Friday, May 28, 2010

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(2)

前回のポスティングでは近々に何らかの形で法律化されると噂される草案「Closing Tax Loopholes Act」の内容が実に手強いものである点に触れた。中でも外国税額控除の濫用に対する辛口の対抗策が盛り沢山となっており、今回のポスティングでは外国税額控除に関して触れてみたい。

*High Tax Poolのプラニングに果たす役割

High Tax Poolが国際課税プラニングにおいて果たす重要な役割に関してはオバマ政権の2010年予算案に関して触れた2009年7月辺りの「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(7)」シリーズでかなり詳しく触れている。そこで紹介しているテクニックのひとつに、外国企業買収時に米国目的のみ資産の税務簿価をステップアップさせて米国から見た外国での実効税率を上げるというものがある。以前のポスティングでそのメカニズムは詳解しているが、簡単におさらいすると次の通りだ。

米国企業が外国子会社から配当を受け取る際には、配当が課税される代わりに外国子会社が外国で支払った法人税を間接税額控除として計上することができる。2009年3月までの日本の取り扱いと同様だ。米国の税率(連邦)が35%だから、そのより低い税率で課税されている原資から配当を受け取ると税額控除を取ったとしても米国で法人税の追加払いが生じる。

したがって実効税率が低い配当原資(Low Tax Pool)からの配当は不利であり、同じお金を米国に持ち帰る際に敢えてLow Tax Poolから配当を受けるというケースは少ない。米国に海外からお金を還流させる際にはHigh Tax Poolから配当を受けるようにして、米国で追加の税金払いがないようにするのが通常だ。さらにHigh Tax Poolからの配当で米国の税率35%を超える税率の外国税金を控除対象とし、35%を超える部分はLow Tax Poolからの他の配当、または低い(またはゼロの)源泉税で米国が受け取っているロイヤリティー収入等のPassive所得に対する米国税負担をも減らしてしまうCross Creditを検討することも多い。

*High Tax Poolの人工的創出

このことから、いかに海外の配当原資をHigh Tax Poolとするかというのがひとつの重要課題となる。日本のようにそもそも法人税率が41%で世界一というような国に米国法人の子会社がある場合には放っておいても自然にHigh Tax Poolの配当原資が溜まる。しかし「実際には外国でそんなに高い税率で課税されている訳ではないが、米国の外国税額控除目的ではHigh Tax Poolのように見える」というような局面が演出できれば米国企業にとっては更に都合がいい。そんな調子いいことできるの?、と思われるかもしれないが、実は米国企業が外国企業を買収する際にはむしろこのプラニングが実行されないケースの方が珍しいと言っても過言ではない。それほど当たり前で日常茶飯事に行われているプラニングだ。

このようなプラニングが比較的容易に実行できるその秘密は外国の所得の算定方法の米国・外国間での差異にある。外国で支払う税金は(当たり前だが)外国の法律下で算定される所得に基づく。一方で配当を受け取り、間接外国税額控除を算定する際に、その配当に関して外国でいくら税金を支払ったとみなすかという実効税率の算定は米国の法律で算定される所得に基づくことになる。

例えば外国の税率が20%として課税所得が100(外国の算定法で)あったとする。20の税金を支払うことになり、この20という金額は米国の取り扱い上も「外国で20の税金を支払いました」という点で変わりはない。一方で所得の金額は米国風に算定をしてみたら仮に50になったとする。そうすると外国の税率は20%であるにも係らず、米国から見るとあたかも40%の実効税率だったかのように見える。

このようなTax Poolから8の配当を受け取ったとすると、実際には10の税引前所得を原資とし、そこから20%の2の外国税金が引かれネットで8を米国で受け取っているというのが本来の姿だ。源泉税はないものと仮定し、もしこのような算定となると米国では10の配当益が認識され(キャッシュで受け取るのは8だが外国税金のグロスアップで10となる)、税率35%に基づき3.5の法人税が課せられる。ここから2の外国税金を控除してIRSには1.5の支払いをすることとなるだろう。

ところが米国目的ではあたかも40%のPoolから配当されていることとなると、8の配当は、13.3の税引前所得を原資とし、その40%の5.3の外国税金が引かれ8が税引後という姿となる。この状態で米国の法人税を算定すると、まず13.3の配当益が認識され(キャッシュで受け取るのは上と同様8だが外国税金のグロスアップで13.3となる)4.7の法人税が課せられる。しかしここから5.3の外国税金が控除されるのでIRSへの支払いはナンとゼロとなる。そればかりでなく、米国35%の税金である4.7を超える部分の外国税金0.6は他の外国源泉所得に対する米国税金をも減らす効果を持つ。

ポイントは「同じ8の配当」を受け取っても、米国目的のためだけに算定される「見た目」の実効税率を上げることにより、配当額に対して経済的に負担している金額より大きな外国税金で米国の税負担を圧縮することができるというマジックが可能になる点だ。

*Covered Asset Acquisitions

それではどのようにして外国での実際の課税所得は100なのに、米国目的では50になり得るのか?そのテクニックは上で触れている通り、基本的に買収した企業の資産(Goodwillを含む)の税務簿価を米国目的のみでステップアップさせるというカラクリに基づく。資産の簿価が高くなればそれだけ減価償却・Amortizationの費用が大きくなり課税所得が低くなる。

Closing Tax Loopholes Actではこれらの手法を「Covered Asset Acquisitions」と一括りに認定し、このような過大計上を認めないと規定されている。Covered Asset Acquisitionsに関しては次のポスティングで続ける。

かなり強力「Closing Tax Loopholes Act」(1)

わずか一週間程前に草案された「American Jobs and Closing Tax Loopholes Act」(Closing Tax Loopholes Act)の国際課税改正案の中身はかなり強力だ。どうせSubpart F規定(米国版タックスヘイブン規定)のActive Financing業に対する例外とかLook-Throughの延長が中心の単なる「Extender」だろう、と思っていたので、その内容の「充実度」にはビックリだ。

こんな法律ができたら米国多国籍企業には相当な打撃だろう。しかもこの法案、メモリアルウィークエンド明けから1~2週間(6月前半)には可決してしまうのではないか、と言われている。オバマ政権が2010年、2011年の両予算案で提案している国際課税改正案が複数反映されているばかりか、新規の規定もある。多くの規定は米国企業が海外に子会社を持っているという局面に適用されるものだ。しかし局面次第では日本企業にも影響があるものもある。

*Check-the-Boxの使用制限は今のところ「棚上げ」

それにしても不幸中の幸い(?)なのは2010年の予算案でオバマ政権が提唱していた「Check-the-Box」規定の一部使用制限が法案に盛り込まれていない点だろう。この使用制限は不思議なことに2011年のオバマ予算案にも入っていなかった。

米国のように高税率でかつ全世界課税システムを頑なに守っている国の多国籍企業にとって、海外子会社の得る所得に対する本国米国での課税を繰り延べる(Deferral)というのは、外国税額控除の最大限化と並んで国際タックスプラニングの基本中の基本だろう。本国課税の繰り延べの一番の敵はCFCルール(日本ではタックスヘイブン税制、米国ではSubpart F規定)だ。

IRSにとって過度のDeferralに対する最強の武器であるはずのSubpart F規定を実質「骨抜き」にしてしまったのがCheck-the-Box規定だ。そのCheck-the-Box規定の使用制限が表舞台から消えたというのは米国多国籍企業にとってはGood Newsだろう。ただ、政府関係者のコメントを総合すると2011年の予算案に入っていないからと言って安心はできないようだ。予算案になくても法案として浮上してくることはあり得るし、現に政権としてもこの分野に関して完全にあきらめている訳ではないようだ。それにしてもCheck-the-Boxを利用したHybrid Branch系のプラニングに関しては「Notice 98-11」から「Notice 98-35」に至る財務省の迷走経験があり、2010年の予算案も迷走に更に輪をかける結果となるかもしれない。Check-the-Boxのこの手の利用法に関しては以前2009 年5月に「時代に逆行(?)アメリカの国際課税ルール(2)」で詳解しているので参照して欲しい。 

今回の法案だが、Closing Tax Loopholes Actという名称もワザとらしい。「抜け穴を塞ぐ法」となるが、その規定の数々は抜け穴を塞ぐどころか米国企業の国際タックス・プラニングの根底を揺さぶるインパクトを持っている。

*網が掛けられる多くの外国税額控除プラニング

上述の通り、米国のように高税率でかつ全世界課税システムを頑なに守っている国の多国籍企業にとって、外国税額控除の「最大限化」は国際タックスプラニングの基本中の基本のひとつだ。そのための「テクニック」は数多く生み出されているが、今回のClosing Tax Loopholes Actの一つの大きな目的は外国税額控除を人工的に最大限化しているプラニングに網を掛けるものだ。

実際に法案ではHigh Tax Poolの利用を中心とする外国税額控除の濫用に対して「複数」の規定で対抗策が講じられている。どれもかなり痛いところを突くものばかりだ。それらの具体的な規定に関して次回のポスティング以降で触れていく。

Friday, May 14, 2010

グーグルの風力発電投資と「タックス・エクイティー」(2)

前回はタックス・エクイティーに話しに関係してパススルーの課税関係について書き始めたが、今回もそれを続ける。

税務上、法人となると事業主体レベルで所得に課税された後、配当時に再度、個人株主側で課税されることから二重課税の対象となり、(米国内の投資家から見ると)税務上は好ましい事業主体とはいえない。一方、税務上のパススルーは、事業主体側で課税されないばかりか、事業主体の損失を投資家であるパートナー、構成員サイドで取り込むことができ、他の所得と相殺することができるというメリットもある。損失の配賦に関してはSec.704(b)の実質的な経済効果の規定、配賦された後の使用に関してはBasis制限、PAL制限、At-Risk制限といろいろあり複雑ではあるが、基本的なコンセプトとしては損失を投資家で取り込むことができるのがパススルーのひとつの大きなメリットとなる。

さらに重要な点に、パススルー事業主体で認識される所得、費用、税額控除などの項目は「そのままの性格」でパートナー、構成員に配賦することができるとうものがある。

このパススルーの特徴をうまく利用しているのが再生可能エネルギー投資に頻繁に利用されるタックス・エクイティーだ。タックス・エクイティーが利用するパススルーは「FLIP」と呼ばれる。

FLIPパススルー形態とは、実際に再生可能エネルギーの生産を行う事業主と「税額控除を買うこと」を目的に参加する投資家がパートナーシップ、LLCなどのパススルー事業主体を組成して事業を行う形態を言う。パススルー事業主体は投資税額控除に適格となる再生可能エネルギー事業を行っているため、税額控除を計上することができる。この税額控除を「税額控除という形のまま」投資家に配賦し、配賦を受けた投資家は、他の事業から発生する税金とパススルー事業主体から配賦されてくる税額控除を相殺することができる。

パススルー税法下では、必ずしも全ての所得、費用、税額控除を皆に均等に配賦する必要はない。Sec.704(b)の実質経済効果(または代替テスト)その他の規定を満たす限りにおいて、どのような項目をどのように配賦するかは構成員の間で自由に決めることができる。パートナーシップであればパートナーシップ合意書で、LLCであればLLC合意書に規定すればよい。例えば「最初の3年間の減価償却はAさん」「キャピタルロスはBさん」「外国税額控除はCさん」「5年目からの通常所得はDさん」とかどのように決めてもいい。

FLIPパススルー形態では、このパススルー事業主体の特性を利用し、税額控除およびキャッシュ・フローを当初、投資家側に優先的に配賦し、その恩典を受けさせる。パススルーが組成された段階では、多くの持分が投資家に帰属することになるが、投資家が一定の利益率を獲得した段階で、持分はデベロッパーに切り替わる(=Flip)ように合意されている。

またIRSは風力発電にかかわるFLIP形態に関してセーフハーバー規定(一定の条件を満たすことで税務上の取扱いが確定される)を公表している。セーフハーバーの条件を満たす形で合意書を作成しておけば、Sec.704(b)等の極めて複雑な規定条件を満たしていると取り扱われることから税務上の取り扱いの予見可能性が高まる。

*日本企業とタックス・エクイティー

上述の通り、タックス・エクイティーという形態の発達には、事業主自らでは税額控除の恩典が取れない、そしてその恩典を代わりに使用したい儲かっている投資家が存在する、という背景がある。儲かっている日本企業であればタックス・エクイティー投資家になってももちろんいいが、日本企業が税額控除を受けることができるような事業を「自ら」展開し自分達のグループ企業の他の課税所得と連結納税等を利用して相殺していくという方法もある。自分で税額控除の恩典を取れるのであれば外部のタックス・エクイティー投資家に税額控除を売る必要もない。

また、税額控除の恩典を取れない事業主に対して2009年から「助成金」という代替案も設定されている。これは実質、税額控除を利用して税金をマイナスまで減らし還付を受けるのと同じ効果を持つことから税額控除に代わる新たな投資形態となっている。

*タックス・エクイティーは何て訳すべき?

タックス・エクイティーと言う形態は「租税平等」どころか逆に儲かっている投資家が自分の税金を減らすために財力にモノを言わせて税額控除を買ってしまうという仕組みだということが分かってもらえたと思う。ただし、これは悪いことでは一切無く、先行投資が必要となるソーラーや風力発電の事業主に効率よくキャピタルを提供する生命線だ。

では、租税平等という訳がピンとこないとすると代わりに何と訳すべきだろうか?「税額控除を見返りとするパススルーへの投資」ということなのだがピッタリとくる日本語がない。そういえばEquity Financeも「エクイティーファイナンス」というのが一番ピッタリくるのでTax Equityも「タックス・エクイティー」のままが一番かもしれない。カタカナって便利だ。

グーグルの風力発電投資と「タックス・エクイティー」(1)

つい先日、グーグルがノースダコタ州の二つの風力発電装置に3880万ドル(約36億7000万円)の投資をするというニュースが報道されていた。

グーグルはブライトソース・エナジー、アルタロックなどのソーラー、風力、地熱等の再生可能エネルギー関連事業に投資実績があり、かつグリーン事業に今後も力を入れるということは周知の事実であることから今回の風力発電投資に特に驚く部分はない。

しかし、日本語の報道でグーグルの投資形態が「租税平等」(タックス・エクイティー)という形で行われた、と記載されているのを読んで、タックス・エクイティーに関しては若干触れておいた方がいいのかな、と思ってしまった。

*タックス・エクイティー

確かに「タックス」は「租税」と訳すことができるし、エクイティーのひとつの訳は「平等」なので合わせて「租税平等」となっても不思議ではない。でも「租税平等」では「タックス・エクイティー」という用語の意味は伝わらないだろう。実は平等でも何でもないからだ。

タックス・エクイティーとは再生可能エネルギーへの投資形態としては一般的で、用語としては確立された意味を持つ。タックス・エクイティー投資とは簡単に言うと、他に課税所得を持つ投資家がパススルー主体から「税額控除」を買い取る形態を言う。タックスの恩典を受け取るのでタックス・エクイティーという。

なぜこのような投資形態が一般的かというと、実際にソーラーとか風力発電を開発している事業主はまだ儲かってないケースがほとんどだ。となるとそもそも税金を未だ支払っていないことから、税額控除のメリットを享受することはできない。ここでいう税額控除とは投資税額控除が代表的なもので、支払うべき税金から投資額の一定%を差し引いてくれるというようなものだ。

再生可能エネルギーに適用される投資税額控除は税金をゼロにまで下げることはできても、マイナスにして還付を受けることはできない。したがって、せっかく税務上の恩典を規定して再生可能エネルギー投資を促進したいという国の政策があっても、そもそも税金を支払う立場にない(儲かってないので)者にとってはインセンティブとならない。

そこで登場するのがタックス・エクイティー投資家だ。これらの投資家は再生可能エネルギー投資とは別に他に儲かるビジネスを持っていて税金を支払う立場にある。何とか節税をしたいと願っており、税額控除を買うために再生可能エネルギーベンチャーに投資する。ソーラーとか風力発電の事業主から見ると、自分ではどうせ使わない税額控除を売って現金化できれば、その分コスト削減に繋がり「Win/Win」の関係が築ける。

ただし、リーマンショック以降は肝心の投資家自身にも課税所得がなくなってしまい(場合によっては投資家自身が無くなってしまい?)、ソーラーや風力発電の事業主は以前と比べてタックス・エクイティー投資家を見つけるのに苦労しているだろう。というのもタックス・エクイティー投資で有名だったのは他でもないAIG、リーマン、モルスタ、その他大手金融機関という金融危機の主人公達だったからだ。もちろんグーグルであればリーマンショック以降も多額の税金を支払っていることから今でもタックス・エクイティー投資家としての恩典を享受することができる。

税額控除を買い取るなどと言うとチョッと怪しい取引に聞こえるかもしれないが、そんなことは全くなく、ソーラーや風力発電の資金調達法として確立された方法であり、後述するようにIRSもセーフ・ハーバー規定を発表してタックス・エクイティー形態を後押ししている。

実際どのように税額控除を「買い取る」かという点を理解するには米国のパススルー課税のルールを理解する必要がある。

*FLIPパススルー

タックス・エクイティー投資はFLIPと呼ばれるパススルー投資形態で資金調達する手法で行われる。

以前からのポスティングで度々触れているが、米国で事業を展開する際の組織形態は株式会社(Corporation)、パートナーシップ(GP、LP、LLP、LLLP)、Limited Liability Company(LLC)、事業トラストその他と、多岐に亘る。しかし、これらの事業主体の「税務上の取り扱い」は「法人」と「パススルー」の二つのみに大別される。具体的には、株式会社は、基本的に常に法人として取り扱われ(一定の条件を満たす場合には、税務上「S Corporation」と取り扱われる選択をしてパススルー扱いが可能)、他の事業主体は、納税者側で法人とするかパススルーとするかの選択(Check-the-Box規定)が認められている。

つまり、株式会社、GP、LP、LLP、LLLP、LLC等の事業主体は州の会社法上は異なる権利関係その他が規定される別の種類の事業主体であるが、税務上は「法人」「パススルー」の二つのどちらかに属することになる。したがってタックス・エクイティーにはパススルー事業主体を利用するが、それはLPであることもあれば、LLCであることもある。どのようにパススルー事業主体を利用して税額控除の売り買いが行われるのか、という点に関しては次回のポスティングで。

Saturday, May 8, 2010

渡りに船の米国社会保障税免除の「3年延長」(2)

前回、日米社会保障協定の短期滞在規定の延長に関して書き始めたが、今回は具体的な延長申請に関して同じトピックを進める。

*延長申請

バラバラのタイミングで赴任した派遣員の派遣期間が5年満期を迎えるケースと異なり、2010年10月には、2005年10月の協定発効時に米国に滞在していた派遣員が5年満期となるため、延長申請の数が通常より当然多くなる。したがって十分な余裕を見て延長申請する必要があるだろう。早くから延長申請することに対する制限はないことから延長が見込まれた時点で早急に対応する必要がある。10月1日には延長済みの適用証明書を持っている必要があるため、4ヶ月の期間を見るとすると6月には延長申請しておく必要があることになる。

*延長理由

延長申請には当然「延長理由」を記載することとなる。3年までの延長は比較的弾力的に対応とは言え、一応延長理由は「予見不可能」かつ「単に適用証明を延長する目的でない」ものが必要とされる。予見不可能という部分は「当初5年で帰任の見込み」ということで短期滞在としている訳だから、この点は全ての延長申請に共通して織り込まれる条件であろう。一方で適用証明を延長する目的で延長申請する際に「単にそれだけが目的ではないこと」というのは少し分かり難い説明のような気がする。ここの部分は純粋に予見不可能なことが起きて「仕方なく派遣が延長される」というような感じだろうか。

厚生労働省国際年金課はこの点に関して「あるプロジェクトに係っていたところ、終了が予期せず遅延した」または「就学年齢の子供がおり、就学年の終了まで派遣先国に留まりたい」という二つの例を示している。最初の理由例はその理由そのものに「予期せず」という文言が入っているので予見不可能という部分は(少なくとも表面的には)満たしている。プロジェクトが期せずして伸びたので、それを完了させる必要があり、その意味で単に適用証明延長だけが目的ではないということだろう。

二番目の子供の学校終了というのは面白い。これは2007年5月にポスティングした「日米社会保障協定(3)」でも触れているが、この例の意味するところは必ずしも仕事に基づく理由だけが認められることはないということだろう。ただ米国で期せずして生まれた子供であれば話しは別だが、帯同という形で連れて行った子供は5年後に何歳になるっていうのは当然分かっていたはずで、予見不可能の部分ではチョッと釈然としない。多分「子供が(親が?)アメリカの学校をこんなに好きになるとはまさか思わなかった・・」という部分で予見不可能だったということかも。また学校理由であればいつもOKとも限らないらしい。高校は確実だが大学のケースでは分からないとも言われている。大学生であればFビザを取って一人で残しなさいということだろうか。

3年を超える延長、すなわち4年の延長理由の条件は更に厳しい。すなわち「企業、被雇用者またはその家族の重大な困難を避けるため」という結構ものものしい理由が必要となる。厚生労働省国際年金課の示す例も「予定されていた後任者が辞職、障害、死亡」とか「企業が他の企業に買収・再編され、その移行のため」と例示作成時に「尋常ではない雰囲気」を醸し出す苦労が偲ばれるものとなっている。

この理由を見ても分かる通り、3年以内の延長申請であればまず認められると考えられる。となると対応に苦慮していた日本企業にとってはまさに渡りに船だ。3年あれば何とか帰任させる準備ができる、またはもうそれ以上なら米国加入という枠組みを作れる、等の展開が見込まれるからだ。だが実は5年前も同じように考えていた気もする。となると3年後の2013年もアッという間にやってきてまたみんなで「どうしようか?」と考えているのだろうか?

渡りに船の米国社会保障税免除の「3年延長」(1)

米国で従業員として報酬を得る場合には所得税に加えて社会保障税(FICA)が源泉徴収される。日本企業から米国に派遣されてくる従業員も本来は例外ではないのだが、2005年10月に発効した「日米社会保障協定」には「派遣期間が5年以内の見込み」の場合には派遣元となる日本で厚生年金保険に加入し続け、米国FICAからは免除されるという「短期滞在規定」が規定されており、基本的に日本人派遣員はこの規定を適用して米国ではFICAを支払っていないというのが現状だ(この辺りの詳細は2007年5月にポスティングした「日米社会保障協定」シリーズを参照)。

*協定発効時の取り扱い

協定が発効された2005年10月時点では、過去に何年米国に滞在していたとしても、2005年10月から5年以内に帰任する見込みであれば 短期滞在規定が適用できたため、各企業とも基本的に派遣員は全員「5年以内には帰る見込み」であるという主張で適用証明書を取得した。実際には5年以内で帰るかどうか定かではないような派遣員も含まれていたのが実態であると思われるが、取りあえず「5年後のことは5年後に考えよう」という雰囲気であった。

*そしてアッという間に5年が経ち・・

5年後なんていうのはとても先の話であり、その頃には担当も変わっているし、と思っていたらアッと言う間に2010年になってしまった。時は経ってみると早い(「Y2K」問題覚えてますか?もう10年前です!)。2010年に入った当たりから日本企業的にはチョッと落ち着かなくなり、2010年9月末で適用証明書が失効するにも係らず米国に残る派遣員の対応をそろそろ検討しなくてはいけなくなった。

適用証明書が失効するということは短期滞在規定の適用がなくなるということなので、その後も米国で勤務し続けるのであれば当然米国でFICAの支払いが必要となる。この部分は雇用者側の派遣員に対するコストが増えるだけと割り切ればそれで済む話しではある。FICAは公的年金部分が6.2%(課税所得の上限が2010年ベースで$106,800だが物価スライド調整あり)プラス老齢医療保険の1.45%(課税所得上限なし)の計7.65%だが、派遣員のほとんどはグロスアップであること、また本人負担と同額を雇用者が負担(FICA Match)するため、企業側の追加コストは一人当たり$15,000くらいというのがザックリとした数字だろう。

しかし、短期滞在規定の適用がなくなることに対する日本企業の一番の懸念はこの追加コストではなく、そのまま米国に滞在する場合には日本の厚生年金保険システムから脱会しなくてはいけなくなる点にある。「資格喪失」という用語が正式なようで恐ろしい響きだ。これは協定では社会保障税の二重負担を避けるという趣旨で「どちらかの国でしか加入が認められない」ためだ。短期滞在規定の適用がないと基本的なルールである「居住地のみで社会保障システムに加入」という考え方がそのまま適用となる。となると米国のみで加入だ。

個人的には、日本の財政状況(特にそこから発生する日本国債の信用度の問題)、デモグラフィーの推移、とかの理由で日本の公的年金の行方がかなり怪しいことから、将来の公的年金の一部を米国から受け取るようになるのは必ずしも悪いことではないような気がするが、やはり雇用者側の感覚としては会社都合の派遣で日本の厚生年金制度から脱会させる(すなわち将来の給付金が下がる)のはまずいというのが一般的だ。

*5年経ったらどうする?

どうしても5年を超えて滞在する必要がある場合には、いくつかオプションがある。あきらめて米国の社会保障に切り替える(帰任したら日本のシステムに戻る)、延長申請する、協定上は認められないが無理やり両国で支払う、帰任させる(一定期間経ったら再度赴任は可)、等だ。

これらのオプションで一番手っ取り早いのが「延長申請」である。

*派遣期間の見込み違いとFICA免除

短期滞在規定は「派遣時に5年以内で帰任する見込み」の場合に適用される。期せずして米国派遣期間が長くなる場合、協定によると「最長で4年」の延長が可能と規定されている。

協定締結当時は「1年の延長は比較的弾力的に対応」でそれ以上の延長、すなわち「2年~4年の延長はそれなりの理由が必要」というのが日本の社会保険庁の見解(および米国が他国と締結している協定上の通常の取り扱い)だった。

ところがここにきて日本の社会保険庁がより柔軟な姿勢を示しており、先日東京で行われた企業向けの説明会では3年(お役所らしく2~3年という曖昧な表現)までは柔軟に対応するという「重大発表」があった。更に、本来延長は米国社会保障局が最終的に承認する事項となるが、3年までであれば日本側の裁量で決定してもよいという日米間での合意もなされたようだ。

したがって、従来は1年までの延長は認められる可能性が高い、という理解であったものが、3年までは柔軟に認められるということになる。ただし、延長申請は以前同様に「予見できなかった理由」による必要がある。