Saturday, July 21, 2007

FIN 48(1) グレーな申告ポジションの会計処理

ここ数ヶ月「FIN 48」に係る質問が急激に増えてきた。FIN 48とは「FASB Interpretation No. 48」の略であり、さらに「FASB」とは「Financial Accounting Standards Board」のことである。FASBはその名の通り企業が財務諸表を作成する際に適用する「会計原則」を作成する私的機関である。FASBの作成する会計原則はSEC、AICPAがその適用を義務付ける形で典拠となっている。会計原則は「Statements of Financial Accounting Standards(SFAS)」 が軸となるが(現時点で160近く発表されている)、他にもFIN、FASB Staff Positions、FASB Technical Bulletin、Emerging Issues Task Force Abstractsのような補完的な情報にて適宜更新される。

このことから、FIN 48は会計原則の一部であり、あくまでも「会計」の話しである。したがって、一義的には我々タックスを専門としている者の取り扱い範疇ではない。しかし、FIN 48は「会計上認識されるタックス費用」の計上に係る基準を規定しており、会計上のタックス費用の算定プロセスである「Tax Accrual」とか「Tax Provision」に係るものだ。

この作業は会計処理の一部ではあるが、言うまでもなく申告書でどのようにタックスが算定されるかを理解していないと手に負えない。したがって、会計原則であるにも係らず、タックス専門家に質問が投げられることが多い。会計原則の適用検討というのは、法的な分析と異なり、自分の主張するポジションを無数の法源から構築するという法律に携わる際の基本的な楽しみがない。その意味で比較的退屈なものである。しかし、これだけ質問が多いと残念ながらそんなことも言ってられない今日この頃だ。

このFIN 48の適用は、SEC登録企業では2006年の決算書でその影響を開示、SEC登録企業以外は、2007年の会計年度から強制適用(U.S. GAAP下で財務諸表を作成する場合)となる。したがって、基本的に米国で決算を行う全企業が2007年から適用することとなり、そのために急に質問が増加している。

*FIN 48とは

FIN 48が発表されたとは言え、会計上のタックス費用に係る会計原則は依然1992年に発表された「SFAS 109」である点に変わりはない。SFAS 109は会計上、企業が認識するべきタックス費用の算定原則を規定している。SFAS 109はもう10年以上も適用を経てその規定はすっかり定着しており、ここでその内容を改めて解説するまでもないが、主たるコンセプトは次の通りである。1) 企業は税務当局に支払うタックスを「Current Tax」として認識するばかりでなく、会計上既に認識された項目が将来のタックス支払いに影響を持つ場合(正確に言うと会計と税務で資産・負債の簿価に差異があり、それが将来のタックスに影響を持つ場合)にはそれを「Deferred Tax」として認識する、2) Deferred Taxはバランスシート・アプローチで認識する、3) Deferred Taxにより認識された繰延税金資産を使用できる可能性が「More Likely Than Not(すなわち50%超)」に満たない場合には評価性の引き当てを組む、といった原則だ。

FIN 48はSFAS 109の「Interpretation(解釈)」という位置づけだが、その副題「Accounting for Uncertainty in Income Taxes」に示されるように、その内容は、企業の申告ポジションに不確実性がある場合(すなわちIRS等の税務当局が申告書に反映されているポジションを認めるかどうかという点が定かでないケース)に、それをどのように会計上反映させるべきかいう点のみにフォーカスしている。

この点に関してはSFAS 109では直接は触れられていない。したがって、FIN 48が出現する前の状況を敢えて簡単に言ってしまえば、タックス費用の認識は(CurrentもDeferredも)申告書で取られているポジションに基づき、そのポジションが怪しい場合には通常の偶発債務規定に基づき引当金の計上、または開示が求められたというものである。

今回新たに規定されたFIN 48のインパクトを理解するには、まず米国では申告書そのものがどのような考え方で作成・提出されているかを知ることが「Must」である。この理解なくしてFIN 48の理解はあり得ない。

*米国における申告書上の申告ポジション

申告書には企業のあらゆる活動結果に対するタックスが盛り込まれている。取引内容は多岐に亘り、税法が常に明確な取り扱いを規定しているケースばかりでないことから、申告書の中にはその取り扱いがグレーな項目が多く含まれている。取り扱いが100%はっきりしている場合はいいが、そうでない場合はどう申告するべきか?これは税法に基づく検討であり、この時点ではFIN 48その他の会計原則は一切関係ない。

税法上、取り扱いがグレーな場合に敢えてIRSの好むような取り扱いで申告を行う義務は一切ない。グレーな部分に関しても、法的に「申告ポジション」があれば、申告書に反映させてそのまま提出することが認められる。「どこまでのグレーが認められるのか」という判断が「申告ポジションがあるか」という形で法的に検討される。この検討能力はタックス専門家に求められる極めて重要なスキルである。

具体的には、取引に係る事実関係、関連する法律(条文、財務省規則、判例その他全ての法現)を総合的に判断して最終的に40%IRSに勝てる見込みがあれば、その取り扱いには「申告ポジション」があると取り扱われる。これは逆に言えば60%負ける確率でも申告ポジションがあるということであり、かなり「寛大」な基準だ。ちなみに40%というのはどこにも明文化されておらず、そもそもポジションの確証度の数量化は困難であることを考えるとどこまで科学的な数値であるかは疑問であるが、実務的には現状の法律では「40%=申告ポジション」と言っていいだろう。

申告ポジションの意味を正しく理解する際のポイントは「申告ポジションがある」イコール「税務調査の際にIRSが取り扱いを認める」ということでは全くないという点だ。(申告ポジションに係る会計事務所の係りその他に関しては「2007年6月1日」のポスティングを参照)

例えば、法律がグレーで、都合の悪い判例もあるが、他の法源を鑑みて40%くらいは勝てるであろう、という申告ポジションがあるとする。この取引・取り扱いをIRSが調査したとすると、60%程度の確率で更正が入るであろう。しかし、申告書を作成する段階では、100%の勝算がある取り扱いと同様に、特別な開示等を行うことなくそのまま申告書に反映させていいのである。そして言葉は悪いが、そのまま税務調査が入らずに時効(通常3年)を向えることができれば、税負担はそれで確定である。100%の勝算がない取り扱いを基に税負担が確定してしまったとしても、その取り扱いに申告ポジションがある以上は不法行為ではないし、何も後ろめたいことはない。

そして申告ポジションがあるということは、税務調査で更正が入ったとしても加算税等のペナルティーは課されない。すなわち、企業としてはもともと支払うタックスと金利を支払えばいいのである。金利はその間、タックスを支払わずに資金を留保していた訳であるから、支払って当然であり、これにより企業が不利な立場に置かれることにはならない。となると、申告ポジションがある限り、企業側に最も有利な取り扱いで申告をするのが当然であろう。すなわち、申告書にて支払うタックスというのは法的に最低限支払わなくてはいけない金額としておき、実際に税務調査の際に、追加で支払うタックスがあって当然というようなアプローチとなる。

*申告ポジションがグレーな場合の会計処理(FIN 48のアプローチ)

申告ポジションがグレーな状態で申告書が提出されることが合法的であり、かつ実際にそのような申告書が多いとなると、申告書上で支払われているCurrent Tax、またはその申告書を基に算定されているDeferred Taxに係る企業のタックス費用、債務が最終的に支払うこととなる税額と比べて過小評価されている可能性がある。この過小評価をどのように認識し、算定するか、という点こそがFIN 48が取り組んでいる唯一の問題点である。

従来から、一般的な偶発債務に対する会計原則(SFAS 5)の一環で、税務調査その他の局面で追加のタックス支払いが見込まれそうになった場合(「Probable」になった場合)には「引当」を計上するというコンセプトはあるにはあった。しかし、FIN 48はこの基本的な概念を180度変えて「怪しくなって慌てて引当を積むのではなく、そもそも申告書で計上している費用等は全て怪しいという前提から出発し、例え申告書上で認められている申告ポジションでもFIN 48の規定する一定の確証度を満たさない限り会計上はその税効果を認めない」という厳しい規定を突きつけている。これは大袈裟に言えば、売掛金に対して貸倒引当金を積むのではなく、売掛金は基本的に回収できないという前提から出発して、回収できる可能性が高いものを積み上げていき、その結果算定される金額のみを売上として認識しなさいと言っているようなものだ。

このFIN 48のアプローチを適用すると、SFAS 109下で従来からの伝統的なスタンスであった「企業は税務当局に支払うタックスを会計上のCurrent Taxとする」という概念は崩壊し、「会計上のCurrent Taxは申告書の取り扱いに係らずFIN 48に基づいて決定」という規定が取って代わる。もちろん、同様にDeferred Taxの算定にも影響がある。

*米国外の申告書

米国における申告書が基本的に米国の事業主体のみで構成されている(パススルーの外国主体は含まれる)のに対して、財務諸表には米国外の事業主体が含まれることが多い。米国をベースとする多国籍企業は沢山の海外子会社を米国の傘下に治めていることから、連結決算を常識とする米国の財務諸表には様々な国にて生み出される損益が計上されている。ということは当然、タックス費用に関しても様々な国に支払う金額にて構成されていることとなる。

FIN 48は米国にて申告されるタックスばかりでなく、財務諸表に反映される全ての法人税系のタックスに適用される。となると、各国の申告書のポジションを吟味してその確証度合いを量らなくてはならない。米国の申告ポジションの検討だけでも大変な作業となるが、複数の国にまたがる検討は更に負担が重い。

また、日本法人がADR等を利用してSECの管轄下にある場合、またはそうでなくてもU.S. GAAPに基づく決算書を発表している場合には、日本を始めとする各国の申告ポジションをFIN 48基準で検討しなくてはならない。

*FIN 48は何を規定しているか?

それではFIN 48ではグレーな申告ポジションを会計上、具体的にどのように取り扱えと規定しているのか?この点は次回のポスティング以降で触れていく。