Monday, March 28, 2016

Inversion/インバージョン(15)

今回も引き続き2014年と2015年に立て続けに発行された2つの姉妹NoticeとなるNotice 2014-52、2015-79に関して。前回も触れた通り、現行法の下でよくもここまで制限を・・、と思える厳しい内容。でも、実効性の程はその後も引き続き実行されるInversionで「?」。

まずはSBA規定。この規定、そもそも「Inversion(8)」で触れた通り今では有名無実の例外規定となっている。そんなSBA規定に、英語の表現で言うならば「死に馬に鞭」的に更なる制限を課しているところがこのNoticeの凄いところ。Noticeで言うところの「Tax Residency Limitation」と呼ばれている規定だ。SBAテストは紆余曲折の後、再編後に親会社となる外国法人の設立国でEAGグループが25%以上の従業員、資産、売上を持っていれば合格という機械的テストとなっているが、ここで、財務省が懸念しているのは、外国法人の「設立国」に十分な規模の事業が存在するものの、設立国では外国法人が「居住者」として課税されていないケースだ。

例えば、外国法人の設立国では、居住者かどうかの判断を米国の「設立国」ベースのテストではなく、「管理支配」ベースで行うケースとか、設立国ではパススルーと扱われて団体課税の対象ではないようなケースが想定される。そのようなケースでは、SBA規定を満たす国では外国法人が居住者課税されず、代わりに他の国の居住者となっていたり、場合によってはどこの国の居住者でもなかったりする。そのような事実関係はSBA規定の趣旨に反する(?)ということのようだ。Section 7874の条文では設立国となっているので、それ以上の条件を加えることは、今までも折に触れて書いている三権分立の原則に反するような気もするが、財務省としては、条文で「設立国」と言っているのは、米国風に考えての設立国のことなので、管理支配基準だったり、米国のEntity Classificationと異なる事業主体区分だったりと、外国の法律が異なる場合には、実質、EAGがどこで規模の大きな事業をしているかにかかわらず、自由に居住地設定を許すような結果となりポリシー違反であり「NG」としている。すなわち、SBA例外規定を認めないという結果となるが、そもそもSBA規定が形骸化している実態を考えると、余り大きなインパクトはないような気もする。

更にNoticeにはもう1つ外国法人の居住地絡みの追加規定がある。Noticeで「Third Country Transaction」規定と呼ばれているものだ。財務省は、Inversionで米国法人が外国法人と統合される際に、既存の外国法人の居住地ではない別の国に新設の外国法人が設立されてしまうような取引に敏感になっていた。この手の取引の一例に日本企業が絡んでいたケースがある。米国司法省と反トラスト関係の折り合いが付かず合併合意後18ヶ月を経てキャンセルされたApplied Materialと東京エレクトロンの合併だ。この合併は買収価格が$9.3Bと金融機関以外では日本の上場企業の米国企業によるM&Aとしては史上最高額の大型再編だった。この合併、もし実行されていたら、米国企業と日本企業が統合される際に、Eterisという新持株会社が「オランダ」に新設されていたということで日本でも一時話題になった。それはある意味当然なことで、米国企業がせっかくInversionしても、その行き先が日本ではタックスプラニングとしてはチョッと不合理だ。「No Offense」だけど、せっかくInversionするんだったら税率的にも、税法の予見可能性的にも違う国を目指すのが常識的な感覚だろう。

このような取引は、統合後の外国持株会社が「第三国」に設立されるので「Third Country Transaction」と言われる。Noticeにはどうして既存のSection 7874で与えられた権限内で財務省がこのような規則を策定することができるか、という正当性が結構長々と記載されている。逆に言えばチョッと権限を逸脱しているとも考えられる側面があるということだろう。細かいルールはさておき、財務省的にはThird Country TransactionはSection 7874のポリシーに違反しており、よって既存の外国法人株主が受け取る(別の国に設立される)新設法人株式を一定の条件下で分母に含めないとしている。となると米国法人の既存株主の継続持分が80%以上となるケースが多いだろうからInversionにならず、Third Countryの道は閉ざされることとなる。こんなルールができてしまった今、日本企業を統合相手とするInversionは起こり得ないということだろうか。

前回のポスティングの最後に触れた最新のInversionとなるIHSだが、統合相手となるMARKITは英国を本拠地としているみたいだけど実はバミューダ法人で、統合後の持株会社もバミューダ法人になると発表されている。Third Country Transactionに網が掛けられた今、逆に言えばバミューダ法人を持株会社とする以外に選択肢がなかったようにも思える。まあ、ルール通りにInversionしてその行き先が法人税ナシのバミューダであれば企業側には何の文句もないだろうけど。

と、今回は居住地の話題に終始したけど、Inversionの大元の趣旨が税率が高くて使い勝手の悪い米国税法から逃れるっていうところにあることを考えると、その行き先はとても重要だ。Inversionのようなプラニングは米国MNCにとっても怱々に実行できる機会はないので、どうせやるのであれば、それを期に最も有利な国に引っ越そうと考えるのが当然だ。そんなささやかな(?)願いも、Notice発行により選択肢が狭められたことは間違いない。で、次回も引き続きNoticeの他の規定に関して。

Wednesday, March 23, 2016

Inversion/インバージョン(14)

さて、今回からは2014年と2015年に立て続けに「これでもか!」という感じで財務省が気合を入れまくって発行した2つの姉妹NoticeとなるNotice 2014-52、2015-79に関して。現行法の下でよくもここまで制限を・・、と思える厳しい内容なはずだったんだけど、発行直後にまるで狙ったかのように2つハイプロファイルなInversionが敢行された。Noticeの面目丸潰れみたいな観もあったけど、2014年Notice発行直後にはBurger King、2015年Notice発行直後には遂にあのPfizerが各々Inversionを敢行した。

もともとSection 7874下で規定される規則(特にSBA規則)は、紆余曲折が多く、財務省規則やNoticeの考え方が二転三転したり、付け焼刃的に個別の手法に網を掛ける形でルールが進化している。今回の姉妹Noticeもその例に漏れず、あちこちの規定を手当たり次第強化しているので、読む側としては交通整理が難しく気持ち悪い。まるで、家から遠い普段行きなれていないWhole Foodsの店舗で買い物してるみたいな気になってくる。近所のWhole Foods、例えば個人的に言えば、NYのMidtown Eastの57thとか、カリフォルニアのMDRの近くのPlayaにあるロフトみたいな店舗とかだったら、どこの棚に何があるかしっかり頭に入っているので買い物もスムースにできる。だけど、他の用事でちょっと足を伸ばしたついでとかに行き慣れない店舗に立ち寄ったりするとタチが悪い。NYのTime WarnerビルとかWest L.A.のNational店、Venice店位までだったらたまに行くのでまだ見当の範囲内とも言えるけど、Union SquareとかSoHoのお店、カリフォルニアだったらチョッとPCHを下ってManhattan Beachとか行くと、どこに何があるか分からず下らないアイテム探しに異常に時間が掛かる。「アレっ蜂蜜がない」とか、「Hearts of Palmの缶詰だけが見当たらない」とか。全店舗同じ配列にして欲しいけど、建物の形が違うから無理なのかもね。後、NYCのWhole Foodsは曜日と時間を選ばないと混雑が激しく、欲しい野菜に手が届かなかったり、レジの4つの色(NYCでWhole Foods行く人なら分かるね?)にたどり着く以前の段階で延々と列に並ばされたり、まるでディズニーランドで、Fast Passとか必要な勢いだ。

と、それ位分かり難い内容のNoticeだけど、この2つのNoticeは別々に読むより、一度2つを混ぜて、その後、網を掛けようとしている対象となる取引カテゴリー別に整理し直して読む方が分かり易い。

まずは以前にも触れた、再編後の旧米国法人株主の持分%を算定する際に、分母を大きくする手法への対抗策、Anti-Stuffingだ。これは以前の「Inversion(10)」で例題をもって触れている部分だが、外国法人が総資産に占める現預金等の非適格資産の比率が50%を超えると、その%に準じて外国法人の価値を減額した金額を分母として(すなわち外国法人の時価のうち、現預金に対応する部分は分母として数えずに)持分%を算定するというものだ。そのような外国法人を「Cash Box」と呼び、意味もなく価値が増幅された外国法人と統合して、旧米国法人株主の継続持分が「80%ギリギリ切ったぜ!」というようなパターンを取り締まる目的だ。

次に「Inversion (12)」のValeantのInversionケースで触れた分子を低くする手法であるSkinny-Downへの対抗策。NoticeではSkinny Downを達成するために行われる通常より大きな分配を「Non-Ordinary Course Distribution(NOCD)」という用語を使って定義し、NOCDは分子に加算するとしている。NOCDは過去3年間の平均分配額の110%を超える金額の分配を意味する。配当課税される普通の分配も、適格スピンオフとなるSection 355分配も双方ともに金額が大きければNOCDとなる。Valeantケースで痛い目にあった財務省はNOCDはSection 7874だけでなく、今後はSection 367にも適用するとしている。たかが分数、されど分数。分母、分子に何を入れるかはInversionプラニングの生命線だ。

さらに持分比率を考える上で、悪用されるかもしれないということでNoticeに規定されているものの1つに「Subsequent EAG Transfer規定」というのがある。これは米国企業が、一部の事業を子会社化し(または既存の子会社を利用し)、その子会社株式を新設の外国法人に現物出資した後、その外国法人ごとスピンオフしてしまう、という手法に関係する。蓋を開けてみると、米国事業の一部がInversionされた結果となる取引だ。それにしてもみんなInnovative。スピンオフを僕たちの業界ではスピンと言うことが多いけど、スピンを利用してInversionさせることから「Spinversion」という俗語で知られる取引形態だ。いろんな面白い用語が次々に登場してくるものだ。

このSpinversionを理解するには「EAG Exclusion」規定を理解する必要がある。EAGとはExpanded Affiliated Groupのことで、その名の通り、Affiliated Groupが拡大されたグループのことだ。Affiliated Groupは、通常、連結納税が可能となる80%以上の価値・議決権で結ばれていて、米国に親会社があるグループを意味するが、Section 7874目的ではこの定義が「Expand」され、親会社が米国法人でなくてもAffiliated Groupとなり、更にグループかどうか判断する際の持分%も80%以上ではなく50%超に低減される。

Section 7874には、統合相手の外国法人が属するEAGメンバーが持つ株式は継続持分%を算定する際に、分母にも分子にも加味しないというEAG Exclusionという規定がある。上述のSpinversionのストラクチャーでは、最初に米国親会社が新設外国法人に米国事業または米国子会社を現物出資して、外国法人の株式を受け取る。その時点で米国親会社は外国法人のEAGメンバーなので、株式を持分%算定に加算する必要がなく、外国法人はそのまま外国法人と認められるし、その後10年間の取引に関してInversion Gainの認識とか面倒なこともない。ただ、そのままのストラクチャーでは、外国法人自体が米国親会社の子会社(CFC)なので、Inversionした形になっていないが、その後に外国法人を米国親会社がスピンしてしまうという仕掛けだ。

そのようなSpinversionに網を掛けるため、外国法人に国内事業・法人を現物出資して米国親会社が受け取った株式を、その後、関連するプランの一環で、米国親会社が譲渡(自分の株主へのスピンを含む)してしまう場合、その株式はEAG Exclusionの対象とはしないとされた。となると、この株式は分母と分子双方に加算されることとなり、結果として米国事業を現物出資した外国法人はSection 7874に基づき税務上は「米国法人扱い」となってしまう。

ただし、このSubsequent EAG Transfer規定に関して、Inversionを取り締まる財務省の観点から、実質問題がないと判断される局面では、例外が規定されている。すなわち通常のEAG Exclusion規定に基づき、株式を持分%算定時に分母にも分子にも入れない扱いが認められる。具体的には元々究極的に外国企業に所有されているグループのケース(今更Inversionする必要がない)、または株式の譲渡等全てのステップを含む再編後も究極の米国親会社に所有されているケース(Inversionしていない)、に関してはEAG Exclusionの濫用はないため、EAG Exclusion規定の適用が認められる。

Noticeには他にも統合後の外国持株会社の居住地関係の規定、Inversion後のEarnings Strippingをし難くする規定、Section 304関係、等盛りだくさんなので、それらは次のポスティングで。とこれを書いていたら、今日(2016年3月22日)またしてもHISという米国企業がMARKITという英国を本拠地とするバミューダ法人相手にInversionするというニュースが流れている。このHIS、バミューダを統合後の持株会社所在地にするそうだが、その決定にはNoticeの外国持株会社の居住地関係の規定の影響が見られる。これも合わせて次回。

Sunday, March 13, 2016

Inversion/インバージョン(13)

Inversionをトピックとしたポスティングも13回目を向かえ、舞台は2014年と限りなく現在進行形となってきた。世代的にもInversionのVersion1.0から始まり、ついにVersion 5.0まで進化し、これが現時点での最新Versionとなる。今後もLaw Firm、ウォール街、Big-4会計事務所、がよりInnovativeな合法プラニングを編み出し、また議会、財務省が規制を強化し、Versionの進化は続くだろう。この傾向は、米国税法そのものが根本的に他の先進国並みの使い勝手の良さを備えるようになるまで、すなわち、法人税率が20%前半まで低減され、かつ海外子会社からの配当が非課税となるParticipation Exemptionまたはテリトリアル課税となる、まで続いていくだろう。税法そのものがここまでMNCにとって不利な状況を放っておいて、Inversionの個々のテクニックに掛ける網をいかにタイトにしても逆効果で、国をして得るものは少ないように思う。

テクニカル面での最近のアップデートとしては、止まらぬInversionに業を煮やした財務省が2014年と2015年に続けて発表した2つのNotice(最近のポスティングで部分的に触れているもの)、財務省、議会による強化法案の検討、となる。

そんな法的動向を尻目に、企業側は引き続きInversionの機会を狙い続けている。NYCで国際税務や組織再編の仕事をしている環境で個人的に肌で感じる米国MNCの動向としては、Inversionを敬遠している印象はない。むしろ今後の規制強化を睨み、Inversionの早期実行に対する意欲がますます強くなっているイメージを持っている。まさしく上述の規制の逆効果現象だ。

Inversion実行に敢えてLimitationがあるとしたら税法ではなく、適当な相手となる外国企業が見つからないという切実な問題の方が大きい。すなわち、米国MNCにとってInversion実行の足かせとなっているのは、適切なサイズを持ち、事業目的を達成できる外国の合併相手が少なくなってきているということが一番ではないかと思う。さすがの米国MNCもInversionのためとは言え、かなりの事業目的が伴なわないとそこまでの組織再編は最終的にViableなオプションとはならないため、ウォール街のCorporate Financeの人たちはInversionお見合い相手のリストを片手に日夜営業しているのような状況だろうけど、適切な相手を探し、デラウェア会社法に基づく法的プロセスを踏んでいくのは並大抵のことではない。また、前回のポスティングで触れたみたいに、生まれながらの外国企業ばかりでなく、昔は米国企業だったところが過去のInversionを通じて外国企業に生まれ変わった「新生」外国企業も、統合Inversionの相手としては有力な候補となっている。

2014年と2015年に相次いで財務省より発表されたNotice(2014-52と2015-79)は現状のSection 7874下で行政機関である財務省側に与えられた権限の範囲で(と財務省は信じている)できる限りの防御策を張り巡らせた内容となっている。

三権分立がしっかりしている米国では、財務省とは言え、税法に関して闇雲に規則やNoticeを乱発できる立場にはない。税法の各Sectionに「この条文のこの解釈に関しては財務長官(Secretaryと表記されているので「エッ、秘書が規則を?」と勘違いのないように・・)に規則を制定する権限を委ねる」と立法機関の議会が明記していることに関してのみ財務省規則の制定が認められる。この範囲を逸脱すると法的権限のない規則として不法(違憲)行為となるため、規則の内容以前の問題として、そもそも財務省に規則を制定する権限があるのかないのか、権限がある場合にはどこまでの範囲がその対象か、という点が議論・争点となることがある。そのような判断は、やはり三権分立のシステムに基づき、最終的には司法担当の裁判所が下すこととなる。

この点が問題となり、無効とされた財務省規則の例として有名なのは「Loss Disallowance Rule」だろう。「Rite Aid」という訴訟に基づき財務省規則(1.1502-20)が無効となったが、規則の内容が問題というよりも、連結納税の税法に基づく規則権限なのに、連結納税を直接的な原因としない局面もカバーされることがあるため行政機関の権限逸脱という、法解釈のテクニカル面に基づく判断だった。このLoss Disallowance Ruleは、連結納税規則に規定される子会社株式簿価の調整規定(1.1502-32)のポリス役として、経済合理性がない(と財務省が考える)損失とか損失の二重計上とかを取り締まるために規定されているんだけど、90年代から2000年台前半まで紆余曲折を経て、今日ではようやく「Unified Loss Rule」として1.1502-36に3つの異なる規則が同居する形でまとめられている。経済合理性のない損失は、どちらかと言うと、合理性がないというよりもGeneral Utilities主義が撤廃された後に、法人レベルの課税なく、含み益を持つ資産がステップアップする形で法人外に移管されるのを防ぐという意味が大きい。Unified Loss Ruleは複雑だが、結構日本企業の米国連結納税グループにも適用が多いので(知らぬが仏で適用していないケースもある?)、そのうちいつか触れてみたい。チョッとオタク過ぎるトピックかもしれないけど。

さて、Notice 2014-52、2015-79だけど、その名の通り、この2つの規則は「Notice」という形で発行されている。Noticeというのは基本的に、将来このようなRegulations(財務省規則)を発行します、という財務省の意思を公に発表し、その内容を即時に有効とすることで、場合によっては時間が掛かるかもしれない規則策定前に実質規則を押し付けてしまうものだ。普通は時流・トレンドとかを基に「緊急に」網を掛けないといけない局面だと財務省が判断するケースに使用される。Inversionはまさしくこのような緊急分野でかつハイプロファイル案件となり、かつ度重なる規制強化にもかかわらず、裏をかかれるような形でInversionが続々と実行されていく中で、特定のテクニックを即無効とするために発行されている。2つのNoticeに規定される内容の中にはSection 7874で認められた財務省の権限を逸脱しているのでは、または、Section 7874の立法趣旨を超えているのでは、とも解釈され得るものがある。すなわち、財務省としては規則策定の権限を極限までに利用しているため、その有効性に関しては若干不確実な部分はあるだろう。この点は上述の通り、最終的には司法権を持つ裁判所に判断を委ねることとなるが、実際に規則の適用で不利益を被った(=課税された)納税者の立場にないと「Standing(当事者適格)」がないので、訴訟に持ち込むことができず、最終的にこの点に関して司法の判断に至るかどうか分からないし、仮に判断が下るとしても何年も先の話しとなるだろう。

ちなみに先日、米国連邦最高裁判事9人の1人だったAntonin Scaliaがこのタイミングで(大統領選挙の混迷に代表されるように米国の方向性が混沌としているタイミングで)他界してしまった。Antonin Scaliaは憲法を原意解釈することで知られる知的好奇心の塊のような判事だった。税法に精通している訳ではないが、いわゆる「立法趣旨」などを持ち込んで、条文を深読みして解釈することに慎重で、特にBlue Bookのような、法律ができた「後に」編集された文書には立法趣旨を判断する上で価値はない、というような「なるほど・・」と考えさせられる知的な意見を残したりしていた。立法趣旨を理解する際に重要な拠り所としてBlue Bookを使うことが多い一般人としてはかなり考えさせられる知見と言える。

小さい連邦政府、「Live Free or Die」の精神で、大きな政府を嫌って新天地を求めた先人パイオニアたちが知恵を絞って制定した米国憲法。今では米国も大国病で、賢人たちが制定した建国の趣旨からどんどん外れ、連邦政府はついに医療保険にまで手を出し、1913年までは存在すらしなかった連邦税法がここまで、複雑化して多額の歳入を必要とするような時代になってしまった。州を国同様と位置付け(したがって社会福祉等、一般に国家権力が担当することは州が担当)、連邦政府は国防、移民、州間通商、など限定的に明記された行為のみが認められるいう連邦システム、憲法の規定にもかかわらずだ。そのような重要なTurning Pointとも言える時期に、米国建国の原点に立ち続けた判事がいなくなってしまい、イデオロギー的には皆に受け入れられた訳ではないとは言え、知の巨匠の一人を失ったことは間違いなく国としては大きな損失であり、米国のFree Spiritを愛する個人としてもとても残念。

またしても話しが脱線しまくっているけど、Antonin Scaliaのような判事が三権分立、連邦システムを司法面から原意主義で厳しくチェックしてきた点と、Inversionの規則、Noticeの今後の運命の二つがDouble Vision的に重なってしまった日曜日の午前中でした。午前中と言えば、米国では今日からDay Light Saving(サマータイム)。省エネで昔よりDay-Light Saving開始が早くなり、終了が遅くなっている。冬時間に戻る時は週末1時間「得」するんだけど、夏時間になる時は1時間「損」するので厳しい。今日も朝6時に起きた感覚が、既に7時だったのでショック。昔とちがってiPhoneとかPCは勝手に時間が変わるので、「忘れてて月曜日1時間遅刻しました・・」みたいな言い訳も通じないしね。

次回は2つのNotice、そして最新の法案提出動向を少しおさらいしてみたい。

Saturday, March 5, 2016

Inversion/インバージョン(12)

前回はInversion取引にSection 7874またはSection 367を適用して米国課税関係を決定する際に使用される米国法人旧株主の継続持分の分数計算のうち、分子側を圧縮して%を下げ、Section 7874に抵触しない(外国法人として認められる)、またSection 367に抵触しない(株主レベルでの課税がない)状態に持ち込む「Skinny Down」の話しを始めた。

Skinny Downは再編前に米国企業が通常の配当より大きな金額を特別分配して時価を圧縮するという手法で実行されるが、面白いことにSection 367にはAnti-Stuffing規定は存在するが、Skinny Downを取り締まる規定が盛り込まれていない点も前回触れた。この点に目を付けてSection 367目的でSkinny Downを堂々と行った有名なケースに2010年のValeantとBiovailの統合がある。

ValeantとBiovailは両社共、各々米国、カナダで名の通った製薬企業であり、Biovailはカナダではトップクラスの製薬企業だった。そんな2社がシナジー効果を求めて2010年に統合されたんだけど、統合前の段階ではValeantの時価の方が高かった。Valeantの相対的な時価は58%というSection 7874的には辛うじて問題がない持分比率だった。時価の観点から、また、統合後の社名がValeantと決定されていたこと、CEOも元ValeantのCEOが引き継ぐことになっていたこと、NYSEにも引き続き上場する(トロント株式市場と並行して)など、あらゆる面から実質的にはValeantによるBiovailの買収というが取引の実態と言える。しかし、形式的にはBiovailが統合後の親会社となった。俗に言うReverse Mergerだ。結果として米国MNCのValeantは姿を消し、蓋を開けてみると何のことはないValeantはInversionを通じてカナダ企業に生まれ変わっていた。

もし上の条件のままInversionしていても、Section 7874上は問題がない。すなわち新Valeantは米国税法上、外国法人として認められ(80%を切っているので)、また10年間のInversion Gain課税の縛りもないことから(60%を切っているので)弾力的に統合後のOut-From-Underとか、Base Erosionテクニックを適用することが可能となる。普通のInversionであればこれで必要十分条件を満たしているどころか、60%を切っているのでパーフェクトInversionだと言える。50%を切っていないのでSection 367の適用はあるが、通常のDealでは以前から触れている通り、Section 367でInversionがストップされることはない。しかし、この取引の際にはValeant側の株主にCapital Gainを認識したくない者が居たとされ、したがってSection 367の適用が大きな問題となっていたと言われている。

そこでValeantは統合直前(大胆にも前日!)に、統合プランの一環で、Valeant株主に特別配当として現金分配(=Skinny Down)することとした。$1B以上の大きな現金を分配したおかげで、Valeantの時価はBiovailの時価の49.5%に下がった。この分配の原資がBiovailから来ているといろいろな問題があり得るが、ValeantによるValeant株主への特別配当はValeant側の自己資産+Valeant側だけで設定できる融資枠内の借入でまかなわれた。49.5%にまで相対的な時価が下がったため(もちろん50%を切るように特別配当の金額を設定したので)、Section 367の50%持分テストをクリアすることができ、また以前のポスティングで触れたSection 367のSubstantialityテストにも同時にパスして、株主レベルでの課税もなくなってしまった。

Section 367にAnti-Skinny Downの規定がないが故に可能となった取引だ。Section 7874テスト目的では特別配当は無視されたと思われるが、加算し直しても60%を切っているので何の影響もない。ちなみにその後、2014年にIRSは「Notice 2014-52」を発行し、Skinny Downの取り締まり規定をSection 367にも導入という方向となっている。

このValeantのInversionがいかにパワフルなものだったかは、Valeantがその後歩んだ道を見ればよく分かる。Inversion後のValeantの実効税率は5%にまで下がり、それは当然株価にも好影響をもたらし、株価が上がればM&Aのカレンシーとしての価値も高くなる。2010年のInversionから数年間にValeantは実に11社を買収している。2015年には遂に$10Bにも上るDealでSalixという米国企業を買収し、SalixのInversionを実現させるに至っている。このSalixはValeantとの統合Inversion実行以前の2014年にもイタリア法人を利用してInversionの実行を試みたが、IRSのInversion締め付けの規定により、最終的には実行を断念したという経緯がある。SalixのInversion前の実効税率は30%と言われていたので、先にInversionしていった買収側のValeantがいかに有利な立場にあったかが良く分かる。

このように一旦Inversionした元米国企業が、次々とInversion取引を通じて別の米国企業までも外国企業に変身させてしまうのもInversion 5.0現象のひとつと言える。

という訳で、大分Present Timeに近づいてきたけど、次回以降のポスティングでは2014年、2015年にIRSが公表したNotice下でのInversion取締強化策でもスローダウンしないInversion、また最近の取引いくつかについても紹介してみたい。