Tuesday, August 7, 2007

クライスラー: 合併から売却に至る再編手法

Private Equity FundsのCerberusによるクライスラーの買収が完了したというニュースがBloombergその他のニュースサイトで週末大きく報道された。クライスラーの買収はサブプライム問題に端を発した信用収縮で、その資金繰りが懸念されていただけに一安心といった雰囲気が漂っていた。これに伴い大西洋をまたぐ大型合併を経て誕生したダイムラー/クライスラーAGは9年間の歴史に幕が閉じられ、ダイムラー部門はダイムラーAGに、クライスラー部門は単独の米国事業主体に戻る。ちなみに「AG」とはドイツの株式会社のことで、日本の株式会社が「KK」と略されているのと同様である。

*クライラー売却概要

報道によると、Cerberusの子会社が新設のクライスラーLLCの80.1%に上る持分を$74億で取得するという取引きだ。9年前の合併時の評価額は$360億前後であったことを考えるとかなりの下落である。残りの持分である19.9%は現時点ではそのままダイムラーAGが保有し続ける。この19.9%の持分は$25億で決算書に認識されると報道されている。また、ここ数ヶ月の債券市場の環境悪化を反映して、クライスラーが受ける$200億の融資額のうち、ダイムラーAGとCerberusは各々$15億、$5億を自ら負担することとしている。残りはJP Morganが$100億、他の投資家が$80億という内容での融資となるようだ。クライスラーは米国ビッグ3としては1956年にフォードが上場して以来という「非上場」企業としての道を歩む。

ダイムラーとの合併以前にクライスラーの株式を持っていた株主は、合併によりダイムラー/クライスラーAGの株式を受け取ったが、ダイムラー/クライスラーAGがクライスラーグループを売却してしまったため、最終的に手元に残った株式はクライスラーを持たないダイムラーAGのものとなるという結果となった。元クライスラーの株主にしてみると、再編が繰り返されていくうちに米国自動車会社の株式を持っていたはずが気が付いてみると米国とは直接関係のないドイツ法人の株式(もちろんNYSEに上場はされているが)を持っていたことになる。まるで「だまし舟」を持たされているようだ。

*Iacoccaによる研究が今になって現実に

1980年代の後半にPrivate Equity Fundsは第一期黄金期を迎えていた。KKRによるRJRナビスコ買収が成立直後、LBOターゲットに「限界」という文字はなく、Fortune500のトップ企業ですら条件が合えばLBOの対象となり得るという空気が漂っていた。その頃、クライスラーのCEOであったIacoccaが密かにLBOによるバイアウトの暫定的な研究をしておくようにという指示をしていたとされる。しかし、RJRナビスコ買収後、債券市場、特にJunk Bond市場がクラッシュし、UAWの買収失敗とともにLBO熱は急激に冷める。その段階で当然クライスラーのLBO研究もお蔵になったと思われるが、まさかその17年後にクライスラーがダイムラーとの合併を経てPrivate Equity Fundsの手に渡るとは当時誰も予想しなかったであろう。

*クライスラー法人のここ9年間の沿革

今回の売却でクライスラーが単独の事業主体に戻ることになるが、9年前の合併以降もクライスラーはダイムラー/クライスラーAGとは別の法人格を維持していた。9年前の合併の再編形態は、ダイムラーAGとクライスラーInc.が単純に合併してひとつになったというような単純な図式ではない。再編の実現にはいくつものステップが踏まれており、クロスボーダーの大型合併の前例として日本企業にも参考になる部分が多いはずだ。

合併の際に、どちらが存続法人となるかという決定は当事者としては当然気になるところであると推測されるのだが、両社が締結した「Business Combination Agreement」によると、技術的には新設法人である「Newco」が最終存続法人となっており、どちらかの法人がそのまま存続したということはない。このNewcoが後のダイムラー/クライスラーAGである。

Newcoの設立場所を米国とするか、ドイツとするかも争点となりそうな検討事項であるが、最終的には「再編を両国で非課税とするためにはNewcoをドイツにおいた方が好ましい」という税務上の理由からドイツに本社が置かれることとなったとされる。再編が非課税となるかどうかが大きな条件であったことに間違いはないが、本拠地の選定結果に二社間の微妙な政治的な力関係が反映されているような見えて面白い。両社の合併に係る発表には「Merger of Equal」という言葉が頻繁に使用されているが、これもどちらかというと「実際にはダイムラー側による買収」という実態ができるだけ露呈しないようという配慮、または策略であったと見られる。

*ドイツ側での再編手法

再編手法は複雑だが、ざっとまとめると次のような感じだ。まずドイツ側では、新設のNewcoにダイムラーAGの株主がダイムラーAGの株式を現物出資する。その後ダイムラーAGはNewcoに合併(Upstream Merger)され、ダイムラーAGという法人格は消滅する。なぜこのようなステップが取られたかはドイツ税法、会社法を知らないと理解できないのであるが、この手法を取ることにより最終的にドイツで再編を非課税とすることができたのだという。このステップを見るとNewcoは技術的には確かに新設法人であるが、実質はダイムラーAGそのものであることが分かる。

*米国側での再編手法

一方、米国では投資銀行がAgentとなり、合併準備子会社(Chrysler Merger Sub)が設立される。この準備子会社は基本的にペーパーカンパニーであり、クライスラーInc.に合併されすぐに消滅する。通常の合併と異なり、クライスラーの元株主はNewcoの株式(ADRを含む)を受け取り、クライスラーの株式はAgentを通じてNewcoに移管される。蓋を開けてみると、クライスラーはNewcoの100%子会社となっており、クライスラーの元株主はNewcoの株主となっている。この米国側での合併の存続法人は元々のクライスラーInc.であるが、クライスラーの株主にNewco株式が発行されるため、Reverse三角合併の形態を取っているといえる。

これらの取引きの結果として、Newcoは元ダイムラーの事業をそのまま継承しており、かつクライスラーIncを100%子会社としている。更にNewcoの株主は旧ダイムラーAG、クライスラーInc.の双方の株主で構成されている。これでメカニカルな再編ステップは完了である。

*そしてクライスラーLLCに

今回のクライスラー部門の売却を通じてクライスラーは「LLC」となる。現段階で詳しい資料は読んでいないが、おそらくCerberusの子会社により新設されたLLCにクライスラーが合併(対価はダイムラーAGへの売却価格部分となる現金、そして部分的にLLC持分)するという形態でLLCに生まれ変わったのではないかと推測している。または、ダイムラー/クライスラーAGが設立した米国LLCに既にクライスラーInc.を合併させていて、その後今回の売却でLLC持分を売却した可能性もある。いずれにしても何らかの合併が関与しているものと思われる。

株式会社のLLCへの合併は、法人形態を株式会社からLLCに変更する際に利用される「異種間合併(Inter-Species Merger)」という手法である。異種間合併に関してはいつか触れたいと思っていながら時間が経っていたので、近々に別のポスティングにて触れたい。