Thursday, September 6, 2007

トヨタ社長引き抜きに見るPrivate Equity Fundsパワー

*木曜日の号外

木曜日の午後から金曜日にかけて米国のビジネスニュースは一斉にトヨタ自動車の北米部門トップ・エグゼクティブであるJames Press氏がクライスラーLLCに引き抜かれたとトップ記事で報道した。クライスラーLLCと言えばついこの前Private Equify FundsのひとつであるCerberusに買収されたばかりである(クライスラーの再編の歴史に関しては2007年8月7日の「クライスラー合併から売却に至る再編手法」を参照)。

*かなり真剣なクライスラー再建への取り組み

ワシントンポスト、アソシエイト・プレス等の記事によると、Press氏はトヨタグループで実に37年間に亘り様々な側面から米国での販売促進、プロダクト・プラニングを指揮してきたというからトヨタとの係りは相当深い。今年の6月には日本人でない初めてのトヨタの取締役に任命された矢先である。

米国ではトヨタはクライスラー、フォードの売上を抜くという偉業を達成しているだけに、その立役者の引き抜きに成功したクライスラーLLC、すなわちPrivate Equity FundsのCerberusのポイントは高い。クライスラーLLCと言えば、買収直後にHome Depot(日本でいうところの日曜大工センターの巨大なチェーン店で米国にいれば誰でも知っているパワーセンターの店)元社長であるRobert Nardelli氏をCEOに抜擢したことでやはり話題を呼んだ。他にも米国Lexus部門からDeborah WahlMeyer氏をマーケティング・オフィサーとして引き抜いたりと派手な人材登用を連発している。一連の人材起用を見るとCerberusはかなり本気でクライスラーの建て直しに取り組む姿勢であることが分かる。

*クライスラーの報酬は?

Press氏は「トヨタは私の人生の中心軸であり今回の決断は極めて難しいものであった」とした上で、転籍の理由は「真の米国の象徴が米国内および世界で復活する過程に関与できるというまたとない機会」に魅せられたという趣旨のコメントを発表している。Press氏は60歳ということですでに金銭的には余裕であろうと予想されるため、報酬が引き抜きの決め手になったとは考え難い。クライスラーのような規模の会社をPrivate Equity Fundsの傘下で大改造するというとてつもなくスケールの大きい、ハイリスクな仕事に魅力を感じたのではないだろうか。

とは言えやはりかなりの報酬が約束されたと推測するのが自然であろう。クライスラーはPrivate Equity Fundsに買収されて私企業となっているため、オフィサーの報酬を公表する義務もないし実際に報酬に係る情報はない。この辺りが上場企業の面倒さがなくフットワークが軽い。Private Equity Fundsの強みである。

報酬パッケージの多くの部分は、何らかの形でクライスラーの今後の業績に連動する形での報酬が占めていることが推測される。クライスラーLLCを買収したファンド持分の一部を何らかの形で受け取っている可能性も高い。

*Private Equity Fundsはなぜ本気か?

人材登用ひとつを見てもCerberusは相当本気でクライスラーの建て直しに取り組む姿勢であることが分かる。これだけ注目を集めた買収であるからCerberusとしては失敗は許されないのはもちろんである。KKRにとってのRJRのように金額的にも象徴的にも失敗が許されないDealのひとつであろう。

また、通常のPrivate Equity Fundsの投資形態に沿って考えればクライスラーの再編に目処を付けて企業価値が高まった時点で、リパッケージされた「新クライスラー」として上場を果たす、または他のファンドに売却する等の運命となるはずである。その際には現時点で受け取った持分は大きなキャピタルゲインを生み出す。そのキャピタルゲインはもちろんPress氏一人に転がり込む訳ではなく(何らかのEquity絡みの報酬を受け取っているという仮定で)、Cerberusのマネージャー達が受け取っているCarried Interestに大きな部分が割り当てられる。これが大きな動機付けになっていることは間違いがない(Carried Interestについては2007年6月24日のポスティングを参照)。

*Private Equity Funds課税強化案の本格的審議開始

折りしも米国議会ではPrivate Equity Fundsに対する課税強化、すなわちPTPの法人としての課税、Carried Interestに対する通常税率課税、が本格的に議論され始めた矢先だ。Joint Committeが実に詳細なPrivate Equity Fundsの上場スキームその他の資料を公表したり、米国商工会議所は課税強化に反対する立場を表明したり、と毎日慌しく議論が繰り広げられている。商工会議所の意見ではPrivate Equity Fundsの課税強化は最終的に米国産業の弱体化を招くと警鐘を鳴らしている。

確かに今回のクライスラーの再建に対する気合、それに呼応する有名エグゼクティブの姿に見られるように、Private Equity Fundsという形態は他ではなかなかまねのできない緊張感溢れるリストラを展開・推進する技を持っている。

この凄まじいエネルギーの根源は大きな投資収益を上げるという極単純なPrivate Equity Fundsの目的、またLBOの場合には借入金を返済するためにBank Bookに準じたEBITDAを生み出すための厳しい経営管理、等に起因するのであろうが、果たしてそれは悪いことだろうか?もしPrivate Equity FundsのマネージャーのCarried Interestが通常の税率で課税されるような制度になってしまうと、クライスラーのようなとてつもなく大きく複雑な企業を買収して私企業化し、世界のベストな人材を集めてリストラを敢行するようなリスクを取る者が現れるだろうか。そう考えると商工会議所の報告書の見解はなかなか納得ができる内容である。