Monday, September 10, 2007

AMTは本当に撤廃できるか?

ここに来てまたAMTの撤廃案が盛り上がりを見せている。先週末に下院の税務審議委員会の長であるCharles B. Rangel氏(NY州民主)は「AMTを撤廃する」法案を年末に向けて提出する意向を明らかにしたり、同じく先週末にはTax Policy CenterがAMTの対象となっている納税者に係る統計を公表している。

米国の個人所得税に占めるAMTの割合は年々増加している。日本企業の米国派遣員に対する所得税もAMTの支払いとなっているケースがかなり多い。実際に数えた訳ではないが感覚的には3~4割位の申告書がAMTとなっているのではないだろうか。

AMTのコンセプトを考えると、本来は特別な状況で支払いが生じるべきもので、多数の給与所得者がAMTを支払っているという状況はおかしい。AMT規定を改定する、または撤廃してしまおうという案は常にあり、現実にここ数年は「付け焼刃」的な時限立法である「パッチ」と呼ばれる方法で個人のAMT負担を軽減する措置が取られてきた。しかし根本的な解決には至っていない。

*AMTの起源は?

AMTはAlternative Minimum Taxの略である。通常の方法で算定する税金をRegular Taxと呼ぶが、AMTは主に特定の控除を否認して別の税率を適用して税金を再計算することから「Alternative(代替の)」となる。また、通常の税金がゼロまたは低い場合でも、AMTくらいは支払わなくてはいけない、という意味で「Minimum(最低でも)」となる。

AMTの歴史は1969年に遡る。1969年と言えばベトナム戦争の影響で追加の歳入が必要となっていた時代だ。リンドン・ジョンソン政権が「富裕層の一部が税法上の特典を利用してほとんど税金を支払っていないのは問題だ」として何らかの税法改正を検討していたのを受けて、最終的にはニクソン政権がAMTを導入した。現在のアメリカの財政はイラク戦争で疲弊しきっているはずだが、ベトナム戦争を期に導入されたAMTの撤廃が今のタイミングで実現されるとすればおかしな運命だ。

*AMTの変遷

導入当時のAMT税率は10%であったが、税率は「もちろん」徐々に上がってきた。クリントン政権により比較的大きな税制改定が行われた1993年にはついに最高で28%に達し現在に至っている。また、1982年には法人税にもAMTが導入された。

上述の通り、AMTの元々の発想は「経済的に大きな所得を得ているにも係らず、税務上の様々な政策的恩典により税額を圧縮している者には少しでも税金を支払ってもらう」というものである。そもそも税務上そのような恩典を設けているのは納税者に政策的に何らかのパターンの行動を起こして欲しいからだということを考えると、その恩典を受けている者に別の方法で課税するというには少し変な気がする。

例えば、加速度償却が認められているのは当然「機械その他の生産設備等」への投資を促すためであるが、「それなら」と追加で設備投資した者が結局はAMTという形でタックスを支払うこととなってしまってはそもそもの設備減税効果がなく、納税者側としては「だまし舟」を掴まされたような気持ちであろう。その恩典を一方で規定しておきながら他方でそれを否認するとうところが複雑だ。

それでも当初のイメージとしては、加速度償却の対象となる資産を購入し、石油の発掘に係る特別な償却メリットを受け、R&D活動に出費したりしている「特別な」納税者がAMTの対象となるというものであった。であれば、そんなことまでしてる「ハイセンス」の方達が対象なので当然AMTのことも予想して投資決定等していそうだしまあしょうがないか、と思える部分もある。

*いつの間にかAMTはお茶の間に

しかし時間の経過と共にAMTは普通に暮らしている納税者の足元に忍び寄ってきた。AMTが通常のお茶の間に浸透してきた一番大きな理由は通常のタックスに関して何年も減税が続いてきたことであろう。一方でAMTの算定には物価インフレ調整もない上に税率は上昇したままである。ブッシュ政権(パパの方ではなく息子)による大減税が実施された2001年以前はAMT対象の納税者数はザッと1千万人であったが、減税以降はそれが2千3百万人以上に跳ね上がっている(Tax Policy Center調べ)。したがって、多くのケースで減税効果が帳消しまたは効果が薄くなっていることになる。ちなみにブッシュ減税は不思議なことに2010年に失効するようになっており、現時点では2011年には大減税「前」の税率にリセットされるという法律になっている(延長論が出るのは必至)。

また、加速度償却、石油発掘、R&D経費といったどちらかと言うと「エキゾチック」な調整項目に加えて、よく見ると実は扶養家族控除、州税、固定資産税等の税金、場合によっては住宅ローン金利、といった真面目に働いている給与所得者が一番頼りにしている控除も調整項目となっていることも大きい。このままでは2010年には子持ち中流家庭(年収$75,000~$100,000)の実に94%がAMTを支払うことになるであろうと言う統計もあるくらいだ。

*AMTはなぜ簡単になくならないか?

このようなAMTの弊害は広く知られていることからAMTを改定または撤廃しようとする動きはここ数年顕著になってきている。撤廃案が提出されるのも今回が始めてではない。それではなぜ中々撤廃できないのか?答えはズバリAMTに基づく歳入が巨大化し、簡単には撤廃できない状態になっているからだ。すなわち、AMTが期せずして多数の納税者をヒットするという弊害が拡大し、より多くの歳入をもたらすようになり、簡単には代替歳入が見つからない、というとんでもない悪循環に陥っているのだ。

どれ位の歳入ロスとなるか?2010年にブッシュ減税が取り消されるという前提だと、AMT撤廃による歳入減は今後10年間(2008年~2017年)で8千億ドル(120円換算で96兆円)、もし2010年以降のブッシュ減税が延長されるとナント1兆5千億ドル(180兆円)にも上るとされる。以前からポスティングしているPrivate Equify FundsとかHedge Fundsのマネージャーたちの受け取る「Carried Interest」に対する増税案はAMT撤廃に係る歳入減の一部穴埋めと位置づけられる。

何とかしなくてはいけないというコンセンサスはあるものの金額的なインパクトがこれだけ大きくなると簡単には手が付けられないのも厳しい現実である。今後のAMT改定・撤廃案の動きはかなり注目度が高い。