Thursday, February 25, 2010

IRSに自爆テロ(2)

前回に続きIRSへの自爆テロに関してポスティングする。

*「従業員」対「フリーランサー」

そして文書は80年代のソフトウェア・エンジニア時代に突入する。先ほどの税金グループではフォーカスが非課税主体であったのに対し、この頃になるとフォーカスは「従業員」と「独立契約者(フリーランサーというと分かり易いかも)」の区分に移る。

ちなみに米国税務上、他人に役務提供する者は「従業員」と「フリーランサー」に区分され、従業員となると「給与」から所得税と社会保障税(日本の厚生年金保険料のようなもの)が源泉徴収され、源泉徴収票にあたるW-2が発行される。一方、フリーランサーに対するサービス報酬は通常、源泉徴収の対象にはならず、満額支払いが行われ、支払いはW-2 ではなくForm 1099で報告される。もちろんフリーランサーが非課税ということではなく、自分で所得税、および国民年金保険に当たるSEタックス(従業員の社会保障税と同額でプラス雇用者負担分を自ら負担)を算定し自ら納税する必要がある。一旦は満額もらえて、その後、いろんな「必要」経費を差し引くことができるフリーランサーとしての取り扱いが一般的に好まれる。

このことからIRSの税務調査ではフリーランサーと取り扱っているいる者を実は従業員ではないか、と突っ込まれることが多い。この区分問題はこれからIRSがますます力を入れる分野らしいのでForm 1099を乱発している事業主は注意が必要だ。

ジョセフ・スタックの文書に戻る。この辺りに来ると内容がますます飛びまくっていて分かり難いが、かなり意訳でまとめると次のような感じだと思う。まず、従業員とフリーランサーの区分に関してはグレーなケースも多い。納税者側から見た予見可能性を高めるため、議会はIRSに対して「過去に遡って追徴しないように」、とか「通達を出して勝手な解釈を公表しないように」等の制限を課した。

この制限が俗に言う「Sec.530救済措置」だ。しかし、一定の条件を満たすソフトウェア・エンジニアに関してはこの救済措置の適用がない、という例外が規定されていた。これがジョセフ・スタックが文書にフルにコピーして引用している「Sec.1706」だ。ちなみにこのSec.1706は税法のCodifyされたセクション番号ではなく、P.L.99-514として立法された際のセクション番号だ。

なぜこの例外規定にジョセフ・スタックが「切れた」かは推測の域を出ないが、自分の会社で雇うソフトウェア・プログラマーを、他の職種の者と比べてフリーランサーとして取り扱い難い点が問題であった点は想像に難くない。こんな馬鹿げた例外は許せないとして、ジョセフ・スタックはロサンゼルスで抗議活動を展開したようだが効果はなく、IRSはSec.1706 を利用して通達を発表し、フリーランサーの区分をしている雇用者に過去のタックスの請求したりしたようだ。

上述の推測の続きとなるが、ジョセフ・スタックは自ら経営するカリフォルニアのソフトウェア会社でフリーランサーを雇っていたが、後からIRSにより従業員に区分し直すように指摘を受け、過去の税金を支払うような更正を受けたのではないか。このIRSの指摘はSec.530救済措置があればできなかったものであり、その意味でSec.1706の例外規定が命取りになった、というような展開のように見える。

*財形取り崩し

離婚、ハイテクバブル崩壊、9・11同時テロ、と悪夢は続く。9・11以降の厳しい空港セキュリティーでクライアントとの接点が少なくなり(?)カリフォルニアでの事業は暗礁に乗り上げる。そこで新天地目指してテキサス州オースティンに移住するも、低賃金で苦戦。一文無しになったジョセフ・スタックには更なる税務問題が発生する。

資金難からIRA(企業年金がない個人が退職金を貯めるための財形口座)資金を取り崩すことになる。他に所得がなかったので申告書を提出しなかったということだが、退職の歳になる前にIRAからお金を引き出せば所得税に加えて10%のペナルティーまで掛かるのは結構知られた法律であり、IRAを管理している金融機関は引き出しの事実を1099でIRSに報告するので、申告書を提出していないのはチョッと不注意のような気もする。

いずれにしてもIRSからは追徴Noticeが来るが、それがタイムリーに届かなかったので不服審査請求する機会を逸したとされる。しかもジョセフ・スタックが言及している不服審査請求は通常の「Appeal」(IRS内部の不服審査機関に対して行い、日本企業もよく利用する)ではなく、裁判所に訴えようとしたが時効が成立していてダメだったというものだ。裁判に行くにはそれなりの費用が掛かるし、内容的に勝ち目があったのか疑問が残る。

*税務調査

その後、再婚しいろいろな支出がかさんでいく。ビジネスに必要な支出に加えて、ピアノ(?)の購入費用、W-2とか1099で報告されていない収入があったり、と混乱している状況が分かる。公認会計士は「信用できないので二度と利用しない」と決めていたが、そんなことも言ってられない状況になり、気を取り直してテキサスの公認会計士に申告書作成サービスを依頼する。しかし、奥さんに未報告の所得があることが税務調査で明らかになりまたしても万事休す。このテキサスの公認会計士は奥さんに所得があることを知っていながら申告書に載せなかったと、会計士にも不満たらたらだ。ちなみにこの会計士はビル・ロスという本名で言及されていたため、慌てて「昨年10月にサービス契約を打ち切っていて最近は話していない」とプレスリリースを出していた。

*最悪のシナリオに

そして自由のために自らの命を捧げて抗議したい、というような最悪なシナリオとなる。これ以上がまんできない、という文言もある。そして「Well, Mr. Big Brother IRS man, let’s try something different; take my pound of flesh and sleep well」と締められている。この締めくくりの部分は日本語にはなり難いが「Pound of flesh」というのはシェークスピアのベニスの商人で使われている用語で「取り立てが死ぬほど厳しい借金」という意味。「Flesh」は文字通り、ジョセフ・スタック自身の肉体を言及することにもなるので「掛け言葉」的になかなかうまい。「さて、お上IRSの親方さん、今日はいつもと違いアプローチでいこう。俺の肉体で返せない借金を返済してやる。これでゆっくり寝れるだろう?」とでもなるか?

言うまでもないが、事件当日IRSのビルで勤務していた方はジョセフ・スタックのケースには全然関与していないだろう。被害者の子供の一人が「うちの父が税法を作っている訳ではない」と言っていたが本当にその通りで、筋違いにも程がある。

もちろん僕達もIRSの対応にはヘキヘキとすることはある。テキサス州オースティンのIRSというと納税者番号(ITIN)の取得に関してとてつもなくトンチンカンな対応をしてくれたりしてガックリくることも多い。しかし、まさか飛行機で突っ込むとは。

*バンドマン

蛇足だが、ジョセフ・スタックは数年前までバンド活動をしていたそうで、バンドメンバーがCNNに出演していた。小型機の激突ではなく、ビートルズの「Taxman」(今シリーズはハリスン作が多いね)のようなプロテストソングではだめだったのだろうか?

IRSに自爆テロ(1)

先週18日、NYからLAに移動する飛行機の中でインターネットのニュースを見ていたら自家用小型飛行機がテキサス州オースティンのIRSビルに突っ込んだというニュースが飛び込んできた。事故現場は連邦政府の省庁が隣接している地域のようで、IRSビルの隣りはFBIのビルだと報道されていた。

もしかして自爆テロでFBIのビルに突っ込もうとして間違えてIRSに突っ込んでしまったのかな、とも思ったが、小型機は結構あぶないし、以前もマンハッタンのアパートに突っ込んだりしていたのでまた事故なのかな、とも思っていた。

*IRSを目掛けて自爆

ところがその後直ぐに報道は変わった方向に行く。ナンと小型機を操縦していたジョセフ・スタックは小型機を激突させる前に自宅に放火までしていたばかりでなく、インターネットにIRSへの不満を綴った文書をポストしていたことが判明したのだ。ということはIRSに激突したのは意図的だったということになる。

政府の対応に不満を持つ者が政府に対して暴力で対抗するという図式で、日本で1年チョット前に起こった元厚生労働省事務次官の殺傷事件を思い出した。それにしても、たかが(?)税金問題がなぜ自爆テロにまでエスカレートしてしまったのだろうか?税金に携わる者として、どのような税法が基でこのようなことになってしまったのか若干突っ込んで調べてみた。

*インターネット文書の内容

ジョセフ・スタックが残した文書はオリジナルサイトからは既に削除されていた。「事の性格がデリケートなので削除しました・・・」みたいな注意書きに代わっていた。しかし、その割りには「原文が見たければこちらのサイトにあります」というリンクがあり結果としては簡単にアクセスすることができた。

そのサイトは物議を醸し出す文書の原文をいつもアップしている「スモーキング・ガン」というサイトで、先日もマイケル・ジャクソンの検死結果の報告書を原文コピーでアップしていた。

7ページにギッシリと書き込まれた文書は読み応えがあった。と言うよりもストーリーが余りにあちこちに飛び過ぎてて読みづらかった。

文書はまず米国の自由と正義は妄想に過ぎないといった感じで始まり、政治家、GM役員、その他一部のエリートをボロクソに扱き下ろしている。GMは政府による救済対象となったことから取り上げられているようだ。

法システムに正義など存在せず、税法は複雑極まりなく、結果として誰も理解できない域に達している一方で、その税法に準拠できない者には容赦ないとしている。税法が誰も理解できない域に達しているという部分は確かに一理ある。申告書には「この申告は正真正銘正しいものです」という嘘をつけば偽証罪に問われる署名をする義務があるが、税法が難しすぎて誰も理解できないのに、誰が本当にそんな署名ができるのか、署名をしなければ申告書が出せないのでこれは一種の脅迫だ、と言った感じのある意味理解できないこともない文句が続いている。ここまでは余りに漠然としていてなぜ小型機を激突させる程のことだったのかはその後に続いている。この先は文に脈絡が欠け読みづらかった。

*非課税主体

事の発端は80年代前半に税法を研究するグループに参加した時期に遡る。ずいぶんとオタクな感じのグループだがアメリカには連邦税は憲法違反であるというような意見を持つ「反タックスグループ」がかなりある。確かに連邦所得税は憲法ができた当時は存在せず、憲法修正第16条が1913年に批准されるまでは連邦政府による所得課税はかなりの制限下にあった。税法を読むと今でもたまに「1913年以降の・・・」というような文言に出会うのはこのためだ。ケネディー政権が1962年にSubpart F規定(日本のタックスヘイブン税制に似ている)を導入したために、国際税務に係る条項に「1962年以降の・・・」という文言が出てくるようなものだ。

ジョゼフ・スタックが参加した税法研究グループはチョッと変わっている。単に連邦所得税を否定するのではなく、非課税主体の取り扱いにフォーカスしていた。その証拠に一切税金を払わないというような行動には出ていないようだ。あくまでも税法に基づく取り扱いを追求していたらしい。

非課税主体だが、教会、慈善財団その他の適格非営利団体は投資所得等の一部の所得を除き所得税・法人税から免除されている。ジョセフ・スタックは腐敗・堕落したカトリック教会のようなところが信じられない富を蓄積できるのは非課税主体として取り扱われるからだ、として上術の政治家、GM役員と並んで宗教法人にも敵意を隠していない。全然関係ないが、僕が大学の頃、田園調布の豪邸で高校生に英語を教える家庭教師のバイトをしていたことがある。そこのおうちはお寺だったのを思い出したりした。凄いお金持ちだな~と思ったものだ。家庭教師が終わると田園調布の丘を下り、多摩堤をドライブして遠回りして自宅に帰ったのが昨日のことのようだ。

どうもジョゼフ・スタックが参加していたグループはタックス弁護士の力を借りて(その世界ではトップの弁護士がついていたとのこと・・・)非課税主体の定義を徹底的に研究して、自分達も非課税になるというようなことをしていたようだ。目的は非課税主体に付与されている恩典の不合理性を暴くという正義感溢れるものであったようだが、ジョゼフ・スタックは直ぐに法律は「金持ち権力者」と「そうでない者」に対して別の解釈がされるものであることを知ったとされる。結果として40,000ドルおよび10年間の歳月を無駄にし、退職のための貯蓄もパーになってしまったそうだ。この時期に米国には自由も正義も何もないという感触を強めていったのが分かる。一般市民は目をつぶって生きている、と。まるでビートルズの「Think for Yourself」(ハリスン作)の歌詞のように、と僕は個人的に連想してしまった。(続く)

Tuesday, February 2, 2010

オバマ政権「2011年予算案」に含まれる税法改正

1月末の「State of the Union」演説に続き、オバマ政権は2月1日に2011年予算案を発表した。予算案の発表時には、財務省による歳入案の一般説明書(一般に「Green Book」と呼ばれる)も発表され、今後1年の税法改正の行方等を読み取ることができる。

言うまでもなく、予算案にしてもGreen Bookにしてもこれらはオバマ政権の期待する案であり、まだ法律ではない。マサチューセッツ州の上院補欠選で敗れた結果、民主党の上院での優位性が揺らぐ中、今後の法審理の方向性は必ずしも明確ではない。

*「Check-the-Box」規定の見直しが消えた?

予算案を見て、まず「アレ」っと思うのが、2009年に発表された2010年度国際税務の改正案の目玉商品で、世間をあれだけ騒がせ、気の早い米国企業は既に対応策を実行に移すかという勢いであった「Check-the-Box」規定の見直し案が今回の改正から消えている点だ。2009年にオバマ政権により提案された2010年国際税務改正に関してはかなり詳しく「時代に逆行・アメリカの国際課税ルール」シリーズで取り上げているのでまだご覧になってない場合にはぜひそちらも参照して欲しい。

Check-the-Box規定以外の国際財務改正案はそのまま生き延びているようだが、若干後退しているものもあり、オバマ政権の議会に対する指導力の減速がそのまま反映されているようで興味深い。

*海外子会社に所得が留保される場合の米国側での損金制限

米国多国籍企業はできるだけ多くの所得を低税率国に認識させ、それらの所得は米国に還流させることなく、現地または地域持株会社等を通じて再投資に向けるという基本的なタックス・プラニングを皆、忠実に実行している(日本企業もそろそろ・・・?)。

米国に資金を還流させて課税したい米国政府は、外国に所得を留保している場合には、米国親会社サイドで発生している費用のうち、子会社の投資・管理に配賦されるべきと取り扱われる金額の外国留保相当分に関して損金算入させない(将来米国に還流されるまで損金算入を繰り延べる)という案を2009年に打ち出していた。

外国の子会社の所得の全てを配当で米国に戻す企業はなかなかないであろうことから、米国親会社側では費用の一部が損金算入されずに税コストが高くなることになる。このいわゆる「Anti-Deferral」規定の対象は、昨年の段階では子会社の投資・管理に係るあらゆる費用とされていた。それが今回の2011年予算案では「支払利息」だけに限定されることとなった。以前のポスティングで触れたが、主たる懸念はもともとから支払利息であったことから、金額的なインパクトは低いかもしれないが、規定としての後退感が残る。

*無形資産の海外流出

価値のある知的財産のような無形資産は低税率国に持たせる、というのは国際タックス・プラニングの「いろは」であり、米国多国籍企業は徹底的にこれを利用している。一旦米国企業が所有した無形資産を海外の子会社に移転する場合には、Sec.367等の規定で既に網が掛けられているが、今回の予算案にはこの点に対する縛りをより強化する規定が盛り込まれている。

まず、Sec.367規定の対象となる無形資産に「Goodwill」、「Going Concern」、「Workforce」といった無形資産が含まれていることを確認するというようなコメントがGreen Bookにある。確認というからには現状の法律でもそうかのように読めるがこの点はIRS以外の者は必ずしもそう信じているとは限らないであろう。

また、外国子会社に無形資産を移転し、その結果、低税率国の外国子会社で「過大な利益」が認識されているという認定を受けると、その利益がSubpart F所得となり、留保金課税の対象となるというような案が盛り込まれている。過大な利益を認識しているかどうかの判別法が現時点では今ひとつよく分からないが、Sec.367で課税し、更にそれでも取りっぱぐれていると思われる部分をタックスヘイブン課税しようということだ。無形資産の低税率国への移転に神経を尖らせていることだけはよく分かる。

*法審理の行方は?

支持率低下、マサチューセッツ補欠選での思わぬ敗戦、と求心力が落ちているオバナ政権であるが、議会としても米国外に所得や仕事を持っていかれているのは好ましくはないことから、今後どのような妥協案が成立するかとても見ものだ。