Sunday, February 24, 2008

ロス疑惑再逮捕と「時効」

それにしても「今になって・・・」という感に堪えないのが例のロス疑惑の三浦さんの米国での再逮捕劇だ。僕らの世代ではあの事件を知らない人はもちろんいないので多くの人がビックリだろう。当時は「ロサンゼルスっていうアメリカの街は危ないところなんだな~」というような印象を持ったのを覚えているが、気がついてみるとあの事件現場から目と鼻の先で十年以上も仕事をしている自分の境遇も改めて見つめてみると不思議なものだ。

再逮捕のニュースを聞いてまず「時効は成立していなかったのか?」と疑問に思った方は多いのではないか?

*時効とは?

「時効(Statute of Limitations)」とは法的な「Defense」であり、被告が相手方の主張を排斥するために主張するものである。「自分はしていない」という主張は実際の「事実認定」を争う裁判でのひとつの戦いであるが、Defenseというのは若干異なる別の争点となる。Defenseはもし「仮に自分がやっていたとしても」責任を追及することができない、という主張であり、Defenseが認められると裁判上は「やったかどうかに係りなく被告の責任を問うことができない」ためそれ以上の事実認定に係る争点は意味がなくなる。

時効は「民事(Civil)」と「刑事(Criminal)」の双方に規定されるDefenseのひとつだ。Defense一般には民事、刑事各々の性格の違いから異なる種類のDefenseがあるが、代表的なものとしては「法的管轄権(Jurisdiction)の有無 - これがないと裁判所に裁判をする権利がない」「正当防衛」「遂行能力 - 精神異常、未成年、泥酔、等の理由で個人に責任を問うだけの判断能力等がなかったとみなされる」等がある。これらに並び「時効」も代表的なDefenseのひとつだ。

時効というDefenseは、時間が経つと証人を見つけるのが困難になったり、過去の記憶が曖昧になったり、と事実関係を突き詰めるのが困難となるために被告が不当な重荷を負うのを避けるために設けられている。また、時効により訴訟を起こす理由のある者はタイムリーに手続きを取るように促すという側面もある。

しかし時効というものは万人に自動的に与えられる生得権のようなものではない。あくまでも法律に規定されて始めて有効となるDefenseである。したがって、時効の有無、期間は固有のケースに対してどのように具体的に法律が規定しているかにより決定される。ここが今回のロス疑惑に関係してくる部分である。

米国の民事、刑事は基本的に州の法律で規定されている。したがって、州により時効はまちまちであるが、殺人罪(特に悪意が伴う計画的犯行に適用される「First Degree Murder」)にはどの州にも時効はない。これは、そのような重大な罪に関しては随意に25年とかの制限を設けずにいつでも裁けるようなシステムにしておくのが望ましいという理念を反映している政策であろう。また、今回のケースには適用されないかもしれないが、事項には「国外逃亡」等、法的管轄権の及ばない地域に身柄を置いている期間が時効に必要な期間とは数えられない(Toll)というコンセプトもある。

*時効のパワー

上のことからも分かる通り、時効というのは立法機関が随意に設けるDefenseであり、その適用有無は多くのケースで運命を大きく左右する。税務調査でもそうである。基本的に時効が税法に基づき有効に機能する場合には、実際の税金計算上、追徴があるかどうかという問題点に行き着く前に勝利することができるからだ。

米国の連邦税法では基本的に申告書の申告期限または申告書が実際に提出された時点のどちらか「遅い方」から3年が時効となる。例えば、2004年12月期の法人税申告書を2005年の6月1日に提出していれば2008年5月31日には時効が成立する。悪質なケースでは時効が延びたり、不正・未申告では時効が成立しなかったり、とまちまちだが、普通のケースでは「この課税年度は再編等いろいろあるので見られたくないな・・・」という年に関して3年が経ってしまえばそれまでである。また、税務調査が長引き時効の期限内に調査が最終化できなようなケースでは「時効の延長」をIRSと納税者で合意する。どのようなDefenseもそうであるが、本人が合意するのであれば「Waive(免除)」される。もちろん納税者側には「延長には応じない」というオプションが可能である。しかし、税務調査が進行している途中で時効の延長に応じないとIRSは即座に「追徴Notice」を発行することから戦略的にそのようなオプションが有利となるケースは少ないだろう。時効の管理は極めて重要な税務・法務戦略の一部である。

また、FIN48算定の際には、時効の有無が負債の計上、分析の対象範囲、等を決定することになるためますます時効管理の重要性が増している。IRSと時効の延長に合意している場合には、州の時効も自動的に延長されると規定している州も多く、その場合にはどのような州の問題点が「Open」と取り扱われるのか等の検討が必要となる。

*Double Jeopardy

もうひとつ、少しでも法律をかじった方であれば「Double Jeopardyじゃないの?」という反応を持たれたのではないか?Double Jeopardyとは米国憲法修正第5条に規定され「二重処刑の禁止」と訳され、一度無罪とされた事件は二度と裁判できないという考え方だ。これは時効とは異なり「刑事法」にのみ適用される。この点は有名な「O.J. Simpson」ケースがいい例だ。O.J.は刑事訴訟では無罪となったが、その後の民事訴訟(Wrongful Deathケース)で損害賠償の責任を問われている。

日本では無罪が確定しているので、クロスボーダーでDouble Jeopardyのプロテクションが認められるのであれば今回の逮捕はないはずだ。クロスボーダー局面でのDouble Jeopardyの適用は僕も今まで考えたこともなかったが、日米両国に法的管轄権がある珍しいケースでは、日本で無罪が確定していても米国ではDouble Jeopardyの適用はなく、今回のように米国で別裁判ができるというのが少なくともロサンゼルス市警の判断なようだ。税金の世界で言うところの二重課税のようなイメージだが、税金の世界では少なくともこれを低減しようとする努力(FTC、租税条約、CAなど)が存在する。刑事法には国際協定みたいなものがありDouble Jeopardyのコンセプトが適用されるような規定はないのだろうか?