Sunday, October 23, 2011

ミリオネアー課税「バフェット・タックス」(2)

前回のポスティングではミリオネアー課税であるバフェット・タックスの背景を紹介したが、今回はバフェット・タックスそのものに触れる。

*バフェット・タックス

ミリオネアーが一般家庭より低い税率で課税されているのはおかしいので富裕層の課税を強化しようというアイディアは説得力もあり違和感はない。オバマ政権も財政赤字対策の一環でバフェット・タックスを法律化するよう議会に提案している。しかし、実際にどのように実行するのかという点は未だ明確ではない。財務省も「いろんな考えがある」という程度の方向性しか表明していない。

一番分かり易く行くのであれば、キャピタルゲイン、配当に対する優遇税率を撤廃してしまうのがいいだろう。これで全て解決しそうなものだが、そうすると潜在的に億万長者ではないけど、投資所得で暮らしている善良な市民にも影響がある。

となるとバフェット・タックスの具体的な実現法は思ったよりも込み入った形態となるかもしれない。例えば、一定の額を超える所得を配当、キャピタルゲインで受け取っている場合にはAMT(代替ミニマム税)の算定を通じて、高い税金を支払わせるという案がある。AMTはAlternative Minimum Taxの略だが(銀行のキャッシュ・ディスペンサーではない)、これを更に複雑化することになるので既に一部メディアでは「Alternative AMT」というおかしな命名をしている。Alternative AMTなんてものが導入されようものなら今でも複雑怪奇な1040がますますハイパワーコンピューターなしでは対応できなくなりそう。

また、キャピタルゲイン税は一応そのままにしておきながら、金額が大きくなるとSurtaxを加えるという案も出ている。実際にこの手の法案が上院に提出され始めているようだ。評判が悪い他の増税案の代わりという位置づけで登場している。

さらに、税率を変えるのではなく、所得が大きくなると個別控除(Itemized Deduction)をPhaseout(徐々に減額)させるという案もあり得る。Phaseoutは現状でも存在するが、これをもっと派手にすることで増税効果を出そうというものだ。高所得者には通常、より大きな個別控除があるため、思ったよりも効くかもしれない。

*今の累進税率は手緩い?

現在の税法では個人の最高連邦税率は35%で、ブッシュ減税が撤廃されたとしても(正確には延長されずに自動消滅させられたとしても)39.5%で止まっている。

米国の歴史を見てみると過去には極端な累進税率の時代があったので驚かされる。タックス・アナリストに面白い記事が載っていたが、New Deal時代(1935年の頃?)には、$2Millionを超えると78%、$5Millionを超えると79%というとてつもない税率区分(=Super-Bracket)が存在したということだ。

しかし、実は当時の$2Millionは現在の$32Millionに匹敵するし、$5Millionに至ってはナント$80Millionだそうだ。それを超える金額だったら確かに79%も頷ける。そんなSuper-Bracketが存在したのも今は昔、第二次世界大戦時にはBracketは下がり(税率は高いままだったので歳入増)、その後も$10MillionとかのレベルのSuper-Bracketは個人所得税の世界には戻ってくることはなかった。こんな豪快なSuper-Bracketを増設したら逆に何か夢が膨らむような気がするのでぜひ見てみたい。「今年のMargin Rateは79%か・・・」みたいな悩みを抱えるのも悪くない(ナント言っても年収$80Millionだし)。

しかし現実には2012年は選挙の年。そんな大胆な改正は近々には見込めず、ブッシュ減税の延長、AMTパッチ(これに関しては2007年後半から数回に亘って特集しているので「混迷極める米国議会のAMT対策」等を参照)、バフェット・タックス導入、と言った地味めな改正を見守るしかないようだ。

ミリオネアー課税「バフェット・タックス」(1)

米国の著名投資家で億万長者の代名詞とでもいえるウォーレン・バフェット氏が「自分の税率が一般家庭より低いのはおかしい」という至極もっともな理論でミリオネアーの課税強化を提唱した。

累進税率かつ総合課税の米国でなぜ何百万ドルも収入がある者が、所帯当りの所得が20万ドル位の一般家庭よりも低い税率で課税されるようなことが起こり得るのか単純に不思議に思われる方もいるだろう。

米国は総合課税だが、キャピタルゲインと配当は特別に15%という上限税率が規定されている。90年代はキャピタルゲインは20%代の優遇税率(後に15%に低減)だったが、ブッシュ政権が2001年~2003年に実施した減税で配当も15%上限となった。分離課税に似ているが、総合課税の枠の中で上限税率が規定されているというのが正しい。すなわち、キャピタルゲイン、配当も他の所得同様に申告書に載せて、そこから人的控除だの個別控除を差し引いて累進税率を適用するが、キャピタルゲイン、配当部分には15%のリミッターが掛かる。キャピタルゲインや配当があっても小額であれば控除で消えてしまい、税負担がないこともある。この辺りの計算は結構面倒で「たかが」個人所得税で給与と配当、キャピタルゲインがあるだけのような局面でもコンピューターとか申告書作成ソフトのヘルプなく申告書を作成するのは困難な状況に陥る。

ちなみにこのブッシュ政権の減税には時限爆弾がセットされており、何もしないと自動的に消滅する(昔のスパイ大作戦のテープみたいに)仕掛けになっている。この問題に関しては2010年8月末に3回特集した「失効間近のブッシュ減税」を参照。

裕福になればなるほど、役務提供して報酬を受け取るという生活パターンではなく、投資ポートフォリオから配当を受け取ったり、投資を売買してキャピタルゲインを得たりしているため、いくら儲かっても15%を超える税率にはならない。ファンドに投資とかしている者も、ファンドがパススルー主体であることから、ファンドが認識するキャピタルゲイン、配当はそのままの性格でパススルーされてくる。これに目を付けて、というかこの仕組みをうまく利用しているのが、PEファンドとかヘッジファンドのマネージャーが受け取るCarried Interestだ。実質給与に近いが税法上はキャピタルゲインとなるように設計されている。

このCarried Interestを通常の所得として課税しようとする声はブラックストーンが上場した頃(もう4~5年前?)から法案としては存在するが、未だに可決されていない。オバマ政権も一つの歳入原資として通常課税を提案している。Carried Interestに関しては相当前となるが2007年6月に特集したので「Carried Interestとパートナーシップ・プロフィット持分」を参照。

また差が付くのは税率だけではない。普通に働いてお給料をもらったり、フリーランサーとして報酬を得ていると、所得税ばかりではなく、社会保障税も支払う必要がある。社会保障税の計算には控除がないため実効税率に与える影響は大きい。従業員なら8%弱(うち1.45%は課税上限枠ナシ)、自営業(会計事務所や法律事務所のパートナーを含む!)はナント15%強(うち2.9%は課税上限枠ナシ)取られるのでかなりキツイ(これって愚痴?)。一方で投資所得には社会保障税は課せられないため、ここでも差が付いてしまう。

そこで登場するのがバフェット・タックスだが、その内容はどのようなものとなり得るのだろうか?という点は次回。

Sunday, October 9, 2011

アメリカ版「パテント・ボックス」?

ここ何年かの間に世界各地ですっかりお馴染みとなりつつある税法に「パテント・ボックス」というものがある。オランダ、ルクセンブルグ、アイルランド、ベルギー、スペイン、フランス、スイスというどちらかというと納税者フレンドリーなヨーロッパ諸国に加えて中国も同制度を導入している。また2013年からはいよいよ英国でも採用される見通しとなり、ますます市民権を得つつ感じがある。そこでいよいよアメリカでも、ハイテク、製薬業界等のプッシュに基づき、導入論が浮上してきている。

*パテント・ボックス

パテント・ボックスなどというと、パテントを入れる魔法の箱(そんな箱ない!)、または特許技術に基づいて製造されたハイテクな箱をイメージするかもしれない。

実はボックスとは言え、本当の箱ではなく、基本的な仕組みは、パテントを取ってそれを利用した製品から得られる所得を「別ボックスに入れ」は、一般の法人税よりも低い税率を適用してあげましょう、というものだ。世界的な傾向として通常の法人税率は25%前後のところが多いがパテント・ボックスに適用される税率は10%~15%といったイメージだ。

自国で価値のある無形資産(IP)を創造・商品化してもらうためのインセンティブとなり、付加価値の高い雇用にも繋がり、国の経済競争力をも高めるということで最近人気が高い政策だ。裏を返せば、IP関係の仕事は今や世界のたくさんの場所で行うことが可能で場所的に選択肢が多いという危機感を反映しているものとも思える。

多くのパテント・ボックスは21世紀に入ってから導入されている新しいものだ。アイルランドでは1970年代に導入されているが(さすがIP Migrationのトップ・デスティネーション・・)、他国のものはここ何年かの間に導入されている。

このようにパテント・ボックス現象は比較的近年のものなので、実際にパテント・ボックスを導入してそれなりの経済効果があるのかどうかに関する確固たる科学的なデータは未だ存在しないだろうが、ヨーロッパではそれなりの効果が見られているという見方が多いようだ。

パテント・ボックスと一言で言ってもその規定内容は国によって異なる。例えばオランダのパテント・ボックスは2007年に初めて施行されているが、2010年には必ずしもパテントに至らなくても、一定の要件を満たす研究開発に基づく製品・サービス提供から得られる所得に低税率を適用するという「イノベーション・ボックス」に進化している。中国のこの分野でCutting Edgeな考え方を導入して、一定のマーケット的なノウハウをも含むIPからの所得を対象としている。

*R&Dクレジットでは不十分?

税制によるIP開発のインセンティブというとR&DクレジットのようなR&D関係の支出に係る特別措置が思い出されるだろう。そんな規定がありながら、なぜパテント・ボックスのような新種の措置が各国で検討される必要があるのか、という疑問が出てくる。R&Dクレジット等は研究開発の活動を行うことに対するインセンティブであるが、パテント・ボックスはそこで開発されたIPを使用して「商品化」に結びつけて初めて恩典を得られるという点で異なる。パテント・ボックスはこの商品化の過程でより高い経済効果が得られるという認識に基づいているようだ。

*米国版パテント・ボックス?

米国では税法の抜本的改正がより強く求められている。数多くの特殊インセンティブと高税率が複雑に絡み合ってコンプライアンス、プラニングのコストが高い上に、結局、規定の法人税率で税金を支払う法人は少ないという現象が続いているからだ。であれば、法人税率を初めから低く抑えて、その代わりにインセンティブを撤廃してしまってはどうかという改正だ。

そんな環境でのパテント・ボックス導入は、特殊インセンティブがまた一つ増えるという点で大きな流れに逆行しているようにも見える。イノベーション・ボックスのような規定が導入されるとすると、どのような活動からのどの部分の所得がボックスに適格となるか、という根本的な算定ひとつを取ってみても、かなり複雑な施行規則が必要となる点は間違いがない。どの経費が対象となる活動に関係するものなのか(またSec.861の流用?)、を会計事務所に費用を払って文書化するような事態となるだろう。Sec.199 やR&Dクレジットに対する作業を考えて見ると分かり易い。

ただ、他国の実績として全体の税法の簡素化を図りながら、同時にパテント・ボックスを導入できると主張する一派もあり、今後導入メリットの有無が広く議論されていくことになるだろう。

歳入が減少傾向にある今日この頃だけに、その面でも導入には慎重論も出てくるだろう。特に法人への恩典は、個人レベルで税負担の重みがより強く感じられている今日この頃だけに風当たりが強い。この点に関して導入推進派は、何もしないで低税率の恩典が与えられる訳ではなく、パテントまたは一定のイノベーションを実現したものに対するご褒美なのだからフェアなものだと主張する。

社会政策としてのタックスを議論する際に、「研究開発」と「Small Business」は常に特殊なステータスにあることから、向かい風の中、パテント・ボックスが導入される可能性はもしかしたら低くないかもしれない。