Friday, August 31, 2007

TextronケースにみるタックスワークペーパーのIRSへの提出義務

昨日、米国地方裁判所は「Textron」というケースの判決にて、税務調査の一環でIRSが発行した「Tax Accrual Workpaper (TAW)」に対する「文書提出命令」に納税者は従う必要はないとの判断を下した。2007年8月18日のポスティング「FIN 48(7) IRS税務調査に与える影響」にてIRSはTAWの資料請求を「自粛」しているポリシー(TAW Restraint)に関して触れたが、今回の判決を見ると、事実関係次第ではIRSが自粛を解いてTAWの提出を要求したとしても、TAWの提出を法的に拒否することができる局面があり得ることが分かる。判決の対象となる課税年度は1998年~2001年ということなのでFIN 48導入以前のものであるが、FIN 48ワークペーパーを含むTAWの提出に対する考え方としてFIN 48導入後にも参考になる部分が多い。

*Textronケースの事実関係

判決に関係が深い事実関係を簡単にまとめると次の通りだ。Textronの社内タックス部門には6人の弁護士と複数のCPAが勤務している。Textronのタックスに係る検討は社内タックス部門に加えて、法律事務所、会計事務所のアドバイスに基づいて行われている。1998年~2001年に対するIRS税務調査の過程で、IRSは実に500を超える資料請求(IDR)を発行し、Textronはひとつの例外を除きその全てに対応している。そのひとつの例外は「TAW」の提出を求めるものであった。

TextronのTAWには、税法がグレーでIRSと合意を得られないかもしれないポジションの説明、それらのポジションを訴訟に持ち込んだ場合にTextronが勝つ可能性、訴訟で負ける場合に備えて適正な水準の引当金の計算、が含まれている。一方で、各取引きの事実関係を裏付ける契約書等はTAWには含まれていない。

上述の通り、TAWは資料請求の対象にしないというのがIRSのポリシーであるが、Textronケースにおいては対象となる取引きが「SILO」と呼ばれるタックス・シェルターであったことからTAWの提出を求めていたものである。

*IRSによる文書提出命令

IDRで請求した資料の提出がない場合、IRSは税法に規定される「文書提出命令(Summons)」を発行することが認められる。文書提出命令を発行しても資料の提出がない場合には、IRSは連邦裁判所に提出の強制を申し立てることができる。その場合、裁判所に強制される資料を提出しないということは裁判所侮辱に当たり、企業側から見ると基本的に提出を余儀なくされる。

IRSによる裁判所への申し立てが認められるためにはいくつかの条件が揃わなければならない。すなわち、文書提出命令が適切な目的のために発行されている、またその目的を達するのに適切な内容である、他の資料から分かるような内容ではない、適切な手続きに基づいて発行されている、といった条件である。更に、仮にこのような条件を全て満たしている文書提出命令であっても、対象となる資料が「秘匿特権(Privilege)」により守られている場合には、企業側は提出を拒むことができる。

*文書提出命令の正当性

IRSによる文書提出命令が適切な目的で発行されているその他の条件に関しては、IRSが表面的にその基準を満たしている場合(Prima Facie Case)には、その反証義務が企業側に移る。今回のケースではTextronはその反証義務を果たしているとはいえず、文書提出命令そのものの正当性には問題はないとされている。

*秘匿特権(Privilege)

秘匿特権として最も一般的なものは「弁護士と依頼者の間のやり取り」に付与される「Attorney Client Privilege」であろう。しかし、Privilegeには他にもいくつか種類がある。Textronのケースでは「Attorney Client Privilege」の他にも、「Tax Practitioner Client Privilege」、「The Work Product Privilege」の全てが有効であると認められている。その上で面白いのは、「Attorney Client Privilege」および「Tax Practioner Client Privilege」に関してはTAWを外部監査手順の一環で監査人(E&Y)に見せていることをもって、秘匿特権を企業自ら「権利放棄(Waive)」しているとされている点だ。したがって、最終的に決め手となったのは「The Work Product Privilege」であった。

*The Work Product Privilege

この秘匿特権は訴訟の準備または訴訟を予測して弁護士が作成する資料に適用される。Attorney Client Privilegeは弁護士と依頼者の間の率直なやり取りを促進するのを目的としているが、The Work Product Privilegeは弁護士が訴訟相手の介入を心配せずに訴訟に係る戦略立案ができるようにするという目的を持つ。せっかく訴訟に係る戦略立案を行ってもその内容が審理準備段階の情報開示(Discovery)等のプロセスで相手側に知れては不公平だということだ。

また、The Work Product Privilegeは、Attorney Client Privilegeと異なり、一旦Privilegeの存在が認められたとしても、相手側にその資料を入手する「かなり強い必要性」が認められる場合には、Privilegeの効果がなくなる「条件付」Privilegeである。

したがって、The Work Product Privilegeの適用有無の決定にはまず、このTAWが訴訟を予測して作成されたものかどうかを検討する必要がある。この点に関してTextronはもちろん「訴訟の可能性を予測して作成した」と主張し、IRSは「単なる通常業務の一環で作成されているものだ」と真っ向から対立した。

「訴訟を予測していた」かどうかの判断基準はひとつではないが、Textronケースにおいて裁判所は、資料は「訴訟の可能性を理由に作成されたていたか」という点にフォーカスして検討を行う「Because of」基準を適用した。TAWでは訴訟の際の勝ち目が数量化されている点、訴訟で負けるケースに備えて引当金を計算している点、を挙げて間違いなく訴訟の可能性があるからこそ作成されている、すなわち訴訟を予測して作成されたものであると判断された。また、過去にTextronは3回もIRSとの争いを実際に法廷に持ち込んでいるという「実績」があり、訴訟を予測していたという主張が単なる空論でないことを裏付けている。

*The Work Product Privilegeはなぜ「権利放棄」されてないか?

次に他の二つの秘匿特権が権利放棄されたと取り扱われているのにThe Work Product Privilegeはなぜ権利放棄されていないかという点も重要だ。上でも触れたがAttorney Client PrivilegeもTax Practitioner Client Privilegeも基本的にその目的は弁護士と依頼者の間のやり取りが外部に漏れないことを保障し、適切なアドバイスを提供できる環境を整えるというものだ。その意味で、相手が誰であれ第三者に内容を開示するというのは目的と不整合であり、権利放棄に繋がる。

一方、The Work Product Privilegeは弁護士が訴訟相手の介入を心配せずに訴訟に係る戦略立案ができるようにするという目的を持つことから、「訴訟の相手」に知れる可能性がある開示のみが目的と不整合となり、他の開示は権利放棄に繋がるものではない。したがって、監査人に対する開示はThe Work Product Privilegeの権利放棄にはならないことになる。

上述の通り、The Work Product Privilegeが一旦認められる場合でも、IRS側で入手の「強い必要性」を証明できれば資料提出が求められる。この点に関しても、IRSはTextronの弁護士がどう考えているかということ意外の事実関係はいくらでも他のIDRを通じて入手できる立場にあることから、TAWの入手に強い必要性があるとは認められないとされた。

*Textronケースの影響

Textronケースでは、「訴訟を予測して作成された」というどちらかというと狭い範疇の資料に対して法的なプロテクションが認められたに過ぎない。また、例え自社のタックス部門に弁護士を揃えていても、TAWを監査人に見せることによりAttorney Client Privilegeは放棄されてしまうことも明確に指摘されている。したがって「通常の局面」ではTAWの提出命令を法的なディフェンスで拒むという戦略を取るのは困難ではないかと思われるかもしれない。ただし、そもそも通常の局面ではIRSはTAWを資料請求しないというポリシーがあることから、TAWが請求されること自体がかなり特異な状況であると言える。そのような特異な状況に置かれる申告ポジションが存在する場合、訴訟を視野に入れた企業側の対応は必ずしも珍しいことではないと思われ、その意味でTextronケースは十分な適用可能性を持つ判例となる。

*IRSの反応

IRSは判決後の記者会見では、IRS敗訴の知らせに聴衆が勢いづいている雰囲気を察し「皆さん落ち着いて下さい」と全体を制した後、「The Work Poduct PrivilegeをTAWには適用されるとした判決はおかしい」としう持論を展開し続けた上で「今回の判決の影響は長くは続かないだろう」と占った。控訴するかどうかは明確ではないが、控訴する場合には「TAWにThe Work Product Privilegeを認める際に、過去の判例等が提示されていない点を突いていく」ことも明らかにした。また、今回の判決によりIRSの提出命令に係るポリシーに変更があることはないとしている。

敗訴してもポリシーを変えないというのは「(基本的に)判例が拘束力を持つ」の米国においてルール違反ではないかと思われるかもしれない。実はIRSは地方裁判所、Tax Court、控訴裁、等の判例に従う必要がない。もちろん訴訟を持ち込んだ本人に対しては判決は有効であり、「Res Judicata」の原則も適用される。また最高裁判所のケースはIRSにももちろん拘束力を持つ。

しかし、同様の事実関係を持つ「他の納税者」に対してはIRSは敗訴となったその同じ主張を取り続けることができる。控訴裁の判決に関しては控訴裁の管轄地域(Circuit)内では一応判例としての効果を認めるが、米国全体としては判決に束縛されない。IRSは敗訴した判決の中で重要性が高いと思われるものに関して「Action on Decisions」という文書にて判決に同意するかどうかを公開している。

したがって、Textronケースの判決が出た後もIRSはポリシーの変更をする必要はない。ただし、同様の状況にある納税者がTextronと同じ地方裁判所で同じ問題点を争う場合には、「判例主義(Stare Decisis)」に基づき、今回と同様の判決が下されるはずである。