Tuesday, May 30, 2017

トランププランと今後の税法改正動向(3)「国境調整」(3)

前回、前々回と下院歳入委員会が提唱するThe Blueprintの中のDBCFTのうち消費地課税を実現するためのメカニズムとなる国境調整、そしてキャッシュフロー課税について触れた。また、国境調整に関しては一般メディア等には正しく理解されていないように見受けられる点にも触れた。

5月23日には下院歳入委員会による国境調整に特化したヒアリングが開催されたり、Kevin Brady等による必死の延命措置が展開されているけど、そもそもよく理解されていない税法であること、仕入れを輸入に頼る小売業等による反対ロビー活動が強力なこと、ドル高懸念、等が相まってどんなに導入時のインパクトを軽減すると言っても消費地課税の導入は風前の灯火状態と言える。

そんな状況なので、今となっては学術的な背景となってしまうかもしれないが、経済のグローバル化が更に進み、現状の所得ベースの法人税が機能不全となった暁には又DBCFTが各国で真剣に議論される日が来るかも。ここはそんな日のため備忘記録的に読んでみて欲しい。到着が早すぎたということなんだろうか。Back to the Futureの最初のストーリーで主人公Marty McFlyが何十年も前のダンスパーティー(まだChuck Berryがデビューする前の時代という設定)でEdward Van Halen風のギターソロを弾いて誰も理解できなくて、仕方なくMartyが観客に向かって「皆さんの子供たちの時代になればきっと分かると思うよ」みたいなシーンがあって笑えたけど、DBCFTも実はCheck Berryデビュー前のVan Halenのソロみたいな感じ?全然違うかもね。

DBCFTはVATに類似すると言われるけど、その中でもSubtraction方式のVATに最も類似しているらしい。で、VAT採択済みの150か国の中で一か国だけこのSubtraction方式を採択している国があるということ。どこでしょうか?そう、日本なんです、これが。ということでDBCFTに一番似た仕組みを既に実行しているのはナンと他でもない日本という面白い事実がある。でも日本もSubtraction方式は行く行く改めると聞いたことがある。

で、DBCFTとVATを比較すると決定的に異なる点が2つある。まず1つは米国内の人件費が20%の課税計算上、控除できることだ。米国外のサプライチェーンを経由していくる場合には、輸入時の国境調整メカニズムを通じて、米国外の労力に基づく付加価値も含めて全ての価値に20%課税されるので、この点は国内と輸入を「Level Playing Field」にしている以上の効果、すなわち米国を有利にしていると言える。経済学者に言わせると、この点に関しては国内の給与税を減税しているのと同じ効果、すなわち普通のVAT(人件費控除ナシ)と従来から国内に存在した給与税(米国のFICA)の減額の2つを組み合わせた状況と同じなので、VATが国境調整を原則として国際的に認められていて、かつ国内でFICAを減税しても他国には関係のなく、各々問題ないことを組み合わせて実行しても問題はないであろうというちょっと詭弁(?)のようにも聞こえるが、理論的には間違っていない主張となる。WTOがこれを飲むだろうか?欧州の法体系の影響が強いWTOではそんな実態よりも形式重視となる可能性が高く、WTOで揉めるのは間違いないように思う。ただ、以前にも書いたかもしれないけど、WTOで争っているうちに10年位直ぐに経ってしまうので、その間に$1 Trillionの歳入があるんだったらダメ元でやってしまう、とチャッカリ考えていた節がなくもない。

DBCFTとVATのもう一つの差異は、VATだの消費税だのは、目に見えてそれがサプライチェーンを経由して価格に上乗せされていき、最終的に消費者が消費地で全額負担することとなる。一方DBCFTは法人税として事業主体に課せられるので、価格に転嫁できるかどうかは明確ではなく、小売業が大騒ぎしてロビー活動しているように、最終価格に上乗せし切れない状況も十分に想定され、そうなると輸入に頼っている企業の収益、キャッシュフローを大きく圧迫することがあり得るということだ。

DBCFTが輸入を罰するというよりは輸入と米国製造を同じ土俵に立たせるという目的を持っている点は以前にも触れた。現状は米国から見た輸入は出荷地では国境調整のおかげでVAT免税、かつ米国側でも仕入コストとして35%の節税効果を持っているので、かなり競争力が高い。他方、米国からの輸出は米国で35%課税され、さらに輸入側で国境調整されるのでVAT課税、とダブルタックスとなり競争力なし、となる。これらの現象を「Made in America」課税と呼ぶこともある。で、輸入はとても有利なので、当然、小売業等はその恩典を享受している。輸入有利の現状を是正し、少なくとも税制面では輸入と国内仕入れを同等にしようと言うのが消費地課税だったんだけど、現状恩典を受けている納税者は、例えそのような恩典自体を是正するのが目的だとしても、当然それに反対し、政治家もそれを無視できない。結局、DBCFTのような大きな改正はできず、輸入が競争力をもったまま今後も時が流れていく可能性が大となる。オバマケアじゃないけど、一旦与えられた既得権を取り上げるのは政治的にほぼ不可能。

次にDBCFTの為替への影響だけど、これは経済学者が口を揃えて力説するポイントだ。すなわち、20%の国境調整で輸入に実質20%課税され、輸出は20%免税となると、ドルは25%高となり、その結果、国内終焉型企業も、輸入業者も、輸出業者も、税引後のキャッシュフローは全員きれいに一致するという説だ。DBCFTの税額そのものは為替がどうなろうとも変わらない。これは輸入や輸出が課税所得の計算に入ってこないから当然だ。では為替によって何が調整されるかというと、ドルベースでの仕入価格そのものが25%ドル高になると従来の80%で済み、税負担を相殺してしまうということだ。輸出もしかり。

25%のドル高は政権の為替政策とは真逆の方向に向かうように見える。また、ドルベースの外貨資産が大きく目減りして、大きな混乱を招く可能性が大。もちろんきれいにDBCFT導入翌日からドルが25%高になるという訳ではないだろうが、経済学的には他の変動要因を排除して理論的に考えると必ずそうなるということのようだ。これは業界の実務レベルと意見が合わない点で、小売業のCEO等に言わせれば「世の中学者が言う通りそんな教科書通りに行ってたまるか!」となるだろう。

という訳で、DBCFTはグローバル化する経済、米国が通商の観点から置かれている立場、OECDのBEPSレポートに見られるような従来からの法人税の限界、を加味して将来の税法としてベストなものは何かという点を熟考して経済学者達により策定・検討されたものだったが、実務的に受け入れるには余りに多くの課題があるということだろう。ちなみに面白いのは、経済学者の中でもUC Berkeleyの学者がDBCFTの著名なオピニオンリーダーとなっているが、UC Berkeleyと言えば、Ann Coulterが話しをしに行くと言っただけで、暴動が起きる米国でも最もリベラルな大学のひとつで(Berkeleyは本来言論の自由を標榜していたのではなかったんだっけ?)、それを共和党の下院歳入委員会が取り入れている点。

国境調整はこれ位にして、次回からは税法改正に他の切り口から触れてみたい。

Saturday, May 27, 2017

トランププランと今後の税法改正動向(2)「国境調整」(2)

前回のポスティングでは、トランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表とその後の税法改正の動きの最初のフォーカスとして国境調整に関して書き始めた。下院歳入委員会が提唱するThe Blueprintの中のDBCFTは法人税に消費地課税という概念を導入しているが、その消費地課税を実現するメカニズムが国境調整と言われるものだ。一般メディアの報道を見るとこの「国境調整」とトランプが余り深い考えなく言及しているように見える「国境税」が混同されて論じられることが多いように思う。

先日イタリアで開催されたG7会議でも、各国の財務長官等が米国が国境調整を検討している点に懸念を表明し、Mnuchin財務長官は「現時点で提唱されている形では賛成できない」といつもの回答を繰り返していた。皮肉にもG7に参加している国で「国境調整」という仕組みを導入していないのはVATを持たない米国のみだ。他の国はVAT(日本では消費税)下で堂々と国境調整を行っており、米国に対する輸出に対してはサプライチェーンを通じて自国VATを免税として競争力を高めているばかりか、逆に米国からの輸入に対しては輸入時点で課税して米国からの輸出の競争力を弱めている。しかもThe Blueprintで提案されている20%の税率と同じ税率を適用している国がほとんどで、カナダのGSTは15%程度で若干低く、日本が8%で一番低い。にもかかわらず、米国が名称は法人税とは言え、内容的には同様の方式を導入しようと検討しているだけで自分たちのことは棚に上げて若干ヒステリック気味な反応をしている。おそらくDBCFTをきちんと理解しておらず、通商政策のトランプ国境税と混同しているのではないかと推測される。前回のポスティングで触れたオクスフォード大学の教授の言う通りだ。

DBCFTの消費地課税、すなわち「DB」部分はその名の通り、米国で消費されるものは、輸入だろうが、国内生産だろうが、サプライチェーンの全過程で創出される価値に米国で20%の課税があり、逆に米国外で消費されるものは、国内生産でも、米国外でもサプライチェーンの全過程を通じて米国では課税されない、すなわち輸出時にサプライチェーン過程で米国に納付された税金があれば、それは戻ってくるというシステムとなる。このコンセプトは日本の消費税も同様だ。現実には米国外で消費される米国内生産のサプライチェーンのDBCFT税負担は即還付されると言うよりもNOLに化ける可能性が高いという問題があるが。

DBCFTのもう一つの骨子となるキャッシュフロー課税、すなわち「CF」部分も法人税としては新しい概念だ。The BlueprintのDBCFTでは、従来の法人税のように会計的な期間損益に課税するという概念から、課税年度内トータルのキャッシュインフローからアウトフローを差し引いたネットキャッシュフローに課税するという大胆な方向転換を提唱している。

キャッシュフロー課税で従来と一番異なるのは設備投資に対する減価償却の必要がなくなることだろう。不況になる度に時限的に導入されてきた100%のBonus償却を、有形・無形の全資産を対象に拡充して、更に恒久化するようなイメージ。その意味では設備投資減税の側面も大きいが、実はキャッシュフロー課税とすることで、DBCFTはDB部分と合わさって疑似VATとなる。すなわち、VATとか消費税の算定時には設備投資に対して支払ったVAT・消費税もその年に仕入控除が認められ、売上から徴収されるVAT・消費税と相殺される。換言すると、VAT・消費税の世界では例え耐用年数が10年の設備を購入しても、それに対して支払うVAT・消費税を10年掛けて仕入控除するという概念は存在しない。これは実質キャッシュフローベースで設備投資を費用化しているのと同じ効果を持つ。逆に言えば、DBCFT下でキャッシュフローベースで課税を行わないと、DBCFTは実質VATに近いと言う主張は成り立たない。したがって、設備投資減税の経済効果を達成する点に加え、キャッシュフロー課税を導入することはDBCFTが狙い通りにVAT同様に機能するための「Must」な要件となる。なので、国境調整だけの導入をキャッシュフロー課税とは別に検討したり、またその逆に国境調整は入れないけど、キャッシュフロー課税の導入は検討したりというのは、少なくとも経済学者や識者が提唱している未来型の法人税であるDBCFTとはかけ離れた姿となり、概念的には全く異なるものとなってしまうと言える。歳入委員会長のKevin Bradyとか下院議長のPaul Ryanとかはそんなことは百も承知だろうけど、政治家とかロビイストがいろんなことを言うので現状では少しでもDBCFTに盛り込まれている特色を出せれば始めの一歩としては上出来と考えているんだと思う。

5月18日に開催された歳入委員会のヒアリングでは経済界からは設備投資の一括費用化は米国での投資を活発とし、延いては雇用促進に役立つと賛成の声が多く上がった。DBCFTのDBの部分は意見が割れるところだけど、CFの部分は概して賛成ということだ。CFだけだとCFTにはなるけど、それだとDBCFTにならない。結局は各納税者、自分に有利な改正案には賛成、不利になるようだと反対、と当たり前の流れになっている。勝者と敗者が存在するのはどのような税法改正にも見られるサガ。敗者の声を聴き始めると大胆な改正は実行できない。

更に、キャッシュフロー課税と引き換え(?)にThe Blueprintにはネット支払利息の損金算入撤廃案が盛り込まれている。利息の損金算入がなくなれば、面倒な過小資本税制とか、アーニングス・ストリッピング規定とかの適用を気にしなくていいので、そもそもグループファイナンスストラクチャーを利用してシステマチックな実効税率のプラニングを多く行っている兆候のない日本企業にとってはその方が総合的に得かもしれない。米国企業、特に不動産業、また意外にも農業に従事する納税者、業界団体からは利息の損金不算入に関して強い反対が表明されている。また、他国から米国に投資しているMNCは米国のような高税率国には最大限のDebtをプッシュダウンしているケースが多いので、支払利息の今後の取り扱いは国境調整の動向と並んで気にしているポイントと言える。ただ、税率が15%だの20%になったら今迄みたいに一生懸命頑張ってアーニングス・ストリッピングする必要性も薄れてしまうけど。

キャッシュフロー課税と支払利息の損金不算入の関係だけど、キャッシュフロー課税とするから必ず支払利息の損金算入を認めることができないということもないように思う。各々独立して規定しても必ずしもおかしくないように思えるけど、一方で、設備投資等を取得時にキャッシュフローベースで費用化させるのであれば、そのファイナンスコストとなる支払利息も認めては二重取りになるとも考えられる。そのため、キャッシュフロー課税と支払利息の損金不算入はセットで考えらることが多い。Mnuchin財務長官の話しを聞く限り、トランプ政権は支払利息の損金算入は温存したいようで、その代わりにキャッシュフロー課税ではなく、従来からの減価償却を温存してもいいと考えているようだ。トランプが不動産業に従事しているからだ、と勘繰るメディアもある。仮に支払利息を損金不算入とするのであれば、AT&TのCFOが主張する通り、各企業は既存のキャピタルストラクチャーを再検討する時間が必要なので十分な経過期間を設ける必要がある。

支払利息の損金不算入は10年間で$1 Trillionの歳入増効果があると言われるだけに、消費地課税およびテリトリアル課税への制度移行時の一括課税、と並ぶ大きな歳入源だ。支払利息の損金算入を温存した形で税法改正を実行できるかどうかは、税法改正がどの程度の財政均衡をベースに策定されるかにより影響を受ける。

キャッシュフロー課税だけど、確かに聞こえはいいし、企業側としては賛成のところが多いとは思うけど、実際に税法に入れる際にはいろいろと考えないといけないことが多い。例えばM&Aで資産買収、または338(h)(10)選択して資産買収かのようにした際には、Goodwillとかも含めて全額費用化されてしまうのか、とか、パートナーシップに現物出資した際のSection 704(c)とかどのように考えるのか、とか。実際に条文にするのは結構難しそう。

という訳で、DBCFTの骨子2つ、すなわち「DB」と「CF」に関してどちらかと言うとメカニカルな観点から触れてみたけど、次回はDBCFTの直面する諸問題等に関して。

Tuesday, May 23, 2017

トランププランと今後の税法改正動向(1)「国境調整」

前回のポスティングまで7回に亘って4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表に触れてきた。考えてみれば、僅か23分の会見に7回ものポスティングを費やしたことになる。

で翌日以降のメディア等の反応は温度差はあったとは言え論調は似ていた。まず、主たる反応として「詳細なし」という点に対する失望感。これは大統領府として何をしたいかという方向性が欠如しているというよりも、議会との間で何もコンセンサスが得られていない結果と考えるべきだ。特に会見時点の4月26日では下院でオバマケア廃案に失敗したトラウマが残っていただろうから、大枠でも下院および上院がサポートできる内容となるまでは詳細は発表しない作戦だっただろう。これは下院も同じで従来は上院、大統領府が最終的に反対する部分があるとしても、まずはThe Blueprintに基づく条文案を策定して議論を進めるはずだったが、オバマケア廃案手続きのレッスンからある程度コンセンサスを得た上で条文案を公表という流れにシフトしている。その分、前段階でより多くの時間を使う結果となる。じゃあ、なぜあのタイミングで大統領府側が会見を開いたかと言うと、やはり以前から発表するすると言って延び延びになっていたので、取りあえず何かしないと形にならないというプレッシャーは大きかっただろう。以前にも触れたとおり、トランプ大統領は2月9日の時点で既に「今後2~3週間の間に「Phenomenal」な税法改正の発表をする」と言っていたし、2月末には両院を前にしたジョイントセッションで再び「近々に「Massive」な減税を伴う「Historic」な税法改正を公表する」とぶち上げていたからだ。その後、3月にも何の発表もなく、「Phenomenal」「Massive」「Historic」と言った大袈裟な形容詞だけが空しく印象に残っている日々を悶々と過ごしていた。また、詳細は合意に達していないとは言え、原理原則部分、すなわち、法人税減税、テリトリアル課税、ミドルクラス減税という誰も異論がないハイレベルな点に関してはで共和党も一枚岩になっているというプレゼンという意味もあったように思う。

会見もQ&Aがほぼ半分を占めてもトータルで20分強、サマリーも僅か1ページなので、そこに何が入っていて、何が入っていないという点を深読みしても意味がない。もしあの1ページに入っていることしか実現しないとしたら、ビジネスに関しては税率が15%になり、海外子会社からの配当が非課税になっておしまいだ。もちろん実際にはそうではなく、議会との調整が必要な核心部分、例えば、国境調整、設備投資一括償却、金利損金不算入、テリトリアル化の際の一時課税の適用税率、等は今後調整が要というのがメッセージだ。特に国境調整に関しては日本のメディアを見ると、会見で言及されていないことをもってなくなってしまったかのようなニュアンスの報道もあるがそれは間違い。現に5月23日、歳入委員会は国境調整に特化したヘアリングを開催する。これは米国時間の今日なので喧々諤々の議論となると予想されるが、様子分かり次第速報したい。

でも、だからと言って国境調整が最終法案に入るという保証もない。入るかもしれないし、入らないかもしれないし、それは歳入委員会にも誰にも現時点では不明というのが正しい現状だろう。国境調整に賛成するにしても反対するにしても、日本のメディアを見ているととても国境調整導入の意味、背景をきちんと理解した上で報道しているようには見えない。単に諸悪の根源のように扱われているが、内容も理解せずに、トランプ政権の通商ポリシーと混同して誤ってヒステリック気味に論じられているケースが大半。すなわち国境調整はトランプ政権のポリシーとはその根源が異なり、直接関係のないものという認識が欠けている。

ただ、DBCFTを理解していないのはメディアとか一般企業に限らず、例えば欧州の税務専門家でもよく分からずに早合点しているケースが多いと言う。オクスフォード大学のCentre of Business Taxationの重鎮が「欧州では、税務専門家も含めて、DBCFTはその本当の姿を理解しておらず、相変わらずBEPS的なアプローチを重要視して、DBCFTにはどのように報復するかしか念頭にないことが多く、これはDBCFTにとってとても不利な状況だ」と言っている記事があった。

最終的に反対でも、法制化されないにしても、国境調整とは何だったのか、実務的に制度化する際の難題も含めて少し深く再度ここで触れてみたい。

国境調整の正しい理解にはThe Blueprintで言及されている「DBCFT」をきちんと理解する必要がある。国境調整とかDBCFTと言うとあたかもトランプ政権の誕生と同時に生まれたり、トランプが気まぐれで思いついたり、Twitterで言及されたりしている突飛な税法、悪法というイメージがあるかもしれないが、決してそうではない。トランプが選挙運動中から度々言及している「国境税(Border Tax)」と用語がとても似ているのでそれがThe BlueprintのDBCFTの単なるメカニズムでしかない「国境調整(Border Adjustment)」とごちゃごちゃになり、国境調整=トランプの戯言的なイメージが定着している観がある。DBCFTが最終的に法制化されないとすると、それはDBCFTが無茶苦茶な提案だからということではなく、どちらかと言えば政治的に未だ受け入れられるものではないという側面が強いように思う。学者レベルではDBCFTはベストな税法、というか現状の法人税より全然ベターと考えられていることが多い。

The Blueprintのビジネス課税の部分の骨子は「DBCFT(Destination Based Cash Flow Tax)」、「法人税率低減(20%)」「テリトリアル課税」「金利の損金不算入」の4つから成る。これら4つは必ずしもセットで考えないといけないものではなく、個々の案を個別に導入しても、またどのような組み合わせで導入しても概念的には何の問題もない。The Blueprintではたまたまこの4つを一気に実行することで米国の投資先としての魅力を高め、かつ国内産業と輸入を米国において「Equal Footing」にする、すなわち同じ土俵に立たせることを目標としている。4つのうちDBCFTを除いては賛成反対は別として特に考え方そのものに余り論議を醸し出す部分はない。

DBCFTを法人税という枠で考えた国は従来存在しないので斬新だが、米国で事業を行う納税者側として頭から悪いものとして否定するようなものではない。セミナー等で折に触れて言っている点だが、DBCFTが導入されると米国では法人税は0%(実質撤廃)となり、代わりにVAT(または消費税)が20%が導入されたと考えると概念的に分かり易いし、若干語弊はあるかもしれないけど当たらずしも遠からずだろう。VAT20%は日本の消費税8%と比較すると若干高く感じられるかもしれないけど、世界でVATを導入済みの150か国の水準から言うと平均的な税率のように思う。これらの国のほとんどはVATに加えて法人税を持っているので、0%法人税の米国は究極のタックスヘイブンに化すると言える。日本におけるCFC課税とかは気を付けないといけないけど、米国的には過少資本(Section 385!)、Inversion、移転価格、BEPS等一切対応が不必要となるので納税者としてそんなに悪い話しではないと思うんだけど、メディアの影響かどうも評判が悪い。DBCFTになればもちろん僕たちの仕事は減ってしまうけどね。もちろん他国がDBCFTを導入するまでは米国でこれらの問題がなくなっても、他の国では引き続きBEPS的な対応を強いられるので、理想の姿としては多くの国がDBCFTを採択するということなんだろうけど、それは近未来には実現不可能なのは間違いない。今ではあり得難いシナリオだけど、米国がポリティクス的な障害を排除してThe BlueprintにあるようなDBCFTフルバージョンを採択できるとしたら、その後にそれに追随する国もあるかもしれないけど。貿易収支が黒字の国はしないだろうし、グローバルレベルで認知されるのは困難。

で、The BlueprintのDBCFTだけど、DBCFTの「DB」の部分は消費地課税を意味する。従来の法人税とかIncome Taxは恣意的な箱である納税主体に対して課税する国で作り出される付加価値を課税対象とするというものだ。したがって、米国のような高税率国では付加価値が高い商活動には従事するのは損ということになる。一方これを消費地課税すると、どのような主体だろうが、どの国で価値を生み出していようが、米国で消費・使用される商品、サービスのみが課税対象となる。となると、せっかく腐心してアイルランドに持って行った付加価値の高い無形資産も最終的にその価値が米国で使用される限りにおいてはアイルランドにあっても米国にあるのと変わらなくなる。逆も真なりで、米国外で使用されるのであれば、消費地は米国外なので非課税となり、わざわざ米国外に無形資産を置く意味が失われる。

無形資産より棚卸資産で考える方が概念的に分かり易いかもしれない。米国で一から製造する場合にはサプライチェーンを経由して最終消費者に渡るまでの過程で基本全ての付加価値に20%の課税が起こる。一方で米国外で消費される商品は米国内にサプライチェーンが途中まであっても、最終的に米国内で消費が起こらない限り、サプライチェーンを通じて非課税となる。輸入で米国に入ってきて米国で消費されるものは、輸入される段階までは米国のサプライチェーンを経由していないので、そこまでの付加価値には米国で課税されていないから輸入時点で20%の課税となる。輸入を罰するのではなく、米国から見ると輸入と国内を同じ土俵に立たせることとなる。これはまさしくVATのメカニズムだ。米国に他国から輸出されてくる商品は輸出する側のサプライチェーンの付加価値に対するVATは全て還付されているはずなので、その分、少なくとも米国で課税することで均衡を保つという考え方だ。

VATでは国境調整は当たり前のメカニズムで、むしろしないといけないに近い存在だ。VATであれば、個々のインボイスベースで国境調整を行うが、The BlueprintのDBCFTは法人税申告書を一年に一回出すという枠で実行するものなので、個々の輸入取引に20%のVATを課す代わりに、算数的には全く同じことだけど、納税者に輸入があれば、それを損金不算入とすることで総計で20%を徴収するというメカニズムだ。輸出も同様でVATの場合には輸出取引を免税とし、サプライチェーンで支払われていたVATは仕入控除とすることで輸出にかかわるVATは国内では課せられない仕組みとなっているが、DBCFTでは申告時に輸出売上を益金不算入し、一方で国内からの仕入れ等は輸出にかかわるものでも損金算入を認めることで算数的にはVATと同様、最終的に米国で消費されない商品にかかわる米国内20%課税は存在しないという状況を作り出す。

このように国境調整は消費地課税を達成する単なるメカニズムで、VATとか消費税の世界では当然のように適用されていて、当然日本でも堂々と適用されている。

次はDBCFTの「CF」の部分に関して。 ここからは次回。なお、米国時間の今日、下院でDBCFTに特化したヒアリングが開催されるので、その様子も分かり次第ポスティングしたい。

Saturday, May 20, 2017

トランプ大統領税法改正プラン(7) トランプ税法案はイバンカ税法案に?

前回のポスティングでも4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表のQ&Aの様子を引き続きカバーしたけど、今回でそろそろQ&Aは頑張って終わらせ、税法改正議論のその後の展開の話しに進みたいところ。

ところで、トランプ税法プランもトランプ大統領自身の立場が不安定で、いつまで「トランプ案」という名称で語り続けることができるのかな、なんてチョッと真剣に心配してあげないといけない状況になりつつある。従来の大統領とは違う人種ってことは皆分かってた訳だけど、ここまで来るとチョッと限度問題で想定の域から逸脱してる。メインストリームメディアが書き立てるようにトランプのすること全てがおかしい訳ではないと思うけど、一部の行動は余りに軽率な感は否めない。経験豊かな見識者で構成される共和党議員はどう思っているんだろうか。余り公言はしないかもしれないけど、みんな内心「なんてバカなんだろう。余計なことばっかりして・・」と苦々しく思ってる点は想像に難くない。議会がこういう余計なことに時間を費やすはめになると税法改正に費やすべき時間がその分単純に減る訳で、2017年中の立法がただでさえ日に日に際どくなりつつあった今日この頃に更に追い打ちを掛けている事実は否めないだろう。せっかくの「Historic」なチャンスを逃さないようにって願うけど、本当に迷惑。

「弾劾裁判でトランプが罷免されたら娘のイバンカが大統領になりトランプ税制案も「イバンカ税制案」になるんですか?」って半分冗談で質問されて、皇位継承とか北朝鮮の指導者と違ってまさか世襲はないでしょうと笑えた。大統領が任期中に退官、死亡等した場合には、憲法および1947年の大統領継承法に規定される継承順位に基づき、自動的に副大統領のMike Penceが就任することになる。で、万一何らかの理由でPenceも退官するような事態となったら、下院議長のPaul Ryan。Ryanも退官したら、上院仮議長のOrrin Hatch、その後も国務長官Tillerson、財務長官Mnuchin、と続いていき、トータル17人も継承プランに規定されているという言うから不測の事態への対策にぬかりはない。でも誰をとってもトランプより全然まともでいい感じ。Pence大統領とか議会からの信望も厚そうできちんと税法改正もできそうでかなりいける。そうなったら誰を副大統領に指名するだろうか。Paul RyanとかJohn Kasichだろうか?凄いDream Team。っていうかトランプの後だと誰でもDream Teamに見える。

でも実際にトランプが任期中に退陣に追い込まれることなどあり得るのだろうか。ハードルは高い。歴代、罷免されそうになったのはMonica LewinskyのBFFだった1998年のBill Clintonと1968年のAndrew Johnsonの2名のみ。2人とも下院では罷免が決議されて一時は騒然としたが、上院で有罪にならず難を逃れている。上院での有罪決定には3分の2の票が必要なので、大統領が属する党の議員が反対に回る可能性が高いことを考えると中々難しそうだ。ただ、Andrew Johnsonの時は上院で3分の2に後1票という際どいところだったそうだ。Bill Clintonの際には民主党議員は全員反対票を投じている。でもNixonは弾劾で罷免になったじゃん?って思うかもしれないけど、Nixonは弾劾裁判が始まる時点で自ら退任してしまった。なのでテクニカルには罷免された訳ではない。という訳で、イバンカ税制じゃなくてPence税制になる確率はそれ程高くないのかもしれない。もっともトランプ自身がNixonみたいに「もう辞めた」となれば別だけどね。

さて、話しを4月26日の会見Q&Aに戻そう。会見に参加しているメディアの方の多くはタックス専門ではないのは分かっているけど次の質問は余りにも余り。財務長官を学校の先生か何かと勘違いしたような質問。「財務長官、テリトリアル課税て国境調整のことですか、それとも関税?一体どんなものですか?」と堂々と基礎知識の勉強会となっている。トランプの選挙運動中にも散々言及されているし、The Blueprintにも書いてあるんだからもうチョッと予習してから税法改正の会見に参加して欲しかった。まさか本当に「遺跡保存法(Antiquities Act)」の会見に来るつもりでそっちを勉強して臨んでたりして。

Mnuchinもまさかここで全世界課税とテリトリアル課税の定義を講義するはめになるとは思ってなかっただろうけど、「テリトリアル課税というのは米国企業が米国の所得のみに税金を支払えばいいという考え方で、だからテリトリアルと言う。現状は全世界の所得に課税される仕組みで、他国と比べて米国企業が不利な状況に置かれている理由のひとつだ」と7秒でテリトリアル課税を説明するという離れ業を披露している。回答は正しいが、税法の仕組みをしらない初心者には具体的にどんなことかそれでも良く分かんないだろう。この手の手合いは国境調整とかもきちんと理解していない可能性が高い。

次はまたポリティクスっぽい質問だ。「こんな案には共和党議員が賛同しないという懸念はないでしょうか?共和党内で不協和が起こってまたオバマケア廃案失敗の二の舞になったりしないんでしょうか?(会見の時点ではオバマケア廃案は下院を通過していなかった)」

こういうタイプの質問は回答の方法に窮するが、Mnuchinが登場し「さっきから言っている通り(定番!)税法改正をしたいという機運は全員が共有しており、Gary(Cohnのこと)が会見冒頭で言った通り、我々は史上稀にみる改正実現の機会に恵まれることとなった。共和党も民主党も雇用を促進し、国民の生活をより良くしたいという思いに変わりはない。何回も言うが、原理原則には全員一致しており、詳細は今後議会と共に詰めていくということだ」とこの手の話しはそろそろ時間の無駄な感じ。

次は遺産税。「遺産税の撤廃はここ何十年に亘り議論されていますが、以前の議論では大概、一気に撤廃するというよりも、何年か掛けて徐々に撤廃していく(=Phase₋out)という手法が検討されています。シニアの方で構成される団体等に言わせるとそんな流暢なことを言ってる場合ではなく即撤廃すべきという懸念も聞こえてきますが、今回の案では一気に撤廃と考えていいでしょうか?」

この質問にはCohnが登場。「我々の現時点の提案は即刻Phase-Outだ。すなわち、この案が法律になれば、その時点で遺産税はPhase-Outとなる」とチョッと分かり難い回答。Phase-Outって普通は段々なくなったり消えたりすることだから、即刻Phase-Outっていう表現自体が若干Illogical? 質問している側も、その部分こそが核心だったので、当然確認が必要と考えたのだろう。「Phase-Outですか?即刻撤廃ですか?」と追加質問。「この案が法律となればその場で遺産税は消え去る」と力強い再確認となった。

今度はMnuchin向け。「2つ質問があります」と始まり、まあ最初の質問は普通。「今回配布されているサマリーは1ページだけで、もちろん先ほどから言われている通り、これ自体は原理原則なのは分かっているのですが、実際の税法となるともちろん1ページどころでは語り尽せない複雑なもので、肝心の詳細はいつ見せて頂けるんでしょうか?実際のプランを見てみたいのですが・・」と今日共有されているものはプランですらないとでも言いたげな(無理もないけど)表現だ。

ここでもMnuchin節炸裂。「可能な限りのスピードで詰めていく。下院、上院と既に詳細を詰めている過程で、一日も早く具体的な税法に仕上げる点で全員意見は一致している。詳細に関して合意できた時点で、その内容を皆さんに公表しご説明差し上げることになる」。これでは実質いつになるか分からないと言ってるのと同じ?

「二つ目の質問ですが、大統領はご自身の申告書を開示するのでしょうか?」と今回の会見に全然関係ないどうでもいい時間の無駄質問。それにしてもトランプの申告書なんかになんでそんなに興味があるんだろう。どんな申告書だったとしても唯一の目的は徹底的に叩く、というのがリスクエストの根底にあるとすると余り実質的な議論には関係ない。この点に関しては以前の「トランプの申告書に皆何を期待してるんだろう?」を参照のこと。

Mnuchinは無視するかと思えば、意外に正面から「大統領が申告書を開示する予定はない。大統領は既に歴代大統領と比較しても最も自身の財務状況を開示していると言え、国民の方に十分な情報開示がなされている」とした。この手の話しはテリトリアル課税とか国境調整は正確に理解できないかもしれないメインストリームメディアの得意分野だから、ここぞとばかりに騒然となり多数の声が上がる。「米国市民は税法改正が大統領自身の個人的な税務ポジションに与える影響を知る権利があると思うのですが・・」とせっかくの税法改正の話しが三面記事っぽい流れに変わる。そんな権利あったの?って感じだし、そんなこと知ってどうするんだろう。大統領個人に有利な税法改正は反対するのかな?トランプに限らず、クリントンだって減税になれば皆応分の恩典は受けるはず。トランプの申告書なんてどうでもいいからしっかりした税法改正を審議して欲しい。

さすがにMnuchinはそれ以上は相手にせず「他にも質問をしたい方がいるので」と議事進行していく。

次は「ミドルクラス減税ですが、例えば4人家族で所帯の収入が$60,000だとしたらどれ位の減税になりますか?」というもの。聞いてみたい気持ちは良く分かるけど、さっき税率区分が未だ決まってないとQ&Aで回答されていて、しかも「今日はそんな詳細の話しをする場ではない」とCohnの叱責もあった位だから具体的な減税額など算定できる訳ない。

Cohnは「減税となります」と禅問答のような回答。「いくらですか?」と記者もしつこい。Cohnも負けていない。「減税となります」と繰り返した後、「あなたもさっきの記者と同じような質問を繰り返してるが、そういう詳細は適切なタイミングでお知らせする。下院および上院のリーダーたちと極めて強固な議論を進めており、議論は凄いスピードで進んでいる。その上で詳細は分かり次第皆様にお伝えしていく」ということ。それにしても、どんどん形容詞とか副詞が大袈裟になっていくのが面白い。英語の会話で形容詞、副詞が大袈裟になってきているケースは実際には反比例して内容が不確実と考えた方がいいことが多い。

次の最後の2つの質問はトランプ個人にフォーカスしていて税法改正と言う切り口からは余り意味がない。まずは「選挙演説中には大統領本人を含む富裕層には増税するとか言ってたくせになんでそうなってないのか」というもの。これに対してMnuchinは大統領個人の税金がどうなってるかは一切知らないと前置きした上で「表面的に税率は下がるかもしれないが多くの控除が撤廃されるので、控除を多く取る傾向にある富裕層の実効税率は上がるかも」という回答。

最後はナンとAMTという地味なトピックでエンディングとなった。しかもAMTを撤廃すると大統領の税負担が軽くなるのでは?というもの。Mnuchinは「何回も言うが」といつもの感じで「いいですか、経済成長、雇用促進のため減税および税法の簡素化をしようとしている中、AMTは税法を不必要に複雑化させている悪法の代表で撤廃すべき」と回答している。AMTは面倒で制定当時の目的は失っているというか、実務的負担とポリシー的なメリットのバランスが悪く、トランプがどうなろうとAMTなど即刻撤廃した方が日本企業を含む納税者にとって好ましいこと間違いない。メインストリームメディアはなんでもトランプが自分が得しようとして税法改正案を作成しているという思い込みの呪縛からいつまでも逃れられない様子。

で、とても付き合ってられないと思ったのかMnuchinは「Anyway, thank you everybody. We appreciate you guys being here!」とまるでロックバンドがコンサートでアンコール2~3曲やって、本当に最後に観客に礼を言ってステージから去っていくような軽い感じのあいさつを残して、一瞬にしてCohnプラス取り巻きと一緒に裏に消えてしまった。時は東海岸Day-Light Saving時間ちょうど午後2時くらい。22~23分と言う短い会見だったけど、そんな短時間とは思えない面白いドラマ満載の、だけど内容に乏しい会見でした。

次回は大統領改正案の反応、今後の展開等に関して触れてみたい。特に国境調整、金利の損金算入、パススルー、とかいくつかメジャーなトピックに関して。

Sunday, May 14, 2017

トランプ大統領税法改正プラン(6)

前回のポスティングでは4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表のQ&Aの様子に関して書き始めた。会見が始まって13分強経過しているが、MnuchinもCohnも質問が細部に亘り始めたせいか、会見冒頭の低姿勢から一転し、徐々に本領発揮というか、面目躍如というか、本性が出てきたというか、語尾も強くなってくる。投資銀行で部下を叱責するのには慣れているに違いないCohnは人差指を下に指しながら「細かいことは今後詰めると言っているのが分からないのか」に近い感じで迫力十分。さすが6.3フィートの圧迫感。そう言えば全然関係ないけど、リアリティショーのアプレンティスに近いノリで急に「Fired‼」となった元FBI長官のComeyに至っては6.8フィート(207cm)だからワシントンの重鎮は結構ガタイがいい方が多い。トランプだって6フィートは超えてるし。

税率区分について質問した記者が「控除項目は住宅ローン金利と寄付金と言うことだが、州税および地方税の控除もなくなるんでしょうか?」と追加質問する。Cohnは「そうだ」と言って次に質問に移るが、税率区分の記者は「医療費は・・?」のような質問を未だしていた。回答はなかったけど、住宅ローン金利と寄付金のみと言っているのだから医療費の個別控除はなくなるんだろう。ただ、医療費は年収(正確にはAGI)の10%超の自己負担分のみが控除対象だから元々余り使い勝手がよくない。大病して保険が効かないとか、そもそも保険の対象でないLasikとかで大きな支出がある場合には利用していた納税者もいるのかな、位のどちらかと言うと目立たない控除項目。ちなみにWSJによると州税控除を取っている申告書の数は4,300万件、住宅ローン金利を取っているのは3,400万件という規模に対して、医療費控除は700万件だそうだ。

4月26日の会見当日には未だ下院のオバマケア廃案が通ってなかったけど、数日後に下院を通過した医療保険改革案には、実は医療費控除を取りやすくする規定が盛り込まれている。上述の10%超でないと取れないとされていた制限が5.8%超なら取れると緩和されている。トランプ大統領プランと整合性に欠けるが、この点に関しては下院と大統領府で調整中とのこと。

次の質問はオバマケアで導入された3.8%のNet Investment Income Taxの廃案に関して。このNTTIはキャピタルゲインとか配当の投資所得に追加で課せられるもの。「3.8%のNTTI廃止はオバマケア廃案の第一歩となるんでしょうか?それともビジネス目的ですか?」のような何とも言えない質問。どんどん迫力が増してくるCohnが「この税法改正は経済成長と雇用促進が目的だ。なのでビジネス目的に尽きる。3.8%の投資、キャピタルゲインに対する追加の税金は経済成長を促進する資本投資に対する足かせとなっているので撤廃する。全ては経済と雇用のためだ」と力強い。ちなみに4月26日の会見時にはまだオバマケア廃案が下院を通過していなかったが、その後の下院案で他のオバマケア増税と並んでこのNIITも廃止されている(上院は現時点で未通過)。

次はなかなかいい質問。「このプランに十分な歳入源は確保されているんでしょうか?すなわち財政均衡プランですか?また、今日発表されているプラン内容で絶対に譲れない点はありますか?例えば議会が法人税20%の税法改正を通したとして大統領は法律に署名されますか?」というもの。この質問にはMnuchinが登場。Cohn同様に投資銀行幹部の迫力が出てきている。「そうだね。何回でも言いが、議会とは原理原則100%合意している。つまりビジネスに対する税率を下げ、何兆ドルという資金を海外から米国に戻し(テリトリアル課税の部分)、雇用を創出し、個人所得税を簡素化、ミドルクラスに対する減税を行うという原則だ。これらの原理原則は譲れないし議会とも一枚岩の団結を誇っていると言える。」

注目の財源、財政均衡の部分は「さっきから言っている通り、詳細はこれからで、財務省だけでも100人以上のスタッフがスコアリングその他の分析に従事しているが、今回の税法改正プランは経済成長加速、コマゴマとした控除の撤廃、そして脱法的な行為を禁ずることで、十分に収支均衡する」そうだ。

このMnuchinの回答に会場は騒然となり、一気に指名されてもいない記者が複数独自に追加質問を始める。その中で幸運にも指名を受けた記者は「でも立法化の過程でスコアリングした結果、経済成長加速等では歳入が不十分と推計されたらどうするんですか?財政赤字を増額しますが、大統領はそれでも懸念を持たずに法案に署名するんでしょうか?」

Mnuchinは大分いらいらしてきているのを抑えながら「さっきから言っている通り(口癖?)、オバマ政権下で財政赤字は10兆ドルから20兆ドルに膨れ上がっている。これが大統領が何とかしないといけないと感じている諸悪の根源だ。今回のプランでは債務残高の対GDP比が下がり、経済成長が加速し、巨額、おそらく何兆ドル単位で歳入が増えるというものだ」と基本的に前の質問への回答と同様の線で押し通す。

引き続き会場は熱くなっているが、前列に陣取る記者の質問が多かったせいか、Mnuchinは「後ろの方の質問も受け付けましょう」みたいな感じで後列を指す。ただ、後ろに座っているからと言って質問が手ぬるい訳ではない。「Border Adjustment(The BlueprintのDBCFT下で消費地課税を実行するためのメカニズム)を導入しないとどう考えてもそんな低税率(ビジネスに対する15%を指している)は困難に思えますが・・」という至極最もなコメント。Mnuchinの回答はどんな質問にもほぼ同じになっている。「さっきから言っている通り、詳細はこれからで、今日は原理原則を述べているに過ぎない。今後議会と詳細を詰めて最終的には原理原則を大統領が署名できる法案に仕上げる。その過程で、ご質問の点を含む多数の詳細を詰め、経済成長に基づく税率低減を実現させる」とのこと。

その後、メディアでは、トランプ大統領プランにBorder Adjustmentが明記されていないことから、Border Adjustmentは検討されることはないという趣旨の報道もあるが、決してそうではなく、未だ何も決まっていないだけだと思う。今後の成り行き次第で、全く導入されないかもしれないし、部分的または段階的に導入されるかもしれないし不明だ。ただ、Border AdjustmentはDBCFTというしっかりした概念の税法の一部のメカニズムでしかないので、この部分だけにフォーカスして導入するのかどうかを議論しているのは不思議。Border AdjustmentおよびDBCFTが一般に全然理解されていない証しのように感じる。この点に関しては後のポスティングで詳細に触れたい。

と、Q&Aも白熱して形で最終局面に入る。ここからは次回。

Tuesday, May 9, 2017

トランプ大統領税法改正プラン(5)

前回のポスティングでは4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表を最後までカバーし、ここからは当日のQ&Aの様子。質問内容は専門性に欠けるものが多く税法の見地からは面白いものは少なかったけど、会見内容の確認、メインストリームメディアがどの程度内容をきちんと理解していてどのような点に興味を持っているのか、を図り知る上では興味深い。

最初の質問はもう既にCohnが話した内容そのものなので余り面白くないが、この受け答えを基に401(k)とかの適格退職金への税引前拠出が撤廃されるのでは、と大騒ぎになった。Cohnは明確に退職金関係の拠出は維持すると言っていたので、人の話しをよく聞いていない質問で時間を無駄にするばかりでなく、余計な混乱を招くパターンはいつの会見でも付き物だ。質問は「個人所得税の控除項目として何を残すのですか?」というもの。会見本体ではCohnの担当だった部分だが、Mnuchinが「住宅ローンの金利と慈善団体への寄付金を除いて撤廃する。これは全面的な税法改正だ」と回答している。MnuchinはおそらくSchedule AとかのBelow-the-Line的な所得控除を想定して回答しているものと推測され、Gross Incomeにそもそも入らない401(k)の従業員による拠出額とか、KeoghプランのようにAbove-the-Lineの控除は回答時に頭になかったんではないかと思う。

次も余り意味のないどちらかと言うと嫌がらせっぽい質問。「配当とかキャピタルゲインに対する減税に関して、ミドルクラスを救うというコメントと整合性がないように思いますが、裕福な一部の層の抜け道になるんではないでしょうか?」というもの。

Mnuchinは「ミドルクラスを救う」という部分に過剰反応したのか、こだわり過ぎたのか、チョッとムキになった感じで回答の最初の部分は質問とは関係ない部分でミドルクラス救済を訴えている。すなわち「何と言ったら分かって頂けるか分かりませんが・・」みたいなニュアンスで始まり、「ビジネスに対する15%は中小企業にもそのまま適用されますし、富裕層がこの仕組みを悪用してパススルー経由で低税率の恩典を享受できないよう対策も講じることにしている」と宣言した。で、さすが頭脳明晰の財務長官なので質問に回答していないことには直ぐに気付いたのだろうか、付け足すように「配当所得に適用するキャピタルゲイン税率を20%に戻すことは米国の投資環境を整えるために不可欠だ」とした。

次の質問は最前列に踏ん反り返る形で座っている記者から。「私もパススルーにかかわる同じような質問があります」と切り出した。何と同じよう(=Similar)なのか不明だったがまあいいとしよう。「大統領が選挙運動中に話していた内容では15%の低税率に適格となるビジネスにはフリーランサーとか契約社員も含まれると思っていましたが、それであってますか?テリトリアル制度に変更時の一時課税の税率は?そしてGary Cohn(Directorとかではなく呼び捨て)、既婚者に対する(税率が独身者2人の合算と比べて税金が不利となることがある)婚姻ペナルティーの問題は解決しますか?」と3つ相互関連性のない質問だ。

海外子会社の留保金の一時課税の税率は会見本体発表中気になっていたのでいい質問。トランプは選挙運動中10%と言っていたが、The Blueprintでは留保金が現金で所有されている場合には8.75%、他の資産として海外で再投資されているケースでは3.5%となっている。果たして10%という大統領プランは変わらないのか?この点は米国企業の下にCFC(海外子会社)を持つことが少ない(というか基本的に持つべきでない)日本企業と異なり、Inversionしない限り、全てのCFCを米国傘下に持たざるを得ない米国多国籍企業にとって最重要マターとなる。日本企業は国境調整に興味が集中しているように見えるけど、米国企業はテリトリアル制度への移行に大きな関心を持っており、特に経過措置の一括課税の対象となるCFCのE&P(=米国税法上の配当原資)をどう減額させるかとか、等、詳細なモデリングを基にプラニングを実施している。

多額の現預金を海外に埋蔵している米国企業が多いのでこの手のプラニングは最重要課題だろう。アップルに至ってはナンと2,500億ドル(円ではない)の現預金相当を持っており、9割が米国外にある。EYの監査クライアントなので公共情報のみを基に話しておくけど、2,500億ドルと言えば100円換算でも25兆円だ。WJSによるとこの金額は英国とカナダの外貨準備高の合計より、またWalmartのマーケットキャップより大きいというから凄まじい。この現金をどのように戦略的に使うべきかに関しては外野からいろんなコメントがあるけど、歴史的にアップルは余り大きなM&Aをしていない。Netflixを買収するべきという話しもあるし、いやテスラでしょう、という話しもある。ただ、これだけの現金があるとNetflixとテスラの双方を同時に買収してもまだお釣りがくるそうだ。その昔は破産の危機に瀕していたこともあるのにやっぱり元祖iPhoneをこの世に送り出してくれたSteve Jobsの才能は凄い!

で、Q&Aに戻るけど、質問に対してMnuchinは「経過措置の一時課税の税率だが、下院、上院と今後詳細を詰めてから最終化するべき問題だ。ただひとつ言えるのは極めて低い税率(通常の35%と比べてという意味のはず)となる。契約社員云々という細かい定義は今後の議会との調整を得て条文草案が出てくる時点で確認するべき問題だ」とした。婚姻ペナルティーの部分の回答に登場したと見られるCohnも続けて「Mnuchin財務長官の言う通り、現在詳細は下院と上院とこつこつと詰めている。質問は余りに細部にかかわるもので・・・」とまで言ったところで質問している側の記者が「とても重要なことだ」と口を挟む。Cohnも「確かに重要なのはそうだが、税率を下げ、税法をシンプルにし、フェアなシステムを構築するという基本的な原則を基に細部に亘る詳細は今後明らかになっていく」とした。

次の質問はCohnの個人所得税プラン発表のポスティングの際にチラッと触れたもの。すなわち「所得税率区分を10、25、35%にするという話しだが、累進税率区分のドル額を教えてもらいますか?」。これは当然Cohnの出番だが、「繰り返しになるが、下院、上院と方向性は合意されているものの、現在、膨大な資料、多方面からのインプットを基に詳細をこつこつと詰めているところだ。質問されているような細部にかかわるものは詳細明らかになり次第公表することになる。今日は原則部分を皆様にお伝えしているまでだ」みたいな回答だった。う~ん、税率はそのドルベースの区分が分からないと余り意味ないけどね。 Q&Aとは言え結構説明が長くなってきたので、続きは次回。

Saturday, May 6, 2017

トランプ大統領税法改正プラン(4)

前回のポスティングでは4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表の話しから少し逸れて(とは言っても大いに全体の流れとしては関連深い)、下院がオバマケア廃案そして代替案のAHCAを通したので、急遽、税法改正との関連に関して触れてみた。

今回は前々回からの続きに戻り、国家経済会議委員長Cohnが個人所得税減税プランを説明し終わり、ビジネスおよび法人税の発表のため財務長官Mnuchinが登場したところから再開したい。

Cohnに紹介され壇上に登場したMnuchinも「今回の税法改正プランの目的は米国ビジネスを世界で最も競争力が高いものにするために他なりません」とハイレベルなところから入る。そして「現状を見ると、法人税35%で未だに全世界課税と、世界で最も複雑な規則でかつ競争力に欠ける税率です。このような状況では多くの米国企業がオフショアに何兆ドルという資金をため込んで米国に還流させないのも驚きではありません」と海外子会社に眠る巨額の埋蔵金の存在に触れ、早速テリトリアル課税(海外子会社からの配当非課税制度)を匂わせる展開となる。

そして「トランプ大統領は、ビジネスに巨額の減税、そして驚くような税法の簡素化をプランしています。ビジネス課税は15%に低減し、テリトリアル課税に移行します。テリトリアル化への移行時には制度変更時点で溜まっている海外の剰余金に一括課税を実施し、それらの資金が米国で資本投資、雇用創出等、有効活用される環境を整えます」と早速話しの真髄に入った。20%ではなくやっぱり今でも選挙運動中に言ってた15%に固執するんだ・・?でもビジネス課税って何?法人税、それとも前夜にWSJがすっぱ抜いたようにパススルー課税のこと?テリトリアル課税への制度変更時の一括みなし配当課税は何%なんだろう?選挙運動中にトランプ候補が言っていた10%か、それともThe Blueprintの下院通り3.5%または8.75%なんだろうか?とかなり基本的な点に関して興味が沸く展開になっている。

でも、これらの肝心な詳細には余り触れない。代わりに「トランプ大統領は米国ビジネスのため経済成長パワーを解き放す断固とした決意を持って税法改正に臨んでおり、減税は大手法人ばかりでなく、中小企業にも同様に適用があるのでご安心を」みたいな話しとなっている。ここの部分の表現は分かり難かったが、要は法人税率を15%にするばかりでなく、多くの中小企業が事業形態として採択しているパススルー(LP、LLC等)やSchedule Cで報告する個人商店(Sole Proprietorship)にも15%を拡充するという意味のことのようだ。パススルーという用語を全く使用しないところが面白い。何か深い訳があるんだろうか?

で、法人税だのパススルー課税だのはただでさえ難解な分野なので、ここから若干掘り下げた内容になるのかと思いきや全然で、結局、税法改正に関してはこれだけで、その後は経済成長がどうのとかまたハイレベルな発表に戻ってしまった。Cohnが言っていたことを繰り返す形で「下院、上院とは毎週プロダクティブなミーティングを持っており、今後も話し合いを続け、2017年中のできるだけ早期に税法改正を実現させます」ということ。以前にMnuchinが触れていた8月の議会散会の前に法制化という話しはもちろん蜃気楼のように消えて無くなり、2017年中という実現可能な(それでもかなりアグレッシブな)期限設定を表明している。一応、未だ2017年中を目標にしていることが確認できただけでも収穫と考えないとね。

下院、上院との会議だけではなく「Listening Sessions」も持ち続けるとのこと。このListening Sessionsはどのように訳すと一番雰囲気が伝わるか分からないけど、各業界首脳との情報交換、ヒアリングの機会を引き続き設けていくということらしい。そしてMnuchinは表情一つ変えず「トランプ大統領の優れている点のひとつに人の話しにじっくり耳を傾けること」を挙げた。ワンマン社長だったのに本当(?)って思うところだけど、既に何百というビジネスリーダーと会い、インプットをもらっているという。確かに就任前からソフトバンクの孫さんにも会っていたし、いろんな人に会っているのは本当だ。製造業、小売業、航空、地銀、大手金融、多くの業種からインプットをもらっていて、今後もそれを続けるようだ。でも余りに各業界のフィードバックをいちいち真に受けていると、税法改正には勝者・敗者の双方が存在するだけに何も実行できなくなってしまうのでは、とチョッと心配になったけど、話しを物理的に聞くのとそれを受け入れるのは別の話しなのでトランプ大統領だったら大丈夫かもね。

そして最後にMnuchinは「大統領の目標は経済成長です」と繰り返した。「以前にも主張した通り、我々は米国で3%以上のGDP成長が持続可能だと信じています」と巨額減税の財源の多くを経済成長に頼る伏線とも取れる発言に至った。「経済成長戦略は巨額減税、税法改正、規制緩和、そして通商条約の見直し、から成ります」とし「これらの戦略で長らく抑圧されてきた経済成長に本領を発揮させることができるのです」と超ハイレベルな結論で発表を締めくくった。う~ん早い。Mnuchin登場から僅か2分20秒だ。米国法人税を2分で語ることができる大物は余りいないだろう。で、ここでCohnとMnuchinの2人は「A few questions」に答えると言う。早速プレスから多くの手が挙がる。Q&Aは結構面白いので次回はQ&A部分に触れてみたい。

トランプ大統領税法改正プラン(3) – オバマケア廃案下院通過の影響

前回のポスティングでは4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表のうち、国家経済会議委員長Cohnが個人所得税減税プランを説明し終わり、トランプ大統領(aka Doctor Robert?)がどんな難題でも米国市民のために全力投球して乗り切ってくれると発表を締めくくった部分まで触れた。そして早くも会見終盤となるビジネスおよび法人税の発表のため財務長官Mnuchinが登場した。

このMnuchinの法人税部分の発表も前半のCohnの所得税に負けず劣らず素早く瞬時に終わってしまう。正味2分程度の発表だっただろうか。で、本来であればここでMnuchinの発表内容をカバーするところなんだけど、その前に昨日急に下院がオバマケア廃案そして代替案のAHCAを通したので、その税法改正との関連に関してチラッと触れておきたい。

ご存知の通り、オバマケア廃案はオバマケア誕生以来の共和党の政策の最重要課題であり、オバマ政権時代ですら何回も廃案の法律が通っている。もちろんそんな法律を通したところでオバマ大統領が自らのSignature法であるオバマケア廃案に署名するはずはなく、ことごとく拒否権を発動されて日の目を見なかったという経緯がある。また最高裁でその合憲性が争われ、5-4で際どく違憲判決を免れている。選挙期間中には1月20日の大統領就任と同時に廃案という勢いで議論されていたものの、その後単なる廃案ではなく、それに代わる共和党として受け入れ可能な法律に置き換えるという方向となり、それが一つの理由で調整が難航していた。一旦何らかの恩典、すなわちEntitlementが付与されるとそれを削るのがどれだけ大変か、ということを物語っている。

保守派でLibetarianに近い議員で構成されるFreedom Caucusと共和党としては中道寄りのTuesday Groupとの調整は困難を極め3月23日には一旦撤廃の投票取りやめに追い込まれている。委員会審議を通った法案の本会議での投票取りやめは異例であり、下院議長Paul Ryanにとっては不名誉な結果となっている。その後、2017年中の下院通過は困難と思われていただけに、あれから一月を要したとは言え、実際に廃案を通したのはかなりの偉業。特にトランプ大統領とPaul Ryan下院議長はかなりホッとしただろう。トランプ大統領府による議員説得は熾烈かつピンポイントだったと報道されている。

国民皆保険が当然の日本から見るとオバマケアの議論はなかなか分かり難いと思うけど、米国という国の成り立ち、Federalism(すなわち州が国家主権)等の理由で米国の建国趣旨に馴染まない点も多い。オバマケアはほぼ憲法違反に近い部分があったり、また歴史に残る増税、歳出増のプランでもありそれらの点でも問題が多い。また個人的な実体験からも従来からの医療保険の保険料が上がったり、免責が増えたり、従来から医療保険に入っている人にとっては被害も大きい。さらに事業主に多くの報告義務を強いたり、ビジネスに対する冷却効果も大きい。

米国では個人の「Free Will」を重んじ、大きな政府は信用できないと考える人も多く、医療保険などは連邦政府が口を出すようなマターではそもそもない、また巨大な連邦政府が効率よく保険制度を管理できる訳がないというタイプの拒絶反応も多い。今回下院を通過した代替案AHCAも方向としては、連邦から州政府、個人に選択権を戻すという立て付けになっている。

オバマケア廃案と代替案のAHCAの主たるフォーカスはもちろん医療保険制度だけど、税効果も結構凄まじい。オバマケアで導入された多くの増税規定の廃案で何と10年間で10兆ドルにおよぶ減税効果があると言うからこれだけでも立派な税法改正だ。逆に言えばオバマケアで10兆ドルの増税がされていたことになる。これは下院歳入委員会のThe Blueprintで提唱されているDBCFTでBorder Adjustmentをフルに導入して得られる税収に匹敵するので、オバマケアがどれだけ凄い法律だったか今更ながらに驚いてしまう。ちなみに0.9%のMedicare Surchargeが2023年まで無くならないのはガッカリだったけど。

前回のポスティングの個人所得税絡みの話しでNet Investment Income Tax(NIIT)と呼ばれるキャピタルゲインタックス3.8%を税法改正の枠で撤廃するとCohnが言っていたが、オバマケア廃案でそれをやってくれれば、税法改正では他の減税に原資を回せることとなる。これが、税法改正の前にまずオバマケア廃案を通したかったひとつの背景だ。10兆ドルの減税を税法改正の枠外で実行できれば税法改正そのものにより弾力的に臨むことが可能となる。

オバマケア廃案のプロセスを通じて、大統領府、共和党議会は、税法改正に対するアプローチを構築する上で多くのことを学んだだろう。学習能力は高いと言える。例えば、いきなり下院が詳細な法案を一方的に提案しても、Freedom CaucusとかTuesday Groupとかの反対に合い立法化が難しいというレッスンから、税法改正案は下院、上院、大統領府間である程度のコンセンサスを得るまでは条文案その他の詳細は一切公表しないと決め込んでいるように見える。そのスタンスが如実に表れているのが4月26日のトランプ大統領税法改正プランの公式発表プレスカンファレンスだ。徹底的に原理原則に議論を集中させ、詳細は一切明かしていない。これをもって意味のない会見とバッサリ切り捨てるメインストリームメディアも多いが、これは強かに学習効果が表れていると考えた方がいい。

また、オバマケア廃案の詳細で強いスタンスを取ったFreedom CaucusとかTuesday Groupは自らの一派の影響力の強さに味を占め、税法改正にも同様の影響力を行使できると期待しているだろう。実際に独自の税法改正案を提唱していくという話しもメディアで報道されている。これらの複数の影響力が複雑に絡み合うと、究極的に税法改正をどこまで歳入歳出ニュートラルにするのかという根本的な方向性等にも大きなインパクトを与え、調整がより困難になるだろう。

AHCAは下院を通過した後、上院での審議に入るが、上院でどれだけ時間を掛けてどのような議論になるのか、またそれで税法改正のタイミングがどう影響を受けるかも興味深い。上院にも、租税条約批准ブロッカーのRandy Paulとか一家言持っていて譲らない先生もおり、下院同様に調整には時間が掛かる可能性もある。

という訳で電光石火のオバマケア廃案下院可決があったので脱線してしまったけど、次回はMnuchin担当のビジネス、法人税減税にかかわるプレスカンファレンスの内容に戻る。

Tuesday, May 2, 2017

トランプ大統領税法改正プラン(2)

前回のポスティングでは4月26日のトランプ大統領・行政府による税法改正プラン初の公式発表のうち、Spicerによる面白い遺跡保存法のジョークから国家経済会議委員長Cohnがプラン大枠の原則を説明し、個人所得税減税プランに入るところまでカバーした。ちなみにこの国家経済会議はNational Economic Council(「NEC」、電機メーカーではない)のことで、大統領府が経済政策を検討する主たる場となっており、1993年にクリントン大統領により正式に設置されている。

Cohnが個人所得税の話しに移るこのタイミングまで、Spicerの遺跡保存法のジョークから僅か4分チョット。さすがに原則のみカバーということで結構なスピードで話しが進んでいる。

ここでもまず歴史のおさらいというか、基本的な統計から入っている。さかのぼること1935年、所得税申告書は1ページ、34行で構成されており、記入要領の説明書は僅か2ページだったそうだ。それが現在では申告書の最初の2ページだけで79行、記入要領はナンと211ページ(会計事務所のスタッフ以外で読む人居るのかな?)、そして申告書をサポートする別表も199様式と膨れ上がっている。納税者が申告書作成に必要とする時間は年間のべ70億時間!で90%の納税者が外部のサービス業者に作成を依頼している状況だ。10%の納税者は自分で作成しているんだね。偉い。ちなみにこれは会社の法人税の話しではなく、米国では雇用者年末調整とか存在しないので、所得が一定以上あるものは老若男女問わず一人一枚(夫婦のみ合算申告可能)全員が申告する所得税の話しなので複雑さがどれだけ常軌を逸しているか分かる。

そこで大統領プランではまず、現在39.5%まで7つ存在する税率区分を10%、25%、35%の3つに簡素化する。アレ~、最高税率区分は33%じゃないの?って一瞬愕然とせざるを得なかったけど、まあブッシュ減税当時に戻ると思えば、オバマ政権下の大増税時代よりは少しはマシってことだろうか。しかし、ここで大きなキャッチがある。税率区分というのは何ドルから何ドルまでが25%とか分からないと%そのものだけ聞いても余り意味がないんだけど、その肝心の部分が未定なようで、後のQ&Aでその点を突っ込まれた際に「そのような詳細はここで発表する原理原則の域を超えており、今後の議会との調整で決める」とのこと。詳細という程の詳細でもないように思うけど。

更に「基礎控除(Standard Deduction)」、すなわち個別控除をしないでも必ず取れる(NRとかDual Status納税者は除いて)所得控除を2倍にするとCohnは披露した。既婚者で現状約$12Kの基礎控除が$24Kになるそうだ。これは最初の$24Kはゼロ%の税率ということだから大きな減税効果を持つ。これをもってしても民主党議員は今回の減税は富裕層にのみ恩典があると言い張っているのは不思議。また基礎控除が大きくなると個別控除を取る納税者が減るので、面倒なSchedule Aとかを記入する必要が少なくなり、申告手続きの簡素化に繋がる。すなわち、1935年にタイムトリップして1ページの申告書にGet Back。また、トランプ大統領がイバンカから提言されて盛り込まれたとも言われる子女託児費用、扶養家族介護費用に対する控除の充実というどちらかと言うと民主党っぽいノリの低中所得者対策も盛り込むとしている。また、実質2通りの課税所得を算定しないと計算できない代替ミニマム税(AMT)も申告をいたずらに複雑にしているとして撤廃される。「税法はひとつで充分」ということだ。

投資関係の減税として、Capital Gainおよび適格配当に関してはシンプルに20%に戻すとしている。トランプ政権の最優先課題の雇用促進と経済成長にとって資本投資は不可欠だが、資本投資に冷却効果となっていたオバマケア増税3.8%の上乗せさを撤廃するという。Cohnは3.8%のオバマケア増税は「小規模事業主」に重荷であったと、今回のテーマである小中規模ビジネスへの配慮をしっかり強調している。

遺産税も撤廃となる。ここの部分は歳入への影響は最小限だが、控除が約$5Mあるだけに、ネット資産が$5Mの比較的裕福な納税者だけの問題ということで、民主党はむしろ遺産税は拡充したいところ。一方の共和党は党是として許せない税金のひとつで、下院、上院、大統領府と各論に関して一枚岩ではない中、遺産税の撤廃は異論のないところだろう。Cohnは地道に築いたファミリービジネスを子供が遺産税のために泣く泣く売らないといけないような状況は嘆かわしい、とまたしても小中規模ビジネスへの配慮をスピンしている。

富裕層に一矢というか、課税ベースの拡張の一環で、所得税算定時の諸々の控除は基本撤廃するとしている。例外として、持家促進のための住宅ローン支払利息、退職金制度、慈善団体への寄付、の3つのみは温存される。ここで不思議なのは、その後のQ&Aで住宅ローン利息と寄付のことしか回答しなかったせいか、せっかくCohnが退職金制度に言及しているのに、401(k)が撤廃になるのではないかとか翌日の新聞やTVの解説で大騒ぎになっていた点だ。適格退職金制度が全廃されることはないだろう。制度の変更、例えば、Roth IRAと呼ばれる拠出は税引後だけどその後のプラン資産価値の増加に課税されない制度があるが、税引前控除の従来からの401(k)に代わりRothに一本化される「Rothification」(新しい造語!)になるとか、はあり得るかもしれない。ただ、それは前々から話しがあった点で、後半のQ&Aで住宅ローン利息と寄付金のみが言及されていたのは個別控除っていう文脈での話しと考えるべきだと個人的には思っている。ここでもCohnは撤廃対象となる控除は富裕層に主たる恩典があったものだとして、低中所得者に対する配慮のスピンを忘れていない。でもこれはスピンというよりは実際にその通りと言えるだろう。

ここでもう一つ大騒ぎになったのが州税の控除が認められなくなる点。この大騒ぎを予知してか、Cohnは「このようなこと(=控除の撤廃)を実行するのは容易なことではありません。何か大胆なことをしようとすると、保守派からもリベラルからも執拗に攻撃されるのが常です。しかし、ひとつだけ言えることは、トランプ大統領は米国市民のためには厳しいことでも必ず成し遂げてくれるということです。」とトランプ大統領がまるで手品師か、はたまたDoctor Robertかのような描写で美しく前半を締めくくり、財務長官Mnuchinにバドンタッチとなった。Mnuchinがビジネス、法人税セクションをカバーした後、2人がQ&Aに応じるとのこと。ここまでトータル僅か8分弱。で、ここからは次回。