Sunday, August 9, 2009

時代に逆行(?)アメリカ国際課税ルール(14)

前回までの13回にわたる「長編」ポスティングで、オバマ政権の国際課税改定案の3本柱「Anti-Deferral」、「Check-the-Box」、「外国税額控除」に関してかなり詳しく説明した。今回のポスティングでは3本柱以外の国際税務改定案で日本企業側で関心が高いと思われる「アーニングス・ストリッピング規定」改定案に関してまとめてみたい。

*アーニングス・ストリッピングの背景

日本企業の米国税務を語る上で欠かせないトピックとしては1に移転価格、そしてその次に位置するといってもいいのがアーニングス・ストリッピング規定だ。

両規定とも、80年代後半から90年代前半に掛けて、猛烈に米国マーケット・シェアを獲得した日本企業が、米国でマーケット・シェアに準じる「正当なシェア」の米国法人税を支払っていないという実態に基づいて強化されてきたという歴史を持つ。

80年代後半、90年代前半、日本企業が米国でそれ相応の法人税を支払っていないのは、「当然」移転価格やDebt Push-Down等のプラニングを駆使して低税率国に所得が移転されているからだ、と米国財務省や議会は考えた。米国企業のタックス・プラニング感覚はもちろん「世界共通」であるとしか思っていない彼らにしてみれば、当然行き着くべき結論だろう。ところが実態は全然違う(英語で言うところの「Anything but…」のような感じ?)ことは後述する。読者のみなさんもそれは違うというのは感覚的に分かるであろう。20年後の今でも、借入をグループ内で有効に利用してグローバル税コストの適正化を図っている日本企業はとても少ない。世界各地の企業が米国のような「高税率国」に投資する際には「まず第一に」バランス・シートに借入をどれだけ取り込むかを検討する点と比較して、極めて興味深い。というか、個人的にはもう少し考えてもいいのではないかと思う。税コストの低減化を図るということが何かギミックかのように考えられるカルチャーがある限り、難しいのかもしれないが、外国子会社からの配当が非課税となった今、日本企業としてはこの点を検討し直す絶好のチャンスだろう。

海外の関連会社からの多額の借入を利用して米国課税所得を圧縮する(=EarningsをStripする)手法に網を掛ける目的で1989年にアーニングス・ストリッピング規定が導入される。税法上のSec.163(j)に規定されるため、日本企業的には移転価格のSec. 482、企業年金で日本版もできた(米国のものとは全然違うが・・)Sec.401(k)、と並んでよく知られているSection番号だ。1991年に「暫定規則」が発表され、その後確か規則は最終化されることなく現在に至っているはずだ。1993年には海外の関連会社から直接借入をしているケースに加えて、海外関連会社が保証を差し入れている第三者借入も規定の対象となった。

実は僕はこの暫定規則が最終化されるのを密かに20年近く待っている。というのも、法律上は「連結納税グループ(または連結納税できるが敢えて選択していないグループ)」に関してはアーニングス・ストリッピングの計算を合算ベースで行う、と規定しているように読めるが、暫定規則では共通の親会社を米国に持たない関連会社グループでも合算計算をしなくてはいけないように規定されており、最終規則での解釈が待たれていたからだ。

*今回の改定

現状のアーニングス・ストリッピング規定に関しては2007年11月30日の「Earnings Stripping Ruleの今後(1)」、「同(2)」で詳しく解説しているのでそちらを参照して欲しい。

今回の改定はもちろんアーニングス・ストリッピング規定を強化しようとするものだが、一番興味深いのは強化された規定は「米国から脱出した移民企業の米国子会社」のみに適用されるという点であろう。すなわち、最初から外国会社に所有されている米国法人には強化された規定は適用がないということになる。日本企業はもちろん米国から脱出した企業ではないため強化規定の適用はない。ただし、現段階では法案でしかなく、今後の審理過程で歳入と歳出の帳尻を合わせるため、適用が拡大される可能性は残る。

強化案には「負債資本率1.5に基づくセーフハーバーの撤廃」、「制限額算定基準の調整後課税所得50%から25%への引き下げ」が盛り込まれている。

*なぜ「米国脱出企業」のみが標的に?

上述の通り、強化案の適用は「米国脱出企業の米国子会社」に限定されている。これは財務省が過去何年もの申告書を基にスタディーを行った結果、日本企業を含む最初から外国に所有されている企業に関しては借入を利用して不当に所得を圧縮しているという統計的なデータは(少なくとも現時点では)得られなかったという発見に基づく。単純に利益率が低い?という可能性が指摘されたとのことだ。この点、移転価格問題は引き続きフォーカスされるだろう。

日本企業の多くがこのスタディーの対象になったことは間違いなく、日本企業のデータを解析すればアーニングス・ストリッピングを駆使して米国税負担を軽くしていないことは明らかだっただろう。ある意味、汚名が晴れたとも言えるが、財務省の方は「どうしてしてなかったんだろう・・・」という反応を持ったかもしれない(笑)。一方で米国から脱出した企業は、外国法人に変身することで米国課税対象を米国でのオペレーションに限定したばかりでなく、その米国オペレーションの課税所得すらも徹底的に「ストリッピング」してしまったという傾向が明らかだという結果が出ている。なかなか凄まじい。なお、米国多国籍企業の米国脱出(=Inversion)自体は税法改定により年々難しくなってきている。日本企業等の普通の外国多国籍企業が果たしてアーニングスをストリップしているかどうかに関する最終結論は先延ばしとなり、もう少し情報を集めてから最終的な判断をするとされている。その情報収集のために導入されたのがForm 8926だ。

という訳で現時点では日本企業としては心配に及ばない強化案だ。もちろん従来からのアーニングス・ストリッピング規定は継続して適用される。関連者間の借入に関しては他にも「過小資本」税制も存在するためにプラニングの際には十分な検討が必要だが、日本企業もそろそろ各グローバル・グループ企業のDebt/Equity率を見直す時期では?と思う。