Friday, June 1, 2007

申告書で取れるポジションのハードルは高くなったか?

*Small Business and Work Opportunity Tax Act of 2007

2007年5月後半に立法化された「Small Business and Work Opportunity Tax Act of 2007」はイラクからの米兵の撤退期限を盛り込むことなくイラク戦費が予算化された点に注目が集まり大きく報道された。他にも最低賃金水準の引き上げ、また限定的な税額控除、設備投資減税の時限措置の延長その他どちらかというと目立たない税法改正が盛り込まれていた点も一応報道の対象になっている。

しかし、実は一般にはほとんど報道されていない規定の中に、我々米国でタックス・サービスを提供している者に「衝撃」を与える内容が隠されていた。これは申告書の作成を請け負う者、すなわち会計事務所、会計士(以下、まとめて「会計事務所」とする)に対するペナルティー規定の強化である。ショックが大きかったのはペナルティーの金額アップではなく、ペナルティーが適用される局面の拡大である。

*会計事務所に対するペナルティー規程拡大

従来、申告書に反映させるポジション(各取引に対する課税処理をする上での法的裏づけ)は「Realistic Possibility」があれば、申告書の内容に関して会計事務所がペナルティーの対象となることはなかった。このRealistic Possibilityというのはかなりレベルの低い確証度であり、数量化は難しいが一般的には30%程度の確証が得られれば「Realistic Possibility」の域に達していると理解されてきた。

それが今回、いきなり「More Likely Than Not」の基準が適用されると変更されたのである。しかも変更は財務省の施行規則とかIRS Noticeではなく、税法そのものによる改正に基づく。「More Likely Than Not」は数量化が明確で読んで字の如く「50%超」である。取り扱いが明確でない取引に対するポジションの決定上「法的主張が通り得る確証は30%でOK」というのと、「50%必要だ」というのは相当に重みが違う。

ちなみに今回の法律はあくまでも会計事務所に対するペナルティーの規定であり、納税者そのものに対する規定ではない。納税者が従来より申告書で取ることができるポジションは「Substantial Authority」基準で決定され、この点に係る変更はない。すなわち、納税者は、ポジションの開示をせずに、「Substantial Authority」を下回るポジションを取り、税務調査でIRSに更正を受けると加算税の対象となる。「Substantial Authority」の数量化も困難だが、「More Likely Than Not」より低いが「Realistic Possibility」よりは上ということなので「40%程度」と考えるのが妥当であろう。

となると、納税者としては少なくとも40%の法的確証に基づくポジションが取れることになるが、会計事務所は50%の確証がないと申告書にサインができなくなる。チョッとした申告書は会計事務所が作成するケースが大半であることを考えると、これは実質、申告書のポジションを「50%」に引き上げているに等しい。

また、納税者より厳しい基準で会計事務所にペナルティーが課せられるという点に関して実務的にどのように対応するべきか、現段階では混乱の状況にあると言えるであろう。

*「More Likely Than Not」という基準

「More Likely Than Not」という基準は、米国の民事裁判でどちらが勝つかの判断を行う際に適用される基準としてよく知られている。裁判になって争うということは、「事実関係」の認定に関して主張が原告と被告で食い違っているということである。どちらの言い分がそれらしいかを決定する上で、法的に認められる証拠を熟考した上で、陪審員が適用するのが「More Likely Than Not」基準となる。ちなみに刑事裁判で適用される基準、すなわち犯罪を犯したかどうかという事実関係の認定に適用される基準はこれよりかなり高い「Beyond Reasonable Doubt」というものである。

会計、税務の世界で「More Likely Than Not」基準というと、二つの出来事が思い出される。

一つはFIN48だ。FIN48とは決算書上のタックス費用の計上基準を定めた米国会計基準で、多くのケースで2007年の決算書(四半期の発表を含む)から適用が義務付けられているものである。FIN48の基本的な考え方は、実際に申告書で反映されているポジション(未申告というポジションも含む)が最終的にIRSその他の税務当局に精査されても更正を受けないだろうという確率が「More Likely Than Not」でない場合には、「More Likely Than Not」と思われる金額まで引当金を計上しなくてはいけない、というものだ。

FIN48は極めて非実務的でおかしな規定と言える。大企業にとってはその適用に必要となる分析にとてつもない時間、費用が掛かる。FIN48を適用すると、すなわち申告書で納税者が取ることができるポジションであるにも係らず、会計上は将来更正を受けて追徴に応じるであろうという趣旨の引当金を自ら計上させられる。これは申告書は「More Likely Than Not」を下回る「Substantial Authority」基準での作成・提出が法的に認められているからである。実際に上場企業の2007年の第一四半期の決算発表を見ると将来の更正に対する引当金が前年対比で総額$570億ドル増額したというデータもある。

FIN48の適用に当たっては、どの取引に対するポジションがFIN48に基づく引当金の対象となるか、個々に分析した上で記録しておかなくてはならない。申告書で適用されている「ポジション」に当る取り扱いは無数にある。しかも必ずしも科学的なフォーミュラが存在する訳でもないのに、その各々が50%と40%のどちらの確証度にあるかという分析・確定をするのはとてつもない作業量であり、かつ結果として出てくる金額は極めて非科学的な意味のないものとなるであろう。SOXの関係でタダでさえ会計事務所に対する報酬が高騰している中、上場企業にとってはコンプライアンス面で頭痛の種がまたひとつ増えたと言える。もちろん、非上場企業もUS GAAPに基づく決算書を作成する限りFIN48の適用が求められる。

さらに、そもそも申告書で「これなら法的に行けるだろう」と判断したポジションを「しかし、実は更正される確率が高いかもしれない・・・」と決算書に織り込むというコンセプト自体、なんだか少し変ではないだろうか。税務調査を行う際、IRSは納税者に対して基本的にどのような情報、資料であれ、法的に提出を求めることができる。「FIN48のワークペーパーを見せて下さい」と言われれば、もちろん提出せざるを得ない。納税者側で既に「更正の確率が高いポジション」を精査してあるとなると、IRSとしてみればそこから手を付けるのが手っ取り早く、しかも納税者が実質「自首済み」のポジションが記載されているに等しいことから、IRSとしてはかなり効率のいい調整展開が期待できるであろう。

2007年の法人税申告書の提出は早くて2008年の3月、通常は2008年の夏となることから、税務調査が開始されるのはまだ先のことである。したがって、FIN48に対するIRSの実際の取り扱いはまだ分からないが、現段階でIRSが公表しているスタンスは「FIN48のワークペーパーを敢えて提出資料の対象とするようなことは差し控えるが、だからと言って常に目をつぶる局面ばかりとは限らない」という全く訳の分からないものである。

もうひとつ「More Likely Than Not」基準で思い出されるのは、米国司法省と四大会計事務所のひとつであるKPMGとの司法取引に基づく合意内容である。KPMGはタックス・シェルターの販売促進に関与したとして司法省ともめていたが、最終的には和解に達している。その和解条件のひとつに、KPMGが作成する申告書は「より高い基準」に基づくこと、というものが盛り込まれている。すなわち、本来は上述の「Substantial Authority」「Realistic Possibility」に基づき作成が認められるにも係らず、KPMGが作成する申告書は「More Likely Than Not」の基準をクリアしてなくてはならないというものであった。和解の条件を破るようなことがあると刑事訴追となるリスクもあるため、極めて厳しい条件である。

*意味を失う「Substantial Authority」基準

このように申告書作成、決算書作成目的で、税務申告ポジションを検討する際に「More Likely Than Not」基準を使用、検討しなくてはならない局面は増える一方である。今回の会計事務所に対するペナルティー強化規定により、税法でもともと規定され、かつ長い歴史を持っている「Substantial Authority」基準は、個人が自分で確定申告書を作成するような限定的なケースを除き、実質骨抜きになってしまったようだ。