前回は改訂Section 367財務省規則という当時は究極(?)と思われたInversion対抗策の発表を招いたHelen of TroyのInversionの話しのところで終わった。ちなみにHelen of Troyのケースでは、Inversion後も元々存在したCFCはそのまま米国「子会社」の下にそのまま残っていた(Out-from-Underはなかった)というから面白い。
新Section 367規則は合併・組織変更後に旧米国法人株主が引き続き再編後の外国法人株式の50%超の持分を持ち続けるようなケースでは、株主レベルで株式の含み益にCapital Gain課税するというものだ。新規則発表後、しばらくは海外で合併の相手を見つけ、旧米国株主の持分を50%以下とするような取引が散見された。前回触れた1998年のクライスラーとメルセデスの合併(とっくに解消されてクライスラーはLLCになってしまったけどね)がいい例だ。これらの合併はInversionとは性格が異なる取引だが、Section 367改訂とその効果があった時代、すなわち単独Inversionに新Section 367が網を掛けたかのように一瞬思わせた時代のInversionという意味ではMcDermottとかHelen of Troyの時代とは異なるPost-Section 367のVersion 2.0の時代に入っていたと言えるだろう。今では懐かしい名前だけどAirTouchっていう携帯電話ネットワーク会社が買収される際に、この50%持分要件をクリアできるVodafoneを相手に選んだりと、新Section 367はそれなりに効果をもっているかのように見えた。しかし、新Section 367の効果は長続きしない。
Helen of TroyはSection 367新財務省規則を作らせたという意味で注目度が高いんだけど、このInversion 「Killer」として登場した新Section 367は、その後、余り実力がないことが徐々に露呈する。理由はいろいろとあると思うけど、まず何と言ってもInversionのその後の法人レベルに与える税効果が絶大にポジティブだという動かしようのない事実がある。なので、Inversion時点に株主がCapital Gain課税されようが、その後のメリットを考えれば株主ですら余りネガティブに思わないというのが実態となってくる。誰も予想できない展開だっただろうけど、つまりそれだけInversionの長期的な魅力は大きいということだ。また、Section 367は株主レベルだけの課税なので、株価が低迷している際には、そもそもCapital Gainがない、又は少ないので何の抑止力もない。株価が下がると個人のExpatriationがし易いのに似ている。更に、米国企業の株主の中にはかなりの比率で非課税団体(ペンションFundとか)があるため、株主課税がそもそも存在しない(!)というケースもある。
結果としてSection 367は全然Killerとはならず、2000年台前半にもなると平然と単独Inversionが復活する。かくもInversion Version 3.0の時代に入る。すなわち株主課税の可能性にもめげないPost-Section 367時代の「単独」Inversionだ。Cooper IndustriesとかTycoのInversionなんかは当時かなり話題になったが、Section 367無視型Inversion3.0のいい例だろう。この時代の単独Inversionもまだ相変わらず、タックス・ヘイブンに脱出する形で、その意味では古き良き時代だ。Cooper IndustriesもTycoも双方バミューダにInversionしている(Tycoはその後、スイス、アイルランドと流浪の旅を続けた)。また、この時期にInversionに絡む様々なBase Erosionテクニックが発達し進化を遂げ、だんだんと複雑な取引になってきており、アカデミックに観察する側としては益々興味深い取引となってきた時代だ。
また、Inversionが3.0へVersion Upすると同時に、以前よりも政治家や世間の注目を集めるようになり始める。おりしも2001年には9・11の同時テロが発生し、米国の愛国心が高まったこともあり(?)Inversionに対して冷ややかな反応が増えてきた時期でもある。その頃から数多くのInversion対策の法案が提出されるようになる。新Section 367は全然Killerではなかったという認識はその頃には広く共有されるところとなっていた。ちなみに上述のTycoはつい数日前、Johnson Controlsというミルウォーキーの会社と統合して、Johnson ControlsがInversionするというニュースが話題になっている。Inversionした「外国企業」が米国企業を飲み込んでInversionさせる増殖型の一例だ。
提出された法案はいろいろとあったけど、その中でも究極の抑止策として浮上してきたのがInversionしても、外国法人を税務上は「米国法人」と扱うというものだった。そんなことできるの?って感じの法案だったけど。もちろん米国法人扱いではInversionしたことにならないので効果は絶大だろう。また、米国法人かどうかっていう判断は現行の法律では法的な設立場所で決まるけど(出生地が米国だと市民権がもらえるのと何となく似てる)、それを管理支配地にしてはどうか、とか言う話しも出たりしていた。また財務省の広範な調査の結果、支払利息を最大限化してEarnings Strippingをしているのは日本企業のような生まれながらの外国企業より、Inversionした企業の方が派手にやっているという事実が統計的にも浮き彫りとなり、この頃からEarnings Stripping規定はInversionした企業だけに対して強化してはどうかという法案も出始めていた。
しかし、実際のInversion対策法は2004年になりBush政権下で比較的大型の税法改訂パッケージとして法律化された「American Jobs Creation Act」にようやく盛り込まれることとなる。これはかなり複雑かつControversialな法律なので、次回はここから。