Friday, July 6, 2007

グリーンカード放棄と米国タックス(1)

(注:下のポスティングの内容は2008年6月17日の法改正の影響を受けています。改正の内容は2008年6月17日の「Update」を参照)

グリーンカード(GC)を「保有」している外国人に対する米国の課税関係に関しては2007年4月22日のポスティングにて触れた。一方でGCを「放棄する」場合の課税関係・必要な手続きに関しても相変わらず質問が多く、かつ規定が複雑で、結構誤解も多いようなのでここに簡単に整理しておく。また、最後に触れるが現在、議会にて審査が行われている「Energy Bill(エネジー法案)」の中に、なんとエネジーとは全然関係がないにも係らずGC放棄に対する「課税強化案」が盛り込まれている。かなり長くなるのでポスティングを2回に分けることとする。

*移民法 v 税法

まず最初に当然のことであるが「GCの放棄そのものに係る手続き」は移民法の規定により決定され税法の管轄ではない。税法が規定するのはGCを放棄した場合に、それを「税務上」どのように取り扱うかということだ。ポイントは次の通りである。

  • 移民法に基づいてGCを放棄しても過去に8年間GCを保有したケースではForm 8854を提出するまで「非居住者」とならない。
  • 税務上、GC放棄時にForm 8854を提出する場合、その内容により今後10年間の報告義務が発生するかどうか決定される。
  • もしGC放棄時に書類を提出して、その後10年間報告をすることになっても米国居住者として課税されるとは限らない。
上の3点について各々説明する。

*GC放棄時に税務上特別な手続きを取る必要があるか?

税務上、GC放棄時に特別な報告が必要とされているのは「Long Term Resident(長期GC保有者)」に関してのみだ。GCを放棄した日が含まれる暦年末日から15年遡って、その間に少なくとも8年間GCを持っていた実績があれば長期GC保有者となる。「8年」の数え方だが、法律の原文を読むと「in at least 8 years」と表現されているこちから、暦年内に「一日」でもGCを保有している場合、8年を算定する目的では1年と数えるべきであろう。

例えば2007年中にGC放棄した場合、2007年の12月末から15年遡った1993年1月1日からがテスト期間となる。この期間内に8年間GCを保有している場合には長期GC保有者となる。一年のうち部分的にGCを保有していた場合も丸一年と数えられることから2000年12月31日またはそれ以前にGCを取得したとすると2007年で計8年となり、既に長期GC保有者となる。

8年を数える上でひとつ例外が規定されている。もしGC保有中であったにも係らず、実際には日本(または他の租税条約締結国)に住んでおり、租税条約の「Tie-Breaker」規定を利用して、その年の米国での申告を「非居住者」として行っているようなケースではその年は数えなくてもよいとされる。GC保有者によるTie-Breaker規定の利用は、GC保有に移民法上悪い影響があるとされているため、どれだけの人がこのようなポジションを取っているかは定かではない。

さらにTie-Breaker規定の適用を開始する時点で既に長期GC保有者となる場合には、実際にGCを放棄しない場合でも、放棄したと同様の取り扱いを受けるとされる。GCを実際に放棄しなくてもTie-Breaker規定を利用して実質放棄したと同じ効果を得ることができることから、この規定は当然であろう。相変わらず米国の立法に係る弁護士たちはいろんなことを良く考えている。

長期GC保有者とならないケースではGC放棄時点で税務上の手続きは必要ない。移民法上のGC放棄日の翌日から米国非居住者となる(物理的に米国に戻ってくるような場合は別)。その場合、放棄の年は「Dual Status」申告書(放棄日を前後に居住者・非居住者となる申告書)を提出する。ただし、非居住者になったからと言って必ずしも非課税ではなく、非居住者でも米国源泉所得には引き続き課税されるのが原則である(投資所得は源泉税対象、その他の所得は申告対象)。

*長期GC保有者となった場合の放棄時の手続き

上のテストで長期GC保有者となった場合には、GC放棄時点で「Form 8854」という様式をIRSに提出する必要がある。この提出を怠ると税法上は提出が行われるまで「居住者」扱いとなるので注意が必要だ。GC放棄時に提出するForm 8854の目的はGC放棄が「米国の課税逃れ」を目的としているかどうかを判断するためだ。

この判断は「実際に課税逃れを目的としている」かどうかという本人の意思は一切関係なく行われる。客観的な事実にてGC放棄の目的が法的に推定されてしまうからだ。すなわち、放棄時点のネット資産(米国資産に限らない)が$2,000,000以上、または過去5年間の連邦税額(課税所得ではなく税金そのもの)平均が$131,000超(2006年の確定申告までの5年間平均の場合-その後は物価スライド調整あり)のいずれかの条件を満たすと自動的に「GCの放棄は課税逃れが目的であった」と推定される。

ちなみに現行の条文には「課税逃れ」という用語は使用されていない。単純に金額的な基準が列挙され、基準を満たすと特別な手続きが必要となるとされているだけだ。しかし条文のタイトル「Expatriation to Avoid Tax」からも明らかなように趣旨としてはあくまでも「課税逃れ」のGC放棄をターゲットとしている。したがって、ここでも一貫して「課税逃れを目的としている」という表現を用いるものとする。

実際にGCを放棄するケースに関与した経験から言うと、どちらかというとネット資産の$2,000,000に抵触してしまうケースが多い。ネット資産が$2,000,000に満たない場合で連邦税金の平均が$131,000超となるケースは例外的であろう。連邦税は州税、家族構成、年度により異なるが2006年ベースで、夫婦合算課税、州税がないとするとこのレベルの税額に到達する所得水準は約$465,000、120円換算で55,800,000円見当である。

この推定結果は「反証不能」と取り扱われるため、推定は決定的となりこれを覆すことはできない。以前は「私のGC放棄は米国の課税逃れを主たる目的とはしている訳ではありません」という反証を行いRulingを申請することができたが2004年の法改正「American Job Creation Act」によりその道が閉ざされてしまった。また、資産が$2,000,000もなく、かつ5年間平均の税額が$131,000を超えない場合でも、過去5年間行うべき確定申告を行っていないようなことがあると、その事実をもってやはりGC放棄は「課税逃れ」と推定される。

この判断を行うために提出されるForm 8854はGC放棄時点で「一度だけ」提出される必要があり、「Initial Information Statement」と呼ばれる。長期GC保有者となったとしても、上の推定に基づく課税逃れの条件に当てはまらないケースでは、このInitial Information Statementを提出して全て終了である。提出時点をもって米国非居住者となり、その後は通常の外国人と同じ扱いを受ける。一方で推定の要件を満たしてしまった、すなわち法的に「課税逃れ」を目的としているという報告内容となった場合にはその後10年間に亘り面倒な手続きが必要となる。(続く)