(注:下のポスティングの内容は2008年6月17日の法改正の影響を受けています。改正の内容は2008年6月17日の「Update」を参照)
(前回のポスティングからの続き)
*課税逃れ目的と推定された場合のその後の手続き
課税逃れが目的だとされると、まずForm 8854をその後10年間(放棄した年を含む)提出し続ける必要がある。これがForm 8854の「Annual Information Reporting」と呼ばれる部分である。10年間に亘り、年末時点の個人のバランスシート、年間の損益計算書を開示しなくてはならないなど結構負担は重い。ただし、10年間Form 8854を提出するからといって必ずしも米国で税金が発生する訳ではない。
Form 8854を10年間提出する間は、各年の渡米日数実績に基づき、大別して次の二通りの取り扱いが適用となる。
*渡米日数が30日を超える年
もし10年間のうち、米国に物理的に30日超滞在する年(暦年)があると、その年は米国居住者扱いとなる。居住者扱いということはその年に関してはGCを保有している状態と同じだ。例外的に、自分の生まれた国(または配偶者、親の生まれた国)に帰任・引越しており、かつその国で居住者として課税されていれば、その後出張目的で米国に滞在している場合には上の30日超滞在したかどうかの決定をする上で勤務日数を除外することができる。ただし、除外できる日数は年間30日が上限である。
この出張に係る日数除外は、Form 8854のInstructions(2006年改訂のもの)を読むとなぜか元「米国市民」にのみ適用されるかのように取れるが、条文そのものを読むと元長期GC保有者にも適用できることが分かる。この出張規定は、雇用者が自分と関連者(家族、自分が50%超の持分を所有する事業主体)の関係にある場合には適用が認められない。
居住者となる場合には税金の支払いがあってもなくてもForm 1040を提出するのが原則なので、Form 8854はForm 1040に添付することとされる。もし、所得が低く米国に居たとしても申告書の提出義務がないような状況であれば、Form 8854のみの提出となる。提出先はForm 8854に記されているPhiladelphia(PA)の住所だが、2007年から国際関係のFormの多くはAustin(TX)に提出させられることが多く、近々にこの住所もAustin(TX)に変わるかもしれない。
滞在が30日を超えるという理由で米国居住者扱いされる場合に、租税条約の「Tie-Breaker」規定を適用して米国非居住者としての申告が可能かどうかという検討が必要となる。Tie-Breaker規定を適用することができれば、年間を通じて基本的に日本(または他の租税条約締結国)で生活をしている場合(かつその国で税務上の居住者になっている場合)、日本等の居住者であるとして、米国非居住者の状況に戻すことが可能となるはずである。しかし、元長期GC保有者のTie-Breaker適用は次の理由で微妙、というか困難である。
米国の租税条約には必ず「Saving Clause」という条項が挿入されている。このSaving Clauseとは、米国市民または居住者と取り扱われる者の米国での課税関係は租税条約の条項を利用してで軽減することはできないという規定だ。それでも、通常のケースでは米国の内国法で居住者となったとしても、Tie-Breaker規定を用いて非居住者とすることができ、一旦そうなると非居住者としての申告、租税条約上の恩典を受けることができる。これは日米租税条約のSaving Clauseである「Article 1」の4項(a)にTie-Breaker規定への言及があること、財務省規則の「Sec. 301.7701(b)-7」の記述からも疑う余地はない。
一方で日米租税条約を含む近年の租税条約には一般的な(上述の目的の)Saving Clauseに加えて、「元」米国市民、「元」長期GC所有者の米国での課税関係は租税条約の条項を利用して軽減することはできないというもうひとつのSaving Clauseが規定されている。日米租税条約ではここの部分は「Article 1」の4項(b)となるが、問題はこちらのSaving ClauseにはTie-Breaker規定への言及がなく、租税条約の他の条項(当然Tie-Breaker規定を含む)に係らず米国に課税権を認めていることである。また、立法趣旨に係るレポート、条文の文言等をみてもTie-Breakerによる軽減は否定されるべきであろう。このことから、元GC保持者でGC放棄が課税逃れを目的としているとされる者が、30日を超える滞在をしたという理由で米国居住者扱いされるケースへのTie-Breaker規定の適用は認められないと個人的には考えている。
*渡米日数が30日を超えない年
30日(または出張が含まれるケースでは最高で60日)を超えないケースではForm 8854を提出し続ける10年間も米国では「非居住者」とされる。だが、この期間「米国株式、米国債券」からのキャピタルゲインが米国で課税対象となる。これらのキャピタルゲインは「純粋な(GCを課税逃れ目的で放棄していない)非居住者」にとっては米国では通常非課税である。他にもCFC等のかなり特殊なタイプの所得が特別に課税される旨が規定されているが「一般」の元長期GC保有者的には米国株式、米国債券からのキャピタルゲインを気にしていればよい。
このキャピタルゲインを算定する際の「税務上の簿価(通常は取得価格)」決定には特別は「ステップアップ」規定が適用される。キャピタルゲインを算定する際に使用する簿価は、長期GC保有者が(GC保有者として、もしくは物理的な滞在日数に基づいて)初めて米国居住者になったと取り扱われた日の時価を下限とするというものだ。このステップアップは、初めて米国居住者となったと取り扱われる時点で、キャピタルゲインの基となる米国株式、米国債券を既に所有していた場合にのみ適用される。すなわち、米国居住者となる前に発生した「含み益」は非課税とされるということである。
キャピタルゲインに対する課税を租税条約を利用して免除とできるのではないかと考える方がいるかもしれない。これも上述の通り、日米租税条約に関して言えば、租税条約の「Article 1」4項に規定される「Saving Clause」により、米国の課税権が明確に留保されており免除はない。
他の国の租税条約、特に古くから改訂されていない租税条約ではSaving Clauseに「Former Citizen(市民権を放棄する者)」の規定はあっても、「Former Long Term Resident」が言及されていないものもあるであろう。下院委員会レポートの一部に租税条約の改定が2006年8月21日までに行われない場合には租税条約の方が優先権を持つようになると取れる記述がある。その場合、もし長期GC保有者に対する米国の規定が租税条約の条項に違反するようであれば、租税条約を適用できるのではないかと見る向きもある。しかし、その後の展開から見て、この特別な解釈を利用することは難しく、通常通り「後法優先の原則」を適用するべきである。
さらに、このキャピタルゲインは他の米国源泉所得(および米国事業所得がもしあればそれも)と合算され、通常の累進税率に基づいて「申告所得」として課税される。通常は非居住者の受け取る投資所得は30%または租税条約に規定される低減税率に基づくフラット課税(源泉税)となることから、この点も上述の米国株式、米国債券のキャピタルゲイン課税と並ぶ特別な規定である。
ただし、もしこれらの特別な規定がない場合の「通常」の非居住者としての税負担、すなわち米国源泉の投資所得に対しては30%または租税条約に規定される低減税率に基づくフラット課税(源泉税)また事業所得があれば累進税率に基づく申告課税、に基づく税負担の方が高い場合には、通常の課税に基づく税額が最終となる。
*「Energy Bill(エネジー法案)」
エネジー法案には資源節約を促すための減税措置が規定されるが、その財源確保のため思わぬ分野での課税強化が盛り込まれている。法案のひとつに、長期GC保有者がGCを放棄(または上述の通りTie Breaker規定を適用)した際、その後10年間に亘って特別な課税をする代わりに、放棄時点で所有資産の含み益を課税してしまうという規定を含むものがある。この目的では、独身者(また夫婦別申告者)には$600,000、夫婦合算申告者で2人が同時にGCを放棄する場合には$1,200,000の非課税枠が設けられるとされている。これはまだ審理中の法案であり、また法案も複数あることから、当規定が最終的に法律化されるかどうか現時点では不明である。