アメリカはSexy Sadie?
前回のポスティング「「米国・OECD急接近」世界に飛び火するバイデン政権増税案」では、自国米国の法人税率引き上げ、GILTI増税により米国の競争力が相対的に低下する懸念から世界中で法人税率を高止まりさせ、21%のグローバルミニマム税を導入しようと米国が急激にOECDにラブコール(って言うと可愛いけど実態はほとんど強要?)を送っている点、ブループリントとは若干異なる米国新提案でBEPS 2.0が息を吹き返している点、主役はピラー2になっている点、等に触れた。
最後の最後に登場して、みんなをTurn Onさせるなんて米国ってまるでSexy Sadie。Sexy Sadieはビートルズのホワイトハウス、じゃなくてホワイトアルバム(正確なタイトルは「The Beatles」)っていう2枚組アルバムの2枚目のA面(やっぱりVinyl時代のアルバム構成が頭から離れない)に入っているJohn Lennon作の名曲。ビートルズファンなら知っていると思うけど、インドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーっていうヒンズー教系超越瞑想(TM)の伝道師(?)というか活動家に対するJohn Lennonの幻滅を歌にしたもの。もともと無名だったマハリシは熱心に地道な活動を続けてたみたいだけど、相当な野心家だったようで世界に教えを普及させようと考え、米国に進出。サイケデリックっぽいトレンドと相性が合い、ビートルズのGeorge Harrisonの目に留まり、ストーンズその他のセレブがマハリシのカンファレンスに参加するようになる。
ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが自宅ロンドンのChapel Streetで急死してしまった際、ビートルズが英国のウェールズでマハリシの10日集中カンファレンスに参加してる最中だったんで、このカンファレンスはより知られることになる。John Lennonの当時の配偶者であるシンシアがロンドンの(ウェールズ行だから多分)Euston駅で大勢のファンやセキュリティーに阻まれてホームに辿り着くことができず一人列車に乗り遅れたっていう話しも有名。その後、John Lennonとの当時の距離感を象徴する出来事だったとシンシアは回想している。その後も、ビートルズはヒマラヤ山脈のマハリシのカンファレンスに参加したりして、その間にたくさんの曲ができてホワイトアルバムに収められることになるけど(Dear Prudenceとか、Bangalow Billとか)、Sexy Sadieは、精神的に超越してるはずのマハリシの本性と言うか、性癖とか商業的な成功(要はお金)を追及する姿に幻滅したJohn Lennonがヒマラヤから突然帰る決定をした際に書いた曲。最初は曲のタイトルもマハリシそのものだったらしいけど、もしアルバムに入れるんだったら歌詞を変えるようにっていうGeorge Harrisonの要請で歌詞に手直しが加えられている。ただ、名前がマハリシからSexy Sadieになっているだけで言いたいことは同じ。「Sexy Sadie, what have you done? You made a fool of everyone」って始まって、「Sexy Sadie, you broke the rules. You laid it down for all to see」とか「One sunny day, the world was waiting for a lover. She came along to turn on everyone. She's the greatest of them all」って繋がっていく。世界一のペテン師というか、偽善者というレッテルを張っているようなイメージ。実際に何があったかは諸説あるけど、マハリシが相当やり手のビジネスマンだったのは確か。偽善者ね。そんなこと言ったら今の世の中、ポリティシャンの多くはSexy Sadieだよね(苦笑)。Baby You’re Rich ManとかでもみられるJohn Lennonの社会観が良く出てていいね。
で、世界がBEPS 2.0の国際合意を目指してああでもないこうでもないってさんざん時間を使っていたところ、急に登場してきたアメリカをSexy Sadieに置き換えて聴いてみるとピッタリ。最近(?)ではホワイトアルバムとか知らない人も多いだろけど。歌詞はその後も「Oh how did you know. The world was waiting just for you?」 「However big you think you are」「We gave her everything we owned just to sit at her table」「Just a smile would lighten everything」「She's the latest and the greatest of them all」とRelentlessに続いていく。
ブループリントのままでなぜピラー1は国際合意困難?
前回のポスティングで、米国新提案では、ピラー2の成功には安定したクロスボーダー課税制度が不可欠、っていう切り口で脇役のようにピラー1が最後に登場してくる点に触れた。この位置関係は面白くて、もともとBEPS 2.0は経済のデジタル化に対応できるクロスボーダー課税の新秩序合意を主たる目的としていたと理解していて、その主人公はピラー1で、ピラー2はその後「残された課題」、それが具体的に何なのかっていう点は別としても、に対処する脇役っぽいイメージがあった。立場が逆転しているみたいで皮肉というか面白い。
米国のピラー1新提案は、ピラー2との比較で、推進というよりは牽制に近い。各論に入る前に「米国企業に不公平な結果となる制度はいかなるものでも容認しない」と太字で言い放っている。そんなこと言っても、たまたま現状ではピラー1が解決しようと試みてるデジタル化の進んだ大手ハイテク企業の利益の源泉はほとんど米国企業だから、結果として米国企業に負担が重くなるのは最初から分かっていて、そうでないようにするってことはピラー1の目的から根本的に見直す必要が生じる、ってことになる。で、その通り、根本的に見直しが必要となったと言っても過言ではない提案内容に至るんだけどね。
まず、米国によるピラー1の現状分析だけど、ブループリントでOECDもいろいろと頑張ってるのは分かるけど、設計が複雑過ぎて国際合意に漕ぎつけようとする際の大きな障害になっているとしている。これはBEPS 2.0全般にその通りだと思う。140ヵ国が皆インプリメンテーションできる制度でないと現実味がない。また、推定される歳入規模との比較で複雑さが不均等だと指摘し、ブループリントの提案内容のままでは費用対効果が悪いとしている。したがって簡素化が必要と。
複雑さの諸悪の根源は?
簡素化の必要性は、僕も以前から国際合意の大前提だと繰り返し言ってきたんで米国の言う通りだと思うけど、じゃどうすんの?ってところで登場してくるSadie、じゃなくて米国の代替案がチョッとお手盛りっぽい。すなわち、ブループリントの複雑性や困難の諸悪の根源は、「Amount Aの適用対象者をどのセクターとするのか」っていうスコープ部分としている。ADSだのCFBだの、恣意的に適用対象セクターを決めるアプローチは実践困難かつ係争の源で、またポリシー的な正当性や規律に欠けるとバッサリ。
つまり、ADSだのCFBって言う部分こそが国際合意を妨げている主原因だということ。CFBって米国、しかもバイデン政権の前身となるオバマ政権が言い始めたんじゃなかったっけ、って他国は反応するだろうけど、そこはSadieなので仕方がない。確かに企業グループの活動にスコープ内外の活動が含まれる場合、セグメンテーションとかかなり恣意的になる問題は多い。ただ、CFBは置いておくとして、もともとBEPS 2.0って、ADSに対処するために世界で新秩序合意を目指していたんじゃなかったっけ。デジタル化に伴い物理的な存在がなくてもユーザーがたくさんいれば儲けることができる、そして実際に儲けてるハイテク企業に対してユーザー国に新課税権を与えるっていうのが一番のポリシー目的だったのでは?それが無くなると単に儲かっている大手企業の利益を多くの国で分けましょう、って感じの制度になってしまうし、ADS以外のセクターはユーザー国にもともと物理的な存在があるケースが大半なんじゃないかな。
Comprehensive Scoping
結局、米国はADSもCFBも忘れて、セクターに関係なくピラー1を適用しようという「Comprehensive Scoping」を提案している。Comprehensive Scopingでは、適用法人の判断は原則、機械的に売上と利益率のみに基づくとし、結果として選択される対象企業数を100未満に抑えるべきと定量的な適用結果数を指導基準(?)として提示している。あれだけ苦労して世界中で100社なんだね。
このアプローチだと、対象法人数が100社未満に収まるよう基準を「逆算」することになる。米国は「産業やビジネスモデルには関係なく」としつこいけど、もし(=「if any」)特定の産業を除外するんだったら、解決不能レベルの適用困難さ、根本的な政策不整合、とか規律のある規定で超例外的に判断する必要があると付け加えている。以前から言われている資源採取とかの特殊産業にかかわるもののことだろうか。
100社未満でも歳入は維持
で、Comprehensive Scopingで適用対象企業グループ数を100未満としても、ブループリントやOECDのインパクトアセスメントで想定している最低限の歳入は確保する、として中立性を強調している。要はComprehensive Scopingに変えても、ADSやCFBアプローチと比較して損得ないようにするということ。これは少なくとも超過利益額の話しのように聞こえる。対象からハイテク企業が少なくなると、再配賦の対象となる所得のうち、現時点で課税されていないNowhere所得の比率が下がるようなことはないんだろうか。
具体的には、現状のブループリント案に基づきCbCR基準の750Mユーロベースで対象企業グループを絞ると2,300社となり、そこから仮に超過利益の認定基準を10%の利益率と低めにおいても780社のみが対象で、そこから生まれる超過利益総額は$500B弱と表示している。これはインパクトアセスメントのデータに基づくんでOECDの試算。$500Bは超過利益総額だから、Amount Aはそのうちの「Upper Portion」が対象。仮に20%部分とすると$100B。これに税率、例えば20%掛けると$20B。Amount Aは再配賦なので、どこかで既に認識されてる所得。したがって$20Bまるまるプラスの歳入となる訳ではない。もちろんバミューダとかケイマン諸島に眠っている所得はまるまる歳入増に繋がるけどね。でも、こう考えていくとAmount Aの歳入効果って結構小さい話し。バイデン政権のコロナ対策やらインフラ、そして4月28日に公表予定の社会保障系の歳出案は、合わせると$5T(Bではない)超だから、だったらバイデン政権の予算に盛り込んでOECDに$20B($5T全体の僅か0.4%)渡してDST廃止してみんなで分けてもらった方が早いんじゃない、って言う規模感だ。ちなみに$5Tって日本のGDPだからね。凄い歳出規模。この国既に借金多いけど大丈夫かな。ドルが準備通貨のうちはいいのかもしれないけど。ドルも下がり気味で、インフレも実はじわじわと来てる感じ。
利益率10%
で、この10%という利益率だけど、ターゲットの歳入をどこかのレベルに仮置きして試算する際に、10%に基づく現状ブループリント案下のインパクトを流用して議論しているだけで、米国提案が10%利益率基準と言うことではない。売上基準は口頭で$20Bと表明されたと報道されている一方、利益率に対する具体的なコメントはなかったそうだ。ただ、データがあれば、$20Bの売上で、最終的に100社未満で超過利益総額を$500Bとすればターゲットとなる利益率は逆算可能。
今まで「うちはADSじゃないし」とか「多分、CFBにも当たらないだろう」とか安心していた日本企業のも再考が求められる状態だ。まあ、$20Bの売上は大きいから、それでも適用は限定的かもしれないけど、21%のグローバルミニマム税の方は適用数は圧倒的に多いだろうからピラー2は心配だろう。いずれにしても、米国曰く「Bottom Line」、すなわち結論は、Comprehensive Scopingが実行容易でかつ考え方としても最も規律があるとのことだ。CFBとか結局何だったんでしょうか。
ということで、次回はもう少しComprehensive Scopingを続けてみる。急にその気になって登場し、自分のルールで世界を席巻しようとするSadieこと米国が、思惑通りスマイル一つで世界をLightenしてくれるのかな。