Tuesday, August 25, 2009

スイス銀行の匿名口座と米国の「二枚舌」

スイスの銀行と言えば昔から金持ちとかアングラマネーを持つ者が匿名口座を持つというイメージがある。スイスには古くからの「Bank Secrecy Act」(銀行秘密法とでも訳すべきか?)という法律があり、銀行口座の本当のオーナーを対外に開示してはいけないそうだ。ちなみに僕が香港に居たとき(もう20年近くも前・・・)も似たような法律があったのを記憶している。また、当時の香港では会社を設立する際に株主、取締役を全て「Nominee」と呼ばれる名義だけを貸す者(法人を含む)の名前で登記するだけで済んでいた。そのようなシステムでは、会社の本当のオーナーを対外的に知られることなく活動ができる。銀行口座だってそんな状態で持つことができた。

自分の口座だと悟られることなく銀行口座をオープンできるというのは税金を支払いたくない者にとっては極めて都合がいいシステムだ。所得をそのような口座に入金すれば所得を受け取ったこと自体がバレ難い。さらにそこから得られる利子所得等の投資所得の存在も分かり難い。

もちろん、税金は税務当局に分かるか分からないに限らず、自己申告して納付する必要がある。しかし、現実には匿名口座が脱税の温床であることは中学生でも分かるだろう。そんな当たり前の事態を長~い間放置しておきながら、ここに来てそのような動きに網を掛けたいという動きが加速している。

*UBSに対する米国の強行姿勢

スイスのUBS銀行を相手にIRSが訴訟を起こし、アメリカ市民、居住者がオーナーである口座の実態を開示するように迫っていた。IRSとしてみれば一見当然のリクエストである。米国市民や居住者が普通に利子所得等を受け取れば、総合課税で最高35%(連邦)で課税できるのに、海外の銀行を利用してこっそりと投資所得を非課税で受け取っているような金持ちの輩がいるとなれば、当然相手国にその開示を迫りたくなるだろう。

銀行としては口座のオーナーを開示することはスイスの内国法に違反することになり極めて苦しい立場に追い込まれていた。つい最近、開示をする方向で調整が付いているようだ。

*でも当事者の米国にも実質的なBank Secrecyが・・・

スイスの件だけを読んでいると米国の主張は理にかなっていると思われるのだが、実はまたしても「さすがアメリカ」とでも言いたくなるオチが隠されていた。

この点に関してタックスアナリストという記事に面白い記載があった。僕もかねてから不思議に思っていたことなのだが、実は米国の銀行に「米国非居住者」が銀行口座を開くと、そこから発生する利子所得に関して銀行は何の報告義務も負わない。

米国非居住者が米国銀行から受け取る利子所得は米国では非課税だ(ECIのケースを除くが個人の利子所得がECIとなるケースは稀)。これは米国の銀行に外国からお金を預けて欲しいという政策に基づくもので、これ自体は何の問題もない。問題はそのような利子所得は多くのケースで非居住者が住んでいる本国では課税されるであろうにも係わらず、利子所得の情報が全く分からない状態にある点だ。

すなわち、米国市民がスイス銀行にお金を預けて利子所得を受け取ってもその口座の存在が米国IRSから見て分からなかったのと全く同様に、メキシコ人とか日本人が米国の銀行にお金を預けて利子所得を受け取っていてもその口座の存在はメキシコや日本の税務当局には一切分からない。本国IRSにも報告がいっていないのだから他の国で分かるはずがない。

*報告されるとお金が米国から逃げる?

米国市民や米国居住者が米国銀行から利子所得を受け取る場合には、利子所得の金額を銀行がForm 1099INTにて毎年IRSに報告する。したがって、米国市民、居住者で米国銀行からの利子所得を申告しない者は普通はいない(純粋に忘れている人は除き)。申告しなければIRSがNoticeが来るのを知っているからだ。

一方で米国非居住者の口座に関しては銀行側に一切報告義務がない。本来であれば、非居住者の受け取るECIでないFDAP所得(=投資所得)はForm 1042という様式にて銀行により報告されるべきなのだが、銀行の利子所得は不思議とその規定から免除されている。

実は以前に非居住者が受け取る銀行からの利子所得もForm 1042の報告対象にするという財務省規則が提案されたことがある。その提案は銀行業界から猛反対を受けて廃案となった。銀行業界によると「そんなことをしたら非居住者は米国銀行からお金を引き上げてしまい、多くの銀行の経営が破綻し、連鎖反応的に米国企業の経営をも圧迫する」というものだったらしい。すなわち、報告をしないからこそお金が集まる、言い換えれば、本国でその存在が分からないからこそ非居住者は米国の銀行を利用してくれるのだ、ということになる。タックスアナリストの記事によると米国から引き上げられる金額は$100Billionを超えると推定されていたらしい。100円換算で10兆円だ。

*スイスへの要求とメキシコからの要求

米国は自分の国の税金の徴収に支障があるとしてスイスにかなり強く口座情報の開示を強要した。しかし、実はメキシコから全く同様の要求を米国そのものが受けている。メキシコのドラッグ・ディーラーが得るアングラ・マネーが米国の口座に隠されているのでその存在を知りたいというのが直接のきっかけだそうだが、米国の口座に隠されているのはおそらくドラッグ・マネーばかりでなく、富裕層の多くの者の資金が含まれているだろう。

UBSに強硬な態度を取っている米国はどうでるか?他の国の脱税が問題となると一転して自国の銀行を守るのだろうか?だとしたら凄い二枚舌だ。