ということで今回からインバージョン。
インバージョンに関しては多国籍企業と議会・財務省のいたちごっこの歴史を5~6年ほど前にかなり詳細に特集したことがある。インバージョンは「上下逆さにする」っていうような意味だけど、Corporate Structureのインバージョンもまさしくその通りで、米国を頂点する多国籍企業が、グループ形態をひっくり返して米国外の親会社を頂点とするグループに生まれ変わり、PMIで従来は米国傘下にあったCFCを米国から外して新米国外親会社に付け替えるという再編だ。それって日本の多国籍企業のストラクチャーじゃん、って思うかもしれないけど、まさしくその通り。人もうらやむ米国外インバウンド・ストラクチャーを生まれながらにして備えているのが日本企業だ。ただ、もちろん、日本も高税率だから米国から日本にインバージョンする法人はない。スタートアップ系の日本企業がたまに米国法人を頂点とする米国企業に生まれ変わりたい、という相談を受けることがあるんだけど、それは飛んで火にいる夏の虫だ。法人設立国を米国にしないでも、米国上場その他やりたいことはできるはず。
で、なぜ米国多国籍企業がそこまでしないといけないかっていうと、米国法人税制の使い勝手が悪く、米国親会社が頂点にあってその傘下にCFCを所有するストラクチャーが国際的に不利だからだ。2017年の税制改正前は、法人税率が連邦だけで35%にのぼり、CFCの所得は分配時(またはSub F課税時)に35%で法人税対象(FTCはあり)というワールドワイド課税だったので、米国多国籍企業のインバージョン願望は強かった。企業側がインバージョンをしたくなるのは米国を困らせようと思ってではなく、単純にグローバルでヨーロッパやアジア企業と競争して勝ち残るため。
2016年のオバマ政権末期には次々大企業がインバージョンしていくトレンドを阻止するため、複数の厳しい財務省規則が策定されている。後で詳解したいと思うけどインバージョン規制法の対象になって国籍離脱法人と認定されるかどうかの判断時には、米国法人の株主が再編後の外国法人にどれだけの持分を継続して所有しているか、っていう持分比率(「Ownership Fraction」)の算定が最重要。2016年当時の規則の多くはこの持分比率計算時に分母に加味できる持分を制限したりして、結果としてより容易に持分比率が60%とか80%になるように策定されていた。
2017年の税制改正で法人税率が21%に下がり、従来のワールドワイド課税に代わり、GILTIが導入された。Section 245Aの国外配当100%控除でテリトリアル課税になるかのように見えたんだけど、GILTI導入で10.5%の低税率とは言えDeferralが不可能という、実態としては以前よりも厳しいワールドワイド課税制度になった。とは言え、GILTIはFDIIと対で、米国多国籍企業が米国外事業を米国から直接行っても、CFC経由で行っても課税関係はニュートラルになったし、なんと言っても税率が普通(?)のレベルになったし、国籍離脱法人のレッテルを張られるとTransition Tax、BEAT等に関して悪いことが起こることもあり、大型インバージョンはすっかりと姿を消していた。インバージョン対策は、規制を厳しくするより米国法人税を国際的に普通のレベルにする方が実効性が高い、っていうのが良く分かる。
バイデン政権増税案でインバージョン願望再燃
グリーンブックは、Blow-by-Blowでこれでもかって感じの増税案パレードになってる点は以前のポスティングで触れたけど、特にGILTIに関して、税率を倍の21%にし、ルーティン所得免除を撤廃した上で国別計算っていうのはグローバル事業を展開する米国多国籍企業へのダメージは大きい。2017年以降、鳴りを潜めていたインバージョン願望が復活するのは当然で、その懸念は他でもないバイデン政権自身が一番よく認識している。米国企業に不利ってことを知った上での増税案ってことなんだろうけど、その対策として他国にも増税させて相対的な悪影響を緩和しようとOECDに近づいているし、さらにインバージョン規制法をよりタイトにしてインバージョンの達成がより困難となるような提案をしている
SHIELDのSHIはインバージョン規制
世間ではSWORD(矛)と揶揄されるSHIELD(盾)は、BEATの代わりになるUTPR部分が注目を集めがちだけど、SHIELDのSHIはStop Harmful Inversionの略。インバージョンにかかわるグリーンブック増税案を理解するには、現状のインバージョン規制法の基本メカニズムを紐解いておく必要がある。ということで次回はインバージョン規制法の基本的な考え方について。