Tuesday, May 22, 2007

米国オペレーションの損益通算

米国オペレーションの損益通算

三角合併および合併等の企業再編に対する税務上の取り扱いに関して引き続きドラフトしている矢先に、IRSが日本企業にとって興味深い個別通達(Letter Ruling)を発表したので急遽そちらに関して触れておくこととした。今回のLetter Rulingは、外国企業の米国課税所得を算定する際の事業主体間における「損益の通算」に係るものである。Letter Rulingは毎日のように発行され、日本企業の米国オペレーションにとって関連深いもの、そうでもないもの玉石混淆な状態であるが(内容がいい悪いということではなく、日本企業として参考になるかならないかという意味において)、その中で2007年5月23日付けで発表された「Letter Ruling 200720010」はかなり興味深いもののひとつである。

* Letter Rulingとは?

Letter Rulingは実際に行われる取引に関して、前もってIRSに税務上の取り扱いの確認を取るというシステムであり、実存の納税者が関連する事実関係をIRSに全て開示した上でIRSが取り扱いを文書で発行する。Rulingの原本は当然、Rulingを申請した納税者当人のみに秘匿扱いで発行されるが、内容に汎用価値があると判断された場合には、一部修正されたうえで一般公開される。この一般公開されているのがLetter Rulingである。一般公開に当たっては納税者を特定することができる情報(氏名、国名等)は削除され、「Country X」等の表現に置き換えられる(「Generic」となる)。もちろん課税関係に影響のある範囲の事実関係が失われることはない。例えば、法人の設立が米国なのか外国なのかという事実は課税関係に重要な影響を持つことからきちんと明記されたままである。

Letter Rulingそのものの法源としての効力は一義的には申請した納税者のみに適用され、法廷でLetter Rulingの内容を他の納税者が判例として使用することは認められない。しかし、実務上はLetter Rulingの対象とされている取引が、自分たちが行う取引内容と同一な場合、または近似している場合には、IRSがその取引をどのように見ているのかを判断する貴重な情報となる。現に、税務調査でIRSから更正を受けそうになった際に、納税者側に有利なLetter Rulingを見つけて事態を切り抜けたケースは数知れない。ただし、過去の判例が基本的に絶対である裁判所での判断(「Stare Decisis」)と異なり、Letter Rulingは発行時点でのIRSのスタンスを表示しているに過ぎない。したがって過去のLetter Rulingが現在でも有効なスタンスであるのかどうかの確認をしておくというプロセスは、他の法的なリサーチの場合と同様に「Must」である。

* Letter Ruling 200720010

このLetter Rulingに登場する納税者は、外国企業(米国以外の国に設立された法人)であり、米国では「現地法人(子会社)」と「支店」の双方の形態を通じて事業を行っている。上述の通り、納税者を特定できる情報は削除してあるので、どこの国の納税者かは分からないが、日本企業にもピッタリくる内容でもある。

Letter Rulingによると、この外国企業は銀行であり、米国の支店を通じて銀行業を行っている。同時に、米国で買収した100%子会社となる現地法人があり、支店と同時に現地法人を通じても米国でインベストメントバンク事業を行っている。米国の税務に係っている者であれば、この時点で「これは税務上、不利なグループ形態だな」と気づく。現地法人、支店共に米国で事業を行っているにも係らず、課税所得を算定する際に二つの事業主体間で損益の通算が認めらないからである。

案の定、Letter Rulingを読み進んでいくと、現地法人は買収後、損失を計上し、未使用の繰越欠損金(「Net Operating Loss-NOL」)がたまっていく一方で、支店は順調に利益を計上して米国で税金を支払っている現状が事実関係として説明されている。これはキャッシュ・フローに悪影響があるばかりでなく、決算書上(会計上)の実効税率にも最悪の影響を与える。例えば、支店の利益を200として、これに35%相当の70の税金を支払っているとしよう。現地法人の損失を100とする。現地法人の持つNOLは将来の課税所得を圧縮する効果があるので、本来であれば税率を掛けた35の資産価値(繰延税金資産)がある。ところが現状で損失を計上している現地法人が繰延税金資産をそのままバランスシート上認識することは困難であり、評価性の引き当てを計上させられるであろう。となると100の損失に対して税効果はゼロとなる。支店と現地法人の米国事業を会計上合算すると、100の利益に対して70の税金、実に実効税率は70%となる。この例で用いた金額はLetter Rulingとは関係がなく、また実際には親会社の設立国における外国税額控除、ブランチ・プロフィット・タックスその他の影響を考えなくてはいけないが、大きな方向として、損益を通算できないグループ形態下で事業を展開することの不利益は明白である。

* 損益通算できる形態への企業再編

Letter Rulingでは、上述のような不利な現状を受けて、納税者が課税所得を算定する際に「損益通算」を可能とするような企業再編を提案し、それに対して、狙った通りの課税関係を達成することができるかどうかが焦点となっている。損益通算を可能とする再編はいくつか考えられるが、この外国企業が選択した方法は、現地法人を税務上の取り扱い上「支店化」してしまうというものである。支店化する方法として、単純に現地法人を州の会社法に基づき実際に清算してしまうという方法も考えられるであろう(会社法が連邦法ではなく州法で管理されている点に関しては「三角合併」に係るポスティングを参照して頂きたい)。

しかし、実際の清算は、米国法人の資産・負債を外国企業に移管する必要があること、また、現地法人で営んできた事業に係る訴訟その他の負債に関して、外国企業本体の資産がリスクに曝されることなどから得策とは言えない。そこで、この納税者は現状では米国の「株式会社(Corporation)」である現地法人をLLCに形態変更することとしている。株式会社をLLC、またはパートナーシップに形態変更する際には州法上の「合併」という手法が用いられるのが一般的である。すなわち、外国企業が合併の受け皿として新設するLLCに株式会社を合併させる。外国企業が持っていた現地法人に対する株式は取り消され、合併対価としてLLCに対する「メンバーシップ」持分を受け取る。株式会社の持っていた資産、負債、契約関係その他一切合切が法的に自動的にLLCに移管されることとなる。

合併というと株式会社同士のような同一の形態同士のものを想像される方が多いかもしれないが、株式会社とLLCの間で実行される「異種間合併(Inter-Species Merger)」は一般的によくみられる。異種間合併に関しては別のポスティングで後日もう少し詳しく解説する予定である。

株式会社と異なり、LLCは、米国税務上の取り扱いを「パススルー課税」とするか、または「法人課税」とするか、いずれかを任意に選択することができる。これは「Check-the-Box Rule」に基づくものであり、極めて柔軟な規定であり、納税者の弾力的な事業主体選択に大きく貢献している。

Letter Rulingでは、現地法人の事業を受け継いだLLCは「パススルー課税」を選択している。これは「法人課税」を選択しては、今までの現地法人の税務上の取り扱いと差異がないことから当然である。ちなみに、LLCその他の事業主体がCheck-the-Box Ruleに基づき法人課税を選択する例はかなり限られているのではないかと思う。実際に統計を見たことはないがゼロに近いのではないだろうか。

いずれにしてもLetter Rulingの中のLLCが「パススルー課税」を選択したことにより、このLLCは税務上、外国企業の「支店」となる。パススルー課税の対象となる事業主体に少なくとも2人のパートナー、メンバーが存在する場合には、税務上の取り扱いはパートナーシップとなるが、今回のようにメンバーが単独である場合(Single Member LLC - SMLLC)は支店扱いとなる(メンバーが個人の場合には自営業扱い)。このLetter RulingにおけるLLCの利用は、実際に現地法人を清算して支店化するという手続きを取った場合のデメリットをうまく回避している。すなわち、実際に資産を外国企業に移管していないこと、税法以外の目的ではLLCはメンバー有限責任の法人扱いであることから、訴訟等の負債リスクを米国の法人単位で封じ込めていること、である。

LLCが税務上は支店扱いとなるため、税務上は現地法人が清算され、資産が親会社である外国企業に清算配当された取り扱いを受ける。80%以上の持分を持つ親会社に対する清算配当は通常、「非課税」となり、配当される資産の税務上の簿価は親会社により引き継がれる。ただし、これは米国内取引に限る話であり、親会社が外国企業の場合には、例え80%以上の持分条件を満たす場合でも清算配当の対象となる資産に含み益がある場合には課税されるという例外規定がある。更に、この例外規定に対する更なる例外(すなわち外国企業が親会社となる場合でも、非課税措置の適用が認められる)が、財務省規則に規定されている。その一つに「清算配当を受け取る外国企業が、その後10年間に亘り、配当された事業資産を米国での事業に継続して供し続ける場合には非課税の取り扱いを認める」というものがある。この点に関しては申告書に宣誓書を添付する等のペーパーワークが規定されており、Rulingの外国企業はこの特例を利用して非課税で現地法人を支店化するとしており、IRSはその取り扱いを認めている。

* NOLの移管

この取り扱いで将来的に発生する(旧)支店と(旧)現地法人(今ではLLCで税務上は支店扱い)の損益が自由に通算できることになる。再編後は双方の事業共に同一納税者である外国法人に帰属するためである。更に有利なことに、上の80%親会社に対する清算に関しては、他の適格再編に対する取り扱い同様に、NOLを含む税務上の属性が親会社に移管されるという恩典がある。Letter Rulingのケースでも、旧現地法人が認識したNOLが親会社に移管され、再編後に認識される所得(旧支店からの所得を含む)と相殺が可能となるとされている。このLetter Rulingを申請した納税者にとって、NOLの使用に係る確認が取れた意義は大きいであろう。

* 損益通算一般

今回のLetter Rulingでも分かる通り、グループ形態を構築する上で、課税所得の通算を可能にしておくということが実効税率を下げる上で極めて重要である。グループ内の事業主体の課税所得の通算の手段としては、今回のLetter Rulingでも見られるように、LLC等を利用したパススルー課税が効果的である。また、米国内の事業主体だけであれば連結納税も基本的に同様の効果を持つ。この辺りの話しは極めて長くなるので、別の機会に解説する。