金曜日の証券取引所の立ち合いが終了した後に公表されるバークシャー・ハサウェイの財務諸表。意味のない会計原則に騙されて真の会社の価値が分からないままにバークシャーの株価が大きく変動しないようにという株主への心配りだ。金曜の夜から月曜日の立ち合い開始まで、出来のいいアナリストや投資家が紛らわしい会計原則を解読して、本当の会社の姿を理解するための時間を使って欲しいということらしい。格好良すぎ。
で、例年通り2月最終金曜日の夜に2017年次報告書が公開された。財務諸表と並んで、またはもしかしたらそれ以上に注目されるのが、年次報告書の冒頭に記載されるウォーレン・バフェット会長から株主への「手紙」だ。ウォーレン・バフェット会長の一語一句と同時に、記載が定着しているバークシャー・ハサウェイとS&P500の1965年からの成長率比較を楽しみにしている世界の投資家も多数居るだろう。今年の手紙によると、2017年までの年間平均成長率(CAGR)はS&P500が9.9%なのに対し、バークシャー・ハサウェイは20.9%となっている。う~ん、さすが「オマハの賢人」。凄い。
今年の手紙はウォーレン・バフェット会長の次の言葉で始まっている。
「バークシャーの純資産は2017年だけで653億ドル(100円換算で6兆530億円!)増加し、一株当り純資産はクラスA、クラスB共に23%増額しました。現経営陣がバークシャーの経営を担当するようになってからの53年間で一株当り純資産は19ドルから211,705ドルと、年間平均で実に19.1%の成長率を達成したことになります。
純資産増加のデータを提示して手紙を書き始めるのは過去30年続いた伝統と言えますが、2017年は過去の伝統とは全く異なる年となりました。というのも、資産増加の大きな部分はバークシャー自らの努力で達成したものではないからです。もちろん650億ドルの増加は真の増加なので、その点の心配はご無用ですが、バークシャーの業績を理由とした純資産増額は360億ドルに過ぎません。残りの290億ドルに上る増額は12月後半に米国議会が米国税制改正を可決して届けてくれた贈り物なのです。」
税法が変わっただけで純資産が3兆円近く増えるのも凄いけど、WSJはウォーレン・バフェット会長は、3兆円もの「棚ぼた」をもらったのだから他でもないトランプ大統領の感謝しないといけませんね、と、2016年の大統領選挙時にはクリントン支持で知られていたウォーレン・バフェットを皮肉っている。他のメインストリームメディアよりはマシかもしれないけどWSJも口が悪い。
バークシャーの純資産増加の主たる理由は税率の引き下げにより繰延税金負債(DTL)が減少した点だ。日本企業の米国子会社でも加速度償却とかでDTLの残高が大きかったところは同じような恩典を享受している。反対に繰延税金資産(DTA)の残高が大きかったところは被害にあってるけど。ここは明暗が分かれるところ。
この点に関してWSJはAT&TやComcastも同じような「Paper Gain」の恩典を享受していると報道しているが、Paper Gainと言う表現が適切かどうかは若干疑問。確かにDTLの評価替えをしても、その段階で現金が入ってくる訳ではない。バークシャーの財務諸表の開示を見ると、税制改正を理由とする290億ドルの純資産増加のうち、税務上の加速度償却やボーナス償却に基づく資産償却のDTLだけでも130億ドル減額(すなわち資産増加)している。これは実際に税率が35%だった年に償却100ドル当たり35ドルの法人税を既に減額したという実績に基づく。この前倒し償却メリットが2018年以降に反転して、会計の利益に当メリット額を上乗せした結果支払うこととなる追加法人税は35ドルではなく急に21ドルに減ってしまったこととなる。これは実際の恩典だ。ウォーレン・バフェットが手紙の冒頭で敢えて「真の(Real)」資産増加と宣言しているのも、このような報道を先取りしているような気がしてならない。
ウォーレン・バフェットと言えば、バフェット・タックスという富裕層に対する増税を提唱したりしているので、バークシャーも法人税を保守的に支払っているのでは、というようなナイーブな錯覚があるかもしれないが、それは全くの勘違い。弁護士協会のような集まりでM&A法人税プラニングで革新的な手法を検討する際には必ずと言っていいほどバークシャーの節税プラニング例が出てくる。WSJにもバークシャーは税率引き下げを見越して、含み損を抱える資産を税率が35%と未だ高い2017年内に売り急いでいたという事実が記載されている。全然悪いことでもないどころか、企業経営者として当然かつ基本的な戦略だ。
税務業界ではウォーレン・バフェットは法人税を繰延できるのであればできるだけ繰り延べるのが有利と言う当たり前のことを良く理解している投資家として知られている。いつか触れたバーガーキングのInversionでSection 367 の抵触がないSection 721を利用したような画期的な手法を実際に利用しているのはそのいい例だろう。法人税を繰り延べて、将来支払う法人税を35%で負債計上していたところ、税率が下がって21%で済むんだったらそれは「本当の」資産増だ。法人税はとにかく保守的に支払う、というようなポリシーでは53年間のCAGRが20%超えるようなことはあり得ないということかもね。