前回のポスティングでは間接税額控除の算定の際に米国多国籍企業が「日常的に」利用している「High Tax Pool」を利用したプラニングについて比較的詳しく話した。その中で、米国のEarnings算定目的で、外国企業の買収時にSec.338(g)選択をする局面がある点に触れたが、そのメカニズムについてもう少し突っ込んで欲しいというリクエストがあったので今回はその部分に関して書いてみる。
*株式取得 ⅴ.資産取得
一般的な話として、企業買収方法は大別して(言うまでもないが)、株式取得と資産取得となる。以前のポスティングでも再三触れている通り、株式取得は一般に株主レベルで一回課税され、法人からの資産取得は法人レベルで課税され、その後、株主に税引き後の売却対価が分配される時点で株主レベルで再度課税され、二重課税となる。その代わり、資産取得の場合には取得側で資産の税務簿価が時価にステップアップする。しかし、沢山の事業資産、負債、契約関係を他社に移管させる手続きは、第三者の同意を必要とするようなケースもあり、株式買収と比べると容易ではない。また、買い手側で簿価のステップアップがあるとはいえ多くのケースでその税務上の恩典は減価償却、Amortizationを通じて長期に実現される一方、売り手側では資産売却益に即課税されることを考えると、特別なケース(売り手に繰越欠損金が沢山あるようなケース)を除いて現在価値ベースでは不利となる。
*Sec. 338選択
実際に事業資産を移管させるのが手続き的に面倒なことから、買収そのものは株式買収であるにも係らず、米国税務目的だけで「あたかも資産移管」があったかのような取り扱いを選択することができる。これがSec.338選択だ。
Sec.338選択には「通常のSec.338(以降、Sec.338(g)という)」と「Sec.338(h)(10)」の二つがある。この二つの規定は「全く異なる」別の選択であり、ここではSec.338(h)(10)には深く触れない。簡単に言っておくとSec.338(h)(10)はもし本当に売り手側が資産を売却して、清算されたとしても二重課税が生じない局面でのみ使用できる。すなわち、本当に資産を売却しても二重課税がないので、Sec.338選択をしても二重課税にならないように規定されている。この点は通常のSec.338(g)選択と大きく異なる。
具体的には、Sec.338(h)(10)は、基本的には買収される法人が連結納税グループの子会社である、実際には連結納税していないが連結納税を選択できる条件を満たしているグループの子会社である(この場合は連結グループ内の法人に直接80%持分を所有されている必要がある)、または買収される法人がS法人である場合にのみ選択が可能だ。Sec.338(h)(10)は二重課税とならずに買い手側でステップアップを実現できるため恩典がある。売却側の株式に対する税務簿価が売却対象となる法人の資産税務簿価と比べて高いケースを除き、通常は選択をする方が買い手にとってはもちろん、売り手にとっても(買い手の享受する恩典のいくらかを売却価格に反映させることができるため)も得となる。
米国企業が外国企業を買収する局面ではSec.338(h)(10)は、外国企業が上の条件を満たさないので適用がない。
通常のSec.338(g)選択は異なる。Sec.338(g)選択は株式を売った側は単純に株式売却のままの取り扱いとなりキャピタルゲイン・ロスが発生する。しかし、買収された法人そのもので「みなしの資産売却」が発生する。すなわちターゲット法人Tは自らの資産を新規法人である「新T」に売却したと取り扱われ、旧Tは資産売却益を認識し消滅する。この過程で旧Tが持っていた繰越欠損金その他の属性はなくなってしまう。
したがって、Sec.338(g)選択をすると新Tは税務簿価をステップアップさせることができるが、旧Tでその分全額をゲインとして課税されるので現在価値ベースで意味がない。旧Tに繰越欠損金があり、ゲインと相殺できる場合には検討されることもあるが、一般的に米国内の買収局面では利用されることが少ない選択だ。
*外国企業買収とSec.338
しかし、買収対象法人が外国法人の場合は事情が異なる。外国法人が外国に持つ資産の売却益は一般に米国では課税されないため、外国法人の株式買収に関してSec.338選択をして資産売却から発生するみなしゲインには米国での税務コストはない。Sec.338選択はあくまでも米国税務目的のみであることから、このゲインが外国法人の設立国で課税されることはない。となると、売却側でのゲイン課税というダウンサイドなく、米国税務目的で税務簿価をステップアップできる。ステップアップした資産(Goodwill等の無形資産を含む)はその後のEarningsを圧縮し、前回のポスティングで触れたようなプラニングが可能となる。
ただし、外国企業が支店、恒久的施設等を介して米国事業に従事している場合(ECIがある場合)、米国の不動産持分を有している場合、また買収前に米国CFCであったり、米国の株主がいた場合、等にはSec.338選択により米国での課税関係が生じることもあるので注意が必要となる。