用控除が認められるという点に疑問がないことから、当金額に関してはFIN 48下でも問題なく税効果を認められる。したがって、申告書上は実際には$15,000,000の償却をしているが、決算書上、税効果が認められる償却は僅か$1,000,000となる。決算書上は、あたかも申告書では$1,000,000の償却しか取っていないような取り扱いとなるため、税務上の当無形資産に対する簿価は$14,000,000であるかのように取り扱われる。この$14,000,000と決算書上の簿価である$15,000,000の差異となる$1,000,000に関してDeferred Tax Liabilityが認識される。金額的には実効税率を40%とすると$400,000となる。このDeferred Tax LiabilityはFIN 48の負債とは関係のない通常の考え方に基づく計上となる。

さらに、実際の申告書では$15,000,000全額が償却されているため、FIN 48下で認識される$1,000,000との差額となる$14,000,000に関してFIN 48負債が認識される必要がある。実効税率を40%とすると$5,600,000が負債額となる。ただし、申告書上$14,000,000を費用化することに係る不確実性は「控除の有無」ではなく、「控除のタイミング」に係るものであることから、このFIN 48負債を計上する際の相手勘定はタックス費用ではなく「Deferred Tax Asset」となるであろう。また、プラスで利息、ペナルティーに関する処理が必要となる。

*FIN 48負債に対する利息・ペナルティー

FIN 48では、グレーな申告ポジションに対する税額そのものを負債として認識するばかりでなく、そのような負債が現実にIRS等に支払われる事態となった場合に課せられるであろう利息およびペナルティーをも負債計上するように義務付けている。

IRSに対して支払いが発生する場合、利息はIRSが毎月公表する「Applicable Federal Rate (AFR)」に基づいて算定される。AFRは指標であり、追徴に関してはAFRに「3%」を足した利率が適用される。ちなみに還付に関してはAFRに「2%」しか足されない。したがって、IRSには「1%」のスプレッドが認められていることとなる。利率は四半期毎に更新され、複利で算定される。FIN 48下で認識される利息は、各企業の会計処理に基づき「タックス費用」または「支払利息」のいずれかに計上されればばよいとされている。

ペナルティーに関しても同様である。ちなみに申告書に計上されている申告ポジションが「申告書に載せていいポジション」の基準を満たしている場合には例え後から税務調査でIRSから調整を受けたとしてもペナルティーの対象とならないのが原則である(この点に関しては2007年7月21日のFIN 48(1)を参照)。注意を要するペナルティーとしては、財務省規則に基づく移転価格スタディーをしていない場合の移転価格調整に対するValuationペナルティー、未申告の州に対するペナルティー等である。利息同様に、FIN 48下で認識されるペナルティーは、各企業の会計処理に基づき「タックス費用」または「その他費用」のいずれかに計上されればよいとされている。

*決算書上の開示

決算書のFootnoteにて次の通りかなり多くの情報開示が求められる。

まず、FIN 48負債の期首・期末残高と年間の増減明細の開示として次のような項目をテーブル形式で開示する必要がある。


  • 過年度の申告ポジション見直しに基づくFIN 48負債の増減
  • 当期の申告ポジションに基づくFIN 48負債
  • IRS等の税務調査、不服申請、訴訟等に基づく申告ポジションの最終化に伴うFIN 48負債の増減
  • 時効の成立により減少したFIN 48負債

他にも次のような項目の開示が必要だ。

  • FIN 48負債の実効税率に与える影響
  • FIN 48に基づいて認識される利息・ペナルティーの損益計算書およびバランスシート上の金額

さらに、FIN 48負債の金額が決算日から12ヶ月以内に大幅に増減することが合理的に可能と判断される場合には次の項目を開示する。

  • グレーな申告ポジションの内容
  • 12ヶ月以内に増減を起こす可能性がある出来事の内容
  • 増減の予想レンジまたはそのような予想が現実的ではない旨の声明

*欠損金を計上している年のFIN 48

欠損金を計上している年に関してもFIN 48の分析は他のケースと同様に必要となる。将来の課税年度への繰越欠損金は繰延税金資産となるが、その金額の決定時にFIN 48の規定が関係してくることとなる。すなわち、申告書で計上された繰越欠損金も、FIN 48の基準を満たしていない限り、決算書上はあくまでのFIN 48基準を満たした範囲での繰越欠損金しか認められない。この場合には、FIN 48に係る負債勘定が設定されずに直接繰延税金資産の金額を減額するという処理が適切であるように読める。FIN 48基準をパスして認識された繰延税金資産でも、その次にステップとして従来からのSFAS 109の考え方に基づき、評価性引当の必要性有無が検討されることに変わりはない。

次回のポスティングではFIN 48負債を計上した場合のIRSの対応等に関して触れる。

Tuesday, August 7, 2007

クライスラー: 合併から売却に至る再編手法

Private Equity FundsのCerberusによるクライスラーの買収が完了したというニュースがBloombergその他のニュースサイトで週末大きく報道された。クライスラーの買収はサブプライム問題に端を発した信用収縮で、その資金繰りが懸念されていただけに一安心といった雰囲気が漂っていた。これに伴い大西洋をまたぐ大型合併を経て誕生したダイムラー/クライスラーAGは9年間の歴史に幕が閉じられ、ダイムラー部門はダイムラーAGに、クライスラー部門は単独の米国事業主体に戻る。ちなみに「AG」とはドイツの株式会社のことで、日本の株式会社が「KK」と略されているのと同様である。

*クライラー売却概要

報道によると、Cerberusの子会社が新設のクライスラーLLCの80.1%に上る持分を$74億で取得するという取引きだ。9年前の合併時の評価額は$360億前後であったことを考えるとかなりの下落である。残りの持分である19.9%は現時点ではそのままダイムラーAGが保有し続ける。この19.9%の持分は$25億で決算書に認識されると報道されている。また、ここ数ヶ月の債券市場の環境悪化を反映して、クライスラーが受ける$200億の融資額のうち、ダイムラーAGとCerberusは各々$15億、$5億を自ら負担することとしている。残りはJP Morganが$100億、他の投資家が$80億という内容での融資となるようだ。クライスラーは米国ビッグ3としては1956年にフォードが上場して以来という「非上場」企業としての道を歩む。

ダイムラーとの合併以前にクライスラーの株式を持っていた株主は、合併によりダイムラー/クライスラーAGの株式を受け取ったが、ダイムラー/クライスラーAGがクライスラーグループを売却してしまったため、最終的に手元に残った株式はクライスラーを持たないダイムラーAGのものとなるという結果となった。元クライスラーの株主にしてみると、再編が繰り返されていくうちに米国自動車会社の株式を持っていたはずが気が付いてみると米国とは直接関係のないドイツ法人の株式(もちろんNYSEに上場はされているが)を持っていたことになる。まるで「だまし舟」を持たされているようだ。

*Iacoccaによる研究が今になって現実に

1980年代の後半にPrivate Equity Fundsは第一期黄金期を迎えていた。KKRによるRJRナビスコ買収が成立直後、LBOターゲットに「限界」という文字はなく、Fortune500のトップ企業ですら条件が合えばLBOの対象となり得るという空気が漂っていた。その頃、クライスラーのCEOであったIacoccaが密かにLBOによるバイアウトの暫定的な研究をしておくようにという指示をしていたとされる。しかし、RJRナビスコ買収後、債券市場、特にJunk Bond市場がクラッシュし、UAWの買収失敗とともにLBO熱は急激に冷める。その段階で当然クライスラーのLBO研究もお蔵になったと思われるが、まさかその17年後にクライスラーがダイムラーとの合併を経てPrivate Equity Fundsの手に渡るとは当時誰も予想しなかったであろう。

*クライスラー法人のここ9年間の沿革

今回の売却でクライスラーが単独の事業主体に戻ることになるが、9年前の合併以降もクライスラーはダイムラー/クライスラーAGとは別の法人格を維持していた。9年前の合併の再編形態は、ダイムラーAGとクライスラーInc.が単純に合併してひとつになったというような単純な図式ではない。再編の実現にはいくつものステップが踏まれており、クロスボーダーの大型合併の前例として日本企業にも参考になる部分が多いはずだ。

合併の際に、どちらが存続法人となるかという決定は当事者としては当然気になるところであると推測されるのだが、両社が締結した「Business Combination Agreement」によると、技術的には新設法人である「Newco」が最終存続法人となっており、どちらかの法人がそのまま存続したということはない。このNewcoが後のダイムラー/クライスラーAGである。

Newcoの設立場所を米国とするか、ドイツとするかも争点となりそうな検討事項であるが、最終的には「再編を両国で非課税とするためにはNewcoをドイツにおいた方が好ましい」という税務上の理由からドイツに本社が置かれることとなったとされる。再編が非課税となるかどうかが大きな条件であったことに間違いはないが、本拠地の選定結果に二社間の微妙な政治的な力関係が反映されているような見えて面白い。両社の合併に係る発表には「Merger of Equal」という言葉が頻繁に使用されているが、これもどちらかというと「実際にはダイムラー側による買収」という実態ができるだけ露呈しないようという配慮、または策略であったと見られる。

*ドイツ側での再編手法

再編手法は複雑だが、ざっとまとめると次のような感じだ。まずドイツ側では、新設のNewcoにダイムラーAGの株主がダイムラーAGの株式を現物出資する。その後ダイムラーAGはNewcoに合併(Upstream Merger)され、ダイムラーAGという法人格は消滅する。なぜこのようなステップが取られたかはドイツ税法、会社法を知らないと理解できないのであるが、この手法を取ることにより最終的にドイツで再編を非課税とすることができたのだという。このステップを見るとNewcoは技術的には確かに新設法人であるが、実質はダイムラーAGそのものであることが分かる。

*米国側での再編手法

一方、米国では投資銀行がAgentとなり、合併準備子会社(Chrysler Merger Sub)が設立される。この準備子会社は基本的にペーパーカンパニーであり、クライスラーInc.に合併されすぐに消滅する。通常の合併と異なり、クライスラーの元株主はNewcoの株式(ADRを含む)を受け取り、クライスラーの株式はAgentを通じてNewcoに移管される。蓋を開けてみると、クライスラーはNewcoの100%子会社となっており、クライスラーの元株主はNewcoの株主となっている。この米国側での合併の存続法人は元々のクライスラーInc.であるが、クライスラーの株主にNewco株式が発行されるため、Reverse三角合併の形態を取っているといえる。

これらの取引きの結果として、Newcoは元ダイムラーの事業をそのまま継承しており、かつクライスラーIncを100%子会社としている。更にNewcoの株主は旧ダイムラーAG、クライスラーInc.の双方の株主で構成されている。これでメカニカルな再編ステップは完了である。

*そしてクライスラーLLCに

今回のクライスラー部門の売却を通じてクライスラーは「LLC」となる。現段階で詳しい資料は読んでいないが、おそらくCerberusの子会社により新設されたLLCにクライスラーが合併(対価はダイムラーAGへの売却価格部分となる現金、そして部分的にLLC持分)するという形態でLLCに生まれ変わったのではないかと推測している。または、ダイムラー/クライスラーAGが設立した米国LLCに既にクライスラーInc.を合併させていて、その後今回の売却でLLC持分を売却した可能性もある。いずれにしても何らかの合併が関与しているものと思われる。

株式会社のLLCへの合併は、法人形態を株式会社からLLCに変更する際に利用される「異種間合併(Inter-Species Merger)」という手法である。異種間合併に関してはいつか触れたいと思っていながら時間が経っていたので、近々に別のポスティングにて触れたい。

Saturday, August 4, 2007

FIN 48(5) グレーな申告ポジションのその後の「運命」

*FIN 48の「累積効果」の管理

一旦FIN 48に基づき認識されたグレーなポジションはその後の展開次第でいろいろな運命をたどることとなる。すなわち、一旦認識された税効果もその後の不利な情報が出てくれば見直しの対象となり、将来の年度でFIN 48負債の対象となるケースもある。これは「Subsequent De-Recognition」と呼ばれる。逆にFIN 48負債の対象となっていたポジションが急に息を吹き返し、税効果が認められる「Subsequent Recognition」となることもある。また、Recognition自体に変更はない場合でもFIN 48負債の金額に調整を加える必要が生じる「Subsequent Measurement」という局面もあり得る。具体的な展開としては次のようなパターンがある。

*時効の成立

連邦法人税の時効は通常申告書提出から3年である。したがって、FIN 48に基づきグレーなポジションを計上したにも係らず税務調査がなく時が経過した場合、FIN 48負債は結果として実現しなかったということになり、その時点で繰り戻される。負債が消えるため、Income Statementには「クレジット」のタックス費用(すなわちTax Benefit)が認識される。この時点で決算書上の「Current」部分のタックス費用は累計ベースで申告書上認識された金額に同一となる。

*新たな法律、事実関係に基づく「Recognition」「De-Recognition」または「Measurement」の変更

過年度に認識されたグレーなポジションに関して新たな法律(判例、通達等を含む)が発表された場合にはポジションを見直すことができる。また、事実関係に係る新たな展開、例えば移転価格に係るAPA交渉の進展、があった場合にも当然ポジションの見直しが行われる。また逆に、過年度には税効果を認めていたポジションに関して新たな法律、事実関係が明らかになった場合のも、当然その時点で過去の「Recognition」または「Measurement」を見直し、必要であれば適切なFIN 48負債計上が求められる。 

*税務調査、不服申請等のプロセスによる合意

税務調査およびその後の不服申請、訴訟等でポジションに対してIRS等と合意をみた場合には、合意した金額に基づく税効果を認め、過去に認識されたFIN 48負債との差額が調整される形で負債は実現される。

*後発事象取り込みのタイミング

上のいずれの後発事象の影響も、「決算日(Reporting Date)」に存在する情報に基づいて決定される。したがって、第一四半期の終了時点(例 3月31日)ではRecognitionされると判断されたポジションに関して、4月初旬に同様のケースで不利な判例が発表された場合には、その時点で第一四半期の決算が発表されていないとしても、第一四半期の決算は「Recognitionがされたまま」の状態に据え置かれ、不利な判例の効果(おそらくSubsequent De-Recognition)は判例の情報が入手された第二四半期に反映される。

また、過年度のポジションの見直しは「新たな情報(法律、事実関係その他)」に基づく必要があり、過去に存在した情報と同じものを「再度検討」した結果に基づいてはならない。

このように単年毎にグレーな申告ポジションを見極めた後はその後の変動を管理する必要がある。前回のポスティングで触れた通り、これは一般に「Roll-Forward」スケジュールと呼ばれるエクセルのような計算表で管理される。SFAS109下での繰延税金の管理がバランスシート・アプローチであることから、繰延税金に関して同様のRoll-Forwardスケジュールを作成しているケースが多く、形態としては似たようなものとなる。既に多忙な決算担当者にとっては年々作業負担が重くなっていくことは間違いない。

次回のポスティングではFIN 48の適用時のその他の注意点について触れたい。

FIN 48(4) グレーな申告ポジションの例

グレーな申告ポジション

2007年8月1日のポスティングではFIN 48の分析をする対象となる申告ポジションの単位に関して触れた。申告ポジションそのものはかなり沢山存在するが、「お決まり」の申告ポジションも多く、そのようなグレーではないポジションに関しては、申告書上の取り扱いがそのままFIN 48下でも認められる。したがって最終的に詳細な検討が必要となる「グレーなポジション」の数は限定されてくるであろう。

申告ポジションに関してFIN 48負債計上の対象とならないという判断をする際、「このポジションは鉄壁である」といった主張は必要ではなく、あくまでもRecognitionが50%超であり、かつMeasurementに関しても50%超で全額認められるという主張があれば十分であるという点にも触れた。

日本企業にとってグレーとなりがちな申告ポジションとしては次のような項目が考えられる。

*移転価格

移転価格税制上の「独立企業間価格」の認定は、いくら科学的に分析したとしても、APAでも締結していない限り最終的にIRSに認められるかどうかは分からず、Measurementに係る確証を得るのは難しい。したがって移転価格に係るFIN 48の検討は「Measurement」規定下で、いくらを50%超の確証度に基づくものとできるかという点にフォーカスされる。

移転価格スタディーの文書化がされており50%超のオピニオンが出ている、またはAPAが締結されており、その後の実際の取引きがAPA内容に準拠しているといった場合にはFIN 48負債の計上は必要なくなる。一方、移転価格スタディーがされていない、または簡素化されたスタディーで「Reasonable」ベースのオピニオンしか出ていないようなケースでは50%超に係る根拠がなく、追加のスタディーが必要となるケースもあるだろう。金額の大きい取引きに関してAPAの有効性は以前にも増して高くなる。

ある程度の確証度を推測する法的な分析が可能な他の申告ポジションとは異なり、移転価格が税務調査で最終的にどのように取り扱われるかは予想が困難である。この点は日本企業に限定される問題ではない。米国上場企業の第一四半期の報告をみても大手企業が軒並みに移転価格に係るポジションはグレーであり、現時点でのFIN 48の負債額が将来の展開次第で大きくブレる可能性があるという開示を行っている。

FIN 48に記載されている「例題」は、100%、80%、50%、30%等の確証度で認められるであろう金額が正確に把握できえるという架空の世界の中で成り立っているが、FIN 48のコンセプトは理解できたとしても実際の適用時には数量化が困難であるケースが多いのが現実の世界であろう。

*申告書未提出

米国法人で連邦に法人税の申告をしていないというケースは通常はまずあり得ないであろうことから、未提出は主に「州税」の問題となる。すなわち、本店所在地以外の州で何らか活動があるにも係らず特別な理由もなく申告をしていないケースである。これは思ったよりも一般的に見受けられる。しかも日本企業に限ったことではなく、米国企業のM&Aに係るDue Diligenceをすると頻繁に指摘されるポイントである。

州に申告をする必要があるかどうかという問題はすなわちその州に「課税権」があるかどうかという問題だ。これは憲法上の「Commer Clause」または「Due Process Clause」の問題となる。州と何らかの係りがある場合にのみ州は企業に課税ができる。この係りを税務用語で「Nexus」という。

最近、チョッとした州との係りで直ぐにNexusが発生する傾向にある。違憲の可能性のあるものは裁判に持ち込まれるが連邦の最高裁判所は多くのケースを取り上げないため、州の最高裁判所で州側のポジションが支持されているとその時点では州側のポジションに従わざるを得ない。ひどいケースになるとライセンス供与契約を締結している相手の「非関連企業」がその州にあるというだけでNexusを認定されるようなこともある。受動的にロイヤリティーを受け取っているだけがその州とのコンタクトであるにも係らずだ。

企業としては、どの州にどのような活動があるのかという事実関係をまず整理する必要がある。その上で何らかの活動がある州に関して、申告をしているのか、していないのであればその理由は何か、を検討する。申告をしていない理由としては、その州に法人税がない、活動が物販に係るものでありその内容が課税対象となるに至らない、単に忘れている、が考えられる。申告が必要となるかどうかの分析は州毎に基準が異なるので極めて面倒な検討となる。この検討は一般に「Nexus Study」と呼ばれ会計事務所等で州税の専門家が取り組む分野である。州税の専門以外には頼まない方が無難であろう。

申告が必要であるにも係らず、過去に申告をしていない場合には、FIN 48の負債を算定するために最終的なExposure、すなわち支払いが必要となる金額の確定が必要だ。申告書を提出していない場合には「時効の成立」がないため、理論的には州で活動が開始された年まで遡る必要があるが、Measurementの際には該当州における実務的な慣例に基づき負債を算定することが認められる。例えば、自主的に申告を申し出た場合には過去6年のみの州税を支払えばいいという慣例がある場合には、6年分の州税(プラス金利、ペナルティー)の算定が必要であるということになる。FIN 48の負債を計上すると同時に、実際に州への働きかけに係る最も有利な方法を模索し、実行に移す必要がある。

州税以外の未申告の可能性として海外の申告がある。すなわち、海外で活動を展開している場合にはその相手国で必要な申告を行っているかどうかが検討課題となる。租税条約が締結されている国であれば、恒久的施設(PE)の有無、PEに帰属する所得の把握、等を検討しなくてはならないし、租税条約がない国であれば、その国の内国法に基づく取り扱いを検討することとなる。

*R&D税額控除

R&D税額控除は対象となる費用の認定などを巡り、税務調査の際にはまず必ずIRSが精査を行う。R&D税額控除を申告書上に反映される際には、多少グレーなものであっても主張が通り得る範囲であれば計上しておくのが常である(この点に関しては2007年7月21日の「米国における申告書上の申告ポジション」を参照)。しがって、IRS税務調査では20%ほどの減額が加えられるケースは珍しくない。

*IRS税務調査

過去のIRS税務調査で問題として指摘された項目、現在進行している税務調査で質問が来ている項目に関してはそれなりの分析が必要となる。過去に調整の対象とされた項目に関しては、その後同様の取引きに対してどのような処理をしているか確認をする必要がある。例えば、期末在庫評価に係る税務上の「追加コスト」である「Sec.263A」の算定方法に関して調整されたような経験がある場合には、現時点でのSec.263Aの算定方法がIRSの指摘に準拠しているのか、またはそれでも申告ポジションがある(法的に主張が通り得る)ということで過去のままの方法を踏襲しているのか、等を把握し適切なFIN 48負債を認識しておく必要がある。

*文書化

具体的な文書化の方法に関しては各企業の実態に合わせて監査人等と相談して決定することになるが、FIN 48の分析過程、結果に係る何らかの記録が必要となることは言うまでもない。

*FIN 48の累積効果の管理

単年毎にグレーな申告ポジションを見極める作業に加えて、過去に認識されたグレーなポジションの変動も管理する必要がある。一旦FIN 48に基づき認識されたグレーなポジションはその後の展開次第でいろいろな「運命」をたどることとなるためだ。この管理は一般に「Roll-Forward」スケジュールと呼ばれる計算表で行われる。SFAS109下での繰延税金の管理がバランスシート・アプローチであることから、繰延税金に関して同様のRoll-Forwardスケジュールを作成しているケースが多く、形態としては似たようなものだ。FIN 48を始めて導入する年は時効が成立していない過去の年に関して一からRoll-Forwardスケジュールを作成する必要があるため初年度の負荷は大きい。

一旦認識されたグレーなポジションに対するFIN 48負債に、どのような運命が待ち構えているかに関しては次のポスティングで触れる。

Wednesday, August 1, 2007

FIN 48(3) 検討対象となる申告ポジションの単位

FIN 48に関しては2007年7月21日、26日とその基本的な考え方を取りまとめてきた。すなわち、1)FIN 48は決算書上のタックス費用を算定する際に、申告書上のグレーな申告ポジションをどう取り扱うかという会計原則であること、2)「50%超の法的説得力がない申告ポジションは決算書上その税効果を認めない」とする「Recognition」基準が規定されていること、そして3)「Recognition基準を満たした申告ポジションに関しても、IRS等と争った場合に費用、控除を認めてもらえる可能性が50%超あると思われる金額のみ決算書上の税効果を認める」いう「Measurement」基準が規定されていること、といった点である。

*FIN 48を適用する「申告ポジション」とは?

FIN 48は、時効が成立していない過年度の申告書で取られている、また決算の対象となっている期に対して提出される申告書上で取られるであろう「申告ポジション」が適用対象である。決算の対象となっている期に関しては、通常、決算時点では未だ申告書そのものが作成されていないため、この部分に関してはどのような申告書を作成するかという予想(Tax Provisionの金額)に基づく分析となる。

*申告ポジションを分析する際の単位

申告ポジションは申告書に無数に反映されているが、このポジションをどのような「単位(Unit of Account)」に括って管理するかはFIN 48の実際の適用に当たり重要な検討課題となる。この点に関してFIN 48は「あくまでも個々の企業の状況に基づく判断をするべき」というごく一般的なガイドラインのみを提供するに留まっている。どのような企業においても、申告書で別々に計上されている項目は、各々に別の税法上の条文・解釈等が適用されることから、最低限でも各々独立した申告ポジションと考えられるべきであろう。別の条文・解釈が適用される項目をひとからげに「50%の法的説得力があるかどうか」と分析しても意味がない、というか分析のしようがない。

そこで終わらずに個々に計上されている項目を「更に細分化」して検討する必要があることもある。FIN 48には、異なる部門から発生するR&D税額控除を別々の単位として規定の適用をする例が記載されている。すなわち、申告書ではR&D税額控除という一項目であるが、それを更に細かい単位に分解して、各々にFIN 48の検討を加えている。これは部門毎に機能等が異なる関係で各々の部門から発生するR&D税額控除に対する法的説得力、また最終的にIRSに認められるであろう金額の数量化が一定ではないからだ。

このように単位分けされた申告ポジションはかなりの数に上ることが予想される。しかし現実には申告ポジションに関して特に取り扱いに不確実性が存在しないと言えるものが多い。例えば、申告書に計上される一般従業員の人件費、事務所の賃貸費用、その他日常の費用項目に関しては取り扱いが明確であるケースが多い。このようなどちらかと「お決まり」の申告ポジションに関しては、グレーでなければ申告書上の取り扱いがそのままFIN 48下でも認められる。ここでのポイントは「このポジションは鉄壁である」といった主張は必要ではなく、あくまでもRecognitionが50%超であり、かつMeasurementに関しても50%超で全額認められるという主張があれば十分であるという点だ。

このことから最終的に詳細な検討対象となるのはグレーな取り扱いをしている一部のポジションに限られるケースが多いであろう。もちろん、不確実性がない場合でも、各ポジションをレビューしてそのような結論に至ったという記録は必要だ。

*要注意な申告ポジション

このことから、申告書に計上されている多くの通常の項目に関してはそれ程困難な分析とならないケースが多いはずだ。日本企業的には「関連者取引の対価の正当性(移転価格問題)」が大きな部分を占めるケースが多いだろう。 また、過去のIRS税務調査で問題として指摘された項目、現在進行している税務調査で質問が来ている項目に関してはそれなりの分析が必要となる。

また、むしろ申告ポジションで問題となりそうなのは「申告書を出していないケース」または「申告書に報告されていない所得項目」だ。このような項目は申告書をいくら見ても特定することができない。

申告書を出していないなどという大胆な状況はそれほどないだろう、と思われるかもしれない。確かに連邦法人税の申告をしていないというまともな企業はない。ところが本店所在地以外の州への申告となると、該当州内に何らか活動があるにも係らず特別な理由もなく申告をしていないケースはかなり一般的に見受けられる。これは日本企業に限ったことではなく、米国企業のM&Aに係るDue Diligenceをすると頻繁に指摘されるポイントである。

また、クロスボーダー取引きに目を向けると、海外で活動を展開している場合にはその相手国で必要な申告を行っているかどうかが検討課題となる。租税条約が締結されている国であれば、恒久的施設(PE)の有無、PEに帰属する所得の把握、等を検討しなくてはならないし、租税条約がない国であれば、その国の内国法に基づく取り扱いを検討することとなる。

次回はこの要注意な申告ポジションに関してもう少し詳しく触れてみたい。