6月1日に「申告書で取れるポジションのハードルは高くなったのか?」というタイトルでポスティングをしたが、今週に入ってこの点に関してIRSから重要なUpdateがあったので簡単に触れておく。
*会計事務所に対するペナルティー強化
6月1日に解説した通り、従来、申告書に反映させるポジション(各取引に対する課税処理をする上での法的裏づけ)は「Realistic Possibility」があれば、申告書の内容に関して会計事務所がペナルティーの対象となることはなかった。それが5月の税法改正で、いきなり「More Likely Than Not」の基準が適用されると変更されたのである。
*その後の混乱
新しいペナルティー規定が効力を持つのは法律上は2007年5月25日以降に「作成」された申告書とされている。このタイミングは2006年12月期の申告書作成作業の真っ最中であり混乱を招くことは必至であった。既にほぼ完成しているような申告書もあるだろう。また、途中まで作成が完了している場合、申告書のどの部分に新らたな規定を適用するべきか不明確であった。
また、納税者側では「Substantial Authority」に基づく申告書提出が可能であることから、会計事務所側が納税者の主張するポジションに基づく申告書を作成できないという局面も想定される。以前は会計事務所に課された基準が「Realistic Possibility」という「Substantial Authority」より低いものであったことを考えると、状況が逆転している。すなわち、会計事務所の方がより慎重なポジションを主張する必要が出てきたということだ。
これは場合によっては「気まずい」状況である。納税者としては合法的に取れるポジションであるにも係らず、会計事務所は自らに課せられるペナルティーを避けるためにポジションに係る特別な開示をしたいとクライアントに打診しなくてはいけない局面が想定されるからである。クライアントにしてみれば、IRSに税務調査のターゲットを露呈するような行為は避けてもらいたいと思うのが自然である。
このような不測の事態を避けるには申告書の作成業務が始まる前の契約書、いわゆる「Engagement Letter」にて両者の権利・義務関係を明確にしておくのがベストである。しかし、残念ながら2006年の申告書に関しては既にEngagement Letterが交わされているケースがほとんどであることから今更どうにもならないこともあり得る。最悪の場合、費用を受け取らずに申告書作成から手を引く位しか策がないケースも想定されていた。
*IRS Notice 2007-54
このような混乱を避けるためにIRSは素早く救いの手を差し伸べた。6月11日に発表されたIRS Notice 2007-54にて、IRSは2007年中に申告期限が訪れる申告書に関しては従来の基準を引き続き適用する旨を明確にしたのだ。
このIRSの対応は賞賛に値する。IRSにとってはペナルティー規定は厳しいに越したことはなく、敢えて適用を繰り述べなくてはいけない理由はない。にも係らず、実務的に適用が困難であることを鑑みて極めてフェアな期限延長を素早いタイミングで明確にしたものである。
*法治国家としての「格」
一方日本では、消費者金融大手「武富士」の故武井保雄元会長の長男である武井俊樹氏に対する約1,300億円の追徴課税処分を東京地裁が取り消すという判決が報道されていた。この件に関して、「日経ビジネス」に「升永英俊弁護士」の素晴らしいコメントが記載されている。それによると武井俊樹氏に対するケースは実質的に「事後立法」であったということだ。しかも、「法の解釈が明確でない時、または法が未整備である時は、(日本の)国税当局としてはまず課税する。納税者が更正処分をあえて争った場合に、裁判所が課税処分の合法・違法を判断し、課税当局はその司法判断に従えばよい」というスタンスでの課税が横行しているとのことである。
その上で更に「(そのような課税は)納税者は、法律により納税義務が定められている時のみ納税義務を負い、法律により納税義務が定められていない時には納税者は納税義務を負わないという、「租税法律主義」とはほど遠いものである」とコメントされている。
この租税法律主義は米国では「当然」の考え方であり、実際にIRSは基本的に法律により定められた範囲での税金徴収に徹していると言っていいだろう。今回のNoticeも極めてフェアな対応であり、行政に携わる側の法施行に対する日米間の意識差異が奇しくも浮き彫りになった二つの出来事であった。