Tuesday, July 31, 2007

ブラックストーン法案(その後)

Private Equity Fundsが上場して仮に税法上の要件を満たしたとしても「パススルー」の取り扱いを認めないとするいわゆる「ブラックストーン法案」、またPrivate Equity Fundsのマネージャーが手にする「Carried Interest」に対してキャピタルゲインの取り扱いを認めないというする法案が提出されていることは2007年6月15日、6月23日、6月24日等のポスティングで何回かに亘り触れてきた。

これらの法案に係る審理は始まってはいるものの最終的な方向は現時点では全く見えていない。通常はこの手の法案を真っ先に支持する側に回るであろうはずの民主党議員が必ずしも賛成していないのも興味深い。Private Equity Fundsと民主党というと本来「水と油」のような間柄ではないかと思うのだが、大統領候補の民主党John EdwardsがPTPとして上場を果たしているフォートレス(ヘッジファンド)の顧問(「Senior Advisor」)を務めており、またファンドに投資までしていたことが明らかになったり、実際には複雑な繋がりがあるようだ。Private Equity Fundsからの政治献金は両党に浸透しているが、2008年の大統領選挙で民主党有利と見て民主党への献金が増えているという報道もあり、献金が功を奏している側面は否定できないであろう。

就任以来、高所得者層を中心に歴史的な大減税を展開し続けてきたブッシュ政権率いるホワイトハウスはもちろん法案には反対だ。財務省次官補であるEric Solomonは「うまく機能していると言える現行のパススルー税制、キャピタルゲイン税制にむやみやたらと変更を加えるのは危険」として両方の法案に反対の立場を明確にしている。また、ブッシュ大統領は特定の納税者(すなわちPrivate Equity Fundsとそのマネージャー)を対象とする増税案には賛成できないといして、そのような法律が議会で可決されたとしても「Veto(拒否権)」を発動するとしている。

Private Equity Fundsによるロビー活動も引き続き活発だ。Private Equity Funds元祖KKRの設立パートナーであるHenry R. Kravisもワシントンに登場してPrivate Equity Fundsが米国企業の効率化を促し、長期的には雇用を創出し、経済発展に寄与しているという持論を展開した。これはかなり一理ある話しではあると思うが、法案を支持する議員からは冷淡な反応しか返ってこなかったようだ。1980年台後半のRJRナビスコ買収を発端としてLBOに非難の矛先が向けられた時期があったが、その際にもHenry R. Kravisは議会のヒアリング等は避けて、個別にPrivateミーティングでLBOの経済効果を説いて回ったとされている。

一方で現在提出されている法案の内容では未だ手緩いとする向きもある。Carried Interestに対する課税強化案が「骨抜き」とならないよう「Preferred Partnership Interest」全般に係る取り扱いを一から整理する必要があるといった意見である。さらに、2007年6月24日のポスティングでも指摘した点であるが、そもそもCarried Interestを受け取った時点で課税をするべきであるという繰延の恩典を問題視する指摘、また現行の条文(具体的にはSec. 707)を適用することによりCarreid Interestの取り扱いには十分に対処できるのではないかという意見もある。

*ブラックストーン上場に隠された更なるタックスプラニング秘策?

2007年7月13日のNYタイムスには、ブラックストーンが上場直前にGoodwillを利用した高度なタックスプラニングを実行していると報道した。報道によるとブラックストーンのパートナー達はマネージメント会社の持分をグループ内に新設した法人(Blocker Corporation)に売却したとされる。売却時には$37億に上るGoodwillが売却され(簿価はゼロ?)キャピタルゲインとして15%で課税されるが、Goodwillが15年間で償却でき、しかも償却を法人として行うため償却が法人税率である35%の税効果を持つことから、現在価値ベースでもネットでは税金の支払いは帳消しとなるどころか、プラスのインパクトがあるというものだ。

記事を読むとかなり「クリエイティブ」な手法が取られたかのような印象を受けるが、ブラックストーンは翌日に「我々はPrivate Equity Fundsが資産を売却する際に適用するごく一般的な手法を用いたに過ぎない」というコメントを発表している。他のファンドの上場にも同様の手法が適用されるようだ。Blocker Corporationの利用自体はファンドの投資家が非課税組織であったり外国人投資家である場合にはごく一般的ではあるが、今回のような利用法は興味深い。多少ニュアンスは異なるがヘッジファンドのフォレストの上場にもBlocker Corporationは登場していたので、上場とBlocker Corporation、Tax Sharing Agreementまわりのコメントは、再度S-1を読んで別のポスティングにて詳しく触れたい。

*固定サービス収入も「Carried Interest」に織り込み済み?

ファンドのマネージャーが受け取る収入はもちろんCarried Interestばかりではない。2007年6月24日のポスティングでファンドが受け取る複数のタイプの収入の例を挙げた。Carried Interest以外の収入は通常は固定サービス費用であり、35%の通常税率にて課税されるはずだ。Bloombergの記事によるとヘッジファンドのマネージャーは、この固定サービス収入を「辞退」する代わりにCarried Interestの%を上げるという手法を取ることがあるという。経済的に固定費をカバーする金額をCarried Interestとして受け取れば、本来35%で課税されるべき所得が15%で課税されてしまう可能性がある。


*「宿命のライバル」KKRの上場は?

ブラックストーン上場の熱狂も覚めない7月頭に今度はKKRが上場準備の手続きに入った。SECに提出された資料(S-1)によると$12億5千万の資金調達を予定しているとされる。KKRとブラックストーンのS-1を比較すると収益力はブラックストーンの方が上であったことが分かる。ブラックストーンはヘッジファンド、不動産等に投資を多角化しているが、KKRは基本的にLBOを専業としている。また、ヘッジファンドのOch-Ziff Capital Management Groupも上場準備に取り掛かっている。

KKRの上場計画は結果としてタイミングが悪い。ここにきて信用力の低い住宅ローンいわゆるサブプライム問題に端を発した信用収縮により、ファンドへの資金流入が調整期を向かえているからだ。Cerberusによるクライスラーの買収も借入金による資金調達が思うように行かず計画通りに進んでいないという憶測もある。株式市場もにわかに不安定な動きを見せている。ブラックストーンの株価も上場から20%程度下落している。

このような現状では、KKRは上場を中止するべきだと主張するアナリストもいる。KKRのSECへのS-1提出が7月3日であったことを考えると、その3ヶ月後となる9月下旬には上場を完了しているのが通常である。上場が中止されるのであれば近々にその方向性が示されるはずだ。法案の審理状況と合わせて夏の展開が見ものである。

Tuesday, July 24, 2007

FIN 48(2) 申告ポジションに求められる「確証度合」

FIN 48に係る前回のポスティングでは 1)FIN 48は会計原則であること、2)会計上のタックス費用計算はSFAS 109に規定され続けていること、3)FIN 48はSFAS 109を適用する上での「グレーな申告ポジションの会計処理」一点にフォーカスしていること、4)米国での申告書にはグレーな申告ポジションが含まれることが珍しくないこと、等に関して触れた。

*FIN 48の基本的アプローチ

今回のポスティングではFIN 48は具体的にどのような会計処理を求めているのかという点に関して取りまとめる。前回のポスティングで触れたが、問題の根源は、申告書上で支払われているCurrent Tax、またはその申告書を基に算定されているDeferred Taxに係る企業のタックス費用、債務は最終的に企業が支払うこととなる税額と比べて過小評価されている可能性があるという点だ。

この潜在的な過小評価をどのように認識し、算定するか、という処理に関してFIN 48は全く新しい考え方を提示している。すなわち、従来は、一般的な偶発債務に対する会計原則(SFAS 5)の一環で、税務調査その他の局面で追加のタックス支払いが見込まれそうになった場合(「Probable」になった場合)には「引当」を計上するというコンセプトでタックス費用の認識も処理されていた。

一方、FIN 48はこの基本的な概念を180度変えて「怪しくなって慌てて引当を積むのではなく、そもそも申告書で計上している費用等は全て怪しいという前提から出発し、例え申告書上で認められている申告ポジションでもFIN 48の規定する一定の確証度を満たさない限り会計上は税効果を認めない」という新たな基準を設定している。前回も述べたが、これは大袈裟に言えば、売掛金に対して貸倒引当金を積むのではなく、売掛金は基本的に回収できないという前提から出発して、回収できる可能性が高いものを積み上げていき、その結果算定される金額のみを売上として認識しなさいと言っているようなもので、極めて「革新的」なアプローチである。

このFIN 48のアプローチを適用すると、SFAS 109下で従来からの伝統的なスタンスであった「企業は税務当局に支払うタックスを会計上のCurrent Taxとする」という概念は崩壊し、「会計上のCurrent Taxは申告書の取り扱いに係らずFIN 48に基づいて決定」という規定が取って代わる。もちろん、同様にDeferred Taxの算定にも影響がある。

*FIN 48が求める「確証度合」

FIN 48は申告書に反映されている(または申告書に反映されるべきものが反映されていない)申告ポジションに対して「二段階のテスト」を行う。この二段階テストをパスした申告ポジションのみが会計上の税効果を認められることとなる。IRSが反対する可能性がある申告ポジションは費用、控除、未申告等、タックスが過少申告されている場合のみだ。所得を本来より多く申告しているケース(そのような間抜けな企業は米国では少ないだろう)があったとしても、IRSは何の文句も言わない。

このことから「グレーな申告ポジションとは費用、控除、未申告等に係るもの」となる。したがって、FIN 48 で会計上の税効果の認識有無が問われる申告ポジションとなるのは、申告書で企業が自らに有利となるように反映させたものに限定されることとなる。結果としてFIN 48下で認識されるタックス費用、負債は企業側からみてベストなシナリオでも申告書と同額、差異があるとするとタックス費用は申告書の金額よりも常に高くなる。ということはDeferred Taxと異なり、FIN 48でネットで資産が計上されることはない。もちろん、過去に認識したFIN 48の負債に関して、新たな進展があり負債の額が減少するようなケースではその時点でタックス費用、負債が減額される。

*第一ステップ「Recognition」

FIN 48のテストにおける第一ステップは「申告ポジションの法的な説得力」に係るものである。FIN 48ではこれを「Recognition」という用語で規定している。このテストでは、申告ポジションに係る全ての必要な事実関係および関連する法律を塾知した専門家が最高裁判所に至る全ての法的プロセスを経てポジションを争ったと仮定して、その法的判断結果を推測するというものだ。このテストはタックス専門の者が申告書を作成する際に「申告ポジションがあるかないか」を検討するプロセスと同様であると言える。違いは、申告書を作成する場合には40%の確証度(=申告ポジションあり)を求めるのに対し、FIN 48のテストでは「50%超-More Likely Than Not」の基準を適用する必要がある点だ。

この第一ステップに基づき「50%超の確率で申告ポジションが認められる」という結果が出たら次の第二ステップに進むことができる。逆に第一ステップで「50%超の確率で申告ポジションは認められるのは難しい」という結果が出たとしたら、テストはそこで終了される。そのような申告ポジションに関しては、会計上税効果を認識することは認められない。

FIN 48に例示がある。それによると(若干内容は簡素化しておく)、A部門のR&Dコストに対する税額控除は税法上大きな疑問点がないが(50%の確証度合を楽に超える)、他のB部門のR&Dコストに対する税額控除に関してはかなり疑問が多く、申告書に計上できる確証度合であるものの(ということは40%の勝率)、FIN 48の第一ステップのテストでは残念ながら「50%以下の確証度合」という結果が出たとされる。その場合、B部門の税額控除に関しては会計上認識(Recognition)することはできない。とはいえ申告書ではB部門のR&Dコストも税額控除として計上されていることから、IRSに支払う金額はその分圧縮されており、申告書だけ見るとCurrent Taxの費用に入ってこない。そこでFIN 48下では、その差額(B部門のR&D税額控除全額)を「負債」として計上する。この負債はDefered Taxの繰延税金負債ではなく、Deferred Taxとは別に表示しなくてはならない。

*第二ステップ「Measurement」

上の例におけるA部門のR&Dコストに関しては認識は認められることとなったが、必ずしも全額に対して税効果が認められるとは限らない。ここで登場するのが第二ステップだ。第二ステップでは、第一ステップを勝ち残った申告ポジションのみがテストされ、申告ポジションをIRS等と争ったとして最終的にいくらで手を打つことができるかという金額を推測する。FIN 48ではこれを「Measurement」という用語で規定している。上の第一ステップが最高裁判所まで行く覚悟(という仮定)で最終結果を想定するのに対して、この第二ステップではもう少し現実的に「企業としてどれ位の金額でIRSと和解できると推測できるか」という基準で金額を算定する。そこで適用されるのがまたしても「50%超-More Likely Than Not」だ。Mesurementに対する50%超の考え方は科学的ではあるが一見分かり難い。

具体的にはFIN 48に次のような例示がある。100の費用を損金算入するという申告ポジションを含む申告書を提出したとする。この100の損金算入に関する法的な説得力は50%超あり、したがってテストの第一ステップは満たしている。第二ステップでは、100のうち最終的にIRSに税務調査されたとして、50%超の確率で和解を得られると推測される「金額」を決定する必要がある。100の費用に係る確証度合は次の通りであると判断されたとする。

全額損金可: 5% (累計5%)
$80損金可: 25% (累計30%)
$60損金可: 25% (累計55%)
$50損金可: 20% (累計75%)
$40損金可: 10% (累計85%)
$20損金可: 10% (累計95%)
全額否認: 5% (累計100%)

累計の確証度合いが50%を超える金額、上の例では60が会計上税効果を認識することができる金額となる。逆に言えば40に関しては会計上は税効果が認められない。なぜ60かというと、100全額認められる可能性は5%しかなく遠く50%には及ばない。80認められる可能性は25%で、100全額認められるケースと足しても30%にしかならない。60認められる可能性は25%だが、80または100全額認められる可能性を加味すると「最悪でも60は認められる可能性」は55%となり、50%超となる。この金額がFIN 48で会計上認識できる税効果となる。申告書では100の費用を計上しているにも係らずである。申告書で100の費用を計上しているということは、税率を35%と仮定すると、35の税効果があったことになる。一方、FIN 48ベースでは60のみが費用として認められるという評価となるため、この申告ポジションは会計上21の税効果しかもたない。したがって、差額の14(35マイナス21)が追加のタックス費用、負債として会計上認識されることになる。言うまでもないが、この時点でIRSに追加で14を支払う訳ではない。

もし翌年、IRSから新たな指針が発表され、100の損金処理という申告ポジションは確実に認められるという推測が可能になったとする。その場合は、翌期に追加の処理が行われ、14の負債を戻す形でタックス費用、負債を減額させる。一方、翌年に発表されたIRSの指針により、100の損金処理という申告ポジションは第一テストの段階で(すなわち法的な説得力に基づいて)50%超の確証度合がなくなってしまったとする。その場合には、その段階で、35全額が会計上の税効果を失うこととなり、以前に認識されていた21が追加で負債計上される。これをFIN 48では「De-Recognition」と呼ぶ。

このような算定は紙の上では可能であるが現実には適用が難しいことも多いだろう。そもそも上の例のように複数の確証度合を数量化するような作業はできるとしても膨大な時間(すなわちコスト)を要する。この試算を行う単位となる「申告ポジション」は申告書上、無数に存在する。申告ポジションをどのような単位を基に確定するかは各企業の実態により異なるが、その決定も簡単にはいかないこともある。FIN 48でテストの対象となる申告ポジションの考え方については次のポスティングで触れる。

Saturday, July 21, 2007

FIN 48(1) グレーな申告ポジションの会計処理

ここ数ヶ月「FIN 48」に係る質問が急激に増えてきた。FIN 48とは「FASB Interpretation No. 48」の略であり、さらに「FASB」とは「Financial Accounting Standards Board」のことである。FASBはその名の通り企業が財務諸表を作成する際に適用する「会計原則」を作成する私的機関である。FASBの作成する会計原則はSEC、AICPAがその適用を義務付ける形で典拠となっている。会計原則は「Statements of Financial Accounting Standards(SFAS)」 が軸となるが(現時点で160近く発表されている)、他にもFIN、FASB Staff Positions、FASB Technical Bulletin、Emerging Issues Task Force Abstractsのような補完的な情報にて適宜更新される。

このことから、FIN 48は会計原則の一部であり、あくまでも「会計」の話しである。したがって、一義的には我々タックスを専門としている者の取り扱い範疇ではない。しかし、FIN 48は「会計上認識されるタックス費用」の計上に係る基準を規定しており、会計上のタックス費用の算定プロセスである「Tax Accrual」とか「Tax Provision」に係るものだ。

この作業は会計処理の一部ではあるが、言うまでもなく申告書でどのようにタックスが算定されるかを理解していないと手に負えない。したがって、会計原則であるにも係らず、タックス専門家に質問が投げられることが多い。会計原則の適用検討というのは、法的な分析と異なり、自分の主張するポジションを無数の法源から構築するという法律に携わる際の基本的な楽しみがない。その意味で比較的退屈なものである。しかし、これだけ質問が多いと残念ながらそんなことも言ってられない今日この頃だ。

このFIN 48の適用は、SEC登録企業では2006年の決算書でその影響を開示、SEC登録企業以外は、2007年の会計年度から強制適用(U.S. GAAP下で財務諸表を作成する場合)となる。したがって、基本的に米国で決算を行う全企業が2007年から適用することとなり、そのために急に質問が増加している。

*FIN 48とは

FIN 48が発表されたとは言え、会計上のタックス費用に係る会計原則は依然1992年に発表された「SFAS 109」である点に変わりはない。SFAS 109は会計上、企業が認識するべきタックス費用の算定原則を規定している。SFAS 109はもう10年以上も適用を経てその規定はすっかり定着しており、ここでその内容を改めて解説するまでもないが、主たるコンセプトは次の通りである。1) 企業は税務当局に支払うタックスを「Current Tax」として認識するばかりでなく、会計上既に認識された項目が将来のタックス支払いに影響を持つ場合(正確に言うと会計と税務で資産・負債の簿価に差異があり、それが将来のタックスに影響を持つ場合)にはそれを「Deferred Tax」として認識する、2) Deferred Taxはバランスシート・アプローチで認識する、3) Deferred Taxにより認識された繰延税金資産を使用できる可能性が「More Likely Than Not(すなわち50%超)」に満たない場合には評価性の引き当てを組む、といった原則だ。

FIN 48はSFAS 109の「Interpretation(解釈)」という位置づけだが、その副題「Accounting for Uncertainty in Income Taxes」に示されるように、その内容は、企業の申告ポジションに不確実性がある場合(すなわちIRS等の税務当局が申告書に反映されているポジションを認めるかどうかという点が定かでないケース)に、それをどのように会計上反映させるべきかいう点のみにフォーカスしている。

この点に関してはSFAS 109では直接は触れられていない。したがって、FIN 48が出現する前の状況を敢えて簡単に言ってしまえば、タックス費用の認識は(CurrentもDeferredも)申告書で取られているポジションに基づき、そのポジションが怪しい場合には通常の偶発債務規定に基づき引当金の計上、または開示が求められたというものである。

今回新たに規定されたFIN 48のインパクトを理解するには、まず米国では申告書そのものがどのような考え方で作成・提出されているかを知ることが「Must」である。この理解なくしてFIN 48の理解はあり得ない。

*米国における申告書上の申告ポジション

申告書には企業のあらゆる活動結果に対するタックスが盛り込まれている。取引内容は多岐に亘り、税法が常に明確な取り扱いを規定しているケースばかりでないことから、申告書の中にはその取り扱いがグレーな項目が多く含まれている。取り扱いが100%はっきりしている場合はいいが、そうでない場合はどう申告するべきか?これは税法に基づく検討であり、この時点ではFIN 48その他の会計原則は一切関係ない。

税法上、取り扱いがグレーな場合に敢えてIRSの好むような取り扱いで申告を行う義務は一切ない。グレーな部分に関しても、法的に「申告ポジション」があれば、申告書に反映させてそのまま提出することが認められる。「どこまでのグレーが認められるのか」という判断が「申告ポジションがあるか」という形で法的に検討される。この検討能力はタックス専門家に求められる極めて重要なスキルである。

具体的には、取引に係る事実関係、関連する法律(条文、財務省規則、判例その他全ての法現)を総合的に判断して最終的に40%IRSに勝てる見込みがあれば、その取り扱いには「申告ポジション」があると取り扱われる。これは逆に言えば60%負ける確率でも申告ポジションがあるということであり、かなり「寛大」な基準だ。ちなみに40%というのはどこにも明文化されておらず、そもそもポジションの確証度の数量化は困難であることを考えるとどこまで科学的な数値であるかは疑問であるが、実務的には現状の法律では「40%=申告ポジション」と言っていいだろう。

申告ポジションの意味を正しく理解する際のポイントは「申告ポジションがある」イコール「税務調査の際にIRSが取り扱いを認める」ということでは全くないという点だ。(申告ポジションに係る会計事務所の係りその他に関しては「2007年6月1日」のポスティングを参照)

例えば、法律がグレーで、都合の悪い判例もあるが、他の法源を鑑みて40%くらいは勝てるであろう、という申告ポジションがあるとする。この取引・取り扱いをIRSが調査したとすると、60%程度の確率で更正が入るであろう。しかし、申告書を作成する段階では、100%の勝算がある取り扱いと同様に、特別な開示等を行うことなくそのまま申告書に反映させていいのである。そして言葉は悪いが、そのまま税務調査が入らずに時効(通常3年)を向えることができれば、税負担はそれで確定である。100%の勝算がない取り扱いを基に税負担が確定してしまったとしても、その取り扱いに申告ポジションがある以上は不法行為ではないし、何も後ろめたいことはない。

そして申告ポジションがあるということは、税務調査で更正が入ったとしても加算税等のペナルティーは課されない。すなわち、企業としてはもともと支払うタックスと金利を支払えばいいのである。金利はその間、タックスを支払わずに資金を留保していた訳であるから、支払って当然であり、これにより企業が不利な立場に置かれることにはならない。となると、申告ポジションがある限り、企業側に最も有利な取り扱いで申告をするのが当然であろう。すなわち、申告書にて支払うタックスというのは法的に最低限支払わなくてはいけない金額としておき、実際に税務調査の際に、追加で支払うタックスがあって当然というようなアプローチとなる。

*申告ポジションがグレーな場合の会計処理(FIN 48のアプローチ)

申告ポジションがグレーな状態で申告書が提出されることが合法的であり、かつ実際にそのような申告書が多いとなると、申告書上で支払われているCurrent Tax、またはその申告書を基に算定されているDeferred Taxに係る企業のタックス費用、債務が最終的に支払うこととなる税額と比べて過小評価されている可能性がある。この過小評価をどのように認識し、算定するか、という点こそがFIN 48が取り組んでいる唯一の問題点である。

従来から、一般的な偶発債務に対する会計原則(SFAS 5)の一環で、税務調査その他の局面で追加のタックス支払いが見込まれそうになった場合(「Probable」になった場合)には「引当」を計上するというコンセプトはあるにはあった。しかし、FIN 48はこの基本的な概念を180度変えて「怪しくなって慌てて引当を積むのではなく、そもそも申告書で計上している費用等は全て怪しいという前提から出発し、例え申告書上で認められている申告ポジションでもFIN 48の規定する一定の確証度を満たさない限り会計上はその税効果を認めない」という厳しい規定を突きつけている。これは大袈裟に言えば、売掛金に対して貸倒引当金を積むのではなく、売掛金は基本的に回収できないという前提から出発して、回収できる可能性が高いものを積み上げていき、その結果算定される金額のみを売上として認識しなさいと言っているようなものだ。

このFIN 48のアプローチを適用すると、SFAS 109下で従来からの伝統的なスタンスであった「企業は税務当局に支払うタックスを会計上のCurrent Taxとする」という概念は崩壊し、「会計上のCurrent Taxは申告書の取り扱いに係らずFIN 48に基づいて決定」という規定が取って代わる。もちろん、同様にDeferred Taxの算定にも影響がある。

*米国外の申告書

米国における申告書が基本的に米国の事業主体のみで構成されている(パススルーの外国主体は含まれる)のに対して、財務諸表には米国外の事業主体が含まれることが多い。米国をベースとする多国籍企業は沢山の海外子会社を米国の傘下に治めていることから、連結決算を常識とする米国の財務諸表には様々な国にて生み出される損益が計上されている。ということは当然、タックス費用に関しても様々な国に支払う金額にて構成されていることとなる。

FIN 48は米国にて申告されるタックスばかりでなく、財務諸表に反映される全ての法人税系のタックスに適用される。となると、各国の申告書のポジションを吟味してその確証度合いを量らなくてはならない。米国の申告ポジションの検討だけでも大変な作業となるが、複数の国にまたがる検討は更に負担が重い。

また、日本法人がADR等を利用してSECの管轄下にある場合、またはそうでなくてもU.S. GAAPに基づく決算書を発表している場合には、日本を始めとする各国の申告ポジションをFIN 48基準で検討しなくてはならない。

*FIN 48は何を規定しているか?

それではFIN 48ではグレーな申告ポジションを会計上、具体的にどのように取り扱えと規定しているのか?この点は次回のポスティング以降で触れていく。

Monday, July 16, 2007

三角合併(7) Reverse三角合併の税務上取り扱い

*Reverse三角合併の税務上取り扱い

Reverse三角合併の再編手法としてのメリット等は2007年5月1日のポスティングにて触れているが、今回は税務上の取り扱いについて解説する。前回のポスティングにて触れた通り、Reverse三角合併は他の合併に遅れて1971年の税法改正にて一定の要件下でタイプA再編として認められるようになった。しかし、Reverse三角合併に関してはForward三角合併と比べてより厳しい要件が規定されている。

*合併による消滅法人、存続法人の双方の「資産のほとんど(Substantially All)」が「保有(Hold)」されること

この規定はForward三角合併で触れた「Sub All」規定と同じであるが、次の二つの点でより厳しい。まず、Forward三角合併では買収される側となる消滅法人の資産に関してSub All規定が満たされていれば問題ない。一方Reverse三角合併の場合には消滅法人、存続法人の両法人の資産に関してSub All規定を満たす必要がある。Reverse三角合併においては買収される側の企業が法的に「存続法人」となるため、Sub All規定が存続法人に適用されるのは当然である。消滅法人は通常は三角合併のために設立される特別目的法人であるため、親会社の株式以外に大きな資産があるケースは少ない。合併対価として使用される資産、買収される企業の債権者への支払い等一定の資産はSub All規定の適用から除外される。

また、Forward三角合併の場合と異なり、Sub All規定を満たした資産は存続法人により「保有(Hold)」されなくてはならない。Forward三角合併の場合には「保有」という規定はなく、あくまでも「取得」となる。この差異により、Reverse三角合併により取得された資産(大概のケースでは存続法人にそのまま残っている資産)を再編後に新子会社に現物出資することが認められないこととなる。

*ターゲット企業の80%以上の持分が合併取引そのものにより移管され、その対価が親会社の議決権付き株式であること

Reverse三角合併においては、合併そのものにより取得されるターゲット企業の株式が80%以上である必要がある。この80%は税法上の規定では「Control」という用語が使用されている。適格再編に係るControlは(買収型のタイプD再編の場合を除き)、全ての議決権の80%以上、議決権を持たない株式の各々のクラスの80%以上の持分を意味する。この規定は、買収する側が前以てターゲット企業の20%を超える株式を持っている場合には、Reverse三角合併が適格とならないことを意味する。これにより「Creeping Acquisition(だんだん忍び寄るように株式を買い足していく手法を伴う買収)」ができない。

また、ターゲット企業の株式80%に対する合併対価は、三角合併の対価として発行される親会社の「議決権付き」株式である必要がある。この規定は通常の合併に対するタイプA再編の規定よりかなり厳しい。

Reverse三角合併は基本的に最終的に達成される企業形態が「株式交換」と同じである(この点に関しては2007年5月1日のポスティングを参照)。株式交換はタイプB再編である。しかし、Reverse三角合併に対する税務上の位置付けはあくまでも合併の一つでありタイプA再編の「変形」である。タイプB再編に関しては、再編取引にて80%の持分を一気に取得しなくてはいけないという規定はなく(すなわちCreeping Acquisitionが可能)、その意味でReverse三角合併に対してのみ設けられた特異な規定であるといえる。もちろん、タイプA再編となることから、対価として使用できる資産の種類は株式交換と比べて若干弾力的ではある。すなわち、タイプB再編では基本的に全て議決権付き株式を使用する必要があるが、Reverse三角合併ではターゲット企業の80%に相当する部分の対価が議決権付き株式であれば、残りの対価は現金等他の資産を利用することができる。

*孫会社の使用禁止

Forward三角合併のケースと同様に、Reverse三角合併を適格とするには、合併当事者は親会社が直接持分を持つ子会社である必要がある。再編目的での「Control」の要件を満たすには、株式を「直接」所有する必要があるためだ。

Saturday, July 14, 2007

三角合併(6) Forward三角合併の税務上取り扱い

三角合併の米国税務上の取り扱い

Private Equity Fundsの話題等かなり「旬」なトピックが多かったので、しばらく間があいてしまったが久々に三角合併に戻る。今までのポスティングを整理すると次の通りだ。

2007年4月27日 三角合併(1) 企業再編一般
2007年5月01日 三角合併(2) 他手法との比較
2007年05月03日 三角合併(3) 税務上の取り扱い
2007年05月20日 三角合併(4) 合併一般と適格再編
2007年05月28日 三角合併(5) 債務超過企業の合併

通常の合併(三角合併でないもの)がタイプA再編として適格となるための要件、特に「持分継続」の要件に関しては2007年5月20日のポスティングで詳しく触れた。そこでも解説した通り、タイプA再編は持分継続要件が他の再編タイプと比べて極めて甘い。質的には、合併の対価は「株式」でさえあれば議決権があってもなくてもよく、かつ普通株でも優先株でも構わない。また、量的には、対価の38%だけが株式のケースでも持分継続要件OKという最高裁判所の判例があり、IRS側も40%が株式で支払われていれば持分要件を満たすとしている。

このタイプA再編に係る規定は、対価の種類および量が厳しく規定される他手法と比べて極めて柔軟性が高い。「株式交換のタイプB再編」は基本的に100%議決権付き普通株式を使用する必要があるし、「株式による資産取得のタイプC再編」においても、対価の80%は議決権付き普通株式の必要があるからだ。

対価が議決権なしの優先株式でもいいとなると、かなり弾力的な再編を行うことができる。40%の株式(しかも議決権なしの優先株式でもいい)で適格再編とすることができるということは逆に言えば、合併対価の60%を現金、債券、その他の資産を使用できるということになる。

もちろんであるが、例え再編取引自体が「適格」となっても、現金等を受け取る株主はゲインを認識する必要がある。この点に係るメリット・デメリット、また他手法(特に出資を規定してSec.351)との比較は結構おもしろく、別のポスティングでそのうち取り上げる。

*三角合併の税務上の取り扱い

三角合併もタイプA再編として認められるが、通常の合併よりも税務上の制約が多い。三角合併自体は州法にて古くから規定されていたが、税務上は合併当事者ではない法人(すなわち親会社)の株式が使用されることから、1968年まではタイプA再編として「適格」とはなっていなかった(他のタイプとして適格になることはあったかもしれないが)。1968年の税法改正にてForward三角合併が、続いて1971年の税法改正にてReverse三角合併が一定の要件下でタイプA再編として認められるようになった。これはタイプC再編、タイプB再編に係る三角再編が各々1954年、1964年に適格と認定されたのと比べるとかなり遅い。

*Forward三角合併

上述の通り、合併が三角合併の形式を取る場合には、通常のタイプA再編と比較して若干制約が多い。追加要件はForwardとReverseでも異なる。Forward三角合併を通常のタイプA再編と比べた追加要件は次の通りである。なお、三角合併が下の要件を満たして適格となる場合、合併対価の柔軟性に関しては通常のタイプA再編と同様であり、その意味で依然弾力性は高い。

*三角合併に利用される子会社に対して80%の持分を持つこと

この規定は三角合併での対価となる株式を発行する親会社が、合併の受け皿となる子会社に対する最低限の持分を規定している。税法上の規定では「Control」という用語が使用されている。適格再編に係るControlは、全ての議決権の80%以上、議決権を持たない株式の各々のクラスの80%以上の持分を意味する。多くのケースで三角合併の受け皿となる子会社は、三角合併のために親会社が自分の株式を出資する形で100%子会社として特別に新設されることが多く、その場合には当然この規定は問題ない。

また、この目的でのControlは要件を満たす株式を「直接」所有する必要があるため、孫会社が合併の当事者となるような三角合併はタイプA再編としては適格にならない。この場合にはタイプB再編となることもある。

*再編により買収される企業の「資産のほとんど(Substantially All)」が取得されること

この規定は「Sub All」規定として知られており、タイプC再編に適用されることで一般的だ。同様の規定が三角合併に適用される。通常のタイプA再編にはSub All規定はないため、三角合併に適用される「追加」規定となる。

合併なのでどうせ全ての資産が法に基づき自動的に継承され、このSub All規定に意味がないと思われるかもしれないが、Sub All規定は合併当日の資産が全て存続法人に継承されれば満たされるという簡単なものではない。合併を見越して一部の事業をスピンオフしたり、特別な配当、償還を行ったりしている場合には、それらの資産も含めてSub All規定を満たしているかどうかが判断される。Sub All規定を満たしているかどうかの判断は個別の事実に基づき総合的に行われるが、Ruling目的では「ネット資産90%、グロス資産70%」の継承が求められる。通常の合併の場合にはSub All規定はないが、その場合でも余り多くの資産を合併を見越して手放していたりすると「事業継続」要件に触れる可能性がある。

*子会社の株式が対価の一部として使用されないこと

三角合併では合併当事者が子会社となるが、適格再編となるには合併の対価に子会社の株式が使用されてはならない。通常のタイプA再編では合併の際に子会社の株式を使用してはいけないという規定はない。ただし、その場合も「持分継続」要件を検討する際には親会社(通常の合併の場合の合併当事者)の株式のみを考慮すると指摘されている。

*もし合併が直接親会社と行われていたら通常のタイプA再編に適格であったこと

この要件は近年まで米国外の企業が親会社となる場合には、少なくともタイプA再編に関しては致命的な要件であった。通常の合併に対する適格再編の規定上、合併は米国の州法に基づく必要があったからだ。しかし、2006年に発表された財務省規則により一定の要件を満たす外国法に基づく合併もタイプA再編と認められるようになったことから、今後は外国の親会社が関与する三角合併もタイプA再編となることが可能となる。

*Reverse三角合併

長くなるのでReverse三角合併の税務上取り扱いは次のポスティングで触れる。

Friday, July 6, 2007

グリーンカード放棄と米国タックス(2)

(注:下のポスティングの内容は2008年6月17日の法改正の影響を受けています。改正の内容は2008年6月17日の「Update」を参照)

(前回のポスティングからの続き)

*課税逃れ目的と推定された場合のその後の手続き

課税逃れが目的だとされると、まずForm 8854をその後10年間(放棄した年を含む)提出し続ける必要がある。これがForm 8854の「Annual Information Reporting」と呼ばれる部分である。10年間に亘り、年末時点の個人のバランスシート、年間の損益計算書を開示しなくてはならないなど結構負担は重い。ただし、10年間Form 8854を提出するからといって必ずしも米国で税金が発生する訳ではない。

Form 8854を10年間提出する間は、各年の渡米日数実績に基づき、大別して次の二通りの取り扱いが適用となる。

*渡米日数が30日を超える年

もし10年間のうち、米国に物理的に30日超滞在する年(暦年)があると、その年は米国居住者扱いとなる。居住者扱いということはその年に関してはGCを保有している状態と同じだ。例外的に、自分の生まれた国(または配偶者、親の生まれた国)に帰任・引越しており、かつその国で居住者として課税されていれば、その後出張目的で米国に滞在している場合には上の30日超滞在したかどうかの決定をする上で勤務日数を除外することができる。ただし、除外できる日数は年間30日が上限である。

この出張に係る日数除外は、Form 8854のInstructions(2006年改訂のもの)を読むとなぜか元「米国市民」にのみ適用されるかのように取れるが、条文そのものを読むと元長期GC保有者にも適用できることが分かる。この出張規定は、雇用者が自分と関連者(家族、自分が50%超の持分を所有する事業主体)の関係にある場合には適用が認められない。

居住者となる場合には税金の支払いがあってもなくてもForm 1040を提出するのが原則なので、Form 8854はForm 1040に添付することとされる。もし、所得が低く米国に居たとしても申告書の提出義務がないような状況であれば、Form 8854のみの提出となる。提出先はForm 8854に記されているPhiladelphia(PA)の住所だが、2007年から国際関係のFormの多くはAustin(TX)に提出させられることが多く、近々にこの住所もAustin(TX)に変わるかもしれない。

滞在が30日を超えるという理由で米国居住者扱いされる場合に、租税条約の「Tie-Breaker」規定を適用して米国非居住者としての申告が可能かどうかという検討が必要となる。Tie-Breaker規定を適用することができれば、年間を通じて基本的に日本(または他の租税条約締結国)で生活をしている場合(かつその国で税務上の居住者になっている場合)、日本等の居住者であるとして、米国非居住者の状況に戻すことが可能となるはずである。しかし、元長期GC保有者のTie-Breaker適用は次の理由で微妙、というか困難である。

米国の租税条約には必ず「Saving Clause」という条項が挿入されている。このSaving Clauseとは、米国市民または居住者と取り扱われる者の米国での課税関係は租税条約の条項を利用してで軽減することはできないという規定だ。それでも、通常のケースでは米国の内国法で居住者となったとしても、Tie-Breaker規定を用いて非居住者とすることができ、一旦そうなると非居住者としての申告、租税条約上の恩典を受けることができる。これは日米租税条約のSaving Clauseである「Article 1」の4項(a)にTie-Breaker規定への言及があること、財務省規則の「Sec. 301.7701(b)-7」の記述からも疑う余地はない。

一方で日米租税条約を含む近年の租税条約には一般的な(上述の目的の)Saving Clauseに加えて、「元」米国市民、「元」長期GC所有者の米国での課税関係は租税条約の条項を利用して軽減することはできないというもうひとつのSaving Clauseが規定されている。日米租税条約ではここの部分は「Article 1」の4項(b)となるが、問題はこちらのSaving ClauseにはTie-Breaker規定への言及がなく、租税条約の他の条項(当然Tie-Breaker規定を含む)に係らず米国に課税権を認めていることである。また、立法趣旨に係るレポート、条文の文言等をみてもTie-Breakerによる軽減は否定されるべきであろう。このことから、元GC保持者でGC放棄が課税逃れを目的としているとされる者が、30日を超える滞在をしたという理由で米国居住者扱いされるケースへのTie-Breaker規定の適用は認められないと個人的には考えている。

*渡米日数が30日を超えない年

30日(または出張が含まれるケースでは最高で60日)を超えないケースではForm 8854を提出し続ける10年間も米国では「非居住者」とされる。だが、この期間「米国株式、米国債券」からのキャピタルゲインが米国で課税対象となる。これらのキャピタルゲインは「純粋な(GCを課税逃れ目的で放棄していない)非居住者」にとっては米国では通常非課税である。他にもCFC等のかなり特殊なタイプの所得が特別に課税される旨が規定されているが「一般」の元長期GC保有者的には米国株式、米国債券からのキャピタルゲインを気にしていればよい。

このキャピタルゲインを算定する際の「税務上の簿価(通常は取得価格)」決定には特別は「ステップアップ」規定が適用される。キャピタルゲインを算定する際に使用する簿価は、長期GC保有者が(GC保有者として、もしくは物理的な滞在日数に基づいて)初めて米国居住者になったと取り扱われた日の時価を下限とするというものだ。このステップアップは、初めて米国居住者となったと取り扱われる時点で、キャピタルゲインの基となる米国株式、米国債券を既に所有していた場合にのみ適用される。すなわち、米国居住者となる前に発生した「含み益」は非課税とされるということである。

キャピタルゲインに対する課税を租税条約を利用して免除とできるのではないかと考える方がいるかもしれない。これも上述の通り、日米租税条約に関して言えば、租税条約の「Article 1」4項に規定される「Saving Clause」により、米国の課税権が明確に留保されており免除はない。

他の国の租税条約、特に古くから改訂されていない租税条約ではSaving Clauseに「Former Citizen(市民権を放棄する者)」の規定はあっても、「Former Long Term Resident」が言及されていないものもあるであろう。下院委員会レポートの一部に租税条約の改定が2006年8月21日までに行われない場合には租税条約の方が優先権を持つようになると取れる記述がある。その場合、もし長期GC保有者に対する米国の規定が租税条約の条項に違反するようであれば、租税条約を適用できるのではないかと見る向きもある。しかし、その後の展開から見て、この特別な解釈を利用することは難しく、通常通り「後法優先の原則」を適用するべきである。

さらに、このキャピタルゲインは他の米国源泉所得(および米国事業所得がもしあればそれも)と合算され、通常の累進税率に基づいて「申告所得」として課税される。通常は非居住者の受け取る投資所得は30%または租税条約に規定される低減税率に基づくフラット課税(源泉税)となることから、この点も上述の米国株式、米国債券のキャピタルゲイン課税と並ぶ特別な規定である。

ただし、もしこれらの特別な規定がない場合の「通常」の非居住者としての税負担、すなわち米国源泉の投資所得に対しては30%または租税条約に規定される低減税率に基づくフラット課税(源泉税)また事業所得があれば累進税率に基づく申告課税、に基づく税負担の方が高い場合には、通常の課税に基づく税額が最終となる。

*「Energy Bill(エネジー法案)」

エネジー法案には資源節約を促すための減税措置が規定されるが、その財源確保のため思わぬ分野での課税強化が盛り込まれている。法案のひとつに、長期GC保有者がGCを放棄(または上述の通りTie Breaker規定を適用)した際、その後10年間に亘って特別な課税をする代わりに、放棄時点で所有資産の含み益を課税してしまうという規定を含むものがある。この目的では、独身者(また夫婦別申告者)には$600,000、夫婦合算申告者で2人が同時にGCを放棄する場合には$1,200,000の非課税枠が設けられるとされている。これはまだ審理中の法案であり、また法案も複数あることから、当規定が最終的に法律化されるかどうか現時点では不明である。

グリーンカード放棄と米国タックス(1)

(注:下のポスティングの内容は2008年6月17日の法改正の影響を受けています。改正の内容は2008年6月17日の「Update」を参照)

グリーンカード(GC)を「保有」している外国人に対する米国の課税関係に関しては2007年4月22日のポスティングにて触れた。一方でGCを「放棄する」場合の課税関係・必要な手続きに関しても相変わらず質問が多く、かつ規定が複雑で、結構誤解も多いようなのでここに簡単に整理しておく。また、最後に触れるが現在、議会にて審査が行われている「Energy Bill(エネジー法案)」の中に、なんとエネジーとは全然関係がないにも係らずGC放棄に対する「課税強化案」が盛り込まれている。かなり長くなるのでポスティングを2回に分けることとする。

*移民法 v 税法

まず最初に当然のことであるが「GCの放棄そのものに係る手続き」は移民法の規定により決定され税法の管轄ではない。税法が規定するのはGCを放棄した場合に、それを「税務上」どのように取り扱うかということだ。ポイントは次の通りである。

  • 移民法に基づいてGCを放棄しても過去に8年間GCを保有したケースではForm 8854を提出するまで「非居住者」とならない。
  • 税務上、GC放棄時にForm 8854を提出する場合、その内容により今後10年間の報告義務が発生するかどうか決定される。
  • もしGC放棄時に書類を提出して、その後10年間報告をすることになっても米国居住者として課税されるとは限らない。
上の3点について各々説明する。

*GC放棄時に税務上特別な手続きを取る必要があるか?

税務上、GC放棄時に特別な報告が必要とされているのは「Long Term Resident(長期GC保有者)」に関してのみだ。GCを放棄した日が含まれる暦年末日から15年遡って、その間に少なくとも8年間GCを持っていた実績があれば長期GC保有者となる。「8年」の数え方だが、法律の原文を読むと「in at least 8 years」と表現されているこちから、暦年内に「一日」でもGCを保有している場合、8年を算定する目的では1年と数えるべきであろう。

例えば2007年中にGC放棄した場合、2007年の12月末から15年遡った1993年1月1日からがテスト期間となる。この期間内に8年間GCを保有している場合には長期GC保有者となる。一年のうち部分的にGCを保有していた場合も丸一年と数えられることから2000年12月31日またはそれ以前にGCを取得したとすると2007年で計8年となり、既に長期GC保有者となる。

8年を数える上でひとつ例外が規定されている。もしGC保有中であったにも係らず、実際には日本(または他の租税条約締結国)に住んでおり、租税条約の「Tie-Breaker」規定を利用して、その年の米国での申告を「非居住者」として行っているようなケースではその年は数えなくてもよいとされる。GC保有者によるTie-Breaker規定の利用は、GC保有に移民法上悪い影響があるとされているため、どれだけの人がこのようなポジションを取っているかは定かではない。

さらにTie-Breaker規定の適用を開始する時点で既に長期GC保有者となる場合には、実際にGCを放棄しない場合でも、放棄したと同様の取り扱いを受けるとされる。GCを実際に放棄しなくてもTie-Breaker規定を利用して実質放棄したと同じ効果を得ることができることから、この規定は当然であろう。相変わらず米国の立法に係る弁護士たちはいろんなことを良く考えている。

長期GC保有者とならないケースではGC放棄時点で税務上の手続きは必要ない。移民法上のGC放棄日の翌日から米国非居住者となる(物理的に米国に戻ってくるような場合は別)。その場合、放棄の年は「Dual Status」申告書(放棄日を前後に居住者・非居住者となる申告書)を提出する。ただし、非居住者になったからと言って必ずしも非課税ではなく、非居住者でも米国源泉所得には引き続き課税されるのが原則である(投資所得は源泉税対象、その他の所得は申告対象)。

*長期GC保有者となった場合の放棄時の手続き

上のテストで長期GC保有者となった場合には、GC放棄時点で「Form 8854」という様式をIRSに提出する必要がある。この提出を怠ると税法上は提出が行われるまで「居住者」扱いとなるので注意が必要だ。GC放棄時に提出するForm 8854の目的はGC放棄が「米国の課税逃れ」を目的としているかどうかを判断するためだ。

この判断は「実際に課税逃れを目的としている」かどうかという本人の意思は一切関係なく行われる。客観的な事実にてGC放棄の目的が法的に推定されてしまうからだ。すなわち、放棄時点のネット資産(米国資産に限らない)が$2,000,000以上、または過去5年間の連邦税額(課税所得ではなく税金そのもの)平均が$131,000超(2006年の確定申告までの5年間平均の場合-その後は物価スライド調整あり)のいずれかの条件を満たすと自動的に「GCの放棄は課税逃れが目的であった」と推定される。

ちなみに現行の条文には「課税逃れ」という用語は使用されていない。単純に金額的な基準が列挙され、基準を満たすと特別な手続きが必要となるとされているだけだ。しかし条文のタイトル「Expatriation to Avoid Tax」からも明らかなように趣旨としてはあくまでも「課税逃れ」のGC放棄をターゲットとしている。したがって、ここでも一貫して「課税逃れを目的としている」という表現を用いるものとする。

実際にGCを放棄するケースに関与した経験から言うと、どちらかというとネット資産の$2,000,000に抵触してしまうケースが多い。ネット資産が$2,000,000に満たない場合で連邦税金の平均が$131,000超となるケースは例外的であろう。連邦税は州税、家族構成、年度により異なるが2006年ベースで、夫婦合算課税、州税がないとするとこのレベルの税額に到達する所得水準は約$465,000、120円換算で55,800,000円見当である。

この推定結果は「反証不能」と取り扱われるため、推定は決定的となりこれを覆すことはできない。以前は「私のGC放棄は米国の課税逃れを主たる目的とはしている訳ではありません」という反証を行いRulingを申請することができたが2004年の法改正「American Job Creation Act」によりその道が閉ざされてしまった。また、資産が$2,000,000もなく、かつ5年間平均の税額が$131,000を超えない場合でも、過去5年間行うべき確定申告を行っていないようなことがあると、その事実をもってやはりGC放棄は「課税逃れ」と推定される。

この判断を行うために提出されるForm 8854はGC放棄時点で「一度だけ」提出される必要があり、「Initial Information Statement」と呼ばれる。長期GC保有者となったとしても、上の推定に基づく課税逃れの条件に当てはまらないケースでは、このInitial Information Statementを提出して全て終了である。提出時点をもって米国非居住者となり、その後は通常の外国人と同じ扱いを受ける。一方で推定の要件を満たしてしまった、すなわち法的に「課税逃れ」を目的としているという報告内容となった場合にはその後10年間に亘り面倒な手続きが必要となる。(続く)