Friday, May 25, 2007

証券会社による株式等の「取得コスト」報告案

* 米国でのキャピタルゲイン課税

米国で個人が認識するキャピタルゲイン・ロスは、総合課税の一環で各自が確定申告書に報告して申告納税する義務がある。他の所得が最高で35%(連邦)の累進税率の対象となるのとは対照的に、キャピタルゲインはその状況により5%、15%、28%等の「優遇」税率で課税される。株式・債券を少なくとも一年間を「超えて」保有した後で売却する場合に発生する「Long-Term Capital Gain」に対しては15%が最高税率となるため、大半のケースでキャピタルゲインに対する税率は15%ということになる。Day-Traderのように短期(一年以下)で売買を行う取引から発生するキャピタルゲインは「Short-Term Capital Gain」と呼ばれ、Long-Term Capital Gainに対する15%等の優遇税制が適用されず、各納税者の限界税率に準じて課税される(連邦で最高35%)。

年間の売却損益を通算してロスとなる場合にはキャピタルロスが発生するが、その場合には年間$3,000を上限に他の所得(給与、金利、配当その他)との相殺が認められる。キャピタルロスが$3,000を超えるケースでは、未使用金額は翌年に繰り越される。繰越の限度期限はなく、未来永劫繰り越すことができる。3年間の繰り戻しが認められる法人と異なり、個人はキャピタルロスを繰り戻しすることができない。

キャピタルゲインは上述の連邦税に加えて、居住州でも課税される。州税はもともと連邦税と比べて税率が低いためか、キャピタルゲインに対して特に優遇税率が規定されていないのが通常である。

* IRSに対する証券会社からの報告

キャピタルゲイン・ロスに係る申告を取り締まる目的で米国の証券会社は一年が終了した時点で、各納税者が一年間にどれ程の株式・債券を売却したかという報告をForm 1099-Bという様式にてIRSに行う。これは給与、利子、配当等の所得が雇用者、銀行、証券会社からIRSに報告されるのと同様である。もちろん報告のコピーは納税者本人にも送付されてくる。米国市民、居住者、または非居住者でも米国で確定申告所得がある者、全員に総合課税ベースで申告義務が課せられる米国では、一年間にどれだけの所得が発生したかという事実を各自が把握する必要があり、そのためにもこの報告は貴重であると言えるが、報告の一義的な目的はIRSに対して「私は今年この納税者にいくらの所得を支払いました」という情報を提供し、申告漏れを監視することにある。

ここで注意が必要なのは、証券会社がIRSに行うキャピタルゲイン・ロスの報告対象と規定されているのが「売却金額」(Gross Proceeds)であるということだ。給与、利子、配当であれば、課税所得として確定申告書に報告される金額もIRSに報告される金額も同額となるので特に大きな問題はない。

一方、キャピタルゲインに関しては「売却金額=課税所得」ではない。売却金額から取得コストを差し引いた「ネットゲイン」が課税所得となる。したがって、納税者は証券会社から報告される売却金額に自ら「取得コスト」をマッチさせる作業が必要となる。証券会社によっては売却取引に取得取引をマッチさせた計算表を作成してくれるところもあるが、これはあくまでも「参考資料」として投資家である納税者のみに提供されるものであり、IRSにはコピーは送られない。IRSに送付されるのはあくまでも「売却金額」のみである。また証券会社によっては、マッチした情報を出してくれないようなところもあるようで、その際は納税者が自己の記録から情報をマッチして申告書(Schedule D)に記載する必要がある。

さらに、上述の通り、キャピタルゲインに対する税率は株式・債券等の投資資産の「保有期間」により異なるが、取得日等の情報も納税者が自ら申告書上で報告する必要がある。

* 以外に多いキャピタルゲイン未報告に係るIRSからの追徴レター

投資家であれば、株式・債券の売却があれば課税関係が発生するという点は理解しているであろうと思われるかもしれないが、実はそうでもないケースが結構多い。IRSから受け取る追徴レター(Noticeという)の中で以外に多いのがキャピタルゲインの申告漏れに基づくものだ。特に売却金額が再投資されているようなケースでは、投資家の手元に現金が戻ってくることがないため、申告の必要性を感じていないケースが多い。

Noticeを受け取る大概は次のようなパターンである。申告書を出して1~2年すると、IRSからNoticeが届く。Noticeの内容を見ると驚いたことに$10,000単位で(日本風に言うと何百万円という単位で)納税漏れがあり、金利、ペナルティーを加えて至急支払うようにというものである。このようなNoticeを受け取るとかなり焦るものであるが、その内容を見ると証券会社から報告されているキャピタルゲイン取引が申告書に反映されていないという理由が記されている。IRSにはグロスの「売却金額」のみが報告されている点に関しては上述の通りであるが、確定申告書に取得コスト等の情報を明記したキャピタルゲインの申告、すなわちSchedule Dがない場合、IRSは「売却金額=全額ネットのキャピタルゲイン」とみなして追徴の計算をしてくる。これは実態とは大きく異なることが多い。

例えば、過去に$10,000で株式を取得したが、当年に$9,000で売却したというようなケースでは、実際には$1,000のキャピタルロスが計上できたはずであるが、申告書に報告がない場合にはIRSは$9,000(証券会社から報告があった売却金額)をキャピタルゲインと扱って追徴をしてくる。また、もっと最悪なのは、Day-Trader的に売買を繰り返すようなケースである。元手となる資金を仮に$5,000として、これを基に売買を繰り返す。各取引で損益がほとんど出ないようなケースでも、単に売買を100回繰り返すと各取引の売却金額合計はナント$500,000である。証券会社からIRSに行く報告にはこの$500,000が記載されるため、IRSによる追徴は法外な金額となる。最初から確定申告書に報告をしていれば避けられるNoticeである。

そのまま追徴を支払っては本来の税額以上のものを支払うこととなる。したがって、このようなNoticeを受け取った場合には「修正申告」をして追徴の一部、全額を取り消してもらうことになる。修正結果がIRSのシステムに反映されるまでには時間を要するため、度重なる「Reminder」をIRSから受け取りイヤな思いをするという苦い経験となることが多い。

* 取得コスト・保有期間も証券会社が報告するべきという法案

なぜ証券会社は売却金額のみを報告するのかと疑問に思う方がいるかもしれないが、それは単純に法的に報告が義務付けられているのが売却金額のみだからである。顧客サービスの見地からも、リスク管理の見地からも義務もないものをわざわざIRSに報告するような証券会社はない。

このような不便な状況を一気に解決させる可能性を持つ法案がこの春頃から議会で検討されている。2月に下院で「取得コスト、保有期間」も報告対象にするべきという法案が提出されたが、その後上院でも同様の法案が議論され指示を受けている。ただ、立法の趣旨を見てみると、納税者の不便を解消しようということではなく、キャピタルゲインに係る不当な申告に網を掛けるためということのようである。おそらく実態よりも高い取得コストを報告するような例をターゲットしているのであろう。大統領候補のオバマ上院議員も「キャピタルゲインに対する税金の未払いを是正する目的でこの法案には賛成」というコメントを出している。

このようにあらゆる課税所得がIRSに自動的に報告されるようになると最終的にはIRSのウェブサイトにアクセスして内容を確認し、家族状況等の一定の追加情報を入力するだけで申告が終了してしまうような日も近いのかもしれない。

なお、Mutual Fundを通して投資している場合にはFundの中で既にキャピタルゲインが算定されており、確定申告書で報告するべきキャピタルゲインが「Capital Gain Distribution」として1099-DIVに報告される。したがって、個々に取得コストをマッチするのは1099-Bが発行される売買に関してである。ただし、Mutual Fundに関してもFundそのものを売却した場合には1099-Bが発行されるので、通常の株式・債券の売却同様に所得コストの算定(Mutual Fundの場合必ずしも容易ではない)という作業が必要となる。