Saturday, September 22, 2007

結構難しい「FXゲイン・ロス」の取り扱い(1)

日本ではカリスマ主婦等による投機的な外国為替取引き(FX)がかなり話題を呼んでいる。何億というFXゲインに係る脱税容疑でついに逮捕者まで出る始末だ。それにしても随分と沢山の個人投資家がFXに資金を投じている。ニューヨークタイムスの記事によると主婦等の日本の個人投資家がオンラインで行うFXの取引量はナント一日91億ドル(一兆円強)となっており、東京マーケットが開いている時間ベースで世界中の外国為替取引量の実に5分の1を占めるというのだ。もちろん全額自己資金ではなく信用取引が多いとしても日本の個人資産の莫大さを物語っている。

一説によると日本の個人資産は12兆5千億ドル(1,500兆円)あると言われている。これはアメリカのGDPに匹敵する凄まじい金額であるが、この資金の多くは長い間タンスやほとんど利子の付かない日本の銀行口座に眠っていた。その僅か一部がFXに流れ始めたという訳だ。これらの資金を集めて米国の企業を買収するファンドでも組成してはどうだろうか。そんな巨大ファンドのストラクチャリングのお手伝いをしたいものである。

*2007年夏のマーケット

脱税容疑があれだけ沢山報道されているということはそれだけ大きく儲かった方が多いということであるが、その後の投資成績はどのような運命であったか気になるところである。2007年の夏にはサブプライム問題に端を発してマーケットの変動が激しかった。したがって、かなりの損失を計上したケースが多いのではないと思われる。同じくニューヨークタイムスの記事によると8月一ヶ月の間に日本の個人投資家によるFX損失は25億ドル(3,000億円)に達したと推定されている。金額だけを見るとかなり大きいように思えるが、ニューヨークタイムス曰くこれは日本人が競馬、宝くじ、パチンコに費やす金額の2週間分ほどにしか相当しないので全体のスキームから見て大した金額とは言えないそうだ。

日本での脱税問題は2005年までの取引きを対象として指摘されていることが多く、その場合、実は所得と同じ位の損失を2007年に計上しているよなケースも十分に想定される。そのようなケースでは複数年の損益を繰延・繰戻等の措置にて通算できるのかどうかがかなり重要な検討課題となるであろう。

*米国でのFXゲイン・ロスの取り扱い

米国市民または居住者の個人投資家がFXからゲイン・ロスを認識する場合の税務上の取り扱いだが、まず、税法上FXゲイン・ロスは基本的に「通常所得・損失」であると規定されている。これはすなわちキャピタルゲイン・ロスではないということだ。この取り扱いはゲインの場合にはキャピタルゲインとならないために15%の特別優遇税率の対象にならないというデメリットがある。一方、ロスを計上する場合にはキャピタルロスはキャピタルゲインとのみ相殺が可能であり、ネットでキャピタルロスとなる場合には年間$3,000までしか損失の計上が認められないため、通常損失と取り扱われるメリットは大きい。

また、キャピタルゲイン・ロスとならないため、確定申告書の添付別表である「Schedule D」にて報告する必要がないと一般的には理解されている(この点に関しては異論を唱える者もいる)。Schedule Dは株式、債券の売買に代表されるキャピタルゲイン・ロスを計上する様式であるが、全ての売り買いの詳細を開示する形態となっている。Schedule Dで報告しなくてよいとなれば、基本的にFXゲイン・ロスは確定申告書そのもののLine 21(2006年の申告書ベース)の「その他所得」に年間金額一本で計上すればよいことになる。ロスの場合もこのLine 21でマイナス表示するというのが合理的な処理法ではないかと思われる。

*利息部分は別報告

FX取引きには為替差損益に混ざって利子所得が含まれていることもあるが、その部分はLine 21ではなく、銀行からの利子所得等と同じようにSchedule Bにて報告され、最終的には他の利子所得と合算されて確定申告書のLine 8 に計上されるべきである。一方、支払利息が発生している場合には通常の個人投資家であれば、Schedule Aの投資関係利子の項目として費用控除するべきであろう。

*FXゲイン・ロスをキャピタルゲイン・ロス扱いに?

上述の通り、FXゲイン・ロスは通常所得・損失であるというのが基本的な取り扱いであるが、特別な選択をすることにより60%を長期キャピタルゲイン・ロス、40%を短期キャピタルゲイン・ロスとすることができるという説がある。この点に関しては若干複雑なので次回のポスティングで触れる。

Tuesday, September 18, 2007

ファンド上場とBlocker Corporation

ファンドの基本的なストラクチャーとBlocker Corporationの関係は前回のポスティングで触れた。Blocker Corporationは米国外のオフショアに設立されることが多いが、通常であれば米国での事業所得がパススルーされてくる限り、米国での法人税の対象となる。

*ファンドの上場ストラクチャー

ファンドが上場する際には今までの例ではファンドそのものの持分が一般投資家に公開される訳ではなく、ファンド・マネージャーとして機能する主体の一部が公開されている。もちろん、ファンドを本当にマネージする元々のファンド・マネージャーが大多数の持分を持ち、ファンドの運用等に関して決定権を持ち続ける。一般投資家はファンド・マネージャー主体の一部の持分を買い、基本的にファンド運用に対する決定参加権はない。

*上場前再編とBlocker Corporation

ファンドが上場する際の目論見書に記載されるストラクチャーはかなり複雑であるが、上場前に実施される再編で、元々のファンド・マネージャーは事業をBlocker Corporationを含む他のグループ企業に売却するという手順を踏んでいる。ファンド・メネージャー事業の価値は高く、従って売却価格は高いが、その多くの部分がGoodwill等の無形資産に配賦される。 Blocker CorporationがGoodwillを所有している場合には、その償却費によりBlocker Corporationの法人税が圧縮されることとなる。また、Blocker Corporationには貸付が行われ支払利息によっても法人税は圧縮される。

さらに圧縮された法人税は「Tax allocation」契約に基づき、もともとのファンド・マネージャーに戻される契約となっている。このようなストラクチャーを取ることによりBlocker Corporationを介在させ外国人投資家、非課税組織に事業所得の性格がパススルーしないようにしながら、Blocker Corporationそのものでは法人税が多く発生しないようなことも可能だ。なかなかよく考えてあるストラクチャーである。税引後のEarningsまで検討しないでグループ・ストラクチャーを決定しまいがちな日本企業にとって、少なくとも「こんなことをしているのか・・・」位の意識は持つ価値はある取引きである。

Monday, September 17, 2007

PE Fundsで「Blocker Corporation」が果たす役割

2007年7月31日にブラックストーンに係るポスティングをした際に新聞記事で「Blocker Corporation」の使用が話題を集めている点に触れた。

この「Blocker Corporation」というのはPrivate Equity FundsまたはHedge Fundsなどをストラクチャーする際に頻繁に出てくる手法。Blocker Corporationの役割を理解するにはPrivate Equify Fundsの基本的なストラクチャーを知る必要がある。

*Private Equity Fundsの基本ストラクチャー

Priavete Equity Fundsのファンドそのものは通常LPS。稀にLLCというケースもあるけど、米国税務上パススルーの形態を取る。株式会社(Corporation)という形態を取るとファンドレベルで課税されるばかりでなく、ファンドの受け取る所得の性格(キャピタルゲイン、配当)をそのまま投資家にパススルーできないというデメリットが発生するため、株式会社という形態を取るケースはまずない。LPSにしてもLLCにしても税務上はパートナーシップなんで同じ取り扱い。

ファンドに対する持分は大別して投資家とファンドのマネージャーに振り分けられる。投資家グループは更に「裕福な米国の個人」「ペンションファンド等の非課税組織」「外国からの投資家」等から構成され、投資家はファンドのリミテッド・パートナーとなる。一方ファンドマネージャーはジェネラル・パートナーとなるが、通常はファンドに直接マネージャーが持分を持つのではなく、ファンドマネージャーのみが所有する別のGPまたはLLCをファンドのGPとするのが通常である。

このファンドマネージャーであるGPは比較的小額のキャピタルのみを出資するが、投資をマネージする報酬の一部としてファンドが投資する企業(Portfolio Company)に係る所得(配当益、キャピタルゲイン)を出資比率とは関係なく20%をキャリーとして受け取る形態を取るのが一般的。

*ファンドがパススルーであるメリット

ファンドがパススルーとしてストラクチャーされることにより、ファンドレベルで課税されないのはもちろんであるが、恩典は他にも沢山ある。主たるものは次の通りである。

ファンドが認識するキャピタルゲインはキャピタルゲインという性格を保ったままパートナーに配賦される。GPとして別のパートナーシップがファンドに参加している場合でも、GPパートナーシップに配賦されたキャピタルゲインはそのままGPパートナーシップのパートナーにパススルーされるため、最終的な持分を持つ個人パートナーは配賦されてくる所得をキャピタルゲインとして申告することができる。通常所得が連邦だけで最高35%で課税されるのに対し、キャピタルゲインは15%が最高税率となるため、キャピタルゲインの性格を持つ所得が配賦されてくるメリットは大きい。

同じことが配当所得にも言える。米国法人または一定の条件を満たす外国法人からの配当はキャピタルゲイン同様に15%の特別税率の対象となるが、ファンドが受け取る配当はその性格を持ったまま最終的なパートナーに配賦されてくることとなる。

また、ファンドがパートナーシップとしてストラクチャーされるために、弾力的な所得分配やそれに準じる配賦が可能である。例えば、投資のリターンが一定となるまではファンドに対するキャピタル出資比率に準じた分配・配賦、一定のハードルレートを超える投資リターンに関しては20%をGPであるファンドマネージャーに優先配賦(これがキャリー)、残りの80%はキャピタル出資比率に準じて投資家に、といった分配・配賦をパートナーシップ合意書に規定することにより基本的に自由に行うことができる。別のクラスの株式を発行することなく各々の投資家、マネージャーに異なる権利を付与することができる。

*投資家が非課税組織である場合の問題点

Private Equityにはペンションファンド、大学の奨学金ファンド、その他の非課税組織が主たる投資家として名前を連ねていることが多い。非課税組織はその名の通り、基本的に税金の対象にならないのだが、それは単に投資所得を受け取って公益な目的に資金を使用している場合に限定される。非課税組織が「事業所得(Unrelated Business Income Tax (UBIT)」を受け取る場合には、非課税組織であっても通常の事業主同様に課税される。

ファンドが受け取る所得が配当、キャピタルゲイン、利子等に限定されている場合には通常は(それらの投資が借入金で賄われている場合を除き)、UBITにはならない。しかし、ファンドがパススルーに投資して事業所得やサービス収入を受け取る場合には、それらの性格がそのまま投資家であるリミテッド・パートナーにもパススルーされるため、非課税組織がUBITを受け取ることになり課税される。ファンドが投資をファンドレベルの借り入れで賄う場合も同じ問題が生じる。そのような面倒を避けるためにファンドと非課税組織の間に株式会社扱いされる事業主体を介在させることがある。これがBlocker Corporationである。

どのような性格の所得であれ、一旦株式会社が受け取りそこから再分配すると、それは配当となり、もともとの所得の性格は株主にはパススルーされない。したがってUBITの性格をブロックすることからBlocker Corporationと呼ばれ、タックスヘブンの国に設立されることもあればデラウェア州で設立されることもある。

*投資家が外国人である場合の問題点

ファンドが受け取るキャピタルゲインに関して、外国人投資家は通常米国では課税対象とされない。また、配当に関しては30%(または租税条約の低減レート)で源泉課税される。したがって、米国で申告書を提出する必要はない。しかし、上述の非課税組織のケース同様に、ファンドがパススルーに投資して事業所得やその他のサービス収入を受け取る場合には、それらの性格がそのまま投資家であるリミテッド・パートナーにもパススルーされるため、外国人が事業所得を直接受け取っているのと同様の取り扱いを受ける。となると外国人投資家は米国にて申告書を提出しなくてはならないことになる。そのような面倒を避けるためにファンドと外国人投資家の間に株式会社扱いされる事業を介在させることがあり、これもBlocker Corporationと呼ばれる。

*Blocker Corporationに対する課税

Blocker Corporationが米国源泉の所得に対して法人税を支払う限り、全体での税額は低くならない。ブロッカーが米国の主体の場合、むしろ、キャピタルゲインに対して通常課税される(法人税法上はキャピタルゲインに対する恩典税率はない)、また一部非課税扱いされるとは言え配当に対しても通常税率で課税されるために米国税負担は増えることがある。ケイマン諸島等のオフショアのブロッカーはキャピタルゲインには通常課税されない。

しかし、もしBlocker Corporationに大きな費用が発生するようだと法人税を圧縮することができる。大きな費用を計上するためにBlockerに借り入れをさせるのが一般的な手法が考えられる。新聞で報道されたブラックストーン上場の際の節税作戦はブロッカーではないけど、上場主体がGoodwill等の償却メリットを享受する毎にもともとのファンドマネージャーにその恩典の多くを補填する点に原因があるようだ。その内容はまた別のポスティングでまとめる。

Friday, September 14, 2007

FIN 48の思わぬ受益者:米国議会

FIN 48がIRS税務調査のロードマップとなり兼ねない点、企業のFIN 48ワークペーパーに対するIRSの取り扱いポリシー等に関しては2007年8月18日、また8月31日のポスティングで詳細に触れた。しかし、ここに来てFIN 48の開示が思わぬところで活用されていることが明らかになった。米国議会上院である。

*米国議会上院からの質問状

9月11日付けの「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道によると、製薬大手Merck、J&J、Wyethを始めとする大企業少なくとも30社に上院からFIN 48負債の詳細に係る質問状が送り付けられた。米国議会ではここ数年、企業による脱法的なタックス・プラニングに目を光らせている。そんな議会にとって企業自らが「私たちの申告書には税務調査されると半分以上の確率でダメなポジションに基づくと思われる金額がこれだけあります」という旨の開示をしてくれるFIN 48負債の開示情報は喉から手が出るほど欲しい情報であったに違いない。

本来は投資家に対する透明性の高い財務情報を提供することを目的として規定されたFIN 48であるが、IRSにとって税務調査のロードマップとなるばかりか、議会のタックスシェルター等に係る実態調査にも貴重な情報を提供する結果となった。

*質問状の内容

FIN 48が適用されるのは基本的に2007年の決算書からであるが、上場企業は2007年第一四半期となる3月末の報告にて過去の申告に係るFIN 48負債総額を開示する必要がある。8月23日に送付されたという質問状の対象となった30社強の企業が最終的にどのような基準で選択されたかは定かではないが、これらの企業は、他の大手企業同様に、皆かなりの金額のFIN 48負債を計上していることは間違いがない。例えばMerckは74億ドル(120円換算で9,000億円弱)というとてつもない金額のFIN 48負債を計上している。

このような巨額のFIN 48負債が一体どのような項目により構成されているのか、という情報は確かに議会でなくてもかなり興味深いものである。以前のポスティングでも触れた通り、多国籍企業のFIN 48負債は必ずしも米国の法人税に係るものでなく、決算書上の開示を見ただけでは果たしてそれが何なのか分からないケースが多い。

そこで、質問状には「FIN 48負債の少なくとも5%を占める各申告ポジションに関して、米国法人税に係るものであればその内容の詳細を説明すること」というリクエストが盛り込まれている。

*タックスシェルター販促人の把握も視野に

また、企業が100万ドル以上の弁護士費用その他のコストを掛けたタックスプラニングに関しては、その内容に加えて、そのようなプラニングを企画・構築したタックス専門家の身分、プラスそのようなプラニングの合法性にお墨付きを与えた弁護士事務所を開示するように求めている。100万ドルの費用というとかなりと思うかもしれないが、大きな取引き、移転価格等の問題に関して会計事務所、弁護士事務所を使っていれば費用が100万ドルを超えるというのはそれほど驚くべきレベルでもない。

*FIN 48で開示されるポジションはそんなに怪しいか?

実際に申告書の作成、FIN 48の立ち上げ作業に係っていないと「一体全体9,000億円ものグレーなポジションを取っているとは何事だ」といった反応は理解できるし、自然なものであろう。

しかし、実際にFIN 48を適用してみようとすると分かるが、グレーなポジションの数量化は極めて難しい。特に移転価格のようにその性格から正しい答えがそもそも絶対的に存在しない項目に関しては、APAでも締結されていない限りかなり主観的な判断とならざるを得ない局面もある。例えAPAを締結していたとしても多国籍企業であれば、重要な取引きが全てAPAにカバーされている訳ではないであろうことからいずれにしても何らかの判断が必要となる。企業として文書化したFIN 48は会計監査人の精査を得て初めて最終金額となることから、ある程度保守的な算定をせざるを得ない。

したがって「多額のFIN 48負債=怪しいタックス・プラニング」という公式は必ずしも成り立たない。エンロンの崩壊を期に議会が突っ走ってできたのが「Sarbanes-Oxley法」であることからも分かるように、必ずしも現実に即していない形で議会がいきなり動き出すと在らぬ方向に事が行き兼ねず少し心配だ。

Monday, September 10, 2007

AMTは本当に撤廃できるか?

ここに来てまたAMTの撤廃案が盛り上がりを見せている。先週末に下院の税務審議委員会の長であるCharles B. Rangel氏(NY州民主)は「AMTを撤廃する」法案を年末に向けて提出する意向を明らかにしたり、同じく先週末にはTax Policy CenterがAMTの対象となっている納税者に係る統計を公表している。

米国の個人所得税に占めるAMTの割合は年々増加している。日本企業の米国派遣員に対する所得税もAMTの支払いとなっているケースがかなり多い。実際に数えた訳ではないが感覚的には3~4割位の申告書がAMTとなっているのではないだろうか。

AMTのコンセプトを考えると、本来は特別な状況で支払いが生じるべきもので、多数の給与所得者がAMTを支払っているという状況はおかしい。AMT規定を改定する、または撤廃してしまおうという案は常にあり、現実にここ数年は「付け焼刃」的な時限立法である「パッチ」と呼ばれる方法で個人のAMT負担を軽減する措置が取られてきた。しかし根本的な解決には至っていない。

*AMTの起源は?

AMTはAlternative Minimum Taxの略である。通常の方法で算定する税金をRegular Taxと呼ぶが、AMTは主に特定の控除を否認して別の税率を適用して税金を再計算することから「Alternative(代替の)」となる。また、通常の税金がゼロまたは低い場合でも、AMTくらいは支払わなくてはいけない、という意味で「Minimum(最低でも)」となる。

AMTの歴史は1969年に遡る。1969年と言えばベトナム戦争の影響で追加の歳入が必要となっていた時代だ。リンドン・ジョンソン政権が「富裕層の一部が税法上の特典を利用してほとんど税金を支払っていないのは問題だ」として何らかの税法改正を検討していたのを受けて、最終的にはニクソン政権がAMTを導入した。現在のアメリカの財政はイラク戦争で疲弊しきっているはずだが、ベトナム戦争を期に導入されたAMTの撤廃が今のタイミングで実現されるとすればおかしな運命だ。

*AMTの変遷

導入当時のAMT税率は10%であったが、税率は「もちろん」徐々に上がってきた。クリントン政権により比較的大きな税制改定が行われた1993年にはついに最高で28%に達し現在に至っている。また、1982年には法人税にもAMTが導入された。

上述の通り、AMTの元々の発想は「経済的に大きな所得を得ているにも係らず、税務上の様々な政策的恩典により税額を圧縮している者には少しでも税金を支払ってもらう」というものである。そもそも税務上そのような恩典を設けているのは納税者に政策的に何らかのパターンの行動を起こして欲しいからだということを考えると、その恩典を受けている者に別の方法で課税するというには少し変な気がする。

例えば、加速度償却が認められているのは当然「機械その他の生産設備等」への投資を促すためであるが、「それなら」と追加で設備投資した者が結局はAMTという形でタックスを支払うこととなってしまってはそもそもの設備減税効果がなく、納税者側としては「だまし舟」を掴まされたような気持ちであろう。その恩典を一方で規定しておきながら他方でそれを否認するとうところが複雑だ。

それでも当初のイメージとしては、加速度償却の対象となる資産を購入し、石油の発掘に係る特別な償却メリットを受け、R&D活動に出費したりしている「特別な」納税者がAMTの対象となるというものであった。であれば、そんなことまでしてる「ハイセンス」の方達が対象なので当然AMTのことも予想して投資決定等していそうだしまあしょうがないか、と思える部分もある。

*いつの間にかAMTはお茶の間に

しかし時間の経過と共にAMTは普通に暮らしている納税者の足元に忍び寄ってきた。AMTが通常のお茶の間に浸透してきた一番大きな理由は通常のタックスに関して何年も減税が続いてきたことであろう。一方でAMTの算定には物価インフレ調整もない上に税率は上昇したままである。ブッシュ政権(パパの方ではなく息子)による大減税が実施された2001年以前はAMT対象の納税者数はザッと1千万人であったが、減税以降はそれが2千3百万人以上に跳ね上がっている(Tax Policy Center調べ)。したがって、多くのケースで減税効果が帳消しまたは効果が薄くなっていることになる。ちなみにブッシュ減税は不思議なことに2010年に失効するようになっており、現時点では2011年には大減税「前」の税率にリセットされるという法律になっている(延長論が出るのは必至)。

また、加速度償却、石油発掘、R&D経費といったどちらかと言うと「エキゾチック」な調整項目に加えて、よく見ると実は扶養家族控除、州税、固定資産税等の税金、場合によっては住宅ローン金利、といった真面目に働いている給与所得者が一番頼りにしている控除も調整項目となっていることも大きい。このままでは2010年には子持ち中流家庭(年収$75,000~$100,000)の実に94%がAMTを支払うことになるであろうと言う統計もあるくらいだ。

*AMTはなぜ簡単になくならないか?

このようなAMTの弊害は広く知られていることからAMTを改定または撤廃しようとする動きはここ数年顕著になってきている。撤廃案が提出されるのも今回が始めてではない。それではなぜ中々撤廃できないのか?答えはズバリAMTに基づく歳入が巨大化し、簡単には撤廃できない状態になっているからだ。すなわち、AMTが期せずして多数の納税者をヒットするという弊害が拡大し、より多くの歳入をもたらすようになり、簡単には代替歳入が見つからない、というとんでもない悪循環に陥っているのだ。

どれ位の歳入ロスとなるか?2010年にブッシュ減税が取り消されるという前提だと、AMT撤廃による歳入減は今後10年間(2008年~2017年)で8千億ドル(120円換算で96兆円)、もし2010年以降のブッシュ減税が延長されるとナント1兆5千億ドル(180兆円)にも上るとされる。以前からポスティングしているPrivate Equify FundsとかHedge Fundsのマネージャーたちの受け取る「Carried Interest」に対する増税案はAMT撤廃に係る歳入減の一部穴埋めと位置づけられる。

何とかしなくてはいけないというコンセンサスはあるものの金額的なインパクトがこれだけ大きくなると簡単には手が付けられないのも厳しい現実である。今後のAMT改定・撤廃案の動きはかなり注目度が高い。

Thursday, September 6, 2007

トヨタ社長引き抜きに見るPrivate Equity Fundsパワー

*木曜日の号外

木曜日の午後から金曜日にかけて米国のビジネスニュースは一斉にトヨタ自動車の北米部門トップ・エグゼクティブであるJames Press氏がクライスラーLLCに引き抜かれたとトップ記事で報道した。クライスラーLLCと言えばついこの前Private Equify FundsのひとつであるCerberusに買収されたばかりである(クライスラーの再編の歴史に関しては2007年8月7日の「クライスラー合併から売却に至る再編手法」を参照)。

*かなり真剣なクライスラー再建への取り組み

ワシントンポスト、アソシエイト・プレス等の記事によると、Press氏はトヨタグループで実に37年間に亘り様々な側面から米国での販売促進、プロダクト・プラニングを指揮してきたというからトヨタとの係りは相当深い。今年の6月には日本人でない初めてのトヨタの取締役に任命された矢先である。

米国ではトヨタはクライスラー、フォードの売上を抜くという偉業を達成しているだけに、その立役者の引き抜きに成功したクライスラーLLC、すなわちPrivate Equity FundsのCerberusのポイントは高い。クライスラーLLCと言えば、買収直後にHome Depot(日本でいうところの日曜大工センターの巨大なチェーン店で米国にいれば誰でも知っているパワーセンターの店)元社長であるRobert Nardelli氏をCEOに抜擢したことでやはり話題を呼んだ。他にも米国Lexus部門からDeborah WahlMeyer氏をマーケティング・オフィサーとして引き抜いたりと派手な人材登用を連発している。一連の人材起用を見るとCerberusはかなり本気でクライスラーの建て直しに取り組む姿勢であることが分かる。

*クライスラーの報酬は?

Press氏は「トヨタは私の人生の中心軸であり今回の決断は極めて難しいものであった」とした上で、転籍の理由は「真の米国の象徴が米国内および世界で復活する過程に関与できるというまたとない機会」に魅せられたという趣旨のコメントを発表している。Press氏は60歳ということですでに金銭的には余裕であろうと予想されるため、報酬が引き抜きの決め手になったとは考え難い。クライスラーのような規模の会社をPrivate Equity Fundsの傘下で大改造するというとてつもなくスケールの大きい、ハイリスクな仕事に魅力を感じたのではないだろうか。

とは言えやはりかなりの報酬が約束されたと推測するのが自然であろう。クライスラーはPrivate Equity Fundsに買収されて私企業となっているため、オフィサーの報酬を公表する義務もないし実際に報酬に係る情報はない。この辺りが上場企業の面倒さがなくフットワークが軽い。Private Equity Fundsの強みである。

報酬パッケージの多くの部分は、何らかの形でクライスラーの今後の業績に連動する形での報酬が占めていることが推測される。クライスラーLLCを買収したファンド持分の一部を何らかの形で受け取っている可能性も高い。

*Private Equity Fundsはなぜ本気か?

人材登用ひとつを見てもCerberusは相当本気でクライスラーの建て直しに取り組む姿勢であることが分かる。これだけ注目を集めた買収であるからCerberusとしては失敗は許されないのはもちろんである。KKRにとってのRJRのように金額的にも象徴的にも失敗が許されないDealのひとつであろう。

また、通常のPrivate Equity Fundsの投資形態に沿って考えればクライスラーの再編に目処を付けて企業価値が高まった時点で、リパッケージされた「新クライスラー」として上場を果たす、または他のファンドに売却する等の運命となるはずである。その際には現時点で受け取った持分は大きなキャピタルゲインを生み出す。そのキャピタルゲインはもちろんPress氏一人に転がり込む訳ではなく(何らかのEquity絡みの報酬を受け取っているという仮定で)、Cerberusのマネージャー達が受け取っているCarried Interestに大きな部分が割り当てられる。これが大きな動機付けになっていることは間違いがない(Carried Interestについては2007年6月24日のポスティングを参照)。

*Private Equity Funds課税強化案の本格的審議開始

折りしも米国議会ではPrivate Equity Fundsに対する課税強化、すなわちPTPの法人としての課税、Carried Interestに対する通常税率課税、が本格的に議論され始めた矢先だ。Joint Committeが実に詳細なPrivate Equity Fundsの上場スキームその他の資料を公表したり、米国商工会議所は課税強化に反対する立場を表明したり、と毎日慌しく議論が繰り広げられている。商工会議所の意見ではPrivate Equity Fundsの課税強化は最終的に米国産業の弱体化を招くと警鐘を鳴らしている。

確かに今回のクライスラーの再建に対する気合、それに呼応する有名エグゼクティブの姿に見られるように、Private Equity Fundsという形態は他ではなかなかまねのできない緊張感溢れるリストラを展開・推進する技を持っている。

この凄まじいエネルギーの根源は大きな投資収益を上げるという極単純なPrivate Equity Fundsの目的、またLBOの場合には借入金を返済するためにBank Bookに準じたEBITDAを生み出すための厳しい経営管理、等に起因するのであろうが、果たしてそれは悪いことだろうか?もしPrivate Equity FundsのマネージャーのCarried Interestが通常の税率で課税されるような制度になってしまうと、クライスラーのようなとてつもなく大きく複雑な企業を買収して私企業化し、世界のベストな人材を集めてリストラを敢行するようなリスクを取る者が現れるだろうか。そう考えると商工会議所の報告書の見解はなかなか納得ができる内容である。

Wednesday, September 5, 2007

CA州の「LLC Fee」に明日はあるか?

*最強の事業形態「LLC」

LLCという事業形態は、メンバー(株式会社の株主に相当)全員に「有限責任」が認められると同時に、事業主体レベルでの課税がない「パススルー課税」の適用を受けることができるため一般的に最も有利な形態であると言われている。

有限責任に関しては株式会社同様、または場合によってはそれ以上のプロテクションがあるし、パススルー課税も税法上は「パートナーシップ税法」の適用を受けることから「S法人」よりも弾力的なプラニングが可能であり、その意味で数ある事業形態の中でも「最強」である。

*CA州のLLCに対する公課

パススルーなので一般的には事業主体レベルの課税はないのは確かであるが、州法上の取り扱いは各州異なるため注意が必要となる。CA州で設立された、または他州で設立されたがCA州に登記されているLLCは、年間$800のFranchise Tax(実質的には法人税)プラス「LLC Fee」という公課を支払う必要がある。このLLC FeeはLLCの年間総所得の金額により決定される。年間総所得が$250,000に満たないケースではゼロ、その後は累進で金額が増えていき、年間総所得が$5,000,000以上となるとFeeは$11,790となる。

LLC Feeが最高でも$10,000強であることから、ある程度の規模の事業に従事しているLLCにとっては重要性に欠ける、またはLLCという事業主体を利用するメリットを考慮すれば元が取れる金額であると言えるが、小規模事業に従事しているLLCにとっては結構な負担となる。こんなFeeを支払う位であれば、GPを設立して負債に対する無限責任部分に対しては「保険」に入ってカバーするというアプローチを取るケースもある。保険料がLLC Feeより低いのであればそれも一つの考え方であろう。

*CA州のLLC Feeは憲法違反で無効?

このCA州のLLC Feeに対して昨年、CA州裁判所(Superior Court)で憲法違反という判決が2件下されている。まず、2006年3月に下されたNorthwest Energeticでは、CA州以外で設立されたLLCがCA州に登記はしているものの実際にはCA州での活動がないというケースに対するLLC Feeの適用是非が問われた。LLC Feeは州税と異なり、州に対する配賦按分がなく、LLC全体の総所得に基づきFeeが決定される。この配賦がないという点が憲法違反であるとLLC側は主張し、判決ではその趣旨が認められたものである。

2007年8月24日の「拡大する州の課税権」のポスティングで触れたが、米国連邦憲法の規定(「Commerce Clause」「Due Process Clause」)により、州による企業への課税権は制限されている。敢えて簡単に言ってしまうと、まず、その州と何らかの関係、すなわちNexusがないと州は企業に課税権を行使することができない。また、課税権が行使できる場合でも、企業全体の所得のうちその州に関連する金額のみに課税することができる。

今回のケースではLLCがCA州に登記されていることから「Nexus」は間違いなく存在しており、この点に係る問題はない。一方、「企業全体の所得のうちその州に関連する金額のみに課税」という条件は全く考慮されておらず、これがCA州にとっては命取りとなった。この条件は、通常、売上、人件費、資産に基づく配賦%を全社の所得に乗じた金額を課税所得とすることで達成されるが、上述の通りCA州のLLC Feeの算定には配賦%は一切適用されない。

配賦%を適用しないことに対するCA州側の抗弁は「LLC Feeの位置付けはタックスではなくFeeであるので、州税に適用される憲法の規定は無関係」というものだ。しかし裁判所は「Feeという名前で仮装しているものの実質的には州税である」として憲法違反であるという判断を下した。

続く2006年11月にはVentas Financeというケースにて同様にLLC Feeは憲法違反であるという判断が下されている。 Northwest EnergeticケースはLLCがCA州にて何の活動もしていないという極端な事実関係に基づくものであったが、このVentas FinanceはCA州外で設立されたLLCがCA州で全体の10%未満と僅かではあるが活動をしているというケースに対する判決であった。Ventas Financeでも配賦%を適用していない点が憲法に違反するとされた。

*両ケースの持つ意味

ケースは現在控訴されており最終的にどのような結論となるかは現時点では分からない。しかし、LLC Feeの合憲性に大きな疑問が生じていることには間違いがない。Northwest Energeticケースの判決が出た際には、判決の効果はCA州で何もしていないケースにのみ有効となり、それ以外の局面に関してはLLC Feeは有効なのではないかと推測することも可能であった。

しかし、Ventas FinanceではCA州内に活動があるケースでもLLC Feeが憲法違反とされたばかりか、裁判所はLLC Feeを州の所得に按分して部分的に認めるという措置を取らずに、LLC Feeの法律全体が憲法違反と認定し、LLC Fee全額プラス金利を企業側に返金するように求めている。したがって、このままでは州内の活動がどれだけあろうとLLC Fee法そのものが憲法違反なり、時効の範囲で過去のLLC Fee全てが無効となる可能性がかなりある。裁判所が敢えて自らの手で按分%を適用しなかったのは、そのような改訂は州の立法機関の手により行われるべきであるというメッセージであろう。

*CA州立法機関の対応

2007年8月28日にCA州上院には、LLC Feeを決定する際の総所得金額は配賦%を乗じて決定するという法改定案が提出されている。改定案によると法変更の効果は2001年まで過去遡及される。となると今までLLC全体の所得に対してLLC Feeを支払ったLLCは配賦%を乗じてFeeの再計算をし還付請求を行うことができる。時効が成立していると還付が認められないため、古い年度に関しては時効の成立をストップさせるための「Protective Filing」という手続きをして課税年度をオープンにしておく必要がある。

この改定法案が立法化されれば、全てのLLC Feeを還付するというCA州側にとって最悪のケースを避けることができる。しかし、訴訟が進行中であることもあり現時点での立法には反対する向きもある。また、控訴審でもLLC Feeが違憲判決を受けることにより、その後のLLC Fee法の改正には過半数ではなく3分の2の投票が必要とする状況を作り、実質LLC Feeを撤廃に追い込みたいとする一派の思惑もあるとされ今後の方向性は明確ではない。