Wednesday, May 16, 2007

日米社会保障協定(2)

1.保険料二重払い問題の解決

米国では給与に対して6.2%(2007年の課税上限額は$97,500で、上限額は物価スライドする)の「老齢・遺族・障害保険」および1.45%(課税上減額なし)の「高齢医療保険」(ここではこれらを合わせて「FICA」と呼ぶ)が課せられる。日米社会保障協定が発効する以前は、日本人駐在員が米国にて勤務する間に受け取る給与も全てFICAの対象となっていた。また、FICAは従業員に課税されるばかりでなく、雇用者も従業員負担額と同額を拠出する義務を負っている(金額をマッチさせることからFICAマッチと呼ばれる)。

一方で、日本人駐在員は日本でもそのまま厚生年金社会保険料を支払い続けるケースがほとんどであり、派遣企業にとっては保険料の両国での二重払いによる派遣コスト増が頭の痛い問題となっていた。 この保険料の二重払いの解決が社会保障協定のひとつの目的であり、協定発効後は協定の規定に基づいて、どちらか一方の国で社会保険料またはFICAを支払うこととなる。

ちなみにこの「FICA」という用語であるが、 米国で仕事をしていると社会保障税をFICA(ファイカと発音する)と表現することは日常当たり前のことであるが、意外にその語源を知っている人は少い。
FICAは「Federal Insurance Contribution Act」という社会保障税の給与控除を規定した連邦法名の略で、今では給与天引きされる社会保障税を意味する一般用語となっている。

2.どちらの国で保険料を支払うか?

協定に規定される基本的なルールは「Territorial Rule」と言い「勤務している国でのみ社会保険に加入する」という簡単なものとなる。ただし、駐在員・派遣員の場合は多くのケースで例外規定である「一時派遣規定」の対象となることが多い、というかほとんどである。

上述の通り、協定の基本ルールは「勤務国のみで社会保険に加入すること」というものである。しかし、駐在員のように一方の国の雇用者から「派遣」されるケースで、かつ派遣時点で派遣期間が5年を超えないと予想される場合には、これを「一時派遣」と呼び「派遣元の国のみで保険料を支払えばよい」という「Detached Worker Rule(一時派遣規定)」が適用される。駐在員は日本の親会社から「派遣」されてくるため、駐在期間が5年を超えないと予想されるケースでは、当例外規定が適用され、日本でのみ社会保険料を支払い、米国ではFICAを支払わない、ということになる。

協定の規定に基づくと、「日米両国」で保険料を支払うことはなくなるが、「どちらか一方の国」では保険料を支払う義務が残る。これは言い換えれば、両国で支払いを続けるというオプションがなくなるということである。またその際に、どちらの国に保険料を支払うか、という選択は協定の規定に基づいて決定される必要があり、雇用者や本人が自由に選択できるというものではない(この点は重要であるが必ずしもよく理解されていないことが多い)。例えば、派遣時点で米国駐在が5年を「超える」という見込みのケースでは、上述の一時派遣規定の適用はなく、勤務地である米国のみでFICAを支払う必要がある。その場合、日本では厚生年金保険の加入者ではなくなり、保険料の支払いは停止される。このようなケースでは、日本では加入者でなくなるという手続きが必要であるが、米国では特別な手続きは必要ない(普通にFICAが源泉される)。

一方で、上述の一時派遣規定に基づき、駐在が5年「を超えない」見込みである場合には、日本で厚生年金保険に加入し続け(すなわち、厚生年金保険料を支払い続ける)、米国でのFICA源泉はできない。この場合、米国の雇用者に「FICA源泉は必要ない」ということを告知する必要があり、その目的で使用されるのが「適用証明書」と呼ばれる様式である。この証明書はその名の通り、駐在員に対して日本の厚生年金保険が適用されていますよ、ということを証明するもので、最寄の社会保険事務所で取得できる極簡単なものである(証明書に米国事業主体の住所が日本語で記載されているので面食らった方も多いのではないかと思う)。

頻繁に受ける質問のひとつに「駐在が5年を超える見込みなので協定上は米国でのみFICAを支払うことになるが、日本の厚生年金保険料も任意に支払い続けけることはできるか?」というものがある。協定の規定はあくまでも「どちらか一方の国のみ」の社会保険に加入というのが原則である。したがって、協定の規定に照らし合わせて、米国で加入となる場合には同時に日本の厚生年金保険に加入し続けるという選択はないものと思われる。国民年金には任意加入という制度があるため、もちろん任意に利用することができるが、厚生年金保険には任意加入という考え方はない。

3.簡単に取得できる適用証明書

日本は従来から英国、ドイツ、韓国と米国同様の協定を締結しており、既にこれらの国の保険料支払い免除を受けるため、「適用証明書」を取得した経験がある日本の親会社は少なくないはずである。米国に係る適用証明書も全く同様の手続きに基づいて申請・取得される。申請に必要となる情報は「日本の雇用者の事業所記号、駐在員氏名、生年月日、日本の年金番号、米国の事業所名、派遣予定期間」等、極めて基本的な情報である。これらの情報を指定の交付申請用紙に記入して、最寄の社会保険事務所に提出することにより申請は完了する。申請は雇用者である日本の親会社により行われ、派遣時点では情報がない米国のSocial Security Numberを申請書に記す必要はない。

上述の通り、適用証明書の交付申請用紙には見込み「派遣期間」を記載する必要がある。最終的に発行される適用証明書には、申請用紙に記載された見込み「派遣期間」が記載される。注意が必要なのは、申請時に記載される派遣期間が5年より短い場合には、当然、適用証明書にも5年より短い派遣期間が記載されることとなる。万一、実際の駐在がこの期間を超えるようなケースでは、例え5年以内であっても延長申請が必要となる。「合計」派遣期間(一回の派遣に関して)が5年以内の延長申請であれば、米国社会保障庁の審査を経る必要がなく、さほど時間を要さずに延長後の新たな適用証明書が発行されるはずである。あくまでも見込みであるため、期間の特定は難しいケースもあるかと思われるが、帰任の日が具体的に定まっていないが、5年は超えないというようなケースでは、最高限度期間である5年を基に申請を行なうのが実務的な対応だと思われる。

4.適用証明書の保管

日本企業の米国駐在員という局面では、適用証明書の主たる目的は米国事業主体の給与課等に証明書を提示することにより、米国FICAの源泉徴収をしていないことに係る法的な根拠を持つということである。したがって、証明書は米国の事業主体にて管理・保管しておく。駐在員という立場で米国勤務する場合には、証明書をIRSに提出したり、確定申告書に添付する必要は一切ない。

たまに「米国から帰任となるので日本に持って帰る」とか「日本の社会保険事務所に返却する」という取り扱いを耳にすることがあるが、そのような必要はなく、というよりもそのような取り扱いは間違いであり、帰任後も米国の事業主体が保管しておくべきである。駐在員が帰任した後に、IRSの給与税関係の調査が入り、証明書の提示が必要となるような事態も想定されるからである。