Friday, August 9, 2024

2024年11月米国選挙と2025年TCJAクリフ (4)

前回と前々回は大統領候補者を取り巻く現状(混乱?)を触れるに留まってしまい、税制動向に話しになかなか至らなかったけど、今回から税制および関連のポリシーに関して。

三権分立と米国議会制度

大統領選の話しをする際、僕が枕詞(?)みたいに必ず冒頭に触れるポイントに米国連邦憲法および議会制度(Congress)がある。Congressは欧州や日本の「Parliamentary」制度とはチョッと異なり、財務省や大統領府(ホワイトハウス)が属する行政府とは独立した立法府で、かつ立法府は各々独立した下院・上院で構成される。税制を含む歳入・歳出マターは下院で起草され審議の上法案が通ると、下院とは独立している上院が審議し、最後は同じ法案を両院を通過しないと法律にならない。立法は行政府とは完全に独立していて大統領でも直接的な関与はない。大統領は両院を通過した法律を署名する・署名しない(拒否権)という権限を持つ。大統領が拒否権を行使した法案は上院の2/3の票があればOverrideできる。

法律は議会のみが制定っていうポイントは、行政府に属する官僚チームは選挙で選ばれてる訳じゃなくて、また終身雇用的に存在することから、一般市民に説明責任がなく必ずしも市民の利益を第一に考えてポリシー策定するとは限らない、大げさに言えば市民の意思に反したポリシーや規則で一般市民の自由が束縛されたり奪われるリスクを考えての憲法上の対応策。共和制ローマやマグナカルタの影響も受ける連邦憲法の三権分立や法の支配を実現するための一つの決め事だ。官僚の人が悪者ってことではなく、歴史の教訓から人間のサガとしてそうなりがちなんで制度的にストラクチャー面から牽制する仕組み。

ただ、行政府のテクノクラート系の人材は専門分野の知識が豊富なんで、専門知識が求められる際には議会が認める範囲で規則策定権が与えられる。税法だと連結納税規則なんかがそうだよね。条文section 1502そのもの読んでも何も分かんないもんね。他にもCAMTとか行政府に丸投げに近い形で規則を策定させるようになる。しつこいけど議会が規則策定権を与えないと行政府は規則は作れない。また議会が条文で与えた範囲のみで規則を策定する必要がある。この範囲をどう判断するかは常にグレーだけどね。Anti-Abuseとかどこまで策定権が与えられてるのか主観的だし。2016年のオバマ政権末期に最終化されたSection 385のFunding規則とか、条文でそんな権限付与されてるかな~?って思うよね。ちなみにSection 385っていうのはそれだけではOperateしてなくてDebt/Equity Classificationの判断基準にかかわる規則策定権を財務省に与えてるのみ。にもかかわらず出てきた規則はDebt/Equity Classificationの判断基準は一切規定せず(この点は未だに判例ベースのCommon Law)、Common LawでDebtと認められた債務をBase Erosionの観点からEquityとみなす、っていう全然異なる趣旨のもの。たまに「米国税法のDebt/Equity Classificationはsection 385で検討」みたいなコメントを見ることがあるけどそれは不正確で、米国税法のDebt/Equity ClassificationはCommon Lawで判断する。債権の性格的にCommon LawでDebtになって(その時点で本来のDebt/Equity Classificationの検討は終了)初めてSection 385のBase Erosion規則、Funding規則の適用となる。すなわち税務上も債権はDebtという性格が認められるけど、借りたお金の使途が気に入らないんで(Base ErosionのためにDebt Push-Downされている)Equity扱いするという順番。Funding規則のハードルを越えるとめでたく(?)次に163(j)その他の多くの支払利息損金算入制限を検討できることになる。またIRAで導入された自社株買い懲罰課税(Excise Tax)の規則案に盛り込まれてる外国親会社が自社株買いしてる場合のFunding規則とかも権限逸脱有力候補だろう。自社株買いの規則は一部最終化されてるけどFunding規則は未だに案の状態。「それはないでしょう」みたいなコメントが殺到し、財務省の方で検討しているんだけど、その間に後述のLoper Bright判例が出てしまったんで冷却効果大で真剣に見直してくれるといいけどね。どちらもたまたま「Funding規則」って名前だけど、Fundingっていう名の付く規則はロクなのがないね!他にもFIRPTA大特集で触れた「QFPFはsection 897目的で外国法人ではない」って条文が名言しているのに規則では外国法人になったり。DC REIT判断時の「C CorporationのLook-throughルール」もかなりArbitrary。って愚痴(?)はこの辺で止めときます。

議会と行政府の関係は、憲法の理想からだんだんぶれてきていて行政府の力が大きくなってきてた。この辺りの一部行き過ぎとも言える規則策定時の行政府裁量拡大に2024年に複数の司法のメスが入っている。1984年の最高裁判決Chevron以降、議会が制定した法律が不明確だったり法律が取り扱いに言及してないケースで、司法判断時に法律の解釈は行政府による解釈を尊重するっていう決まりになっていた。Chevron原則だ。この原則下では実質、行政府が立法してるような結果となるケースも多く、「そんなこと法律のどこに書いてあんの?」とか近年はその傾向に拍車が掛かってた。こんな状態、すなわち行政府が巨大になり自らの世界で存在している状況を米国で「Administrative State」って言ったりする。一般的にはFDRのNew DealでAdministrative State的なポリシーが一定の完成をみたって言われていてその後もUp and Downはあるとは言えあの米国連邦憲法下でも人間というか国家のサガ的に拡大が進んできて、それと同時に連邦政府の歳出も増える一方。Administrative Stateと似たようなポリティカル表現に「Swamp」とかもあるし、更に陰謀めいてくると「Deep Purple」じゃなくて「Deep State」っていうのもある。これらは一般市民とはかけ離れたところで国が運営されている状態だ。オフィシャルな用語じゃないんで意味の範囲はルースだ。ちなみにBEPS 2.0で「なぜ米国は一旦合意しておいて梯子を外すのか」という質問を受けることがあるけど、憲法上、立法には関与がない行政府が他国と約束したところで実行する権限を持っていないんで本当の約束にはなり得ないよね。

で、つい最近Loper Brightっていう最高裁判決でChevron原則が撤廃された。敢えて略して言うと、この判決は連邦憲法成立当時目指されていた三権分立ストラクチャーに忠実に、立法は議会、Executive Branchの行政府は法の施行、法律が不明確だったりSilentだったりする場合は司法府の裁判所が判断、という体制に国家統治を戻したっていうもの。また、ほぼ同じタイミングで最高裁はCorner Postっていう判決も下し、行政府の規則等で損害を受けたケースの時効成立有無に関して、従来の規則最終化からタイミングを計るっていう考え方を、そうではなく行政府の規則で損害を受けた時点を起点にするとしている。多くの訴訟に繋がるかもしれないけど、規則は長年にわたって有効なものが多く、損害を受けるタイミングが規則最終化から3年とか特定の年数以内とは限らないし、また損害を受けないと訴訟を持ち込むためのStandingが生じないからCorner Postの判決は個人的にはそれはそうあるべきなんじゃないかと思うけどね。

Loper BrightとCorner Postの組み合わせ、さらにWest Virginia v EPAの「Major Decisions」原則、JerkesyケースにおけるSEC内部の裁決機関(Tribunal)違憲判決、とかで行政府の規則策定権を含む権限はかなり限定された感がある。このSECに対する判決は、Chevron原則時代の状況を考えると法律を策定・施行・法律違反かどうかの判断、の3つを全て行政府が担当していることになり得る状況にストップを掛けている。監査法人を監督しているPCAOBとかも同じストラクチャーなんで施行に影響があり得るよね。SECと違って直接連邦裁判所に訴訟を持ち込めないって聞いたことがあるんで、内部Tribunalで裁決できなくなると司法省に話しを持ってくのかな?複雑そうだよね。税法にかかわる憲法解釈ではMooreもあるしね(この件は選挙が落ち着いたら書くね)。憲法関係メガ判決連打のRoberts Court凄いよね。

税法を可決する議会も財務省の解釈が必ずしも尊重されなくなると、議会へのプレッシャーは高まる。すなわち、より強固な立法趣旨を残し、かつ条文自体曖昧な部分が少なくなるように努める必要が生じる。となると同じ税務のプロ中のプロIRSのChief Counsel Officeと並んで同じくプロの議会(「the Hill」)のJoint Committee等に属するの人材の活躍の場が増えるし責任重大になるね。IRAみたいに2週間でとりあえず可決、立法趣旨にかかわる記録なし、後は財務省お願いします、みたいなのはNGだね。

細かい制度上の話しはいろいろあるけど、税制は下院・上院を通過しないと成り立たないっていう点、またCongress制度では党議拘束がないので自分が属する党の議員が起草した法案に党議員が賛同するとは限らない、すなわち党内派閥の力関係や駆け引きが重要、っていう点、は税制審議を見守る際に必ず頭に置いておく必要がある。特定の党が両院を押さえていても、その党の議員が提出する法案可決に何の保証もない。多数党と他党の議席数差が僅少な場合には党内調整が困難を極めることも多い。同じ民主党でも今では主力の急進派とトラディショナルなリベラル(リベラルって今日日の民主党を描写する際には変な用語だけどね)では相当フォーカスが違うし、共和党のリベタリアン的なFreedom CaucusとCenter Right的な一派もそう。むしろ、両党の中庸派同士の方がポリシー的には合意できる部分が多いようにも感じることも少なくない。カリフォルニア州のような極端な左翼州、フロリダ州のような保守州(これも変な用語だけどね)以外ではむしろ両党中庸派のポリシーに賛同する一般市民が少なくないっていうのが肌感覚かな。

Trifecta

これらの点から大統領選挙だけにフォーカスして米国の税制を含む法律動向を考えても余り意味がない。シナリオは下院、上院、大統領府、っていう3府がどちらの政党(第三党がない前提で…)になるか、で考える必要がある。「組み合わせ」算数的には8通りあり、微妙なダイナミクスを考える際には8つのシナリオを見てみるのも面白いけど、ここでは「3府一党支配(2党なので2通りの可能性)」とそうでない場合の計3通りに分けて考えてみたい。ちなみに3府を一党が支配する状況を英語で「Trifecta」(トライフェクタ)って言うんで、毎回「一党が3府云々…」で書かなくていいようにここではTrifectaって用語を使用する。Trifectaは州政府の3府(大統領の代わりに州知事)にも同様に適用があって、憲法で一般市民の生活にかかわる多くの法律が州レベルのものなんでDay-to-Dayの生活にはこちらも重要。パームツリーが風に吹かれてて写真で見ると似たようなカリフォルニア州(大きな政府で官僚の力が強く規制が多く高税率)とテキサス州やフロリダ州(個人自由主義で(個人所得税は)無税)とか別の国みたいだもんね。これは米国の良さのひとつ。国家主権のような性格を持ってて各々異なるポリシーを持つ州が国内にあるんで、市民は嫌なら他の州に引っ越すことができる。憲法上、州間の移動は自由で他州市民に差別的な法律を適用することも禁じられてる。企業も同じ。Tesla、Space X、最近ではChevronがカリフォルニア州からテキサス州に脱出したり、Intelはカリフォルニア州からナッシュビルのあるテネシー州に脱出してる。これらは設立州ではなく本店所在地の話し。

またSuper-Trifectaっていう用語もあって、これは単に3府を制してるばかりでなく、Super-Majorityを有している状況。厳格な定義はないかもしれないけど、連邦レベルでは上院で(予算調整法を介した特殊な51票ベース以外の通常の法案可決に必要な)60議席を握っている状況と考えればいい。真っ二つに国民のイデオロギーが分かれがちな今の米国で上院60議席確保はなかなかのチャレンジなんで、ここでいうTrifectaは上院過半数で考えておく。これが具体的に意味するのは、税制改正は予算調整法を介してのみ可能ということ。予算調整法には10年間を超えて赤字になってはいけないとか多くの歯止めがあるんで調整が困難を極めるよね。ちなみにIRAもTCJAも予算調整法を利用して法制化されている。

さらにTrifectaになったからと言ってその党の多数や大統領府が希望する内容の法案を可決できるとは限らない。BBBAはその内容的に共和党の賛成は1票も想定されてなかったんで、民主党は上院で1票も失えない状況だった。長期に亘る党幹部の説得にもかかわらずManchin、Sinema両上院議員が首を縦に振らず結局、Skinny Downバージョン(って言ってもまだ巨額の歳出)になったIRAに落ち着いている。ちなみにManchinもSinemaも民主党を離脱しIndependentになり、今回の選挙には出馬していない。Manchinは一時第三党(No Label)の大統領候補になるんでは、っていう憶測があったけど結局、No Label自体徹底的に潰されてしまった。共和党も2016年にはTrifectaを実現し、「オバマケア廃案」と「減税」に着手したものの、党内調整が難航し「オバマケア廃案」は結局は失敗に終わっている。減税も当初の法人税15%で完全なテリトリアル課税でSub F廃止、または法人税とは言え消費税に近いDBCFTに全面置き換え、等の野心的なアイディアは頓挫し、既存の法人税にオーバーレイする形でTCJAになっている。

トランプ政権下の税制および経済ポリシー

トランプが当選した場合、どんな税制になるかは共和党がTrifectaを実現できるかどうかに掛かっている。民主党が2020年から2年のTrifectaをフルに活用してインフレ覚悟で巨額歳出を伴うIRAを通したのを目の当たりに、共和党幹部的には前回の2020年から2年のTrifecta時にそのメリットを十分に活用できなかった反省があり、「今度こそ」という勢いで新人も少なくない議員に予算調整法の枠で可能なこと、そうでないこと、等のトレーニング中。「Team of Vipers」っていうノンフィクションを読むと2020年時のオバマケア廃案を目指してた時代のホワイトハウス内のダイナミクスが垣間見えて面白い。ただ本や報道は全てそうだけど、著者の視点・イデオロギーに基づく描写っていう点は常に忘れないように。

トランプは規律に基づく強固な信念に基づくポリシーがあるっていうよりも、小さな連邦政府・再度強い米国っていうテーマ内で場当たり的なアイディアが多い。ベガスの集会で急に「チップ(半導体ではなくサービスに対して手渡すTipのこと)は非課税」とかシニア層には「公的年金受給は非課税」とか言い出したり、「法人税は20%っていうのが数字が丸くていいね」とか「15%なんかどうか?」とか、終いには「所得税は撤廃して代わりに関税で歳入を上げる」とか英語で言うところの「All over the place」。

ということで、次回のポスティングではこれらのトランプが「思いついた」アイディアの検証と小さな政府に期待するシンクタンク等の非公認アイディアに触れてみたい。