Sunday, January 24, 2016

Inversion/インバージョン(3)

さて、満を侍してInversion。これは古くて新しい温故知新系のダイナミックなプラニングだ。個人が米国市民だったり永住権を持っているとどこまで行っても高い税率の米国で全世界課税されるので、市民権とかグリーンカードを放棄しちゃおうか?っていう「Expatriation」の法人版と思えば分かり易い。今回のポスティングからこのInversionを何回かその背景、歴史、付け焼刃的に網を掛けてきた税法のInversion対策の流れ、現時点でのInversion例と議会が検討している更なるInversion対策、などをカバーしていきたい。

Inversionとは「Invertする、すなわち逆さにする」という意味だが、国際税務の世界(米国から見ると)では、従来米国の親会社を頂点とするMNCの親会社が外国企業にすり替わってしまう取引を意味する。結果として米国法人は米国外に親会社を持つMNCの「単なる1子会社」となる。一旦外国企業に生まれ変わると、従来は米国法人の下にぶら下がっていた米国外子会社を新外国親会社に付け替えたり、米国「子会社」に海外のグループ・ファイナンス会社から貸付をしたりしてBase Erosionを徹底したり、またInversionした後の海外投資は「外国親会社」から行なったりと、米国頂点のMNCグループではできないタックスプラニングを可能にする。

それにしても米国企業も米国市民も、米国で多額の税金を支払わないためには国籍を変えてしまうのだから気合いが違う。個人が市民権とかグリーンカードを放棄してしまう行為はInversionとは言わず「Expatriation」というが、こちらは基本的に非居住者となることで、株式とか債券のCapital Gainに対する米国課税から逃れる点に主眼をおいているケースが多い。現在の税法では一定金額を超える資産を持っていると、Expatriation時点に所有する個人資産をMark-to-Marketさせられて含み益に課税されるが(2008年以降の新規則)、Expatriationした後の含み益は米国課税の対象とならない(米国不動産持分を除き)。

Facebookの共同設立者の1人であるEduardo SaverinがFacebook株式上場発表前に米国籍を捨ててシンガポールにExpatriationしたことは良く知られている。彼は数%の持分を持っていたが、上場時には20~30億ドルのCapital Gainが出るとも言われていた。Capital Gainは優遇税率で課税されるとしてもGainの金額が大きいから結構なタックスとなる。Expatriationする時点でMark-to-Market課税されるので、実際のSavingはExpatriation時点の価値とIPO後の価値の差額となり、正確な金額は外部では知る術もないが、Savingは6千万ドル(100円計算でも60億円!)だったとも言われている。それだけセーブできるんだったらやっぱり考えるかもね。Expatriationした先の目的地で課税されてはもちろん意味がなく、Eduardo Saverinの場合はもちろんこの手のCapital Gainが非課税となるシンガポールに引っ越している。あそこだったら生活環境も悪くないしね。ただ、ご本人は国籍返上とタックスは一切関係がないと代理人を通じて発表している。「Yeah right」って感じ。

Mark-to-Market課税となって以来、株価等の資産価値が下落するタイミングを待っていたりするExpatriation予備軍も結構いるらしい。市民権の返上を管轄するState Departmentは四半期毎にIRSに市民権を破棄した者のリストを情報共有、公表している。上述のFacebookの共同設立者の名前も公表されたリストに名前が載っていてメディアの知るところとなり騒然となった。他省庁と情報交換することの少ないIRSとしては珍しい。例えば2008年のExpatriation人口は231人と発表されているが、2009年には742人となり、2011年にはナント1,781人となっている。金融危機で株価が下がった局面に増えているのは偶然ではないだろう。ちなみに景気が良くなってきた2012年には900人台に落ちている。後で触れるが、株価の下落はInversion実行にも好環境を提供する。

個人のExpatriationに関してはさらに面白い話しがある。Expatriationを実行する際の一番の悩みは、その後米国に長期滞在できないっていう点となることが結構多いのではないだろうか。余り頻繁に米国に滞在していると米国居住者扱いとなってしまい、元も子もない。それは結構辛いことかも。なんと言っても市民権を捨てる必要がある程リッチな人たちだから、Park Aveとかのコンドの75階にある5,000SQFT(狭いと思うかもしれないがNYCとしては格段に広い)のペントハウスからCentral Parkを見下ろし、Midtownで美味しいものを食べるのに慣れている人達だ。もちろん暖かいフロリダまたは南カリフォルニアにはもっと大きな別邸もあり、スキー用にはAspenまたはLake Tahoeとかにも別荘があるだろう。となると、タックスがなかったり少なかったりする田舎の生活には満足できない可能性が高い。

実はこの点に目を付けて、スーパーリッチ相手に賢いビジネスをしている国があるらしい。元々、投資をすれば国籍が取れる国はいくつもあるし(CBIプログラム)、米国のグリーンカードだって大きな投資をすればもらえる訳だから(EB-5)、国籍を商品化すること自体特に変なことでもないし、驚くようなことではない。ところが中には単に国籍を提供するばかりでなく、ナント「外交官ポスト」までセットで用意してくれるところがあるというからビックリだ。

国名を聞いたけどもちろん大国ではなく、小さめのタックスヘイブンの国だった。面白いことにこれらの国では大きな投資さえすれば、別にそこに住んでなくても、訪問すらしなくてもいいらしい。小さい国にExpatriationしてしまうと、米国入国にビザが必要なところも多いが国籍を破棄した記録のある者にビザが簡単に発行されるかどうかは怪しく、さらにビザ免除制度がある国でも節税のために米国籍破棄の記録が残っていると米国のボーダーで入国拒否されるケースもあり得るらしい。そこで外交官待遇が威力を発揮する。外交官となれば米国入国にビザも要らないどころか、米国に住むこともできる。外交官だと、税法上の米国居住テスト目的で日数を数えなくてもいいから非居住者となるし、米国源泉所得と考えられる外交官として米国で受け取る所得も非課税となる。ただ、株式等から発生するCapital Gainは非居住者でもTax Homeが米国にあるとされると米国課税となるような気もするけど、そこは米国にいる間は投資は長期保有としとくのだろうか。金融機関にもW-9 ではなくW-8提出となるから銀行利子を除く投資所得には源泉税とか掛かるし、外交官待遇が買える位の国だから租税条約とかなさそうだし(となると30%源泉?)、それはそれなりに考えるべきことが結構ありそう。何事も簡単ではないということだろう。

という訳でそろそろ法人の話に・・・。

法人のInversionにも歴史があり、税法改正とのいたちごっこや経済の流れ等に準じて進化を繰り返してきている。1983年のMcDermott社によるInversionで始まった初期型のInversion 1.0は実に単純なものだった。まず外国に子会社を設立し、そこの株式と親会社である米国法人の株式交換を行い、外国子会社が親会社に、米国親会社が子会社に変身するというまさしくInversionという名称にふさわしく単純に逆さにする取引だった。McDermott社のケースは既存のパナマ事業会社を使っている。元々米国親会社の株式を持っていた株主は外国親会社の株式と交換したような形となり、外国法人の株主となる。McDermott社のケースでは株式に含み損があったので敢えて適格再編の条件を満たさずに課税取引だったと言われている。また、この初期型Inversionはパナマとかタックスヘイブンの国を親会社の所在地として選択する単純な発想だった点も進化後のInversionとは異なる。

この当時の実際のInversion実行の手法だけど、基本的には株式交換となる。McDermott社の場合にはTender Offerという方法を使っているし、もしTender Offerでないならば、上場企業の株式買収に用いられるReverse Triangular Mergerとなるだろう。その場合、メカニカルには新設の外国親会社(この時点では実質的に株主はいない)がSPCであるMerger Subを設立し、そのMerger SubがReverse Triangular Mergerにて既存の米国親会社と合併する。結果として既存株主が所有していた米国親会社に対する株式は新外国親会社のものと交換され、新外国親会社が持っていたMerger Subの株式は米国(元)親会社のものとなり、蓋を開けてみると外国親会社の下に米国(元)親会社がぶら下がることとなる。要はStock Swapなんだけど、上場企業とか多数の株主がいる局面で株式を個々に交換する契約を締結することは物理的にも不可能なので、上場企業のM&A同様にReverse Triangular Mergerという手法を用いる。

InversionのVersion 1.0(ゴロが良すぎ)はこのようにデビューした。今(2016年)から実に30年以上も前の出来事だ。ちなみに誤解がないように付け加えておくとVersionだの1.0だのっていうのは僕が勝手に命名しているだけで、一般的な用語では決してない(なので公に使っても誰も分からない)。

Inversionが本格的に注目を集めるようになったのはその後、10年を経て実行され、非課税組織再編という形を取ったHelen of Troy社のケースではないだろうか?こんな単純なことが認められていた時代が懐かしいが、その後、IRSはInversionが進化するに連れて、そのテクニックに網を掛ける目的で法律を変えてはInversion自体がVersionアップしていく。次回はInversionの目的をもう少し詳しく。そして、その後にMcDermottおよびHelen of Troyに対する財務省側の法律改正について続ける。