Wednesday, May 16, 2007

日米社会保障協定(7)

今回のポスティングも日米社会保障協定に基づく米国公的年金受給権に関しての解説を続ける。

1.受給対象者

米国における老齢年金およびそれに準じる公的年金の種類は多くあり、ここで全てを解説することはできないが、日本人の元米国駐在員に最も関連があると思われるのは次の二つである。

A) 本人の加入期間に基づく老齢年金

B) 配偶者の加入期間に基づく老齢年金

2.本人の加入期間に基づく老齢年金

米国で老齢年金の受給を開始することができる最小年齢は現段階では62歳となる。具体的には「月初で62歳になっている」月から受給が可能である。

この月初で62歳になっているという点に関して「人はいつ年を取るか?」という面白い判例がある。米国の法律原文では「62歳になる」という部分は「Attain 62 years old」と表現されおり、直訳すると「62歳に達する」となる。普段の常識(少なくとも日本の)では人は誕生日に年を取るものと考えられている。例えば、2月2日が誕生日の方は2月1日時点ではまだ前の歳でいると感じているはずだ。しかし、その昔、米国では人はいつ年を取るのかという解釈を巡って裁判が起こされたことがあった。訴えた原告側の主張は「誕生日は次の1年が開始される日である」として、誕生日の前日の終わりには年齢がひとつ上がると考えるのが正しい、というものだあった。驚いたことに裁判所は原告の主張を認め、人は誕生日の前日に年齢を1年重ねるという判断が下されました。この流れを酌んで米国の老齢年金受給権を決定する目的では「誕生日の前日」に年を取るという考え方が適用される。すなわち、月初で62歳になっているということは、月の2日の誕生日に62歳になる者を含むということになる。

62歳になると社会保障庁から連絡があるのかというとそうではない。あくまでも貰う立場にある者が「受給申請」を行って初めて受給が開始される。受給権が確立されているにも係らず申請を行なわないとその期間の年金受給権を失うことになる点、注意が必要である。65歳(将来は67歳に引き上げ)になってからの受給申請の場合には最高6ヶ月過去に遡及した受給が可能となることもあるが、受給を決意した場合には遅延なく申請を行なう必要がある。

3.米国における一般的な老齢年金受給額

受給額は、情報さえ揃っていればそれ程複雑な算定をすることなく簡単なエクセルでもあれば試算は可能である。米国で35年以上高給(といっても現在の価値で$90,000から$100,000が目安)をもらっていれば月当たりの受給額は$2,000弱程度となる。当金額は正式な退職年齢(Full Retirement Age)とされる65歳(将来は徐々に67歳まで引き上げ)に始めて受給を開始する場合の金額である。65歳になって受給を受け始める場合に受け取ることができる金額を「Primary Insurance Amount (PIA)」といい、PIAは老齢年金受給額の算定の軸となる重要な金額である。

65歳以前に受給を開始する場合には「繰上給付」に対する減額措置が適用される。減額は「65歳となるまでの月数 X 5/9%」で計算される。したがって、受給の最低年齢である62歳から受給を受ける場合には36ヶ月繰り上げて受給を開始することとなり、20%の減額となる。減額調整された月当たりの受給額は生涯適用されるため、受給開始のタイミングは個々の事情に合わせて検討される必要がある。

逆に65歳を超えて受給を開始する場合には「繰延給付」に対する増額措置が適用される。増額は「65歳を超える月数X 0.5%」だが、70歳になるとそれ以上の増額はない。繰上給付に対する減額措置同様に、増額された月当たりの受給額は生涯有効となる。

給与等の勤務所得を受け取る年に関しては受給額が減額される場合もある。ただし、65歳を超えると他からいくら勤務所得があっても減額の対象とはならない。また、企業年金、利子・配当等の投資所得等の所得はいくら受け取っていても年齢に係らず受給額に影響はない。

上述のPIAおよび該当する調整に基づく月当たりの受給額は一旦申請が行われると変更はないが、実際に受け取る金額は毎年の物価スライド調整の対象となる。

4.協定に基づく老齢年金受給額

協定に基づく受給額の算定も情報さえ揃っていればエクセルでもあれば試算が可能だ。ステップがいくつかあるので具体的な算定法に係わる説明はここでは省くが、簡単に言うと、まず、「米国駐在期間に受け取っていた給与水準で、仮にもし一生涯米国にて給与を受け取っていたとしたら一体いくらの老齢年金がもらえたであろうか?」という仮の計算を行なう。駐在期間の給与は高水準であることが多く、年収(グロス額)で今日のドル価値で$90,000を越えているケースがほとんどだると思われる。ということは上述の米国一般のケースに当てはめると月当たり$2,000近い受給が可能であっただろうということになる。

しかし、実際には生涯米国で勤務していた訳ではなく、この金額をそのまま受け取ることはできない。すなわち、当金額を駐在期間相当に按分する計算が必要となる。具体的な按分は駐在期間ではなく上述の「Quarterクレジット」に基づいて行なわれる。米国では年金算定の基準として生涯勤務年数35年という数値が用いられる。年間4 Quartersのクレジットで換算すると、35年間に溜めることができる最高クレジット数は140となる。駐在が5年間で、毎年それ相当の給与をもらっていたとするとQuarterクレジットは20記録されている。このようなケースでは「20/140(約15%)」という按分率で先の$2,000を減額する。結果算定される金額は約$300となる。また同額は上述のPIAベースとなるため、65歳から受給を受ける場合の金額ということになる。すなわち、65歳以前から受給を受ける場合には上述の繰上給付に係わる減額措置が適用される。例えば、62歳から受給を受けるとすると20%減額となり月当たりの受給額は約$240前後となる。

5.配偶者の加入期間に基づく老齢年金

自分自身では全く米国にて勤務した経験がないようなケースでも配偶者が受給権を得ると、配偶者のPIAの50%を受給することが可能となる。配偶者規定の適用には男女の区別はないが、ここでは話しを分かり易くするために駐在員(男性)に米国勤務経験があり、妻(女性)には米国勤務経験はないものとする。

配偶者規定の適用には、まず駐在員本人が受給権を確立していることが前提となる。ここでいう受給権とは単に62歳になっているということばかりでなく、受給の申請を終えていることを意味する。したがって、62歳になってはいるが65歳まで受給を待っているようなケースでは受給権が確立されているとは取り扱われない。

また、奥様自身が62歳となって始めて配偶者としての受給権が確立する。配偶者としての受給には、受給申請時点で少なくとも1年の婚姻実績が必要とされる。また、奥様が独自の申請をするまでは、たと駐在員本人が受給を開始していたとしても、配偶者規定に基づく受給権は確定しない。奥様が65歳になる前に受給を開始する場合、その時点の駐在員の年齢には関係なく奥様の受給額には繰上給付に対する減額措置が適用されるのが一般的である。

奥様に米国勤務経験があり、自分で溜めたQuarterクレジットに基づく受給額の方が大きくなる場合には、もちろん、自己の算定に基づく金額を受け取ることができる。