*申告書作成とペナルティー
会計事務所のような申告書を作成する立場にある者に対するペナルティーが強化された点とその後の混乱に関しては2007年6月の時点で「申告書で取れるポジションのハードルは高くなったか(1)」と「同(2)」で解説した。簡単におさらいしておくと、以前は申告書の税務ポジションは「Reialistic Possibility」基準を満たしていれば会計事務所に対するペナルティーはなかったものが、2007年6月の法改正でいきなり「More Likely Than Not」基準に引き上げられた。更にペナルティーの対象となる申告書の種類も拡大され、ペナルティーの金額も増額された。
この「More Likely Than Not」という基準はあくまでも申告書を作成する立場にある者に対するペナルティー有無の判断をする際に適用されることとなるが、一方で納税者そのものに対しては「Substantial Authority」基準が満たされていればペナルティーは課されないという従来からの取り扱いが続いている。
Substantial Authorityというのはザックリ言ってしまえば40%程度の確証度であることから、50%超の確証度が求められるMore Likely Than Notより低い。したがって、仮に40%程度の確証度のある税務ポジションを申告書に反映させ、後のIRS税務調査でそのポジションが問題視された場合には、納税者にはペナルティーはないが(Substantial Authorityを満たしているので)、会計事務所にはペナルティーが課されるというおかしな状況となった。会計事務所に対して従来は30%程度の確証度であるRealistic Possibility基準が適用されていたため、2007年6月の法改正の前の状態では、納税者に要求されている基準(Substantial Authority=40%)の方が会計事務所に求められる確証度よりも高かったこととなる。これを逆転させてしまった2007年6月の法律のインパクトは大きい。
*Taxpayer Assistance and Simplification Act
「Taxpayer Assistance and Simplification Act」というタイトルの法案が下院の税務委員会を通過した。それにしても米国の法律の名前はJob Creation Actとかどことなく恩着せがましいものが多い。話は逸れるが、最近話題の北京オリンピックとチベットの問題に関連して、ブッシュ大統領は開会式に出席するべきではないという法案が米国議会に提出されているが、その法案の名前が「Communist Chinese Olympic Accountability Act」という、法案の名前だけでも喧嘩を売っているかのようなものまで登場していた。いずれにしても法案・法律の名前がわざとらしいものが多い。
話は戻り、この「Taxpayer Assistance and Simplification Act」法案に盛り込まれているいくつかの規定の中で個人的に最も注目したのが、上述の会計事務所に対するペナルティー基準の「下方修正」である。ナント驚いたことに2007年6月の法律で義務付けられたMore Likely Than Not基準を一転廃止して納税者の基準と同じ「Substantial Authority」に統一しようとしている。なお、ペナルティーの対象の拡大、金額の増額、は2007年6月の規定のままとなる。
*納税者と同じ土俵に
納税者がペナルティーを恐れずに取れる税務ポジションと会計事務所がペナルティーを恐れずに取れる税務ポジションの基準が異なるというのは変な話である。それでも会計事務所は少なくとも30%の確証度を必要とし、納税者がより高い40%の確証度を必要としていた2007年6月以前は問題は少なかった。納税者のことを考えれば会計事務所も少なくとも40%の確証度を求めるのが一般的であったからだ。一方、2007年6月の法律変更以降(正確にはIRSが適用を2008年に提出される申告書からに延期)は納税者が40%の確証度でハッピーであるにも関わらず、会計事務所がより高い確証度を追い求めるという歪な構造になっている。
そんな不合理を解消するために「納税者に適用される基準=会計事務所に適用される基準」という統一を望む声が大きくなっていった。ただし、その際には、より厳しい基準となっている会計事務所基準、すなわちMore Likely Than Notに納税者の基準も統一されるのであろう、という暗黙の了解のようなものがあった。しかし、今回の下院の法案では逆に低い基準の「Substantial Authority」に統一しようとしている。これは率直に「うれしい驚き」であるといえる。
*ペナルティー基準の今後
法案は下院の審理が終了したばかりで今後このままの形で法律化される確証はない。もし認められれば、会計事務所に適用されるMore Likely Than Not基準は極めて短命に終わることとなる。その場合、納税者と会計事務所、共に通常のポジションは「Substantial Authority」、法的な取り扱いがグレーであることに関わる特別な開示が行われるポジションに関しては「Reasonable Basis」、タックスシェルターまたはReportable Transactionsに対しては「More Likely Than Not」という基準が適用されることになる。分かりやすい基準であり、ぜひとも最終法律として成立して欲しい法案だ。