以前2007年7月6日の「グリーンカード放棄と米国の税金(2)」で触れたグリーンカード放棄に対する税法改正が遂に現実のものとなった。
2007年7月の段階では、法改正は「エネジー法」という資源節約を促すための減税措置が規定される法律に盛り込まれるという話しもあったが、最終的は本日(2008年6月17日)法制化された軍関係職員等に対する手当ての拡充を規定した「Heroes Earnings Assistance and Relief Tax Act of 2008」、略してHEART法(それにしても米国の法律はいつもながら語呂合わせが上手すぎ)に規定される運びとなった。
内容は予想通り、長期GC保有者がGCを放棄(またはTie Breaker規定を適用)した際、放棄時点で所有資産の含み益に課税してしまうというものだ。この法律はナント即日有効だ。
*HEART法
上述の通り、HEART法は軍職員、家族メンバーに対する諸手当の向上を規定したものだ。手当てを拡充するということはお金が掛かる。その原資として白羽の矢が立てられたのもののひとつが「米国市民権の放棄」または「長期保有者によるグリーンカード放棄」に対する課税強化である。ここではより多くの日本人に関係があるグリーンカード放棄に対する取り扱いに関して触れる。
*グリーンカード放棄時にみなし売却益(Mark-to-Market)
HEART法では長期にグリーンカードを保有していた者がグリーンカードを放棄する際には、放棄前日に全ての所有資産を時価で売却したものとみなして(Mark-to-Market)課税すると規定している。ただし、このみなし売却から発生する売却益には$600,000の非課税枠が設けられるため、実際に課税されるのはみなし売却益が$600,000を超えるケースとなる。この$600,000は2009年より物価スライド調整(COLA)の対象となる。
グリーンカードを放棄する者が初めて米国居住者となった時点で既に有していた資産に対してこのみなし売却益規定が適用される場合には、売却益の算定目的で必要となる税務上の簿価を「初めて居住者となった時点での資産の時価」とすることができる。ここでいう「初めて米国居住者となった時点」というのは必ずしもグリーンカードを持って初めて米国に入国した日とは限らず、グリーンカード取得以前に物理的に米国に入国しており「物理的な滞在テスト」に基づいて居住者となっていたようなケースでは、後者の規定に基づき初めて居住者となった日が簿価決定のタイミングとなる。この時価を簿価として使用するという規定は納税者の希望で不適用とすることもできる。
*HEART法対象者
HEART法に基づきみなし売却規定が適用される対象者の決定基準は従来からのグリーンカード放棄の規定に準じている。すなわち「長期グリーンカード保有者」となる者で過去の税金額の平均、所有資産の金額が一定以上となるケースだ。これらの規定は「グリーンカード放棄と米国の税金(1)」を参照。
*対象除外資産
繰延報酬に対する権利、適格財形、Nongrantor Trust(信託資産のうち該当個人が所有していると税務上取り扱われない部分)はみなし売却規定の対象から免除されている。繰延報酬の定義には外国のペンション・退職プランが含まれるとされており、これにより日本の退職金プランに対する権利をみなし売却したと取り扱われることはなさそうだ。
*みなし売却益に対する税金の支払い繰延選択
担保金証書を差し入れるという条件で、みなし売却から発生する税金の支払いを実際に資産を売却する時点まで繰り延べるという選択が認められる。この選択は個々の資産毎に認められる。選択をする場合には租税条約にどのような規定があってもIRSに徴収権を認めることに合意する必要があり、さらに税金の支払いを遅らせる分の金利が課せられる。
グリーンカードを放棄してももちろん1ドルも収入は入ってこないことから、みなし売却に基づく税負担にはキャッシュフロー的に厳しいものがあるだろうとの配慮に基づく規定である。
*HEART法の発効日
HEART法の規定はSec.877Aとして新たにI.R.C.に挿入される。従来のグリーンカード放棄に対する取り扱いを規定したSec.877はそのまま残るが、従来の規定はHEART法の施行日(2008年6月17日)またはそれ以降の放棄には適用されず、新法であるSec.877Aが適用される。またForm 8854のInitial Informationはそのまま必要となるが、10年間のAnnual Informationのページには改訂が必要となるものと思われ、この点に関しては今後のIRSのForm改訂に注目したい。