Thursday, January 19, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に?(2)

前回のポスティングでは2011年後半の大きなニュースとして米国版テリトリアル課税の法案に関して触れ始めた。テリトリアル課税の基本的な考え方、世界のトレンド等の背景を中心にカバーしたが、今回は規定の内容そのものに移りたい。

*法人税率は25%に

今回の米国テリトリアル課税法案は単に米国の国際課税システムを根本的に変えてしまうばかりでなく、複雑かつ高税率で評判の悪い米国法人税システムの抜本的な改正を目指している。その目玉となるのが法人税率の35%から25%への低減だ。ご存知の通り、米国の35%という税率は世界でも突出して高い。日本の更に高い税率がなければ世界一だ。多くの国の法人税率を見渡してみると平均は25%くらいというのがザックリとしたイメージだろう。

にも係らず米国企業の実効税率が低く、20%前半が珍しくない点は過去のポスティングで散々触れている。でもこの実効税率はグローバルの連結ベースなので米国での税コストだけではない。実際に米国企業の実効税率が低い理由の多くは低税率国のかなりソフィスティケートされた利用にある。

米国内の所得だけを対象に実効税率を見るとおそらくもう少し高いはずだ。というのも、会計上の実効税率は税効果会計に基づく繰延税金を加味することから、タイミング差異でIRSに支払う税額を圧縮していても実効税率は下がらない。したがって永久差異が必要となるが、連邦の法人税を下げることができる永久差異はR&Dクレジットとか、製造者控除とかかなり限定的だ。それでもそれらを駆使して、実際に35%の税率でIRSに納税している米国企業は少ない。実際には米国だけをみても27~28%くらいになっているのではないか、と推測される。35%なんかで法人税を支払った日にはタックス・ディレクターの首が飛ぶという嘘のような本当のような話がある。

したがって、35%の税率を下げても、クレジット等の恩典を撤廃すれば、長期的には法人税収の減額は思ったより少ないものと予想される。むしろ、R&Dクレジットとかに関して詳細な文書化を用意して税務調査で戦うような作業が必要なくなる分、税法は簡素化され企業の生産性は上がるだろう。

それでも35%から一気に10%下げるというのはなかなか大胆な減税のような気がする。実際には35%支払っている企業は少ないので、正味では5%位の減税というのが実態かもしれない。さらにもう一つこんな減税が可能な背景には、そもそも法人税を支払っている事業主体が少なく、法人税自体の歳入における重要性が低いという事実もあるだろう。米国内で事業を展開する際には株主レベルで配当が課されるという二重課税を嫌って、また事業体の損失をオーナー側で取り込むことを狙って、パススルーという形態が選択されることが多い。パススルー主体は法人税の対象ではないので、結果として多くの事業所得が個人所得税の対象に生まれ変わっていることになる。

ただし、この点に関しては実は一律にパススルーが有利という訳でもなく、現に今でも株式会社(C Corporation)という形で事業を営んでいる個人経営者がゼロという訳ではない。実は思ったよりも多いようで、その理由は法人税の15%の低税率区分が充実していること、配当まで個人レベルで課税されないこと(内部留保に事業目的が認められる場合)、配当が課税されるとは言え15%と優遇税率になっていること、またMedical Reimbursement Planを利用できるなど従業員ベネフィットに対する優遇税制が充実してること、などだろう。もし法人税を支払っていても15%の区分に収まるようなケースで株式会社形態を敢えて選択しているようなパターンが多いとすると、最高税率が35%だろうが25%だろうが全然関係ないことになる。

また、多くの米国多国籍企業にとって米国の法人税率が高いことは、低税率国に貯めた巨額のキャッシュを米国に持ち返ることができないという意味で一番頭が痛い。ということはテリトリアル課税下で外国子会社からの配当がそもそも非課税となるのであれば、大袈裟に言えば法人税率などどうでもいいかもしれない。どうせアーニングス・ストリッピングを駆使して米国の課税ベースなど浸食されまくっているということを考えると尚更だ。

余談となるが、税率が下がると繰延税金資産も目減りすることになる。例えば連邦法人税に関して$35Mの繰延税金資産を持っていたとすると、税率が25%になると当然資産は$25Mとなり、減税が可決した課税年度に$10Mの追加税コストが会計上発生する。繰延税金資産は早く使ってしまう作戦を考えるのが得策だ。また本末転倒っぽい話ではあるがこれが理由で減税に反対している輩もいるとのこと。世の中みんなをハッピーにすることは不可能のようだ。

*テリトリアル課税

そしていよいよテリトリアル課税の規定だが、基本的なところは日本同様に特定の外国子会社から受け取る配当の95%を非課税にしようというものだ。どのような条件を満たすと95%非課税となるか、に関しては次回のポスティングで触れる。

Friday, January 13, 2012

ついに米国もテリトリアル課税に? (1)

明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。

という訳で2011年は超多忙の中アッという間に終わってしまった。米国税務の話しに限れば数々の新しい税法が発表され、そういう意味では面白い年ではあったが、一方で日本では震災があったり、神殿で聖なるイメージのギリシャ経済が崩壊してユーロが危機に陥ったりといろいろと考えさせられることも多かった。ドイツの信用力でお金を借りて返せなくなってしまったギリシャとか、準備通貨(Reserve Currency)を印刷できるのをいいことに相変わらず身の丈に合わないライフスタイルを続ける米国とか、せっかく毎年Million Miles乗ってあげているのに破産法の下に入ってしまったアメリカン航空の今後とか、30日以上晴天続きで雪が少ないマンモススキー上のリフト券がRFIDになってクレジットカードのようだったとか、タックス以外のことで書きたいことも沢山あるがきりがないので今年も大人しく(?)米国タックスの話しをしていくことにする。

2011年後半で一番興味深かった出来事と言えばついに米国が「テリトリアル化」に一歩近づいたことだろう。テリトリアル課税という用語は、全世界課税の反対語として使われるもので、海外の子会社等からの配当を非課税とする制度を意味する。米国は中国と並び未だに世界でも残り少ない全世界課税システムを維持している国だ。ここで言う全世界課税とは、外国子会社からの配当を受け手で課税する(または一定の所得は配当を待たずにみなし配当課税する)という意味で、日本が2009年3月まで使っていた制度だ。ここ何年かの間に日本、イギリス等が相次いでテリトリアル化したことからも分かる通り、世界の潮流はテリトリアルだ。

しかし、そこはUnited States of America。9,000とも言われる核弾頭(未使用のまま廃棄準備に入っているものを含む)を自らは保有しながら他国が1つでも同じものを持とうとすると徹底的に制裁を加えるという独自の正義感からか、頑なに全世界課税を守ってきた。とは言え、押し寄せる時代の波には勝てず、どうせ米国もいずれかはテリトリアルになるに決まってるじゃん、と思われていたが、そのタイミング、実行法に関しては憶測の域を出なかった。

そこに昨年の10月26日突然Ways and Means Committeeという米国税法の世界では超権威のある下院歳入委員会が米国版テリトリアル課税の大枠をドラフトとして公表したことで「ついに・・・」と米国テリトリアル化が一気に現実味を帯びてきたのだ。しかも、このドラフト、税法の文言そのものまで盛り込んであるという気合の入っているものだ。

以前のポスティングでも散々触れている通り、米国多国籍企業は米国外に巨額の埋蔵金を溜め込んでいる。そのお金をタダで(=米国の法人税を払わずにという意味)米国に持って返りたくてしょうがない米国企業は「2004年にやったみたいにもう一度だけ外国子会社の配当を非課税とする特殊時限立法を可決して欲しい」とキャンディーをねだる子供のようにロビー活動を繰り返してきた。議会は2004年の経験(濫用されまくった)で懲り懲りなので金輪際そんなことはしない、と突っぱねてきたが、ここに来て突然、一度だけではなく、未来永劫これからは外国子会社からの配当は非課税にしてあげましょう、と夢のような提案がされた。

さぞかし米国企業は大喜びだろうと思われるかもしれないが、実は米国版テリトリアル課税にはいろいろな「おまけ」がついていて、これがなかなかの曲者揃いだ。後で詳しく触れるが、おまけ規定の中で最も迫力があるのはテリトリアル課税となる際の「移行措置」だ。日本が2009年4月にテリトリアル化した際には、適用は基本的にきれいな「カットオフ」だった。すなわち、規定が適用された翌日に海外子会社から配当を受け取ったとすると基本的に非課税となる一方で、規定が施行される前日に配当を受け取ったとすると当然全額課税となることから、テリトリアル課税の施行前後で取り扱いが全く異なった。

一方で米国バージョンはどうかと言うと、ナンと制度移行の際に、外国子会社の所得「全額」を「みなし配当」があったとして課税するという措置が規定されていたのだ。みなし配当なので実際に配当するかどうかは関係ない。みなし配当に適用される税率は特別に低いレートが規定されているが、今まで配当しなければ米国では課税されないよね、ってことで米国外に大事に貯めてきた埋蔵金が一気に課税所得になってしまうということだ。凄まじい規定だと言える。ただ、それもそのはずで米国のテリトリアル課税は基本的に「Revenue Neutral」すなわち、税収が減ってはいけない規定となる。すなわち、将来の外国子会社からの配当にフルに課税できないことで予想される税収減をどこかで補わなくてはいけないという事情がある。税金を受け取るIRS側で税収が減らないということは、イコールそれを支払う納税者側ではトータルでの税負担は変わらないということだ。となると全体の税負担的には「ゼロサムゲーム」となることから納税者の中には勝者と敗者が出てくることとなる。

次回からのポスティングではこの米国テリトリアル課税案の全容を紐解いて行きたい。