Friday, January 25, 2008

米国支店への利息配賦規定は租税条約違反?

先日、米国の控訴審でNational Westminster Bank (Nat West)の判決が言い渡されIRSが敗訴した。このケースでは「米英租税条約のPE条項」と「財務省規則(Sec.1.882-5)に規定される外国法人の米国支店への支払利息費用の配賦計算」のどちらが優先されるか、という点が主に争われた。このケースが極めて興味深いのは争点とされた「米英租税条約の条項」は数多い租税条約の中でも「米英租税条約」と「日米租税条約」に一番関係が深いという点である。

*財務省規則下での支払利息配賦

言うまでもないが支店というのは現地法人と異なり「本店と同一人格」である。したがって、資本金を注入されたり独自で借入等を通じて資金調達する必要は必ずしもなく、本店が様々な手段で調達した資金を間接的に使用して事業を行うことができる。通常、支店は独自の会計帳簿を付け決算書も作成するが、負債・資本金勘定の部分は本店の好みでかなり弾力的に表示することができる。例えば支店が独自で借りた借入金とは別に本店での借入の一部を支店に付けて本店勘定(現地法人の資本の部に類似)を圧縮することもできれば、全ての資金を本店勘定として記帳して借入金を最低限とすることもできる。

このような恣意的な取り扱いに基づいて支払利息を算定したのでは、フェアな課税所得が確定できないことは明らかであることから、財務省規則では基本的に本店、支店(他に支店があればそれも含む)の資産・負債レシオを確定し、それを支店の資産額に適用し支店のみなし負債額および支払利息額を算定するようになっている。なお、実際の算定法はかなり細かく、また金融機関とそうでない主体に異なるルールが適用されたりするので、実際の適用時には必ず専門家に相談する必要がある。

*租税条約のPE規定

租税条約では、通常、外国法人が米国で事業を行って事業所得を得ている場合、外国法人が米国に恒久的施設(PE)を持っており、かつ所得がそのPEに帰属する場合に米国に課税権(連邦税)があると規定される。Nat Westで争点とされた「米英租税条約」のPE規定には、PEに帰属すると取り扱われる所得算定の際には「PEが独立事業主体」であったら算定されるであろう金額を所得とすることという規定がある。

この規定を文字通り適用すると、米国支店の帳簿に記帳されている負債が独立事業主体が認識するであろう負債レベルから逸脱していない限りはその金額に基づく課税所得の算定が認められる。Nat Westのケースでは米国支店には多くの本支店間借入に基づく支払利息が計上されていた。

*IRSと納税者のポジション

IRSは本支店間借入に基づく支払利息は税務上、費用とすることはできず、本店を含む全世界の資産・負債レシオに基づいて配賦計算された負債から算定される支払利息が費用となるという主張をした。このポジションは財務省規則に基づくものである。

しかし、一方の米英租税条約のPE条項では、支店の課税所得は恣意的な配賦に基づく費用控除ではなく、あくまでも支店が独立事業主体であったらどのような費用を計上できたかという考え方に基づいて費用控除することを規定している。この条項を適用して、本支店間借入に基づく支払利息も費用計上できるはずであるというのがNat Westの主張である。

一審の裁判ではSummary Judgmentで納税者の主張が認められ、この程控訴審でも納税者の主張が認められたものである。

*判決の影響

この判決で全てのケースで租税条約が優先することになる訳ではない。これは租税条約と国内法の「後法優先の原則」、各租税条約の文言等を下に慎重に検討する必要がある。また、IRSはここ何年も、支店の支払利息の費用認識は財務省規則が「唯一」の算定法であると追加文言を足したりして対抗している。また、Nat Westは銀行であり、他の業種とは資本・借入形態が異なる。

さらに、いくら独立事業主体に基づく算定と言っても好き勝手に本支店間ローンを締結して、多額の支払利子を費用化できるという訳ではない。独立事業主体であれば当然、一定の資本金が必要であり、また借入金に対しては市場レートに基づく利息を支払うことになる。これは移転価格の考え方に基づき決定されることになる。

*日米租税条約

今回のNat Westケースが日本企業にとって興味深いのは、面白いことに2005年に発効した「新」日米租税条約には、Nat Westケースで争点とされている米英租税条約の条項と同じ条項が含まれている。さらに米国財務省の解説には、財務省規則に基づく支払利息の配賦計算は各々の資産に係るリスクは一定でないという点が無視されており、場合によっては適切ではなく、その場合には租税条約のPE条項に基づきより弾力的な配賦が認められるという趣旨のコメントがある。これは財務省規則が「唯一」の算定法であるというポジションと真っ向から対立するものであるが、日米租税条約の方が新しい規定であることから、「後法優先の原則」に基づき日本法人の米国支店は、財務省規則の配賦が合理的でないと判断される場合には、租税条約の規定に基づく配賦が可能であると言えるであろう。