Safe Harbor提案の辺りから暗雲が立ち込めていたピラー1に米国が引導を渡した。
6月17日にUSTR(米通商代表部)はピラー1策定の交渉テーブルへの参加打ち切りを正式に表明した。交渉が行き詰まり、また想定外の新型コロナウイルス対策に各国財務省が追われる中、これ以上のデジタル課税のグローバルコンセンサス検討は現時点で不要不急と断じた。もともとどちらかと言うとタカ派のUSTRのライトハイザー代表の下院歳入委員会での発言だ。
6月に入り、ピラー1、およびピラー1で解決しようとしていたDSTを取り巻く環境は一気にあわただしくなっていた。6月2日にはOECDのFiscal Affairsの議長を務めるMartin Kreienbaumドイツ財務長官がBEPS 2.0の交渉はコロナ環境下でもオンタイムで進んでいる点を強調し、7月から10月に延期されたとは言え、ベルリン会議で野心的に広範なピラー1も含め、130か国のコンセンサスを取り付けると自信の程をのぞかせていた。同日、米国ではUSTRがDSTを導入したり、検討している10か国(EU含む)に通商法301条に基づく制裁措置発動の検討している旨を発表。絶妙のタイミングだ。
6月12日にはMnuchin米国財務長官が、フランス、イタリア、スペイン、英国の各財務省にピラー1の交渉は行き詰っているとコンセンサス作りに悲観的な見方を伝え、かと言って独自のDSTを導入しようものなら、報復措置を取ると通告している。
書簡を受け取った4か国が共同返信を検討していた矢先の17日にピラー1からの離脱をUSTRが確認した流れとなる。新型コロナウイルスの影響で、デジタル企業以外の多くの「Consumer Facing」企業が業績不振に見舞われる一方、大手デジタル企業はテレワーク等の影響で一般的に逆に好調なケースが目立つ。コロナ対策で歳出が増加する一方、景気低迷で税収減は必至。米国のデジタル企業の超過利益に課税しよう、という動機は以前にも増して高まり続けている。デジタル企業への課税はイコール米国ハイテク企業への課税となることから、米国としてはそんな動きに嫌気がさしていても不思議はない。
米国は新型コロナウイルス対策で各国忙しいのだからピラー1などに時間を費やしている場合ではないと主張する一方、欧州等は新型コロナウイルスでデジタル企業の優位性が更に高まっている今こそ、ピラー1の完成を急ぐべき、と同じ新型コロナウイルスを理由としているにもかかわらず、180度異なる結論に至っている。
Amount Aという名目で、各国が超過利益をPEの存在なく課税所得として吸い上げる相手は大概において米国ハイテク企業。そんな想定のピラー1に米国が参加しないのでは、ピラー1は終焉したに等しいけど、翌日、アンヘル・グリア OECD事務総長は「継続してフォーカスを失わないように」的なコメントをして今後のウルトラCに僅かな期待を残しているともとれる状況。また、フランス、イタリア、スペイン、英国の財務長官たちは共同声明を出し、米国のピラー1からの離脱は「Collective Failure」であり、欧州に対する「挑発的」な行動だと非難している。
ピラー1と米国は最初からこうなる運命だったと言ってもいい。先は見えてたよね。Consumer FacingだのとSugarcoatはしてたけど、ピラー1は敢えて言ってしまえば、米国の大手デジタル企業の超過利益に多くの国が課税したいがため、そのためのルール作りだから、米国が良く思うはずはない。しかもこの超過利益は本国である米国で課税できていないケースがほとんどだから、他の国に課税されるのはなんだかな~、という認識もあっただろう。米国でIFRS導入論が存在した際、ロードマップとか言って同調するフリをして最後に撤退したのと似てる。今回もSafe Harborとか難題を突き付けて、どこで梯子を外すのかな、と興味深く見てたけど、新型コロナウイルスの混乱を一つの理由にこんな形で実行するんだね。OECDってその昔はOEECという第二次世界大戦後の欧州振興のための存在。税務面でグローバルリーダーシップを発揮できていない国連に代わり、いつの間にか税務のグローバルスタンダード策定機関となり、Inclusive Frameworkをもって、本来、発展途上国の代弁者であるべき国連に完全に取って代わってしまった。米国からしてみると、欧州の回し者というか、代弁者的な存在という懐疑心は払拭できていないだろう。
そんな米国も、例によって、同じBEPS 2.0でもピラー2には寛容で、以前のMnuchin財務長官がOECDに宛てた公開書簡でもサラッと「ピラー2はご自由に」という感じで記載されていた通り、今回もそのスタンスは変わらず、ピラー2には反対しないそうだ。既にGILTIとBEATがあるからかもね。前から言ってる通り、GILTIとピラー2は全く異質だけどね。GILTIはFDIIと対で考えないといけない制度で、その意味でもグローバル通算が基本。もしピラー2が国別とか地域別のブレンディングになっても、FDIIとの対だったり、GILTI控除とかFTCのことを考えるとGILTIがそうなるとはチョッと想像し難い。ただ、GILTIにもHigh Tax Exceptionが18.9%で適用できる規則草案があり、ちょうど今週、最終規則がOIRAの審議を通ったという話しもあり、その観点からは国別の税率は把握して、国毎の実効税率プラニングは重要になる。
ピラー1の設計はテクニカル面で大いに興味があったので、最終回を見る前に途中で終わってしまったドラマのようで、チョッと残念。でもまた手を変え品を変え別者が登場するだろう。