Saturday, April 17, 2010

オバマ大統領の申告書

米国確定申告書の提出期限(延長申請を含む)である4月15日にオバマ大統領の申告書コピーが公開された。言うまでもないが、個人の確定申告書は「私的」なものであり、たとえ大統領でもこれを公開する法的な義務はない。

しかし、申告書の公開は大統領の活動の透明性を高める一つの手段として、歴代の大統領、副大統領(VP)が30年以上行ってきた習慣で、今更「僕は開示したくない・・・」というような大統領が登場したら「何か悪いことでもしているのでは?」と思われるだろう。最近では更に、実際に大統領に当選してもいない「候補者」の段階で過去の申告書を開示するのが一般的のようだ。

*所得倍増

オバマ大統領の2009年の総所得は$5.6 Million(単純100円換算で5億6千万円)となっている。さすがに米国大統領は報酬が高いと思われるかもしれないが、実はこの内、大統領としての報酬は僅かに$370,000(同3,700万円)に過ぎない。米国大統領の激務、責任、プレッシャーを考えると、また一般企業のCEOと比べても、かなり低いような気がするが、税金から支払われる給与だけに仕方がないのだろう。

一方で大きな収入源となっているのが本の出版だ。実に$5.2 Million(同5億2千万円)稼ぎ出している。この傾向はオバマの名前が世間に知れるようになった2005年以降、一貫した傾向で総所得は2005年は$1.7 Million 2006年は$ 1 Million, 2007年は$4.2 Milliion, 2008年は$2.8 Millionと推移しているが、ほとんどが本の出版からのものとなっている。

本が出ていなかった2004年には給与所得で夫婦合わせて$210,000(同2,100万円)というかなり「普通」の申告書になっている。また、申告書にGift Tax申告書が添付されているが、二人の娘への贈与に生涯クレジットを利用して財産を贈与しているということだろう。

*大統領のビジネスは出版業?

オバマ大統領の出版からの所得の取り扱いで興味深いのは、全額がSch. Cで報告されていることだ。Sch.Cと言えば自営業者が自分のビジネス収入を報告する様式だ。版権からの「ロイヤリティー」であれば通常はSch. Eでの報告が普通だろう。僕は出版業界の専門ではないが、この取り扱いは、版権自体は出版社が持っていて、オバマ大統領に対する支払いは売上に準じて実質的にはロイヤリティー同様に行われているものの、版権を持っていないので事業所得扱いされているのではないか、と推測した。音楽業界でアーティストがロイヤリティーを受け取っても税務上はロイヤリティーでないのに似ている。

Sch. Cで報告されていることから、出版からの所得は「Self-Employment Tax」(日本の国民年金にチョッと似ている社会保障税)の対象となっている。公的年金部分は大統領報酬で既に課税上限に達しているので追加支払いはないが、Medicare部分は課税上限がないために約$140,000(同1,400万円)の追加税金となっている(この半額は所得税計算目的で控除できるが)。本当のロイヤリティーであればこの税金は支払わないで済んだだろう。

また、出版関連所得の約30%に当たる$1.6 Million(同1億6千万円)は外国源泉、すなわち米国外での出版からの所得であるようだ。税額控除の計算上も通常のロイヤリティーに適用される「Passive」バスケットではなく、自営業の取り扱いと整合性がある「General Limitations」バスケットに区分けされている。

*大統領報酬はW-2所得

大統領としての報酬は一般の給与同様にW-2 扱いで、所得税と同時にFICAとMedicareが源泉されている。興味深かったのは支払い主が「DFAS」になっていることだ。過去の大統領のケースからそうだったんだろうけど(少なくともDFASができた1990年代以降は)今まで特に気に留めたことがなかった。

このDFASというのは「Defense Finance and Accounting Service」の略で給与処理を含む米国軍隊の財務・会計を一手に管理するお化けのように大きな政府機関だ。米国政府には他にも政府職員の給与処理する機関が3つあるはずだが、大統領の報酬はDFAS管轄というのはやはり大統領が軍の「Commander in Chief」だからだろうか? 大統領の給与処理としてはチョッと不思議な気もした。

*ホワイトハウスの住居は課税ベネフィット?

申告書上に記載されている住所は「Pennsylvania Ave」のホワイトハウスのものだが、実際に居住者申告書を提出しているのはシカゴのあるイリノイ州だ。ホワイトハウスに住んでいることから、少なくとも居住部分に対応する部分の家賃相当分がみなし給与となりそうなものだが、そのようにはなっていないようだ。

短期出張以外のケースは一般に雇用者が提供する自宅は課税所得だが、特殊なケースでは非課税となる。仕事場と同じ場所にあり、かつそこに住むことが雇用の条件、であれば住宅費用は非課税とすることができるというのがザックリとした例外の条件だ。ホワイトハウスに関してはまさにピッタリとくる。仕事場(Oval Office)と同じ場所にあり、大統領となればそこに住むことが義務付けられる。

*寄付金控除

オバマ大統領は米国の適格団体複数に約$330,000(同3,300万円)の寄付をしている。大統領としての報酬額がそのまま寄付に回されているような計算となる。寄付と言えば、ノーベル賞受賞からの賞金もそのまま寄付に回している。この部分の取り扱いは特殊で、申告書に添付されているレターによると、賞金を受け取る前に寄付先を指定して、自らの手を通さずに直接寄付に回している。この手法を取ることで一旦所得として認識して控除を取るという流れではなく、最初から所得の認識をしないという取り扱いが可能だ。

ネットすれば同じと思われるかもしれないが、寄付金控除を取るSch. Aでの個別控除は所得が大きくなると費用計上額に制限が加えられる。更に、賞金を所得としないことで総所得が低くなり、他の控除に対する減額(Phase-out)も低くすることができる。

なおVPのBiden氏も同様に申告書を公開しているが、こちらは副大統領の報酬約$290,000に加えて、企業年金と公的年金、総収入は合わせて$330,000となっている。オバマ大統領と並び、投資所得で設けたりしていない点 、ブッシュ大統領・チェイニー副大統領と比べ庶民感覚に近く好感が持てる(?)内容となっている。

Tuesday, April 6, 2010

Form 5472と申告書の時効

米国企業の法人税申告書(Form 1120)は本体の申告書に加えて沢山のサポーティングFormとかStatementが添付されており、厚さが3センチくらいになることも珍しくない。そんな分厚い申告書を隅々まで理解するのは人間業ではないので、IRSがe-File(電子タックス)を奨励しているのは当然だ。

そんな日本企業の米国現地法人の法人税申告書に必ずと言っていいくらい添付されている様式にForm 5472というものがある。これは基本的に移転価格を取り締まる目的でデザインされた様式で、米国外の株主に所有される米国法人が関連会社との取引内容、特に米国外の事業主体との取引内容、を詳細に開示するためのものだ。お金の流れ、有形資産の流れ、はもとより、保証行為等をも開示する必要がある。日本企業で関連会社間取引の全くない米国現地法人というのは珍しく結果としてほぼ全ての申告書に添付されている様式となる。

Form 5472の姉妹様式とでも言えるForm 5471は米国法人が海外に子会社を持つ場合に、その海外子会社の財務状況、E&P、法人税支払い、等の状況を毎年報告するためのもので、様式の番号は一つ違いだがその内容はかなり異なる。一般にForm 5471の方が作成に時間が掛かり面倒な様式だ。海外法人の収益を米国のE&P基準に置き換えたりと本当に正確に毎年計算できているところがどれ位あるのかチョッと疑問が残ったりもする。日本企業の米国現地法人でも、その下に外国子会社を持っている場合にはこちらのForm 5471も添付が必要となる。ちなみに日本企業が米国の下に外国子会社を持っているという形態は一般的には税務上効率が悪い形態となりつつあるので、早めに分離策を検討するべきケースが多い。

*Form 5472報告漏れ

Form 5472で開示するべき取引を開示していない場合には項目ごとに$10,000のペナルティーが課せられることになっている。日本企業の米国現地法人に係る税務調査では必ずチェックが入る項目と言える。実際に$10,000のペナルティーの対象とされたケースは個人的には思ったより少ないというのが実感だが、未開示を指摘されてペナルティーが課されることはある。

IRSの内部資料によるとForm 5472で金額を「過大」に報告していたケース(Over-Reporting)でIRSがペナルティーを課そうとしたというケースもあるようなのでやたらめったら報告すればいいというのでないことも分かる。

Form 5472での開示し忘れでもうひとつ厄介なのが、時効の未成立という問題だ。通常、連邦法人税追徴の時効は申告書を出してから3年となるが、Form 5472で報告するべき取引が開示されていないと時効が成立しないと規定されている。また、Form 5472を後から提出しているようなケースでは、例え本体のForm 1120を期限内に提出していたとしても、Form 5472の提出タイミングから3年経たないと時効が成立しない。

*何に対する時効か

Form 5472で開示漏れがあった場合に時効の成立がないと規定されているが、どの追徴に係る時効が対象となるのかに関して若干の不確実性があった。一般的な見方はForm 5472に記載されるべき取引に関してのみ時効の成立がない、または遅れるというもので、Form 1120そのものを期限内に提出している限り、申告書全体の時効が成立しない訳ではないというものだ。

例えば、後からIRSが減価償却の過大計上を見つけたとする。しかし、Form 1120提出から3年以上が経過しており一般的には時効が成立しているとする。もし同時にForm 5472の不備が発見され、親会社との取引が開示されていなかったとするとどうなるか?

減価償却がForm 5472で開示されるべき取引(例えば仕入れ)と関係のない項目である限り、IRSは減価償却の修正を基とする追徴は行えない(「Barred」すなわち時効が成立しているので)というのが一般的な解釈だった。このポジションは2000年に作成されているIRSのChief Counsel Advice「200024051」等でIRSにより内部確認されている。

この問題に関しては法律の文言そのものが拡大解釈可能で申告書全体の時効が成立しないとも取れたため、またIRSが過去には実際にそう主張した事例もあったため、実際には若干の不透明感が残っていた。

*HIRE法で時効の不成立拡大

2010年3月18日に成立した雇用対策法である「Hiring Incentive to Restore Employment Act」、俗に言う「HIRE法」(米国の法律は相変わらずネーミングがうまい)で、この時効の考え方が拡大された。HIRE法下ではForm 5472を含む多くのクロスボーダー系の報告がきちんと行われていないと、未報告の取引ばかりでなく、その年の申告書そのものの時効が成立しない。

この新しい規定は2010年3月18日以降に提出される申告書、または3月18日時点で(従来の考え方で)時効が成立していない申告書に適用される。

多くの関連会社間取引を持つことが多い日本企業の米国現地法人にとってはこれはかなり頭の痛い問題となる。実際にIRSが古い年度の税務調査を実行するかどうかという問題もさることながら、FIN 48(ASC 740-10-25と言うべきか・・・)の一番のディフェンスが「時効が成立しているので・・・」というものであることを考えると、本当に時効が成立しているかどうかの判断が今後難しくなるという動きはタダでさえ負担の多いTax Provision作業に更なる負担を強いることとなりかねない。