Sunday, July 26, 2020

BEPS 2.0ピラー1の終焉 (2)

前回、「BEPS 2.0ピラー1の終焉」というタイトルで米国がピラー1策定交渉テーブルへの参加打ち切りを表明した点に触れた。ポスティングはライトハイザー代表の下院歳入委員会での発言に基づいてのものだったんだけど、その後、Mnuchin財務省官がフランス、イタリア、スペイン、英国の各財務省に送付した書簡のコピーが公表されている。書簡では、デジタル課税のグローバルコンセンサス作りは行き詰っている(Impasse)とし、一方でDSTを発動するようなことがあれば報復措置を取るとしている。ライトハザーの表現とは若干温度差があるように見え、Mnuchinの書簡ではピラー1の交渉は一旦中断(Pause)しよう、というものだ。

Mnuchinの書簡に対し、フランス、イタリア、スペイン、英国の財務長官たちが、米国の交渉中断宣言は「Collective Failure(集団的な失敗)」と共同声明を発表し、DSTで米国ともめているフランスの反応は特に激しく、米国の行動は「挑発的」としている。

ピラー1の先行きが怪しいことに変わりはなく、となると、当然DST導入論が加速する訳だけど、そんな動きには、米通商代表部(USTR)が、DSTを採択したり採択を検討している10か国(EU含む)に対して、大統領権限で通商法301条に基づく制裁措置を発動するべきか否かの検討に着手する旨を公表している。通商301条っていうのは、貿易相手国の不公正な取引慣行に対して、協議で問題が解決しない場合に制裁措置を発動することを定めた条項で、近年では米中貿易戦争の一環でトランプ政権が中国に対して使っている。1980年代後半は301条を更に強力にしたスーパー301条っていうのがあり、衛星、スーパーコンピュータ分野で日本を苦しめたものだ。そんな時代が懐かしいね。

USTRは、今回、オーストリア、ブラジル、チェコ、EU、インド、インドネシア、イタリア、スペイン、トルコ、英国のDSTを問題視していて、これらのDSTは治外法権、グロス課税、商業的に成功している米国ハイテク企業を狙い撃ちする懲罰的な課税、という点で国際課税の通念から逸脱していると言え、更なる調査の上、不公正かつ差別的と判断される場合には適切な対抗策を検討するとしている。制裁措置の発動に至る場合には他国の報復措置という連鎖リスクも想定される。米国がDSTに通商条項で対抗するのは筋違いに映るかもしれないけど、グロス所得ベースのDSTは法人税より関税やVATに近いので、その意味では実は的を得ている、というか、目には目を的な整合性はあると言える。米国はVATが存在しないので、他国のVATやDSTは特に差別的に映るのかも。

通商対DSTの戦いで既に一歩先んじて揉めているフランスに関しては、USTRは7月10日に180日の執行猶予を経て、2021年1月6日から25%の報復関税を課す決定を最終化したとしている。

米国に引導を渡されかけているとは言え、OECDもここで萎えてしまってはこれまでの努力が水の泡ということで、ピラー1のテクニカルデザインは継続中。10月にはブループリントを公表予定だそうだ。米国によるピラー1検討見送り、参加国の意見の違い、など山積みのポリティカル面での障害などで最終的に使う当てがあるのかどうか分からない悲劇のデザインとなり兼ねないけど、メゲることなく驀進している様子を力強く演出している感じでチョッと気の毒。ブループリントはUnified Approachのデザインが基本となるそうだ。ピラー1のデザイン面は大いに興味があったので、2020年はもとより2021年にもピラー1に関して各国間で合意を見る可能性は低いように思うけど、10月のブループリントは学術的には興味深い。Amount A、B、Cの関係に関しては、コロナとかでバタバタし始める前の平和な時期に「OECDピラー1のAmount A、B、CとALP」というシリーズで若干突っ込んでポスティングをしていたので、興味ある方はぜひ覗いてみて欲しい。

Unified Approach策定当時とは全く異なる世の中となった今、変化に対応した内容になるのだろうか。例えば、Unified Approachに規定されるAmount Bにマイナスと言う概念はないだろうけど、コロナ禍でMNCグループの多くがシステムロスに陥る中、Amount Bで常に販売機能にプラスの所得を認定し続けるデザインを維持することになるだろうか。Amount Bは少額のプラスを維持しながら、Amount Cでマイナス計上してAmount Bを打ち消すような処理を認めるのだろうか。その場合、Amount Cは係争を回避するメカニズムが組み込まれる前提だけど、そんなメカニズムが全世界に急に行きわたることはないので、その間どうするのか。またはAmount Bの対象となる機能やリスクを限りなく限定的なものにして実務的に存在しないような状況に持ち込み解決を試みるのだろうか。

何といっても一番注目するべきポイントはAmount AというALPでは存在しない所得をどこの国や主体から召し上げることするのか、Amount Cとの関係をどのように整理するのか、どうやって理論付けるか、という点。

Amount AにしてもDSTにしても、話しの根本は米国ハイテク企業が各国の税務当局の目から見て「Fair Share」の税金を自国に支払っていないという主張。つまり、自国で事業を行いたいのであれば何か支払うことっていう的屋のショバ代のようなもので、元来、それほど高尚な話しではない。

で、ここでいう「Fair Share」だけど、フォーカスは、米国ハイテク企業自身がグローバルベースでFair Shareの税金を支払っているかという点では必ずしもなく、他国に支払っている税金はある意味どうでもよくて、各国自国にFair Shareの税金を支払っているか、という点にあると言える。この点はまさしくピラー1のフォーカスで、分かり易いNarrativeだ。ピラー2はむしろ前者の企業自身がグローバルベースで最低限の税金を支払っているかっていう点がフォーカスで、各国からしてみると自分の国がFair Shareを取れているかのピラー1の方が死活問題となるはず。米国法人税法が改正されてGILTIが導入されたり、今後もいろんな改正があるだろうけど、その結果、米国ハイテク企業が米国でより多くの法人税を支払うことになったとしても、「Fairになってよかったね」って他国がハッピーになることはなく、各国が米国ハイテク企業が認識する超過利益の「Fair Shareのおこぼれ」にあずかれない限り、DSTやAmount Aの議論が後を絶たないことになる。

Fair Shareね…。何事においてもFairであることが重要な点にどの国も企業も異論はないんだろうけど、肝心の何がFairかという尺度が千差万別なので、誰の議論に非があるという話しではなく、「Fair Share」という概念を基に国際課税の新デザインを検討するのは不可能に近い。最近の社会トレンドとして、自分の意見と相いれない意見は「Unfair」と決めつけるように感じられるけど、何がFairかという点に関する各自の感覚が異なると、結局どんな案も誰かの目から見ると善意にUnfairということになってしまう。

しかも、各企業のIPやビジネスモデルに基づき認識される超過利益が各々どのように創出されているのか、超過利益に占めるユーザーの価値は何なのか、等は実際のところ不明で、なんだかんだそれらしい正当性を作り出しながらFairness議論をしているので、ますます正しい答えはなく、最終的には政治的に大多数の賛同を得られるデザインで妥協せざるを得ない。多数の賛同を得ること自体、各国の独自の視点から何がFairかという主観に基づくけどね。米国ハイテク企業の超過利益の課税と直接関係がないように見えるピラー2を本命ピラー1と並行して提案しているのは、Fair Shareの考え方に統一見解がない中で、何とか多数の賛同を得るための苦肉の策。

米国はピラー1には意欲的でない一方、ピラー2はやりたいのならどうぞ、的な反応だけど、中国はピラー2を快く思っていないように思われる。今後、世界各地で事業展開を目論む際、各国から税減免の恩典を受ける機会が多いと考えてのことかもしれない。ピラー2が合意されると、投資誘致目的で税を減免する策が意味をなさなくなるからだ。う~ん、世の中はなかなか複雑。こんな複雑な検討を、非現実的な日程で無理やり合意に持ち込んでも、長期的にSustainableなコンセンサスには至らないリスクが高い。

なんかBESP 2.0の話しは収拾がつかなくなってきたけど、そうこうしてる間にコロナ禍のような緊急時だけ超過利益を世界中で分け合うようなピラー3が先に合意されたりしてね。その先の法人税撤廃のピラー4もあり得たりして。今思うと米国の2017年税制改正の大本、と言っても原形は留めてないに等しいけど、に当たる米国下院歳入委員会のブループリントに規定されるDBCFTは元祖ピラー4だったかもね。ピラー3と4に関しては時間があれば簡単に別のポスティングで触れてみたい。また、超過利益と言えば、Apple・アイルランド対EUのState Aidの戦いは、Apple・アイルランドに軍配が上がったけど、超過利益の考え方には参考になる点が多いので、こっちも時間があれば触れてみたい。

とは言え、そろそろFDII・GILTI控除にかかわる最終規則や、GILTI高税率免除にかかわる本業(?)の話しにも戻らないといけないし、触れたいことだらけ。米国税務や国際税務の世界って暇になることがない。