Sunday, September 15, 2019

日米租税条約議定書発効と仲裁手続き

前回、条約の改正と源泉税に関して、ファンドの話しなんかにも至りながら思いつくままに書いてみたけど、今回は、条約改正の目玉と言える二国間協議で解決しきれない問題に対する仲裁手続きの導入について簡単に触れてみたい。

仲裁手続きを語るには、その前提となる二国間協議に触れておく必要がある。二国間協議、相互協議、英語で言うとMAP(地図じゃなくてMutual Agreement Procedureのこと)、Competent Authority、とかいろんな用語が使用されるけど、基本的に意味は一緒。前回のポスティングで触れた通り条約は二国間の契約だけど、どちらかの国で条約不適合と考えられる課税を受けるような事案があれば、二国間で話し合って解決に「努める」という規定だ。二国間協議というと移転価格問題にかかわる事案が多いけど、制度的には条約不適合であれば何でも応じてくれる。特にPE有無とか、PE帰属所得の範囲、裁量で決めるLOBとか、Resourcingに基づくFTCとか、他国に比べて日本企業ももっと活用したらいい。LOB事案以外はタダだし。米国では二国間協議に対応する相互協議担当は移転価格担当のAPMAとそれ以外の事案担当のTAITの2つに分かれている。PEだけはAPMAとTAITが協働し、TAITがPE有無の判断、APMAが帰属所得の算定、を担当する

二国間で解決に努めるって言うと、単に努力するっていう感じにも取れるけど、英語では「Endeavor」と言って、普通の努力よりもSincereかつFormalに頑張るっていう意味が含蓄・内包されている感じがする。ただ、「Endeavor」しても、努めても、絶対に解決するという訳ではない。米国が関与する二国間協議の解決率は一般に90%以上のはずで、さらに日米間のように古くから移転価格問題を中心に二国間協議の歴史が長い間柄となると、確率はもっといいかも。二国間協議の解決率、所要期間等の統計は、OECDかどっかのウェブサイトに記載されていたと思うので、興味がある方は見てみるといいだろう。

この二国間協議、あくまでも条約を締結している当事者となる二国間の協議だから、事案そのものはもちろんどちらかの国の納税者にかかわるものだけど、協議そのものに納税者が参加したりすることは認められない。「我々の事案なので、自ら相手国の税務当局に想いを・・」と勇みたくなるかもしれないけど、あくまでも二国間の交渉となる。基本、両国間のやり取りや、更正を行った国が相手国に提出するポジションペーパーなんかも納税者が閲覧することは認めらない。

で、「Endeavor」したけど、物別れに終わるケースでは、各々の国の内国法に基づく救済措置を利用するしかなくなる。米国で言うと、IRS内のAppealとか裁判所で戦う、などの方法だ。ただ、各々の国で解決を試みるということは、租税条約に基づく救済ではないので、二重課税の排除が不可能となることが多い。そこで、条約を有するにもかかわらず、二国間の二重課税問題が最終的に解決をみないまま、封印されてしまう可能性があることは好ましくないということで、追加策として仲裁手続きを導入しようというグローバルトレンドがある。確かに最終的な決定、Finalityを実現するのは重要で、仲裁手続き導入の第一の目的と言えるけど、仲裁手続きの導入のもう一つの効果として、実務的にはこっちの方が大きいように思うけど、二国間協議を担当する両国の税務当局に24カ月以内に解決に至るようなプレッシャーやインセンティブを提供するというものがある。

日米租税条約で導入される仲裁手続きは、米国が既にカナダ、フランス、ベルギー等との条約で規定されている他の仲裁手続き同様、ベースボール方式と言って、仲裁パネルは双方の国のポジションのどちらかを選択して勝者を選択することしか認められない。すなわち、中間を取ったり、仲裁パネルが独自のポジションを編み出したりすることは認められない。となると、二国間協議に臨む両国は、余り限界に挑戦するようなポジションや自己中心的なポジションを主張して頑張ると、相手国がより節操のあるポジションを提示してきている場合、仲裁に持ち込まれると勝ち目がない。このことから、双方がより合理的なポジションを提示せざるを得ない傾向が強まると言える。

さらに、グローバル的に二国間協議に要する期間を24カ月以内にしたいというトレンドがあり、日米租税条約に導入された仲裁も、二国間協議に必要な情報を提出してから基本的に24カ月経過しても解決を見ない事案に申請が認められる。このことから、自ずと二国間協議を当期間内に何とか終了させたいというインセンティブも生じることとなる。

ちなみに条約上、事前価格合意、すなわちAPAも二国間協議の一つと位置付けられているけど、仲裁は、条約の趣旨に反する「課税を受けた事案」が対象となる。なので、APAの合意がなかなか実現しないケースをいきなり仲裁に持ち込むことはできない。としか読めない。DCのTP専門チームには、カナダとかベルギーとの条約では認められるので、日米でも今後更なる改正で可能にならないか、みたいな議論はある。あれらの国とはMOUとかで「できる」って明記してあるので、日米とは異なると思うんだけど、今後相互協議室間で追加合意でもするんだろうか。ただ、APAは既に二国間協議の申請を行っていると同様の位置づけなので、議定書では、仮にAPAでカバーされる取引に関して、APAが合意されていない状態でどちらかの国が更正を行う場合には、通常の更正と異なり、それ以上二国間協議を申し立てる必要はなく、いきなり仲裁に持ち込むことができる、としている。

APAと関係ない取引の場合、二国間協議のために両国に必要情報を全て提出し終えた日から2年経過するまで仲裁申し立てはできないけど、APAでカバーされる対象取引に関して、更正を受けた場合には、更正通知から6カ月を経過した時点でいきなり仲裁に持ち込むことができる。ただ、APAの検討に必要となる情報を両国に提供してから2年間は仮にこの6カ月という期間を充たしていても仲裁の申請は認められない、としている。 そもそも、APAでカバーされている取引を両国が検討している最中に、税務調査チームが一方的に更正を通知してくることは実務的には考え難い。となると、これはAPAを申請したけど、APA合意に至らないで終わってしまったケースにかかわる短縮手続きと言っていいかもね。それともDCの人たちが期待しているように今後、別契約でAPAだけの状態で仲裁手続きに持ち込めるようなことになるんだろうか。

Sunday, September 8, 2019

日米租税条約議定書発効と源泉税

数回に亘り、批准の動向をポスティングしてきた2013年の日米租税条約の議定書だけど、ついに8月30日に6年越しの米国批准手続きを経て発効した。議定書とかProtocolっていうと名前が堅苦しいけど、要は2003年の日米租税条約の改正のこと。既に簡単な内容とか議定書そのものが発効した後に、各規定が実際に効果を持ち始めるタイミングは前回までのポスティングでカバー済みなので、ここで繰り返えす必要はないけど、発効が際どく8月中だったので、源泉税の軽減は11月1日以降の支払いから有効となる点は一応注目に値する。

例えば、米国の観点からは、支払利息は法的な支払いタイミングが11月1日以降であれば、利息算定の基となる経過期間に10月31日以前の期間が含まれていても源泉税率はゼロ%となる。発生ベースで考える必要はない。源泉税課税が法的に発生するのはあくまで支払いのタイミングだからだ。もちろん、相殺とか元本組み入れは支払い同様と取り扱われる。

源泉税率の軽減って、条約の趣旨が一番分かり易く具現化されてるって感じ。源泉税は支払側が徴収して納付するけど、あくまで受け手の代理人という身分で行っている訳で、実際の納税者は利息等を受け取る外国人。したがって、源泉税はECIやPE帰属所得に対する申告課税と並び「Resident Country」ではない側の国が「Sourcing Country」として外国人に課税権を行使するパターンの典型。条約の特権を受けることができない場合、米国内国法では投資所得は原則30%の源泉税対象となる。

で、租税条約による源泉税率の軽減は、内国法で認められるSourcing Country側の課税を緩和するという、これまた典型的な条約の軽減措置。租税条約っていうのは通常の契約と同様に、締結国が各々のSourcing Countryとしての課税権の一部を軽減・緩和するという「対価」の交換をもって成立する二国間の法的な契約。日本では元々20%、米国では30%の源泉税をお互いにゼロにするので、個々の規定ベースでは対価の価値は必ずしもパラレルではないけどね。契約法をかじったことがある人は分かると思うけど、契約が成立する要件の一つとなる「対価」は、お金を払ったり、サービスを提供したりする行為ばかりでなく、法的な権利を自ら放棄することでも立派に構成させることができる。

外国関連者に源泉税対象となる支払いを行う際、米国税法では米国支払い側の当金額にかかわる損金算入は発生ベースではなく、支払ベースの現金主義で認められるのが原則。これは課税と損金のマッチング概念。受け手となる外国人が米国で課税される、すなわち源泉税が課せられるタイミングと損金算入のタイミングを合わせようとするもの。なので損金算入をトリガーする「支払い」の定義も源泉税をトリガーする取引と規定されている。このようなマッチング規定がないと、関連者に発生する利息とかロイヤルティーを長期に亘り未払いの状態を続けることで、損金側だけ発生ベースで認識し、外国関連者側の米国における所得認識を延々と繰り延べることが可能となってしまう。

課税が支払いベースっていうのを利用して、長期間に亘り所得認識を繰り延べる案を見るたびに、Section 457Aで網が掛けられる前の、ヘッジファンドマネージャーがケイマンとかのオフショアフィーダーから受け取るIncentive Fee(CarryみたいなIncentive Allocationではなく)を10年も繰り延べしていた姿を思い出して苦笑してしまう。ヘッジファンドとかPEのスポンサーたちみたいに、常に自ら限界に挑戦し、かついろんなプロフィールの投資家全ての米国課税関係に応えようとする(でないと次の投資家が集まらないしね)クライアントを持っているとそれはそれは勉強になる。ファンドのスポンサーはどんなにお金持ちでもNY気質で気が短く激しいので失敗は許されないし。でも現実には複雑なストラクチャーになればなるほど、ストラクチャーや申告が100%クリーンと言うのは難しい、というか不可能っていうのが実務家の視点(言い訳?)。それにしてもヘッジファンドは源泉税とかに対する感度も際立ってると言える。

ケイマンフィーダーと言えば、PEの世界ではPEがパススルーに投資する際に毎回組成されるAIVの一部を構成することがあるし、ヘッジファンド投資は流動性が高いのでAIVは不向きとなることから、ヘッジファンドの世界ではファンドをストラクチャーする際にもともと単純にケイマン法人を組成して、「普通の」非課税団体(CalPERS、SERS、NCRS、MainPERSみたいな州の一部となるスーパー非課税団体ではないという意味で普通の)や日本企業を含む外国からの投資家向けにブロッカーとして用意してたけど、ヘッジファンドのオフショアフィーダーがデラウェア州LPSであるマスターファンド、またはブロッカー直下のミニマスターファンド経由で受け取る配当所得が30%源泉税の対象となる問題がある。ケイマン法人だからもちろん条約はないしね。利子所得は条約有無にかかわらず、元々基本的に利益連動や関連者からのものでない限りそもそも内国法で源泉税対象でないから問題ないけど。ヘッジファンドは派手にトレーディングするから、配当所得は少ないかもしれないけど、それでも状況次第では30%源泉税対象となる投資がある程度のポーションを占めると、投資リターンには悪影響。

で、配当に対する30%源泉の問題は、従来、スワップ、しかもデルタワンのスワップで解決するっていうのがヘッジファンド界の常識というか、常套手段だった。というのは想定元本から受け取る所得は配当ではないので、受け手の居住地を基に源泉地を決めるというのが基本的な考え方だからだ。そんな安易な源泉税回避法に業を煮やした議会がSection 871(m)を導入し、デルタワンスワップ策は封じ込められてしまった。 だったらと、今度はケイマン法人ではなくケイマンLPSでせめて条約締結国の投資家には条約に基づく10%とか15%の軽減税率で源泉税が済むように工夫するようなトレンドになっている。投資家のクラス次第だけど。SWFなんかはだったらオフショアフィーダーに鞍替えしてるのかな。マスターファンドでCommercial Activitiesがないと信じてるんだったら引き続きドメスティックフィーダーなのかもね。一方、UBTIが発生したら困まる「普通の」非課税団体から見ると、派手にレバレッジを導入するヘッジファンドがパススルーでは大変。だったらと、彼らのためにCTBしてあげたりして。う~ん、概念的にはシンプルでも、実務的にW-8とか、とてもファンドのバックオフィスがペーパーワークに耐え得ないのでは、って心配になってくる複雑なストラクチャーだ。源泉税コストっていうのは投資の世界ではとても重要。

で、話しが何となく脱線してきたけど、米国税法では、源泉税対象となる支払いの米国支払い側の損金算入は発生ベースではなく、支払ベース、すなわち現金主義で認められるのが原則っていう上の話しの続き。源泉税が条約でゼロ%となる場合、このマッチングは意味がない。支払っても支払ってなくても源泉税がなく、タイミングにかかわらず米国はSourcing Countryとしての課税権を完全に諦めてしまっているので、マッチングする相手がいない。だったら支払い側の損金算入は通常の内国法のAll-Eventテストで判断すればいいのでは?ということになる。

で、ここからはロジックでは説明できないけど、判例その他の沿革があり、現状の財務省規則下では、支払利息に関しては例え条約で源泉税がゼロ%でも外国の関連者に対するものは現金主義でのみ損金算入が認められる。マッチングするものがなくてもね。一方、支払利息以外、典型的な例はロイヤルティーだけど、に関しては条約で源泉税がゼロ%となる場合、マッチングのしようがないので、発生ベースで損金算入となる。したがって日本の親会社に支払うロイヤルティーは条約で源泉税が免除されている限り、2003年以降、発生ベースで損金算入できる一方、2019年11月1日以降に支払う利息の源泉税がゼロ%になるからと言って、発生ベースを適用することはできず、支払利息の損金算入は支払い時点まで待たないと認められない。その場合、Section 163(j)とか他の制限規定がキックインしてくるのも支払い時点だ。支払利息は目の敵にされていて、他の所得と異なり、外国関連者に対するものである限り、米国源泉でなくても支払うまで損金算入が認められない。米国源泉でなければ源泉税の対象でないので、マッチングの必要はなくこれもチョッと不思議。

ちなみに源泉税率が軽減されているけどゼロでないケースは、外国関連者への支払い全額に関して現金主義に基づく損金算入が求められる。BEATとか旧163(j)適用時には、30%が10%に軽減されているようなケースでは支払いを3分の1と3分の2に分岐して取り扱いを決めてたけど、Section 267目的ではそんなことはしない。

ということで、議定書による改正でインパクトが大きいのは関連者間の支払利息に対する源泉税、仲裁規定、不動産持分法人の定義だけど、仲裁は二国間協議との絡みで面白いので次回、チラッと触れてみたい。