Friday, December 28, 2007

タックスシェルター判決とEconomic Substance法

2007年12月27日に連邦請求裁判所(U.S. Court of Federal Claims)は長らく争われていたタックスシェルターのケースである「Jade Trading LLC」の判決を言い渡した。判決内容はIRSの勝ちであり、タックスシェルターとして今では広く知られている「Son of BOSS」取引は脱法的であると認定された。

*タックスシェルターとは?

タックスシェルターという用語の定義は難しい。一般的には納税者が投資する金額と比べて節税効果が著しく高い取引を意味するが、米国でタックスシェルターと言うと通常はIRSの言うところの「Abusive Tax Shelter」、すなわち税法には文字通り読むと準拠しているように見えるかもしれないが経済的な実態がなく、高い税効果を得るためだけに行われる脱法的な取引を意味することが多い。

今回の訴訟で問題となった取引も 判決文によると僅か45万ドル(約5千万円)の投資でナント4千万ドル(約46億円)の損失が実現されている。倍率90という凄まじい効率である。納税者はこの損失にてケーブル事業売却から得たゲインを相殺している。キャピタルゲイン税率が15%の優遇税率であることを考えても税効果は600万ドル(約7億円)である。

事業売却益と損失の金額が一致しているのも後から見ると怪しさに拍車を掛けている。というか、損失取引自体がゲインを相殺する目的で行われた点は誰もが認めるところであろうことから、法的に損失を否認することができるかどうかが争点である。単にゲインを相殺する意図であったというだけでは、損失取引が合法的である以上、損失を認めない理由としては十分ではないからだ。この取引の凄いところは少ない金額で多額の損失を計上している点ばかりではなく、それを少なくとも文字通りに解釈される税法に準拠して行ってしまったところにある。

*IRSのタックスシェルター対策

タックスシェルターに対しては当然IRSが目を光らせている。IRSはどのような取引をタックスシェルターとみなしているかをリストアップして開示しており(Listed Transaction)、そのような取引に従事する者はその旨を申告書上開示する必要がある。ある程度のサイズの法人であれば、法人税申告書に添付されるSch. M-3と呼ばれる「会計上の数字と税務上の数字の照合別表」にてこの開示が求められる。また、タックスシェルターは投資銀行、会計事務所、法律事務所のような「Promoter」と呼ばれる専門家により「マーケティング」されることが多く、そのようなPromoterに対する取り締まりも強化されている。

過去の申告書に反映されているタックスシェルターに対しては、税務調査、訴訟、和解等の手順を通じてIRSは追徴を請求しているが、今回の判決の対象となる取引である「Son of BOSS」が脱法的であるという主張が認められたため、この取引に関与した他の納税者との和解交渉をIRSが今後有利に進められることになる。

*「Son of BOSS」って何?

Son of BOSSを文字通り訳すと「社長の息子」のような感じでどことなく愛嬌があるが、内容は複雑だ。まず、「BOSS」というのは「bond and options sales strategy」のことであり、これはこれで別のタックスシェルターである。このBOSSから生まれた別の取引がSon of BOSSということになる。

今回の判決の詳細は判決文そのもの(75ページ)を読まないと理解し難いが、ポイントとしては下の通りだ。なお、判決文の事実認定の部分は著名な会計事務所、法律事務所、投資銀行、ヘッジファンドが登場し、各人の思索が交錯するなかなかの読み物に仕上がっている。その辺のフィクションよりもズッとスリリングで、利潤追求のプロフェッショナルファームの現実を垣間見たい方にはMustな文献であろう。僕にとっては他人事ではなくその意味で考えさせられる内容であった。機会があればそのうちポスティングで日本語訳でも記載したいとも思う。ただ、実名がビシビシなので何となく迫力あり過ぎかもしれない。いずれにしても公の情報であるので英文であれば誰でも見ることができる。

話しを判決の事実関係に戻す。納税者である3兄弟は各々LLCを設立する。3つのLLCが各々1千5百万ドルでAIGからユーロ(外為)オプションを購入する。と同時にほぼ同額(若干低い金額)でAIGにユーロオプションを売却している。支払いは売買のネットである15万ドルのみで行われている。3つのLLCがこれらの取引を行うので合計の支払いは45万ドルとなる。

次にこのオプションは別のLLCであるJade Tradingに現物出資される。この時点で3兄弟のLLCが認識するJade TradingのLLC持分に対する税務上の簿価はナント「購入したユーロオプション」の1千5百万ドルのみを反映し、売却されたオプションは反映されていない。すなわち、簿価は各々1千5百万ドルとなる。その後、Jade TradingはLLC持分を時価で償還する。時価の算定には当然売却したオプションの価値も反映されるため時価はゼロに近い。結果として3兄弟のLLCは各々Jade Tradingに対する税務上の簿価ほぼ全額に当たる1千5百万ドルを損失として認識する。損失は当然3兄弟にパススルーされる。

*損失は少なくとも逐語(ちくご)的には合法

ここでのキャッチは、売却オプションを反映させずに購入したオプションのみを基にLLCの税務上の簿価を決定するという方法は当時の税法では合法的であるという点だ。この点はパートナーシップ税法に詳しくない一般の方に説明するのは難しいが、パートナーの負債をパートナーシップが引き継ぐ場合には、通常、Sec.752条に基づきそれがみなしの現金分配と取り扱われ、パートナーシップに対する税務上の簿価が下がる。しかし今回の取引の売却オプションは「偶発債務」となり、Sec.752条で規定される負債に当たらず、簿価を減額させない。

したがってこの損失取引は少なくとも一見合法的であり、税法を無視するような脱税行為とは明らかに一線を画す。となるとIRSとしては何か別の理由で損失を否認する必要が出てくる。Jade TradingがLLC(税法上はパートナーシップ)であることから、具体的にはIRSはパートナーシップ税制下の濫用防止規定を用いて損失を否認している。この濫用防止規定は基本的に経済実態の有無に基づいて取引の税務上の有効性を決める規定である。裁判所の判断は基本的にIRSの主張を認めるものであり、今回の取引には税効果を得る以外に経済的な実態はなく、個々のステップは税法に準拠しているとは言え、損失は認められないというものだ。

*Economic Substance法との関係

現在議会に「Economic Substance」を条文化しようとする動きがある点は2007年10月10日のポスティングで触れた(http://ustax-by-max.blogspot.com/2007/10/economic-substance.html)。今回の判決では、まさしくこのEconomic Substance法の考え方である「経済実態のない取引に基づく費用・損失控除は認められない」という主張が認められている。

普通に考えれば、Economic Substance法が条文化されれば経済実態のない取引に関していちいち裁判所で争う手間が省けるため、IRSはさぞかし喜ぶだろうと推測されるが実はそうでもないらしい。興味深いことにIRSの法務部は今回の判決に対する感想の一部として「Economic Substanceの考え方は裁判の過程で十分に威力を発揮することが証明され、条文化の必要がないことが明らかになった」というコメントを発表している。Economic Substanceの適用に面倒な手続きを要求する条文法よりも、個々の事実関係に準じて弾力的に適用できる判例法の方がIRS的には使い易いといううことであろう。Economic Substance法の条文化を恐れているのは企業側ばかりでないようだ。