Tuesday, April 22, 2008

米国のスピンオフ(9)

前回の米国のスピンオフ(8)で始めたMorris Trustケースの解説を続ける。

*「Active Trade or Business」条件

IRSの基本的な主張は「Active Trade or Business」条件が満たされておらず、したがって非課税スピンオフには適格ではないというものであった。Active Trade or Business条件に関しては「米国のスピンオフ(2)」にて解説している。もしスピンオフが非課税でないとすると課税されるのは株主ばかりではない。株主には配当益(E&Pの範囲で)が課税されるが、スピンオフとならないということは、Dによる保険業の現物出資がD型再編とならないことも意味する。したがって、保険業の含み益に対してDが課税されることになる。

Dの銀行業は合併後も第三者Pにより継続されるが、IRSの言い分はDが消滅することからDによる事業継続とは認められないというものであった。

これに対して裁判所は、Active Trade or Business条件の歴史的背景には現金等の「流動資産」をスピンオフと仮装して株主に配当するようなケースに網を掛ける目的が存在する点、また、1954年の税法改正により、Active Trade or Businessはスピンオフ「以前」に5年間という厳しい規定が設けられる一方でスピンオフ後の経緯に関してはその「直後」にActive Trade or Businessが存在していれば問題がないとされている点、等を指摘した。その上で、Morris Trustのケースでは流動資産を配当するような事実関係、また他の脱法的な取引に見られるような意味のないステップ、ダミー法人等の存在がないこと、銀行業は立派に合併後も継続していること、合併という「法人形態」のみを変更して事業を継続していくことは非課税再編の促すところであること、十分な事業目的が存在する取引であること、等の理由でActive Trade or Business条件に違反はなく、条件は満たされているという判断を下した。

IRSの指摘は合併の存続法人が「たまたま」Pであったがために発生しているものであり、もし存続法人がDであったならばIRSの主張(=Dが事業を継承していないという主張)は通り得ない。判決では、合併の存続法人の方向のみで課税関係が決定されるのは不合理だとしている。これに対してIRSは例えDが存続法人であったとして非課税とはならないというようなことを主張したようだが、そのような解釈はDが単に何らかの再編に関与する度にActive Trade or Business条件が違反されるような結果となり、法律の規定から逸脱すると判決では片付けられている。

*持分継続

裁判所の判決で面白いのは、Active Trade or Business条件が満たされているとする際に、上述の多くの理由に加えて「DとPの合併によりDの株主は存続法人株式の54%を受け取ってるために持分継続条件を満たしている」という理由も述べている点だ。Dの方がPよりも規模的に大きいために旧D株主は合併後の法人の過半数の持分を有するに至っている。「持分継続」はスピンオフのひとつの要件であるが、この点を別の条件と位置づけるのではなく、あくまでもActive Trade or Business条件を満たすための一要件かのように処理しているところが興味深い。

持分継続に関しては例え合併によりDの株主の合併後の存続法人に対する持分が大きく低下したとしても、合併対価としてEquityを受け取っているのであれば、もともとスピンオフがあった時点で持分継続が満たされていたとして、問題はないはずだ。持分継続の判断はあくまでも合併前のDの状態に照らし合わせて判断し、その後の合併時にはBoot(もしあれば)がその持分継続に影響を与えないかどうかを検討すればいいと思われる。

ただし、スピンオフ後の合併等の買収でD株主が受け取る持分が過半数に至るかどうかは後に1997年の税法改正時に最重要条件として再び浮上してくることとなる。

*Control条件

次にIRSはDが合併されたしまったために「Control」条件が満たされていないのではないかという主張もしている。Control条件に関しては「米国のスピンオフ(3)」にて解説している。しかしControl条件はあくまでもCに対する持分の問題であり、Dの持分に関しては規定されていない。したがって、Dが合併されてもCの持分には何の関係もないことから問題はないとされた。

*買収と分割再編

また、分割型再編であるスピンオフとその後の合併(=買収型再編)を一緒にすることは本質的に非課税スピンオフ法の意図に反するという主張もなされている。しかし、この点に関しても法律にそのような限定的な意図はなく、再編の後に再編という局面は他にも沢山あり、D型再編、スピンオフもその例外ではないとされた。

*結果

上の理由により、例えスピンオフ後にDが合併されていても今回の事実関係に基づく限りスピンオフは有効であり非課税であるとされた。その結果、D型再編も有効となり、株主が受け取るC株式ばかりでなく、DによるCの現物出資も非課税とされた。

Morris Trustの事実関係は保険業の兼業が法律で禁止されている等、かなりクリーンな取引であるが、この判決を基にその後の「買収のためのDivestiture手段としてのスピンオフ」という手法が確立されていき、その手の取引が一般に「Morris Trust取引」として知られていく。また、Dの代わりにCが買収される「Reverse Morris Trust取引」という用語も確立されていく。その辺りの状況、そして遂にMorris Trust(見方によってはAnti-Morris Trust)が条文法として立法化される1997年までの展開は次回のポスティングで説明する。

米国のスピンオフ(8)

買収のターゲットとなる企業に不必要な事業が存在するケースは多くある。その場合に不必要な事業を非課税でスピンオフすることができればその恩典は大きい。すなわち、Dは買収される前段階で、Dをターゲットとしている買い手が不必要とする事業をスピンオフしてしまうという作戦に出ることがある。このようなパターンでのスピンオフ実行には極めて複雑な検討が要求される。言うまでもないが下のコメントは全て私見である点、この分野の検討が余りに複雑な点を鑑みて敢えて再度お断りしておく。

*Morris Trustケース

この手の取引に関して触れる際に避けて通ることができないのが1966年に下されたランドマーク・ケース「Morris Trust」だ。Morris Trustケースは最高裁の判決ではなく、4th Circuitの判決である。今回のポスティングではこのMorris Trustケースを詳しく見ていくがかなりヘビーな内容となるため、2回のポスティングに分ける。

Morris Trustでは買収ターゲットとなるDに「銀行業」と「保険業」が共存していた。規制上の問題から買い手はDの銀行業のみを必要とし、保険業をも兼業しているDをそのまま買収の対象とすることができなかった。そこでDは買収前に保険業をスピンオフしてDの株主に分配した。このスピンオフは保険業が元々D法人の一部に存在したため、第一ステップとして保険業を子会社化しており、D型再編を伴うスピンオフ、すなわちD-355である。その後、銀行業のみとなったDは合併という非課税再編を経て第三者に買収された。Morris Trustにはいくつかポイントがあるがそれらを詳しく解説すると次の通りだ。

*合併とDivestiture

Dは州の銀行法に基づき設立されている「State Bank」であったが、合併相手となるPは連邦財務省の銀行法に基づき設立されている「National Bank」であった。規模的にはDの方がPよりも大きかったが(この点は極めて重要な事実関係となる)、存続法人はNational Bank格を持っている方がよいという判断から規模的には小さいPとすることが合意された。

ここで一つの問題が生じる。National Bankとなる銀行は一部限定的な例外を除き保険業を兼業することが法律で禁じられているが、Dは長年State Bankとして保険業に従事しているという点だ。そこで合併を予定通りに実行するためにDは保険業を売却・分離(Divestiture)する必要に迫られる。ここで登場するのがスピンオフだ。

ケースの事実関係とは直接関係がないが、Dにはもちろん保険業を売却するというオプションもあったはずだ。しかし売却するとゲインに課税される。スピンオフを非課税で行うことができれば余計なタックスを支払うことなくDivestitureを実行できるために極めて有利な取り扱いとなる。「米国のスピンオフ(4)」で触れたがスピンオフする際に分配対象となる子会社CからDが配当を非課税で受け取ることがよくある。スピンオフが非課税であれば、このような取引はまさしくCの売却を非課税で実行しているに近い。

Morris Trustに話は戻るが、Dは保険業をCという新規設立100%子会社に現物出資し、その直後にC株式をDの株主にスピンオフとして分配した。

これに対するIRSの対応を次回のポスティングにて詳細に解説したい。

Friday, April 11, 2008

申告書で取れるポジションの基準は一転緩和?

*申告書作成とペナルティー

会計事務所のような申告書を作成する立場にある者に対するペナルティーが強化された点とその後の混乱に関しては2007年6月の時点で「申告書で取れるポジションのハードルは高くなったか(1)」と「同(2)」で解説した。簡単におさらいしておくと、以前は申告書の税務ポジションは「Reialistic Possibility」基準を満たしていれば会計事務所に対するペナルティーはなかったものが、2007年6月の法改正でいきなり「More Likely Than Not」基準に引き上げられた。更にペナルティーの対象となる申告書の種類も拡大され、ペナルティーの金額も増額された。

この「More Likely Than Not」という基準はあくまでも申告書を作成する立場にある者に対するペナルティー有無の判断をする際に適用されることとなるが、一方で納税者そのものに対しては「Substantial Authority」基準が満たされていればペナルティーは課されないという従来からの取り扱いが続いている。

Substantial Authorityというのはザックリ言ってしまえば40%程度の確証度であることから、50%超の確証度が求められるMore Likely Than Notより低い。したがって、仮に40%程度の確証度のある税務ポジションを申告書に反映させ、後のIRS税務調査でそのポジションが問題視された場合には、納税者にはペナルティーはないが(Substantial Authorityを満たしているので)、会計事務所にはペナルティーが課されるというおかしな状況となった。会計事務所に対して従来は30%程度の確証度であるRealistic Possibility基準が適用されていたため、2007年6月の法改正の前の状態では、納税者に要求されている基準(Substantial Authority=40%)の方が会計事務所に求められる確証度よりも高かったこととなる。これを逆転させてしまった2007年6月の法律のインパクトは大きい。

*Taxpayer Assistance and Simplification Act

「Taxpayer Assistance and Simplification Act」というタイトルの法案が下院の税務委員会を通過した。それにしても米国の法律の名前はJob Creation Actとかどことなく恩着せがましいものが多い。話は逸れるが、最近話題の北京オリンピックとチベットの問題に関連して、ブッシュ大統領は開会式に出席するべきではないという法案が米国議会に提出されているが、その法案の名前が「Communist Chinese Olympic Accountability Act」という、法案の名前だけでも喧嘩を売っているかのようなものまで登場していた。いずれにしても法案・法律の名前がわざとらしいものが多い。

話は戻り、この「Taxpayer Assistance and Simplification Act」法案に盛り込まれているいくつかの規定の中で個人的に最も注目したのが、上述の会計事務所に対するペナルティー基準の「下方修正」である。ナント驚いたことに2007年6月の法律で義務付けられたMore Likely Than Not基準を一転廃止して納税者の基準と同じ「Substantial Authority」に統一しようとしている。なお、ペナルティーの対象の拡大、金額の増額、は2007年6月の規定のままとなる。

*納税者と同じ土俵に

納税者がペナルティーを恐れずに取れる税務ポジションと会計事務所がペナルティーを恐れずに取れる税務ポジションの基準が異なるというのは変な話である。それでも会計事務所は少なくとも30%の確証度を必要とし、納税者がより高い40%の確証度を必要としていた2007年6月以前は問題は少なかった。納税者のことを考えれば会計事務所も少なくとも40%の確証度を求めるのが一般的であったからだ。一方、2007年6月の法律変更以降(正確にはIRSが適用を2008年に提出される申告書からに延期)は納税者が40%の確証度でハッピーであるにも関わらず、会計事務所がより高い確証度を追い求めるという歪な構造になっている。

そんな不合理を解消するために「納税者に適用される基準=会計事務所に適用される基準」という統一を望む声が大きくなっていった。ただし、その際には、より厳しい基準となっている会計事務所基準、すなわちMore Likely Than Notに納税者の基準も統一されるのであろう、という暗黙の了解のようなものがあった。しかし、今回の下院の法案では逆に低い基準の「Substantial Authority」に統一しようとしている。これは率直に「うれしい驚き」であるといえる。

*ペナルティー基準の今後

法案は下院の審理が終了したばかりで今後このままの形で法律化される確証はない。もし認められれば、会計事務所に適用されるMore Likely Than Not基準は極めて短命に終わることとなる。その場合、納税者と会計事務所、共に通常のポジションは「Substantial Authority」、法的な取り扱いがグレーであることに関わる特別な開示が行われるポジションに関しては「Reasonable Basis」、タックスシェルターまたはReportable Transactionsに対しては「More Likely Than Not」という基準が適用されることになる。分かりやすい基準であり、ぜひとも最終法律として成立して欲しい法案だ。

Wednesday, April 9, 2008

ヤフー、Bear Stearns買収案その後

マイクロソフトによる「ヤフー買収案」、JP Morganによる「Bear Stearns買収案」に関しては過去のポスティングで触れたが、その後の展開がかなり興味深いので簡単に動向を追ってみたい。

まずヤフーだが、依然としてヤフー経営陣は買収案を拒否しているのはご存知の通りだ。株価に関しては買収案直後に$30弱に上がって以来、$20台後半で推移している。マイクロソフトが$31で買うと言っているにも関わらずそこまで株価が上がらないのは通常の買収発表時に常に見られる現象である。買収は発表されても、最終的に実現するまでには株主の承認、独禁法の問題、その他いろいろな不確実性がある。それを織り込むと買収価格までは上がらない。不確実性が大きければもちろん買収価格との差異も大きくなる。「買収が成立する」と信じているのであれば$20台後半で株式を買い、買収が$31で成立した時点でキャピタルゲインを期待することができる。ちなみにこれは現金で$31もらえる場合に有効な考え方であるが、後述の通り、対価が株式となる場合にはもう少し複雑となる。

当初はマイクロソフトが買収価格を上げるのではないかという憶測もあったが、ここに来て逆に価格を下げるのではないかという報道もある。他に救世主が現れないままだが、ヤフー経営陣が買収発表から2ヶ月間頑張っている。

買収対価が株式となる場合には「買い手」側の株価の推移が買収価格に影響を与える。AOL株式が下落してプレミアムが消滅したAOLとTime Warnerの合併がいい例であろう。今回の買収案では対価の50%相当が株式で支払われる。したがってA型非課税再編となるであろう点は前回のポスティングで触れた通りである。具体的にはヤフー一株当たりに対してマイクロソフト株式0.9509株が支給される。マイクロソフト0.9509株は買収案発表時点でこそ$31の価値があったのだが、その後株価が落ちたため今ではそれより低い。したがって、買収時点で$20代後半でヤフー株式を購入してキャピタルゲインを狙ったとしても、マイクロソフトの株価が落ちる限りキャピタルゲインの金額が確定しない。その場合にはヤフー株式を購入すると同時に、マイクロソフトの株式を空売り(Short Sale)しておけば理論的にはリスクヘッジが可能なはずだ。

一方のBear Stearnsに関しては当初の買収価格が$2であったが、株価は買収発表後も$2まで下がることはなかった。最低でも一瞬$3弱となっただけでしばらくは$4~5位でさまよっていた。上述のヤフーのケースで見られる通り、買収の発表があると買収が成立しないリスクが織り込まれて買収価格よりも若干低い株価で推移するのが一般的だが、それは買収がプレミアム価格で行われる際にしか通用しない常識のようだ。Bear Stearnsのケースではどちらかと言うと「最終的に$2ってことはないだろう」と読んだ投資家が多かったのであろうか株価は$2まで下がることはなかった。案の定、数日後にはあっさりと買収価格は$10に増額されている。それでもここ一年だけで見ても$150の株価をつけた銘柄であるだけにサブプライム問題恐るべしと言える。